2022/07/10

読書感想文・蔵出し (89)

  読書感想文です。 これといって、書く事がないので、近況を述べますと、母にスマホを買ってやる計画を遂行中です。 私は、携帯・スマホに全く興味がないのですが、母は、2019年の末頃、盛んに欲しいと言っていた時期があり、だいぶ遅れましたが、それを叶えてやろうという計画。 いずれ、その件についても記事にします。





≪ひらいたトランプ≫

クリスティー文庫 13
早川書房 2003年10月15日/初版
アガサ・クリスティー 著
加島祥造 訳

  沼津図書館にあった文庫本です。 長編1作を収録。 【ひらいたトランプ】は、コピー・ライトが、1936年になっています。 約382ページ。


  変わったものを集めるのが趣味の男が、犯罪者の蒐集を始めたと言って、ポワロを、パーティーに招く。 招待客の中には、過去に殺人を犯した事があるが、罰を免れている四人が含まれていた。 客達が、ブリッジに興じている間、離れた所にいた主人が、華奢なナイフで、刺殺されるが、誰が刺したか分からない。 ポワロ、推理作家のオリヴァー夫人、バトル警視、諜報局員のレイス大佐の四人が、探偵 となり、捜査に乗り出す話。

  デビッド・スーシェさん主演のドラマ・シリーズで見ているのですが、こういう話だった事は、忘れていました。 いや、忘れていたというより、知らなかったといった方が正しいか。 大まかに言って、小説より、ドラマの方が、分り易くなっているものですが、稀に、その逆のケースもあり、たぶん、この作品がそうだったんでしょう。 ドラマを見ているだけでは、頭に入ってこなかったストーリーが、小説を読んだら、すんなり理解できました。

  ゾクゾクするような話ではないですが、捕まっていない犯罪者を蒐集するというアイデアが面白いですし、ブリッジに臨む容疑者達の個性を見て、的を絞って行く、ポワロの心理的捜査法も、興味を引きます。 もっとも、ゲームをやらせて、容疑者の性格を知るというのは、ヴァン・ダインの作品に出ていて、そちらの方が早かったと思いますが

  以下、ネタバレ、あり。

  容疑者の四人が、過去に本当に殺人を犯していたか、それとも、蒐集家の思い違いかについては、調査が進むに連れて、明らかになり、結局、四人とも、本当に人殺しであった事が分かります。 一人は、殺人罪に該当しないので、お咎めなし。 二人は、罪の報いを受け、一人は、逮捕されます。 善悪バランスは、しっかりとられています。 やはり、こういう、折り目正しい倫理観が通っている作品は、読んだ後の、すっきり度が違いますな。

  ボート上でのクライマックスで、その時点で、最も怪しかった容疑者が死んでしまい、てっきり、それで解決かと思いきや、その後に、ドンデン返しが待っています。 刺殺事件の真犯人は、別にいたんですな。 また、クリスティーさんに、やられてしまいました。 だけど、ボートの場面で死んだ人物が真犯人でも、話は纏まるので、これは、オマケ程度の加筆修正で入れられた変更ではないかと思います。

  推理小説に於ける一般論ですが、フー・ダニット物では、ドンデン返しが、あまりにも容易にできるので、幾つもの作品で繰り返していると、読者から、「またか!」と呆れられてしまう恐れがなきにしもあらず。 これから、推理作家になろうという人達は、頭の隅に入れておくべきでしょう。 「有名な推理作家の○○がやっていたから、自分も・・・」が通用しないのが、プロの世界です。




≪エッジウェア卿の死≫

クリスティー文庫 7
早川書房 2004年7月15日/初版
アガサ・クリスティー 著
福島正美 訳

  沼津図書館にあった文庫本です。 長編1作を収録。 【エッジウェア卿の死】は、コピー・ライトが、1933年になっています。 約446ページ。


  他に結婚したい男が出来たから、夫であるエッジウェア卿を離婚に応じさせて欲しいと、ポアロに依頼して来た女優がいた。 ポワロが卿を訪ねると、とっくに、離婚に応じる旨を書いた手紙を送ったと告げられた。 狐に摘まれた気分で、それを夫人に報告したが、その直後、卿が殺される。 続いて、物真似が得意な、若手の女優が殺される。 夫人には、アリバイがあり、動機がない。 ポアロやジャップ警部の捜査は、他の関係者に向いて行くが・・・、という話。

  デビッド・スーシェさん主演のドラマ・シリーズで、よく覚えている話の一つです。 物真似が得意な女優の印象が強かったので、忘れなかったのでしょう。 ただし、原作では、若手女優なのが、ドラマでは、ちょっと歳が行った人が演じていて、そちらの方が、原作の人物より、強い魅力を感じました。 ドラマにあったポワロの物真似は、原作にはないです。

  以下、ネタバレ、あり。

  ネタバレに切り替えるのが早過ぎるような気もしますが、ネタバレさせないと、感想が書けないのです。 そういう作品は、大抵、推理小説として、読み応えがある部類ですが。

  普通に読んでいて、最初に、「この人、犯人だろう」と思った人が、実際に犯人です。 ところが、中途段階では、その人は、容疑者から外されています。 「アリバイはあるが、それは、他の人間がなりすましていたのだろう」と、推理させておいて、「しかし、動機がないから、シロだな」と、読者を騙しておき、後ろの方へ行って、「実は、もっと複雑な事情があって、動機があったのだ」という、種明かしになっています。

  「アリバイをダミーにして、動機の重要性を隠した」というのなら、大したアイデアだと思うのですが、そういうわけでもなくて、動機に事情があった事は、終わりの方で、突然、提示されます。 これは、「フェア / アンフェア」などという次元ではなく、単純な、「後出し」でして、推理物としては、拙い出来です。

  ただ、メインの謎以外にも、フー・ダニット形式で、複数の登場人物を容疑者として出しており、そちらの方で、読み応えを稼いでいます。 最終的に、最初に犯人と思った人の所へ戻って来てしまうから、他の人物に対する捜査の部分は、無駄な読書になってしまうのですが、それを感じさせないのは、不思議。

  深い人間観察が盛り込まれていて、寄り道的な部分にも、興味を引くものがあるからでしょうか。 特に、女性の性格の類型について、クリスティーさんは、大変深い造詣をもっていたようですな。 それは、他の作品でも、よく見られます。 男の方は、それほどでもないです。

  少し穿って読むと、なりすましで、アリバイを作るアイデアは、短編用に考えたのではないかと思えます。 まず、その部分を思いついて、後から、フー・ダニットを盛り込んで、ストーリーを延長し、長編に仕立てたのではないでしょうか。




≪雲をつかむ死≫【新訳版】

クリスティー文庫 10
早川書房 2020年6月25日/初版
アガサ・クリスティー 著
田中一江 訳

  沼津図書館にあった文庫本です。 長編1作を収録。 【雲をつかむ死】は、コピー・ライトが、1935年になっています。 約394ページ。 【新訳版】という事は、【旧訳版】もあるわけですが、そちらも、そんなに古くはなくて、21世紀に入ってから、刊行されています。 内容の異同に関しては、不詳。 読み比べるほど、興味がありません。


  パリからロンドンへ向かう旅客機の中で、金貸しを業とする女性が殺される。 遺体には、刺されたような痕があり、機内で、蜂の死骸と、吹き矢の矢、更に、吹き矢の筒が発見される。 伯爵夫人、美容師、小説家、医師、歯科医、考古学者の親子などの乗客と、乗務員が容疑者になり、たまたま、同乗していたポワロが、ジャップ警部や、フランス警察の警部と情報交換しつつ、犯人を特定して行く話。

  この話も、デビッド・スーシェさん主演のドラマ・シリーズで、よく覚えています。 冒頭の犯行部分が、旅客機の中という、特殊な環境なので、印象が強いのでしょう。 ただし、覚えていたのは、その部分だけ。 捜査の方は、地上で行われるので、これといった特徴がなく、誰が犯人かは、すっかり忘れていました。

  ちなみに、旅客機と言っても、戦間期の、ごく初期の物なので、乗客は少ないです。 犯行の舞台になるのは、後部客席だけで、18席となっています。 今の旅客機とは、だいぶ、事情が違う。 しかし、「吹き矢を使ったら、必ず、誰かに見られている」という点は、今でも変わりませんな。

  三人称で、ヘイスティングスは出て来ません。 ほぼ、ポワロが視点人物。 つまり、割とありふれた推理小説の作法で書かれており、奇抜な形式に煩わされないで済む、安心感はあります。 しかし、だから、面白いという事にはなりません。 冒頭部を除くと、ありきたりのフー・ダニット物で、犯人が誰でも、「ああ、この人。 ふーん・・・」くらいの感想しか出ないのです。

  人物の性格描写は、伯爵夫人のそれが、最も辛辣ですが、どこがどう、尊敬できない人間なのかまでは、細かく書かれておらず、少し物足りません。 美容師は、ヒロイン的な役回りですが、ポワロの次に怪しくない人物であるせいか、こちらも、描き込みが足りず、クリスティー作品らしい人間観察は窺えません。 被害者の金貸しの女性は、興味深いですが、やはり、期待するほど、詳しく書かれてはいません。

  男の登場人物の方が多いのですが、若い面々は、小説家を除き、キャラが被っている感が強いです。 そもそも、クリスティーさんは、男の性格分析に、あまり興味がなかったようで、キャラが被る傾向は、多くの作品で見受けれます。 もっとも、推理小説ですから、性格を描き分けるのに優れていないくても、瑕にはなりませんが。




≪もの言えぬ証人≫

クリスティー文庫 14
早川書房 2003年12月15日/発行 2019年6月15日/7刷
アガサ・クリスティー 著
加島祥造 訳

  沼津図書館にあった文庫本です。 長編1作を収録。 【もの言えぬ証人】は、コピー・ライトが、1937年になっています。 約504ページ。


  ポワロが、ある高齢女性から、依頼の手紙を受け取るが、訪ねて行くと、差出人は、2ヵ月も前に病死していた。 興味だけで、調査を始めると、彼女は、死ぬ前に、犬が階段の上に置き忘れたボールを踏んで、階段から転落し、怪我をしていた。 更に、死んだ時には、口から、霊体らしきものを吹き出していたという。 肉親の遺産相続人は数人いたが、なぜか、遺産は他人の付添い人に贈られ・・・、という話。

  この話、デビッド・スーシェさん主演のドラマ・シリーズで見ていましたが、幸いな事に、犯人が誰かを忘れていて、楽しく読む事ができました。 やっぱり、推理小説は、犯人を知っている人間が読んではいけないんですな。 知っていると、知らないとでは、大違いですわ。 つくづく、分かりました。

  フー・ダニットにして、ハウ・ダニット。 死因になった一件のトリックに、医学・薬学の専門知識が使われており、一般の読者が、推理して謎を解くのは、不可能です。 解説によると、書かれた当時も、禁じ手になっていたのを、クリスティーさんが、わざと破ったらしいとの事。 しかし、やはり、分からんものは、分かりませんな。

  霊体が出てくるというのは、ディクスン・カー作品にあるような、怪奇趣味かと思いましたが、描写は、至って、サラリとしており、ホラーでゾクゾクさせようという意図はないようです。 クリスティーさんは、ホラー系のミステリーを、軽蔑していたのかも知れませんねえ。 怪奇の雰囲気を利用する事さえ、邪道だと思っていたんじゃないでしょうか。

  階段から落ちた一件の方は、トリックというほどのトリックではなく、一般人でも分かります。 証拠が残ってしまうから、実際の犯罪では、使えませんけど。 頭文字と鏡の謎は、子供騙しレベル。 これは、些か、ポワロらしくありませんな。 こんな謎は、2サスの素人探偵でも解けます。

  面白かったですが、敢えて、問題点を探すなら、少し、長過ぎますかね。 長く読みたいという読者もいるのかもしれませんが、私のように、せっかちな読者は、容疑者の長口舌や、ポワロとヘイスティングスの会話が続くと、イライラしてしまうのです。 400ページくらいにしたら、もっと、面白い話になったのでは?

  「もの言えぬ証人」とは、出て来る犬の事だと思いますが、このタイトル、羊頭狗肉でして、別に、犬が喋れたとしても、事件は解決しません。 犯行を見ていたわけではないからです。 アメリカで出版された時のタイトルは、別のものになっていたらしいですが、恐らく、内容とのズレを嫌ったのでしょう。




  以上、四冊です。 読んだ期間は、今年、2022年の、

≪ひらいたトランプ≫が、3月14日から、19日。
≪エッジウェア卿の死≫が、3月21日から、24日。
≪雲をつかむ死≫が、3月25日から、27日まで。
≪もの言えぬ証人≫が、4月1日から、5日まで。

  クリスティー文庫ですが、翻訳者は、バラバラです。 作品数が多いから、一人では、手に負えなかったんでしょう。 訳し方によって、ポワロやヘイスティングスの人間関係に違いが出ているケースがあり、ホームズ物のように、一人の翻訳者で訳したシリーズと比べると、幾分、問題点が目立ちます。