2005/11/13

記憶のメカニズム


  外国語に取り憑かれた人間が誰でも望むこと。 それは・・・・

 「何とかして外国語を楽に会得する方法は無いものか?」

  しかし、取り憑かれた期間が長い人ほど、そんな方法が無い事を知っています。 日本では、「中学一年の時から数えると、○十年以上英語の勉強をしているが、未だに全く分からない」 という人はうようよいます。 一生を外国語の学習に捧げたにも拘らず、報われぬまま世を去った人すら数え切れぬほどです。(Les Misérables.....)

  その一方で、この世には、何ヶ国語も使いこなす 『語学の天才』 という人達も存在します。 同じ人間なのに、この違いはどこから来るんでしょう? 何かが違うはずなのです。 生まれついての才能と言ってしまえばそれまでですが、そうではないような気がします。 よく、「言葉は習うより慣れろだ」 と言われるように、他の学問と語学には、根本的な違いがあります。 もし言葉の習得に才能が関わっているとすれば、母語においても個人差が出るはずですが、そういう事はありませんからね。 思うに、『語学の天才』 と言われる人達は、他の人が知らない、何か特別な習得方法を取っているのではないでしょうか?

  彼らは別に習得のコツを秘密にしているわけではなく、聞かれれば答えるようですが、そんなに多くは語りません。 『1~3ヶ月くらいの短期間で、集中して覚える』 というのは、よく聞きますが、他のコツは、聞いた事がありません。 もし、誰がやってもうまく行く方法があるとすれば、とっくに世界中に広まっているでしょう。 恐らく彼ら自身も、自分がどうして外国語をスイスイ習得できるのか、よく分かっていないのではないかと思われます。

  そこで、推測が登場するわけです。 彼らは一体、何をやっているのか?

  最低限これだけはやっているはずだ、と思われるのは、『単語、又は文を、目に入れる』 という事です。 一つの言語を習得するのに、どれだけの単語が必要なのかは定かではありませんが、一説には3千個などとも言われています。 しかし、私の経験では、3千程度では、ほとんど用を為さないと思います。 たとえば、母語の日本語で、単語をどれだけ知っているか調べてみましょう。 なるべく一般向けの国語辞典を取り出し、見出し語を見て、知っている単語が1ページあたり何個あるか数えていきます。 無作為に10ページくらい調べれば充分でしょう。 平均を取って、1ページあたりの知っている単語の数に、全ページ数を掛ければ、自分が知っている日本語の単語の大体の数が分かります。 まあ、普通の大人なら、5万語以下という事はないでしょう。 日常会話を賄うには、その程度の単語数は必要なのだと考えられます。 実際には、それらの単語の組み合わせの法則も重要なので、覚える事はその数倍に膨れ上がります。

  さて、『語学の天才』 の方々ですが、彼らは、それだけの単語を 『1~3ヶ月の短期間で』 頭に入れてしまうというのです。 現在、中・高生の方々は、英単語の暗記に冷汗脂汗を流していると思うので、たとえ3000語であっても、1~3ヶ月の間に覚えるなど到底不可能だと思うでしょう。 ところが、それより遥かに多い数の単語を、覚えてしまう人がいるのですよ、実際に・・・・。 あまりにも落差が大きいと、絶望する前に笑っちゃうね。 あはははは!

  便宜的に、一言語を使いこなすのに必要な単語数を1万語としましょうか。 一日10語暗記するとして、1ケ月では300語、3カ月でも900語にしかなりません。 これでは桁違いで、問題外ですな。 しかし、『語学の天才』 達は、何の疑いも無く、三ヶ月で一万語を頭に入れているのです。 どうやっているんでしょう? 考えられる可能性は一つです。 彼らは 『暗記』 などしていないという事です。 しかし、読むなり聞くなり、知識を頭に入れなければ、覚えられるはずはありません。 すなわち、一万語分、読むか聞くかはしているのです。 聞くというのは、相手がいなければ出来ない事で、よほど閑な人を捕まえても、そんな事に付き合ってはくれないでしょう。 当然、大部分の単語は、読んで覚えているものと思われます。

 「読むくらいなら、私にも出来るけれど、ちっとも覚えられない」 と思うでしょう? さて、そこが問題です。 本当に一万語、読みましたか? 読むだけなら3カ月あれば可能ですが、決しておいそれと出来る量ではありません。 集中しなければ不可能です。 試しに英語の辞書を開いてみて、今までに見た事がある単語の数を数えてみてはどうでしょう? 意味がはっきり分からなくても、見た事だけはあるという単語を数えるのです。 たぶん、一万語には程遠い数だと思いますよ。 つまり、暗記どころか、目にも入れていないのです。 そんなんじゃ、覚えられるわけないわな? 当たり前じゃん!

  外国語を覚える時、『単語を暗記しなければいけない』 と思うから、気が重くて始める前からやる気を失ってしまうのですが、『読んで目を通すだけで良い』 というなら話は別です。 だいぶ気楽でしょう。 問題は、『そんな事で本当に覚えられるのか?』 という信頼性ですが、確実に信頼するに足る経験を誰もが持っています。 母語を覚える時には、暗記などしなかったという事です。 ただ、耳に入れていた、ただ目に入れていた、その内に自然に覚えてしまった。 これは誰にも否定できないでしょう。

  ネットをやっていると、この世の中には、文章が書ける人とそうでない人の二種類がいるという厳然たる事実に直面しますが、この二種類を分けているのが、読書量の違いである事は、書ける側にいる人には直ぐに分かるはずです。 別に才能なんて関係ない。 たくさん読んだから、文の書式が自然に頭に入って、自分でも書けるようになったのです。 これと同じ事が、外国語を覚えられる人とそうでない人の関係にも適用できると思うのです。 能力的に出来ないのではなく、やるべき事をやっていないんですわ。

  記憶のメカニズムには、諸説あるようですが、『一時記憶』 と 『永続記憶』 の二つに分かれる事は、どの説でも共通しているようです。 テスト前の一夜漬けの暗記などは、主に一時記憶に入り、直ぐに忘れてしまいます。 『暗記』 というと、『ただ読むだけ』 に比べて、エネルギーが要るので、より記憶され易いと思われがちですが、実は効果は同じなんじゃないでしょうか? 一生懸命暗記しても、それは一時記憶に入るだけで、永続記憶の方に直行するという事はないと思うのです。

  記憶のメカニズムは、イメージ的に、『印刷』 に似ていると思います。 『暗記』 も、『ただ読むだけ』 も、永続記憶の方には、薄い文字で一回印刷されるだけです。 薄いので、思い出そうとしても簡単には出てきません。 しかし、確実に印刷されてはいるのです。 何ヶ月か、何年か過ぎてから、また同じ単語に出会うと、「あれ? この単語はどこかで見た事がある」 と思う事がありますが、それが印刷されている証拠です。 そして、二回目に見た後には、上から重ねて印刷されて、前よりも濃い文字になります。 それが繰り返されるうちに、だんだんはっきりした文字になっていって、やがて、忘れようにも忘れられなくなるのではないでしょうか?

  まあ、四の五の言ってないで、とにかく読みましょうや。 どんな方法であっても、入れなければ入らないわけですから。