2008/09/21

国際妖論

  奇々怪々な出来事が頻発するのが世の常であるとすれば、それはもはや奇々怪々とは言わないのかな? などと、蛇が自分の尻尾を咥えているような考えに陥る今日この頃。

  まあ、何が奇妙だといって、≪グルジアの南オセチア侵攻≫が、いつの間にか、≪ロシアのグルジア侵攻≫にすり替えられてしまっているのは、実に奇妙な事です。 そんな昔の事ではない、ついこないだ、いや、それどころか、まだ進行中の事件だというのに、こんなすり替えが堂々と罷り通っているのだから、言論の現状は暗いというべきでしょう。

  馬鹿でも分かる事ながら、先に軍隊を侵攻させたのは、グルジアの方で、ロシアではありません。 これは、グルジア政府も認めている事であって、この一連の紛争が、グルジア側の軍事行動によって始まったのは、否定のしようが無い事実です。 そして、普通、戦争を仕掛けた側が、相手側に反撃されて、逆に領土内に攻め込まれても、それを、相手側の≪侵攻≫とは言・い・ま・せ・ん。 これは、単に用語の問題ではなく、どちらが戦争の発端を作ったかという、大義名分上の重大な問題であり、すり替えなど以ての外の言語道断と申すべきです。

  本当の馬鹿がいて、思い違いをしているかもしれないので、念の為に書いておきますが、南オセチアは、グルジア領というわけではありません。 ソ連時代に、便宜上、グルジア共和国内の自治州になっていたというだけです。 ソ連崩壊後、人口の66パーセントを占めるオセット人が、北オセチアとの統合を求めて、グルジアからの分離を宣言し、これを阻止しようとしたグルジア軍と武力衝突が起こります。 ロシア軍が介入して、平和維持部隊を南オセチアに駐留させる事で紛争は収まり、それ以降は実質的にロシア側が管理する係争地という位置づけになっていました。 つまり、正式にはどちらの領土でもなく、どちらかといえば、ロシア側に近い土地だったわけです。

  ちなみに、もう一つの係争地・アブハジア自治共和国の方も、ほぼ同じような状態でした。 どちらも、ソ連時代にはグルジア共和国内にありましたが、グルジア人の他に先住民族がおり、彼らは、グルジア人の支配を嫌っていました。 ソ連という大枠があったから、我慢していたわけです。 ソ連崩壊後は、「できれば独立したいが、それが無理なら、小国グルジアの下よりは、大国ロシアの下に直接入った方が良い」と考えるようになります。 寄らば大樹の陰ですな。 だからこそ、ロシア軍の平和維持部隊が駐留して、グルジアの支配が及ばなかった間は、これといった問題が起こらなかったわけです。

  そこへこのほど、グルジア軍が領土を奪還すべく攻め込んだわけです。 わざわざオリンピックの真っ最中を狙って。 「オリンピック期間中なら、国際世論の批判を恐れて、ロシア軍は反撃せずに後退するだろう」と踏んでいたようですが、この読みは大外れに外れ、帝政ロシアやソ連時代も含めて、史上初めてではないかと思われる驚異的な反応速度で、ロシア軍が大規模に反撃し、グルジア軍は蹴散らされてしまいました。 もともと、兵員数も装備も、桁違いの差がある両国ですから、本気で戦えば、ロシアが圧勝するのは当然ですな。 グルジアの指導者は、「オリンピック期間中なら、ロシア軍は反撃できないはず」という、信じられないほど薄弱な勝算に賭けて戦争を仕掛け、不様にも負けたわけです。

  まあ、ここまでは、恐ろしい事ではあるけれど、別に奇妙ではない経過ですな。 ところが、この後、国際世論とやらが、奇怪な反応を見せ始めます。 勢いをかって、グルジア領内まで進入したロシア軍を批判し始めたのです。 つまり、「反撃は国境線までしか許されない」という見解を出して来たわけです。 いかにも、「そんな事は当然の事だろう」という調子で。 し・か・し、国際紛争に、そんなルールはありません。 侵略を受けた側が、侵略した側に反撃した場合、国境線で止める場合もあれば、侵略した国の全域を占領するまで攻撃を続ける場合もあります。 その選択は、侵略された側の意思に任されています。 厳密に言えば、そういうルールも成文化されていませんが、現実を見ると、そうなっているわけです。

  ベトナム戦争のように、勝ったベトナムが負けたアメリカを追わなかった例もありますし、第二次世界大戦の対独戦や太平洋戦争のように、侵略した側が亡びるまで続けた例もあります。 くどいようですが、反撃を国境線で止めなければならないなどという国際ルールはありません。 理屈で考えても、侵略側は加害者、侵略された側は被害者ですから、被害者側は報復する権利を自動的に獲得するわけで、将来予想される再侵略の芽を摘むためにも、余力があれば、加害者側の全域を占領し、侵略を行なった政権を壊滅させてしまおうと考えるのは当然です。

  今回の紛争、アメリカは最初は黙っていましたが、ロシア軍がグルジア領内に入った途端、ロシアを批判し始めました。 アメリカ大統領が、「もはや侵略の世紀ではない」と批難すると、ロシア側は、「イラク戦争を起こした国が言う事か」と応じましたが、まったくその通りで、よくもまあ自分の事を棚に上げて、こんな白々しいセリフを口から出せたものです。

  その後、グルジア軍が南オセチア領内に残していった兵器の中に、アメリカ製の物が相当含まれている事がロシアによって公表され、アメリカがグルジアへの軍事支援に熱心だった事が明るみに出ると、アメリカの極端なまでのロシア批判の理由が分かってきました。 アメリカとしては、別に侵略用に兵器を与えたわけではなく、ロシアの勢力を抑え込む為の重石として、グルジア軍を強化しておこうと考えていたのだと思いますが、使われてしまったら、大裏目ですわな。 「馬鹿馬鹿! 本気で攻め込む奴があるか! 敵うわけないだろ!」てな具合に、冷や汗だくだくだったと思いますぜ。

  なんでも、グルジアは、イスラエルに対し、「メルカバ戦車を、300輌売って欲しい」と打診していたらしいですが、本気でロシアと対マン張るつもりだったんでしょう。 イスラエルは断ったそうですが、適切な判断だったと言えます。 そもそも、既に戦車は地上戦の主役ではなく、対戦車ミサイルの前では、ただのでっかい標的に過ぎなくなっていますから、メルカバが何百輌あっても、ロシアには敵わなかったでしょう。 こういうところが、グルジアの指導者達のズレぶりを如実に表わしています。

  アメリカは、グルジアを軍事支援していたわけですから、ロシアを批難する理由は分からないでもありません。 たとえ、名分上は加害者側であっても、毒づく権利くらいはあるでしょう。 よく分からないのは、アメリカを除く旧西側諸国です。 フランスやイギリスなどは、最初の内は、侵略したグルジアを批判していたのに、ロシア軍のグルジア領内からの撤退が遅れると、軽薄にもグルジア側に鞍替えし、ロシアを扱き下ろし始めました。 特にフランスのサルコジ大統領は、進んで仲介を買って出て、停戦案を双方にのませたと得意になっていたので、ロシアが合意内容通りに撤退しない事に気分を害したんでしょう。

  だけどなあ、サルコジよ。 ロシアは何も、お前の面子の為に軍事行動をやっているわけじゃないんだぜ。 なんで、被害者側が、加害者側と対等に、戦前の国境線まで撤退しなきゃならないんだ? そもそも、そんな調停案自体がおかしいとは思わんか? 加害者側には、何らかのペナルティーがあって然るべきですが、旧西側諸国にとっては、そんな事はどうでも良かったようですな。 そればかりか、≪グルジアの領土保全≫などという条項を入れて、南オセチアとアブハジアを、もともとグルジア領であるかのように扱ったのも、ロシア側としては呆れ返る話だったと思います。 これでは、グルジアの望んだ通りの結末になってしまいます。 どさくさ紛れに、ロシアを抑え込もうと目論んだんでしょうが、この時点で、旧西側諸国は、仲介者としての資格を失います。 少なくとも、ロシアは旧西側諸国を第三者とは認めなくなったわけです。 敵の味方は敵というわけだ。

  この頃から、旧西側諸国の政府やマスコミは、今回の紛争を、≪ロシアのグルジア侵攻≫と呼び始めます。 笑っちゃうよねえ。 どちらが先に仕掛けたか、馬鹿でも分かるというのに、侵略された側を侵略者呼ばわりし、侵略した側を被害者として慰めてやっているのです。 大喜びしているのはグルジアの指導者達でしょう。 「国際世論はグルジアの味方だ! 我々は正しかった!」とばかりに、感動と興奮で、打ち震えている事でしょう。 もし、その通りだとすれば、「グルジアは正しい事を行ったのだが、ロシアによって阻止されただけ」という事になり、名分上は、グルジアによる再侵略が正当化される事になります。 旧西側諸国は、グルジアの肩を持つ事によって、グルジアを勇気付け、「もう一度、攻め込め」と唆しているようなものです。 おいおい、落ち着いて考えろよ、本当にそれでいいのか?

  もちろん、旧西側諸国にしてみれば、グルジアにそんなに肩入れする義理など無いのであって、彼らの心理は、単にロシアを批判したいという一点からのみ出ていると思われます。 伝統的な、ロシア・ソ連嫌悪感から生まれる差別意識の発露ですな。 旧西側諸国がグルジアについて持っている知識・情報は、ロシアについてのそれより、桁違いに少ないと思いますが、そんな事はどうでもいいのであって、とにもかくにも、敵の敵は味方というわけだ。

  ≪国際世論≫というのは、便利な言葉で、各国政府やマスコミによって、都合よく解釈されて使われています。 何なんだよ、国際世論て? 旧西側の国では、自分達の言い分のみが、国際世論とされていて、それ以外の国の言い分は、顧慮に値しないと見做されているようですが、実際にはそんな事はありません。 もし、民主主義的に国際世論というものを仮想するなら、旧西側諸国を全部合わせた人口よりも、中国やインド、それぞれ一国の人口の方が多いのですから、旧西側諸国の世論は少数意見に過ぎないという事になります。 最近では、中国を批判する時に、国際世論という言葉が頻繁に用いられますが、そういう態度自体が非民主的だという事になりますな。 「国際世論」が三度の飯より好きな人は、マスコミや自称識者にうようよいますが、その辺の矛盾を自分の頭の中でどう処理しているのかねえ? 一体、民主主義を肯定しているのか否定しているのか、どっちなのよ?

  日本のマスコミも、旧西側に属すると自認しているので、同じような報道姿勢を取っています。 ああ、ちなみに、欧米では、≪西側≫といえば、アメリカと西ヨーロッパ諸国の事だけを指し、日本や韓国は含みません。 アメリカの同盟国ではあるが、西側ではないと考えているんですな。 だって、西に無いものね。 これは、冷戦時代からずっとそうです。 日本人が勝手に西側の一員だと思い込んでいるだけです。 そういえば、自衛隊の装備品は、NATO規格に合わせた物が多いですが、何だか、小学校でクラスに一人は必ずいる、≪真似しっ子≫みたいで、虚しくも情けないですな。 だーから、日本はNATOに加盟してないだろ? 合わせてどうする? 

  で、日本のマスコミですが、旧西側の≪国際世論≫に合わせて、ロシアを侵略者呼ばわりしているんですな。 つくづく聞きたいんですが、本当にそう思っているのかね? グルジア自身が先に侵攻した事を認めているのに、まだ、ロシアが侵略者だと思うのかね? どういう頭の構造をしとんねんな? 話の辻褄とか、物事の前後とか、全く理解できんのではないかい? 国際政治どころか、歴史も何も知らんのかい?

  そういえば、また新聞に出てましたよ。 戦闘兵車の写真を出して、その説明文に、「グルジア領内のロシア軍戦車」と書いているのが。 一体、いつになったら、兵器の種類を覚えるんだろうねえ。 これ、昔っからそうですが、新聞記者って、戦車と戦闘兵車の区別がつかんのですわ。 キャタピラがついていて、砲塔が載っていれば、みんな戦車にしてしまいます。 もっと、ひどくなると、戦車と装甲車の区別さえつきません。 とにかく、戦争に使う車両で、砲塔が載っていれば、みんな戦車だと思っているらしいです。

  信じられん話ですが、軒並み国立大学を出ているような連中が、こんなアバウトな脳味噌で、国際記事を書いてるんですぜ。 あのなあ、戦車というのは・・・・・ああ、面倒臭い! 馬鹿じゃないなら、自分で調べろ! 大体、先輩記者や編集長が、そんな説明文を素通りさせてしまうのがおかしい。 小さな新聞社でも、社員の中に一人くらいは兵器の見分けがつく人間がいるだろうに。 兵器の写真を紙面に載せる時には、必ずその人に見せて、確認してもらいな。 子供新聞じゃないんだから、いい加減な知識を世間に広めるなよ。 ちなみに、中国語では、戦闘兵車の事を、≪戦車≫と言います。 じゃ、戦車の事は何というかというと、≪坦克≫と言います。

  おっと、また脱線だ。 何の話だ? 日本のマスコミの反応の話だ! そうそう、でねー、とにかく、ロシアを批難したくてしょうがないんでしょうな。 NHKの報道番組を見ていたら、キャスターの女性アナが、「ロシアの侵略」、「ロシアの侵攻」と、どれだけ繰り返すか分からない。 ゲストに来ていた、防衛省の研究者の方が辟易するほど、ロシアを悪者に仕立て上げまくっていました。 研究者は、アメリカの力の衰えについて語りたがっていましたが、キャスターはロシアの軍事プレゼンス増大の事しか頭に無く、全く話が噛みあっていないのが滑稽でした。 しかし、話を聞くつもりが無いなら、わざわざ専門家をスタジオに招く必要は無いよなあ。

  映像の取材内容も、明らかにグルジア側に偏っていて、グルジアの避難民にインタビューして、「ロシアの人達も、私達と同じ目にあってみれば、この辛さが分かるでしょう」などというコメントを紹介していましたが、それは、南オセチア住民が、グルジアに向かって言いたいセリフでしょう。 このグルジアの避難民、たぶん、自分の国が先に攻めた事を知らないか、知っていても、「南オセチアは、もともとグルジアの領土だから、侵略ではない」と、ふてぶてしく考えているかのどちらかでしょう。 いずれにせよ、こういうコメントを紹介するなら、南オセチアでも同様のコメントを拾って、バランスを取るのが、客観的報道姿勢というものです。 この偏った姿勢は、もともとロシアに恨みがあって、この紛争を好機到来とばかりに、唾を吐きかけているとしか思えません。 まったく、下司な話だ。

  新聞も、ロシア側の立場で書いている記事が全く無いですな。 グルジアが先に侵攻した事を直接書かずに、「ロシアは、そう主張している」などと、ワン・クッション入れて表現しているわけですが、何度も言うように、先に侵攻したのはグルジア自身が認めているっつーのよ。 何で、素直にそう書かぬ? そんなに、ロシアが憎いか? 一体、何の恨みだ? ロシア人がお前の家にやって来て、何かしたのか? そうじゃあるまい。 世論を操作して、日本国民がロシアに憎悪を抱くように仕向けたいのか? やれやれ、戦前・戦中と全然変わらんのう。 いつになったら、≪客観報道≫という概念が頭に入るんだろうねえ。

  旧西側諸国も、その一員だと思っている国も、グルジアについて何も知らないのなら、他国同士の争いに首を突っ込んで、一方の肩なんて持たない方が賢明ですぜ。 グルジアがあんた方にとって、何だって言うのさ? まして、侵略した側をせっせと応援しているのでは、一体、自分が正義なのか、悪なのか分からなくなってしまうでしょうが。 また、グルジアもグルジアです。 いくら、遠くの胡散臭い≪国際世論≫を味方につけたって、すぐ隣のロシアとうまくやっていけないのでは、これから先、地獄ですぜ。 よくよく考えなさいな。


  実は今回、この紛争の事から説き起こして、もっと大きなテーマについて書こうと思っていたんですが、長くなってしまったので、ここで切ります。 せっかくの休みを、こんな事で潰していられないよ。 大きなテーマの方は、次回か、事によったら、もっと先か、気分が乗った時に改めて書く事にします。