読書感想文・蔵出し (91)
読書感想文です。 前回は、7月17日ですから、割と間隔が開きました。 図書館から借りて来ての読書は、同じペースで続いているので、感想文は溜まる一方です。
≪ナイルに死す≫
クリスティー文庫 15
早川書房 2003年10月15日/発行 2009年10月31日/7刷
アガサ・クリスティー 著
加島祥造 訳
沼津図書館にあった文庫本です。 長編1作を収録。 【ナイルに死す】は、コピー・ライトが、1937年になっています。 約556ページ。
大きな資産を父親から受け継いだ、若く美しい女性。 親友に頼まれて、彼女の婚約者を雇ってやるが、自分が、その青年を好きになり、親友を振らせ、結婚してしまう。 恨みに思った親友は、新婚旅行先までつけて来て、二人が乗ったナイル川クルーズ船に同乗する。 やがて、親友が、青年をピストルで撃つ事件が起こり、そこから、殺人事件が連鎖して行く話。
クリスティーさんの、中東物の代表作というと、この作品になるでしょうか。 映画にもなっていますし、デビット・スーシェさん主演のドラマ・シリーズでは、ほぼ、原作通りに映像化されていて、私は、先に、そちらで見て、トリックや犯人も覚えていました。
フー・ダニットにして、ハウ・ダニット。 ページ数の長さを見れば分かるように、これでもかというくらい、登場人物が出て来ます。 読者の目を晦ます為に、怪しい人間を、たっぷりしこたま、用意してくれたわけですな。 彼らの素性の説明が、冒頭から延々と続き、なかなか、エジプトに行きません。 行っても、なかなか、ナイル川クルーズ船に乗りません。 乗っても、なかなか、事件が起こりません。
ところが、最初の発砲事件が起こると、そこから急に、面白くなります。 大勢への聞き取りや荷物調査という、想像するだに退屈そうな場面が続くにも拘らず、実際には退屈しないのは、聞き取り・荷物調査の合間に、殺人が起こるからです。 特に、3人目の殺人は、劇的で、ドラマでもビックリしましたが、小説でも、同じくらい、迫力があります。
トリックのアイデアが、また、よく出来ていまして・・・。 こんなの、よく、思いつきますねえ。 問題のピストルは、2発しか撃たれていないはずなのに、3発撃った形跡がある、というのが、味噌。 面白いなあ、これ。 その後、何十年も経て、ありふれたアイデアになり、2時間サスペンスなどで使われても、何の感動も齎さなくなっていると思いますが、最初に思いつくのは、大変な偉業だと思います。
探偵役は、ポワロで、捜査の相方は、≪ひらいたトランプ≫で顔を出した、レイス大佐です。 三人称。 ポワロ物に於いて、ヘイスティグスが出る時には、ヘイスティングスによる一人称になりますが、クリスティーさんは、小説の内容に大いに自信がある時には、ヘイスティングスには、登場を遠慮してもらい、三人称を選ぶようです。
これは、お薦め。 先に犯人を知っていても、面白いのだから、大変な傑作というわけだ。 ページ数がありますが、大丈夫、大丈夫、クリスティーさんの作品は、会話が多いですし、地の文ですら読み易くて、スイスイ進みますから、全ての文字を読んでも、「長いなあ・・・」なんて、感じません。
≪ポアロのクリスマス≫
クリスティー文庫 17
早川書房 2003年11月15日/発行 2005年11月30日/2刷
アガサ・クリスティー 著
村上啓夫 訳
沼津図書館にあった文庫本です。 長編1作を収録。 【ポアロのクリスマス】は、コピー・ライトが、1939年になっています。 約460ページ。
南アフリカで財を成し、イギリスに戻って、豪邸に住んでいた老人が、密室になった自室で殺される。 室内は、家具が散乱するほど、激しく荒らされ、床には大量の血。 その時、屋敷内には、四人の息子と、その妻たち、娘の娘、そして、友人の息子が滞在していた。 たまたま、近くに住む警察部長を訪ねて来ていたポワロが、地元の警視と共に、捜査に当たる話。
この他に、老人がもっていた宝石が盗まれますが、そちらは、殺人事件とは、直接の関係がありません。 それが証拠に、宝石は、割と呆気なく、発見されますが、その時点で、殺人犯が誰なのかは、全く分かっていません。
以下、ネタバレ、あり。
この話、私は、デビッド・スーシェさん主演のドラマで見ていて、犯人も覚えていました。 犯人が分かっている読者が読んだ場合、ラスト近くの犯人指名が、唐突な感じがします。 それまで、全く、容疑者の圏内に入っていなかった人物だからです。 とはいえ、後出しっぽい感じはするものの、伏線は張ってあるので、ズルではないです。
それにしても、希薄な伏線だな。 犯人が分かっていれば、気づきますが、そうでない読者は、スルーしてしまうでしょう。 クリスティーさんは、この上ないくらい、緻密な話を組み立てる人なので、「何で、こんな所に、こんなセリフが出て来るのだろう?」と、違和感を覚えたら、それは、伏線だと見た方がいいです。 しかし、よほど、推理小説を読み込んだ人でなければ、早い段階で、それを察知するのは、難しいでしょうな。
4人の息子と、その妻達。 死んだ娘と、その娘など、登場人物の構成が、図式化されていて、いかにも、フー・ダニット物らしい趣きですが、彼らの心理を描くのが眼目のように見せかけて、実は、トリックと謎が、最大の売り。 密室トリックは、大変、シンプルなものですが、思いつくのは容易ではない類いのもの。 このアリバイ作りの方法は、実際にやってみても、有効なのではないかと思います。 ただし、物音を聞いてくれる人物が必要なので、条件を整えるのが大変ですが。
謎は、古典的探偵小説によく使われた、「双子物」を応用したもので、これも、シンプルです。 ただし、「双子物」は、もはや、完膚なきまでに陳腐化しているので、今、この作品を読んで、「ホーッ!」と感心するような事はありません。 感心どころか、逆に、少し、恥ずかしくなってしまいます。 トリックと謎が、ハッキリし過ぎているのが、クリスティー作品らしくないと、言えば言える。
熱心な読者である、ジェームズという義兄に読ませる為に書いたらしいですが、その義兄も、ピンと来なかったんじゃないでしょうか。 確かに、義兄のリクエスト通り、「血にまみれた、思いきり兇暴な殺人」ではあるけれど、凶行場面が描かれているわけではなく、単なる結果の描写に過ぎません。 そもそも、アクションや暴力は、クリスティーさんの作風にはないもので、そんなものをリクエストする方が、間違っている。
≪愛国殺人≫
クリスティー文庫 19
早川書房 2004年6月15日/発行 2020年2月15日/7刷
アガサ・クリスティー 著
加島祥造 訳
沼津図書館にあった文庫本です。 長編1作を収録。 【愛国殺人】は、コピー・ライトが、1940年になっています。 約360ページ。
歯の治療が終わって、ポワロが歯科医院を出た後、その歯科医が死体で発見される。 投薬量を間違えて注射した患者を死なせてしまった事に責任を感じて、自殺したと思われたが、ポワロは納得しなかった。 当日、医院にいた患者や、来訪者を調べて行く内に、ある夫人が失踪してしまう。 その夫人と思しき死体が発見されるが、その顔は、目茶目茶に潰されていて・・・、という話。
原題を直訳すると、【一、二、私の靴のバックルを締めて】。 これは、各章のタイトルに使われている、数え歌の、第一番。 小道具に、バックルが出て来ますが、重要な意味はないです。 【愛国殺人】というのは、米題の直訳。 そちらも、内容をよく表しているとは言えません。 確かに、愛国者が出て来ますが、それは、動機を示しているだけです。
国際スパイの活動が、事件の原因なのではないかと思わせるような、話の流れが一部にあり、「まさか、【ビッグ4】と同類の趣向なのか?」と、眉を顰めましたが、それは、取り越し苦労で、この作品は、純然たる、本格推理小説でした。 アクション場面もありますが、オマケ程度のもの。
ちょっと、矛盾した言い方ですが、話が複雑な割に、中身が薄くて、ポワロを、あっちへ赴かせたり、こっちへ戻したりして、尺を稼いでいるような印象があります。 360ページでは、クリスティーさんの長編としては短い方だと思いますが、それで、そんな感じがするのですから、実際、中身が少ないんでしょう。
フー・ダニットですが、一番、怪しそうな人物が、粗暴な性格なので、「クリスティー作品で、こういうタイプが犯人という事はないだろう」と、予想がついてしまいます。 犯人は、意外といえば、意外。 つまり、一番、怪しくなさそうな人物でして、その点、推理小説のセオリーに従っています。 セオリー通りなのに、意外さを感じるのは、クリスティーさんのストーリーの組み方が、巧みである事の証明なんでしょう。
三人称で、ヘイスティングスを排除しているという事は、作者としては、自信作だったのだと思いますが、驚くほど、面白いというわけではないです。 中の上くらいでしょうか。 三人称だと、ポワロが、なかなか、真相に辿り着かない観がありますねえ。 ヘイスティングスの一人称だと、ポワロは、早々と犯人を突き止めていて、知らぬは、ヘイスティングスばかり、という感じになるんですが。
≪白昼の悪魔≫
クリスティー文庫 20
早川書房 2003年10月15日/初版
アガサ・クリスティー 著
鳴海四郎 訳
沼津図書館にあった文庫本です。 長編1作を収録。 【白昼の悪魔】は、コピー・ライトが、1941年になっています。 約360ページ。
本土から程近い、小島のリゾート。 ホテルに滞在して、バカンスを楽しんでいた夫人が、ひと気のない海岸で、扼殺死体で発見される。 その夫人は、夫と義理の娘と共に来ていたが、平気で他の男と遊んでいるような性質だった。 たまたま、ホテルにいたポワロが、地元の警察に協力して捜査を始める。 最も怪しいと目された夫には、アリバイがあり、次に怪しいと思われた、夫人の遊び相手の男の妻は、手が小さくて、死体の首に残された指痕には合わなかった。 海岸の洞窟から、麻薬が発見され、その売人が殺したのではないかという線も浮かんで来るが・・・、という話。
これも、デビッド・スーシェさん主演のドラマで見て、覚えていました。 ただし、犯人の片方しか記憶になくて、もう一人が誰だったか分からないまま読み進めたので、そこそこ、楽しめました。 ドラマは、実際に、原作の舞台になった島で撮影したのだと思いますが 、妙に、リアルでした。 記憶から抜けないほど。
すり替わり物ですが、【邪悪の家】と違って、これは、犯行の時だけ、すり替わるというもの。 大変、面白いアイデアだと思いますが、解説によると、同じ作者の、別の作品の焼き直しらしいです。 それにしても、面白いと思いますけど。
フー・ダニット物の、お手本のような構成。 まず、登場人物達の紹介。 次に、事件が起こり、関係者を、一人ずつ、尋問。 各人の部屋で、荷物検査。 警察が的外れの捜査に走っている間に、探偵役の下に、様々な情報が集まり、最後に、謎解きと犯人指名が行なわれるという順序です。
クリスティー作品の特長として、女性の心理を細かく分析しており、これは、最低限、女性の作家でないと真似ができない、高次元のもの。 トリックは、時間差を利用したすり替わりで、今では、普通に使われますが、最初に思いついたのは、大変な発想力だと思います。 もっとも、この種のすり替わりアイデアを、最初に思いついたのが、クリスティーさんなのか、もっと前に例があったのかは、不詳ですが。
犯人二人の過去の犯罪が、大きなヒントとなるのですが、それが出て来るのが、だいぶ、後ろの方でして、その点、少し、後出しっぽいですかねえ。 ただし、謎解き・犯人指名よりは前だから、ズルとは言えません。 犯人に関する情報が、少しずつ明らかになって行くのは、当然の事だから、こういう書き方になるのも、致し方ない。
この二人の真の関係は、前半では、全く想像できないので、明かされると、あっと驚きます。 伏線は張ってありますが、「体育の教師」というのが、誰の事なのか、見事に隠されていて、これは、推理小説に於ける、伏線のお手本ですな。
クリスティーさんの作品を読んでいると、この上なく、分析的にストーリーが組み上げられているので、多くの読者に、「この構成方法を、そっくりいただけば、自分にも推理小説が書けるのではないか?」と思わせると思うのですが、実際にやってみれば、容易に真似ができない事に気づくと思います。 曲がりなりにも、模倣に成功した人達が、推理作家になって行ったわけですが。
以上、四冊です。 読んだ期間は、今年、2022年の、
≪ナイルに死す≫が、4月28日から、30日。
≪ポアロのクリスマス≫が、5月4日から、6日。
≪愛国殺人≫が、5月13日から、15日まで。
≪白昼の悪魔≫が、5月16日から、18日まで。
今回は、クリスティー文庫の、ポワロ物だけになりました。 しばらく、この状態が続きます。 クリスティー文庫は、100冊近くあるので、図書館に行った時に、迷わずに済むのは、ありがたいです。 何を借りるか、迷っていると、図書館での滞在時間が長くなってしまって、感染防御上、好ましくないので。
≪ナイルに死す≫
クリスティー文庫 15
早川書房 2003年10月15日/発行 2009年10月31日/7刷
アガサ・クリスティー 著
加島祥造 訳
沼津図書館にあった文庫本です。 長編1作を収録。 【ナイルに死す】は、コピー・ライトが、1937年になっています。 約556ページ。
大きな資産を父親から受け継いだ、若く美しい女性。 親友に頼まれて、彼女の婚約者を雇ってやるが、自分が、その青年を好きになり、親友を振らせ、結婚してしまう。 恨みに思った親友は、新婚旅行先までつけて来て、二人が乗ったナイル川クルーズ船に同乗する。 やがて、親友が、青年をピストルで撃つ事件が起こり、そこから、殺人事件が連鎖して行く話。
クリスティーさんの、中東物の代表作というと、この作品になるでしょうか。 映画にもなっていますし、デビット・スーシェさん主演のドラマ・シリーズでは、ほぼ、原作通りに映像化されていて、私は、先に、そちらで見て、トリックや犯人も覚えていました。
フー・ダニットにして、ハウ・ダニット。 ページ数の長さを見れば分かるように、これでもかというくらい、登場人物が出て来ます。 読者の目を晦ます為に、怪しい人間を、たっぷりしこたま、用意してくれたわけですな。 彼らの素性の説明が、冒頭から延々と続き、なかなか、エジプトに行きません。 行っても、なかなか、ナイル川クルーズ船に乗りません。 乗っても、なかなか、事件が起こりません。
ところが、最初の発砲事件が起こると、そこから急に、面白くなります。 大勢への聞き取りや荷物調査という、想像するだに退屈そうな場面が続くにも拘らず、実際には退屈しないのは、聞き取り・荷物調査の合間に、殺人が起こるからです。 特に、3人目の殺人は、劇的で、ドラマでもビックリしましたが、小説でも、同じくらい、迫力があります。
トリックのアイデアが、また、よく出来ていまして・・・。 こんなの、よく、思いつきますねえ。 問題のピストルは、2発しか撃たれていないはずなのに、3発撃った形跡がある、というのが、味噌。 面白いなあ、これ。 その後、何十年も経て、ありふれたアイデアになり、2時間サスペンスなどで使われても、何の感動も齎さなくなっていると思いますが、最初に思いつくのは、大変な偉業だと思います。
探偵役は、ポワロで、捜査の相方は、≪ひらいたトランプ≫で顔を出した、レイス大佐です。 三人称。 ポワロ物に於いて、ヘイスティグスが出る時には、ヘイスティングスによる一人称になりますが、クリスティーさんは、小説の内容に大いに自信がある時には、ヘイスティングスには、登場を遠慮してもらい、三人称を選ぶようです。
これは、お薦め。 先に犯人を知っていても、面白いのだから、大変な傑作というわけだ。 ページ数がありますが、大丈夫、大丈夫、クリスティーさんの作品は、会話が多いですし、地の文ですら読み易くて、スイスイ進みますから、全ての文字を読んでも、「長いなあ・・・」なんて、感じません。
≪ポアロのクリスマス≫
クリスティー文庫 17
早川書房 2003年11月15日/発行 2005年11月30日/2刷
アガサ・クリスティー 著
村上啓夫 訳
沼津図書館にあった文庫本です。 長編1作を収録。 【ポアロのクリスマス】は、コピー・ライトが、1939年になっています。 約460ページ。
南アフリカで財を成し、イギリスに戻って、豪邸に住んでいた老人が、密室になった自室で殺される。 室内は、家具が散乱するほど、激しく荒らされ、床には大量の血。 その時、屋敷内には、四人の息子と、その妻たち、娘の娘、そして、友人の息子が滞在していた。 たまたま、近くに住む警察部長を訪ねて来ていたポワロが、地元の警視と共に、捜査に当たる話。
この他に、老人がもっていた宝石が盗まれますが、そちらは、殺人事件とは、直接の関係がありません。 それが証拠に、宝石は、割と呆気なく、発見されますが、その時点で、殺人犯が誰なのかは、全く分かっていません。
以下、ネタバレ、あり。
この話、私は、デビッド・スーシェさん主演のドラマで見ていて、犯人も覚えていました。 犯人が分かっている読者が読んだ場合、ラスト近くの犯人指名が、唐突な感じがします。 それまで、全く、容疑者の圏内に入っていなかった人物だからです。 とはいえ、後出しっぽい感じはするものの、伏線は張ってあるので、ズルではないです。
それにしても、希薄な伏線だな。 犯人が分かっていれば、気づきますが、そうでない読者は、スルーしてしまうでしょう。 クリスティーさんは、この上ないくらい、緻密な話を組み立てる人なので、「何で、こんな所に、こんなセリフが出て来るのだろう?」と、違和感を覚えたら、それは、伏線だと見た方がいいです。 しかし、よほど、推理小説を読み込んだ人でなければ、早い段階で、それを察知するのは、難しいでしょうな。
4人の息子と、その妻達。 死んだ娘と、その娘など、登場人物の構成が、図式化されていて、いかにも、フー・ダニット物らしい趣きですが、彼らの心理を描くのが眼目のように見せかけて、実は、トリックと謎が、最大の売り。 密室トリックは、大変、シンプルなものですが、思いつくのは容易ではない類いのもの。 このアリバイ作りの方法は、実際にやってみても、有効なのではないかと思います。 ただし、物音を聞いてくれる人物が必要なので、条件を整えるのが大変ですが。
謎は、古典的探偵小説によく使われた、「双子物」を応用したもので、これも、シンプルです。 ただし、「双子物」は、もはや、完膚なきまでに陳腐化しているので、今、この作品を読んで、「ホーッ!」と感心するような事はありません。 感心どころか、逆に、少し、恥ずかしくなってしまいます。 トリックと謎が、ハッキリし過ぎているのが、クリスティー作品らしくないと、言えば言える。
熱心な読者である、ジェームズという義兄に読ませる為に書いたらしいですが、その義兄も、ピンと来なかったんじゃないでしょうか。 確かに、義兄のリクエスト通り、「血にまみれた、思いきり兇暴な殺人」ではあるけれど、凶行場面が描かれているわけではなく、単なる結果の描写に過ぎません。 そもそも、アクションや暴力は、クリスティーさんの作風にはないもので、そんなものをリクエストする方が、間違っている。
≪愛国殺人≫
クリスティー文庫 19
早川書房 2004年6月15日/発行 2020年2月15日/7刷
アガサ・クリスティー 著
加島祥造 訳
沼津図書館にあった文庫本です。 長編1作を収録。 【愛国殺人】は、コピー・ライトが、1940年になっています。 約360ページ。
歯の治療が終わって、ポワロが歯科医院を出た後、その歯科医が死体で発見される。 投薬量を間違えて注射した患者を死なせてしまった事に責任を感じて、自殺したと思われたが、ポワロは納得しなかった。 当日、医院にいた患者や、来訪者を調べて行く内に、ある夫人が失踪してしまう。 その夫人と思しき死体が発見されるが、その顔は、目茶目茶に潰されていて・・・、という話。
原題を直訳すると、【一、二、私の靴のバックルを締めて】。 これは、各章のタイトルに使われている、数え歌の、第一番。 小道具に、バックルが出て来ますが、重要な意味はないです。 【愛国殺人】というのは、米題の直訳。 そちらも、内容をよく表しているとは言えません。 確かに、愛国者が出て来ますが、それは、動機を示しているだけです。
国際スパイの活動が、事件の原因なのではないかと思わせるような、話の流れが一部にあり、「まさか、【ビッグ4】と同類の趣向なのか?」と、眉を顰めましたが、それは、取り越し苦労で、この作品は、純然たる、本格推理小説でした。 アクション場面もありますが、オマケ程度のもの。
ちょっと、矛盾した言い方ですが、話が複雑な割に、中身が薄くて、ポワロを、あっちへ赴かせたり、こっちへ戻したりして、尺を稼いでいるような印象があります。 360ページでは、クリスティーさんの長編としては短い方だと思いますが、それで、そんな感じがするのですから、実際、中身が少ないんでしょう。
フー・ダニットですが、一番、怪しそうな人物が、粗暴な性格なので、「クリスティー作品で、こういうタイプが犯人という事はないだろう」と、予想がついてしまいます。 犯人は、意外といえば、意外。 つまり、一番、怪しくなさそうな人物でして、その点、推理小説のセオリーに従っています。 セオリー通りなのに、意外さを感じるのは、クリスティーさんのストーリーの組み方が、巧みである事の証明なんでしょう。
三人称で、ヘイスティングスを排除しているという事は、作者としては、自信作だったのだと思いますが、驚くほど、面白いというわけではないです。 中の上くらいでしょうか。 三人称だと、ポワロが、なかなか、真相に辿り着かない観がありますねえ。 ヘイスティングスの一人称だと、ポワロは、早々と犯人を突き止めていて、知らぬは、ヘイスティングスばかり、という感じになるんですが。
≪白昼の悪魔≫
クリスティー文庫 20
早川書房 2003年10月15日/初版
アガサ・クリスティー 著
鳴海四郎 訳
沼津図書館にあった文庫本です。 長編1作を収録。 【白昼の悪魔】は、コピー・ライトが、1941年になっています。 約360ページ。
本土から程近い、小島のリゾート。 ホテルに滞在して、バカンスを楽しんでいた夫人が、ひと気のない海岸で、扼殺死体で発見される。 その夫人は、夫と義理の娘と共に来ていたが、平気で他の男と遊んでいるような性質だった。 たまたま、ホテルにいたポワロが、地元の警察に協力して捜査を始める。 最も怪しいと目された夫には、アリバイがあり、次に怪しいと思われた、夫人の遊び相手の男の妻は、手が小さくて、死体の首に残された指痕には合わなかった。 海岸の洞窟から、麻薬が発見され、その売人が殺したのではないかという線も浮かんで来るが・・・、という話。
これも、デビッド・スーシェさん主演のドラマで見て、覚えていました。 ただし、犯人の片方しか記憶になくて、もう一人が誰だったか分からないまま読み進めたので、そこそこ、楽しめました。 ドラマは、実際に、原作の舞台になった島で撮影したのだと思いますが 、妙に、リアルでした。 記憶から抜けないほど。
すり替わり物ですが、【邪悪の家】と違って、これは、犯行の時だけ、すり替わるというもの。 大変、面白いアイデアだと思いますが、解説によると、同じ作者の、別の作品の焼き直しらしいです。 それにしても、面白いと思いますけど。
フー・ダニット物の、お手本のような構成。 まず、登場人物達の紹介。 次に、事件が起こり、関係者を、一人ずつ、尋問。 各人の部屋で、荷物検査。 警察が的外れの捜査に走っている間に、探偵役の下に、様々な情報が集まり、最後に、謎解きと犯人指名が行なわれるという順序です。
クリスティー作品の特長として、女性の心理を細かく分析しており、これは、最低限、女性の作家でないと真似ができない、高次元のもの。 トリックは、時間差を利用したすり替わりで、今では、普通に使われますが、最初に思いついたのは、大変な発想力だと思います。 もっとも、この種のすり替わりアイデアを、最初に思いついたのが、クリスティーさんなのか、もっと前に例があったのかは、不詳ですが。
犯人二人の過去の犯罪が、大きなヒントとなるのですが、それが出て来るのが、だいぶ、後ろの方でして、その点、少し、後出しっぽいですかねえ。 ただし、謎解き・犯人指名よりは前だから、ズルとは言えません。 犯人に関する情報が、少しずつ明らかになって行くのは、当然の事だから、こういう書き方になるのも、致し方ない。
この二人の真の関係は、前半では、全く想像できないので、明かされると、あっと驚きます。 伏線は張ってありますが、「体育の教師」というのが、誰の事なのか、見事に隠されていて、これは、推理小説に於ける、伏線のお手本ですな。
クリスティーさんの作品を読んでいると、この上なく、分析的にストーリーが組み上げられているので、多くの読者に、「この構成方法を、そっくりいただけば、自分にも推理小説が書けるのではないか?」と思わせると思うのですが、実際にやってみれば、容易に真似ができない事に気づくと思います。 曲がりなりにも、模倣に成功した人達が、推理作家になって行ったわけですが。
以上、四冊です。 読んだ期間は、今年、2022年の、
≪ナイルに死す≫が、4月28日から、30日。
≪ポアロのクリスマス≫が、5月4日から、6日。
≪愛国殺人≫が、5月13日から、15日まで。
≪白昼の悪魔≫が、5月16日から、18日まで。
今回は、クリスティー文庫の、ポワロ物だけになりました。 しばらく、この状態が続きます。 クリスティー文庫は、100冊近くあるので、図書館に行った時に、迷わずに済むのは、ありがたいです。 何を借りるか、迷っていると、図書館での滞在時間が長くなってしまって、感染防御上、好ましくないので。
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