新入社員の面々へ ②
日記ブログの方に書いた、「新入社員の面々へ」という一連の文章の転載。 今回が、2回目で、最終回です。 もちろん、基本的に、私の主観に過ぎませんから、無視しても構いません。
【趣味編】
趣味ですが、基本的に、何をやるのも、個人の自由です。 しかし、制約が、ない事もないです。
1. お金がかかり過ぎない。
2. 危険がない。
3. 他者に迷惑をかけない。
4. 仕事に支障を来すほど、夢中になり過ぎない。
お金の事については、給与・賞与を半分貯蓄して、残りから、生活費を除いた分は、趣味に回してもいいわけですが、毎月、ゼロになるほど、使っていては、危険水域に入ってしまいます。 「ちょっとだけ」のつもりで、貯蓄を取り崩し始めると、結局、全部使ってしまうようになります。
危険がある趣味というのは、車、バイク、モーター系のマリン・スポーツ、登山などです。 死んだら、それまでですが、せっかく、社会人になるまで、育って来たのに、趣味で死ぬなんて、あまりにも、馬鹿馬鹿しい、愚かしい。 人生が、勿体ないです。 例に挙げた趣味をやるにしても、いずれも、安全にできる限界というのがありますから、それをよく見極めて、安全圏から出ないように心がけた方がいいです。
くれぐれも、先輩や同僚など、他人のレベルに合わせようとしないように。 バイク趣味で顕著ですが、後輩に対して、偉そうな指導をブチたがる先輩ほど、早々と死んで行きます。 あまり、尖がった事ばかり言っている先輩には、逆に、「もうちょっと、安全運転した方がいいじゃないですか?」と、意見してやるくらいがちょうど良い。 そんな事を言っても、どうせ、やめないと思いますけど。
ウルトラ・ライト・プレーンなど、飛行系ですが、高齢になるまで生きるつもりでいるなら、やめた方がいいです。 必要か不要かと言ったら、人生に、そんな経験は、不要です。 死ぬ危険性が、極めて高い。 プロが操縦するのに同乗するだけの遊覧飛行なら、多少、危険が少ないですが、離陸して、高度が上がると、パニックになる奴がいるので、事故は、どうしても、ゼロにはできません。 誰が操縦していようと、墜落したら、まず、助かりません。
趣味での事故は、「死んでしまうなら、まだマシな方」という見方もあります。 まずいのは、事故の後、障碍者になってしまう事です。 家族や周囲に、甚だしい迷惑を、長期間に渡って、かけ続ける事になります。 たかが、趣味の結果ですぜ。 楽しむつもりで、周囲に大迷惑をかけていて、どうする?
「他者に迷惑をかけない」というのは、趣味を楽しむ上での、基本中の基本です。 迷惑をかけないからこそ、好きな事がやれるのです。 「日曜大工が好き」とか言って、住宅地にある家の庭に、工作室を作って、平日・土日を問わず、ギコギコ・トンカン、騒音を立てているなど、言語道断。 庭掃除をしていても、「箒の音がうるさい」と言われるくらいなのに、趣味で、騒音を立てるなど、以ての外です。
「仕事に支障を来すほど、夢中になり過ぎない」というのは、ちと、解説が必要ですな。 趣味の為に、仕事を休むというケースは、10年に一日くらいにしておいた方がいい。 つまり、そんな事は、ほぼ、許されないのです。 頻繁に、そういう事をしていれば、職場での信用を失ってしまいます。
あなたが休めば、他の人間が、あなたの仕事をしなければならないのであって、趣味に一日使って、翌日、出勤して、その自慢話をしたとして、あなたの代わりに、あなたの仕事を余分にさせられた人が、どういう気持ちになるかは、相手の立場になれば分かる事。 お土産なんかじゃ、信用は戻りません。
正式に、有休を取るのなら、その日を、趣味に使うのは、問題ありませんが、やはり、自慢話はやめておいた方がいいです。 新入社員だと、勝手が分からない人も多いでしょうが、有休は、趣味の為に、積極的に取るようなものではないです。 冠婚葬祭や、風邪とか、捻挫、腰痛など、1日だけ、もしくは、長くても、3日程度で回復する病気の時の為に、残しておくものなのです。
有休とは別に、「傷病休暇」という制度がありますが、それは、入院や、長期の自宅療養など、本格的な病気・怪我用です。 診断書の提出が必要になるので、軽い病気・怪我では使いません。 ちなみに、診断書は、安い病院でも、3千円くらい取られます。
年度末に、有休が余って、強制有休になった場合は、この限りではなく、何をやろうが、問題ありません。 翌日、出勤してからの、趣味の自慢話も、堂々とできます。 しかし、そういう細かい違いの区別がつかない人は多そうだな。
しょっちゅう、趣味で休みを取ったり、早退したりしている者が、上司から、問題視されて、
「この趣味は、私の、ライフ・ワークなんです」
と答えるケースがあります。 ライフ・ワークと言えば、何でも許されると思っているわけだ。 たぶん、上司から言われるでしょう 。
「ライフ・ワークの前に、会社の仕事をしろよ。 その為に、就職してんだから」
ライフ・ワークというのは、誰にでもあるわけではなく、普通は、芸術家や自営業の人が、人生目標として掲げるものです。 勤め人の趣味程度では、本人がその気でも、他人から認めてもらえるレベルに到達するのは、困難でしょうねえ。 それだけの才能があれば、その道で食ってますって。
以上のような制約を守れるのなら、何の趣味をやるのも自由ですが、それとは別に、若い内から、一生続けられる、お金がかからない趣味を構築しておくのも、肝要。 それは、他人に話す必要も、仲間を探す必要もないです。 自分一人だけで楽しめる趣味である事が、重要だからです。 人生、いい人達と、いいつきあいができれば、それに越した事はないですが、大抵の人は、引退後、精神的に孤独になってしまいます。 そうなっても、困らないように、備えておくわけです。
ゴルフのような、仲間がいないとできないものは、駄目。 打ちっ放しに通うのも、お金がかかり過ぎる。 もちろん、野球やサッカーも、できません。 一人でできるものでないと、まずいんですわ。 釣りは、その点、まずまずか。 近場に、釣り場があれば、餌代くらいしかかかりませんし。
室内系は、どれも、イケますが、読書など、目を使うものは、いずれ、視力の衰えで、できなくなる恐れがあります。 ブログ運営は、割と有望。 日記だけで押し捲っても、文章を書くだけで、まずまず、楽しめます。 若い頃から、ずーっと、日記ブログを続けていたら、それ自体が、一生の財産になるでしょうねえ。
【交友編】
社会人になり、仕事をして、お金を稼ぐようになるわけですが、並行して、大人になる必要があります。 ところが、「大人になる」というのを、勘違いしていて、酒を飲むだの、煙草を吸うだの、車の運転をするだの、性交渉をするだの、そういった事をするのが、大人の証明だと思い込んでいる者が、非常に多い。
馬鹿抜かせ。 そんなの、高校生だって、できるわ。 そんな、表面的な事じゃないんですよ。 人格的に成長するのが、大人になるという事です。 「それは承知しているけど、簡単にはできないから、先送りにしている」のなら、まだ、いいですが、全く分かってなくて、頭の中が、子供のまんま、40歳50歳まで、行ってしまう連中が、多数派と言ってもいいくらい多いのは、たまげた話です。
子供の頃から、大人びている人もいますが、それは、親の影響でして、本当の意味で、人格的に成長するには、社会経験が必要になります。 だけど、社会経験さえ積めば、誰でも大人になれるわけではなく、ガキのまんまというのが、うじゃらうじゃら、いるんだわ。 ある時、赤の他人と諍いになって、子供的人格を曝け出し、「なんだ、お前、大人になってないのか?」と言われて、絶句する事になるでしょう。
今現在、自分に、子供的な部分が多いと感じている人ほど、大人とは何か、常に考えて、大人的な判断、大人的な行動に、努める必要があります。 別に、趣味が子供っぽくても、問題ありませんが、他人と接する時に、大人的な態度が取れないと、相手にされないばかりか、小馬鹿にされてしまいます。 フリでもいいから、大人として、振る舞うべき。
「自分は大人なんだ。 今までとは違うんだ」と思うだけでも、考え方や、行動が変わってくるはず。 認識を変えない限り、一生、子供のままです。 「子供のままで、いいんだ」と思ってしまったら、死ぬまで、大人になれません。 誰でも、自然に、大人になれると思ったら、大間違い。 それが証拠に、親戚のオッサンどもを観察すれば、いくらでも、子供のままの例が見つかります。
それに関連して、人づきあいですが、自分から見て、大人だと思える人と、つきあった方がいいです。 私生活でつきあうのは、ハードルが高いですが、職場で休憩時間などに、そういう人と話す機会を増やすだけでも、大人に近づけます。 全く喋らない人は、何も考えていないと見做してもかまいませんが、普段、無口だけど、喋る時には、見識のある事を口にするという人は、大人度が高いですねえ。 まあ、観察していれば、分かります。
新入社員だけで話すのが、×だというのは、すでに書きましたが、2年目、3年目になって、後輩とだけ話すというのも、×です。 つまり、そういう奴は、お山の大将になりたいんだわ。 自分が会話の中心になりたい。 一番、物識りだと、周囲から認められたい。 だから、年下とばかり話して、同年や、年上とは話さないんだわ。 そういう事をしていると、成長しないので、大変、つまらない人間になります。
怖がる事はないから、年上と話せというのよ。 相談をする場合、人を見て、相手を選ぶ必要がありますが、世間話くらいなら、誰の話でも、一応、聞いておいて、損はないです。 信用が置けない人から聞いた事は、頭の中で保留にしておいて、真偽を確認してから、知識・情報に加えるという手順を踏めばいいのです。
会話のコツは、聞く方を優先する事ですかね。 7割聞いて、3割話すくらいが、程よいでしょうか。 他人経由の知識・情報は、馬鹿にならない重要性を持っていて、世間知を蓄えるのには、人の話を聞くのが一番、効率的です。 新聞や雑誌から得るとなると、どうしても、身近な問題から遠いものになってしまいますねえ。
悪い例として、学生の頃に、「自分は、完成した」と思ってしまうと、それ以降、他人の話を聞かなくなります。 他人が、自分の知らない事を喋っていると、「俺が知らない事は、重要な事ではない」と判断して、シャット・アウトし、新たな知識・情報を入れなくなります。 それが、何年、何十年と続くと、とんだ、世間知らずになってしまいます。 それでいて、本人は、自分が一番、物識りだと思い込んでいるから、始末が悪い。
他人の話に興味がないという人は、考え方を改めて、「とりあえず、何でも、聞いてみる」という方針に切り変えた方がいいでしょう。 話を、喜んで聞いてくれる人は、職場で同僚達から、当然、歓迎されます。 マザー・テレサではありませんが、興味がないというのが、一番、よくないです。
友人も、選べるのであれば、知識・情報に明るい人がいいですねえ。 話題に困りませんから。 学生時代までは、「本音で語り合って、言いたい事が言えるのが、友人だ」といった考えでいた人も多いと思いますが、大人の世界で、いきなり、それをやると、無礼と取られてしまい、以後、相手にされなくなる恐れがあります。
初めて会った相手には、評価点を100点与えておき、どんな人間か分かるに連れて、減点するようにして行った方がいいです。 もちろん、減点しないで済めば、それに越した事はない。 最初に、0点からスタートして、タメ口や見下し口を利いたり、相手を小馬鹿にした態度を取ったりしてしまうと、それだけで、向こうから、0点をもらってしまい、その評価が、ずっと変わりません。 見限られてしまうわけだ。
知らない人間なのだから、礼儀正しく振る舞うのは、当然の事。 「早く、友達になりたいから」なんて言って、最初から、無礼な態度を取るのは、考え足らずも甚だしい。 自爆に近い、愚挙です。 学生時代までの、「本音で語り合って、言いたい事が言えるのが、友人だ」という考えが抜けないから、その状態へ直行しようとして、無礼をやらかしてしまうんですな。 私は、実際、そういう奴を何人か見ましたが、他の人間が、みんな、逃げて行く有様でしたねえ。 誰でも、親しくもない奴から、馬鹿にされたくないですからねえ。
同僚と友人は、似て非なるものですが、職場の同僚で、私生活でも行動を共にしているなら、それはもう、友人と言っていいでしょう。 結婚する気があるのなら、同性の友人は多い方がいいです。 というか、同性の友人がいない人で、結婚できた人は、例を知りません。 親決め婚や、見合い制度があった頃は、そういう人でも、結婚していたわけですが、今は、合コンなど、友人の紹介が主流ですから、同性の友人がいないと、紹介もしてもらえないわけだ。
【結婚編】
結婚するかしないかは、人生を大きく左右します。 私は、生涯独身なので、結婚の経験は語れないのですが、生涯独身についてなら、語る資格があります。 とにかく、苦労を避けたいと言うのなら、生涯独身は、魅力のある選択と言えます。 しかし、未だに、生涯独身を勧めるほど、社会の雰囲気は、熟していない感じがしますねえ。 今でも私は、結婚について訊かれたら、「相手がいるのなら、結婚した方がいい」と答えます。
生涯独身のいいところは、ほとんどの事を、自分の意志で決められる事です。 配偶者がいると、そうは行きません。 最悪の場合、自分の人生の重要事であっても、一切の決定権を奪われてしまうケースもあります。 一言の相談もなく、配偶者が全てを決めてしまい、異を唱える事が許されないわけだ。
それほど、極端でなくても、必ず、配偶者と相談しなければならないというのが、大変、煩わしい。 馬鹿な配偶者だと、始末に負えぬ。 常識がなく、間違った判断ばかりしているのに、頑固で、考え方を変えず、人を、さんざん振り回し、結局、夫婦揃って、大損をするような羽目に陥ります。 それでも、相談しなければ、怒るから、無視するわけにも行きません。
結婚とは、いい点ばかり想像して、するものですが、婚前に想像していたようないい事は、3ヵ月もすれば、幻と消えてしまうでしょう。 恋愛感情は、ピークを過ぎると、冷めて行くものです。 何年もラブラブの夫婦なんて、見た事がない。 同じ相手との性交渉なんて、すぐ飽きる。 というか、結婚前に、すでに飽きている人の方が、大半だ。 男の場合、特にそうです。 義務的に続けていると、もう、拷問ですな。
共同生活も、うまく役割分担が噛み合えばいいのですが、偏りが出る方が、圧倒的に多い。 不満のマグマが蓄積し、いずれ、噴火します。 そうなったら、もう、家族というより、敵同士と言った方が、適切。 敵と一緒に、暮らしてるんだわ。 敵がいる家に帰りたくないから、会社にいつまでも残っていたり、夜の街を遊び歩いたり・・・。 なんだ、その生活は? 幸せになりたくて、結婚したんじゃないのかい? 一体、何やってんだ、あんた?
子供がまた・・・。 小さい内は、可愛いというより、うるさい。 大きくなると、厄介者でしかない。 親を、財布くらいにしか思っていない。 グレでもした日には、毎日が、地獄。 それでいて、今の子供は、親の老後の面倒なんか、見てくれません。 あなた自身が、親の面倒なんか、見たくないでしょうが。 一体、子供って、何なんだよ?
そういう、結婚の悪い点ばかり見ると、生涯独身は、気楽でいいなあ。 人生計画が立て易いのも、素晴らしい利点だ。 配偶者や子供といった、不確定要素がないからです。 親の面倒だけ見れば、後は、自由。 楽だなあ。 人生、遊んでいるようなものだな。 いや、それでも、若い人に、生涯独身を勧めはしませんがね。
結婚に関連する、幸不幸の4段階というのがありまして、 幸福な順に並べると、
1. 結婚して、うまく行った人。
2. 生涯独身者。
3. 結婚して、うまく行かず、離婚した人。
4. 結婚して、うまく行かなかったが、諸般の事情で離婚できない人。
と、なります。 結婚して、うまく行けば、それが一番幸せなのは、誰も異論がないでしょう。 「結婚して、うまく行かなかったが、諸般の事情で離婚できない人」は、現状、敵と暮らしているわけだから、最も不幸です。 生涯独身者が、「結婚して、うまく行かず、離婚した人」よりも、幸福なのは、離婚に至るまでの、嫌な記憶がないからです。
特に、仕事を引退すると、閑になるせいで、過去の嫌な記憶が蘇えって来る事が多くなります。 離婚前の険悪極まりない関係の記憶が、どれだけ、その人を苦しめる事か。 離婚した相手との、いい記憶なんて、あり得ません。 離婚の時の、嫌な記憶で、全て塗り潰されてしまうからです。
それと同じ理屈で、恋愛に縁がない人は、「恋多き女」とか、「モテモテのイケメン」などを、羨ましがる必要は、全くありません。 彼らは、何人もの相手と交際したせいで、別れに至る嫌な記憶が、折り重なり、脳を埋め尽くし、ドロドロのグジャグシャになっています。 一度汚染された記憶は消えませんから、引退後の生活は、嫌な記憶との、地獄の戦いになるでしょうねえ。 むしろ、憐れんでやるべき人達なのです。
閑話休題。
性別比が、半々くらいの職場なら、自然と組み合わせが出来て、職場結婚で、ほとんどが片付いてしまいます。 近年、職場結婚の比率が下がっているそうですが、中高年ジジイどものセクハラが原因で、若者まで、職場で異性を探すのを、ためらっている模様。 とんだ、とばっちりで、気の毒な事です。 頭のおかしい、ジジイどもが! もう、5歳離れたら、異性にちょっかいを出すのは、よせというのよ。 遊びのノリで、年下世代の人生を邪魔するな! 馬鹿どもめ!
職場結婚が優れているのは、相手の素性が分かり易い事です。 結婚するとなると、人間関係に、親や兄弟姉妹、親戚まで関わって来るので、素性が胡乱な相手を選ぶわけには行きません。 悪い相手と結婚すると、迷惑が及ぶ範囲が、自分が責任を取れる範囲を、簡単に超えてしまうのです。
とりわけ、反社系、政治系、宗教系は、まずい。 自然に知り合って、仲良くなってから、相手が、その手の関係者と分かって、家族から猛反対されるのは、よくある話。 押し切って、結婚する場合、家族と縁を切るしかないです。 職場結婚だと、その種の危険が少ないのです。 相手の人柄も、第三者の情報で分かるから、ギャンブル狂や、酒乱などを、予め、避ける事もできます。 給与・賞与の額、将来性まで、大体のところが分かるんじゃないでしょうか。
性別比が偏っている職場の場合、あぶれている性別の方が、相手を見つけるのは、至難の業です。 独身者が多過ぎて、友人の紹介システムも、機能しません。 私が一番長く勤めた会社も、そういう所でしたが、別に、外見が悪いわけでもないのに、独身のまま、40歳を超えてしまった人達が、うじゃうじゃいました。 40歳を超えると、結婚できる確率が、1パーセントを割ってしまうので、彼らは、みな、生涯独身になったわけだ。 気の毒に。 勤めた会社が悪かったんですなあ。
断っておきますが、すでに、見合い制度というのは、なくなっているので、そちらに期待しない方がいいです。 ドラマの世界は、時代感覚が異様に鈍く、未だに見合いが行われている事になっていますが、現実世界では、1990年代半ば頃には、もう、機能しなくなっていました。 消滅してから、すでに、四半世紀以上を経ているので、仲介していた人達は、とっくにやめているわけで、いくら待っても、縁談は来ません。
どうしても結婚したいけれど、職場では見つけられないというのなら、若い内から、結婚相談所に登録しておいた方がいいのでは? あまり、うまく行った例を知りませんが、他に手がないので、致し方ない。 ただし、結婚相談所は、営利組織であり、目的は、会員から、お金を取る事であって、会員の成婚ではないので、不誠実な対応を取られる事もあります。 紹介はしてくれたが、相手は、隣の県に住んでいる人だった、というのは、全国展開している大手の相談所では、よくある話。
「そんな遠くに住んでいる人と、どーやって、交際すんだよ?」
「それは、あなたの熱意次第です」
言われそうだなあ。
昨今流行の、「SNSで知り合う」というのは、まだ、本当にうまく行くのかどうか分からないので、慌てて、飛びつかない方がいいです。 相手の素性が分からない点は、自然に出会うパターンと同じでして、ネット上は、詐欺師が暗躍し易い場でもありますし、今後、騙されるケースが続出して、数年したら、すっかり下火になってしまう事も考えられます。
結婚して、うまくやっているつもりでいたのに、ある日、家に帰ったら、「もう、耐えられません。 捜さないで下さい」という置き手紙があり、預金通帳の残高が、0になっていた、なんてケースが、続々と出て来たら、誰でも、警戒するようになるでしょう。 堅実な今の若者なら、尚更です。
飲み屋に通って、金で、水商売の相手を落とし、結婚に持ち込む、というのは、昔も今も、例があると思いますが、お金がかかりそうですねえ。 そんな事に費やすくらいなら、趣味にでも使った方が、お金が活きるでしょう。 あと、借金を抱えているなど、訳ありの相手を見つけ、返済の肩代わりで、恩を売って、結婚に持ち込む、という作戦を夢想した人もいると思いますが、よせよせ、下心全開の奴に、恩義を感じる人間なんているものかね。 それこそ、「もう、耐えられません。 捜さないで下さい」という置き手紙になってしまいますよ。 光景が目に見えるようだな。
ちなみに、自然恋愛で結婚に至るケースは、実際には、稀です。 ドラマや映画の中だけの、創作だと言ってしまってもいい。 イケメンや美女は、結婚はするけれど、実は、彼らは、恋愛をしていません。 外見目当てに、近づいて来た相手に、「まあ、こいつでもいいか」という許容をしているだけ。 私は、それを、「許容婚」と呼んでいます。
一見、相思相愛に見えて、実は、恋愛をしているのは、一方だけで、もう一方は、情にほだされて、OKしただけ、というのも、許容婚ですな。 結婚適齢期に、自分に近づいて来る相手で、我慢できないほど、外見や人格に問題がなければ、誰でも良かったんだよ。 そういうケースは、多そうだな。 相思相愛による、純然たる恋愛結婚は、非常に例が少ないと思います。
なんだか、新入社員へのアドバイスというより、ただの、恋愛論になってしまいましたなあ。 この話は、このくらいで、やめておきましょう。
【異常編】
これは、書いておかなければならないと思うのですが、社会人の世界では、精神異常者、性格異常者は、確実にいます。 学生の頃に目立たないのは、問題がある子供は、予め、別扱いにされてしまうからです。 社会人になってから、異常になった人の場合、仕事に大きな支障を来たさないのであれば、そのまま、働き続けるので、学校よりも、実社会の方に、異常タイプが多いという理屈です。
人数が少ない職場なら、一人もいない、つまり、全員、正常という事もあります。 30人くらいの集団になると、一人二人、含まれています。 入社してから、退職するまで、ずっと同じ職場というのは、稀なので、大概の人は、現役の間に、一人くらいは、異常者と同じ所で働く事になると思います。
精神・性格異常者は、身体的な障碍者とは、別ものだと思わなければなりません。 必要なのは、協力や手助けではなく、警戒です。 そういうタイプは、周囲に悪影響を及ぼすのです。 確かに、気の毒ではあるが、同情するゆとりなどないのであって、何とか、悪影響を受けないように、こちらで、努力しなければなりません。
たとえば、5・6人くらいのグループで仕事をしているとして、その中に、一人、異常者がいると、次第に、周囲が悪影響を受けて、いつのまにか、グループ全体が、異常な事をし始めます。
「一人、頭がおかしいのがいるけれど、他の者は、まともなんだから、周囲の好影響で、おかしな奴も、まともになって来るさ」
それが、大間違いなんだわ。 究極の思い違いなんだわ。 実際に起こる事は、真逆です。 異常者の悪影響で、全員が、おかしくなってしまうのです。 嘘みたいですが、私は、実例を、いくつか見ています。
理屈は単純でして、まともな人間は、常に他者に気を使って暮らしているので、妥協できるところは、他者に合わせようとします。 それは、相手が異常者であっても、変わりません。 ところが、異常者は、周囲に気を使ったりしません。 異常者にとって、他者というのは、敵か、虫ケラか、依存対象か、そのどれかでしかないのです。 相手に合わせるなどという事は、一切しません。 異常者が、まともな人間に合わせず、まともな人間が、異常者に合わせているのだから、全員、異常になってしまうのは、理の当然。
一対一のつきあいでも、同じ事が言えます。 異常者の影響の方が、圧倒的に強いんだわ。 まともな方は、異常者に合わせてしまうから、ミイラ獲りがミイラになってしまうんだわ。 自殺したいと訴える親友を説得しようとしたのに、逆に自殺願望をうつされて、一緒に死んでしまう女子中学生というのが、時折り、ニュースになりますが、あれも、同じパターンですな。 うつされた方の遺族は、やり場のない怒りで、地団駄踏んでも、踏み切れないでしょう。
配属先に、明らかに、おかしい人間がいた場合、どうすればいいのか? 距離をおければ、それに越した事はないですが、相棒になって仕事をしなければならない場合など、どうしても、逃げられない時もあります。
「あんたは、異常だ! 俺に話しかけるな!」
と言ったら、喧嘩になりますわな。 上司に言っても、その上司まで、異常者の悪影響を受けて、おかしくなっていて、取り合ってくれないかも知れません。 もう、しょうがない。 異常者に合わせるしかないです。 ただし、表面的にだけ。 芯の部分では、自分をしっかりと保っておき、異常者の考え方に、完全に毒されてしまわないように、頑張るしかありません。
良くしたもので、異常者というのは、異常であるが故に、仕事に支障が出る事が多く、何年かすれば、他の職場にうつされて、いなくなる事が期待できます。 そのグループに、仕事上のトラブルばかり起こっていたり、成績が極端に悪くなっていたりしていた場合、もっと上の上司が、「あそこは、何か、問題があるのか?」と思い、調べて行くと、「実は、一人、おかしな奴が入ってから、変になったんです」と、指摘する者がいて、異常者の存在が露顕するわけだ。 さりとて、クビにもできないので、何か理由をつけて、他へ移されるだけなのですが。
そのつもりで、観察していれば分かりますが、異常者がいなくなると、おかしくなっていたグループが、次第に、まともに戻って行きます。 元から、おかしかったわけではない人達だから、異常の発信源がなくなると、正気に戻るわけだ。 本人達は、異常者に振り回されていた事に、気づいていない事が多いです。
読書習慣がある人なら、一般向けに書かれた精神医学の本を何冊か読んでおくと、異常者の類型が頭に入って、見分け易くなります。 ネット上で読める解説だけだと、おぼろげにしか分かりませんが、それでも、何も知らないよりは、マシ。 「被害妄想」、「統合失調症」、「うつ病」、「双極性障碍」、「アスペルガー症候群」あたりから、検索して行くのがいいと思います。
被害妄想の患者は、分かり易いです。 護身用に、刃物を鞄に入れていたりするので。 しかも、それを、周囲に見せたがります。 職場の休憩時間に、異常者らしく、唐突に、刃渡り20センチもあるナイフを見せて、
「これこれ。 なかなか手に入らなくてさあ。 やっと、ネット・オークションで、落としたよ」
と、世間話のように軽く言うのですが、その心は、
「俺は、こういう物を持っているんだぞ。 俺に害を加えたら、ブスリと行くぞ」
と、アピールしたいんでしょう。 脅しておけば、攻撃して来ないだろうと考えているわけだ。 それだけでも、怖いですが、もっと、前のめりに、「やられる前に、やれ」という発想に走る奴もいるので、油断なりません。 冗談じゃないよ。 どうして、そんな物騒な奴と、同じ所で働かなきゃなんないんだよ。
車のトランクに、バットや斧といった、武器になる物を入れてある奴というのも、そのケがあります。 他の車が、車線変更で、前に入って来ると、それを、自分への攻撃とみなし、前に回りこんで、相手の車を停めさせ、トランクから出したバットを、ブンブン振り回しながら、
「出て来い、この野郎! ナメやがって! 殺してやる!」
となるわけだ。 昨今、頻繁に、ニュースになる、あおり運転の加害者なんて、ほとんど、そういうタイプなのでは? 彼らを送り込むべき所は、刑務所ではなく、精神科の病院ですな。 刑務所に何年入ったって、被害妄想は、治らんわ。
被害妄想は、根を辿れば、他者に対する不安から出ています。 他者が、怖くて仕方がない。 で、「やられる前に、やれ」になるのです。 同じ、他者への不安から出ていても、怖さが、対抗心に勝った場合、他者から逃げ出すようになり、それは、うつ病という事になります。 被害妄想の凶暴さに比べれば、うつ病の方が、まだ、マシですが、それは、他人の立場での話。 家族は、たまったものではありませんな。
「被害妄想の患者は、分かり易い」と書きましたが、それは、見る側に、精神医学の基礎知識がある場合でして、そうでない人は、気づかない場合が多いです。 Aに、明々白々、被害妄想の症状が出ているのに、その件について、Bに話をすると、Bは、
「いやあ、別に、Aを、精神異常とは思わないな。 ちょっと、変だけどな」
と、問題にしようとしない。 おかしいとは分かっているのに、知識がなくて、診断ができないのです。 この、周囲が異常に気づかないというのが、怖いんだわ。 どんどん、異常者の悪影響に浸食されて行きます。 身体障碍者と混同してしまって、むしろ、障碍者との共生意識がしっかりしている人ほど、精神・性格異常者を、そのまま受け入れてしまう傾向があります。 それ即ち、自分も異常になるという事なのですが・・・。
下手に、異常者本人に指摘したりすると、本人は、自分を異常とは思っていませんから、喧嘩になります。 常日頃、武器を持ち歩いているような奴と、喧嘩になったら、無事では済みません。 向こうは、一気に追い詰められて、命がけですから、こちらが殺されても、不思議ではない。 上にも書きましたが、正常者の好影響で、異常者を治す事はできないので、何とか、悪影響を最小限にして、乗り切るしかないです。
職場結婚をしようとしている、専ら、女性に忠告ですが、相手の男が、アスペルガー症候群でないか、よく見極めてからにした方がいいです。 もし、そうだったら、結婚なんて、とんでもない。 自然に、別れる作戦を練らなければなりません。 アスペルガー症候群は、病気と言うより、性格でして、薬で治るものではないです。 周囲に、知識のある人がいて、女性の方に忠告しても、結婚前は、あばたもえくぼになっていますから、聞き入れてくれません。
「彼って、クールだから」
違うよ。 異常性格アスペルガーなんだよ。 そのまま結婚して、結局、耐えられなくなり、良くて、別居、悪くて、離婚という事になります。 ほとんど、コースが決まっているのだから、最初から避けた方が、嫌な思いをしなくて済みます。 まったく、アスペルガー症候群の夫に振り回された記憶なんて、思い出したくないよなあ。 人生の汚点でしかない。
【趣味編】
趣味ですが、基本的に、何をやるのも、個人の自由です。 しかし、制約が、ない事もないです。
1. お金がかかり過ぎない。
2. 危険がない。
3. 他者に迷惑をかけない。
4. 仕事に支障を来すほど、夢中になり過ぎない。
お金の事については、給与・賞与を半分貯蓄して、残りから、生活費を除いた分は、趣味に回してもいいわけですが、毎月、ゼロになるほど、使っていては、危険水域に入ってしまいます。 「ちょっとだけ」のつもりで、貯蓄を取り崩し始めると、結局、全部使ってしまうようになります。
危険がある趣味というのは、車、バイク、モーター系のマリン・スポーツ、登山などです。 死んだら、それまでですが、せっかく、社会人になるまで、育って来たのに、趣味で死ぬなんて、あまりにも、馬鹿馬鹿しい、愚かしい。 人生が、勿体ないです。 例に挙げた趣味をやるにしても、いずれも、安全にできる限界というのがありますから、それをよく見極めて、安全圏から出ないように心がけた方がいいです。
くれぐれも、先輩や同僚など、他人のレベルに合わせようとしないように。 バイク趣味で顕著ですが、後輩に対して、偉そうな指導をブチたがる先輩ほど、早々と死んで行きます。 あまり、尖がった事ばかり言っている先輩には、逆に、「もうちょっと、安全運転した方がいいじゃないですか?」と、意見してやるくらいがちょうど良い。 そんな事を言っても、どうせ、やめないと思いますけど。
ウルトラ・ライト・プレーンなど、飛行系ですが、高齢になるまで生きるつもりでいるなら、やめた方がいいです。 必要か不要かと言ったら、人生に、そんな経験は、不要です。 死ぬ危険性が、極めて高い。 プロが操縦するのに同乗するだけの遊覧飛行なら、多少、危険が少ないですが、離陸して、高度が上がると、パニックになる奴がいるので、事故は、どうしても、ゼロにはできません。 誰が操縦していようと、墜落したら、まず、助かりません。
趣味での事故は、「死んでしまうなら、まだマシな方」という見方もあります。 まずいのは、事故の後、障碍者になってしまう事です。 家族や周囲に、甚だしい迷惑を、長期間に渡って、かけ続ける事になります。 たかが、趣味の結果ですぜ。 楽しむつもりで、周囲に大迷惑をかけていて、どうする?
「他者に迷惑をかけない」というのは、趣味を楽しむ上での、基本中の基本です。 迷惑をかけないからこそ、好きな事がやれるのです。 「日曜大工が好き」とか言って、住宅地にある家の庭に、工作室を作って、平日・土日を問わず、ギコギコ・トンカン、騒音を立てているなど、言語道断。 庭掃除をしていても、「箒の音がうるさい」と言われるくらいなのに、趣味で、騒音を立てるなど、以ての外です。
「仕事に支障を来すほど、夢中になり過ぎない」というのは、ちと、解説が必要ですな。 趣味の為に、仕事を休むというケースは、10年に一日くらいにしておいた方がいい。 つまり、そんな事は、ほぼ、許されないのです。 頻繁に、そういう事をしていれば、職場での信用を失ってしまいます。
あなたが休めば、他の人間が、あなたの仕事をしなければならないのであって、趣味に一日使って、翌日、出勤して、その自慢話をしたとして、あなたの代わりに、あなたの仕事を余分にさせられた人が、どういう気持ちになるかは、相手の立場になれば分かる事。 お土産なんかじゃ、信用は戻りません。
正式に、有休を取るのなら、その日を、趣味に使うのは、問題ありませんが、やはり、自慢話はやめておいた方がいいです。 新入社員だと、勝手が分からない人も多いでしょうが、有休は、趣味の為に、積極的に取るようなものではないです。 冠婚葬祭や、風邪とか、捻挫、腰痛など、1日だけ、もしくは、長くても、3日程度で回復する病気の時の為に、残しておくものなのです。
有休とは別に、「傷病休暇」という制度がありますが、それは、入院や、長期の自宅療養など、本格的な病気・怪我用です。 診断書の提出が必要になるので、軽い病気・怪我では使いません。 ちなみに、診断書は、安い病院でも、3千円くらい取られます。
年度末に、有休が余って、強制有休になった場合は、この限りではなく、何をやろうが、問題ありません。 翌日、出勤してからの、趣味の自慢話も、堂々とできます。 しかし、そういう細かい違いの区別がつかない人は多そうだな。
しょっちゅう、趣味で休みを取ったり、早退したりしている者が、上司から、問題視されて、
「この趣味は、私の、ライフ・ワークなんです」
と答えるケースがあります。 ライフ・ワークと言えば、何でも許されると思っているわけだ。 たぶん、上司から言われるでしょう 。
「ライフ・ワークの前に、会社の仕事をしろよ。 その為に、就職してんだから」
ライフ・ワークというのは、誰にでもあるわけではなく、普通は、芸術家や自営業の人が、人生目標として掲げるものです。 勤め人の趣味程度では、本人がその気でも、他人から認めてもらえるレベルに到達するのは、困難でしょうねえ。 それだけの才能があれば、その道で食ってますって。
以上のような制約を守れるのなら、何の趣味をやるのも自由ですが、それとは別に、若い内から、一生続けられる、お金がかからない趣味を構築しておくのも、肝要。 それは、他人に話す必要も、仲間を探す必要もないです。 自分一人だけで楽しめる趣味である事が、重要だからです。 人生、いい人達と、いいつきあいができれば、それに越した事はないですが、大抵の人は、引退後、精神的に孤独になってしまいます。 そうなっても、困らないように、備えておくわけです。
ゴルフのような、仲間がいないとできないものは、駄目。 打ちっ放しに通うのも、お金がかかり過ぎる。 もちろん、野球やサッカーも、できません。 一人でできるものでないと、まずいんですわ。 釣りは、その点、まずまずか。 近場に、釣り場があれば、餌代くらいしかかかりませんし。
室内系は、どれも、イケますが、読書など、目を使うものは、いずれ、視力の衰えで、できなくなる恐れがあります。 ブログ運営は、割と有望。 日記だけで押し捲っても、文章を書くだけで、まずまず、楽しめます。 若い頃から、ずーっと、日記ブログを続けていたら、それ自体が、一生の財産になるでしょうねえ。
【交友編】
社会人になり、仕事をして、お金を稼ぐようになるわけですが、並行して、大人になる必要があります。 ところが、「大人になる」というのを、勘違いしていて、酒を飲むだの、煙草を吸うだの、車の運転をするだの、性交渉をするだの、そういった事をするのが、大人の証明だと思い込んでいる者が、非常に多い。
馬鹿抜かせ。 そんなの、高校生だって、できるわ。 そんな、表面的な事じゃないんですよ。 人格的に成長するのが、大人になるという事です。 「それは承知しているけど、簡単にはできないから、先送りにしている」のなら、まだ、いいですが、全く分かってなくて、頭の中が、子供のまんま、40歳50歳まで、行ってしまう連中が、多数派と言ってもいいくらい多いのは、たまげた話です。
子供の頃から、大人びている人もいますが、それは、親の影響でして、本当の意味で、人格的に成長するには、社会経験が必要になります。 だけど、社会経験さえ積めば、誰でも大人になれるわけではなく、ガキのまんまというのが、うじゃらうじゃら、いるんだわ。 ある時、赤の他人と諍いになって、子供的人格を曝け出し、「なんだ、お前、大人になってないのか?」と言われて、絶句する事になるでしょう。
今現在、自分に、子供的な部分が多いと感じている人ほど、大人とは何か、常に考えて、大人的な判断、大人的な行動に、努める必要があります。 別に、趣味が子供っぽくても、問題ありませんが、他人と接する時に、大人的な態度が取れないと、相手にされないばかりか、小馬鹿にされてしまいます。 フリでもいいから、大人として、振る舞うべき。
「自分は大人なんだ。 今までとは違うんだ」と思うだけでも、考え方や、行動が変わってくるはず。 認識を変えない限り、一生、子供のままです。 「子供のままで、いいんだ」と思ってしまったら、死ぬまで、大人になれません。 誰でも、自然に、大人になれると思ったら、大間違い。 それが証拠に、親戚のオッサンどもを観察すれば、いくらでも、子供のままの例が見つかります。
それに関連して、人づきあいですが、自分から見て、大人だと思える人と、つきあった方がいいです。 私生活でつきあうのは、ハードルが高いですが、職場で休憩時間などに、そういう人と話す機会を増やすだけでも、大人に近づけます。 全く喋らない人は、何も考えていないと見做してもかまいませんが、普段、無口だけど、喋る時には、見識のある事を口にするという人は、大人度が高いですねえ。 まあ、観察していれば、分かります。
新入社員だけで話すのが、×だというのは、すでに書きましたが、2年目、3年目になって、後輩とだけ話すというのも、×です。 つまり、そういう奴は、お山の大将になりたいんだわ。 自分が会話の中心になりたい。 一番、物識りだと、周囲から認められたい。 だから、年下とばかり話して、同年や、年上とは話さないんだわ。 そういう事をしていると、成長しないので、大変、つまらない人間になります。
怖がる事はないから、年上と話せというのよ。 相談をする場合、人を見て、相手を選ぶ必要がありますが、世間話くらいなら、誰の話でも、一応、聞いておいて、損はないです。 信用が置けない人から聞いた事は、頭の中で保留にしておいて、真偽を確認してから、知識・情報に加えるという手順を踏めばいいのです。
会話のコツは、聞く方を優先する事ですかね。 7割聞いて、3割話すくらいが、程よいでしょうか。 他人経由の知識・情報は、馬鹿にならない重要性を持っていて、世間知を蓄えるのには、人の話を聞くのが一番、効率的です。 新聞や雑誌から得るとなると、どうしても、身近な問題から遠いものになってしまいますねえ。
悪い例として、学生の頃に、「自分は、完成した」と思ってしまうと、それ以降、他人の話を聞かなくなります。 他人が、自分の知らない事を喋っていると、「俺が知らない事は、重要な事ではない」と判断して、シャット・アウトし、新たな知識・情報を入れなくなります。 それが、何年、何十年と続くと、とんだ、世間知らずになってしまいます。 それでいて、本人は、自分が一番、物識りだと思い込んでいるから、始末が悪い。
他人の話に興味がないという人は、考え方を改めて、「とりあえず、何でも、聞いてみる」という方針に切り変えた方がいいでしょう。 話を、喜んで聞いてくれる人は、職場で同僚達から、当然、歓迎されます。 マザー・テレサではありませんが、興味がないというのが、一番、よくないです。
友人も、選べるのであれば、知識・情報に明るい人がいいですねえ。 話題に困りませんから。 学生時代までは、「本音で語り合って、言いたい事が言えるのが、友人だ」といった考えでいた人も多いと思いますが、大人の世界で、いきなり、それをやると、無礼と取られてしまい、以後、相手にされなくなる恐れがあります。
初めて会った相手には、評価点を100点与えておき、どんな人間か分かるに連れて、減点するようにして行った方がいいです。 もちろん、減点しないで済めば、それに越した事はない。 最初に、0点からスタートして、タメ口や見下し口を利いたり、相手を小馬鹿にした態度を取ったりしてしまうと、それだけで、向こうから、0点をもらってしまい、その評価が、ずっと変わりません。 見限られてしまうわけだ。
知らない人間なのだから、礼儀正しく振る舞うのは、当然の事。 「早く、友達になりたいから」なんて言って、最初から、無礼な態度を取るのは、考え足らずも甚だしい。 自爆に近い、愚挙です。 学生時代までの、「本音で語り合って、言いたい事が言えるのが、友人だ」という考えが抜けないから、その状態へ直行しようとして、無礼をやらかしてしまうんですな。 私は、実際、そういう奴を何人か見ましたが、他の人間が、みんな、逃げて行く有様でしたねえ。 誰でも、親しくもない奴から、馬鹿にされたくないですからねえ。
同僚と友人は、似て非なるものですが、職場の同僚で、私生活でも行動を共にしているなら、それはもう、友人と言っていいでしょう。 結婚する気があるのなら、同性の友人は多い方がいいです。 というか、同性の友人がいない人で、結婚できた人は、例を知りません。 親決め婚や、見合い制度があった頃は、そういう人でも、結婚していたわけですが、今は、合コンなど、友人の紹介が主流ですから、同性の友人がいないと、紹介もしてもらえないわけだ。
【結婚編】
結婚するかしないかは、人生を大きく左右します。 私は、生涯独身なので、結婚の経験は語れないのですが、生涯独身についてなら、語る資格があります。 とにかく、苦労を避けたいと言うのなら、生涯独身は、魅力のある選択と言えます。 しかし、未だに、生涯独身を勧めるほど、社会の雰囲気は、熟していない感じがしますねえ。 今でも私は、結婚について訊かれたら、「相手がいるのなら、結婚した方がいい」と答えます。
生涯独身のいいところは、ほとんどの事を、自分の意志で決められる事です。 配偶者がいると、そうは行きません。 最悪の場合、自分の人生の重要事であっても、一切の決定権を奪われてしまうケースもあります。 一言の相談もなく、配偶者が全てを決めてしまい、異を唱える事が許されないわけだ。
それほど、極端でなくても、必ず、配偶者と相談しなければならないというのが、大変、煩わしい。 馬鹿な配偶者だと、始末に負えぬ。 常識がなく、間違った判断ばかりしているのに、頑固で、考え方を変えず、人を、さんざん振り回し、結局、夫婦揃って、大損をするような羽目に陥ります。 それでも、相談しなければ、怒るから、無視するわけにも行きません。
結婚とは、いい点ばかり想像して、するものですが、婚前に想像していたようないい事は、3ヵ月もすれば、幻と消えてしまうでしょう。 恋愛感情は、ピークを過ぎると、冷めて行くものです。 何年もラブラブの夫婦なんて、見た事がない。 同じ相手との性交渉なんて、すぐ飽きる。 というか、結婚前に、すでに飽きている人の方が、大半だ。 男の場合、特にそうです。 義務的に続けていると、もう、拷問ですな。
共同生活も、うまく役割分担が噛み合えばいいのですが、偏りが出る方が、圧倒的に多い。 不満のマグマが蓄積し、いずれ、噴火します。 そうなったら、もう、家族というより、敵同士と言った方が、適切。 敵と一緒に、暮らしてるんだわ。 敵がいる家に帰りたくないから、会社にいつまでも残っていたり、夜の街を遊び歩いたり・・・。 なんだ、その生活は? 幸せになりたくて、結婚したんじゃないのかい? 一体、何やってんだ、あんた?
子供がまた・・・。 小さい内は、可愛いというより、うるさい。 大きくなると、厄介者でしかない。 親を、財布くらいにしか思っていない。 グレでもした日には、毎日が、地獄。 それでいて、今の子供は、親の老後の面倒なんか、見てくれません。 あなた自身が、親の面倒なんか、見たくないでしょうが。 一体、子供って、何なんだよ?
そういう、結婚の悪い点ばかり見ると、生涯独身は、気楽でいいなあ。 人生計画が立て易いのも、素晴らしい利点だ。 配偶者や子供といった、不確定要素がないからです。 親の面倒だけ見れば、後は、自由。 楽だなあ。 人生、遊んでいるようなものだな。 いや、それでも、若い人に、生涯独身を勧めはしませんがね。
結婚に関連する、幸不幸の4段階というのがありまして、 幸福な順に並べると、
1. 結婚して、うまく行った人。
2. 生涯独身者。
3. 結婚して、うまく行かず、離婚した人。
4. 結婚して、うまく行かなかったが、諸般の事情で離婚できない人。
と、なります。 結婚して、うまく行けば、それが一番幸せなのは、誰も異論がないでしょう。 「結婚して、うまく行かなかったが、諸般の事情で離婚できない人」は、現状、敵と暮らしているわけだから、最も不幸です。 生涯独身者が、「結婚して、うまく行かず、離婚した人」よりも、幸福なのは、離婚に至るまでの、嫌な記憶がないからです。
特に、仕事を引退すると、閑になるせいで、過去の嫌な記憶が蘇えって来る事が多くなります。 離婚前の険悪極まりない関係の記憶が、どれだけ、その人を苦しめる事か。 離婚した相手との、いい記憶なんて、あり得ません。 離婚の時の、嫌な記憶で、全て塗り潰されてしまうからです。
それと同じ理屈で、恋愛に縁がない人は、「恋多き女」とか、「モテモテのイケメン」などを、羨ましがる必要は、全くありません。 彼らは、何人もの相手と交際したせいで、別れに至る嫌な記憶が、折り重なり、脳を埋め尽くし、ドロドロのグジャグシャになっています。 一度汚染された記憶は消えませんから、引退後の生活は、嫌な記憶との、地獄の戦いになるでしょうねえ。 むしろ、憐れんでやるべき人達なのです。
閑話休題。
性別比が、半々くらいの職場なら、自然と組み合わせが出来て、職場結婚で、ほとんどが片付いてしまいます。 近年、職場結婚の比率が下がっているそうですが、中高年ジジイどものセクハラが原因で、若者まで、職場で異性を探すのを、ためらっている模様。 とんだ、とばっちりで、気の毒な事です。 頭のおかしい、ジジイどもが! もう、5歳離れたら、異性にちょっかいを出すのは、よせというのよ。 遊びのノリで、年下世代の人生を邪魔するな! 馬鹿どもめ!
職場結婚が優れているのは、相手の素性が分かり易い事です。 結婚するとなると、人間関係に、親や兄弟姉妹、親戚まで関わって来るので、素性が胡乱な相手を選ぶわけには行きません。 悪い相手と結婚すると、迷惑が及ぶ範囲が、自分が責任を取れる範囲を、簡単に超えてしまうのです。
とりわけ、反社系、政治系、宗教系は、まずい。 自然に知り合って、仲良くなってから、相手が、その手の関係者と分かって、家族から猛反対されるのは、よくある話。 押し切って、結婚する場合、家族と縁を切るしかないです。 職場結婚だと、その種の危険が少ないのです。 相手の人柄も、第三者の情報で分かるから、ギャンブル狂や、酒乱などを、予め、避ける事もできます。 給与・賞与の額、将来性まで、大体のところが分かるんじゃないでしょうか。
性別比が偏っている職場の場合、あぶれている性別の方が、相手を見つけるのは、至難の業です。 独身者が多過ぎて、友人の紹介システムも、機能しません。 私が一番長く勤めた会社も、そういう所でしたが、別に、外見が悪いわけでもないのに、独身のまま、40歳を超えてしまった人達が、うじゃうじゃいました。 40歳を超えると、結婚できる確率が、1パーセントを割ってしまうので、彼らは、みな、生涯独身になったわけだ。 気の毒に。 勤めた会社が悪かったんですなあ。
断っておきますが、すでに、見合い制度というのは、なくなっているので、そちらに期待しない方がいいです。 ドラマの世界は、時代感覚が異様に鈍く、未だに見合いが行われている事になっていますが、現実世界では、1990年代半ば頃には、もう、機能しなくなっていました。 消滅してから、すでに、四半世紀以上を経ているので、仲介していた人達は、とっくにやめているわけで、いくら待っても、縁談は来ません。
どうしても結婚したいけれど、職場では見つけられないというのなら、若い内から、結婚相談所に登録しておいた方がいいのでは? あまり、うまく行った例を知りませんが、他に手がないので、致し方ない。 ただし、結婚相談所は、営利組織であり、目的は、会員から、お金を取る事であって、会員の成婚ではないので、不誠実な対応を取られる事もあります。 紹介はしてくれたが、相手は、隣の県に住んでいる人だった、というのは、全国展開している大手の相談所では、よくある話。
「そんな遠くに住んでいる人と、どーやって、交際すんだよ?」
「それは、あなたの熱意次第です」
言われそうだなあ。
昨今流行の、「SNSで知り合う」というのは、まだ、本当にうまく行くのかどうか分からないので、慌てて、飛びつかない方がいいです。 相手の素性が分からない点は、自然に出会うパターンと同じでして、ネット上は、詐欺師が暗躍し易い場でもありますし、今後、騙されるケースが続出して、数年したら、すっかり下火になってしまう事も考えられます。
結婚して、うまくやっているつもりでいたのに、ある日、家に帰ったら、「もう、耐えられません。 捜さないで下さい」という置き手紙があり、預金通帳の残高が、0になっていた、なんてケースが、続々と出て来たら、誰でも、警戒するようになるでしょう。 堅実な今の若者なら、尚更です。
飲み屋に通って、金で、水商売の相手を落とし、結婚に持ち込む、というのは、昔も今も、例があると思いますが、お金がかかりそうですねえ。 そんな事に費やすくらいなら、趣味にでも使った方が、お金が活きるでしょう。 あと、借金を抱えているなど、訳ありの相手を見つけ、返済の肩代わりで、恩を売って、結婚に持ち込む、という作戦を夢想した人もいると思いますが、よせよせ、下心全開の奴に、恩義を感じる人間なんているものかね。 それこそ、「もう、耐えられません。 捜さないで下さい」という置き手紙になってしまいますよ。 光景が目に見えるようだな。
ちなみに、自然恋愛で結婚に至るケースは、実際には、稀です。 ドラマや映画の中だけの、創作だと言ってしまってもいい。 イケメンや美女は、結婚はするけれど、実は、彼らは、恋愛をしていません。 外見目当てに、近づいて来た相手に、「まあ、こいつでもいいか」という許容をしているだけ。 私は、それを、「許容婚」と呼んでいます。
一見、相思相愛に見えて、実は、恋愛をしているのは、一方だけで、もう一方は、情にほだされて、OKしただけ、というのも、許容婚ですな。 結婚適齢期に、自分に近づいて来る相手で、我慢できないほど、外見や人格に問題がなければ、誰でも良かったんだよ。 そういうケースは、多そうだな。 相思相愛による、純然たる恋愛結婚は、非常に例が少ないと思います。
なんだか、新入社員へのアドバイスというより、ただの、恋愛論になってしまいましたなあ。 この話は、このくらいで、やめておきましょう。
【異常編】
これは、書いておかなければならないと思うのですが、社会人の世界では、精神異常者、性格異常者は、確実にいます。 学生の頃に目立たないのは、問題がある子供は、予め、別扱いにされてしまうからです。 社会人になってから、異常になった人の場合、仕事に大きな支障を来たさないのであれば、そのまま、働き続けるので、学校よりも、実社会の方に、異常タイプが多いという理屈です。
人数が少ない職場なら、一人もいない、つまり、全員、正常という事もあります。 30人くらいの集団になると、一人二人、含まれています。 入社してから、退職するまで、ずっと同じ職場というのは、稀なので、大概の人は、現役の間に、一人くらいは、異常者と同じ所で働く事になると思います。
精神・性格異常者は、身体的な障碍者とは、別ものだと思わなければなりません。 必要なのは、協力や手助けではなく、警戒です。 そういうタイプは、周囲に悪影響を及ぼすのです。 確かに、気の毒ではあるが、同情するゆとりなどないのであって、何とか、悪影響を受けないように、こちらで、努力しなければなりません。
たとえば、5・6人くらいのグループで仕事をしているとして、その中に、一人、異常者がいると、次第に、周囲が悪影響を受けて、いつのまにか、グループ全体が、異常な事をし始めます。
「一人、頭がおかしいのがいるけれど、他の者は、まともなんだから、周囲の好影響で、おかしな奴も、まともになって来るさ」
それが、大間違いなんだわ。 究極の思い違いなんだわ。 実際に起こる事は、真逆です。 異常者の悪影響で、全員が、おかしくなってしまうのです。 嘘みたいですが、私は、実例を、いくつか見ています。
理屈は単純でして、まともな人間は、常に他者に気を使って暮らしているので、妥協できるところは、他者に合わせようとします。 それは、相手が異常者であっても、変わりません。 ところが、異常者は、周囲に気を使ったりしません。 異常者にとって、他者というのは、敵か、虫ケラか、依存対象か、そのどれかでしかないのです。 相手に合わせるなどという事は、一切しません。 異常者が、まともな人間に合わせず、まともな人間が、異常者に合わせているのだから、全員、異常になってしまうのは、理の当然。
一対一のつきあいでも、同じ事が言えます。 異常者の影響の方が、圧倒的に強いんだわ。 まともな方は、異常者に合わせてしまうから、ミイラ獲りがミイラになってしまうんだわ。 自殺したいと訴える親友を説得しようとしたのに、逆に自殺願望をうつされて、一緒に死んでしまう女子中学生というのが、時折り、ニュースになりますが、あれも、同じパターンですな。 うつされた方の遺族は、やり場のない怒りで、地団駄踏んでも、踏み切れないでしょう。
配属先に、明らかに、おかしい人間がいた場合、どうすればいいのか? 距離をおければ、それに越した事はないですが、相棒になって仕事をしなければならない場合など、どうしても、逃げられない時もあります。
「あんたは、異常だ! 俺に話しかけるな!」
と言ったら、喧嘩になりますわな。 上司に言っても、その上司まで、異常者の悪影響を受けて、おかしくなっていて、取り合ってくれないかも知れません。 もう、しょうがない。 異常者に合わせるしかないです。 ただし、表面的にだけ。 芯の部分では、自分をしっかりと保っておき、異常者の考え方に、完全に毒されてしまわないように、頑張るしかありません。
良くしたもので、異常者というのは、異常であるが故に、仕事に支障が出る事が多く、何年かすれば、他の職場にうつされて、いなくなる事が期待できます。 そのグループに、仕事上のトラブルばかり起こっていたり、成績が極端に悪くなっていたりしていた場合、もっと上の上司が、「あそこは、何か、問題があるのか?」と思い、調べて行くと、「実は、一人、おかしな奴が入ってから、変になったんです」と、指摘する者がいて、異常者の存在が露顕するわけだ。 さりとて、クビにもできないので、何か理由をつけて、他へ移されるだけなのですが。
そのつもりで、観察していれば分かりますが、異常者がいなくなると、おかしくなっていたグループが、次第に、まともに戻って行きます。 元から、おかしかったわけではない人達だから、異常の発信源がなくなると、正気に戻るわけだ。 本人達は、異常者に振り回されていた事に、気づいていない事が多いです。
読書習慣がある人なら、一般向けに書かれた精神医学の本を何冊か読んでおくと、異常者の類型が頭に入って、見分け易くなります。 ネット上で読める解説だけだと、おぼろげにしか分かりませんが、それでも、何も知らないよりは、マシ。 「被害妄想」、「統合失調症」、「うつ病」、「双極性障碍」、「アスペルガー症候群」あたりから、検索して行くのがいいと思います。
被害妄想の患者は、分かり易いです。 護身用に、刃物を鞄に入れていたりするので。 しかも、それを、周囲に見せたがります。 職場の休憩時間に、異常者らしく、唐突に、刃渡り20センチもあるナイフを見せて、
「これこれ。 なかなか手に入らなくてさあ。 やっと、ネット・オークションで、落としたよ」
と、世間話のように軽く言うのですが、その心は、
「俺は、こういう物を持っているんだぞ。 俺に害を加えたら、ブスリと行くぞ」
と、アピールしたいんでしょう。 脅しておけば、攻撃して来ないだろうと考えているわけだ。 それだけでも、怖いですが、もっと、前のめりに、「やられる前に、やれ」という発想に走る奴もいるので、油断なりません。 冗談じゃないよ。 どうして、そんな物騒な奴と、同じ所で働かなきゃなんないんだよ。
車のトランクに、バットや斧といった、武器になる物を入れてある奴というのも、そのケがあります。 他の車が、車線変更で、前に入って来ると、それを、自分への攻撃とみなし、前に回りこんで、相手の車を停めさせ、トランクから出したバットを、ブンブン振り回しながら、
「出て来い、この野郎! ナメやがって! 殺してやる!」
となるわけだ。 昨今、頻繁に、ニュースになる、あおり運転の加害者なんて、ほとんど、そういうタイプなのでは? 彼らを送り込むべき所は、刑務所ではなく、精神科の病院ですな。 刑務所に何年入ったって、被害妄想は、治らんわ。
被害妄想は、根を辿れば、他者に対する不安から出ています。 他者が、怖くて仕方がない。 で、「やられる前に、やれ」になるのです。 同じ、他者への不安から出ていても、怖さが、対抗心に勝った場合、他者から逃げ出すようになり、それは、うつ病という事になります。 被害妄想の凶暴さに比べれば、うつ病の方が、まだ、マシですが、それは、他人の立場での話。 家族は、たまったものではありませんな。
「被害妄想の患者は、分かり易い」と書きましたが、それは、見る側に、精神医学の基礎知識がある場合でして、そうでない人は、気づかない場合が多いです。 Aに、明々白々、被害妄想の症状が出ているのに、その件について、Bに話をすると、Bは、
「いやあ、別に、Aを、精神異常とは思わないな。 ちょっと、変だけどな」
と、問題にしようとしない。 おかしいとは分かっているのに、知識がなくて、診断ができないのです。 この、周囲が異常に気づかないというのが、怖いんだわ。 どんどん、異常者の悪影響に浸食されて行きます。 身体障碍者と混同してしまって、むしろ、障碍者との共生意識がしっかりしている人ほど、精神・性格異常者を、そのまま受け入れてしまう傾向があります。 それ即ち、自分も異常になるという事なのですが・・・。
下手に、異常者本人に指摘したりすると、本人は、自分を異常とは思っていませんから、喧嘩になります。 常日頃、武器を持ち歩いているような奴と、喧嘩になったら、無事では済みません。 向こうは、一気に追い詰められて、命がけですから、こちらが殺されても、不思議ではない。 上にも書きましたが、正常者の好影響で、異常者を治す事はできないので、何とか、悪影響を最小限にして、乗り切るしかないです。
職場結婚をしようとしている、専ら、女性に忠告ですが、相手の男が、アスペルガー症候群でないか、よく見極めてからにした方がいいです。 もし、そうだったら、結婚なんて、とんでもない。 自然に、別れる作戦を練らなければなりません。 アスペルガー症候群は、病気と言うより、性格でして、薬で治るものではないです。 周囲に、知識のある人がいて、女性の方に忠告しても、結婚前は、あばたもえくぼになっていますから、聞き入れてくれません。
「彼って、クールだから」
違うよ。 異常性格アスペルガーなんだよ。 そのまま結婚して、結局、耐えられなくなり、良くて、別居、悪くて、離婚という事になります。 ほとんど、コースが決まっているのだから、最初から避けた方が、嫌な思いをしなくて済みます。 まったく、アスペルガー症候群の夫に振り回された記憶なんて、思い出したくないよなあ。 人生の汚点でしかない。
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