2023/07/23

実話風小説 ⑱ 【締める女】

  「実話風小説」の18作目です。 初心回帰して、短くしたにも拘らず、まだ、負担感が消えません。 何とか、20作くらいまでは、続けようと思っているのですが、その前に、気力が折れるかも知れません。




【締める女】

  言うまでもない事だが、家庭内暴力(DV)は、暴力を振るった側が、悪い。 暴行罪、傷害罪は、誰でも知っている、刑事犯罪である。 通報されれば、警官が駆けつけて、その場で手錠をかけられ、連行される。 そのくらい、明々白々な犯罪行為なのである。 それに関しては、異論を許すつもりはない。 手を上げてしまったら、「善良な一市民」の資格は、永久に失ってしまうのである。

  ただ、暴力を振るわれる側に、問題が全くないわけではないケースもある。 DVのきっかけを、被害者側が作ってしまっている場合があるわけだ。 くどいようだが、繰り返すと、それでも、そのきっかけ自体が、犯罪行為でなければ、暴力を振るう方が悪い事に、変わりはない。



  女Aは、男Bと、友人の紹介で知り合った。 女Aは、それ以前にも、片手で数える程度の男達と交際した経験があったが、いずれも、自分の方から切り出して、別れていた。 都会で遊びたいと思っていた女Aにとって、別れた男達は、平均的過ぎて、物足りなかったのだ。 男Bは違っていた。 勤め先は、名の知れた企業で、硬いイメージがあったが、その割には、社会経験が豊かで、様々な遊び方を知っていた。 収入が安定しているから、遊びに使えるお金も多いのだろうと、女Aは思っていた。

  交際は順調に進んだ。 男Bと出会う前とは、比較にならないくらい、女Aは、いろんな遊びを楽しむ事ができた。 大人向けの飲食店、レジャー施設、観光地、各種スポーツ、ギャンブルなど。 もちろん、性交渉も含む。 一年後には、男Bから、プロポーズされて、一応、「ちょっと、考えさせて」と答えたものの、心はもう、受け入れる事に決めていた。

  さっそく、同性の友人達に、プロポーズされた事を自慢。 勤め先の同僚達にも、自慢。 女性にとって、同性への自慢は、結婚の重要な要素である。 同性に対して、自慢できるような結婚でなければ、意味はないのだ。

  友人や同僚達は、男Bについて、詳しい事を知らなかったので、社交辞令的に、「おめでとう」と言う者が多かった。 ところが、女Aが、男Bとの交際の楽しさについて、実例を挙げて、話し始めると、友人の中に一名、同僚の中に一名、それぞれ、別の場所、別の時に、全く同じ事を指摘する者があった。

「Bさんて、どこに勤めてるの? 役職は?」
「X社。 まだ、若いから、平社員だけど」
「・・・・・」
「それが、何?」
「X社は有名だけど、平社員で、そんなに遊べるほど、収入があるのかな? と思って」
「・・・・・」

  実は、その不安は、交際が始まって、1ヵ月ほどした頃に、女Aも、感じた事があった。 一緒に遊びに行って、かかるお金は、全て、男Bもちなのである。 「女に金を使わせるほど、野暮じゃない」と言っていた。 「割り勘なんて、田舎もんのする事だ」とも言っていた。 以前つきあっていた男の中には、原則・割り勘というのもいて、それに比べて、男Bが、いかに、カッコよく、洗練されて見えた事か。

  だが、結婚するとなると、話は変わって来る。 女Aの不安は、増大した。 たまたま、X社に勤めている、大学時代の知人がいたので、電話をかけて、「何歳の平社員だと、どのくらいの収入になるのか」と訊いてみた。 「大体のところだけど・・・」と前置きした上で、教えられた金額は、給料もボーナスも、女Aの会社のそれより、一割多い程度だった。

  その程度の金額で、あんな豪遊ができるとは思えない。 しかも、二人分である。 もし、借金していないとすれば、給料・ボーナスを、生活費以外、全額、遊びに注ぎ込んでいるとしか思えない。 「やばいじゃん・・・」 女Aの背中に、冷たいものが流れ落ちた。

  それとなく 聞き出すのは、却って、不自然だと思い、結婚後の住居の話から始めて、貯金がいくらあるのかを、直接、訊いてみた。 男Bは、へらへら笑いながら、答えた。

「貯金なんて、ないよ」
「えっ! 一円も?」
「自慢じゃないけど、そんなの、した事ないよ。 車のローンはあるけどな。 わはははは! 口座に給料が入ったら、次の給料まで、もたせるだけ」
「定期預金は?」
「そんなの、金の亡者がやる事だぜ。 普通の人間は、縁がないだろ」
「・・・・・」

  女Aの顔色が、真っ青になっている事に気づいた男Bは、慌てて、付け足した。

「だって、お金と結婚するわけじゃないだろ? 俺だって、お前の貯金なんて、当てにしてないよ」
「じゃ、どうやって、暮らすの?」
「どうにでもなるよ。 今までだって、そうした来たんだから。 『金は天下の回り物』って、知らない?」
「・・・・・」

  女Aの顔が、濃紺になった。 平均的な死体より、顔色が悪い。 道理で、男Bは、金離れがいいわけだ。 収入を、生活費以外、全額、遊びに使っていれば、豪遊できても、不思議はない。

  女A、プロポーズの返答は、先延ばしにし、結婚すべきかどうかについて、悩みに悩んだ。 男Bの金遣い事情について指摘した友人や同僚に相談しなかったのは、恥を曝すのを恐れたからである。 まあ、相談したところで、他人の立場では、結婚をやめろとも言えないから、同じ事だが。 最終的に、決めるのは、本人なのだ。

  結局、男Bの考え方を変えさせるのが、本道だろうと判断した。 プロポーズを受け入れるに当って、家計は、女Aが取り仕切り、男Bは、小遣い制にするという、条件を出した。 小遣いは、いくらになるか、予定を訊かれて、給料の手取り額が、30万円以下の月は、5万円。 30万円を超えた月は、8万円。 ただし、その金額の中には、男Bが個人的に使う外食代を含む、と答えた。

  男Aは、なかなか、返事をしなかった。 男Aの給料が、30万円を超えた事は、一度もなかったから、結婚したら、ひと月の小遣いは、5万円になる。 外食代は、昼飯だけにしても、一回千円。 出勤日は、20日強くらいだから、2万円ちょい。 すると、小遣いとして使える金額は、3万円を割ってしまう。 今まで、20万円近く使って来た人間が、いきなり、3万円以下に抑えられるものだろうか?

  友人・同僚に相談したところ、「結婚するなら、そんなの当然だ」と言う者と、「よせよせ。 お前みたいなタイプが、小遣い制なんて受け入れたら、たちまち、窒息するぞ」と言う者に、二分された。 正反対の見解なのに、どちらも、的を射た意見であるのは、不思議だ。

  女Aに、小遣いの額を上げる交渉を試みたが、にべもなく、つっぱねられた。 今現在、貯金ゼロで、車のローンがあるのだから、マイナスからスタートする事になる。 もう、30歳近い年齢で、就職直後から貯金して来た人達と、資産額が、2千万円以上開いているのに、これ以上、差をつけられるわけにはいかない、と言った。 もっともな意見である。 ちょっと引っ掛かるのは、直近一年間に限って言えば、男Bの資産を減らしたのには、交際中、奢られっ放しだった、女Aにも責任がある。 その点については、女Aは、触れなかった。 卑怯なのである。

  結局、男Bは、条件を受け入れた。 結婚式の費用と、新居にした、賃貸アパートの初期費用は、男Bの親が出した。 女Aの親は、家具や台所用品などを揃えるのに、援助してくれた。 まずまず、幸せそうな結婚生活が始まった。

  しかし、今の新婚は、昔の新婚ほど、ラブラブではない。 交際中から、性交渉をしているので、甘い感動が続かない。 結婚前に、すでに、飽きているのである。 専ら、性交渉目的で交際していた相手とは、一度、飽きてしまうと、もう、他の話題がない。 この夫婦の場合、男Bの豪遊癖のお陰で、交際中は、話のネタに事欠かなかったが、結婚して、切り詰め生活になった途端、話す事がなくなった。 精神面での夫婦生活は、半年もしない内に、破綻してしまった。

  男Bは、友人や同僚のつきあいで、遊びに行く事があったが、その時にも、特別な小遣いなど、もらえなかった。 当初、冗談めかして、もらおうとして、女Aから、糞真顔で、きっぱり・すっぱり、断られたのである。

「お金の事に関しては、絶対、妥協しないから。 それは、しっかり、頭に入れといて」

  女Aの方も、必死だった。 「遊びまくった挙句に、駄目男を掴んだ」と、友人や同僚から、馬鹿にされたくなかったのだ。 もちろん、女Aも、勤めを続けていた。 時代が変わって、「寿退社」などという、奇妙な習慣がなくなっていたのは、幸いだった。 二人で働いて、貯金に励めば、5年で、2千万円くらいは貯められるだろう。 その内、子供が出来るだろうから、小学校に上がる前までに、家を買おうと、算盤を弾いていた。

  まあ、よくある、人生設計だな。 なぜか、子供は、一戸建てて育てたい思うらしいのだ。 子供が、友達に、劣等感を抱かないように、という事なのか? 別に、借家住まいだからといって、それが理由で、馬鹿にされたり、いじめられたりなんて、しないのだが。


  ところが、男Bの方の限界が、意外なほどに、早く訪れた。 結婚して、一年ちょっと。 独身時代、20万円使っていた人間が、3万円で生きるなど、どだい、無理だったのである。 仕事で着ている背広が古くなったので、買い換えるから、金をくれと言ったら、小遣いから出せと言われたのが、事の発端。 やむなく、小遣いを切り詰めて、背広代を捻出した。 それから、一ヵ月した頃、二人で家にいる時に、女A宛ての宅配便が届いた。 女Aが開梱したのを見ると、なんと、外出用の服だったのである。 男Bの、怒るまい事か!

「なんだ、それは! 俺には、スーツ代も小遣いから出させたくせに、自分の服は買うのか!」
「これはー!」

  女Aは、結婚してから、一年以上、服を一着も買っていない事。 近々、友人の結婚式があり、流行に合った、着て行く服がない事。 自分にだって、小遣いを使う権利がある事など、理由を並べたが、一度、激怒メーターの針を振り切ってしまった男Bには、通用しなかった。

「俺が、鼻血を出すほど、切り詰めた生活をしてるのに、何が、友達の結婚式だ! ふざけるな! 家族の幸福よりも、そんな事の方が大事なのかっ!」

  もっともである。 女Aの失敗は、自分自身も、小遣い制にしていなかった事だ。 結婚を期に、家計の全権を掌握した事で、男Bに渡す小遣い以外は、全て、自分の管理しているお金、という分類をしていたのだ。 もし、女Aの方も、小遣い制にしていたら、一年以上経っているのだから、累積して、相当な金額になっていたはずだ。 外出着一着程度、わけなく買えるくらいに。

  更に、女Aが言いわけを続けたので、怒鳴り合いの喧嘩になった。 女Aが、頑なに、自分の非を認めないのに、癇癪を破裂させた男Bは、とうとう、手を出した。 平手で頬を叩いたのだ 男Bから見て、女Aは、もはや、家族というより、自分の人生を破壊した、「敵」であった。 敵は、打ち倒さなければならない。 叩くくらい、なんだ。 こんな、ふざけた奴は、殺されても文句が言えないはずだ。 叩くくらい、なんだというのだ。

  女Bは、叩かれはしたものの、言い返すだけ言い返したので、それ以上、事を大きくしなかった。 実家に帰ったりすると、夫婦仲がうまく行っていない事が、バレてしまう。 両親は、男Bの資産が、マイナスだと知った時から、この結婚に、いい顔をしておらず、実家に帰って、「そら見た事か」という顔をされるのが、癪だったのだ。

  しかし、他者が絡む物事というのは、自分に都合良くは、回って行ってくれないものである。 女Aが、叩かれても、我慢した事で、男Bは、「暴力を振るっても、許される」と思ってしまった。 それ以降、男Bは、事あるごとに、女Aに怒鳴り散らし、叩くようになった。 女が顔をガードすると、拳骨で、腹を殴った。 暴力は、どんどん、エスカレートし、蹴飛ばす事も珍しくなくなった。

  男Bが、蹴りつける。 

「小遣いを増やしゃあ、いいんだよ! そんな簡単な事が分からないのか、この馬鹿女っ!」

  しかし、女Aは、頑として、首を縦に振らなかった。 こうなりゃ、意地だ。 殴られたって、蹴られたって、方針を変えるものか!

「あんたみたいな ろくでなしに、家族の将来を、滅茶苦茶されて たまるか!」

  なんか、変だな。 こんな夫と、こんな生活をしているのに、そんな家族に、将来も未来もあるものかね。 馬鹿馬鹿しい。

  顔が腫れ上がる。 体は、痣だらけ。 骨が折れる。 病院に担ぎ込まれる事、数回。 友人や同僚、両親にも、DVの存在が、バレた。 警察沙汰にしない代わりに、離婚してくれと、女Aの両親が、男Bに申し入れ、受け入れられた。 男Bは、女Aに、金を搾り取られたという認識であり、謝罪は一切しなかった。

「別に、訴えてくれても いいんだよ。 こっちも、あんたらの娘がガメた金を取り戻す為に、民事で訴えるから。 一体、どういう育て方したんだよ。 亭主から金を巻き上げて、自分の服を買えって、教えたのか」

  女Aは、その通りの事をやったわけで、両親は、一言も返せなかった。 正確に言うと、女Aも働いていたわけだから、男Bの金だけで服を買ったわけではないのだが、それを口にしたら、交際期間中に、娘が 男Bの金で遊びまくった事を指摘されそうで、言えなかった。 男の金で さんざん遊ばせてもらったくせに、「結婚したら、家計を締める」というのは、考えてみれば、恐ろしく図々しい やり口である。


  二人のその後を追跡すると、男Bは、結婚に懲りて、後は、独身を通した。 そのお陰で、かなり、優雅な人生になった。 若い頃からやっていた趣味で、結婚中はやめていて、離婚後から再開した高級腕時計の蒐集だが、それらは、後に、テレビ番組で紹介されて、専門家を羨ましがらせるような、見事なコレクションになった。 順調に昇進した事で、収入も順調に増え、老後の備えも、一人暮らしには充分なくらい、蓄える事ができた。


  女Aは、結婚に懲りなかった。 「相手が悪かっただけだ」と考えた。 30歳になる前に、別の男と交際を始めた。 名前を知らない会社に勤めていたが、役職は係長で、収入は多いようだった。 何でも、奢ってくれた。 「女に金を使わせるほど、野暮じゃない」と言った。 「割り勘なんて、田舎もんのする事だ」とも言った。 どこかで聞いたようなセリフだな。

  女Aから、今度の男の話を聞かされて、両親始め、友人や同僚は、嘆息した。 人間、学習や反省がないと、何度でも、同じような災いに見舞われるものである。 女Aは、人生で、三回、結婚したが、三回とも、夫によるDVで、破綻した。 いずれも、結婚してから、家計を極端に締めたのが原因である。


  この話は、これで、おしまいだが、冒頭の言葉を繰り返しておくと、きっかけを作ったのが、被害者側であっても、DVの加害者が許される事はない。 暴行・傷害は、犯罪行為なのだ。