2024/12/15

実話風小説 (35) 【恋深き女】

  「実話風小説」の35作目です。 10月の中頃に書いたもの。 鼠蹊ヘルニアで、総合病院にかかり始めたけれど、まだ、検査をしている段階で、重度の糖尿病だとは知らない頃ですな。 後生がいい。




【恋深き女】

  女Aは、歌手であるが、知る人ぞ知る程度の知名度である。 もっとも、今の歌手・グループは、ほとんどが、そんなものだが。 ただし、クラブ歌手とは違い、芸能事務所に所属し、ちょこちょこと、バラエティー番組に出る事もある。 その点、有名人と見るべきであろう。

  最初は、30人もいる女性アイドル・グループの一人として、デビューした。 顔が、特にいいわけではなかったので、目立たなかった。 ただ、今時のアイドル志望にしては珍しく、歌がうまかった。 デビュー前、最初に、プロ作曲家のレッスンを受けた時に、5人一絡げの扱いだったにも拘らず、すぐに、「君、ちょっと、一人で歌ってみて」と言われ、一人で歌ったら、あまりにも、うまいので、先生だけでなく、他の4人も、あんぐり口を開けて、聞き惚れてしまった。

  30人全員のレッスンが終わった後、先生が、マネージャーに言った。

「Aって子は、うまいねえ。 驚いたよ。 今でも、あれだけ歌える子がいるんだなあ」

「そうですか。 あの子を、センターで行こうと思ってるんですよ」

  ところが、これが、勘違い。 同じ苗字の子が、3人いて、マネージャーが指していたのは、その中で、最も顔がいい子の事だったのだ。 作曲家は、レッスン生たちが胸に着けていた、名札の苗字しか記憶していなかった。

「昔だったら、ソロで、充分行けたんだが」

「80年代ですか?」

「いや、もっと前だ。 アイドル時代より前」

「そこまで遡ると、私にはもう、分かりません」

「君らの世代で分かる例というと、そうだなあ。 岩崎宏美とか、石川さゆりとか・・・」

「え? そんなに、うまいんですか?」

  マネージャーは、意外に思った。 30人の中で、顔が良い者だけ、7・8人連れて、カラオケに行った事があるが、センターを予定している子が、そんなにうまいとは思わなかったのだ。 下手でもないが、普通であった。

「デビュー前から、こんな事言っちゃ、失礼だが、もし、このグループがコケて、解散という事になったら、A君だけでも、どこか、有望そうなバンドに、ボーカルとして紹介したら、どうだろう。 埋もれさせるのは、惜しいよ」

  その先生の言う通りになった。 そのグループは、デビュー直後、テレビの歌番組に、3度出た程度で、その後、人気が盛り上がる事はなかった。 1年もしない内に、もう、解散の話が出た。 結局、1年3ヵ月で、解散。 しかし、その間に、女Aの歌のうまさに気づく者が、何人かいた。

  ステージでは、後ろの方で踊っているだけで、歌っているのかいないのか、分からないような存在だったが、仕事の関係者から誘われて、他のメンバー数人と共にカラオケに行くと、女Aのうまさを知っているメンバーが、「Aちゃん、○○、歌ってえ!」とリクエストする。 で、歌い始めると、それまで酔っ払って騒いでいた面子が、鎮まり返って、謹聴してしまうのだ。 全員、口あんぐり。 何か、薬物でも注射されたかのように、魂を奪い取られ、聞き惚れてしまう。

  グループの解散が決まった時、女Aを欲しがるバンドが、片手の指ほど、打診して来たが、マネージャーは、まだ、勘違いしていて、センターだった子を、顔合わせに連れて行き、「この人じゃありません」と、丁寧に断られたりしていた。 このマネージャーが、歌がうまいのが、女Aの事であると知ったのは、解散した後で、女Aは、他の大半のメンバーと同じく、事務所を辞め、実家に帰っていた。

  すでに、一般人になっていたので、女Aの才能を欲しがるバンドの所属事務所は、家に直接、訪ねて行って、スカウトした。 ところが、幾つかの事務所が、ほぼ同時に声をかけた事もあり、女Aは、困ってしまった。 実は、1年3ヵ月の芸能界生活で、その爛れぶりを目の当たりにし、うんざりしていたのだ。 至って、普通の家庭に育った女Aは、生き馬の目を抜くような世界に、嫌悪感を抱いていた。 歌って踊って、ファンと握手していれば、楽しいだろうと思っていた、デビュー前の気持ちには、もう戻れなかった。

  バンドのボーカルというのも、気が進まない。 大抵、他のメンバーは、男ばかりで、ボーカルだけ、女という組み合わせになる。 そういう集団では、紅一点などと言えば、華やかそうだが、その実、必ず、性関係になる男が出て来て、その男のオマケみたいな人生になってしまう。 何だか、非常に狭い世界に閉じ込められてしまうようで、想像するだけで、気が滅入った。 苦肉の回答として、

「事務所にも、バンドにも、所属しないで、コンサートやライブの時だけなら、ボーカルをお手伝いできますが・・・」

  最初は、どこの事務所も渋ったが、その内、承諾するところが出て来て、小規模なライブをやってみると、大変な好評。 ロック・バンドだったが、女Aは、音楽センスが図抜けて優れていたので、難なく要領を掴み、気持ちよく歌って、聴衆を魅了した。 そのバンドのファンが、「あのボーカルは、誰だ?」と騒ぎ出し、解散したグループ・アイドルに所属していたと聞いて、驚いた。

  助っ人ボーカルとして、重宝されるようになり、仕事が増えるに連れ、マネージメントが、自分一人では、こなしきれなくなり、以前いた事務所に、再度 所属して、マネージャーを付けてもらう事になった。 グループの頃とは違う、若い人である。 女Aの方から希望して、女性にしてもらった。 極力、芸能界の爛れに近づきたくなかったのだ。


  女Aも、20代半ばになり、そろそろ、結婚したいと思うようになった。 この点、普通の感覚なのである。 歌がうまい以外は、至って、常識的な人物なのだ。 女Aの歌唱力は、持って生まれた才能から出たもので、努力は、そこそこにしかしていないから、「一生を、歌に捧げる」などという、大袈裟な考えは、持ちようがなかったのだ。 一応、歌手をやっているけれど、ちやほやされるような人気ではないし、20代半ばで結婚して、子供も、二人くらい欲しいと思っていた。

  その為には、結婚する相手を探さなければならないが、芸能人や、業界関係者は、避けようと思っていた。 うまく行かない例を、いくらでも見ていたからだ。 どうせ、結婚するなら、一生、添い遂げたいと思っていた。 別に、古風というわけではなく、いつの時代でも、これから結婚する人は、そう思っているものである。

  たまに、仕事先で、芸能活動を続けている元グループのメンバーに会うと、必ず訊かれた。

「Aちゃん。 Zさん、誰か、分かった?」

  女Aは、首を横に振った。 「Zさん」というのは、グループ・アイドル時代からの、ファンの一人である。 しかし、コンサートなどで会った事はない。 少なくとも、誰が、Zさんなのかは、女Aは、分かっていない。 女A本人ですら知らないのだから、周囲の者は、誰も知らない。

  グループの頃、メンバー個人個人に、ブログが作られて、近況報告などをアップしていた。 センター始め、顔のいい方から、10人くらいは、ファンから、多くのコメントがつけられていた。 その他のブログは、ほぼ、開店休業状態。 誰も、コメントを書いて来ないので、本人はうっちゃらかしで、マネージャーが、グループ共通の通知を書き込む程度だった。

  ところが、女Aのブログだけ、毎回、コメントを書いて来る人がいたのだ。 それが、Zさんである。 元記事の長さに関係なく、コメントは、いつも、5行くらい。 書いてある内容から考えて、男であり、女Aよりも、5歳くらい、年上のようだ。 グループや、女Aの事について、妙に細かい事まで知っているので、最初の内は、気味が悪いと思っていたが、月並みな励ましの言葉だけでなく、知識・情報が豊富で、話題の広がりが自由自在といった態、文章が非常に面白い事に気づいた。 女Aが、歌がうまい事も知っていた。 どうも、どこかで、実際に歌っている声を聴いた事があるらしい。

  他のメンバーも読んでいて、やはり、最初は、「キモい」とか言っていたが、その内、羨ましがられるようになった。 「あたしも、Zさん、欲しいなあ」と、女Aのブログにコメントを書き込んで、略奪を計ろうとする者もいたが、Zさんの、女A推しは、不変不動だった。

  やがて、女Aも、コメント欄で、Zさんにレスを書くようになった。 事務所からは、ファンのストーカー化を恐れて、個別レスは禁止されていたのだが、グループ時代の女Aは、事務所内では、味噌っカス扱いだったので、事務所の人間は、誰も、ブログをチェックしておらず、読んでいるメンバーも、黙っていてくれた。 レスの内容が、格式ばった硬いもので、恋愛を匂わせる雰囲気に欠けていたから、問題にならなかったのである。

「結婚するなら、Zさんがいいかなあ」

  そんな事を考えたのが、何回か、十何回か、何十回か。 女Aは、Zさんの顔も知らないのだが、そんな事は問題ではなく、平和で温かい家庭が築けそうな相手を理想としていたのだ。 そうなると、自分の事を、よく分かってくれている人がいいではないか。 その内、グループが解散になり、メンバーの中で、廃業する者のブログは閉鎖された。 女Aも、生活がバタバタして、しばらくは、Zさんの事を忘れていた。


  さて、助っ人ボーカルとして、再デビューした女Aだが、年齢的に、真剣に結婚相手を探そうと考え始めた。 そのせいで、仕事を辞める事になっても、仕方がない。 自分が稼いで、ヒモのような男を養うという考えはなかった。 とにかく、生活能力がある男と結婚し、夫の理解があれば、仕事を続ける。 子供が出来て、続けられないようなら、やめるか、一時休止する。 そういう方針を固めていた。

  ふと、Zさんの事を思い出した。 以前のブログが閉鎖されてから、2年近く経っていた。 Zさんの事だから、女Aの情報は、集め続けているとは思ったが、ブログがないのだから、連絡のしようもないのだろう。 あ、もしかしたら・・。 今でも、郵便によるファン・レターを書いて来る人はいる。 アイドルの場合、人気があればあるほど、事務所で処分してしまうが・・・。

  「もしかしたら、保存してあるのでは?」と思って、今のマネージャーを通して、以前のマネージャーに訊いてもらったところ、「それらしい人から、ハガキが来ていたが、Aが事務所から外れていた頃には、全部、捨てていた。 その内、来なくなった」との返事。 残念。 しかし、こういう業界なのだから、前のマネージャーを恨んでも仕方ない。

  事務所に頼んで、ブログを再開してもらったところ、助っ人ボーカルになってからのファンが、毎日、何十人となくコメントを寄せて来た。 それはそれで、嬉しかったが、Zさんらしき、コメントはなかった。 半年以上経って、ようやく、Zさんが書き込んで来た。 ハンドルも変わらず、5行の長さも変わらない。 懐かしくて、涙が出て来た。

  しかし、以前と違って、今は、コメントを打って来る人の数が多い。 Zさんだけに、レスを書くわけには行かなかった。 マネージャーに頼んで、Zさんの素性を調べてもらったが、ブログの運営会社に問い合わせたら、「個人情報ですから」と、ピシャリ 撥ねつけられたとの事。 無理もない。 女A程度の知名度では、こっそり教えてくれるという事もない。

  「興信所を使ったら?」と、事務所のスタッフが言ってくれたが、そこまではしたくなかった。 とりあえず、Zさんが、コメントを寄せてくれるようになっただけでも、満足しなければ。 こちらが、おかしな事をして、Zさんの方で、警戒して、書き込んで来なくなったら、元も子もない。


  女Aは、知名度が少しずつ上がり、収入も増えた。 こうなると、寄って来る男がいる。 元アイドルだから、一般平均よりは、顔もいい方だし、年頃で、性的魅力も出て来た。 女Aは、芸能人や、芸能関係者は、慎重に避けていたが、ある時、「この人だ!」と思う人物が現れた。 何が、「この人」なのかというと、「この人が、Zさんだ!」と思う男が、現れたのだ。

  グループにいた時、二番目にコンサートをしたスタジアムで、支配人をしている男だった。 たまたま、助っ人ボーカルを始めてから、同じスタジアムで歌う事があって、その時、少し話をしたのだが、女Aの事を、よく知っていた。 「アイドル時代から、Aさんのファンなんですよ」と言った。 これは、業界では、社交辞令のような言葉だが、女Aは、グループ時代の自分だけのファンと言ったら、Zさんしか知らず、「もしかしたら、Zさん?」と思ったら、もう、Zさんとしか、思えなくなってしまった。

  相手の男に確認したわけではない。 「違う」と言われるのが、怖かったのだ。 Zさんだと、思いたかった。 相手の男は、名刺をくれたので、半月くらい経ってから、女Aの方から、メールを打ち、食事を一緒にした。 やはり、確認できなかったが、話をする内に、Zさんだと、決めてしまった。 アイドル時代のブログ・コメントの内容を知っていたからだ。 涙が出て来るのを、辛うじて堪えた。 その男は、もう、40代で、バツイチだったが、そんな事は、どうでも良かった。 この人こそ、私の運命の人なのだ。

  三ヵ月も交際しない内に、婚約し、半年もしない内に、結婚式を挙げた。 その間、ブログは、休んでいた。 現物のZさんと、毎日、顔を合わせ、仲睦まじく話をしているのだから、ブログなんて、必要ない。 「しばらく、お休みします」で、放っておいた。 マネジャーが、活動の告知だけ、アップしていて、「コメントが来てますよ」と、女Aに報告していたが、読む気にならなかった。

  結婚して、二ヵ月もしない内に、喧嘩が始まった。 夫が、女Aの預金を勝手に下ろして、高級車を買ったのがきっかけ。 夫の服装や持ち物も、結婚前とは様変わりして、ブランド物や金製品で固められていた。 女Aが抱いていた、Zさんの堅実なイメージとは、正反対である。

「お金の自由が利くようになって、人が変わってしまったのかな?」

  真顔で抗議したが、夫は、ニヤニヤ笑っているだけだった。 預金は、瞬く間に底をつき、あまつさえ、借金までしている事が分かった。

「どうしたら、そんなに変われるの? 私が知ってるZさんは、そんな人じゃない!」

「Zさん? 誰だよ、それ」

  女A、ギョッとした。 聞いてはならない言葉を、聞いてしまった。 だが、それ以上、喋れなかった。 確認するのが怖かったのだ。 ハッと思いついて、パソコンに走り、ほったらかしにしてあった、自分のブログを開いた。 マネージャーによる告知記事が続いている。 コメントを見る。 Zさんのハンドルと、5行の記事が、すぐに見つかった。 ほとんどの告知記事に、5行のコメントがついていた。 日付が古いところを見る。 そこだけ、1行だった。

「御結婚、おめでとうございます。 どうぞ、お幸せに」

  女A、顔色、真っ青になった。 体中の体温が、斑になり、血が渦巻き、逆巻いた。 気持ちの悪い汗が、そこら中から噴き出して来る。 もう、怖いの何のと言っていられない。 夫の腕を引っ張って、パソコンの前まで連れて来ると、きつい口調で、問い質した。

「これは、あんたが書いたんじゃないの?!」

「あぁあ! Zさんて、こいつの事か。 思い出した。 お前がアイドル時代に、ブログにコメントを書き込んでたストーカーだろ? 俺も、読んでたんだよ。 なんだ、お前。 俺を、こいつだと思ってたのか? そんなわけねーだろ。 こんな素人と一緒にすんな」

  自分は業界人のつもりなのだ。 スタジアムの支配人も、業界人と言って言えない事はないか。 それは、どうでもいいとして、女Aは、すんでで卒倒するほど、激しい衝撃を受けた。 Zさんだと思い込んで、ろくでなしのクズと結婚してしまったのだ。 使い込まれたお金も然る事ながら、性的に穢された事が、痛かった。 私は、汚れてしまった。 こんな男に・・・、こんな男に・・・。


  その日の内に、実家に帰った。 夫とは、一度も会わずに、離婚した。 弁護士が行き来し、話を纏めた。 慰謝料というより、手切れ金だが、親から借りて、300万円、渡した。 それでも、ろくでなしのクズと結婚し続けているより、マシだと思えた。


  仕事は、続けた。 意気消沈して、歌に精彩がなくなっていたのも束の間、ブログで、Zさんのコメントを読む内に、励まされ、微笑まされ、嬉しくなり、すぐに立ち直る事ができた。 Zさんへの思いが、より強く募り、恋の歌を歌わせると、神がかり的な魅力を醸し出した。 助っ人コンサートで、女Aが歌うバラードに、ロック・バンドのファン達が、手拍子も忘れ、シーンと静まり返って、聞き惚れてしまったというから、凄い。 商業音楽界では、女Aの評価は、もうとっくに済んでいたが、また注目され、著名な批評家から、再評価されるくらい、レベルが上がった。


  コンサートとは別に、ファン・ミーティングが開かれると、Zさんが来ていないか、鵜の目鷹の目になってしまう。 顔を知らないのだから、見ても仕方がないのだが、探さずにはいられないのだ。 握手会では、それらしい年配の男性ファンの顔を、しげしげ、見つめてしまう。 惚れられていると勘違いして、「二人きりで会いませんか」と手紙を手渡して来る男もいた。 いそいそと出かけようとして、マネージャーに止められた。

「Zさんて、性格的に、そういう事をしないんじゃないですか?」

  ハッと、我に返る。 その通りなのだ。 たとえ、コンサートや、ファン・ミーティングに来ていたとしても、積極的にデートに誘って来るような、欲望剥き出しのタイプではないのだ。 この世で、Zさんの事を、一番理解しているのは自分だと思っていたのに、マネージャーに指摘されて、その事に気づくとは、何たる不覚!


  「女Aは、Zというファンに、片思いしているらしい」という噂は、業界内に、静かに広がって行った。 最初の夫が作った借金を返し、親から借りた離婚の手切れ金も返し、女Aの資産が、また、数千万円台に盛り返して来た頃合を見計らって、近づいて来る男がいた。 他の芸能事務所の、社長の息子という人物。 この男は、Zさんの事をよく、研究していた。 アイドル時代の女Aのブログを、たまたま、読んでいて、昔の事も頭に入っていた。 うまく、Zさんに成り済まして、女Aを信用させた。

  女Aは、ブログで、Zさんのコメントを読み続けていたが、男は口がうまくて、Zさんのコメント内容を巧みに利用し、まるで、自分が書いているかのように装った。 その上で、「もう、僕達に、ブログは要らないだろう」と言って、ブログを閉鎖させてしまった。

  婚約、結婚。 たちまち始まる、夫の浪費。 今度は、凄い。 高級車3台、スーパー・カー1台。 20人乗れるクルーザーまで買った。 毎晩、夫の友人・知人を集めたパーティーが繰り広げられ、女Aは、眠る事もできない。 マネージャーが言った。

「何だか、Zさんらしくないですね」

「うん・・・」

  試しに、マネジャーに頼み、夫に内緒で、ブログを再開してもらった。 一ヵ月くらいしてから、Zさんのコメントがあった。

「御再婚、おめでとうごさいます。 お幸せに、お過ごしですか?」

  女Aは、仕事の出先で、スマホの画面を見ながら、声を上げて泣いた。 まんまと、騙されたのだ。 離婚。 手切れ金、今度は、10万円。 二番目の夫から、500万円 要求されたのを、「結婚詐欺だから、訴えてやれ」と言う人がいて、弁護士が告訴を仄めかし、10万円に値切ったのだった。


  このシリーズを読んで来た人なら、この後の成り行きも、大体、想像がつくと思うが、女Aは、似たようなパターンで、あと、三回、騙された。 巧妙な事に、「僕は、Zさんじゃないけれど、Zさん以上に、君を大事に思っている」と言いながら、時折り、Zさんである事を匂わせる、という凝った手を使う男もいた。

  グループ・アイドルの時、センターだった女が、まだ、タレントとしてやっていたが、暴言を吐いて、吊るし上げられ、もう、引退するしかないところまで追い込まれた。 女Aが、助っ人ボーカルで評価されている事が気に食わず、自分の情夫を、Zさんに仕立てて近づけ、結婚寸前まで持ち込んだが、この計略は、事務所のスタッフから情報が漏れて、ギリギリで阻止された。

  ただ、週刊誌にスッパ抜かれて、元センターは、完全に、業界から追放。 女Aは、「男を取っ換え引っ換え」だの、「お盛ん、元アイドル」だの、さんざん、批難される羽目に。 実際に、4回も結婚・離婚を繰り返しているのだから、反論のしようがなかった。 テレビのトーク番組でも、「Aさんは、『恋多き女』として有名でいらっしゃいますが・・・」などと言われ、否定しても、白々しいので、「はい。 お恥ずかしい限りです・・・」と、認めていたが、本当は、Zさん一筋の、一途な人なのである。


  女Aは、30代半ばを過ぎ、もう、結婚したいという気持ちは、薄くなっていた。 相変わらず、ブログには、Zさんのコメントがつき、それを読むのが、一番の楽しみである。 最近、興信所を使って、Zさんが誰なのかを知る事ができた。 両親と実家に住む、普通の会社員だった。 女Aが歌うコンサートには、必ず来てくれているらしい。 ちなみに、まだ、独身。

  しかし、女Aの方から、会いに行く気はない。 理由は、いろいろ、ある。 Zさんとの、ブログ上での関係を壊したくない。 相手が、ごく普通の生活をしている一般人だと分かると、逆に、自分の方が引け目を感じる。 4回も離婚歴があるのでは、相手の両親が、いい顔をしないだろう。 などなど。 女心は、複雑なのである。