実話風小説⑦ 【招くべからざる客】
「実話風小説」の七作目です。 普通の小説との違いは、情景描写や心理描写を最小限にして、文字通り、新聞や雑誌の記事のような、実話風の文体で書いてあるという事です。
今回も、長めです。 これでは、普通の短編小説と、大差ないですな。 初心に返る必要を感じている、今日この頃。
【招くべからざる客】
すでに、廃校になって、十数年を経た、山村の中学校。 末期の卒業生が、3回目のクラス会を開く事になった。 年齢は、30歳・31歳である。 幹事は、最寄の地方都市で、警察署に勤めている、Aが引き受けた。
Aは、子供の頃から、正義感が強くて、警官になったと聞いた同窓生達は、一様に、「あいつらしい」と、納得した。 ただ、Aをよく知る友人達は、Aに、物事を単純に考え過ぎるきらいがあるのを知っていた。 理想と現実を混同してしまうような、危なっかしいところがある事を・・・。
Aは、それまでのクラス会に出席しなかった者達に、電話をかけたり、直接訪ねて行ったりして、参加を促した。 自分が奔走して、参加者を増やし、これまでにない盛況を実現したかったのだ。 努力の甲斐あってか、当初、20人程度の人数だったのが、30人程度にまで、参加予定者が増えた。
ところが、人数が増えた結果、これまでに使っていた地元の料理店の宴会場では、手狭になった。 Aが勤めている警察署がある街には、大きな飲食店が一つあり、そちらを当ったところ、夜は、予約が埋まっていたが、昼食ならば、空きがあった。 先に日を決めてから、出欠をとっていたから、他に選びようがなかった。
当日になって、参加者が、集まり始めた。 驚いたのは、Bが来た事であった。 Bは、山村の中学では珍しい、不良少年だった男で、高校を中退して以降、定職に就かず、ゴロツキのような生活をしていた。 他の参加者達は、Bを見ると、ギョッとして、「なんで、あんな奴を呼んだんだ」と、陰で語り合った。
Bを呼んだのは、もちろん、Aだった。 幹事を引き受ける前に、飲み屋でばったり会い、「おまえも、クラス会に顔を出せよ」と誘った事があるのだが、幹事になってから、その言葉を実行に移し、わざわざ、Bのアパートまで訪ねて行って、「みんな、会いたがってるから」などと、月並みなセリフを言って、参加を促したのである。
Aも、Bがどんな生活をしているかは知っていたが、持ち前の単純な頭で、「クラス会に出て、昔の仲間と話をすれば、真人間に戻るだろう」と、信じられないほど、能天気な期待をしていたのだ。 Bが、中学時代から一貫して不良だった事など、すっかり忘れていたのである。 同窓生の中には、卒業後、街でBに出くわし、金をせびられた経験がある者が何人もいたのだが・・・。
更に驚いた事に、Bには、連れがあった。 中学時代に不良仲間でつるんでいた、隣のクラスの友人、Cを連れて来たのだ。 Bは、中学時代の友人といったら、Cしかおらず、直前に話をつけて、同行させたのである。 いざ、出席してみて、話し相手がいないと、格好がつかないと思ったのだろう。
予約と人数が違ってしまったが、大きな店だから、一人二人くらいなら、融通は利く。 Aも、Cが来たのには驚いたが、知らない顔でもないので、参加を承諾した。 Cは、Bの子分のような存在だったから、中学時代は、一緒にいる事が多く、みなに顔は知られていた。
Bが、専ら、Cとだけ話をし、他の者とは関わらなかった事もあり クラス会そのものは、これといったトラブルもなく、終了した。 人数が多かった事で、これまでより、賑やかな会になった事は、確かだった。 問題は、会が行われたのが昼だったせいで、解散後に、時間が余った事である。
自然の流れで、二次会に繰り出そうという話になったが、昼下がりでは、どこの飲み屋もやっていない。 ある者が言い出して、村営キャンプ場で、バーベキューをやろうという話になった。 参加者は、10人で、Aも含まれていた。 すでに、幹事の役目は終了していたから、気楽にのったのである。 よせばいいのに、Aが、BとCも誘った。 他の面子は、内心、「誘うなよ、そんなやつら」と思ったが、顔には出さなかった。 Bに睨まれて、後々、厄介事になるのを恐れたのだ。
車に分乗して、出発。 途中、買い出し組が、スーパーに寄り、他の車は、先にキャンプ場に向かった。 すでに秋口で、シーズンが終わっており、他の利用者は、誰もいなかった。 管理事務所も閉まっていた。 注意書きがあり、「閉鎖期間中に、キャンプ場を使ってもいいが、バーベキュー用具の貸し出しはしないので、持参するように。 後片付けをして帰るように」とあった。
バーベキュー用具をどうするか困っていたところ、意外にも、Bが、「もって来る」と言い出した。 Cが車で来ていて、BとCの二人で乗り込み、20分ほどで、バーベキュー用具を一式載せて、戻って来た。 「レンタル店で借りて来た」と、Bは言った。 古びている上に、汚れていたが、バーベキュー場の水道で洗って、使えるようにした。
やがて、買い出し組が到着し、バーベキューが始まった。 一次会よりも、盛り上がった。 用具を調達して来てくれた事で、BとCの株が上がり、他の面子と、割と普通に会話が交わされた。 Bの話は、犯罪グレー・ゾーン行為の自慢のような内容が多かったが、みんな、酔っ払いの無責任なノリで、テキトーに相槌を打って、聞いていた。
やがて、暗くなって来たので、お開きになった。 キャンプ場の電気が止まっていて、電灯も点かなかったのだ。 用具を洗う段になって、Bが、奇妙な事を言った。 「そのままにしておけば、後で、レンタル店の人間が取りに来る」というのだ。 そんなサービスまでしてくれるのか、みな、首を傾げたが、Bは、「そういうのを頼んだんだよ」と、面倒臭そうに言って、Cの車に乗り、さっさと帰ってしまった。
レンタル店の名前も聞いていなかったから、他の者には、どうにもしようがない。 とりあえず、「汚れたままでは、まずいだろう」という事になり、夕暮れの暗さの中で、洗うだけは洗った。 大きな物は立てかけて、水を切っておき、「さあ、引き揚げるか」という時になって、Dという口数の少ない男が、ポツリと言った。
「あのさあ。 このバーベキュー・セット・・・」
「なに?」
「もしかしたら・・・」
「もしかしたら?」
「Eさんちのもんじゃないかなあ?」
一同、ギョッとした。 Eという変わった苗字に、全員、記憶があったのだ。 中学校の通学路沿いに、昔ながらの農家があり、そこの主、Eさんは、口喧しい事で、昔から有名だった。 様々なご近所トラブルを引き起こしていたが、とりわけ、子供が大嫌いで、子供がやった悪戯に激怒し、学校に押しかけて来て、「裁判所に訴える」と息巻いて、大騒ぎになった事もあった。 子供が学校帰りに騒いでいたりすると、飛び出して来て、怒鳴りつけるので、怖がって、みんな、E家の前は、息を殺し、小走りに通り過ぎていたものだ。
Dの言葉に、みんな真っ青になったのは、このバーベキュー・セットが、E家の納屋の下に置かれているのを、全員、見た事があったからだ。 昔ながらの農家で、門はいつも開けっ放し。 中庭の奥に、納屋がある。 子供の頃、恐る恐る、門の中を覗き込んで、真っ先に目に入って来るのが、納屋の一階に並んでいる、軽トラと、耕運機、そして、隅に置かれた、このバーベキュー・セットだったのだ。
「Bの奴、レンタル店がある街まで行ったなら、あんなに早く戻って来れるわけがない。 Eさんちなら、あのくらいの時間で、行って帰って来れる」
「Eさんち、畑に出ていて、いない時があるから、留守に勝手に持って来たんじゃないか?」
そう思うと、Bなら、いかにもやりそうだ。 みんな、沈黙してしまった。 ほんの数秒が、無限の長さに感じられる。
「このままにしておくか?」
「そんなの、駄目だろう。 相手は、Eさんだぞ」
「返しに行くか?」
「なんて、言い訳するんだ? 『勝手に借りました』って言うのか? 相手は、Eさんなんだぞ」
「『Bの奴が勝手に持って来てしまった』って言えば?」
「その場合、Eさんは、『Bを連れて来い』と言うだろう。 大揉めになるぞ。 Eさんも怖いが、Bに恨まれるのも怖い。 あいつは、ほとんど、ヤクザなんだぜ」
Aが、何か言おうとしたが、学級委員をやっていた、Fが止めた。
「Aは、帰った方がいい。 二次会そのものに、参加しなかった事にした方がいいんじゃないか?」
「なぜ?」
「これは、最悪、窃盗事件になるぞ。 おまえ、警官なんだから、関わったら、まずいだろう。 他の人間は、うまく対処すれば、罪にならないかもしれないが、お前は、何かしら、処分を受ける事になるぞ」
すでに、日がとっぷり暮れていたが、Aが真っ青になっているのは、誰の目にも分かった。 Aは、正義感が強かったが、それは、あくまで、自分が磐石な立場にある場合の話。 自分の方が、犯罪者になってしまったら、正義も糞もない。 もうすぐ、昇進できる見込みがあり、子供も生まれたばかりだ。 こんな時に、処分は、軽いものでも、避けたかった。
「確かに、まずいわ。 それじゃ、後は頼むわ」
Aは、本当に帰ってしまった。 車がないので、バス通りまで歩くと言っていた。
残った7人で、頭を捻ったが、いい案が思い浮かばない。 こっそり、E家の前に置いて行くというのが、無難そうだったが、どうも、大人がやる事ではない。 それに、この時間では、車を家の前に停めただけでも、音で気づかれてしまうだろう。 結局、正直に言って、謝るのが一番だろうという事になった。 全員でなくてもいいので、女性3人は家に帰し、残りの男性4人で、バーベキュー・セットを車に積み、E家に向かった。
E家に行ってみると、出て来たのは、Eさんではなく、一世代、若い男だった。 聞いてみると、昔、彼らを震え上がらせていた、Eさんは、5年前に他界していた。 近所の人間と、下らない事で言い争っている時に、脳溢血を起こして倒れ、そのまま逝ってしまったのだと、息子である現当主は、ケラケラ笑いながら、話した。 怒りっぽくて、揉め事ばかり起こす父親が死んで、清々しているように見えた。
学級委員だったFが、代表して事情を説明し、4人揃って、畳に額をこすりつけて、謝った。 勝手に持って来てしまったのは、同級生の一人だが、そいつの名前を出すのは勘弁して欲しい。 ヤクザのような人間で、ここで名前を出したら、自分達が無事に済まないから。 そう頼んだら、E家の現当主は、ニコニコして応えた。
「いいですよ。 私は、親父とは違いますから、そんな事で怒りませんよ。 ヤクザの名前なんか、知りたくもないですし」
助かった。 『案ずるより産むが易し』とは、この事だ。 4人は、ペコペコ頭を下げながら、E家を辞した。 とんだクラス会になってしまった。 帰りの車の中で、「こんな思いは、一生に一度で、たくさんだなあ」と、4人とも、しみじみ思っていた。
万事、丸く収まったかに思えたが、そうはならなかった。 一週間後、Bが、全くの別件で、逮捕されたのだ。 容疑は、殺人。 日頃、Bと敵対関係にあった男の一人が、惨殺死体となって発見されたのだった。 Bは殺していなかった。 ゴロツキだったが、殺人を犯すほど、凶悪な人間ではなかったのだ。
Bは、前週の日曜午後のアリバイを訊かれて、クラス会の二次会に出ていたと主張した。 殺人事件で、捜査本部が立っており、警察は細かい事まで念入りに調べた。 Fを始め、他の面子は、警察官のAを庇おうと思っていたが、その前に、Bが二次会参加者の名前を、全て喋ってしまっていたので、無意味だった。 全員が取り調べを受け、結果、二次会に関する一切の事が明らかにされた。
Bの殺人容疑は晴れたが、Cと共に、窃盗罪で再逮捕された。 他の面子は、Eさんと話がついていた事から、お構いなし。 構いがあったのは、Aで、帰ってしまったのが、問題になった。 Aを帰したのは、Fの発案だったが、犯罪に関わった認識があったにも拘らず、Aが、その提案を受け入れてしまったのは、警察官にあるまじき判断だと見做されたのである。
Aは、処分を待たずに、自発的に退職した。 正義感が強いのが禍いして、時間が経つに連れ、自分の行為が許せなくなって来たのである。 幸い、Dがやっている会社で、欠員があり、すぐに次の仕事が見つかった。 以後、妻子と共に、何とか暮らしている。 その一件に懲りて、正義感は、だいぶ薄くなった。
その後も、5年に一度の間隔で、クラス会が開かれているが、誰が幹事になっても、Bは呼ばない事に、硬く決まって、今日に至る。
今回も、長めです。 これでは、普通の短編小説と、大差ないですな。 初心に返る必要を感じている、今日この頃。
【招くべからざる客】
すでに、廃校になって、十数年を経た、山村の中学校。 末期の卒業生が、3回目のクラス会を開く事になった。 年齢は、30歳・31歳である。 幹事は、最寄の地方都市で、警察署に勤めている、Aが引き受けた。
Aは、子供の頃から、正義感が強くて、警官になったと聞いた同窓生達は、一様に、「あいつらしい」と、納得した。 ただ、Aをよく知る友人達は、Aに、物事を単純に考え過ぎるきらいがあるのを知っていた。 理想と現実を混同してしまうような、危なっかしいところがある事を・・・。
Aは、それまでのクラス会に出席しなかった者達に、電話をかけたり、直接訪ねて行ったりして、参加を促した。 自分が奔走して、参加者を増やし、これまでにない盛況を実現したかったのだ。 努力の甲斐あってか、当初、20人程度の人数だったのが、30人程度にまで、参加予定者が増えた。
ところが、人数が増えた結果、これまでに使っていた地元の料理店の宴会場では、手狭になった。 Aが勤めている警察署がある街には、大きな飲食店が一つあり、そちらを当ったところ、夜は、予約が埋まっていたが、昼食ならば、空きがあった。 先に日を決めてから、出欠をとっていたから、他に選びようがなかった。
当日になって、参加者が、集まり始めた。 驚いたのは、Bが来た事であった。 Bは、山村の中学では珍しい、不良少年だった男で、高校を中退して以降、定職に就かず、ゴロツキのような生活をしていた。 他の参加者達は、Bを見ると、ギョッとして、「なんで、あんな奴を呼んだんだ」と、陰で語り合った。
Bを呼んだのは、もちろん、Aだった。 幹事を引き受ける前に、飲み屋でばったり会い、「おまえも、クラス会に顔を出せよ」と誘った事があるのだが、幹事になってから、その言葉を実行に移し、わざわざ、Bのアパートまで訪ねて行って、「みんな、会いたがってるから」などと、月並みなセリフを言って、参加を促したのである。
Aも、Bがどんな生活をしているかは知っていたが、持ち前の単純な頭で、「クラス会に出て、昔の仲間と話をすれば、真人間に戻るだろう」と、信じられないほど、能天気な期待をしていたのだ。 Bが、中学時代から一貫して不良だった事など、すっかり忘れていたのである。 同窓生の中には、卒業後、街でBに出くわし、金をせびられた経験がある者が何人もいたのだが・・・。
更に驚いた事に、Bには、連れがあった。 中学時代に不良仲間でつるんでいた、隣のクラスの友人、Cを連れて来たのだ。 Bは、中学時代の友人といったら、Cしかおらず、直前に話をつけて、同行させたのである。 いざ、出席してみて、話し相手がいないと、格好がつかないと思ったのだろう。
予約と人数が違ってしまったが、大きな店だから、一人二人くらいなら、融通は利く。 Aも、Cが来たのには驚いたが、知らない顔でもないので、参加を承諾した。 Cは、Bの子分のような存在だったから、中学時代は、一緒にいる事が多く、みなに顔は知られていた。
Bが、専ら、Cとだけ話をし、他の者とは関わらなかった事もあり クラス会そのものは、これといったトラブルもなく、終了した。 人数が多かった事で、これまでより、賑やかな会になった事は、確かだった。 問題は、会が行われたのが昼だったせいで、解散後に、時間が余った事である。
自然の流れで、二次会に繰り出そうという話になったが、昼下がりでは、どこの飲み屋もやっていない。 ある者が言い出して、村営キャンプ場で、バーベキューをやろうという話になった。 参加者は、10人で、Aも含まれていた。 すでに、幹事の役目は終了していたから、気楽にのったのである。 よせばいいのに、Aが、BとCも誘った。 他の面子は、内心、「誘うなよ、そんなやつら」と思ったが、顔には出さなかった。 Bに睨まれて、後々、厄介事になるのを恐れたのだ。
車に分乗して、出発。 途中、買い出し組が、スーパーに寄り、他の車は、先にキャンプ場に向かった。 すでに秋口で、シーズンが終わっており、他の利用者は、誰もいなかった。 管理事務所も閉まっていた。 注意書きがあり、「閉鎖期間中に、キャンプ場を使ってもいいが、バーベキュー用具の貸し出しはしないので、持参するように。 後片付けをして帰るように」とあった。
バーベキュー用具をどうするか困っていたところ、意外にも、Bが、「もって来る」と言い出した。 Cが車で来ていて、BとCの二人で乗り込み、20分ほどで、バーベキュー用具を一式載せて、戻って来た。 「レンタル店で借りて来た」と、Bは言った。 古びている上に、汚れていたが、バーベキュー場の水道で洗って、使えるようにした。
やがて、買い出し組が到着し、バーベキューが始まった。 一次会よりも、盛り上がった。 用具を調達して来てくれた事で、BとCの株が上がり、他の面子と、割と普通に会話が交わされた。 Bの話は、犯罪グレー・ゾーン行為の自慢のような内容が多かったが、みんな、酔っ払いの無責任なノリで、テキトーに相槌を打って、聞いていた。
やがて、暗くなって来たので、お開きになった。 キャンプ場の電気が止まっていて、電灯も点かなかったのだ。 用具を洗う段になって、Bが、奇妙な事を言った。 「そのままにしておけば、後で、レンタル店の人間が取りに来る」というのだ。 そんなサービスまでしてくれるのか、みな、首を傾げたが、Bは、「そういうのを頼んだんだよ」と、面倒臭そうに言って、Cの車に乗り、さっさと帰ってしまった。
レンタル店の名前も聞いていなかったから、他の者には、どうにもしようがない。 とりあえず、「汚れたままでは、まずいだろう」という事になり、夕暮れの暗さの中で、洗うだけは洗った。 大きな物は立てかけて、水を切っておき、「さあ、引き揚げるか」という時になって、Dという口数の少ない男が、ポツリと言った。
「あのさあ。 このバーベキュー・セット・・・」
「なに?」
「もしかしたら・・・」
「もしかしたら?」
「Eさんちのもんじゃないかなあ?」
一同、ギョッとした。 Eという変わった苗字に、全員、記憶があったのだ。 中学校の通学路沿いに、昔ながらの農家があり、そこの主、Eさんは、口喧しい事で、昔から有名だった。 様々なご近所トラブルを引き起こしていたが、とりわけ、子供が大嫌いで、子供がやった悪戯に激怒し、学校に押しかけて来て、「裁判所に訴える」と息巻いて、大騒ぎになった事もあった。 子供が学校帰りに騒いでいたりすると、飛び出して来て、怒鳴りつけるので、怖がって、みんな、E家の前は、息を殺し、小走りに通り過ぎていたものだ。
Dの言葉に、みんな真っ青になったのは、このバーベキュー・セットが、E家の納屋の下に置かれているのを、全員、見た事があったからだ。 昔ながらの農家で、門はいつも開けっ放し。 中庭の奥に、納屋がある。 子供の頃、恐る恐る、門の中を覗き込んで、真っ先に目に入って来るのが、納屋の一階に並んでいる、軽トラと、耕運機、そして、隅に置かれた、このバーベキュー・セットだったのだ。
「Bの奴、レンタル店がある街まで行ったなら、あんなに早く戻って来れるわけがない。 Eさんちなら、あのくらいの時間で、行って帰って来れる」
「Eさんち、畑に出ていて、いない時があるから、留守に勝手に持って来たんじゃないか?」
そう思うと、Bなら、いかにもやりそうだ。 みんな、沈黙してしまった。 ほんの数秒が、無限の長さに感じられる。
「このままにしておくか?」
「そんなの、駄目だろう。 相手は、Eさんだぞ」
「返しに行くか?」
「なんて、言い訳するんだ? 『勝手に借りました』って言うのか? 相手は、Eさんなんだぞ」
「『Bの奴が勝手に持って来てしまった』って言えば?」
「その場合、Eさんは、『Bを連れて来い』と言うだろう。 大揉めになるぞ。 Eさんも怖いが、Bに恨まれるのも怖い。 あいつは、ほとんど、ヤクザなんだぜ」
Aが、何か言おうとしたが、学級委員をやっていた、Fが止めた。
「Aは、帰った方がいい。 二次会そのものに、参加しなかった事にした方がいいんじゃないか?」
「なぜ?」
「これは、最悪、窃盗事件になるぞ。 おまえ、警官なんだから、関わったら、まずいだろう。 他の人間は、うまく対処すれば、罪にならないかもしれないが、お前は、何かしら、処分を受ける事になるぞ」
すでに、日がとっぷり暮れていたが、Aが真っ青になっているのは、誰の目にも分かった。 Aは、正義感が強かったが、それは、あくまで、自分が磐石な立場にある場合の話。 自分の方が、犯罪者になってしまったら、正義も糞もない。 もうすぐ、昇進できる見込みがあり、子供も生まれたばかりだ。 こんな時に、処分は、軽いものでも、避けたかった。
「確かに、まずいわ。 それじゃ、後は頼むわ」
Aは、本当に帰ってしまった。 車がないので、バス通りまで歩くと言っていた。
残った7人で、頭を捻ったが、いい案が思い浮かばない。 こっそり、E家の前に置いて行くというのが、無難そうだったが、どうも、大人がやる事ではない。 それに、この時間では、車を家の前に停めただけでも、音で気づかれてしまうだろう。 結局、正直に言って、謝るのが一番だろうという事になった。 全員でなくてもいいので、女性3人は家に帰し、残りの男性4人で、バーベキュー・セットを車に積み、E家に向かった。
E家に行ってみると、出て来たのは、Eさんではなく、一世代、若い男だった。 聞いてみると、昔、彼らを震え上がらせていた、Eさんは、5年前に他界していた。 近所の人間と、下らない事で言い争っている時に、脳溢血を起こして倒れ、そのまま逝ってしまったのだと、息子である現当主は、ケラケラ笑いながら、話した。 怒りっぽくて、揉め事ばかり起こす父親が死んで、清々しているように見えた。
学級委員だったFが、代表して事情を説明し、4人揃って、畳に額をこすりつけて、謝った。 勝手に持って来てしまったのは、同級生の一人だが、そいつの名前を出すのは勘弁して欲しい。 ヤクザのような人間で、ここで名前を出したら、自分達が無事に済まないから。 そう頼んだら、E家の現当主は、ニコニコして応えた。
「いいですよ。 私は、親父とは違いますから、そんな事で怒りませんよ。 ヤクザの名前なんか、知りたくもないですし」
助かった。 『案ずるより産むが易し』とは、この事だ。 4人は、ペコペコ頭を下げながら、E家を辞した。 とんだクラス会になってしまった。 帰りの車の中で、「こんな思いは、一生に一度で、たくさんだなあ」と、4人とも、しみじみ思っていた。
万事、丸く収まったかに思えたが、そうはならなかった。 一週間後、Bが、全くの別件で、逮捕されたのだ。 容疑は、殺人。 日頃、Bと敵対関係にあった男の一人が、惨殺死体となって発見されたのだった。 Bは殺していなかった。 ゴロツキだったが、殺人を犯すほど、凶悪な人間ではなかったのだ。
Bは、前週の日曜午後のアリバイを訊かれて、クラス会の二次会に出ていたと主張した。 殺人事件で、捜査本部が立っており、警察は細かい事まで念入りに調べた。 Fを始め、他の面子は、警察官のAを庇おうと思っていたが、その前に、Bが二次会参加者の名前を、全て喋ってしまっていたので、無意味だった。 全員が取り調べを受け、結果、二次会に関する一切の事が明らかにされた。
Bの殺人容疑は晴れたが、Cと共に、窃盗罪で再逮捕された。 他の面子は、Eさんと話がついていた事から、お構いなし。 構いがあったのは、Aで、帰ってしまったのが、問題になった。 Aを帰したのは、Fの発案だったが、犯罪に関わった認識があったにも拘らず、Aが、その提案を受け入れてしまったのは、警察官にあるまじき判断だと見做されたのである。
Aは、処分を待たずに、自発的に退職した。 正義感が強いのが禍いして、時間が経つに連れ、自分の行為が許せなくなって来たのである。 幸い、Dがやっている会社で、欠員があり、すぐに次の仕事が見つかった。 以後、妻子と共に、何とか暮らしている。 その一件に懲りて、正義感は、だいぶ薄くなった。
その後も、5年に一度の間隔で、クラス会が開かれているが、誰が幹事になっても、Bは呼ばない事に、硬く決まって、今日に至る。
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