2011/12/04

自転車の本②

先週は、折り畳み自転車の後輪タイヤ交換で、土曜が潰れてしまったのですが、今週は今週で、「日曜に祖母の法事がある」などと、母が一週間前になって言い出したもので、日曜にやるはずだった事を、土曜に前倒しせざるを得なくなり、結局、時間の余裕がなくなってしまいました。 というわけで、また、自転車本の感想です。 これらは、岩手から帰って来て以降に読んだものなので、今年に入ってから書いた感想文になります。




≪ロードバイクの科学≫
  沼津に戻ってから、図書館で最初に借りて来た本。 正確に言うと、雑誌分類で、ムック本というカテゴリーの出版物ですが、内容は、情報よりも知識が勝っているので、普通の本と考えていいと思います。

  スポーツ自転車乗りが書く本というと、入門書、紀行文、趣味的随筆といった類がほとんどで、あまり知的なものが無いんですが、これは例外。 著者は、自動車メーカーに勤める技術者で、本職でも科学技術にどっぷり浸っているため、大変、レベルが高いです。 ただし、技術者の書く文章には、難解、というか、表現が足りないという欠点があり、その点は、この本も例外ではありません。

  空気抵抗に関して、最も詳しく、素人はもちろん、ロードバイクに乗っている人でさえ知らないような事実が書かれています。 「ドロップ・ハンドルは、下ハンの平らな部分を持っても、上のブラケット部を持った時と空気抵抗に大差が無く、下ハンを持つなら、肘を曲げて前の部分を持たなければならないが、その姿勢では、体の負担が大きいので、10分くらいしか持続しない」といった記述には、驚く人も多い事でしょう。 一番空気抵抗が少ないのは、ドロップ・ハンドルではなく、ブルホーン・ハンドルに、エアロ・バーをつけた、タイム・トライアル用のハンドルなのだそうです。

  他に、レースの時の体力エネルギーの使い方についても、細かに触れられています。 前半で飛ばしすぎると、細胞が蓄えているエネルギーを使い尽くしてしまって、腕も上がらなくなるのだとか。 対処法は、何かを食べる事しかないのだそうです。 「腹が減ったくらい、我慢すればいいだけの事」と思っていた私には、意外な驚きでした。




≪自転車ぎこぎこ≫
  ≪こぐこぐ自転車≫の著者、伊藤礼さんの、自転車随筆、第二弾。 似たような書名ですが、だいぶ、苦労して捻り出した感がありますな。 ヒット作の次ですから、二匹目の泥鰌を逃がすまいと、編集者ともども、頭を悩ませた事でしょう。

  内容は、前作よりも、紀行文の比重が増えています。 自転車本体や、関連製品の購入に纏わる文章もあるにはありますが、前作と同じエピソードを書き直したものが多く、あまり新鮮味はありません。

  そんな中で、「自転車に乗っている時、何を考えているか」を分析した文章は、なかなか面白いです。 何も考えていないようで、実はいろいろ考えているわけですが、やはり、運転に関する事であって、全く関係ない事を考える余裕は無いようですな。 私もそうです。 というか、他の事を考えている時には、注意散漫になり、大抵、何かにぶつかりそうになって、ヒヤッとする結果になります。

  相変わらず、新しい自転車を買い続けている様子。 しかも、15万円だの、35万円だのという、高価な超軽量折り畳み自転車を買っており、≪こぐこぐ自転車≫の印税で、相当潤ったのだろうなあ、と勘ぐらせてくれます。

  折り畳み自転車を電車に積んで遠出する、≪輪行≫の紀行文は、自転車ブログなどで見られる物より、ずっとレベルが高く、さすが、プロの文章家の筆だと思わせます。 ただ、楽しいばかりではなく、結構苦しい思いや、嫌な思いをしているようで、全面的に羨ましいという感じはしません。 駅や休憩場所に忘れ物をするエピソードが何度も出て来ますが、そんなに忘れ物をするものですかねえ。 荷物が多すぎるんじゃないでしょうか。




≪快感自転車塾≫
  「速くはなくともカッコよく・・・」と副題にあるのですが、これがちょっと、曲者でして・・・。

  書き手が結構な高齢者である点は、≪こぐこぐ自転車≫の伊藤礼さんと同じなんですが、こちらは随筆ではなく、一種の指導書です。 そして、誰にでも通用する客観的な指導内容ではなく、著者の主観が全開になった、言わば、個人の趣味を基準にした、≪主張≫なのです。 読み始めるとすぐに、それに気付いて、「なんだ、この本は?」と、思わず本を閉じて、表紙を見返してしまいます。

  完全に主観なので、「カッコよく」の内容も、著者がそう感じる基準に従っており、おそらく、ほとんどの人が、同意も共感もできないでしょう。 著者が自転車に乗っている写真が何枚か出て来ますが、その姿を見て、「ほう、カッコいいじゃないか」と思う読者が、1%もいると思えません。 著者一人が、自己満足に浸っているだけなんですな。

  たとえば、スタンドの事を、「重くなるし、カッコ悪い」と言って、「悪魔の装備」などと扱き下ろしていますが、その一方で、バック・ミラーを、「安全のための必需品」と持ち上げており、カッコいいとカッコ悪いの境界線がどこにあるのか分かりません。

  出版社も、こういう、個人の意見を本にするなら、せめて、有名人にして貰いたいです。 それなら、多少、自分の趣味を押し付けるような書き方がされていても、個性として許容できるのですがねえ。




≪YS-11、走る!≫
  ≪YS-11≫というのは、戦後日本で作った唯一の旅客機の名前ですが、この本の≪YS-11≫とは、折り畳み自転車の名前です。 なぜ同じ名前なのかというと、著者が最初に勤めた会社が、飛行機の≪YS-11≫を作っていた会社だから。 就職して2年で潰れてしまい、その後トヨタ自動車に再就職して、技術開発を担当してきたのですが、早期定年して、自転車の開発会社を立ち上げた時、第一号の折り畳み自転車に、記念に≪YS-11≫という名前をつけたという経緯です。

  この折り畳み自転車の≪YS-11≫なんですが、三角フレームのチューブ二箇所で折り畳む方式で、タイヤ径は14インチ、重さが7.3キロ(無段タイプ)というもの。 軽さが最大の売りですが、14インチなので、びっくりするほど軽いというわけではありません。 値段が9万円というのも、一般人が自転車に対して払おうという気になる上限を遥かに超えていると思います。

  この種の高級な折自を欲しがる人は、趣味のためなら、お金を惜しまないタイプが多いとはいうものの、軽さを売りにしている折自は、外国メーカーに有名どころが揃っており、金回りがいい人は、そちらへ行ってしまうような気がします。 ちなみに、この会社の名前は、≪バイク技術研究所≫といい、ネット上に、販売サイトがあります。

  本としては、たった一人でやっている会社の運営の様子や、台湾メーカーとの付き合いの話、著者の生い立ちなど、内容がバラエティーの富んでおり、読み物としても、なかなか面白いです。 ただ、一人称で書かれているために、著者本人が書いたような文章になっていますが、実際には、【構成・文】を担当した人が別にいるようで、その辺がちょっと奇妙。 たぶん、話を聞いたり、資料を見せてもらって、それを元に別の人が文章に纏めた、という意味なのでしょう。

  「≪YS-11≫という名称を勝手に使っていいのだろうか?」とは、誰もが思う疑問ですが、なんと、この名称、著者が申請するまで、商標登録されていなかったらしいのです。 あまりに有名すぎて、誰も使おうと思わなかったんでしょうねえ。


  以上、四冊。 岩手にいる間、「帰ったら、スポ自を買おう」と、半ば、それを支えに生きていたので、帰ってからも、図書館にある自転車本を読み継ぎました。 自転車の乗り方について書かれたハウツー本は多いのに対し、随筆の類は非常に少なく、読み物としては、喰い足りない感のあるジャンルですな。

  そういう意味で、文科系文系人間を対象に、ダイレクトに自転車の魅力を伝えた、伊藤礼さんの、≪こぐこぐ自転車≫は、革命的な影響を与えたと言えるでしょう。 プロの自転車選手や業界関係者が、どんなに気張ってもできない宣伝を、たった一冊の本で成し遂げてしまったわけですから。 執筆者にも依るものの、文系でない人が書いた文章というのは、どうしても、興趣に欠けるのです。