2006/01/08

脱臼の顛末

  一月六日の夜勤が仕事始めでした。 それまで雪が降っていなかった静岡県東部でも、四日頃から雪雲が現われ、御殿場方面ではかなりの降雪になりました。 それでも、六日の夜の段階では、道路に雪は無く、凍ってもいなかったのです。 車で行く事も考えましたが、チェーンもスタッドレスタイヤも持っていないので、いずれにせよ雪には勝てないと判断して、バイクで出勤しました。 

  行きは問題なく到着しましたが、帰りはそうは行きませんでした。 夜勤を終えて、駐輪場まで行ってみると、バイクは雪に埋ってました。 道路も雪に覆われ、その上ツルツルに凍結しています。 試しにバイクに乗って走り出してみると、十メートルも行かないうちに、転倒しました。 こりゃいかんと思って、道路が凍っていないところまで押して行く事にしました。 大通りヘの最短コースはアップダウンがあったので、とてもバイクを押して上がれないと思い、距離は長くなりますが、下り坂だけの裏道を通って南下する事にしました。 

  普段通っていた道なので、すぐ着くと思っていたんですが、バイクに乗って通るのと、バイクを押して通るのでは大違いだという事を痛感しました。 遠い遠い! しかも、転倒した時に、バイクのクラッチ・レバーがおかしくなってしまい、クラッチが完全に離れきりません。 思い切り握っていないと、クラッチが繋がってしまって、後輪がロックし、横滑りを始めます。 右に滑れば倒れてしまいますし、左に滑ると、私の足にぶつかって来ます。 ステップが右足の臑に当って擦り剥けてくるのが分かりました。 ニュートラルにしようと何度か試みたんですが、クラッチが切れないためか、ギアが動かないのです。

  20分近く押して、大通りとの合流地点に到着しましたが、今度はエンジンがかかりません。 ライトが暗くなっているところを見ると、バッテリーが弱っていてるようです。 半クラッチで押し続けてきたことが影響したんでしょうか。 ほとほと困り果てた私は、取り敢えず、すぐそばにあったコンビニの駐車場にバイクを入れる事にしました。 まだ夜が明けきらない時刻だったので、明るい所でバイクを調べようとしたのです。

  コンビニへ入れるために、道路を渡ろうとした時、最悪の悲劇が起こりました。 道路の中央部は脇より高くなっていますが、その高さを乗り越えるために力を入れたら、右腕に激痛が走ったのです。 肩が内側に曲がったようになって、力が入りません。 道路の真ん中にバイクをとめておくことは出来ないので、何とか押してコンビニ駐車場まで入りましたが、腕の異常は治りません。 何かが外れたという事は分かったので、バイクのハンドルを掴んで、体をのけぞらせ、腕を引っ張ってみましたが、ただただ痛さが増すばかりです。 その場でうずくまる事約5分。 こういう時こそ落ち着かなければならないと思うのですが、痛さで頭が回りません。

  どう考えても、待っていれば治るという感じがしなかったので、とりあえず、テレカを取り出して、家に電話をかけました。 左手しか使えないので、そんな作業にも大いに手間取りました。 電話には母が出ました。 こちらの状況を説明して、迎えに来てくれるように頼んだんですが、返事は 「迎えに行くにしても、時間がかかるので、その間に寒さで凍えてしまう。 それよりも救急車を呼べ」 との事。 いちいち尤もな言い分ですが、私としては、それほどの大事ではないと思っていたので、とにかく迎えに来てくれるように言って、電話を切りました。

  場所が説明しにくいところで、「246を北上していった所にあるローソンの前」 としか伝えられなかったので、道路脇で待っていなければなりません。 これが、地獄の上塗りになりました。 雪が積もった歩道の上で、40分間、痛い腕を吊り下げて待つ事になってしまったのです。 足の指が動かなくなり、「このままでは、凍傷になる」 と恐れ戦きました。 ふと見ると、ちょっと離れた所にマンホールがあり、その上だけは雪が融けています。 早速その上に移動し、ひたすら待ちました。 立ってみたり、しゃがんでみたり、痛さを寒さで紛らわし、寒さを痛さで紛らわせるという、正に修羅の道・・・・。

  車が来た時は、地獄に仏でしたね。 コンビニの人に頼んで、バイクを駐車場の片隅に置かせてもらい、車の後部座席に倒れこんで、一旦家へ。 ああ、倒れこんだといっても、すぐに起きました。 横になると腕が痛くて、飛び上がってしまうのです。 重力に横から引っ張られるのに耐えられないようなのです。 父の運転は歳相応に荒っぽく、車の振動が腕に響いて、またまた地獄。 暖かくなったのだけが、せめてもの救いでした。

  家に帰っても、横になるわけにいかないので、ちっとも楽になりません。 膝立ちの姿勢で、耐えるのみ。 9時を待ち、整形外科に行きましたが、救急扱いではないので、一時間近く待たされました。 いやあ、ここまで来るともはや、悪魔に弄ばれているとしか思えません。 しかし、最大の恐怖が訪れたのは、その後でした。

  ようやく順番が回ってきて、先生に診てもらうと、「肩を脱臼しているようだ」 との事。 レントゲンを撮ると、確かに見事に外れています。 先生の予告、「これを元に戻すには、物理的に入れるしかないが、かなり入りにくい」 つまり、痛いと言っているのです。 「注射を打って入れ易くするが、それでも入らない時は、点滴で一時的な麻酔をかけ、その間にいれる」 つまり、物凄く痛いのです。 でも、ほうっておいても痛いので、是非もありません。

  尻に注射を打たれて、効くまで10分待ち、いよいよその時が来ました。 いやはや、思い出すも恐ろしいひと時でした。 先生が痛い腕を抱え込み、強引に関節に押し込んで来るのです。 絶叫ですよ、もう。 歯医者どころじゃありやせん。 私の体が逃げるので、看護婦さんが二人がかりで押さえ込みます。 拷問シーンか? 中々入らないのを見た看護婦さんが、「筋肉に力が入っているから、入らないんだよね」 と呟いたのを聞き、『なんだ、そうなのか』 と思って腕の力を抜いたら、急に楽になりました。 関節が元に戻ったのです。 早く言ってくれればよかったのに! いやいや、文句は言いますまい。 腕の痛みが嘘のように消えて、九死に一生を得た思いだったのです。

  これで、とりあえず人心地がつきましたが、先生が言うには、三週間は腕を吊っていないと、ズタズタに切れた靭帯が復元しないとの事。 それをやらないと、関節が簡単に外れるようになってしまうというのです。 これには困りました。 会社に言い訳が立ちません。 それでなくても、正社員は賃金が高いので厄介者扱いされているというのに、これでは、クビになりかねません。

  腕を吊られた以外は、塗り薬も湿布も無し。 家に戻ってから、バイク屋に行き、バイクを持って来てもらうよう頼みました。 ここまで惨めな有様になると、もう人様にすがる以外ありません。 夕方に会社に連絡しましたが、案の定、ネチネチいたぶられました。 まあ、仕方ありませんが・・・。

  というわけで、現在、右手を吊って生活しています。 右肩の痛みはありませんが、バイクで転倒した時に打った左肩や右足の腿が痛いです。  もう、新年からろくな事はありませんな。 今年の凶事をすべて前倒ししたのであれば良いのですが。