2005/09/11

選挙の機械的判断法


  選挙というのは、争点がはっきりしない時は、有権者を悩ませるものです。 ある一つの事柄について、是か非かというなら、選択は簡単ですが、二つ以上の事柄の優先性を決めよと言われると、急に分かりにくくなります。 勢い、「考えるのが面倒だから、選挙には行かない事にしよう」 と思ってしまう人が多いと思います。 でも、そういう時に、機械的に判断する手法が無い事も無いのです。

  今回の選挙で与党側が示している争点は 『郵政民営化』 ですが、郵便局員でもない限り、この法案の良し悪しは判断しにくいです。 この法案が通ると、郵便局員は困るわけですが、郵便局員でない者にとっては、郵便局員の利害の為に法案に反対する理由は無いわけで、いくら大音声で反対を呼びかけられても、白けるだけです。 山奥の村から郵便局が消えてしまうとも言いますが、これまた山奥に住んでいない者にとっては無関係な事です。 有権者の大半は、郵便局員でもなければ、山奥在住者でもない事を考えると、野党や与党内の造反派は、ちと説得方法を間違えているのではないかと思います。

  一方、新聞の投書欄などに載る郵政民営化賛成意見の中で目に付くのが、過去に郵便局でぞんざいな扱いを受けた恨みから、民営化を歓迎するという意見です。 具体的にこんな事をされたと書いて、感情的な判断である事を隠そうともしないから、何だか笑ってしまいます。 私も郵便局では、見下すような扱いを受けた経験がありますが、だから潰せとは言いません。 動機が意趣返しでは公論になりますまい。

  小泉政権には、周辺諸国外交の行き詰まりという問題もあります。 選挙で与党が勝ったら首相の靖国参拝を再開するというなら、当然反対しますが、選挙の争点になっていないので、再開するかしないかがはっきりせず、判断のしようがありません。 また、最大野党の議員の中にも、堂々と参拝している者がいますから、尚更争点にならないのです。 どっちを選んでも良くないというわけですね。

  年金問題や増税問題もありますが、こちらはますます分かりません。 この二つの問題の要点は、つまるところ、「国に金が無い」 の一語に尽きますが、国に金が無ければ、国民から集めるしかないわけで、方法に違いがあっても、与党も野党もやる事は同じでしょう。 睨めっこしていても、国債の発行額が減るわけではないですから。 結局、取られるのです。

  こう見てくると、どちらを選んでいいのか、大いに悩む所です。 さて、そこで、『機械的に判断する方法』 が登場する事になります。 なに、ちっとも難しい事ではありません。 

≪選挙の時は、常に野党に投票する≫

  というものです。 偏ってる? いえいえ、長い目で見れば、偏っていません。 たとえば、A党が与党の時の選挙があったら、必ずB党に投票するわけですが、その結果B党が与党になったら、次の選挙では、野党のA党に入れる事になるので、どちらにも偏らない事になります。 野党が複数ある場合、どの野党でも構いません。 とにかく、野党に入れていさえすれば、政権交代が繰り返されるので、バランスが取れるのです。

  この方法、余りにも単純な事なので、常識レベルで浸透しているかと思いきや、毎回の国政選挙で棄権者が数割に上る所を見ると、案外知らない人が多いようです。 学校の教師でも、親でも、先輩でもそうですが、新しく選挙権を得た青年から投票の仕方を尋ねられた時、こういう機械的な手段があるとは教えません。 自分の支持している政党や候補に反対票を入れられると困るので、余計な事は言わないんですね。 「それは自分で決めなさい」 といって突き放します。 結果、政治に興味がない青年達は、判断が出来ず、みんな棄権してしまうわけですが、せっかく手にした権利なのに、むざむざ捨てるのは勿体ない話です。

  民主主義というのは、バランスが大切です。 バランスさえ取っていれば、細かい事は気にしなくてもいいと断言出来るくらいです。 特に、成長が止まって衰退期に入った国では、開発独裁の必要性も無いわけで、与党がころころ変わっても、さしたる支障はありません。 はっきりと支持する政党がある人は別ですが、そうでない人、どうでもいい人、どこに入れていいか分からない人、そんな人達はこの手法を試してみる事をお勧めします。 絶対の自信を持って言いますが、機械的に判断したせいで悪い結果になるという事はありませんから、安心してどうぞ。