読書感想文・蔵出し (25)
読書感想文です。 今回の途中から、母の蔵書の推理小説に入ります。 精神医学関係の本に飽きた後、図書館へ行く気がなくなってしまい、さりとて、何も読むものがないと、就寝前とか、何となく不安になるので、「家にある本で、読んでないものを読もう」と思い立った次第。
≪定年性依存症 【「定年退職」で崩れる人々】≫
WAVE出版 2009年
岩崎正人 著
定年を迎え、仕事から解放された途端、依存症になって、人生を狂わせてしまう症状を、「定年性依存症」と名付けて、実例を紹介し、予防策を示し、回復方法を指南している本。 著者は、精神科医で、実際に治療に当たっている人。
実例は、アルコール依存、出会い系サイト依存、ギャンブル依存の三つ。 それぞれ、一人だけなので、かなり、絞ってあるわけですが、その分、分かり易いといえば、分かり易いです。 アルコール依存や、ギャンブル依存は、映画で題材に取り上げられる事があるので 、割と馴染み深いです。
絵に描いたように、同じような軌道を辿って、破滅へ向かって行く様子が、実に、しょーもない。 映画などでは、未だに、「当人の心構えの問題で、意志が弱いから、依存症になるのだ」といった見方をしていて、「お前の事を心配してる、みんなの気持ちが分からないのかーっ!」などと、胸倉掴んで涙ながらに怒鳴りつける場面が、よく出て来ますが、依存症は、立派な病気でして、怒鳴ったくらいで治るのなら、医者は要りません。
その事は、以前から知っていましたが、この本にも、同じ事が書いてありました。 私は、依存症患者なんぞ、虫唾が走るほど嫌いですが、それは、その人物の意志が弱いからではなく、れっきとした病人の癖に、その自覚がなくて、治療もせんと、職場に出て来て、周囲に迷惑をかける奴等を、何人も見て来たからです。
朝から酒の臭いをプンプンさせて、足下も覚束ず、仕事が間に合わなくて、他人の工程まで流されて来る、いい歳こいた派遣社員とか、ニコチン中毒で、タバコが切れて一時間過ぎると、イライラして来て、相手構わず、怒鳴りつけるリーダーとか、仕事上の真面目な打ち合わせをしている所に飛び込んできて、競馬の話を始める、統合失調症の疑いのある男とか、新入社員を見つけると、熱心にパチンコに誘って、何とか仲間に引き込もうと目論む指導員とか・・・。 そんな連中を、暖かい目で見守れという方が、無理難題というもの。
この本の場合、単なる依存症ではなく、定年を迎えて、やる事がなくなった結果、依存症に陥り易い趣味に嵌まって、転落して行く症例を、特別に取り上げているのですが、実例に出て来る人物達に共通しているのは、現役の頃は、「仕事人間」だったという点でして、それならば、やはり、同情に値しません。
仕事人間も、周囲から見ると、中毒患者と同じくらい、迷惑なんだわ。 自分が、様々な事を犠牲にして、仕事を打ち込んでいるのだからと言って、他の人間にもそうするよう求めたり、自分と同じくらい仕事をしない人間を、見下したり、ろくな奴がいません。 人柄が優れている人というのは、仕事にも私生活にも、バランスが取れているものです。
仕事人間というのは、仕事に依存しているのであって、あれも、依存症の内に入るのでは? 定年退職で、仕事依存症の人間から、依存対象である仕事を取り上げたら、精神状態が不安定になり、他の依存対象を見つけようと焦るのは当然の成り行きです。 ところが、仕事中心で生きて来た連中ですから、趣味の知識・経験は、貧弱極まりなく、暇潰しレベルの趣味しか思いつかなくて、ギャンブルに走ったり、そんな趣味すら見つけられず、酒に溺れたりするわけだ。 しょーがないねー。
で、依存症は、病気ですから、医者にかからなければならないのですが、酒で体を壊したり、借金だらけになって、二進も三進も行かなくなりでもしない限り、当人が病院に行く事を承知しないものだから、どんどん、悪化してしまうのだそうです。 借金だらけは、家族がたまりませんなあ。 家族にしてみれば、「いっそ、死んでくれた方が・・・」と、心のど真ん中で思っている事でしょう。
「依存症は、完治はせず、回復するだけ」なのだそうです。 つまり、依存症になる前の、完全に健康な心に戻る事はなく、比較的、軽い症状に回復するだけという意味なんでしょう。 回復過程を、一生続けなければ、ちょっとしたきっかけで、すぐに、元の木阿弥になるそうです。 そういや、他の病気で入院したのを契機に、タバコをやめた人が、見舞いに来た同僚に進められて、一本吸ったら、たちまち、元に戻ってしまったという話を聞いた事があります。
依存症から回復させる有効な手段が、自助グループへの参加だけというのは、精神医学の限界を表していると思います。 自助グループ活動というのは、アメリカのドラマなどに良く出てくる、患者同士が一箇所に集まって、自分の依存症歴を吐露しあう、あの会合です。 何となく、医師が治療を放棄し、患者達の自助努力に丸投げしているような感じもしますが、実際に、最も効くというのだから、他に選びようがありません。
この本、実例の紹介部分は面白いのですが、予防方法について書かれた章は、あまり実用的とは言えず、参考にならないと思います。 そもそも、そんな忠告を聞き入れて、自ら予防ができるような柔軟性のある人間なら、何も言われなくても、依存症にはなりますまい。 また、本のタイトルで、「定年性」と限定してしまったら、定年前後の人しか読みませから、予防するには、手遅れなのではないでしょうか?
≪やさしい精神医学入門≫
角川選書 473
角川学芸出版 2010年
岩波明 著
≪自我崩壊≫が、読み易かったので、同じ著者の本を探して、借りて来たもの。 タイトルの通り、精神医学全体を紹介した、入門書で、その上、頭に、「やさしい」までついており、どれだけ分かり易いのかと、期待が半分、もしかしたら、子供向けみたいな内容ではと、不安が半分、そんな気持ちで読んだのですが、まあ、その点は、普通でした。
各章のタイトルだけ並べますと、
1 精神医学と精神症状
2 精神疾患の分類
3 精神科における診断基準
4 精神医学の歴史
5 統合失調症
6 躁鬱うつ病とうつ病
7 発達障害
8 精神疾患と犯罪
9 精神科とクスリ
10 精神科と医療費
これだけ見ていると、ほんとに、定説だけを紹介した入門書のようですが、中身はそうではなく、著者の主観が、かなり、強く出ています。 そして、この著者の場合、その主観の部分が、ウケているのではないかと思われます。
フロイトを開祖とする、「精神分析」を、単なる哲学理論であって、治療効果がないとして、ほとんど、触れていませんが、それは、事実なんでしょう。 患者の中には、医師に話を聞いてもらい、不調の原因を自ら知る事で、治る人もいたというだけの事なんでしょうなあ。
アメリカのドラマで、精神科医の治療室というと、患者が寝椅子に仰向けになって、医師の質問に答えている場面が、割と最近の作品でも、見られますが、ああいう治療法は、精神分析のスタイルで、今では、全く、時代遅れになっているとの事。 アメリカでは、特に、精神分析が広く受け入れられたらしいので、その名残で、今でも、その学派の医師が多くいるようです。
それでは、現在の精神医学の本流とは何かというと、薬物治療だとの事。 20世紀中頃に、「向精神薬」が、各種、登場して、ようやく、効果のある治療ができるようになり、精神科医の仕事は、症状を診断して、どの薬を使うか選んだり、その後の経過を見て、投薬を調整したりする事なのだそうです。 精神科医を主人公にしたドラマに出て来るような、根気よく、患者の話相手になったり、患者の私生活に干渉して、ショック療法を試みたりする事はないんですな。 そんな事してたら、体がいくつあっても足りませんし。
この本、前半は、著者が、世間一般の、精神医学に関する誤解を嘆いているだけのような印象が強いのですが、第6章以降になると、実例の紹介が出て来て、≪自我崩壊≫同様に、急激に、面白くなります。 いや、面白いといっては、不謹慎ですな。 急激に、興味深くなります。
実例は、強いですなあ。 とりわけ、犯罪にまで発展してしまった例は、実際に起こった事であるだけに、推理小説なんぞ、とても太刀打ちできないくらい、凄まじいです。 借りたレンタカーを、自分の物だと信じ込んだ男が、期限切れで強制回収されてしまった事に激昂し、営業所に乗り込んで、店員を殺した話には、震え上がりました。 冗談じゃないよ。 こんな死に方、最悪ではないですか。
他にも、夫が浮気していると、人から言われた妻が、夫が否定しても、全く聞く耳持たず、どんどん、被害妄想を逞しくして、しまいには、鋏で夫を刺してしまった話など、凄まじいですなあ。 その、最初に、夫の浮気を仄めかした女というのが、まず、信用できないと思うのですが、そういう考え方はせずに、一直線に、夫を疑ったという事は、そもそも、夫との間に、信頼関係ができていなかったんでしょうなあ。 そういう夫婦は、多そうですけど。
これらの患者は、その後、投薬治療により、症状が安定して退院したらしいのですが、なんだか、また、再発しそうですねえ。 危なっかしい事、この上ない感じ。 改善はしても、完治する事はなく、退院後も服薬が必要だとの事。 だけど、自分で飲まなくなってしまう人が多いようです。 そして、家族が飲むように言うと、また、怒り出すと。 怖い話だわ。
≪私の殺した男≫
角川文庫
角川書店 1987年初版
高木彬光 著
高木彬光さんというと、名探偵、神津恭介シリーズを書いた人ですが、私は、読んだ事がありません。 この本は、短編集で、家にあった本。 家にある小説で、私が買ったもの以外で、しかも、80年代以降となると、全て、母が買ったものです。
表題作を含む、全8作。
【私の殺した男】
【謎の下宿人】
【大食の罪】
【青チンさん】
【ある轢死】
【はったり人生】
【月は七色】
【赤い蝙蝠】
読み飛ばしたので、一作ずつ、感想は書きません。 表題作を除くと、推理小説ではなく、普通の小説です。 【青チン】さんと、【はったり人生】は、作者の実際の経験を元にしたのではないかと思われる話で、ストーリーという程のストーリーはないのですが、奇譚である事は確か。
初めて読む本だと思っていたのですが、【はったり人生】には読んだ覚えがありました。 たぶん、電車通勤していた、90年代の初め頃に読んだのだと思います。 それにしては、それ以外の7作を、全く覚えていないのですが、それはつまり、記憶に残るほど、面白くはなかったというわけでしょう。
とにかく、どれも、話が古いです。 文庫が出たのは、87年ですが、作品が発表されたのは、最も新しいものでも、1960年でして、時代背景が、今とは、まるで違います。 たぶん、母も、そんなに古い話だと分かっていたら、この本を買わなかったでしょう。 高木彬光さんのファン以外には、あまり、価値のない本。
≪消えたエース≫
角川文庫
角川書店 1985年初版
西村京太郎 著
母が買った文庫本の中に、西村京太郎さんの作品が、十数冊あったので、読んでみました。 これが、一冊目。 長編推理小説です。 最初の発表は、1981年から、82年にかけて、大阪のスポーツ新聞に連載されたものだとの事。
18年ぶりのセ・リーグ優勝がかかった大事な時期に、京神ハンターズのリリーフ・エースが誘拐されてしまう。 何とかして、対巨人4連戦の全敗を避けようと、球団マネージャーや刑事達が、時間と戦う形で奔走し、犯人を特定して、人質の行方を捜そうとする話。
西村京太郎さんというと、十津川警部のその部下達が活躍するトラベル・ミステリーが有名ですが、これは、十津川警部物ではなく、旅行とも関係ありません。 だけど、捜査であちこち出かけるので、動きは、かなり多い方です。
西村京太郎さんの初期作品は、アイデアも、もちろん面白いのですが、ストーリー展開や、描写も凝っており、力が入っていて、大変、読み応えがあります。 この作品も、その一つ。 緊迫感が、全編、途切れないのは、見事の一語に尽きます。 長過ぎない点でも、この作品は、ちょうどよいバランスが保たれていると思います。
犯人逮捕後に、因縁話がダラダラ続くような事もなく、そういう事は、逮捕に至るまでに、散らす形で語られていて、スパッと切り落とすように終わっているのは、実に、気持ちがいいです。 やはり、推理小説は、こうでなければいけませんなあ。
2時間サスペンスを見ているだけでは分かりませんが、小説の方を読むと、西村さんが、どうして、売れっ子作家になったかが、よーく、納得できます。
内容とは、あまり関係ないですが、このカバー・イラストが、いかにも、出版業界の最盛期という感じですなあ。 今は、こういう絵を描ける人が、いなくなっちゃったんですかねえ。
以上、四作です。 読んだ期間は、今年、つまり、2017年の
≪定年性依存症≫が、4月半ば。
≪やさしい精神医学入門≫が、4月中旬から下旬。
≪私の殺した男≫が、4月下旬。
≪消えたエース≫が、4月末。
実は、母の蔵書の推理小説に関しては、感想文を書くつもりがなく、読みっ放しのまま、何冊か進んでから、「せっかく読んだのに、勿体ないから、やっぱり、感想を書こう」と、6月になってから、忘れたところを読み返しながら、書きました。 読み終わった直後でも、感想文を書くのは、かったるいですが、時間が経ってからだと、もっと、かったるいですなあ。 今後は、こういう事がないようにしますわ。
≪定年性依存症 【「定年退職」で崩れる人々】≫
WAVE出版 2009年
岩崎正人 著
定年を迎え、仕事から解放された途端、依存症になって、人生を狂わせてしまう症状を、「定年性依存症」と名付けて、実例を紹介し、予防策を示し、回復方法を指南している本。 著者は、精神科医で、実際に治療に当たっている人。
実例は、アルコール依存、出会い系サイト依存、ギャンブル依存の三つ。 それぞれ、一人だけなので、かなり、絞ってあるわけですが、その分、分かり易いといえば、分かり易いです。 アルコール依存や、ギャンブル依存は、映画で題材に取り上げられる事があるので 、割と馴染み深いです。
絵に描いたように、同じような軌道を辿って、破滅へ向かって行く様子が、実に、しょーもない。 映画などでは、未だに、「当人の心構えの問題で、意志が弱いから、依存症になるのだ」といった見方をしていて、「お前の事を心配してる、みんなの気持ちが分からないのかーっ!」などと、胸倉掴んで涙ながらに怒鳴りつける場面が、よく出て来ますが、依存症は、立派な病気でして、怒鳴ったくらいで治るのなら、医者は要りません。
その事は、以前から知っていましたが、この本にも、同じ事が書いてありました。 私は、依存症患者なんぞ、虫唾が走るほど嫌いですが、それは、その人物の意志が弱いからではなく、れっきとした病人の癖に、その自覚がなくて、治療もせんと、職場に出て来て、周囲に迷惑をかける奴等を、何人も見て来たからです。
朝から酒の臭いをプンプンさせて、足下も覚束ず、仕事が間に合わなくて、他人の工程まで流されて来る、いい歳こいた派遣社員とか、ニコチン中毒で、タバコが切れて一時間過ぎると、イライラして来て、相手構わず、怒鳴りつけるリーダーとか、仕事上の真面目な打ち合わせをしている所に飛び込んできて、競馬の話を始める、統合失調症の疑いのある男とか、新入社員を見つけると、熱心にパチンコに誘って、何とか仲間に引き込もうと目論む指導員とか・・・。 そんな連中を、暖かい目で見守れという方が、無理難題というもの。
この本の場合、単なる依存症ではなく、定年を迎えて、やる事がなくなった結果、依存症に陥り易い趣味に嵌まって、転落して行く症例を、特別に取り上げているのですが、実例に出て来る人物達に共通しているのは、現役の頃は、「仕事人間」だったという点でして、それならば、やはり、同情に値しません。
仕事人間も、周囲から見ると、中毒患者と同じくらい、迷惑なんだわ。 自分が、様々な事を犠牲にして、仕事を打ち込んでいるのだからと言って、他の人間にもそうするよう求めたり、自分と同じくらい仕事をしない人間を、見下したり、ろくな奴がいません。 人柄が優れている人というのは、仕事にも私生活にも、バランスが取れているものです。
仕事人間というのは、仕事に依存しているのであって、あれも、依存症の内に入るのでは? 定年退職で、仕事依存症の人間から、依存対象である仕事を取り上げたら、精神状態が不安定になり、他の依存対象を見つけようと焦るのは当然の成り行きです。 ところが、仕事中心で生きて来た連中ですから、趣味の知識・経験は、貧弱極まりなく、暇潰しレベルの趣味しか思いつかなくて、ギャンブルに走ったり、そんな趣味すら見つけられず、酒に溺れたりするわけだ。 しょーがないねー。
で、依存症は、病気ですから、医者にかからなければならないのですが、酒で体を壊したり、借金だらけになって、二進も三進も行かなくなりでもしない限り、当人が病院に行く事を承知しないものだから、どんどん、悪化してしまうのだそうです。 借金だらけは、家族がたまりませんなあ。 家族にしてみれば、「いっそ、死んでくれた方が・・・」と、心のど真ん中で思っている事でしょう。
「依存症は、完治はせず、回復するだけ」なのだそうです。 つまり、依存症になる前の、完全に健康な心に戻る事はなく、比較的、軽い症状に回復するだけという意味なんでしょう。 回復過程を、一生続けなければ、ちょっとしたきっかけで、すぐに、元の木阿弥になるそうです。 そういや、他の病気で入院したのを契機に、タバコをやめた人が、見舞いに来た同僚に進められて、一本吸ったら、たちまち、元に戻ってしまったという話を聞いた事があります。
依存症から回復させる有効な手段が、自助グループへの参加だけというのは、精神医学の限界を表していると思います。 自助グループ活動というのは、アメリカのドラマなどに良く出てくる、患者同士が一箇所に集まって、自分の依存症歴を吐露しあう、あの会合です。 何となく、医師が治療を放棄し、患者達の自助努力に丸投げしているような感じもしますが、実際に、最も効くというのだから、他に選びようがありません。
この本、実例の紹介部分は面白いのですが、予防方法について書かれた章は、あまり実用的とは言えず、参考にならないと思います。 そもそも、そんな忠告を聞き入れて、自ら予防ができるような柔軟性のある人間なら、何も言われなくても、依存症にはなりますまい。 また、本のタイトルで、「定年性」と限定してしまったら、定年前後の人しか読みませから、予防するには、手遅れなのではないでしょうか?
≪やさしい精神医学入門≫
角川選書 473
角川学芸出版 2010年
岩波明 著
≪自我崩壊≫が、読み易かったので、同じ著者の本を探して、借りて来たもの。 タイトルの通り、精神医学全体を紹介した、入門書で、その上、頭に、「やさしい」までついており、どれだけ分かり易いのかと、期待が半分、もしかしたら、子供向けみたいな内容ではと、不安が半分、そんな気持ちで読んだのですが、まあ、その点は、普通でした。
各章のタイトルだけ並べますと、
1 精神医学と精神症状
2 精神疾患の分類
3 精神科における診断基準
4 精神医学の歴史
5 統合失調症
6 躁鬱うつ病とうつ病
7 発達障害
8 精神疾患と犯罪
9 精神科とクスリ
10 精神科と医療費
これだけ見ていると、ほんとに、定説だけを紹介した入門書のようですが、中身はそうではなく、著者の主観が、かなり、強く出ています。 そして、この著者の場合、その主観の部分が、ウケているのではないかと思われます。
フロイトを開祖とする、「精神分析」を、単なる哲学理論であって、治療効果がないとして、ほとんど、触れていませんが、それは、事実なんでしょう。 患者の中には、医師に話を聞いてもらい、不調の原因を自ら知る事で、治る人もいたというだけの事なんでしょうなあ。
アメリカのドラマで、精神科医の治療室というと、患者が寝椅子に仰向けになって、医師の質問に答えている場面が、割と最近の作品でも、見られますが、ああいう治療法は、精神分析のスタイルで、今では、全く、時代遅れになっているとの事。 アメリカでは、特に、精神分析が広く受け入れられたらしいので、その名残で、今でも、その学派の医師が多くいるようです。
それでは、現在の精神医学の本流とは何かというと、薬物治療だとの事。 20世紀中頃に、「向精神薬」が、各種、登場して、ようやく、効果のある治療ができるようになり、精神科医の仕事は、症状を診断して、どの薬を使うか選んだり、その後の経過を見て、投薬を調整したりする事なのだそうです。 精神科医を主人公にしたドラマに出て来るような、根気よく、患者の話相手になったり、患者の私生活に干渉して、ショック療法を試みたりする事はないんですな。 そんな事してたら、体がいくつあっても足りませんし。
この本、前半は、著者が、世間一般の、精神医学に関する誤解を嘆いているだけのような印象が強いのですが、第6章以降になると、実例の紹介が出て来て、≪自我崩壊≫同様に、急激に、面白くなります。 いや、面白いといっては、不謹慎ですな。 急激に、興味深くなります。
実例は、強いですなあ。 とりわけ、犯罪にまで発展してしまった例は、実際に起こった事であるだけに、推理小説なんぞ、とても太刀打ちできないくらい、凄まじいです。 借りたレンタカーを、自分の物だと信じ込んだ男が、期限切れで強制回収されてしまった事に激昂し、営業所に乗り込んで、店員を殺した話には、震え上がりました。 冗談じゃないよ。 こんな死に方、最悪ではないですか。
他にも、夫が浮気していると、人から言われた妻が、夫が否定しても、全く聞く耳持たず、どんどん、被害妄想を逞しくして、しまいには、鋏で夫を刺してしまった話など、凄まじいですなあ。 その、最初に、夫の浮気を仄めかした女というのが、まず、信用できないと思うのですが、そういう考え方はせずに、一直線に、夫を疑ったという事は、そもそも、夫との間に、信頼関係ができていなかったんでしょうなあ。 そういう夫婦は、多そうですけど。
これらの患者は、その後、投薬治療により、症状が安定して退院したらしいのですが、なんだか、また、再発しそうですねえ。 危なっかしい事、この上ない感じ。 改善はしても、完治する事はなく、退院後も服薬が必要だとの事。 だけど、自分で飲まなくなってしまう人が多いようです。 そして、家族が飲むように言うと、また、怒り出すと。 怖い話だわ。
≪私の殺した男≫
角川文庫
角川書店 1987年初版
高木彬光 著
高木彬光さんというと、名探偵、神津恭介シリーズを書いた人ですが、私は、読んだ事がありません。 この本は、短編集で、家にあった本。 家にある小説で、私が買ったもの以外で、しかも、80年代以降となると、全て、母が買ったものです。
表題作を含む、全8作。
【私の殺した男】
【謎の下宿人】
【大食の罪】
【青チンさん】
【ある轢死】
【はったり人生】
【月は七色】
【赤い蝙蝠】
読み飛ばしたので、一作ずつ、感想は書きません。 表題作を除くと、推理小説ではなく、普通の小説です。 【青チン】さんと、【はったり人生】は、作者の実際の経験を元にしたのではないかと思われる話で、ストーリーという程のストーリーはないのですが、奇譚である事は確か。
初めて読む本だと思っていたのですが、【はったり人生】には読んだ覚えがありました。 たぶん、電車通勤していた、90年代の初め頃に読んだのだと思います。 それにしては、それ以外の7作を、全く覚えていないのですが、それはつまり、記憶に残るほど、面白くはなかったというわけでしょう。
とにかく、どれも、話が古いです。 文庫が出たのは、87年ですが、作品が発表されたのは、最も新しいものでも、1960年でして、時代背景が、今とは、まるで違います。 たぶん、母も、そんなに古い話だと分かっていたら、この本を買わなかったでしょう。 高木彬光さんのファン以外には、あまり、価値のない本。
≪消えたエース≫
角川文庫
角川書店 1985年初版
西村京太郎 著
母が買った文庫本の中に、西村京太郎さんの作品が、十数冊あったので、読んでみました。 これが、一冊目。 長編推理小説です。 最初の発表は、1981年から、82年にかけて、大阪のスポーツ新聞に連載されたものだとの事。
18年ぶりのセ・リーグ優勝がかかった大事な時期に、京神ハンターズのリリーフ・エースが誘拐されてしまう。 何とかして、対巨人4連戦の全敗を避けようと、球団マネージャーや刑事達が、時間と戦う形で奔走し、犯人を特定して、人質の行方を捜そうとする話。
西村京太郎さんというと、十津川警部のその部下達が活躍するトラベル・ミステリーが有名ですが、これは、十津川警部物ではなく、旅行とも関係ありません。 だけど、捜査であちこち出かけるので、動きは、かなり多い方です。
西村京太郎さんの初期作品は、アイデアも、もちろん面白いのですが、ストーリー展開や、描写も凝っており、力が入っていて、大変、読み応えがあります。 この作品も、その一つ。 緊迫感が、全編、途切れないのは、見事の一語に尽きます。 長過ぎない点でも、この作品は、ちょうどよいバランスが保たれていると思います。
犯人逮捕後に、因縁話がダラダラ続くような事もなく、そういう事は、逮捕に至るまでに、散らす形で語られていて、スパッと切り落とすように終わっているのは、実に、気持ちがいいです。 やはり、推理小説は、こうでなければいけませんなあ。
2時間サスペンスを見ているだけでは分かりませんが、小説の方を読むと、西村さんが、どうして、売れっ子作家になったかが、よーく、納得できます。
内容とは、あまり関係ないですが、このカバー・イラストが、いかにも、出版業界の最盛期という感じですなあ。 今は、こういう絵を描ける人が、いなくなっちゃったんですかねえ。
以上、四作です。 読んだ期間は、今年、つまり、2017年の
≪定年性依存症≫が、4月半ば。
≪やさしい精神医学入門≫が、4月中旬から下旬。
≪私の殺した男≫が、4月下旬。
≪消えたエース≫が、4月末。
実は、母の蔵書の推理小説に関しては、感想文を書くつもりがなく、読みっ放しのまま、何冊か進んでから、「せっかく読んだのに、勿体ないから、やっぱり、感想を書こう」と、6月になってから、忘れたところを読み返しながら、書きました。 読み終わった直後でも、感想文を書くのは、かったるいですが、時間が経ってからだと、もっと、かったるいですなあ。 今後は、こういう事がないようにしますわ。
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