2005/10/23

真珠湾を忘れたか?


  アメリカの新聞、『ニューヨーク・タイムズ』 紙が、10月18日付の社説で、小泉首相の靖国参拝を批判したそうです。 この恐怖の参拝に毎年背筋を寒くしている者にとっては、ありがたくも心強い援軍と言えますが、その内容には、些か首を傾げたくなる所もあります。 何か重大な事を忘れているのではないかと思うのです。

  朝日新聞の紹介記事の訳に従いますと、社説の題名は、「東京の無意味な挑発」。 内容は、「日本の軍国主義の最悪の伝統を容認した」、「日本の戦争犯罪によって犠牲になった人々の子孫に対する計算ずくの侮辱だ」 と批判し、「日本が帝国主義的な征服の道に再び向かうとは誰も懸念していない」 とした上で、「現在は隣国での悪夢を呼び覚ますのには最悪の時期だ」、「日本は誉れある21世紀を迎えられるよう、今こそ20世紀の歴史に向き合うべきだ」 と結んであるそうです。

  正論だと思いますが、どこが奇妙かというと、自国アメリカの事について何も触れていない点です。 靖国神社に祀られているA級戦犯は、中国・韓国・その他アジア諸国だけでなく、アメリカに対する侵略戦争を起こした責任者でもあります。 なぜ、当事国のアメリカの新聞が日本の首相の靖国参拝を、第三者のような口ぶりで評するのでしょう? それでは、日本軍との戦闘で死亡した米軍兵士の魂が浮かばれないのではないでしょうか?

  太平洋戦争は、日本がアメリカに仕掛けた戦争であって、その逆ではありません。 ところが、奇奇怪怪な事に、アメリカ人には被害者意識が希薄で、日本人の方に 「アメリカにやられた」 という意識が極太の根を張っています。 原爆でも、東京大空襲でも、日本人はアメリカの 『戦争犯罪』 をいきり立って指弾しますが、そういう時、戦争を始めたのがどちらの国なのかは、すっかり忘れているようです。 アメリカ側はアメリカ側で、降伏後の日本がアメリカの従順な子分になった為か、日本の戦争責任を批判する論調は、ごく一部を除いて途絶えてしまいました。

  しかし、日本軍との戦闘で米軍兵士が10万人近く殺害されているのは紛れも無い事実です。 もし、日本がアメリカに戦争を仕掛けなければ、その10万人は今でも生きていて、子供や孫に囲まれて幸せな老後を送っていたかもしれないと思うと、忘れていいような被害ではないと思います。 そして、その戦争を始めた人間を、神として祀っているのが、靖国神社なのです。 その事が分かっているんでしょうか、ニューヨーク・タイムズは?

 「日本が帝国主義的な征服の道に再び向かうとは誰も懸念していない」 と書いていますが、それをやりたくて仕方ない少なからぬ勢力が、首相の靖国参拝を支持しているのですから、少しは懸念してもらわないと困ります。 同じ勢力が 『東京裁判』 の否定も大音声で唱えていますが、東京裁判を実際に取り仕切ったアメリカが、この傾向に危機感を抱かないのは正直不思議です。 つまり、この勢力は、「アメリカに戦争を仕掛けた事は間違いではなかった」 と開き直っているわけですが、この重大さがどれだけのものか、分からないアメリカ人でもありますまい。

  どうも、ニューヨーク・タイムズは、日本人というものがよく理解できていないようです。 現在、日本が帝国主義の看板を出していないのは、ひとえに米軍がいるからであって、もしアメリカが西太平洋地域から撤退したら、すぐさま大日本帝国が復活すると思われます。 なにせ、米軍にもう一度ぶん殴られるのが怖くて、息を潜めているだけですから。

  論理が理解できない民族に、近代政治思想が理解できるはずがなく、当然の事ながら、民主主義も付け焼刃です。 『三権分立』 も、『文民統制』 も、言葉だけは知っていても、どうしてそれが重要なのかは分かっていません。 『平和憲法』 など、猫に小判もいい所です。 猫は人に飼われている間は小判を大事にしているかもしれませんが、飼い主がどこかへ行ってしまったら、直ぐに捨てるでしょう。 その価値が分からないからです。

  日本が核武装などと言い出したら、アメリカはどんな手を使ってでも阻止しなければなりません。 日本人は核兵器を持ったら、何のためらいも無く使える数少ない民族の一つだと思います。 なぜなら、論理が分からないので、『抑止論』 が理解できないからです。 「一方が核を使ったら、もう一方も確実に核で反撃するから、どちらも先には使えない」 というのが核抑止の原理ですが、大日本帝国の軍人達に、こんな理詰めの発想が出来ないのは、容易に想像できます。 「日本には神が味方に付いている。 こちらが先に核を使えば、向こうは震え上がって反撃できなくなるはずだ。 度胸の違いを見せてやる」 これが白村江以来の日本人の兵法です。 日本が再び軍国化しても、大日本帝国と同じ経過を辿って、再び滅亡するのは疑いないですが、その間にどれだけの犠牲者が出るか分かったものではありません。

 「日本は誉れある21世紀を迎えられるよう、今こそ20世紀の歴史に向き合うべきだ」

  ああ、さすがニューヨーク・タイムズの記者だけあって、いい事を言いますねえ。 でも、人を見て法を説くべきです。 ハイテクの塊である中国の有人宇宙船が悠々綽々帰還したその日に、神社に参っている首相を戴いてる国に、誉れある未来などありえましょうや? ちなみに、日本の政治家も国民も、アメリカのリベラル新聞の意見など、とんと聞く耳持ちません。 そもそも 『リベラル』 という概念が日本には入っていません。 リベラル政党が存在しないのがその証拠。 説諭を試みるより、直截に警戒した方が良いと思います。