2023/08/20

実話風小説 ⑲ 【改造する女】

  「実話風小説」の19作目です。 今回、冒頭と末尾が、前回の、【締める女】と同じですが、元が、「DVのきっかけ・三部作」だからです。 ちなみに、私は、元フェミニストなので、基本的に、女性側の味方ですが、物には何事にも、限度というものがありまして、あまりにも、「アホ」だと、味方をし兼ねるところもあります。 悪しからず。




【改造する女】

  言うまでもない事だが、家庭内暴力(DV)は、暴力を振るった側が、悪い。 暴行罪、傷害罪は、誰でも知っている、刑事犯罪である。 通報されれば、警官が駆けつけて、その場で手錠をかけられ、連行される。 そのくらい、明々白々な犯罪行為なのである。 それに関しては、異論を許すつもりはない。 手を上げてしまったら、「善良な一市民」の資格は、永久に失ってしまうのである。

  ただ、暴力を振るわれる側に、問題が全くないわけではないケースもある。 DVのきっかけを、被害者側が作ってしまっている場合があるわけだ。 くどいようだが、繰り返すと、それでも、そのきっかけ自体が、犯罪行為でなければ、暴力を振るう方が悪い事に、変わりはない。



  女Cは、男Dと、社会活動で知り合った。 仕事とは全く関係ない、環境美化ボランティアのグループに属していて、そこで、男Dを見つけたのである。 初めて見た時の印象は、全くない。 男として見れるような性的魅力を、一切感じなかったのだ。 実際、男Dは、中肉中背、面長でもなく、丸顔でもなく、眼鏡をかけていて、髪が少し薄いという、どこにでもいるような外見の男だった。 

  一方、女Cの方も、美人の部類には入れられない容姿で、これといった特徴がなかった。 強いて誉めるなら、「ブスではない」と言ったところが、限界か。 あまり、外見について細々と指摘すると、セクハラになってしまうので、後は、ご想像にお任せする。 女Cも、眼鏡を使っていたが、仕事中や、自宅にいる時だけで、私生活で出かける時には、コンタクト・レンズに換えていた。

  女Cが、男Dを、初めて、男として見たのは、美化活動中に、ゲリラ豪雨に見舞われ、男Dら数人が、ずぶ濡れになってしまった日の事である。 メンバーの一人の家が近かったので、そこで、着替えを借りる事になった。 たまたま、女Cも、その一団に同行した。 服を洗濯・乾燥させている間、その家の主の服を借りて来ていた男Dは、いつもとは全く違う印象であった。

  普段より、ほんのちょっと、派手目な服を着ただけなのだが、派手好きの女Cには、見違えるように、魅力的に見えたのだ。 次の活動日には、男Dは、普段の服に戻ってしまったが、一度、見方が変わると、その印象が、そのまま、持続するものである。 女Cは、自然に、男Dに近づき、話かけるようになった。

  全員が揃っても、12人しかいないグループである。 「誰と誰が、仲良くなった」というのは、すぐに分かる。 嫉妬や、やっかみなども、出て来るものだが、女Cと男Dの場合、どちらも、他の異性から注目されるようなタイプではなかったので、「お似合いなんじゃないの」程度で、周囲から、暖かい目で見守られた。

  女Cの方から誘って、二人だけで会う事が、次第に増えた。 映画だの、観光地だの、まあ、普通のデートだな。 どちらにしても、特に見たい映画でもなければ、特に行きたい観光地でもなく、ただ、二人でいる為だけの目的で出かけているのであって、下らないといえば下らない行動だが、昔から、恋愛する者達のやる事というのは、そういったものである。

  そもそも、性別が違えば、興味の対象も違うのだから、同じ所へ出かけて行って、同じ体験をして、二人とも、大満足などという事はありえない。 どちらかが、無理をしているのである。 観光地に来ている、若い異性二人連れを観察してみれば、ちょっと、赤面してしまうくらいに、アリアリと分かるものだが、一っ言も喋らない二人だったら、それは、話題が全くないのである。 出会ったばかりか、別れる寸前かの、いずれかであろう。

  逆に、腕を組んで、ベタベタ じゃれあいながら、意味不明の盛り上がり方をしている二人だったら、それは、ごく最近、性関係になった証拠である。 周囲に卑猥なイメージを振り撒き、垂れ流している様子は、醜悪極まりない。 二人とも服を着ているわけだが、当人達の気分としては、性交渉の延長なのである。 んーーっ、下劣、この下ない! ちなみに、そう分かっても、指摘したりしてはいけない。 あなたが、下劣だと思われてしまうからだ。

  閑話休題。

  そんな風に、距離を縮めて行った、女Cと男Dだが、実は、男Dの方は、女Cに、特に惹かれていたわけではなかった。 最初、見た時には、「つっまんねー顔した女だなー」と思ったくらいである。 女Cが話す内容を耳にしても、特に詳しいといったら、漫画やアニメの話題がほとんどで、実写の映画・ドラマが好きな男Dとは、趣味が掛け離れていた。 最初に誘われて見に行った映画も、長編アニメだったが、テレビ・シリーズを元にした劇場版で、テレビ・シリーズの方を見ていない男Dには、ストーリーが全く分からなかった。

  男Dが、女Cを拒まなかったのは、向こうから近づいて来た、初めての女性だったからである。 それまでの人生で、自分から近づこうとして、肘鉄を食らわされた経験はあったが、その逆は、なかったのだ。 すでに、30代前半になっており、結婚して、子供も欲しいと思っていた男Dには、焦りもあった。 女Cの存在は、渡りに船だったわけだ。 自分から積極的に乗りたい船ではないが、対岸に渡る為には、船の形など気にしていられないではないか。

  交際を始めて、4ヵ月後には、もう 婚約し、更に半年後には、結婚した。 式には、ボランティア・グループの面々も、列席して、祝ってくれた。 新郎も新婦も、知らない人が見ると、「何が良くて、こんな相手と結婚するんだろう?」と思われてしまうほど、パッとしなかったが、そうであるが故に、友人・知人・同僚らは、心から、この結婚を祝福してくれた。 一人を除いて・・・。

  それは、女Cの姉であった。 2歳年上である。 女Cの両親は、二人とも都会育ちでありながら、農業に嵌まり、早々と引退して、地方の山中に移住し、蜜柑畑を借りて、営農していた。 姉は、女Cと二人で、実家に住んでいたのだ。 割と仲の良い姉妹で、姉は、女Cの好みを良く知っていた。 時折り、妹のボランティア活動に飛び入り参加する事があったので、男Dの事も早い内から知っていた。

  女Cが、男Dと交際し始めると、姉は、最初だけ、眉を潜め、首を傾げた。

「Dさんと結婚したいの?」
「いずれはね」
「ああいうタイプが、好みだった?」
「タイプとかの問題じゃないんじゃない?」

  女Cが、男の品定めを嫌っているのを見て取った姉は、それ以上、何も言わなかった。 しかし、子供の頃から、妹を観察していた姉は、男Dが、妹の好みとは、とても思えなかった。 女Cは、呆れるほどの、面食いだったのだ。 しかも、現実離れした趣味で、ホスト・クラブに通っていた事もあった。 一度、騙されて、就職してから、コツコツ貯めていた貯金を、300万円も持ち逃げされ、懲りて、やめたのだが。


  新婚半年くらいは、そこそこ、仲睦まじかったが、一回だけ、女Cは、男Dを驚かせた。 というか、困らせた。 新居にしているアパートに、女Cの友人達を呼ぶから、次の日曜は、一緒にもてなして欲しいというのだ。 それ自体は、問題なかったが、準備と言って、男Dの新しい服を買いに行こうと言われたのには、驚いた。 同性の友人達に、見栄を張りたいのは分かるが、そこまでするのか?

  お金は、家計から出すというから、男Dに損はないが、女Cと二人で買いに行った服は、男Dが今までに着ていた服とは掛け離れた、派手なものだった。 ただ、派手なだけなら まだしも、女Cには、男の服を選ぶ時に、特定の基準があるようで、「こういう趣味」としか言いようがない、独特の雰囲気が感じられた。

  帰りに、美容院に引き込まれたのには、もっと、困った。 新居に越してから、一度も散髪をしていなかったので、拒む理由もなかったが、従前、男Dが利用していたのは、普通の理髪店であって、美容院に入ったのは、初めてだった。 女Cが、持って来た雑誌から、「こんな感じにして下さい」と注文し、出来た髪型が、これまた、派手。 奇抜でこそないものの、男Dの地味な雰囲気には、全く合わなかった。 漫画の登場人物になったような気分だった。

  もてなしの会は、恙なく、終了した。 男Dは、すぐに、元の服に戻り、頭も、ぐしゃぐしゃにして、手櫛で撫でつけて、良しとした。 それを見て、女Cは、顔をしかめた。

「せっかく、良くなったのに・・・」

  その言葉は、嘆きと言うより、毒づいているように聞こえた。

  女Cは、懲りずに、男Dに着せる服を、毎週のように買って来た。 自分の服は一着も買わないのだから、亭主思いと言えば言える。 しかし、それは、男Dの望んでいた喜びではなかった。 どんどん増えて行く、派手な衣類を見て、男Dは、やんわりと、抗議した。

「こんなに買ってくれなくていいよ。 自分の服を買えばいいじゃない」

  女Cは、目も合わさずに、ボソッと言った。

「あたしのは、もう揃ってるから、しばらくは、いいの。 問題は、あんた」

  女Cにとって、男Dの服装は、大問題だったのだ。

  二人で外出する時には、たとえ、それが、近所のスーパーへの買い物程度であっても、男Dは、女Cの指定した服を着なければならなかった。 髪も、女Cが櫛を入れて、整えた。 伸び過ぎていると思うと、容赦なく、美容院へ引っ張って行った。 そんな生活が、一年ほど、続いたが、男Dは、いつまで経っても、女Cの選ぶ派手な服に慣れなかった。

  二人で、大型ショッピング・モールへ買い物に行った時、女Cがトイレに行っているのを待つ間に、男Dは、会社の同僚に、ばったり会った。 同僚は、男Dの服装を見て、驚いた。

「なんだ、その服は? 普段と、全然、違うじゃないか」
「女房の趣味なんだよ」
「なるほど。 それにしても、独特の雰囲気だな」

  同僚は、スマホを取り出し、男Dの全身を撮影した。

「あんまり、拡散するなよ」
「いや、見せるのは、一人だけだ」
「誰に?」
「ファッション史に詳しい奴」

  数日後、その同僚が、男Dの職場にやって来た。

「そいつが言うには、1990年代の流行らしい。 だけど、2010年頃にも、似たような物が流行ったんだと。 お前の奥さんが、こういうセンスを頭に入れたのは、年齢的に考えて、2010年の方かもな」
「ふーん」
「だけど、そいつが言うには、2000年辺りを境に、男性のファッションに、はっきりした流行がなくなったんで、今、こういう服を着ていても、特におかしいというわけではないそうだ」
「ふーん」

  と、そこへ、5歳くらい若い同僚がやって来て、スマホの写真を覗き込んだ。 5歳若いというと、女Cと、ほぼ、同年である。

「へえ! Dさん、私生活じゃ、こういう服、着てるんですか。 まるで、『X先輩』だな」
「何それ?」
「少女漫画の登場人物ですよ。 15年くらい前に流行った、≪外で待ってます≫って、恋愛物なんですけど、その中に出て来る、ヒロイン憧れのX先輩が、こういう服を着てるんです。 ヘア・スタイルも、似てるなあ。 いやいや、ますます、X先輩そのものだ」
「・・・・・」

  男Dは、女Cの趣味の源を知って、非常に奇妙な気分を味わった。 女Cは、別に、男性のファッションに、深い造詣があるわけではない。 それは、話をしていれば、分かる。 女Cは、ただ単に、その漫画の登場人物に、男Dの外見を似せようとしていただけなのだ。 それなら、分かり易い。

  男Dは、インター・ネットで検索して、≪外で待ってます≫の、X先輩を確認し、額に、じっとりと、脂汗を浮かべた。

「なるほど。 これは、ここ最近の俺そのものだ」

  ただ、違いがある。 男Dと違って、X先輩は、眼鏡をかけていないのだ。 ただし、外出する時に、後輩の追っかけ達を避ける為に、サングラスをかける事が多い。 女Cは、たぶん、その点で、妥協しているのではなかろうか。 しかし、そんな妥協が、いつまでも続くものだろうか? 女Cの性格が分かり始めていた男Dは、大きな危惧を抱かずには いられなかった。

  案の定、女Cは、男Dに、コンタクト・レンズを薦めて来た。 しかも、誕生日プレゼントに、眼鏡屋の利用券を渡して、

「コンタクトを作ってくればいいよ」

  と言うのだから、何とも、気持ちの悪い作戦だ。 男Dは、きっぱりと断った。

「コンタクトにする気はないから。 この券は、予備の眼鏡を作るのに使わせてもらうよ」

  すると、女Cは、また、毒づいた。

「言う通りにすれば、良くなるのに」

  男Dは、まずいと思った。 まず、X先輩について、確認しなければならない。 在宅で仕事をしている、女Cの姉に電話をして、「近くまで来たから、寄ってもいいですか?」と言うと、快諾してくれた。 もちろん、わざわざ、女Cの実家近くまで来たのであって、ついでなどではない。

  女Cの姉は、妹の結婚以降、滅多に、連絡して来なかった。 男Dは、姉妹の間にある、微妙な距離感を利用できると思っていた。 茶を出され、近況を伝え合い、世間話を交わしてから、さりげなく、こう言った。

「そういえば、Cの部屋って、そのままになってるんですか?」
「ええ、そのままですよ。 他に使う人もいないし」
「いや、そのー・・・、Cが、漫画やアニメが好きな割には、アパートに持って来た趣味の品が少なかったんで、もしかしたら、実家に置いてあるのかな、と思ってたんですよ」
「凄い部屋ですよ。 見ます?」
「いいんですか?」
「別に、見せるなとも言われてないから」

  案内してくれた。 部屋のドアには、鍵がかかっていた。

「私は、鍵を預かってるんです。 Cも、もちろん、持ってるけど」

  ドアを開けると、ド派手な色が目に飛び込んで来た。 漫画・アニメ・オタクのイメージ通りの、雑誌、コミックスで埋まった本棚。 等身大ポスター。 各種グッズ。 あるわあるわ。

「あぁあ! こんなにあるんじゃ、持って来れませんよねえ」
「週に一回は来て、チェックしてくんですよ。 ずっと、このままだと、私も先々、困るんだけど・・・」

  男Dは、壁の二面を埋める大きな本棚の、一番 手に取り易い高さに、≪外で待ってます≫全32巻が、ばっちり揃っているのを確認した。 床の絨毯の上に積み上げてある雑誌も、≪外で待ってます≫が連載されていた週刊誌ばかりだった。 男Dは、少し冒険になるかと思ったが、義姉に確かめずには いられなかった。

「≪外で待ってます≫は、流行りましたよね」
「そうですね。 私も読まされたけど。 Cったら、X先輩に夢中になっちゃってねー。 ほんと、あれは、病気だわ。 ファン・クラブの幹部になって、アニメ化運動までやってたんですよ」
「へえ! そりゃ、意外だなあ」

  意外なものか! 女Cが、大いに、やりそうな事ではないか。 

  帰り際、義姉が、心配そうな顔で言った。

「あのう。 私が部屋を見せた事は、できれば、妹には言わないで欲しいんですけど」
「ああ、はい、分かりました。 私が部屋を見た事も、Cには言わないで下さい」
「それは、もちろん」
「というか、今日、ここに来なかった事にしましょうか」
「それが、いいですね。 そうしましょう」

  男Dは、帰宅したが、女Cが怖くなって、正面から顔を見る事ができなかった。 次に何を言い出すか、それを思うと、憂鬱になった。 ああ、鬱病になってしまう。 どうせ、結婚するんなら、姉の方とするんだった。 あの人なら、話が合いそうなのに。 いや、駄目か。 女Cが義妹では、やはり、問題がある。


  男Dは、ネットの漫画サイトで、有料公開されている、≪外で待ってます≫を、一冊分だけ、読んだ。 それ以上は、読めなかった。 ベスト・セラーになった作品だから、面白い事は分かるのだが、少女心理の描写に、多くのコマを取っており、男が読んで、没入できるような話ではなかったのだ。

  読んだのは、一冊だけだが、気づいた事があった。 X先輩には、断定的な喋り方をする癖があり、語尾は、大抵、「~だ」であって、「~だよ」とか、「~だな」とか、語気を和らげる助詞を付ける事がなかった。 すぐに、ピンと来る事があった。 女Cは、交際が始まった頃から、男Dの喋り方を、矯正しようとする傾向があったのだ。

「男なんだから、そこは、『~だよ』じゃなくて、『~だ』で、いいんじゃない?」

  男の権限を認めてくれるのかと思って、良いとも悪いとも思わなかったのだが、その後、女Cを観察したところでは、むしろ、支配欲が強い方で、男Dの意見を容れる事など、ほとんど なかった。 今になって、女Cの腹が分かった。 ただ単に、男Dに、X先輩の喋り方を真似させようとしていただけなのだ。 何たる馬鹿馬鹿しさ。 呆れて、ものも言えない。


  女Cは、結婚記念日に、男Dに、レーシック手術を薦めて来た。 プレゼント代わりだから、費用は、女Cが出すと言う。 勘弁してくれ。 眼鏡が、どうしても気に入らないらしい。 ちなみに、度付きサングラスは、とっくに買い与えられていたが、男Dは、かけようとしなかった。 男Dは、レーシック手術について、丁寧にリスクを説明し、自分はする気がないと、きっぱり 断った。

  次は、プチ・整形を薦めて来た。 目尻を、ちょっと持ち上げて、鼻を、ちょっと高くすれば、格段に良くなると言うのである。 勝手に、病院に相談に行ったようで、CGで作った、予想アフター写真を持って来て、説得を試みた。 他に、増毛や、美白手術、歯並びの矯正手術など、改造プランが目白押し。

  冗談じゃない! 実在の人間に似せるなら、まだしも、漫画のキャラクターに似せられる為に、手術なんか、受けられるか!

  男Dは、切れた。 怒鳴りあいになった! 義姉との約束を守って、部屋を見た事は言わなかったが、同僚から得た情報を使い、

「≪外で待ってます≫の、X先輩に似せようとしてるんだろ!」

  と、問い詰めた。 すると、女Cは、たじろいだのも一瞬、直ちに、開き直った。

「そうだよ! 何が悪い! X先輩に似たら、何か悪い事があるのか!」
「何だと!」
「あんたみたいな野暮ったい男を、そのまんまで、夫になんか出来るもんか! あたしが金を出して、改善してやるっていうんだから、ありがたく、言う通りにすればいいんだ!」
「何が改善だ! 人を何だと思ってるんだ! 着せ替え人形じゃないんだぞ!」
「あははは! あんたみたいな、不細工な人形が売ってるもんか!」

  ここから先は、家庭内暴力の場面になるが、痣だらけになったとか、肋骨が折れたとか、そういった描写は、月並みなので、テキトーに想像していただきたい。


  妻を、ボコボコにした後で、必死に謝り、許してもらい、何事もなかったように生活を続けようとする夫は、よくいるが、男Dは、そんな気が全くなかった。 夫を着せ替え人形だと思っている女に、下げる頭なんか、持ち合わせていない。

  女Cは、「訴える!」と息巻いたが、男Dが、「法廷で、おまえがやった事を、全部、喋る!」と言い返したら、急に剣幕が衰えた。 さすがに、赤の他人の前で、自分の趣味を曝しものには したくないらしい。 離婚協議は、円満ではなかったが、円滑に進んだ。 もちろん、慰謝料など、発生しない。 男Dの方が、もらいたいくらいだ。

  女Cの姉は、事情を聞いて、妹に呆れ、男Dには、申し訳ないと頭を下げた。 話を聞いた、女Cの両親も、二人で男Dの実家までやって来て、頭を下げた。 男Dは、義姉や義父母に、恨みはなかったので、責めるような事はなく、「もう、結構ですから、何も言わずに、離婚させて下さい」とだけ言った。



  二人のその後を追跡すると、男Dは、結婚に懲りて、後は、独身を通した。 結婚は、汚染された記憶でしかなかった。 ちなみに、女Cに押し付けられた衣類は、全て捨てた。 実家で、両親と暮らし、両親が亡くなった後は、一人で、80代まで生きた。 特に、不幸というわけではなかった。 生涯独身者や、結婚期間が短かった者は、普通に勤めていれば、お金にゆとりがあり、生活に困るような事はないのだ。


  女Cは、結婚に懲りなかった。 「相手が悪かっただけだ」と考えた。 30歳になる前に、別の男と交際を始めた。 風体は、パッとしなかったが、服の趣味と髪形を変えさせ、少し整形すれば、X先輩に近づけられそうだった。 懲りないねえ。

  女Cから、今度の男の話を聞かされて、姉と両親は、嘆息した。 人間、学習や反省がないと、何度でも、同じような災いに見舞われるものである。 女Cは、人生で、三回、結婚したが、三回とも、夫によるDVで、破綻した。 いずれも、自分の好みの男に改造しようしたのが原因である。


  この話は、これで、おしまいだが、冒頭の言葉を繰り返しておくと、きっかけを作ったのが、被害者側であっても、DVの加害者が許される事はない。 暴行・傷害は、犯罪行為なのだ。