2011/06/05

読破・森見登美彦作品②

森見登美彦作品の感想の続き。




≪有頂天家族≫
  京都に棲息する狸一族の興亡を描いた、妙にリアルなファンタジーです。 大体どんな世界設定かというと、≪平成狸合戦ぽんぽこ≫に近く、「参考にしていない」と言ったら、確実に嘘になると思われますが、ストーリーは全く違うので、盗作・盗用の疑いとは無縁です。 ≪ぽんぽこ≫ほど悲愴なラストではないので、もしアニメ化したら、たぶん、こちらの方が面白くなるんじゃないかと思います。

  偉大な父の特質を分割して受け継いだ四兄弟の狸が、自分達と母を陥れようとする叔父一家と対立する話。 天狗の先生や、天狗の力を持つ冷酷な人間の女、毎年年末に狸鍋をつつくのを恒例とする金曜倶楽部の面々などが絡んで、かなり入り組んだ話になっています。 読み始め、「なんだ、狸が化ける話か・・・」と、子供向け作品をイメージさせますが、そんな事は全然無く、学生でも大人でも、手練れの読書人でも、読み応えは十二分にあります。

  クライマックスへ向けて、話が纏まっていく流れは、心地良いほどに鮮やか。 ストーリー構成のお手本のような、見事な展開を堪能する事ができます。 さすが、伊達に膨大な量の本を読んでいない作者だけあって、このくらいの作劇は、お手の物なのかもしれません。 もし映像化するなら、このストーリーの明快さは、やはり、アニメ向けですな。 実写で出来れば、それも面白いとは思うものの、日本のCG技術では、狸も、空飛ぶ偽叡電も、見るに耐えないものとなるでしょう。

  テーマは、家族愛、兄弟愛でしょうか。 雷が嫌いな母の為に、雷が鳴り始めると、兄弟達が母の元へ集合する設定が、何とも言えません。 ふだんは、人間的な醜悪さを垂れ流している狸達なんですが、こういう所に動物的な純粋さが垣間見えて、思わず知らず、心が温まります。

  主人公の三男は、少々ひねすぎていて、好感度は高くありませんが、怠惰のあまり井戸の底の蛙になってしまった次男や、怒ると虎に化ける長男、携帯電話の充電だけ得意な四男は、それぞれ愛すべきキャラです。 ドジな敵役の、金閣、銀閣も面白い。 一方、堕天狗の赤玉先生は、あまりにも駄目駄目過ぎて、呆れてしまいます。 天狗の力を持つ女、弁天は、怖過ぎ。 金曜倶楽部の面々は、人間が下らな過ぎて、感心しません。

  とにかく、読んでいて、大変楽しい話です。 読み終わるのが、勿体無いくらいに。 お薦め。




≪恋文の技術≫
  別に恋文の書き方を書いたハウツー本ではなく、書簡体の小説です。 京都大学で、就職活動が億劫なばかりに大学院に進んだ青年が、教授の命令で、能登半島の無人駅そばの臨界実験所に飛ばされてしまい、京都にいる友人・知人・妹等と文通を交わして、寂しさを紛らわすと同時に、今は就職して大阪へ行ってしまった片思いの女性に出す恋文の技術を修行する話。

  書簡体などと聞くと、「読み難いのではないか?」と、少し引いてしまいますが、読んでみると、杞憂である事がすぐに分かります。 とにかく、一通一通の手紙の文面が、大変面白い。 あまりにも腹蔵が無い内容なので、「こういう手紙を書いても、壊れない信頼関係があるというのは、羨ましいものだ」と、感動すら覚えます。

  ちなみに、出て来るのは、主人公が書いた手紙だけで、相手側の返事は、主人公の書く手紙の内容から推測されるだけです。 これは、全編を通じて一貫した原則のようで、終わりの方に、主人公以外が差出人になっている手紙が何通か出て来ますが、実は、それも例外ではない様子。 ちょっと分かり難いので、スルーしてしまう読者もいると思いますが、主人公は、数ヶ月に渡る文通修行の結果、他人に成りすまして手紙を書くほどの実力を身につけたという事になりますな。

  最終的に、片思いの女性への手紙は書かれるのですが、それは恋文にはならず、物語のはっきりした結末も描かれずに終わります。 この点、少々すっきりしませんが、全体のストーリーよりも、部分の凝り方を楽しむべき作品と思えば、欠点にはなっていません。

  それにしても、こういう文通というのは、今でも行なわれているんですかねえ? ネット上でなら、掲示板やブログ・コメントで他人との意見交換ができますが、それは、手紙の体裁より、文章による会話に近いですから、こんなに多くの内容を盛り込めるものではありません。 また、完全な他人とでは、腹を割った会話も難しいです。 現実世界での友人・知人とならば、それも可能ですが、普通は、携帯メールなどで、もっと短い文章をやりとりするんじゃないでしょうか。

  もう一つ気になったのは、この主人公が、国立大学の学生でありながら、研究にはほとんど興味が無く、色事ばかりで頭の中が埋まっているらしい事です。 国立ですから、研究費や能登での生活費は、国民の税金から出ていると思うのですが、納税者としては、笑って済ませられない話です。 もっとも、この小説では、主人公の駄目人間ぶりが最大の魅力なので、そんな事に腹を立てるのは、筋違いなのですが。

  更に一つ加えますと、この主人公、片思いの女性の事を、運命の人のように見做しているようですが、そんな事は全然無いのであって、単に、同じ研究室に同じ時期に在籍したというだけの話だと思います。 小さな集団の中で男女が入り混じっていると、自然に、「誰か好きにならなければならない」というような雰囲気になるのですよ。 彼女と顔を合わせなくなってから、最初の手紙を書くまでに、半年くらい経ってしまっていますが、大阪で就職した彼女は、とっくに新しい人間関係の中に組み込まれている事でしょう。 その期に及んで、大学時代の同輩と改めて付き合い始めるなど、考えられませんな。




≪太陽の塔≫
  森見登美彦さんのデビュー作。 ≪第15回 日本ファンタジー・ノベル大賞≫の大賞受賞作。 ・・・なんですが、どうして、これがファンタジーなのか、首を傾げずにはいられない内容です。 裏街から彼女の夢の世界へ入っていく場面など、ファンタジーっぽい所もあるにはありますが、どうも、≪ファンタジー・ノベル大賞≫に応募するために、その部分だけ加筆したように見えぬでもなし。

  別れた、というか、逃げられた彼女を、「研究」と称してストーキングする京都大学の5回生が、互いに女性に縁が無い友人達と、誇り高くも惨めな日々を送る話。 恋愛物ではなく、強いて分類するなら、青春物という事になりますが、明るさや爽やかさとは対極を目指しているようで、ある意味、この上無いくらい、現実の男子大学生の姿をよく写しているような気がします。

  ≪太陽の塔≫という題名は、あの大阪・万博公園の太陽の塔の事ですが、彼女が夢中になっている対象として登場します。 しかし、小説全体を象徴しているとはとても言えず、なんで、この題名になったのか解せません。 この小説自体が、一つの物語としての纏まりに欠けているので、題名のつけようが無かったのかもしれません。

  面白い事は面白いのですが、それはあくまで、部分の話。 ストーリーが、あまりにも行き当たりばったりな展開なので、「よく、この作品に賞を出したな」と、意外に感じてしまうのですが、その後の森見さんの活躍ぶりを見ると、結果オーライの大正解だったわけで、この混沌とした作品から、「ん! この男、売れるぞ!」と見抜いた審査員や編集者は、大変な慧眼だったんでしょうなあ。





≪短編ベストコレクション 現代の小説2008≫
  2008年に小説雑誌に発表された、21人の作家の短編小説を集めたアンソロジーです。 571ページもある、異様に厚い文庫本。 中に、森身登美彦さんの短編、≪蝸牛の角≫が含まれていたので、借りてきました。

  ≪蝸牛の角≫は、やはり、現代の京都の大学生の話でして、入れ子式の箱を一つ一つ開いて行って、開き終わったら、今度はまた一つ一つ閉じて行って終わる、という構成。 よく出来た昔話のような雰囲気がある、纏まりのいい小説です。

  せっかく借りたので、他の作品も読んでみました。 他の作家は、石田衣良、宮部みゆき、諸田玲子、泡坂妻夫、中場利一、山田詠美、蓮見圭一、唯川恵、桐生典子、藤田宜永、関口尚、大沢在昌、恩田陸、桜庭一樹、柴田哲孝、新津きよみ、堀晃、飯野文彦、小路幸也、高橋勝彦(敬称略)の各氏。

  一通り全部読んだ結果、現代の日本の小説に、絶望を感じてしまいました。 こんなんで、読者からお金を取っているとは、恐るべき畏れ多さ。 面白いとか何とかいう以前に、短編小説としての体を成していません。 テーマがはっきりしなかったり、短編なのに構成が滅茶苦茶だったり、物語と無関係な余談にページを割いたりと、呆れ果てる低レベル。

  どうにか、小説らしくなっている物というと、≪笑わないロボット(中場利一)≫、≪図書館のにおい(関口尚)≫、≪初鰹(柴田哲孝)≫、≪唇に愛を(小路幸也)≫くらいのものでしょうか。 しかし、この四編ですら、その作家のファンでなければ、お金を出して読みたいとは思わないでしょう。

  そもそも、宮部みゆきさんを除けば、私が名前を知っていた作家は一人もいませんでした。 どこかで聞いた事があるような名前が、辛うじて、二人くらい。 他の作家と比べてみれば、どうして、森見登美彦さんが人気作家になっているのかが、よく分かります。 鍵は、「現代の人間を、独自の視点で描けるか」ですな。

  たとえば、≪黒豆(諸田玲子)≫ですが、 2008年に、1980年代を舞台にした小説など発表して、現代的テーマを読み取れという方が無理でしょう。 誰がそんな中途半端に古い話に興味を持つのよ? 夫婦の危機物というのが何篇かありますが、どの時代でも通用するというより、どの時代に於いてもつまらんテーマという気がします。 浮気だ、不妊だ、なんて、他人が読んで、面白がるような事ですかね?

  また、現代的テーマを扱っていても、誰が書いたか分からないような文体というのも、著しく魅力を欠きます。 特に短編では、ストーリーの骨組み優先で、肉付けが弱くなるので、独自の文体を持っていないと、個性の出しようがないでしょう。



  今回は、以上、四冊まで。 ≪短編ベストコレクション 現代の小説2008≫については、他の作家の作品の感想の方が長くなってしまいましたが、これは致し方ないですな。 つくづく思うに、この種のアンソロジーや小説雑誌を買う人間の気が知れません。 好きな作家の作品を一つ読むために、他の作家のスカ小説も、抱き合わせで買うなど、金をドブに捨てるようなもの。 出費は大した事ではないとしても、雑誌が溜まり出したら、置き場所に困るでしょうに。 誰が買ってるんですかねえ?