2006/04/23

交渉能力


  まったく、せっかくの土日だというのに、暗い気分で半分潰されてしまいました。 韓国との間で起きた海洋調査船問題の事です。 4/22・土曜の夜に辛うじて決着がつきましたが、最悪の場合、武力衝突でも起きかねない重大問題でした。

  今回の一件で、つくづく再認識し、ほとほと痛感したのは、日本人には交渉能力が欠如しているという事です。 よく、「外交下手」などと言われますが、下手などという生っちょろい次元の問題ではなく、そもそも交渉能力が無いのです。 ≪交渉≫とは何なのか? どういう事をするのか? ルールは何か? といった基本的事項が全然頭に入っていません。 車の運転に譬えると、運転技術が無い事はもちろん、交通法規も全く知らず、あまつさえ車が動く原理さえ知らないという、無い無い尽しの超不適格者なのです。 そんな人間が運転している車に同乗しているわけですから、恐ろしいの一語に尽きる・・・。

  ≪交渉≫というのは、≪取り引き≫と同義語と言っていいくらい、双方の利害の調整が重要なわけですが、日本人はその点が分かっていません。 「自分の言い分を相手にのませる事」が交渉だと思っています。 しかし、それは交渉ではなく、威嚇や恫喝、脅迫の範疇に入る事です。 双方の利害の中間点を探るのが交渉ですから、交渉を始める前に、必ず、自分の方で出来る譲歩や妥協の余地を準備しておかなければならないのですが、今回、韓国に赴いた日本の外務次官は何の譲歩案も持っていきませんでした。 ≪交渉≫の意味が分かっていないので、必要不可欠な準備すら出来ないのです。 譬えて言えば、雨が降るのが分かっているのに、傘も合羽も持っていかずに出かけるようなものです。 そういう子供っていますよね。 それでいざ雨が降ってくると、他人の傘に無理やり入り込んで来る図々しいガキ。 まさにそれです。

  私は、過去の事例から見て、「たぶん、日本側は何の譲歩もしないだろう」と踏んでいたのですが、果たしてその通りで、結局は韓国側が折れる形で決着してしまいました。 「交渉に成功した」といって喜んでいる日本人がいる? 馬鹿が! あんなのは交渉じゃない。 脅迫して来ただけだ。 たまたま韓国側が、外交慣れ・交渉慣れしていて、土壇場で譲歩案を出して来たから決着したのであって、日本側はただ言い分を押し付けに乗り込んで行っただけで、何の役割も果たしていません。 まるでヤクザの出入りだ。 やっている事は、太平洋戦争開戦前夜と全く変わらないのであって、こんな事を続けていれば、いずれ相手側がキレる時が来て、戦争になります。

  絶望的なのは、この≪交渉能力欠如≫が、日本人の民族的性質から出ていて、「慣れればうまくなる」とか「研究すれば対策が取れる」といった問題ではない事です。 外交だけでなく、国内の日常的な場面でも、日本人は交渉をほとんど行ないません。 身の周りで起こっている問題の解決経過を観察して御覧なさい。 自分のいい分を全面的に押し付けるか、相手の言い分を全面的に受け入れるか、どちらかしかしていないのが分かります。 相手との力関係が全てを決めるのです。 一見、事がスムースに解決しているように見える為、≪和の心≫などと言って自画自賛していますが、その本質は、≪支配と服従≫の関係以外の何ものでもありません。 自分と相手が対等である事を前提にしていないのです。 「力が強い者には逆らわない。 力が弱い者の言う事など聞く必要はない」という身分制度時代の意識が、日本人の精神に深く刷り込まれていて、≪交渉≫というシステムを理解する妨げになっているのでしょう。

  今回の事件は特別に緊張が高まりましたが、同様の傾向は事務的な外交交渉でも、普通に見ることが出来ます。 日本は、≪二国間貿易協定(FTA)≫や≪犯罪者引渡し条約≫を締結している相手国の数が異様に少ないのですが、自分の方に譲歩するつもりが全く無く、相手国側に譲歩させるのが外交交渉だと思っているので、話が折り合うはずがないのであって、これは当然の結果だと言えます。 ロシアとの領土問題や、中国とのガス田問題、朝鮮との各種の問題など、全ての問題において、何の進展も望めないのは、相手国側から見て、日本との交渉で得られる利益が、被る損失よりも著しく少ないのが原因です。 一方、アメリカとの牛肉輸入問題や在日米軍基地問題は、多少悶着があっても、着々と解決に向かうでしょう。 なぜなら、日本にとってアメリカは最初から逆らえない相手だからです。 先に述べた≪和の心≫が発動しているわけですな。 ≪和の序列≫とでも言った方がよいか。

  ちなみに、日本人には明治以来、外国に対して抜き難い差別意識を抱いており、対等だと思っている外国はほとんどありません。 せいぜい、イギリス、フランス、ドイツあたりですかね? アメリカはもちろん上。 イタリア辺りから下になり、それ以外の国は全て下だと見なしています。 日本が外国との間で起こす問題のほとんどが、この差別意識から生み出されているのですが、その事に気付いている日本人はほとんどいません。 問題を起こしているのは全て外国の方だと思い込んでいるおめでたい国民です。 しかも、将来に亘って、この差別意識が無くなる見込みはありません。 むしろここ数年強まっている傾向すら覗えます。

  国際社会は、国と国が基本的に対等である事を前提にして成り立っているのですが、日本人はほとんどの国を自国より下だと思っているので、「相手国が日本のいう事をきくのは当然だ」という先入観が捨てられません。 うまく行くはずがない。 ≪和の序列≫など、日本国内でしか通用しないのだという事を、肝に銘ずるべきです。 ・・・と警鐘を鳴らしたいところですが、正直な感想、私は日本人が国際人に脱皮できるなどと思っていないのです。 もし、差別意識が一掃され、交渉の意味を理解できるようになるとしたら、それはもはや日本人とは言えない民族になっているでしょう。 この欠陥の根は、それほど深いのです。