2023/07/16

読書感想文・蔵出し (104)

  読書感想文です。 3連続蔵出しの、3回目。 クリスティー文庫が続きます。 だいぶ、減ったかな? 9月くらいになれば、在庫がなくなるかも知れません。





≪終りなき夜に生まれつく≫

クリスティー文庫 95
早川書房 2011年10月15日/初版 2014年11月25日/2刷
アガサ・クリスティー 著
中村能三 訳

  沼津図書館にあった文庫本です。 長編、1作を収録。 【終りなき夜に生まれつく】は、コピー・ライトが、1967年になっています。 約332ページ。


  「ジプシーが丘」と呼ばれる、不吉な噂がある土地が気に入った青年が、アメリカ人女性と知り合い、恋に落ちる。 とても買えないと思っていた「ジプシーが丘」を、大富豪の遺産を受け継いだ彼女が買い、青年の友人である建築士の設計で、家を建てて、住み始めたまでは良かったが・・・、という話。

  先に書いておきますと、全体の9割くらいは、面白いです。 【ゼロ時間へ】で試された理論が使われていて、中ほどまで、誰が死ぬでもないのですが、話の趣きや、設定からして、叙情作品でないのは明らかだから、事件への期待だけで、充分、ゾクゾクして、興味を引っ張って行ってくれます。

  サイコ・サスペンス的なところもあり、ヒチコック監督の映画、≪サイコ≫が、1960年ですから、それを見て、影響を受けた可能性があります。 クリスティーさんらしくない犯行動機で、ちと、違和感あり。 しかし、物語のリアリティーを損なうほどではないです。 こういうのもアリかで、充分、いけます。

  これから、この作品を読む気があるのなら、この感想を読むのは、ここまでにして下さい。 知ってしまうと、勿体ないから。 そのくらい、読み応えがある作品なのです。 クリスティー作品の主な物を、すでに読んでいる人でも、やはり、勿体ないので、ネタバレは読まない方がいいです。

  以下、ネタバレ、あり。

  話が中ほどまで行ってから、殺人が起こる、【ゼロ時間へ】の理論の他に、フェア・アンフェア論争で物議をかもした、例のアイデアが使われています。 ポワロ物では、【アクロイド殺し】だけ、マープル物や、他のノン・シリーズでは、一つも使われていませんでした。 1967年と、晩年になって、もう一度使ったという事は、「もう一作くらい、使ってもいいだろう」と、判断したんでしょうな。 ケチをつけたヴァン・ダイン氏は、1939年には、他界しているし。

  そもそも、【アクロイド殺し】をアンフェアだと指摘されても、クリスティーさん本人は、そうは思っていなかったはず。 同じ作家が何度も繰り返したり、どいつもこいつも、同じアイデアを使い回したら、推理小説界が崩壊してしまうから、ヴァン・ダイン氏の指摘には、意味があったわけですが、クリスティーさん本人は、まるで、モラルがない人間のように扱われて、不本意だったに違いありません。

  で、この作品で、また使ったわけですが、そのアイデア自体は、やはり、あまり、感心しません。 他の人間が犯人であった場合を想像し、比べてみると、そちらの方が、面白くなっただろうと思うからです。 ただねえ、中ほどで事件が起こる、このパターンだと、他の人間を犯人にするには、ページ数が足りないんですよねえ。 その人物が犯人である事を、読者に納得させるのに、ある程度の尺が必要なので。




≪フランクフルトへの乗客≫

クリスティー文庫 96
早川書房 2004年10月15日/初版
アガサ・クリスティー 著
永井淳 訳

  沼津図書館にあった文庫本です。 長編、1作を収録。 【フランクフルトへの乗客】は、コピー・ライトが、1970年になっています。 約406ページ。 国際スパイ物。


  イギリス外交官の青年が、空港で、見知らぬ若い女性から、コートとパスポートを貸してくれと頼まれ、持ち前の遊び心を発揮して、貸してやる。 それをきっかけに、その女性と懇意になり、彼女に導かれるまま、世界中で起こっている学生運動の、大元締めではないかと思われる組織に近づいて行き・・・、という話。

  国際スパイ物ですが、アクションは、ほんのちょっとで、ほとんど、会話で話が進みます。 映画の、≪007シリーズ≫が人気を博していた頃で、影響を受けないわけがなかったと思いますが、この話は、映画にしても、全然、面白くならなかったでしょうねえ。 理屈っぽ 過ぎるんですわ。

  1970年というと、クリスティーさんは、もう、晩年でして、ポワロ物も、マープル物も、最後の一作を書く直前。 どうも、作家としての衰えを、自分自身、否定したくて、「私の頭は、まだまだ、しっかりしていて、国際スパイ物だって、書けるんだよ」と、証明する為に書いたような気配もあります。 確かに、この作品は、部分的に見れば、頭がしっかりしていないと書けるものではないです。 しかし、物語としては、ボロボロで、クリスティー作品として、最低クラスです。

  一見、外交官の青年と、謎の若い女性が、中心人物のように思えるのですが、この二人、時々、姿を消してしまい、代わりに、各国の重要人物の会話が延々と続くようになります。 さりとて、群像劇というようなものでもなく、誰の、何を、書きたいのかが、はっきりしません。 ラストで、若い二人が、また出て来ますが、木に竹もいいところ。

  「もしかしたら、クリスティーさんではなく、別人が書いたのでは?」と疑われても、仕方がないような、クリスティー作品らしくなさです。 「クリスティーさんが考えた、三つくらいの別々の話を、別人が無理やりくっつけたのでは?」と思えるところもあります。 ポワロ物の最悪作品、【ビッグ4】も、そんな感じでしたねえ。 そちらも、別人が書いた可能性があると、感想に書きましたけど。

  解説が、ある漫画家による、クリスティー作品全般に出て来る、メイド文化を取り上げた漫画なのですが、それ自体は、興味深いものの、この作品の解説には、ほとんど、なっていません。 無理もない。 バラバラの話なのだから、纏まった解説など、書けるわけがないのです。 解題だけでも、この作品だと、困ってしまいますな。




≪秘密機関≫

クリスティー文庫 47
早川書房 2011年1月15日/初版
アガサ・クリスティー 著
嵯峨静江 訳

  沼津図書館にあった文庫本です。 長編、1作を収録。 【秘密機関】は、コピー・ライトが、1922年になっています。 約442ページ。 国際スパイ物。 「トミーとタペンス」シリーズは、読まずに飛ばすつもりでいたんですが、長編は、たった4冊しかないので、読んでしまう事にしました。


  第一次大戦の最中、大西洋を渡る客船が、潜水艦の攻撃を受けた。 沈没直前、女子供が優先的に救命ボートに乗せられている場面で、ある男から機密文書を託された若い女性がいた。 戦後、それぞれ、軍務から復員してきた、幼馴染みの、トミーとタペンス。 二人で冒険クラブを結成した直後、成り行きで、イギリス政府の依頼を受ける事になり、機密文書を狙う組織との戦いに踏み入って行く話。

  出だしは、大変、良いです。 ゾクゾクします。 クリスティーさんは、時々、ハッとするような出だしを思いついてくれますねえ。 ゾクゾク好きの私としては、大変、ありがたい。 男だから、救命ボートに乗れない可能性があり、機密文書だけを、見知らぬ女性に託すというのが、くーっ! たまりませんな。

  トミーとタペンスが登場してからは、クリスティーさんの、国際スパイ・冒険アクション物と、ほぼ、同じ趣向。 というか、この作品が最初で、他の作品が、これを焼き直して行くという、順序になりますが。 このジャンルのお約束、監禁場所からの脱出場面も、しっかり、あります。 実際には、こんなにうまく行くはずがないですが、そういう見方をすると、このジャンルは、成り立たなくなってしまいます。

  この物語の肝は、敵組織の首領が、誰なのか分からない点にあります。 中盤以降、その首領が、味方の中に潜り込んでいる事が分かるのですが、誰が、首領のなりすましなのか、なかなか、分かりません。 トミーとタペンスは、主人公だから、ありえないですが、他に怪しい人物が二人いて、そのどちらなのかの疑いで、後半を一気に引っ張ります。 ドンデン返しもあり、冒険物が好きでない私でも、ハラハラ・ドキドキして、面白かったです。

  タペンスは、ノン・シリーズのクリスティー作品に出て来る、若い女性の探偵役そのもので、あまり、特徴は感じられません。 トミーは、少し変わっていて、落ち着いた考え方をする青年。 「彼の考え方は、こうだから、こんな事は、決してしない」といった使われ方をします。 こういうキャラは、他の作品では、見ませんな。

  タペンスを、突飛な発想で、思いきり暴れさせる為に、相手役のトミーを、冷静な性格にしたのだと思いますが、タペンスの出番が、多くないので、せっかくのバランスが、あまり生きていません。 また、トミーは、落ち着いた性格にしては、積極的過ぎるような気もします。

  総合的に見て、出来は良いです。 ただし、国際スパイ・冒険アクション物としては、という話。 クリスティー文庫を、これから読むという人は、シリーズごとではなく、年代順に読んで行った方が、もしかしたら、楽しめるかも知れませんねえ。 特に、国際スパイ・冒険アクション物に関しては、この作品がベースで、その後、焼き直して行く事になるので。




≪ポアロ登場≫

クリスティー文庫 51
早川書房 2004年7月15日/初版
アガサ・クリスティー 著
真崎義博 訳

  沼津図書館にあった文庫本です。 短編、14作を収録。 【ポアロ登場】は、コピー・ライトが、1924年になっています。 本全体のページ数は、約384ページ。 1923年、一つの雑誌に掲載されたもので、( )内は、掲載順。


【<西洋の星>盗難事件】 約44ページ (3)

  中国の神像の目から抜かれたという、二つのダイヤモンド。 現在のそれぞれの持ち主に、盗難予告が送られてくる。 相談を受けたポワロが、ダイヤの伝説からして疑ってかかり、盗難騒動のからくりを暴く話。  

  冒頭、上階の窓から通りを見て、ポアロが、依頼人が来るのを予測するところなど、間違いなく、ホームズの短編へのオマージュでしょう。 殺人ではなく、盗難が対象になっている点も、ホームズっぽいです。 しかし、ホームズほど面白いかと言うと、それほどではないです。

  短編としては、ページ数がある方ですが、詰め込み過ぎて、後半、バタバタしている観あり。 最初に相談して来た女優が、その後、顔を見せなくなるなど、登場人物も多過ぎます。 短編をどう書けばいいのか、模索中だったのでは?


【マースドン荘の悲劇】 約28ページ (4)

  夫が猟銃で自殺した件について、妻に保険金を払わなければならなくなった保険会社が、ポワロに調査を依頼する。 夫妻は、事件が起こる前に、東アフリカから来ていた男と会っており、彼から、ある話を聞かされていた。 ポワロは、その男に心理試験を仕掛け・・、という話。

  このページ数ですから、トリック・謎の方は、シンプルなもの。 こういう妻は、実際にいそうですが、日本では、猟銃を所持しているような人間は特殊で、妻にも警戒心を抱いているから、この種の事件は起こらないと思います。

  心理試験は、本筋とは関係ありませんが、そちらの方が、面白いです。 江戸川乱歩さんの短編に出て来るのと、同じもの。 今では、すっかり、廃れているところを見ると、不確実性が高過ぎて、実用できない試験なのかも知れませんな。


【安アパート事件】 約28ページ (7)

  家賃も権利金も、異様に安いにも拘らず、なかなか、入居者が決まらないアパート。 ある夫妻が駄目元で見に行くと、幸運にも契約する事ができた。 話を聞いて、不審に思ったポアロが、同じアパートの上階の部屋を借りて、問題の部屋に潜入を試みる話。

  ポアロとヘイスティングスが、不法侵入をやるのが、面白いです。 ポアロは、長編では、この上ないくらい、分別がある紳士ですが、短編では、少し違ったキャラを、付加されているわけだ。

  以下、ネタバレ、あり。

  この作品の肝は、アイデアでして、なぜ、なかなか入居者が決まらなかった部屋に、その夫婦だけが入れたのか、その理由が、あまりにも、ささやかなのが、面白い。 確かに、ありふれた苗字というのは、どの社会にもありますから、網を張って待っていれば、いつかは、目当ての苗字の夫婦が引っ掛かって来るわけですな。 こういうアイデアを、ポンポン思いつくところが、実に、クリスティーさんらしい。


【狩人荘の怪事件】 約26ページ (8)

  猟場にある狩小屋で、所有者が殺される。 その甥夫婦から依頼を受けたが、ポアロは、インフルエンザで寝込んでいた。 代わりに、ヘイスティングスが出かけて行き、先に来ていた、ジャップ警部と聞き取りをして回る事になる。 電報のやりとりで情報を得ていたポアロが、全くノー・マークだった人物を逮捕しろと言って来て、ヘイスティングスが驚く話。

  ポアロが、臨時に、揺り椅子探偵になる趣向。 電報の情報だけで、犯人もトリックも見抜いてしまうという、見事な頭の冴えを見せます。

  以下、ネタバレ、あり。

  なりすまし物。 というか、一人二役物。 これは、クリスティー作品では、よく使われるもの。 長編のトリックの一部に嵌め込まれる事もありますが、本来は、短編向きのアイデアですな。


【百万ドル債券盗難事件】 約20ページ (6)

  アメリカの債券を、イギリスからアメリカへ船で運ぶ任務を帯びた青年。 ニューヨークへ入港する直前に、鞄の錠にこじ開けようとした跡がある事に気づき、中を調べると、債権はなくなっていた。 すぐに、捜索処置をとったが、船の中には見つからず、下船者の中にも、債権を持っている者はいなかった・・・、という話。

  推理パズルですな。 ポワロのような職業探偵が、最も得意としそうな事件。 大西洋を渡るという、大きな舞台と、非常に小さなトリックを対比させて、効果を上げています。 短編推理小説のお手本のような作品。 


【エジプト墳墓の謎】 約30ページ (10)

  エジプトで、王の墓を発掘したチームの面々が、次々に、病死して行く。 最初の犠牲者の妻から依頼を受けたポアロが、ヘイスティングスと共に、エジプトまで出かけて行って、被葬者の呪いではないかと疑う話。

  確かに、呪いを疑うんですが、もちろん、本気ではなく、犯人を炙り出す為の罠です。 ポアロが、オカルトを信じているわけがありません。 短いにも拘らず、フー・ダニット物でして、長編を、ギュッと圧縮したような構成になっています。 わざわざ、エジプトまで行かせて、その上、フー・ダニットなのですから、随分と欲張った話。


【グランド・メトロポリタンの宝石盗難事件】 約34ページ (1)

  ポワロとヘイスティングスの滞在先のホテルで、貴婦人の所有している真珠のネックレスが盗まれる。 貴婦人のメイドが、ずっと、宝石箱のそばで見張っていて、彼女が自分の部屋に行った僅かな時間の間にも、ホテルのメイドが、宝石箱のそばにいた。 ポワロは、実験をやって、時間を計り・・・、という話。

  貴婦人のメイドが、宝石箱のそばを離れたのが、時間は短いものの、2回あった、というのが、トリックの肝。 このアイデアは、純然たる本格トリックに属するもので、長編のメイン・トリックに出て来ても、おかしくはないと思います。 少し、時代遅れと感じて、短編に使ったのかも知れませんな。


【首相誘拐事件】 約36ページ (5)

  ヨーロッパ大陸での重要な国際会議に出席する予定のイギリス首相。 国内を移動中に、銃撃されたが、無事だった。 ところが、フランスへ渡ってから、車が襲われ、誘拐されてしまった。 イギリス政府から依頼を受けたポワロは、請われるままに、フランスへ赴くが、本人は、それが気に入らず、さっさとイギリスへ戻ってしまい・・・、という話。

  結構、ゾクゾクします。 ポワロを筆頭とした急造捜査チームが、イギリス政府の全面的な支援の下、フランスまで出かけて行く、この大掛かりな雰囲気が、そう感じさせるのでしょう。 途轍もない肩すかしになるのですが、その大きな落差も面白いです。

  以下、ネタバレ、あり。

  フランスでいなくなったのだから、当然フランスにいるだろう、という大方の予想に反し、イギリスから出ていないはずだと、ポワロが考えるところが、この作品の読みどころ。 「灯台下暗し」に相当する諺が、英語にもあると思いますが、そこから、発想したんじゃないでしょうか。


【ミスタ・ダヴンハイムの失踪】 約28ページ (2)

  自宅で、客と会う約束をしていながら、姿を消してしまった銀行家。 付近をうろついていた怪しい男が逮捕されるが、銀行家の行方は分からない。 ポワロが、突然、「その銀行に預金をしているなら、すぐに引き出せ」と、ヘイスティングスや、ジャップ警部に警告する話。

  これは、ホームズ物の、【唇の捩れた男】と同じアイデアです。 ただし、こちらの方は、偶然の成り行きではなく、計画的にやった犯罪です。 「預金を引き出せ」というのは、事件関係者のインサイダー情報になってしまわないか、心配なところ。 ヘイスティングスはともかく、ジャップ警部は、公職にあるのだから、ちと。まずいのでは?


【イタリア貴族殺人事件】 約22ページ (12)

  イタリア貴族を名乗る男が、自宅で殺される。 執事の証言によると、怪しい人物が、二回、訪ねて来て、食事をしていた。 その男はすぐに捕まったが、裁判で、イタリア大使館がアリバイを証明したので、無罪となった。 ポワロが、現場の窓のカーテンが閉められていなかった事から、別の人物を疑う話。

  ヴァンダインの二十則に違反しています。 しかし、因縁深い、クリスティーさんの作品ですから、そんな事は、どうでもいいわけだ。 デビッド・スーシェさんのドラマでは、ミス・レモンの恋愛を絡めていましたが、原作では、ミス・レモンは出て来ません。 この長さでは当然か。


【謎の遺言書】 約18ページ (13)

  ある資産家、娘を家庭的に育てたかったが、娘本人は、社会に出る事を望み、父親とは不仲ではなかったものの、我が道を進んだ。 資産家が亡くなり、娘には、一年間だけ屋敷を任せ、その後、全財産を寄付すると遺言した。 「一年の猶予期間内に、屋敷の中から、日付の新しい遺言書を探し出せ」という意味と取った娘は、ポワロに相談し・・・、という話。

  探し物パターンですが、ポーの、【盗まれた手紙】とは、だいぶ、違っています。 遺言書には、署名人が、二人要るようなのですが、用紙を二通用意させ、先に署名をもらった一通を書き損じてしまったので、もう一通に署名し直してもらったから、最終的に、残ったのは一通、と思わせておいて、実は・・・、というトリック。

  凝ってますが、遺言書のありかが、今一で、子供騙しっぽい感じもします。 長編では、使えないアイデアですな。


【ヴェールをかけた女】 約22ページ (11)

  結婚直前の女が、ポワロの部屋を訪ねて来て、以前の男から、昔書いた恋文の事で脅されているから、取り返して欲しいと依頼する。 ポワロは、その男の家に不法侵入し、相当な苦労をして、手紙が入った箱を盗み出して来た。 ポワロが、記念に箱をもらいたいと言うと、女は頑なに断り・・・、という話。

  昔、他の男に向けて書いた、今の自分には都合の悪い手紙を取り戻してもらう、というのは、ホームズ物にありますが、そのオマージュ作品。 単なるパロディーではなく、もう一捻りして、昇華させてあります。 ショートショート的な結末と言ってもいいです。 


【消えた廃坑】 約18ページ (14)

  ポワロが、ビルマの鉱山会社の株券を手に入れた顛末を、ヘイスティングスに語る形式。 廃坑の場所を記した書類を、イギリスまで持って来た中国人が失踪し、後に、死体で発見される。 ポワロは、会社の役員である依頼人に要求されて、行きたくもない阿片窟に行き、さんざん振り回された挙句、意外な人物を犯人指名して、会社から、株券をもらったという話。

  かなり、複雑で、じっくり書き込めば、短めの長編に出来るような話。 登場人物が少なくて、フー・ダニット物に出来ないから、短編に使ってしまったのでしょう。 なりすましまで含まれていて、本者が何をやり、偽者が何をやったか、ややこしいので、その辺は、テキトーに、読み飛ばした方がいいです。 ポワロが何をやったかだけ、読み取れば充分。


【チョコレートの箱】 約30ページ (9)

  ポワロが、失敗の経験を訊かれて、ヘイスティングスに昔話を語る形式。 フランスの代議士が、ブリュッセルの別邸に滞在していた時に、心臓麻痺で死亡した。 ベルギー警察の刑事だったポワロが、代議士に近しい女性から依頼を受け、捜査に乗り出す。 薬品のビンを関係者の家で見つけ、犯人をつきとめたと思ったポワロだったが、実は・・・、という話。

  「チョコレートの箱」は、箱と蓋の色が違っていたという小道具として使われています。 どうして、色違いなのかが鍵なのですが、ポワロは、それに気づかず、真犯人をつきとめられなかったという次第。 長編のポワロだったら、まず、ありえないミスです。 ポワロが失敗したという話にする為に、クリスティーさんが、わざと、能力を落としたわけだ。




  以上、四冊です。 読んだ期間は、2023年の、

≪終りなき夜に生まれつく≫が、4月1日から、3日。
≪フランクフルトへの乗客≫が、4月4日から、7日。
≪秘密機関≫が、4月14日から、17日。
≪ポアロ登場≫が、4月18日から、21日。

  今回、短編集が、一作 入りましたが、いかに、感想が長くなるか、分かると思います。 それでいて、梗概も感想も、一作分は、短くなってしまうから、感想文を読む方は、どんな話か、ピンと来ないと来たもんだ。 それでは、苦労して、感想を書く甲斐もないというもの。 だから、短編集は、困るのですよ。