読書感想文・蔵出し (105)
読書感想文です。 クリスティー文庫が続きます。 今回、全部、トミーとタペンス物。 割と最近作られたドラマ版が、ひどい出来だったので、印象が悪くなり、当初、読まないつもりでいたんですが、冊数が少ないので、読んでみたら、ドラマほど、つまらないものではなかった、というところでしょうか。
≪NかMか≫
クリスティー文庫 48
早川書房 2004年4月15日/初版
アガサ・クリスティー 著
深町眞理子 訳
沼津図書館にあった文庫本です。 長編、1作を収録。 【NかMか】は、コピー・ライトが、1941年になっています。 約409ページ。 「トミーとタペンス」シリーズの、国際スパイ物。 と言っても、イギリス国内から出ませんが。
若い頃の冒険から、20年近くが経ち、結婚して、子供も二人いる、トミーとタペンス。 ナチス・ドイツとの戦争が迫り、国の役に立ちたいと思っているものの、歳のせいで、相手にされない。 そこへ、トミーだけが、情報局から、対独協力者を探り出す仕事を与えられる。 南海岸にある、問題のゲスト・ハウスへ向かうと、宿泊者の中に、別名で潜り込んでいるタペンスがいて・・・、という話。
ポワロは、ほとんど、歳を取りませんし、マープルも、僅かずつしか歳を取りませんが、トミーとタペンスは、実際の年数分、歳を取ります。 推理小説ではないから、パズル的な要素が薄く、リアリティーを保つ為に、そうしたのかも知れません。 子供が、すでに大きくて、ほぼ 大人になっているというのは、些か、違和感がありますが、まあ、些か程度です。 二人とも、中年になっても、人格的には、若い頃と変わりません。
「N」、「M」というのは、対独協力者を指す符牒。 原題は、「N or M?」で、「Nか、Mか」という意味ですが、どちらであるかは、あまり意味がありません。 「対独協力者は、Nか、Mか」ではなく、それぞれ、別の人物を指していて、つまり、二人いるわけです。 誰が、Nで、誰が、Mか、という事も、あまり 意味がないです。 元のタイトルが、内容とズレているんですな。
スパイ捜しは、犯人捜しと同じですから、フー・ダニット物と言ってもいいんですが、誰が怪しいかを推理しながら読むのは、まず、不可能。 謎解きを読んで、「ああ、そういう事」と納得するのみです。 実際、トミーが見つける一人は、全くの偶然で、素性がバレます。 そんなの、読者に推理できるわけがないです。
【秘密機関】同様、危ない目に遭うのは、トミーの担当でして、タペンスの方は、身に危険が及ぶ事はありません。 専ら、知識労働で、謎解き担当。 タペンスに、スマートさは感じても、他の、ノン・シリーズ長編のヒロイン達のような、逞しさを感じないのは、そのせいでしょう。 私は、そもそも、国際スパイ物も、冒険物も、好みではないから、どうでもいいのですが。
【秘密機関】に比べると、フー・ダニット物の体裁を備えている分、推理小説ファンにも、読み易いです。 謎解きも、そこそこ、面白い。 しかし、ゾクゾク感は、ほとんど、ありません。 トミーの危難で、ゾクゾクする読者がいたら、それは、冒険アクション物が好きな人達だと思います。
≪親指のうずき≫
クリスティー文庫 49
早川書房 2004年9月15日/初版
アガサ・クリスティー 著
深町眞理子 訳
沼津図書館にあった文庫本です。 長編、1作を収録。 【親指のうずき】は、コピー・ライトが、1968年になっています。 約458ページ。 「トミーとタペンス」シリーズは、国際スパイ物でしたが、この作品は、推理小説と、冒険物のハイブリッドです。
すっかり 歳を取った、トミーと、タペンス。 高齢者施設に叔母を見舞いに行った時、タペンスが、見知らぬ高齢女性から、「暖炉の奥の壁に子供を塗り込んである」と聞かされる。 老人の戯言と思って、その場は聞き流したが、その後、叔母が他界し、その高齢女性は、施設から連れ出されてしまった。 高齢女性から叔母に送られた絵があったのだが、そこに描かれた家に見覚えがあったタペンスは、記憶を手繰って、家を探し当て・・・、という話。
これだけでは、まだ、冒頭の内です。 連れ出されてしまった高齢女性が、危険な目に遭っているのではないかと心配して、その行方を追うというのが、全体のストーリーの流れです。 その家がある土地では、かつて、子供が何人も殺される事件が起きていて、更に、大規模な窃盗団が、何軒もの空き家をアジトにしているというモチーフが加わります。
いずれのモチーフも、本筋に関係して来ますが、異質な物を無理に組み合わせたような、収まりの悪さを感じないでもなし。 しかし、失敗している、というほどでもないです。 1968年というと、クリスティーさんは、もう、晩年に入っていまして、ポワロ物やマープル物でも、地味なストーリー展開が普通になっていました。 それと同類の、「もたれ」が感じられるという程度の事。
冒険をするのは、専ら、タペンスの方で、トミーも、出番は確保してあるものの、これは、冒険とは言えません。 サポートすらしておらず、行方不明になったタペンスを捜すが、見つけられず、娘から教えてもらう有様。 パッとしませんなあ。 そもそも、夫婦スパイですら、無理があったのを、夫婦探偵にしたら、もっと、無理が出てしまい、見せ場の配分が、うまく行かなかったものと思われます。
絵に描かれた家を探す件りは、かなり、ゾクゾクします。 このゾクゾク感は、完全に推理小説のもので、スパイ物の、ハラハラ・ドキドキ感とは、全く別物。 その点でも、この作品が、推理小説の作法で作られている事が分かります。 強いて、何を探すなら、タペンスの記憶と、絵が描かれた経緯に、関係がないという事ですかねえ。 タペンスの記憶は、単に、そういう家がある景色を見た事があるというだけで、絵に纏わる過去の事件とは、何の関係もないのです。 その点、偶然が過ぎると言えば言える。
どうも、貶す流れになってしまいましたが、国際スパイ物に比べたら、遥かに、読み応えがある作品です。 推理小説のファンで、トミタぺ・シリーズを敬遠している人でも、この作品は、読んでおいて、損はありますまい。
ちなみに、作品名の、「親指のうずき」というのは、タペンスが、事件を察知すると、親指がうずくというところから、つけられたもの。
≪運命の裏木戸≫
クリスティー文庫 50
早川書房 2004年10月15日/初版
アガサ・クリスティー 著
中村能三 訳
沼津図書館にあった文庫本です。 長編、1作を収録。 【運命の裏木戸】は、コピー・ライトが、1973年になっています。 約454ページ。 「トミーとタペンス」シリーズ。 辛うじて、国際スパイ物に分類できる内容。
75歳くらいになった、トミーと、タペンス。 古い屋敷を買い、引っ越したところ、残されていた蔵書の中から、過去に、その屋敷で、殺人事件があったという意味の暗号を読み取ってしまう。 詮索好きの血が騒ぎ、夫婦揃って、屋敷の過去の住人について、聞き取り調査を始めるが、最も事情に詳しい庭師の老人が殺されて・・・、という話。
解説によると、クリスティーさんの、最後の作品のようです。 80歳を超えている人が書いたものとは思えないほど、みっちり書き込まれていますが、その一方で、ストーリーの構成が緩くて、一体、何を書こうとしているのか、読んでいて、分からなくなってしまうところが、ちょこちょこと出て来ます。
まず、トミーとタペンス物を書きたいと思った。 ところが、筆を進める内に、書き慣れている推理小説的な話になってしまった。 で、やっぱり、トミーとタペンス物の、本来のジャンルで有終の美を飾りたいと思い、急ハンドルを切って、強引に、国際スパイ物に持って行った。 下司の勘繰りとしては、そんなところでしょうか。
買った家に残っていた本の中から、暗号を読み取ってしまう出だしは、作者の年齢を感じさせないくらい、優れていると思います。 問題は、その後でして、何せ、とっくに死んだ人が遺した暗号なので、関係者は、みな他界しており、聞き取りをすると言っても、昔話の、また聞きの、また聞きみたいな、いい加減な情報が多い。 推理物で、いい加減な情報が羅列されると、どれを信じていいのか分からず、読者は、困ってしまうんですわ。
玩具の木馬の腹の中から、昔の文書が出てくる件りは、コリン・デクスターさんの、≪オックスフォード運河の殺人≫を思わせるところがありますが、そちらは、1989年の作なので、こちらの方が、ずっと早いです。 デクスターさんは、当然、クリスティー作品を読んでいたんでしょうな。
それ以外には、印象に残る場面がないですねえ。 新たに、殺人事件と狙撃事件が起こるので、犯人はいるんですが、逮捕場面が、遠回しに描き方になっているせいで、しゃっきりしません。 劇的な逮捕場面を考えるのが、億劫になってしまったのかも知れませんな。 飼い犬が活躍するものの、犬が主人公の話ではないから、どうも、ピントがズレているような感じが拭えません。
最後に、諜報機関の大物の口を借りて、犯人の素性や、昔の事件の裏事情を語らせ、国際スパイ物に仕立てているわけですが、無理やり感が強いですねえ。 諜報機関の面々ですが、そんなに、何でもかんでも、分かっているのなら、殺人が起こる前に、止めればいいのに。 無能を曝け出しているのでは?
全編を通じて、「こんな瑣末な事に、何行も使う意味があるのか?」と思うような、ダラダラした書き方が特徴的で、独特の味わいがあるのも事実ですが、悪く言えば、締りがないです。 偉大な作家の最終作に、この感想は、酷か・・・。
≪おしどり探偵≫
クリスティー文庫 52
早川書房 2004年4月15日/初版
アガサ・クリスティー 著
坂口玲子 訳
沼津図書館にあった文庫本です。 短編、15作を収録。 【おしどり探偵】は、コピー・ライトが、1929年になっています。 本全体のページ数は、約434ページ。
【アパートの妖精】 約14ページ
結婚生活に退屈していたトミーとタペンス。 情報機関のお偉方に要請されて、ある探偵事務所に居抜きで入り、探偵業を始める。
この回は、プロローグで、何が起こるわけでもありません。 タイトルは、晩年に、妖精の研究に没頭していた コナン・ドイルに因んだもの。
【お茶をどうぞ】 約22ページ
探偵事務所を始めたものの、なかなか、依頼人が来ずに、暇を持て余していた、トミーとタペンス。 そこへ、失踪した彼女を探して欲しいと言う青年が飛び込んで来る。 24時間以内に解決すると大見得を切ったタペンスだったが・・・、という話。
この回も、まだ、事件は起こりません。 しかし、事件もどきが起こります。 短編だと思って油断していると、「あっ!」と驚かされます。 さすが、タペンス、というか、さすが、クリスティーさん。 この回は、シャーロック・ホームズ物のオマージュが盛り込まれています。
【桃色真珠紛失事件】 約32ページ
24時間以内に解決するという宣伝文句を信じて、探偵事務所に やって来た依頼人。 屋敷で、貴重な真珠が、枠だけ残して、奪われる事件が起こったという。 トミーとタペンスが乗り込んで行き、24時間以内に解決する話。
法医学者の探偵、ソーンダイク博士物のオマージュ作品。 たまたま、写真術に凝っていたトミーが解決します。 タペンスは、珍しく、活躍の場面がありません。
【怪しい来訪者】 約30ページ
「何者かに家捜しをされた形跡があるから、一緒に張り込んで欲しい」と、依頼されて、引き受けたトミー。 その直後に、警察関係者がやって来て、「その話は、あなたを おびき出し、探偵事務所を留守にさせる為の罠だから、逆に、探偵事務所で張り込んで、犯人を捕まえよう」と持ちかける。 その通りにしたトミーだったが・・・、という話。
この回も、何かの作品のオマージュになっていますが、元ネタを知らないので、どう面白いのか、分かりません。 ストーリーの方は、ドンデン返し物で、推理小説より、冒険小説で使われる事が多いもの。 既視感が強く、楽しめるというレベルではないです。 窮地に陥ったトミーを、タペンスが助けるのは、トミ・タペ・シリーズらしい展開です。
【キングを出し抜く】 約30ページ
新聞で、謎めいた通信を見つけた、トミーとタペンス。 仮装して、ある店の舞踏会場へ出かけて行くと、個室の一つで、女性が刺されているのを発見する。 最期に、犯人の名前を告げて、彼女は死んでしまった。 その名前の主は、彼女が夫と住む家に同居している夫の友人で、夫は、友人が犯人である事を、頑強に否定したが・・、という話。
クリスティーさんお得意の、なりすまし物。 今でも、2サスのトリックで、こういうものが使われる事があります。 登場人物が少ないので、フー・ダニットにはなりようがなく、犯人を当てられる読者も少なくないと思います。
【婦人失踪事件】 約26ページ
太った女と、太った犬が嫌いだという、北極探検家の男。 探検に出て、予定より、2週間 早く、ロンドンに帰って来たら、婚約者の女性が行方不明になっていた。 捜索を引き受けたトミーとタペンスは、僅かな手がかりから、推理を働かせて、失踪女性の元に辿り着くが・・・、という話。
僅かな手がかりというのは、失踪女性が打った電報の発信地の名前でして、州名が付加されるのは、同じ名前の土地が、別の州にある場合だけだと、気づくわけです。 この作品の面白さは、そこに尽きます。
オチがある話でして、「なるほど、そういう事もあるか」と思うか、「馬鹿馬鹿しい」と感じるかは、人によりけりでしょう。 私は、こういう軽いオチは、好きな方ですけど。
【目隠しごっこ】 約24ページ
閑な時間を、探偵術のトレーニングに使おうと、両目を塞ぐ眼帯をして、盲人探偵の真似を始めた、トミー。 タペンスと共に、昼食に出かけた店で、公爵を名乗る男から依頼を受け、盲人のまま、その男の家へ連れて行かれるが、実は・・・、という話。
推理物ではなく、 冒険アクション物。 冒険アクションは、長編だと、嘘臭さというか、フィクション性が際立ってしまいますが、短編だと、そういう欠点が分からない内に終わるから、そこそこ、楽しめますねえ。 些か、トミーの用意が良過ぎるような気がせんでもないですが。 タペンスは、この作品では、サポート役。
【霧の中の男】 約32ページ
トミーが、有名な女優から、相談の依頼を受け、タペンスと二人で、女優が滞在している家へ向かう。 霧の中で、警官の幽霊が出たかと思いきや、本物の警官で、彼に教えられた家まで来ると、取り乱した青年が玄関から出て行くのを目撃する。 家の中では、女優が殺されていて・・・、という話。
ヴァン・ダインの二十則に抵触していますが、この程度なら、アンフェア扱いされないでしょう。 そもそも、短編だし。 登場人物が少な過ぎて、割と簡単に、犯人が分かってしまいます。 犯人の職業も然る事ながら、犯人と被害者の関係には、ハッとさせられます。
【パリパリ屋】 約28ページ
警察から、贋札一味の根城に潜入する捜査を依頼されたトミーとタペンス。 贋札工場をつきとめたトミーが、扉に×印を付けた上で、中に入ると、悪人達に囲まれてしまう。 ×印は気づかれて、他の家の扉にも同じ印をつけられてしまった。 なぜか、贋札作りの家の周囲には、猫が集まっていて・・・、という話。
扉に×印というのは、【アリババと40人の盗賊】ですな。 クリスティーさんが、古典のモチーフを、そのまま使うわけはなく、もう、一捻りしてあります。 ちょっと、シンプル過ぎて、肩透かしを覚えてしまう話。
【サニングデールの謎】 約26ページ
ゴルフ場で男が殺された事件が、世間を騒がせていた。 レストランに食事に来ていた トミーとタペンスが、その場から一歩も動く事なく、新聞記事の情報だけで、謎を解いてしまう話。
いわゆる、揺り椅子探偵物です。 ゴルフ場の事件の方は、被害者のゴルフの腕前が、途中から、急に下手になったというところから、すりかわりを疑う、というもの。 やはり、基本的過ぎて、肩透かしを覚えますが、全体のバランスはいいです。
【死のひそむ家】 約36ページ
送られて来たチョコレートに毒を盛られて、屋敷の中に送り主がいるらしい事に気づいた若い女性が、捜査依頼に来る。 トミーとタペンスが、屋敷に乗り込んで行こうとした矢先、食事に盛られた毒で、依頼者を含む数人が死に、一人が辛うじて生き残った事を知る。 屋敷に赴いて、捜査を始めると、医学書を自室に置いていた者がいて・・・、という話。
これは、今では使われませんが、毒物物としては、よくあるモチーフを使っています。 ある条件の違いで、同じ毒を飲んでも、死ぬ人と、死なない人がいるわけですな。 依頼人が死んでしまうのは、短編としては、ちと、残念過ぎるでしょうか。
【鉄壁のアリバイ】 約36ページ
好きになったオーストラリア人女性から、アリバイ崩しの謎解きを挑まれた青年が、トミーとタペンスの事務所に依頼して来る。 その女性が、同じ時刻に、遠く離れた二つの場所にいたというのだが、証人に聞き込みをすればするほど、誰も嘘をついているようには思えず・・・、という話。
これは、ネタバレさせる価値もないほどの、古典的なモチーフを使っています。 女性が、オーストラリア人で、身元を調べるのに、手間がかかるというのが、話の味噌。 この短編シリーズ、斬新なアイデアで読者を魅了しようなどというつもりは全くなくて、トミーとタペンスを、探偵小説の古典的モチーフの中で動かして見せただけ、という感じですねえ。
【牧師の娘】 約32ページ
伯母から遺産を受け継いだ、牧師の娘。 伯母は、資産家だと聞いていたが、いざ 相続してみると、屋敷以外には、財産がほとんど、残っていなかった。 その屋敷を買いたいと、しつこく言って来る者がいて、断ったところ、屋敷内でポルターガイスト現象が起こり始め・・・、という話。
屋敷内のどこかに、財産が隠してあると知って、屋敷ごと買い取ろうとしたわけだ。 で、トミーとタペンスの仕事は、屋敷内での、宝探しになります。 暗号の解読も含まれていて、古典的な割には、結構、面白いです。 いや、古典的だからこそ、面白いと感じるのかも知れませんが。
【大使の靴】 約32ページ
帰国した大使が、下船する時に、鞄を間違えられたが、その後、無事に戻って来た。 ところが、後から、間違えた相手に訊くと、そんな事実はなく、鞄の事など、一切知らないと言われてしまった。 トミーが新聞に出した尋ね人に応じて、鞄の入れ違えの時に、そこにいた女性が現れ、水に濡れると浮き出る紙に書かれた港湾地図を見つけたと言うが、そこへ、暴力上等の男が殴り込んで来て・・・、という話。
地図の内容には意味がなく、トミーと女性が、警察に、地図を届けに行く道程で、捕り物劇が繰り広げられ、それが最大の見せ場になっています。 推理物というよりは、冒険アクション物。 召し使いの少年、アルバートが活躍します。 ちょっと、ピントが外れていますが、そこが、この少年のご愛嬌なところ。
【16号だった男】 約34ページ
そもそも、トミーとタペンスが探偵事務所を始めるきっかけになった、ソ連の情報員、16号が、事務所にやって来る。 テキトーに話を合わせ、タペンスが、16号に連れられて、ホテルへ食事に行くが、16号の部屋とは別の部屋に入った後、二人とも、姿を消してしまう。 トミーや、情報局の者達、アルバートらが、躍起になって、二人の行方を捜す話。
タペンスをどこに隠したか、という話。 割と、つまらない所に隠されています。 毎回、他の作家の作り出した探偵を真似て来た二人ですが、この回では、トミーが、とうとう、ポワロになり、灰色の脳細胞を使います。
総括しますと、推理物の短編集としては、一回一回は、そんなに面白いものではないです。 他の作家が作った探偵のオマージュというか、パロディーというか、そちらの方が、主な目的のように感じられます。 クリスティーさんが積極的に書きたかったのではなく、編集者から、「アイデアは、古典モチーフのパクリでいいから、トミ・タペ主役で、軽い推理物の短編シリーズを書いてくれ」と頼まれたのかも知れませんな。
以上、四冊です。 読んだ期間は、2023年の、
≪NかMか≫が、4月28日から、30日。
≪親指のうずき≫が、5月5日から、7日。
≪運命の裏木戸≫が、5月13日から、16日。
≪おしどり探偵≫が、5月17日から、20日。
まったく、他短編集の感想は、きつい。 しんどい。 書く方だけでなく、読む方も、つらいと思います。 申し訳ない。 他の人が書いた感想も、読む事があるのですが、小説を読んだ直後だから、何を言っているか分かるのであって、時間が経ってからとか、まだ、読む前とか、そういうタイミングで、感想だけ読んでも、何がなにやら、さっぱり、分からないのではないかと思います。
≪NかMか≫
クリスティー文庫 48
早川書房 2004年4月15日/初版
アガサ・クリスティー 著
深町眞理子 訳
沼津図書館にあった文庫本です。 長編、1作を収録。 【NかMか】は、コピー・ライトが、1941年になっています。 約409ページ。 「トミーとタペンス」シリーズの、国際スパイ物。 と言っても、イギリス国内から出ませんが。
若い頃の冒険から、20年近くが経ち、結婚して、子供も二人いる、トミーとタペンス。 ナチス・ドイツとの戦争が迫り、国の役に立ちたいと思っているものの、歳のせいで、相手にされない。 そこへ、トミーだけが、情報局から、対独協力者を探り出す仕事を与えられる。 南海岸にある、問題のゲスト・ハウスへ向かうと、宿泊者の中に、別名で潜り込んでいるタペンスがいて・・・、という話。
ポワロは、ほとんど、歳を取りませんし、マープルも、僅かずつしか歳を取りませんが、トミーとタペンスは、実際の年数分、歳を取ります。 推理小説ではないから、パズル的な要素が薄く、リアリティーを保つ為に、そうしたのかも知れません。 子供が、すでに大きくて、ほぼ 大人になっているというのは、些か、違和感がありますが、まあ、些か程度です。 二人とも、中年になっても、人格的には、若い頃と変わりません。
「N」、「M」というのは、対独協力者を指す符牒。 原題は、「N or M?」で、「Nか、Mか」という意味ですが、どちらであるかは、あまり意味がありません。 「対独協力者は、Nか、Mか」ではなく、それぞれ、別の人物を指していて、つまり、二人いるわけです。 誰が、Nで、誰が、Mか、という事も、あまり 意味がないです。 元のタイトルが、内容とズレているんですな。
スパイ捜しは、犯人捜しと同じですから、フー・ダニット物と言ってもいいんですが、誰が怪しいかを推理しながら読むのは、まず、不可能。 謎解きを読んで、「ああ、そういう事」と納得するのみです。 実際、トミーが見つける一人は、全くの偶然で、素性がバレます。 そんなの、読者に推理できるわけがないです。
【秘密機関】同様、危ない目に遭うのは、トミーの担当でして、タペンスの方は、身に危険が及ぶ事はありません。 専ら、知識労働で、謎解き担当。 タペンスに、スマートさは感じても、他の、ノン・シリーズ長編のヒロイン達のような、逞しさを感じないのは、そのせいでしょう。 私は、そもそも、国際スパイ物も、冒険物も、好みではないから、どうでもいいのですが。
【秘密機関】に比べると、フー・ダニット物の体裁を備えている分、推理小説ファンにも、読み易いです。 謎解きも、そこそこ、面白い。 しかし、ゾクゾク感は、ほとんど、ありません。 トミーの危難で、ゾクゾクする読者がいたら、それは、冒険アクション物が好きな人達だと思います。
≪親指のうずき≫
クリスティー文庫 49
早川書房 2004年9月15日/初版
アガサ・クリスティー 著
深町眞理子 訳
沼津図書館にあった文庫本です。 長編、1作を収録。 【親指のうずき】は、コピー・ライトが、1968年になっています。 約458ページ。 「トミーとタペンス」シリーズは、国際スパイ物でしたが、この作品は、推理小説と、冒険物のハイブリッドです。
すっかり 歳を取った、トミーと、タペンス。 高齢者施設に叔母を見舞いに行った時、タペンスが、見知らぬ高齢女性から、「暖炉の奥の壁に子供を塗り込んである」と聞かされる。 老人の戯言と思って、その場は聞き流したが、その後、叔母が他界し、その高齢女性は、施設から連れ出されてしまった。 高齢女性から叔母に送られた絵があったのだが、そこに描かれた家に見覚えがあったタペンスは、記憶を手繰って、家を探し当て・・・、という話。
これだけでは、まだ、冒頭の内です。 連れ出されてしまった高齢女性が、危険な目に遭っているのではないかと心配して、その行方を追うというのが、全体のストーリーの流れです。 その家がある土地では、かつて、子供が何人も殺される事件が起きていて、更に、大規模な窃盗団が、何軒もの空き家をアジトにしているというモチーフが加わります。
いずれのモチーフも、本筋に関係して来ますが、異質な物を無理に組み合わせたような、収まりの悪さを感じないでもなし。 しかし、失敗している、というほどでもないです。 1968年というと、クリスティーさんは、もう、晩年に入っていまして、ポワロ物やマープル物でも、地味なストーリー展開が普通になっていました。 それと同類の、「もたれ」が感じられるという程度の事。
冒険をするのは、専ら、タペンスの方で、トミーも、出番は確保してあるものの、これは、冒険とは言えません。 サポートすらしておらず、行方不明になったタペンスを捜すが、見つけられず、娘から教えてもらう有様。 パッとしませんなあ。 そもそも、夫婦スパイですら、無理があったのを、夫婦探偵にしたら、もっと、無理が出てしまい、見せ場の配分が、うまく行かなかったものと思われます。
絵に描かれた家を探す件りは、かなり、ゾクゾクします。 このゾクゾク感は、完全に推理小説のもので、スパイ物の、ハラハラ・ドキドキ感とは、全く別物。 その点でも、この作品が、推理小説の作法で作られている事が分かります。 強いて、何を探すなら、タペンスの記憶と、絵が描かれた経緯に、関係がないという事ですかねえ。 タペンスの記憶は、単に、そういう家がある景色を見た事があるというだけで、絵に纏わる過去の事件とは、何の関係もないのです。 その点、偶然が過ぎると言えば言える。
どうも、貶す流れになってしまいましたが、国際スパイ物に比べたら、遥かに、読み応えがある作品です。 推理小説のファンで、トミタぺ・シリーズを敬遠している人でも、この作品は、読んでおいて、損はありますまい。
ちなみに、作品名の、「親指のうずき」というのは、タペンスが、事件を察知すると、親指がうずくというところから、つけられたもの。
≪運命の裏木戸≫
クリスティー文庫 50
早川書房 2004年10月15日/初版
アガサ・クリスティー 著
中村能三 訳
沼津図書館にあった文庫本です。 長編、1作を収録。 【運命の裏木戸】は、コピー・ライトが、1973年になっています。 約454ページ。 「トミーとタペンス」シリーズ。 辛うじて、国際スパイ物に分類できる内容。
75歳くらいになった、トミーと、タペンス。 古い屋敷を買い、引っ越したところ、残されていた蔵書の中から、過去に、その屋敷で、殺人事件があったという意味の暗号を読み取ってしまう。 詮索好きの血が騒ぎ、夫婦揃って、屋敷の過去の住人について、聞き取り調査を始めるが、最も事情に詳しい庭師の老人が殺されて・・・、という話。
解説によると、クリスティーさんの、最後の作品のようです。 80歳を超えている人が書いたものとは思えないほど、みっちり書き込まれていますが、その一方で、ストーリーの構成が緩くて、一体、何を書こうとしているのか、読んでいて、分からなくなってしまうところが、ちょこちょこと出て来ます。
まず、トミーとタペンス物を書きたいと思った。 ところが、筆を進める内に、書き慣れている推理小説的な話になってしまった。 で、やっぱり、トミーとタペンス物の、本来のジャンルで有終の美を飾りたいと思い、急ハンドルを切って、強引に、国際スパイ物に持って行った。 下司の勘繰りとしては、そんなところでしょうか。
買った家に残っていた本の中から、暗号を読み取ってしまう出だしは、作者の年齢を感じさせないくらい、優れていると思います。 問題は、その後でして、何せ、とっくに死んだ人が遺した暗号なので、関係者は、みな他界しており、聞き取りをすると言っても、昔話の、また聞きの、また聞きみたいな、いい加減な情報が多い。 推理物で、いい加減な情報が羅列されると、どれを信じていいのか分からず、読者は、困ってしまうんですわ。
玩具の木馬の腹の中から、昔の文書が出てくる件りは、コリン・デクスターさんの、≪オックスフォード運河の殺人≫を思わせるところがありますが、そちらは、1989年の作なので、こちらの方が、ずっと早いです。 デクスターさんは、当然、クリスティー作品を読んでいたんでしょうな。
それ以外には、印象に残る場面がないですねえ。 新たに、殺人事件と狙撃事件が起こるので、犯人はいるんですが、逮捕場面が、遠回しに描き方になっているせいで、しゃっきりしません。 劇的な逮捕場面を考えるのが、億劫になってしまったのかも知れませんな。 飼い犬が活躍するものの、犬が主人公の話ではないから、どうも、ピントがズレているような感じが拭えません。
最後に、諜報機関の大物の口を借りて、犯人の素性や、昔の事件の裏事情を語らせ、国際スパイ物に仕立てているわけですが、無理やり感が強いですねえ。 諜報機関の面々ですが、そんなに、何でもかんでも、分かっているのなら、殺人が起こる前に、止めればいいのに。 無能を曝け出しているのでは?
全編を通じて、「こんな瑣末な事に、何行も使う意味があるのか?」と思うような、ダラダラした書き方が特徴的で、独特の味わいがあるのも事実ですが、悪く言えば、締りがないです。 偉大な作家の最終作に、この感想は、酷か・・・。
≪おしどり探偵≫
クリスティー文庫 52
早川書房 2004年4月15日/初版
アガサ・クリスティー 著
坂口玲子 訳
沼津図書館にあった文庫本です。 短編、15作を収録。 【おしどり探偵】は、コピー・ライトが、1929年になっています。 本全体のページ数は、約434ページ。
【アパートの妖精】 約14ページ
結婚生活に退屈していたトミーとタペンス。 情報機関のお偉方に要請されて、ある探偵事務所に居抜きで入り、探偵業を始める。
この回は、プロローグで、何が起こるわけでもありません。 タイトルは、晩年に、妖精の研究に没頭していた コナン・ドイルに因んだもの。
【お茶をどうぞ】 約22ページ
探偵事務所を始めたものの、なかなか、依頼人が来ずに、暇を持て余していた、トミーとタペンス。 そこへ、失踪した彼女を探して欲しいと言う青年が飛び込んで来る。 24時間以内に解決すると大見得を切ったタペンスだったが・・・、という話。
この回も、まだ、事件は起こりません。 しかし、事件もどきが起こります。 短編だと思って油断していると、「あっ!」と驚かされます。 さすが、タペンス、というか、さすが、クリスティーさん。 この回は、シャーロック・ホームズ物のオマージュが盛り込まれています。
【桃色真珠紛失事件】 約32ページ
24時間以内に解決するという宣伝文句を信じて、探偵事務所に やって来た依頼人。 屋敷で、貴重な真珠が、枠だけ残して、奪われる事件が起こったという。 トミーとタペンスが乗り込んで行き、24時間以内に解決する話。
法医学者の探偵、ソーンダイク博士物のオマージュ作品。 たまたま、写真術に凝っていたトミーが解決します。 タペンスは、珍しく、活躍の場面がありません。
【怪しい来訪者】 約30ページ
「何者かに家捜しをされた形跡があるから、一緒に張り込んで欲しい」と、依頼されて、引き受けたトミー。 その直後に、警察関係者がやって来て、「その話は、あなたを おびき出し、探偵事務所を留守にさせる為の罠だから、逆に、探偵事務所で張り込んで、犯人を捕まえよう」と持ちかける。 その通りにしたトミーだったが・・・、という話。
この回も、何かの作品のオマージュになっていますが、元ネタを知らないので、どう面白いのか、分かりません。 ストーリーの方は、ドンデン返し物で、推理小説より、冒険小説で使われる事が多いもの。 既視感が強く、楽しめるというレベルではないです。 窮地に陥ったトミーを、タペンスが助けるのは、トミ・タペ・シリーズらしい展開です。
【キングを出し抜く】 約30ページ
新聞で、謎めいた通信を見つけた、トミーとタペンス。 仮装して、ある店の舞踏会場へ出かけて行くと、個室の一つで、女性が刺されているのを発見する。 最期に、犯人の名前を告げて、彼女は死んでしまった。 その名前の主は、彼女が夫と住む家に同居している夫の友人で、夫は、友人が犯人である事を、頑強に否定したが・・、という話。
クリスティーさんお得意の、なりすまし物。 今でも、2サスのトリックで、こういうものが使われる事があります。 登場人物が少ないので、フー・ダニットにはなりようがなく、犯人を当てられる読者も少なくないと思います。
【婦人失踪事件】 約26ページ
太った女と、太った犬が嫌いだという、北極探検家の男。 探検に出て、予定より、2週間 早く、ロンドンに帰って来たら、婚約者の女性が行方不明になっていた。 捜索を引き受けたトミーとタペンスは、僅かな手がかりから、推理を働かせて、失踪女性の元に辿り着くが・・・、という話。
僅かな手がかりというのは、失踪女性が打った電報の発信地の名前でして、州名が付加されるのは、同じ名前の土地が、別の州にある場合だけだと、気づくわけです。 この作品の面白さは、そこに尽きます。
オチがある話でして、「なるほど、そういう事もあるか」と思うか、「馬鹿馬鹿しい」と感じるかは、人によりけりでしょう。 私は、こういう軽いオチは、好きな方ですけど。
【目隠しごっこ】 約24ページ
閑な時間を、探偵術のトレーニングに使おうと、両目を塞ぐ眼帯をして、盲人探偵の真似を始めた、トミー。 タペンスと共に、昼食に出かけた店で、公爵を名乗る男から依頼を受け、盲人のまま、その男の家へ連れて行かれるが、実は・・・、という話。
推理物ではなく、 冒険アクション物。 冒険アクションは、長編だと、嘘臭さというか、フィクション性が際立ってしまいますが、短編だと、そういう欠点が分からない内に終わるから、そこそこ、楽しめますねえ。 些か、トミーの用意が良過ぎるような気がせんでもないですが。 タペンスは、この作品では、サポート役。
【霧の中の男】 約32ページ
トミーが、有名な女優から、相談の依頼を受け、タペンスと二人で、女優が滞在している家へ向かう。 霧の中で、警官の幽霊が出たかと思いきや、本物の警官で、彼に教えられた家まで来ると、取り乱した青年が玄関から出て行くのを目撃する。 家の中では、女優が殺されていて・・・、という話。
ヴァン・ダインの二十則に抵触していますが、この程度なら、アンフェア扱いされないでしょう。 そもそも、短編だし。 登場人物が少な過ぎて、割と簡単に、犯人が分かってしまいます。 犯人の職業も然る事ながら、犯人と被害者の関係には、ハッとさせられます。
【パリパリ屋】 約28ページ
警察から、贋札一味の根城に潜入する捜査を依頼されたトミーとタペンス。 贋札工場をつきとめたトミーが、扉に×印を付けた上で、中に入ると、悪人達に囲まれてしまう。 ×印は気づかれて、他の家の扉にも同じ印をつけられてしまった。 なぜか、贋札作りの家の周囲には、猫が集まっていて・・・、という話。
扉に×印というのは、【アリババと40人の盗賊】ですな。 クリスティーさんが、古典のモチーフを、そのまま使うわけはなく、もう、一捻りしてあります。 ちょっと、シンプル過ぎて、肩透かしを覚えてしまう話。
【サニングデールの謎】 約26ページ
ゴルフ場で男が殺された事件が、世間を騒がせていた。 レストランに食事に来ていた トミーとタペンスが、その場から一歩も動く事なく、新聞記事の情報だけで、謎を解いてしまう話。
いわゆる、揺り椅子探偵物です。 ゴルフ場の事件の方は、被害者のゴルフの腕前が、途中から、急に下手になったというところから、すりかわりを疑う、というもの。 やはり、基本的過ぎて、肩透かしを覚えますが、全体のバランスはいいです。
【死のひそむ家】 約36ページ
送られて来たチョコレートに毒を盛られて、屋敷の中に送り主がいるらしい事に気づいた若い女性が、捜査依頼に来る。 トミーとタペンスが、屋敷に乗り込んで行こうとした矢先、食事に盛られた毒で、依頼者を含む数人が死に、一人が辛うじて生き残った事を知る。 屋敷に赴いて、捜査を始めると、医学書を自室に置いていた者がいて・・・、という話。
これは、今では使われませんが、毒物物としては、よくあるモチーフを使っています。 ある条件の違いで、同じ毒を飲んでも、死ぬ人と、死なない人がいるわけですな。 依頼人が死んでしまうのは、短編としては、ちと、残念過ぎるでしょうか。
【鉄壁のアリバイ】 約36ページ
好きになったオーストラリア人女性から、アリバイ崩しの謎解きを挑まれた青年が、トミーとタペンスの事務所に依頼して来る。 その女性が、同じ時刻に、遠く離れた二つの場所にいたというのだが、証人に聞き込みをすればするほど、誰も嘘をついているようには思えず・・・、という話。
これは、ネタバレさせる価値もないほどの、古典的なモチーフを使っています。 女性が、オーストラリア人で、身元を調べるのに、手間がかかるというのが、話の味噌。 この短編シリーズ、斬新なアイデアで読者を魅了しようなどというつもりは全くなくて、トミーとタペンスを、探偵小説の古典的モチーフの中で動かして見せただけ、という感じですねえ。
【牧師の娘】 約32ページ
伯母から遺産を受け継いだ、牧師の娘。 伯母は、資産家だと聞いていたが、いざ 相続してみると、屋敷以外には、財産がほとんど、残っていなかった。 その屋敷を買いたいと、しつこく言って来る者がいて、断ったところ、屋敷内でポルターガイスト現象が起こり始め・・・、という話。
屋敷内のどこかに、財産が隠してあると知って、屋敷ごと買い取ろうとしたわけだ。 で、トミーとタペンスの仕事は、屋敷内での、宝探しになります。 暗号の解読も含まれていて、古典的な割には、結構、面白いです。 いや、古典的だからこそ、面白いと感じるのかも知れませんが。
【大使の靴】 約32ページ
帰国した大使が、下船する時に、鞄を間違えられたが、その後、無事に戻って来た。 ところが、後から、間違えた相手に訊くと、そんな事実はなく、鞄の事など、一切知らないと言われてしまった。 トミーが新聞に出した尋ね人に応じて、鞄の入れ違えの時に、そこにいた女性が現れ、水に濡れると浮き出る紙に書かれた港湾地図を見つけたと言うが、そこへ、暴力上等の男が殴り込んで来て・・・、という話。
地図の内容には意味がなく、トミーと女性が、警察に、地図を届けに行く道程で、捕り物劇が繰り広げられ、それが最大の見せ場になっています。 推理物というよりは、冒険アクション物。 召し使いの少年、アルバートが活躍します。 ちょっと、ピントが外れていますが、そこが、この少年のご愛嬌なところ。
【16号だった男】 約34ページ
そもそも、トミーとタペンスが探偵事務所を始めるきっかけになった、ソ連の情報員、16号が、事務所にやって来る。 テキトーに話を合わせ、タペンスが、16号に連れられて、ホテルへ食事に行くが、16号の部屋とは別の部屋に入った後、二人とも、姿を消してしまう。 トミーや、情報局の者達、アルバートらが、躍起になって、二人の行方を捜す話。
タペンスをどこに隠したか、という話。 割と、つまらない所に隠されています。 毎回、他の作家の作り出した探偵を真似て来た二人ですが、この回では、トミーが、とうとう、ポワロになり、灰色の脳細胞を使います。
総括しますと、推理物の短編集としては、一回一回は、そんなに面白いものではないです。 他の作家が作った探偵のオマージュというか、パロディーというか、そちらの方が、主な目的のように感じられます。 クリスティーさんが積極的に書きたかったのではなく、編集者から、「アイデアは、古典モチーフのパクリでいいから、トミ・タペ主役で、軽い推理物の短編シリーズを書いてくれ」と頼まれたのかも知れませんな。
以上、四冊です。 読んだ期間は、2023年の、
≪NかMか≫が、4月28日から、30日。
≪親指のうずき≫が、5月5日から、7日。
≪運命の裏木戸≫が、5月13日から、16日。
≪おしどり探偵≫が、5月17日から、20日。
まったく、他短編集の感想は、きつい。 しんどい。 書く方だけでなく、読む方も、つらいと思います。 申し訳ない。 他の人が書いた感想も、読む事があるのですが、小説を読んだ直後だから、何を言っているか分かるのであって、時間が経ってからとか、まだ、読む前とか、そういうタイミングで、感想だけ読んでも、何がなにやら、さっぱり、分からないのではないかと思います。
<< Home