2006/07/16

濫読筒井作品 ⑤

『銀齢の果て』 05年

  いやあ、今年の一月に脱臼をやらかして仕事を二週間休んだ時、筒井康隆さんの本を図書館から借りて来て20冊ばかり読んだんですが、あれよあれよという間に半年も経ってしまいました。 月日が経つのは速いものですなあ。 ちなみに腕の方はすっかり治りました。

  さて、一月の頃、筒井さんの最新作、≪銀齢の果て≫は既に出版されていたのですが、図書館が購入するのは一冊だけなので、筒井さんの人気から見て、おいそれと空きが出るはずもなく、以降、図書館に行くたびに確認はしていたのですが、一向に現物にはお目に掛かれませんでした。 読みたいとは思っても、買う気にはならないのは、私が根っからの小説好きというわけではないからです。 一度読むと、まず二度は読みませんから、単なる本棚の飾りになってしまうんですな。 また、本棚がいっぱいになると、古い順から押入れ行きになりますから、黴だのシミだの付いて朽ち果てて行くのを見るに忍びないですし、親から「本が増えると重みで床が抜けるから、これ以上買うな」と脅されているという事情もあります。 とにかく、私は小説は買わないのですよ。

  で、今回漸く、≪銀齢の果て≫が図書館の書架に並んでいるのを見つけたので、早速借りてきて、遅れ馳せながら読んだ次第。 午後5時半から読み始めて、同8時半に読み終わりました。 240ページで、一作品一冊ですが、今風の造りの本で、字が大きく、文字間・行間共に広めに取ってあるので、ボリューム的には全く大した事がなく、中篇程度の長さです。 さすがに、≪愛のひだりがわ≫ほどではありませんが、非常に読みやすいです。

  話は、書評などで紹介されている通り、≪バトル・ロワイヤル≫の老人版。 似ているといえば、主人公は、≪私のグランパ≫から、そのまま移って来たように見えますし、話の雰囲気は、≪恐怖≫の世界を引き継いでいるような感じです。 背景の説明などはほとんど無く、殺し合いが始まった所から話が始まりますが、この簡潔さ・性急さは、筒井さんの年齢から来るものではないかと思われます。 読んでいるこっちも結構な歳なので、煩わしい説明などにページを割かれるのは面倒この下無し。 こういう淡白な書き方の方がありがたいです。

  SFの世界では、人口抑制のために強制的に住民を殺していくという話はよくあるのです。 星新一さんの小説にもありましたし、アメリカのSF映画でも、一定年齢になると死ななければならない未来社会を舞台にした作品が幾つもありました。 ≪銀齢の果て≫は、老人同士が殺し合うという点で、少し風変わりですが、それでも、「大体こういう話だろうな」とは予想がつきましたし、「筒井さんの小説だから、たぶん、こんな風に展開していくのだろうな」とも予想していました。 そしてその予想はほぼ当たりました。 筒井作品をほとんど読んだ事がない人なら、「凄まじい事を書くなあ!」と感じると思いますが、苟しくも筒井ファンであれば、この作品に≪感動≫を覚えるような事は無いはずです。

  高齢化社会の対応策に関する話ですが、この小説を読んで、そういった真面目な問題意識を刺激されるような事はありません。 これは邪推ですが、筒井さん自身が、「問題提起らしい事を書くべきなんだろうなあ」と思いつつ書き始めて、「ああ、面倒臭いから端折るか。 殺し合いだけでも充分面白いし」と思いながら書き進めてしまい、「それらしい事を書いてラストを締め括った方がいいかも知れんが、今更書いても、取って付けたみたいでくどいから、やっぱりよそう」と、結局ほとんど掘り下げずに終わりにしてしまったのではありますまいか? とにかく、そちら方面はフニャフニャのスカスカという感じで、メッセージ性は限り無くゼロに近いです。

  つまらなくはないです。 数時間楽しいひと時を過ごすには十二分の面白さを備えています。 しかし、何か物足りない。 といいますか、この程度の作品なら、筒井ファンなら自分で書けるのではないかと思ってしまうのです。 恐らく、現在50歳以上で、若い頃から筒井作品に親しんで来た方々なら、「いや、年寄りの生態なら、もっと面白い類型をいくらも知ってるよ」という人がうようよいるんじゃないでしょうか? 私でも、近所や親戚の事例で、さんざん年寄りの醜さを見聞きしているので、もっと奥行きがあるエピソードをちらほら思いつきます。 年寄りだけの戦いにせず、後半を年寄りと若者の戦いにすれば、もっと血沸き肉踊る展開になったんじゃないですかねえ?

  無責任な批判や不粋な難癖はこの程度にして、大笑いした箇所を紹介しましょう。 何と言っても一番笑えるのは、≪団五郎の暴走≫です。 団五郎が何者なのかは、読んでのお楽しみ。 いやあ、凄いわ。 最後が大乱戦になるのは、筒井さんの中・長編によくあるパターンですが、この作品の乱れぶりは、≪文学部唯野教授≫辺りの比ではないです。 そして、その功労者が団五郎なんですな。 団五郎が最後にどうなってしまうのか、出て来る前から心配してしまいますが、まあそんなにひどい事にはなりませんから、ご安心を。

  もう一つの笑いどころは、捕鯨船の銛射ちです。 これも凄いぞ! 伏線を読んだ時点で、「一体誰が・・・?」と、ドキドキ・ワクワクする事間違いなし。 そして、期待以上の働きをします。 キヒヒヒヒ!