2023/07/09

読書感想文・蔵出し (103)

  読書感想文です。 3連続蔵出しの、2回目。 クリスティー文庫が続きます。 こうと、クリスティー作品ばかり読んでいると、他のものが読みたくなっても不思議はないんですが、あまり、そういう気になりません。 読むものがなくなったから、最後にとっておいたクリスティー作品に手を出したという経緯があるからです。





≪愛の重さ≫

クリスティー文庫 91
早川書房 2004年9月15日/初版
アガサ・クリスティー 著
中村妙子 訳

  沼津図書館にあった文庫本です。 長編1作を収録。 【愛の重さ】は、コピー・ライトが、1956年になっています。 約398ページ。 メアリ・ウェストマコット名義の、叙情小説。 一般小説というよりは、純文学に近いですが、「純」と呼ぶには、ちと、宗教臭過ぎるか。


  両親の愛を兄に独占されていた娘。 兄が病死して、自分が愛される番だと思った途端に、妹が生まれ、目論見が外れてしまう。 妹が死ねばいいと願っていたところへ、火事が起こり、無我夢中で、妹を助け出したのをきっかけに、妹への猛烈な愛情が芽生え、それまでとは打って変わって、妹の世話を焼くようになる。 長じて、妹は、ある青年と結婚したいと言い出すが、その男には、遊び癖があり、姉は反対だった。 しかし、自分が妹の幸福を邪魔しているのではないかと恐れて、結局は、許してしまい・・・、という話。

  梗概で書いた辺りまでは、割と、小説らしい話なんですが、その後、変な方向に流れて、元キリスト教伝道者が登場し、宗教臭くなります。 クリスティー作品で、こんな展開になるのも、珍しい。 途中で、小説的な展開を考えるのに疲れてしまって、全然違うモチーフを繋いで、枚数を稼いだような印象あり。 そういう見方は、ちと、穿ち過ぎか。

  最終的には、落ち着くところへ落ち着くのですが、この元伝道者の描写に、こんなに枚数を割くのは、明らかに、不自然です。 むしろ、姉と妹の間に、殺した殺さないの衝突が起こり、3年間、音信不通になっていた、という展開の方が、流れとしては、自然。 当然、そういう書き方も考えたと思いますが、それをやると、一般小説っぽくなってしまうから、避けたんでしょうか。

  伝道者絡みで、オカルト的な要素まで登場しますが、もし、推理小説なら、絶対に手を出してはいけない領域でして、推理小説で天下をとった作者の作品だと思うと、かなり、違和感があります。 別名義なら、いいというわけでもありますまい。 できれば、こんなモチーフは、使って欲しくなかった。

  これが、メアリ・ウェストマコット名義の最終作なのですが、もう、こういうタイプの小説で、書きたい事が、なくなっていたのかも知れませんな。 トルストイ辺りに影響されて、何かの機会に、宗教に関する事も書いておこうと思っていたのが、たまたま、この作品の執筆中に、詰まってしまったものだから、挟み込んでしまった・・・、そういう見方も、やはり、意地が悪過ぎるか。




≪無実はさいなむ≫

クリスティー文庫 92
早川書房 2004年7月15日/初版
アガサ・クリスティー 著
小笠原豊樹 訳

  沼津図書館にあった文庫本です。 長編1作を収録。 【無実はさいなむ】は、コピー・ライトが、1958年になっています。 約419ページ。 ノン・シリーズの、推理小説です。


  資産家で、養子を育てるのが生き甲斐の夫人が、後頭部を火掻き棒で殴られて、殺される。 五人の養子の一人で、ろくでなしだった男が逮捕され、アリバイを主張したものの、立証されず、有罪となり、獄死する。 約2年後、南極観測隊から戻った地理学者が、男のアリバイを証明した事で、事件後、平穏に暮らしていた一家に激震が走る。 事件は振り出しに戻り、警察や素人探偵が動き出す話。

  この出だしは、優れていますねえ。 アリバイを証明できる人間が、音信不通の場所に行ってしまっていて、一通り、事件が解決した後に、ようやく帰って来て、獄死した男の無実が証明されるというのが、実に、凝っている。 クリスティーさんは、常に、ゾクゾクする出だしを考えていて、思いつくと、ガッと書き始め、落ち着くと、あとは、普通のペースで書いて行ったのではないかと思います。

  探偵役は、二人いて、一人は、2年ぶりに帰って来た地理学者。 もう一人は、養子の長女の夫で、車椅子生活の暇を持て余し、素人探偵に乗り出すというもの。 だけど、この人が事件を解決するわけではないです。 ちなみに、≪小京都ミステリー≫の柏木尚子のように、突っ込まなくていい事に首を突っ込む素人探偵を、常日頃、忌々しく思っている読者にとって、痛快な結末が待っています。

  犯人は、意外な人物です。 主犯と実行犯が別にいるというのが、味噌。 ヴァン・ダインの二十則に抵触しそうでいて、うまく避けている格好。 この程度ならば、ネタバレになりますまい。 二十もあるのだから、どれに引っ掛かるか、予想がつかないでしょう。 この主犯は、本当に、意外です。

  「愛すべき失敗作」と題した解説に、失敗している点が、いくつも挙げられていますが、いちいち、ごもっともな指摘。 その実、この解説者は、この作品を高く評価しているのが、よく分かります。 問題点はあるけれど、面白いから、愛さざるを得ないのでしょう。 その点は、私も、全く同感です。 問題があっても、面白ければ、充分だと思います。 アン・フェアですら、面白ければ、大抵の読者は、許します。 況や、この作品は、アン・フェアではないのだから、もちろん、許されるはず。

  2018年に作られたドラマを見ているのですが、とにかく、暗い話だったという印象が残っています。 ストーリーは、それほど、変えてなかったような気がします。 ここ10年ほどの、イギリスの推理ドラマは、暗過ぎですな。 無理に、ファースを入れろとは言いませんが、残酷な場面や、オカルトめいた映像は、勘弁して欲しいです。




≪蒼ざめた馬≫

クリスティー文庫 93
早川書房 2004年8月31日/初版
アガサ・クリスティー 著
高橋恭美子 訳

  沼津図書館にあった文庫本です。 長編1作を収録。 【蒼ざめた馬】は、コピー・ライトが、1961年になっています。 約410ページ。 ノン・シリーズの、推理小説です。


  瀕死の女性から告解を受ける為に呼ばれた神父が、数人の名前を告げられた後に、殺されてしまう。 神父の靴の中から見つかったリストに載っていた人達は、みな、別々の病気で死んでいた。 依頼を受けて、黒魔術の儀式を執り行い、病死としか思えない方法で、人を殺している一味がいる事を知った青年学者が、友人達と協力して、一味のやり口を暴く為に、偽の依頼を試みるが、仮のターゲットにした女性が、本当に病気になってしまい・・・、という話。

  理屈はともかく、面白い作品です。 読んで、損はないです。 オカルトを装ってますが、オカルト小説ではなく、純然たる、推理小説。 まあ、クリスティーさんが、推理小説に、オカルトをマジで取り入れる事は、考えられませんわなあ。 考えられないからこそ、オカルト的な道具立てで、ゾクゾクするような事はありませんが、告解者と神父が、立て続けに死んでしまうなど、冒頭から、死者が多いので、それで、ゾクゾクするところは、あります。

  この一味の、殺人システムですが、実際に、怪しい宗教団体などで、使われている可能性がなきにしもあらず。 都合の悪い人間を消してしまって、「確かに呪い殺したが、それが、罪になるのか?」と開き直る、アレですな。 実際の殺し方は、ベタなものですが、それも、実行できないわけではないです。 だけど、どうせ、他人の家に入るのなら、殺人よりも、窃盗で儲けようと考える者の方が多いでしょうねえ。 そういう点は、やはり、小説的か。

  基本的に、素人探偵物なんですが、実は、その人が、事件を解決するわけではありません。 意外な人物が解決します。 素人探偵の方は、謎解き場面になっても、別人を犯人だと思っていて、意外な人物に、一杯食わされる役どころ。 これは、珍しい形式だわ。 正直、私も騙されて、「あっ!」と驚きました。 クリスティーさんの他の長編推理物では、こういう形式を見た事がありませんが、もしかしたら、他の作家が、もっと前に、試みているかも知れません。

  普通は、探偵の頭の良さを強調する為に、他の捜査関係者を、標準より、愚か者にしておくものですが、この作品では、それを、逆転させているんですな。 その点は、実験小説と言えます。 そして、その実験は、成功しています。 私が騙されたから、負け惜しみで言うわけじゃありませんが、大抵の人は騙されるんじゃないでしょうか。 あまりに唐突な犯人指名なので、驚かないわけには行かないのです。




≪ベツレヘムの星≫

クリスティー文庫 94
早川書房 2003年11月15日/初版
アガサ・クリスティー 著
中村能三 訳

  沼津図書館にあった文庫本です。 短編と詩、計11作を収録。 【ベツレヘムの星】は、コピー・ライトが、1965年になっています。 約122ページ。

  イエス・キリストが生まれた場面に関わる話が幾つか。 他に、現代イギリスを舞台にした、ちょっと、物事の考え方を啓蒙するような話が幾つか。 詩は、聖書からとったか、聖書から題材をとったものだと思いますが、キリスト教徒でない身には、ほとんど、頭に入って来ません。

  小説にせよ、詩はせよ、明らかに、子供向け。 クリスティーさんが、子供向けを書き慣れていないのは明らかで、小器用にうまく纏めたものは、一作もありません。 クリスティーさんは、文豪と言ってもいい人物ですが、何でも、ちょいちょいっと書き上げてしまう、いわゆる、器用なタイプの作家ではなかったんですな。

  ページ数も少ないし、これは、クリスティー文庫に入れるようなものでは、なかったのでは? 全作網羅するというのなら、クリスティーさんが書いたものは、小説以外にも、他に、いくらでもあると思いますが、クリスティーさんのファンが読みたがっているのは、そういうものではありますまい。




  以上、四冊です。 読んだ期間は、2023年の、

≪愛の重さ≫が、3月10日から、12日。
≪無実はさいなむ≫が、3月18日から、20日。
≪蒼ざめた馬≫が、3月22日から、24日まで。
≪ベツレヘムの星≫が、3月31日。

  今現在の読書状況ですが、まだ、クリスティー文庫を読んでいます。 今は、短編集。 これがまた、そこそこ、冊数がありまして、まだまだ、読み終わりそうにありません。 短編集は、読むのはいいんですが、感想を書くのが大変で、その事情が、読書意欲を殺いでくれます。