2005/09/03

EUの 『E』


  2005年10月に始まる予定だった、トルコのEU加盟交渉ですが、ここへ来て、フランスやドイツから異論が出ているらしいです。 トルコがキプロスを承認しようとしない事が直接の発端になったようですが、それはあくまで口実で、どうも、EUの拡大に対してEU内部から拒否反応が出ている事が背景にあるようです。 トルコの加盟には前々から悶着が続いてきましたが、ようやく前進するかと思っていたら、また躓いたようで、外部のEU観察者としては、苦虫を噛み潰さずにはいられない気分です。

  EUは、現在地球上に存在する唯一の 『王道型国家(連合)』 です。 『王道』 の反対は 『覇道』 ですが、『覇道型国家』 は例が多いので、どちらかというと、『覇道』 の方が分かり易いかもしれません 主に軍事力で威嚇して外国を従わせる考え方で、『帝国主義』 とほぼ同義と言っていいです。 『王道』 はその反対で、『王者の徳』 で外国を引き寄せる考え方を言います。 どちらも中国文明の世界観にある概念ですが、現在の世界情勢の分析にもよく当てはまります。 もちろん、EUの場合、王が治めているわけではありませんが、人権尊重、民主主義、協調主義、多文化多言語主義といった魅力が、周囲の国々を引き寄せているという点で、『王道』 に通じる物があると思えます。

  かつてのヨーロッパや日本の帝国主義は明らかに覇道型ですし、ソ連も覇道型でした。 アメリカは王道型として慕われた時期もありますが、ベトナム戦争以降は、すっかり覇道に染まってしまいました。 栄えているかどうかは、王道・覇道の違いとは関係がないのです。 アメリカがあれだけ大きな国力を持っていても、「アメリカ合衆国に新しい州として加盟したい」 という国はありませんが、それが王道型でない証拠です。 それに対し、EUに加盟したいという国は引きも切らず、行列が出来ている有様です。 帝国主義理論に則れば、弱肉強食は世の習いですから、王道型国家など絵空事という事になりますが、EUを見ていると、王道が現実に存在する事を認めざるを得ません。 かつて帝国主義が最も盛んだったヨーロッパで、現在、王道が実践されているのは、実に面白い現象です。

  さて、トルコの加盟問題が、なぜ重要なのかというと、EUの 『王道』 がヨーロッパだけで止まるか、地球全体に広まるかの分かれ目になっているからです。 トルコ加盟の最大の障碍になっているのは、トルコがイスラム教国だという事です。 EUは、経済共同体から発展してきた組織ですから、本来、宗教とは無関係なのですが、現加盟国のすべてがキリスト教国である為に、EUを 『キリスト教連合』 と捉えている人が多いのです。 『ローマ帝国の現代版』 と考える人もいますが、それならば、トルコはもちろん、中東・北アフリカ諸国も加盟資格がある事になります。 やはり、トルコを入れたがらない理由は、宗教の違いにあるのでしょう。

  EUは紆余曲折を経て成立したので、設立理念がはっきり示されていないのですが、最初の大目的が、戦争の防止であった事だけは疑いありません。 互いの国の独立性は保ちつつ、利益を共有できる部分を一体化する事で、徐々に国境を無くしていけば、戦争など起こらなくなるという理屈です。 しかし、もしそれが設立理念だとしたら、トルコの加盟申請を拒否するのは、矛盾した態度という事になります。 域内で国境がなくなっても、トルコとの間に国境があるのでは、ただ、国境線が移動しただけで、新たな戦争の芽を育てる事になりかねません。

  ロシアも、EU加盟を打診した事がありますが、フランスとドイツは難色を示しました。 ロシアは、キリスト教国ですから、加盟させても 『キリスト教連合』 としてのEUを損なう事にはなりませんが、人口が多過ぎる為、フランス・ドイツの主導権が著しく低下してしまう事を心配しているらしいのです。 しかし、これは、トルコ問題以上に矛盾した態度と言えます。 ロシアとの間に国境が残ったら、冷戦時代と何も変わりません。 小さな戦争の芽を摘んで、大きな戦争の芽を育てているようなものです。

  もし、トルコの加盟が実現すれば、EUは宗教のハードルを越える事になります。 もし、ロシアが加盟すれば、EUは主導権争いのハードルを越える事になります。 この二つの問題を解決できれば、EUは、『Eurasian Union』 にも、『Earth Union』 にもなれるでしょう。 逆に 『European Union』 に固執すれば、将来、ヨーロッパ以外の地域との大戦争が起こっても少しも不思議ではありません。 EUの指導者達や民衆一人一人は、自分達が作っている組織が、どれだけ大きな可能性を秘めているかをよく考える必要があると思います。

  日本の識者の中に、「EUに対抗して、東アジア連合の設立を目指そう」 と言う人がいます。 一見まともな意見のように聞こえますが、その実、全くお話にならないほど馬鹿げた発想だと思います。 「戦争防止の為に国境をなくそう」 というEUの理念とは、正反対もいい所です。 『大東亜共栄圏』 と何の違いもありません。 もし、ロシアが加盟したら、EUは北海道の直ぐ上まで来るわけですが、対抗しようなどと考えるより、現在のトルコ同様、どうやったら加盟できるかを考える方が遥かに有意義です。 対抗して、何の得があるんでしょう? もっとも、EUがヨーロッパで止まってしまえば、それまでの事ですが。