2005/10/05

運命的買物


  清水の舞台から飛び降りるつもりで4700円を出し、新品の 『プチ・ロワイヤル和仏辞典』 を購入した私は、同時進行で仏和辞典の入手も検討していました。 今までは、10年ほど前に買った 『コンサイス仏和辞典』 を使っていたのですが、ご存知の通り、コンサイスはポケットサイズの辞書で、見出し語数こそ多いものの、説明や例文が少なく、初学者には使い易いとは言えなかったからです。

  仏和辞典の方は、最初から中古を狙っていました。 私は古本屋に行くたびに、辞典コーナーをチェックする癖がついているのですが、和仏辞典はまず出ません。 日本でフランス語を学ぶ人の大多数は、大学の第二外語でフランス語を取った学生ですが、仏和と違い、和仏は 「必ず買え」 とは言われないので、買われないのです。 結果的に、世の中に出回る数は非常に少なく、中古市場に出てくる事もないというわけですな。

  一方、仏和の方は、フランス語を取った大学生が必ず買う上に、大半の学生が、すぐに用無しになって手放すので、相当な数が中古市場に出てきます。 どの古本屋に行っても、必ず一冊や二冊はありますが、桁違いに多い数が出版されている英和辞典も同じ程度しか見ませんから、フランス語を中途放棄する人が如何に多いかが分かります。

  古本というと、手垢がついた不潔なイメージを抱いている方も多いと思いますが、辞典の場合、そういう心配は無用です。 どんな人でも、頻繁に使っている辞典を売ったりはしません。 滅多に使わないから売るのです。 つまり、中古市場に出てくるような辞典は、手垢が付くほど使われていないんですな。 また、古本屋の方も、汚れた辞書など買い取りません。 古本屋では、買い取った本に手垢が付いている場合、ページの端を紙やすりで削って綺麗にしてから売りますが、辞書では、その部分に五十音やローマ字が印刷されているので、補修が利かないんですな。 恥を掻くだけですから、くれぐれも使い古しの辞書など売りに行かないように。

  さて、中古仏和辞典の購入計画に話を戻しましょう。 最初に目を付けたのは、近所の古本屋にあった三省堂の 『クラウン仏和辞典 第四版』 でした。 初級仏和辞典は数年ごとに改版されますが、新語が追加収録されるので、新しければ新しいほど良いとされています。 クラウンの場合、最新が第五版なので、一つ前という事になりますが、中古だからそのくらいならいい方でしょう。 定価3800円の所を1950円。 クラウンは、かなり定評のある辞典なので、これを買って失敗したという事にはまずならないだろうと思いましたが、その時は買いませんでした。 その時点では、まだ和仏の方を買っておらず、先に新品の購入を片付けてしまおうと思っていたからです。 労金のポイントでもらえる千円分の図書カードを当てにしていたので、それが送られて来るまで、ホイホイ事が進まなかったという事情がありました。

  そして、次の週末、図書カードを手に入れた私は、まず和仏辞典の購入を済ませました。 近所の本屋には無かったので、3キロほど離れた駅北の本屋まで車で行きました。 よしよし、ここまでは予定通りです。 さて、その帰りに、駅北の古本屋に寄ったところ、白水社の 『ディコ現代フランス語辞典 第二版』 があるのを発見しました。 これも、最新より一つ前の版で、値段は1950円。 うーむ、迷いの種が出来てしまった。 ネットで調べた時には、ディコも誉められていましたが、クラウンの方が確実なような気がして、やはり買わず、一旦家に戻りました。 新品の和仏を買ったばかりであるも拘らず、既に頭は中古仏和の選択の方に移っていて、一晩中、ネットで、クラウンとディコの長所短所を比較検討して過ごしました。 散々悩んだその結果、

「よし! 下手の考え休むに似たりだ! どっちにするか決めようがないんだから、最初に見つけたクラウンの方を買おう!」

  と、テキトーに決心し、翌朝一番で、近所の古本屋に行きました。 そしたら、あなた、驚くじゃありませんか! 前の週に見た 『クラウン仏和辞典 第四版』 が、もう無いのです! やられたっ! 誰だ、この時期に仏和なんて買う半端な奴は! その代わりに同じクラウンの 『第三版』 がありましたが、そちらはさすがに古すぎて、買う気になりませんでした。

「うーむ、こうなったら、駅北まで行って、ディコを買うしかないが、もしかしたら、ディコも既に売れてしまっているかもしれない・・・・」

  最初の当てが外れてしまうと、人間弱気になるものです。 運命まで登場してきます。

「もしや、ここでクラウンを買えなかったのは、運命なのではあるまいか? コンサイスがあるのに、わざわざ別の仏和を買う必要はないという啓示なのかも知れない・・・・」

  悩みに悩みつつ、車で再び駅北へ。 恐る恐る古本屋に入ると、ああ、まだありました! ちっ・・・ビクビクして損した。 1950円で、無事に購入しました。

  そういえば、前にも似たような感覚に襲われたことがありました。 フィルム式の一眼レフカメラに凝っていた頃ですが、行きつけのカメラ屋で大感謝祭があり、必要ではないけれどあればいいと思っていた200ミリのレンズが安く売っていたのです。 何せ、必要ではないので、買うべきか買わぬべきか大いに悩みました。 客でごった返す店内をぐるぐる回ったり、店から出たり入ったりを繰り返した末、

「よし、もう一度レンズ売り場に行って、まだ残っていたら買おう。 売れてしまっていたら、それが運命だ」

  と、決心して、再びレンズ売り場に行きました。 そしたら・・・・・もう無かったんですねえ。 どっと全身の力が抜けました。 その時は好機を逸したような気がしてがっかりしましたが、その後半年もしない内に写真撮影に飽きてしまった事を考えると、あの時200ミリを買わなかった事は、運命だったように思えるのです。

  さて、言わば運命によって私の元に来た 『ディコ現代フランス語辞典 第二版』 なわけですが、果たして、私のフランス語学習に、運命的な影響を及ぼすのでしょうか? まだ、ほとんど使ってません。