2005/08/24

地震国の建築


  日本列島は人間が住み着く以前から地震多発地域でした。 そんな地理条件の上に築き上げられてきた日本文化なのだから、建物の耐震性もさぞや高いだろうと思うのが常識的な感覚ですが、これは全くの錯覚です。

  日本の伝統建築の耐震性について、よく例に挙げられるのが 『五重の塔』 です。 「地震の時は塔全体が揺れる事でエネルギーを分散し倒壊を免れる」 とか、「中心部の柱が吊り下げ構造になっていて、振動を吸収する効果がある」 とか、伝統技術が褒めちぎられています。 しかし、五重の塔は、潤沢な資金を注ぎ込み、最高の技術を採用した、例外中の例外です。 普通の日本建築は、耐震性について何も考えていないといっていいほど脆弱です。

  「日本の家は、木と紙で出来ている」 と、以前はよく言われました。 これは貧相な事を馬鹿にして言っているのですが、特徴を誉められていると思っていた、おめでたい日本人も多かったです。 それはさておき、本当に木と紙だけで出来ているなら、軽いですから、地震には強いはずです。 ところが、木と紙で作ったその上に瓦屋根を載せているのですから、体が華奢で頭が重いという、耐震面では最悪の構造になります。

  柱や梁を木で作るのは、他に簡単に手に入る材料がなかったからです。 壁を土で塗るのも、障子や襖に紙を使うのも同じ理由。 屋根に瓦を載せたのは、他に耐水性がある建材がなかった為です。 まず、初めに材料の制約があるわけです。

  次に、優先機能の制約があります。 本来壁が入る部分を障子や襖などで仕切っていて、それらを取り外せば開口部が異様に大きくなりますが、これは、湿度対策として、風通しを優先しているからです。 また、襖を取り外すと、続き部屋になって、大きな空間を作れるようになっていますが、これは冠婚葬祭の行事などで大勢の人を家に招く時に必要だったからです。 瓦屋根には、台風の時、屋根が飛ばないように重さで押さえつける効果も期待されました。

  材料と優先機能という二つの制約があり、それを満たした後に、ようやく地震対策が出て来るわけですが、見たところ、何もしていないも同然です。 『筋交い』 を入れるくらいが関の山で、他に耐震性に配慮している部分が見当たりません。 『地震・雷・火事・親父』 などと言われ、怖いものの順位ではトップに君臨している地震ですが、建築を見る限りでは、地震を恐れている様子はほとんど覗えません。

  では、昔の大工達は、地震を無視していたかというとそうでもなく、消極的な対策をとっていたようです。 その最たるものが、『二階屋を作らない』 というものです。 彼らは自分達の技術では地震に耐えられる二階屋が作れない事を知っていました。 江戸時代以前に建てられた家では、たとえ階段があっても、上がった先は屋根裏部屋という事が多いです。 神社仏閣や武家屋敷でも二階建ては稀です。 城の天守閣や合掌作りなどは例外の口。 温泉旅館など木造の伝統建築で、二階建てのものを見つけたら、明治以降に建てられたのではないかと疑ってみた方がよいでしょう。

  しかし、「作れない物は、作らない」 というのは、消極的とはいっても、それはそれで責任がある態度だったといえるでしょう。 自分の作った家が地震でつぶれて、施主の家族を死なせてしまったとなれば、道義的責任も大きいですし、何より大工としての名声にかかわるからです。 出来ない事には手を出さないのが一番です。 非常に恐ろしいのは、「作れないけど、仕事だから作る」 という考え方で、明治以降、二階建ての需要が高まるに連れ、徐々にこの考え方が広まり、現代では日本全国に蔓延してしまいました。

  テレビで家の新築や改築をする番組を見ていると、「こんな無理な建て方をして、地震に耐えられるんだろうか?」 と他人事ながら心配になる事がよくあります。 建物の強さに最も深く関わってくるのは壁の多さですが、広い空間を作るために、壁を取り払っている様子などを見ていると、ぞっとします。 「プロの建築士が構造計算をしながら作っているのだから大丈夫だ」 と思いたいのは山々ですが、これまでに地震で倒壊した家屋のほぼ100%が、プロの建築士の構造計算を経て建てられていた事を考えると、とても安心できるものではありません。 特に、改築して部屋を継ぎ足したような家は、元の構造計算が狂ってしまっているので、非常に危ないです。 改築にも建築士は関わりますが、普通、施主が 「こんな風にしたい」 と求めれば、多少無理があっても、その通りに作ってしまいますから、あまり当てになりません。

  なぜ、現代の工務店が、こんなに危ない家ばかり建てるようになってしまったかというと、たとえ地震で倒壊したとしても、工務店が責任を問われる事が無いからでしょう。 個々の建築士は尚更です。 「残念でした」 の一言で済んでしまいます。 それすら言わないかもしれません。 面白い事に、現代日本人は、手抜き建築や悪質リフォームに対しては激怒するくせに、地震による倒壊では、工務店や建築士を責めません。 天災だから仕方がないと諦めてしまうのでしょう。

  日本の住宅の耐震性がいつまでたっても上がらないのは、工務店と施主の両方に責任があると思います。 地震の後、伝統的な木造軸組み工法の家が無残に倒壊している横で、ブレハブ工法や2×4工法の家が平然と建っているのを見れば、少しは考えが変わると思うのですが、なぜか今でも伝統工法に拘る人は多いです。

「日本は世界有数の地震国だ。 その日本で育まれた建築方法が地震に弱いはずがない」

  そう信じたい気持ちは分かりますが、取り敢えず、何冊か本を読んで、各工法の違いを調べてみてから決めても遅くはありますまい。 「木造軸組み工法は、地震に強い」 と書いてあったら、その本の著者は、嘘をついているか、甚だしい無知かのどちらかです。 最新の耐震基準では、木造軸組み工法の建築に補強金具の取り付けが義務付けられていますが、そもそも弱いから補強が必要なのであって、元から強ければ、新築の家に補強金具をつけるなど馬鹿げた話です。

  耐震構造として最も優れているのは、科学的に考案された2×4工法ですが、日本では名前こそ広く知られてるものの、まだまだ実際の建築例は少ないです。 頼む人が少ないから、2×4工法を扱える工務店が増えず、工務店が少ないから、施主も頼まないという悪循環に陥っています。 もし、私が家を建てるとしたら、2×4工法が取れないのなら、ブレハブ工法にしておきます。 損傷はしても倒壊はしませんから。 見た目や間取りの制約などは、地震の恐ろしさに比べたら、何でもない事です。 家は高い金を払う一生に一度の買物なのに、その家に押し潰されて死ぬなど、理不尽にも程があるではありませんか。