2009/07/12

続・動物に限る

前回の続きです。 12冊ですが、終わりの二冊は、ごく最近、読み終えたものなので、記憶や印象が鮮明な分、感想が長くなっています。




≪動物たちの社会を読む≫
  動物の行動を心理面から探求した解説が主ですが、内容は動物学の全般に亘っていて、一口では説明できません。 「狼少女の話は、動物学的には信用できない」とか、「アライグマが食べ物を水に浸けて捏ね繰り回すのは、別に洗っているわけではない」とか、一般的に信じられている動物に対する常識を、次々と覆してくれます。 大変、面白い本です。



≪魚のおもしろ生態学≫
  海水魚と淡水魚の中から、有名どころを選び出して、個別に生態を解説した本。 些か対象が多過ぎて、一つ一つの種に対する掘り下げが浅く、食い足りない面があります。 魚を漁業資源として見る態度が頻繁に出て来て、純粋な生物学の楽しみを感じさせてくれないのも欠点。



≪イカはしゃべるし空も飛ぶ≫
  これはビックリ! イカというのは、凄い生き物だったんですなあ。 刺身だの煮込みだの、食う事ばかり考えていては、罰が当たりそうです。 イカは貝類から進化した生き物で、言わば、≪泳ぐ貝≫なのだそうです。 漏斗からジェット噴水する事で推進し、漏斗の向きを変えれば、前進・後退・方向転換も思いのまま。 トビウオのように、海面から飛び出して滑空する事も出来るとか。 一方で、漁業資源扱いもしており、どうも魚介類の研究者の感覚には、理解しかねる所があります。



≪砂漠のラクダはなぜ太陽に向くか?≫
  書名にはラクダが取り上げられていますが、牛の記述の方が多いです。 動物の生態を、エネルギーと水分の代謝機能面から解説した本。 普通の動物本では取り上げられないテーマなので、実に面白いです。 「牛の第一胃は、観察用に外から大穴を開けても、健康上問題がない」というのが凄い。 世の中には、知らない世界がたくさんあるもんですなあ。



≪生物が子孫を残す技術≫
  題名の通り、十数種類の動物をピックアップし、変わった繁殖の仕方を紹介しています。 ただし、子育ての仕方までは触れず、相手を見つけて交尾する所までの話。 テーマがテーマだけに、小中学生向けの割には、下品な感じがします。 とりわけ、「ゴキブリの○ェ○○○」は、呆れ果てた章題で、子供向けでなくても、こんな言葉を平気で使う本は珍しいでしょう。 本文イラストも、妙にマンガっぽくて、学問書に似合いません。 下ネタでウケを狙う事と、科学の面白さを伝える事を履き違えている感あり。



≪親子で楽しむ生き物のなぞ≫
  動物全般を対象にした小中学生向けのマメ知識本。 複数の執筆者による共著で、それぞれ専門分野を受け持っているのか、一般向けとしても充分に楽しめるくらい内容は濃いです。 しかし、後半のペット編や、家の中の生き物編になると、急にしょぼい話になり、生物学への興味が失せてしまいます。



≪「退化」の進化学≫
  人間の体に残る、太古の生物の痕跡について、詳細に記した本。 科学入門書であるブルーバックスに入れておくには勿体ないような、独創的な視点の研究成果が盛り込まれています。 「哺乳類の耳は、魚類の鰓穴が変化した物」とか、「爬虫類では体の横に張り出していた脚が、哺乳類では体の下に回ったが、前脚と後脚が逆向きに捻れた為、人間の手と脚は、曲がる方向が逆になった」とか、目から鱗の解説が満載。 読者を選ばずに、一読の価値があります。



≪「あ!」と驚く動物の子育て≫
  内容を動物の子育て方法に限定した、小中学生向けのマメ知識本。 そこそこ面白いのですが、著者当人が研究した結果ではなく、本を読んで集めた知識を又書きしてあるので、あまり、ありがた味がありません。 写真とイラストがたくさん入っていますが、写真はともかく、イラストは著者が描いたもので、お世辞にもうまいとは言えません。 中には、何の動物なのか分からないようなものもあります。 こういうのは、編集者が意見をして、プロの絵描きに頼むべきでしょう。 というか、もしかしたら、著者が、「自分の描いたイラストを使ってもいい」と言い出したから、こんなにイラストの多い本が出来上がったのかもしれません。



≪ペンギンの世界≫
  ≪ペンギンたちの不思議な生活≫とは、別の著者によるペンギン解説書。 これも、種類ごとではなく、総合的な説明になっています。 潜水深度が、コウテイ・ペンギンでは、600メートルに及ぶそうで、仰天もの。 他の種でも、200メートルは楽に潜るとか。 原子力潜水艦の安全な潜行深度が、400メートルくらいですから、ペンギンの凄さが分かろうというもの。 太古には、身長160センチくらいの大型ペンギンがいたというのも、興味深いです。 後ろの方へ行くと、ペンギン保護活動の紹介になり、些か活動家の自慢話臭くなりますが、その点を割り引いても、なかなか面白い本です。



≪コウモリのふしぎ≫
  割と珍しい、コウモリの生態を解説した本。 文化方面の記述は数本のコラムに留め、あとは全て、動物学的な研究成果の紹介になっています。 特に、コウモリが使う音波探知能力に関する記述はボリュームあり。 この本を一冊読むと、確かに、コウモリに対するイメージが変わります。 私は一度も見た事が無いんですが、コウモリというのは、日本全国、市街地でも住宅地でも、どこにでもいるらしいですな。 アブラコウモリという種類に至っては、人家の中にだけ営巣するそうで、ちょっとビックリな話。



≪犬の科学≫
  ペットとしての犬ではなく、イヌという種を科学的に分析した、という触れ込みの本。 以前、新聞の記事で、「イヌとオオカミの遺伝情報はほとんど変わらない事が分かった」と書いてあったので、てっきりそうだと思っていたのですが、この本によると、まるで違うようですな。 イヌというのは、オオカミから別れて人間の生活圏に入ってきた種で、イヌを山へ戻せばオオカミと同じ行動を取るようになる、というわけではないようです。 イヌが人間に見せる愛情や忠誠心は、実は人間側の錯覚に過ぎず、イヌとしては、グループ内の上位個体に対して、服従の態度を取っているだけなのだとか。 そして、隙あらば上位個体に挑戦し、自分が上に立とうと狙っているのだそうです。

  ただ、この本の著者が、イヌの専門家ではなく、動物学者ですらないのは、かなり気になるところです。 略歴を見ると、一応、≪科学者≫の肩書きも並んでいますが、本業は学者ではなくジャーナリストのようで、それを知るといきなり記述内容が胡散臭く思えて来ます。 本人もイヌは飼っているようですが、せいぜい観察くらいがいいところで、実験などは行なっていない模様。 つまり、この本の内容は、ほとんど、他の学者が研究した事の受け売りなんですな。 うちもイヌを飼っているので、経験的に頷けるところもあるのですが、内容が受け売りとなると、信憑性には疑問符を付けざるを得ません。



≪やっぱりペンギンは飛んでいる≫
  これは、つい昨日まで読んでいたんですが、ちょっと洒落にならない本でして、記述内容とは全然別の面で仰天している次第。 こんな本が、曲がりなりにも科学書の一冊として出版されているとは、ダーウィン様でも気がつくめぇ。

  図書館でパラパラっと捲り読みした時に、「あれ? 何だか、どこかで読んだような事が書いてあるな」と、思うには思ったのです。 しかし、「同じ、ペンギンについて書かれた本なら、似た記述があってもおかしくはないか」と思って、そのまま借りて来たのです。 ところが、いざ読み始め、読み進むにつれ、顔の筋肉が引き攣ってきました。 前回紹介した、≪ペンギンたちの不思議な生活≫、及び、今回紹介した、≪ペンギンの世界≫の二冊に書かれている内容が、文章を変えて、摘まみ食い的に書き写されていたのです。

  よく見ると、書名にしてからが、≪ペンギンたちの不思議な生活≫の序章の章題、≪それでもペンギンは飛んでいる≫を下敷きにしているのは疑いなく、「よくも臆面もなく、こんなタイトルを・・・」と、開いた口が塞がりません。 参考文献のページに、40冊くらいの書名が載っていますが、おそらく、それらを精査すれば、この本の文章の原形がすべて見つかるんじゃないでしょうか。 調べるのも恐ろしいですが。

  前書きによると、著者は、ペンギンの研究者ではなく、本業は絵描きだそうで、言わば、ただの、≪ペンギン好き≫。 ネットの個人サイトで、ペンギンについてあれこれ書いていたのが、出版社の目に止まり、本を出さないかと持ちかけられたのだそうです。 なるほど、それなら、納得できます。 個人サイトの文章であれば、学者が書いた本の内容を受け売りするのは、珍しい事ではありませんから。 しかし、それは、個人サイトが営利目的でないから許される事であって、本を出しちゃったらアウトでしょう。 だって、印税入るんでしょう? 他人の著作の内容を書き写して、本出して、お金儲けたら、そりゃ、犯罪ですよ。

  学者が書いた本であっても、他の学者の研究内容を引用する事は頻繁に行なわれていますが、そういう場合は、学者名や、引用元の論文・書籍名を明記するのがルールです。 この本にも、片手の指ほどの学者の名前は出ていますが、その余の大部分はスルー。 一応、「~だそうです」とか、「~のようです」といった語尾をつけて、「自分が研究した事ではなく、読んだり聞いたりして知った事だ」と匂わせる表現にしていますが、つまり、「ヤバい事をやっている可能性がある」という自覚はあるわけで、尚更、性質が悪いです。 勝手に研究内容を書かれた学者達が怒り出さないのは、この本が日本というローカル市場で、研究者向けではなく、一般向けに出されているため、目に入る機会が無いという、ただそれだけの理由でしょう。

  上に紹介した、≪コウモリのふしぎ≫も、同じ出版社の、同じ科学シリーズの本なんですが、そちらは、学者4人の共著だけあって、引用元はくどいくらいに細かく記してあります。 同じ出版社で、この違いは何なんでしょう? 少なくとも、担当編集者は、確実に別人でしょうな。

  百歩譲って、素人が書いた本という事で、引用元の記載が異様に少ない点を大目に見るとしても、この本の受け売りには、読む者を驚かせる甚だしさあります。 ≪ペンギンたちの不思議な生活≫と、≪ペンギンの世界≫を先に読んでから、この本を読めば、十人中十人が、「なんじゃ、こりゃ?」と噴き出すでしょう。 動物の科学書の場合、その動物に関するどんな面をテーマに取り上げるかで、著作の独自性が発揮されるのですが、≪ペンギンたちの不思議な生活≫と、≪ペンギンの世界≫の各テーマには、重なる部分がほとんど無いのに比べ、この本は、前二書と重ならない部分を探す方が難しいくらいです。

  学者ならば、既に他者が発表しているのと同じ研究を後出ししても業績になりませんから、本を書くにしても、先人の著作とテーマが重ならないように注意深く避けるわけですが、素人は、まるっきり発想が逆でして、「先人の著作を真似ておけば、学問上、間違いにはなるまい」と考えるのではありますまいか。 保険のつもりで真似られたのでは、元の本を書いた人はたまらんでしょう。 テーマを考えるのも著作権の内なのだという事が、分かっているのやらいないのやら。

  この本、もっとたまげた事に、監修者がいるのです。 そちらは、本物の学者。 こんな本に名前を入れてしまって、その後の学者としての活動に支障が出ないものなんですかね? もしかすると、「一般向けの本だから、そんなに厳格に考えなくてもいいだろう」と思ったのかもしれませんが、明らかな子供向けならいざ知らず、一般向けであれば、受け売りで書いた本を出版するのは、充分に問題ですぜ。

  こういう本を出す人間がいると、ペンギンまで穢れて見えてくるから、嫌になります。 実際には、ペンギンはペンギン、人間は人間なのであって、どんな人間に好かれたとしても、ペンギンに罪があるわけでは無いんですが・・・。


  ≪犬の科学≫や、≪内科医からみた動物たち≫の時にも、同じような事を感じましたが、科学書の著者となれば、専門性が問われるのは当然で、ただの動物好きが筆を執っていい分野ではありますまい。 もし、こういう本がアリだというなら、私は明日からでも、作家に転身します。 関連書籍を読み漁って、要所要所を自分の文体で書き写せば一丁上がりですから、文系人間ならば中学生でも出来るでしょう。 だけど、そんな本に、何の価値があるんですかね?