読書感想文・蔵出し (72)
読書感想文です。 このシリーズ、前回は、去年、つまり、2020年の12月13日だったから、半年も経ってしまいました。 その間も、読書は続いていて、かなり、溜まっています。
≪松本清張全集 12 連環・彩霧≫
松本清張全集 12
文藝春秋 1972年3月20日/初版 2008年5月30日/8版
松本清張 著
沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。 二段組みで、長編2作を収録。
【連環】 約294ページ
1961年(昭和36年)1月から、1962年8月まで、「日本」に連載されたもの。
大学卒業後に就職した東京の会社で使い込みをやり、解雇された男。 九州の地方都市に行って、印刷屋の事務員として糊口を凌いでいたが、あまりの薄給と過酷な労働にうんざりし、社長の妻や愛人をたらしこんで、社長を殺し、財産を手に入れようとする。 その後、、東京に戻って、エロ小説の出版社を立ち上げるが、金蔓にしていた社長未亡人が、子連れで上京して来て、またぞろ、邪魔者を殺さなければならなくなる話。
以下、ネタバレ、あり。 というか、梗概ですでに、一部、ネタバレさせてしまっていますが。
いやあ、気が滅入る話だなあ。 主人公が犯人なので、読者としては、どうしても、主人公に共感しながら読む事になりますが、最終的には、善悪バランスが取られるので、主人公と一緒に、破滅の絶望感を味わう事になります。 犯人がやる事は、心理描写も含めて、すべて、読者に知らされるので、推理小説にならないわけですが、クライマックスで、主人公が罠にかけられる流れは、少し、推理小説っぽいです。
もう一捻りして、主人公が、ラストで、大逆転し、自分を追い詰めた連中を、みんな、始末してしまう話にすれば、純粋なピカレスクになって、面白かったのに。 もっとも、それでは、読者に犯罪を推奨するようなものだから、松本さんほどの大家の作品として、問題ありになってしまいますか。
なにせ、主人公に共感しながら読んでいるので、出版社の仕事が当って、大金が転げ込む場面では、嬉しくなります。 ところが、第二弾では、もっと大きな儲けを狙っていたのが、警察に密告されて、売り捌く前に、没収。 投じた金すべてがフイになってしまい、読者も、がっかりします。 失敗する話より、成功する話の方が、ワクワクするから、この展開は、残念至極。
しかし、そうしないと、推理小説にならないから、致し方なし。 執筆した作家は、印税がパーになったわけで、主人公より残念だったと思うのですが、作品そのものは、他の出版社で出す事もできるわけだから、そんなに気の毒がる事もないか。 それにしても、そんな際どいエロ小説を、警察の手入れがある前に、大急ぎで買う読者の生態というのが、ちと、想像できませんな。
面白い事は、面白くて、ページがどんどん進みます。 構成の完成度も高く、取って付けたような部分もありません。 主人公が出版する、第二弾の本に、いつのまにか、主人公の過去の殺人行為を仄めかす文章が差し込まれている件りは、不気味で、ゾクゾクします。 まあ、誰がやったかは、すぐに、見当がつきますけど。
この主人公、強欲過ぎて、金か女か、どちらかだけにしておけばいいものを、両方に手を出して、どんどん、まずい方向へ流れて行ってしまいます。 問題解決の方法に、殺人の選択をためらわない点は致命的で、こんな人間が、長生きできるはずはありません。 青少年が、反面教師にするには、適当だと思います。
【彩霧】 約168ページ
1963年(昭和38年)1月から、12月まで、「オール読物」に連載されたもの。
銀行に勤めていた友人が、金を持ち逃げし、同時に持ち出した、融資先の脱税帳簿と引きかえに、告訴を取り下げて貰うように頼まれた証券マンの男が、銀行へ交渉しに行くが、騙されて、友人は逮捕されてしまう。 腹に据えかねて、金融の裏世界に名を知られた高利貸しに頼んだところ、また騙されて、うやむやにされてしまう。 自力で、裏事情を調査する内、高利貸しの金主が、静岡権利相互銀行である事が分かるが、そこから、殺人事件に発展し・・・、という話。
面白いんですが、話の軸が途中で変わるので、一つの話としての纏まりには欠けます。 まず、最初に出て来る銀行員は、すぐに引っ込んでしまい、後のほとんどを、友人の証券マンが主人公として、引き継ぎます。 ストーリーも、最初は、持ち逃げ事件だったのに、その後、銀行員と、その女の行方を捜す話になり、更に、相互銀行の息子の話になり、二転三転。 実に、落ち着きが悪い。
相互銀行の息子の話になってから、推理小説的な内容になりますが、トリックも謎も、あっと驚くような種類のものではなく、ゾクゾクするようなところはありません。 証券マンが、たまたま逗留した温泉宿に、たまたま、相互銀行の息子一行が泊まっていたというのはも、偶然が過ぎます。 推理小説部分自体が、取って付けたように感じられます。 松本作品は、こういうパターンが多い。
銀行と、融資先企業の不正について、裏事情が詳しく書かれていて、その点は、社会派。 しかし、推理小説部分と融合しておらず、どっちにしても、中途半端な感じがします。 証券マンの素人探偵による捜査は、クロフツ的な、コツコツ地道タイプで、その過程を読み進めるのは、麻薬的に面白いです。
≪松本清張全集 13 黒い福音・他≫
松本清張全集 13
文藝春秋 1972年2月20日/初版 2008年6月15日/8版
松本清張 著
沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。 二段組みで、長編3作、ドキュメンタリー1作の、計4作を収録。
【黒い福音】 約322ページ
1959年(昭和34年)11月3日号から、1960年10月25日号まで、「週刊コウロン」に連載されたもの。
ヨーロッパの本部から派遣された神父たちによって運営されている、カトリック系の宗派で、戦後、資金の窮迫から、闇物資の取引に手を出し、逮捕者まで出してしまう。 しばらく経ってから、若い神父が、信者の女性と深い関係になる。 上の命令で、彼女をスチュワーデスにして、香港から麻薬を運ばせようとするが、断られてしまい、教団の秘密を守る為に、口を塞がなければならなくなる話。
以下、ネタバレ、あり。
実話が元だそうです。 この若い神父、殺人容疑がかけられて、警察で事情を聴かれたものの、教団関係者全てが、口裏を合わせて、アリバイを証言したおかげで、何とか切り抜けて釈放され、短期間、入院した後、出国してしまいます。 外国人で、しかも、カトリックの神父だったから、特別扱いされ、罪に問われずに出国できたわけで、当時、腹に据えかねると感じた日本人が多かったようです。
第一部は、教団側や、若い神父側の目線で見た、事件が起こるまでの経緯。 第二部は、警察や新聞記者の側から、捜査の流れを追っています。 殺人事件そのものよりも、容疑者に、海外へ逃げられてしまった事が、この事件の肝でして、逃げられた所で、話は終わり。 その後がないから、読後感は、大変、もやもやしたものになります。
教団内の人間ではない、密輸業者を出して、それを黒幕にしているのは、教団を直接、攻撃しないように、配慮したのでしょう。 なにせ、問題の若い神父は、出国したけれど、教団そのものは、それ以降も、日本で活動を続けたわけですから、こういう作品で吊るし上げ過ぎるとまずいわけですな。 配慮しても尚、問題があるような気がしますが。
結局、警察が、証拠を挙げられなかったところに、最大の問題があるのであって、裁判はおろか、起訴すらされなかったのですから、若い神父を、犯罪者扱いする事には、問題があります。 文壇の大家が、こういう小説を発表すれば、それだけで、犯罪者扱いになってしまいますから、「疑わしきは罰せず」という、大原則に背いてしまっているわけだ。
あくまで、フィクションとして読んだ場合、黒幕の密輸業者が、中途半端な指示を出している点が、不自然です。 教団内で、都合の悪い信者を一人、消そうとする場合、教会の中で殺して、墓地にでも埋めてしまえば、そもそも、殺人事件にすらならず、大変、安全なのですが、なぜ、そう指示しなかったのか。 死体を川に放置するなど、下策中の下策ではないですか。
【アムステルダム運河殺人事件】 約82ページ
1969年(昭和44年)4月、「週刊朝日カラー別冊1」に掲載されたもの。
1965年、アムステルダム運河で引き揚げられたトランクの中から、男性の胴体と両腕が出て来た。 首、脚、手首はなかった。 やがて、ベルギーに住んでいる日本人商社マンではないかとの情報があり、オランダから敏腕刑事が派遣されて、捜査が行なわれるが、最も容疑が濃厚だった、別の日本人商社マンが、交通事故で死亡して、迷宮入りしてしまう。 被害者の遺族から調査依頼された雑誌記者が、推理好きの医師と共に、現地に渡り、互いの推理を競う話。
前半は、ほぼ、ドキュメンタリー。 実際に起こった未解決事件を元に、後半で、小説上の探偵に推理させるという趣向で、エドガー・アラン・ポー作の【マリー・ロジェの謎】に倣ったとあります。 ちなみに、【マリー・ロジェの謎】は、デュパン物三作の中では、最も、退屈な話。
この作品ですが、ドキュメンタリー部分は、興味深いです。 しかし、未解決で終わっているので、謎解きや因縁話が、そっくり欠けているわけで、それだけでは、読み物として、物足りません。 そこで、探偵役を出して、後半で、謎解きをするわけですが、実在の人物を容疑者にする事になり、いささか、問題があるように感じられます。 もしかしたら、犯人と指名された人物は、実在しないのかもしれませんが、それでは、実際に起こった事件の謎解きにはなりません。 痛し痒し。
どこまでがドキュメンタリーで、どこからが創作かを気にせずに、全体を小説だと思って読んだ方が、楽しめるかも知れませんな。 しかし、そういう読み方をすると、今度は、実話部分の地味さが足を引っ張るので、元々、全てが創作として考えられた小説より、見劣りがします。 痛し痒し。
【セント・アンドリュースの事件】 約52ページ
1969年(昭和44年)10月に、「週刊朝日カラー別冊3」に掲載されたもの。 原題【セント・アンドリュースの殺人】
常日頃、「ゴルフ発祥の地、セント・アンドリュースでプレーできたら、死んでもいい」と言っていた男が、仲間4人を誘って、現地に趣く。 滞在中、男一人だけ、仕事の都合で、ロンドンに戻って行ったが、翌朝、なぜか、セント・アンドリュース近くの海で、転落死体として発見される。 仲間たちが、「彼は、イギリスに着いてから、見知らぬ東洋人につけられていると言っていた」と証言したせいで、自殺ではなく殺人事件として捜査されるが、未解決に終わった。 一年後、仲間の一人が、謎を解く話。
全体の8割くらいが、ただの旅行記。 「このまま終わるのでは?」と、不安になりかけた辺りで、急に殺人事件が起こり、残り2割で、時刻表トリックを含む、本格推理小説になります。 バランスは悪いですが、推理小説部分は、面白いです。 セント・アンドリュースとは、スコットランドにある、地名。 ゴルフは、そこから始まったのだそうです。
以下、ネタバレ、あり。
「見知らぬ東洋人」の存在が、話の肝で、「中国人かタイ人風で、日本人ではないようだ」という、いさかか、あやふやな証言が出て来るのですが、まあ、変装で、そういう外見に化ける事なら、一行中の男、誰にでもできるわけですな。 命を狙われていた人間と、殺された人間が異なる点も、味噌。 旅行記部分がなくても、面白いくらい、推理小説部分が、凝っています。
【「スチュワーデス殺し」論】 約18ページ
1959年(昭和34年)8月、「婦人公論臨時増刊『美しき人生読本』」に掲載されたもの。
【黒い福音】の元になった事件を紹介し、分析したもの。 だけど、教団側の裏の事情などは書いていないので、この作品だけ読んでも、事件の経緯が分かり難いです。 そこで、小説、【黒い福音】が書かれたわけですが、そちらは、裏事情のほとんどを、想像で埋めており、事実と混同するのは、問題があります。 つまりその、実際の事件で、教団内部で何が起こったかは、誰も分からないわけだ。
わざわざ、ドキュメンタリーと、それを元にした長編小説まで書いたのだから、松本さんが、この事件に、いかに興味津津だったかは、容易に想像できますが、書く事で、「疑わしきは罰せず」の大原則を蔑ろにしてしまったのは、残念至極。 どうも、実際に起こった未解決事件を、ドキュメンタリーや、小説にするのは、危なっかしいですな。
≪松本清張全集 14 わるいやつら≫
松本清張全集 14
文藝春秋 1971年11月20日/初版 2008年6月15日/8版
松本清張 著
沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。 二段組みで、長編1作を収録。
【わるいやら】 約473ページ
1960年(昭和35年)1月11日号から、1961年6月5日号まで、「週刊新潮」に連載されたもの。
経営が苦しい病院の院長。 別居中の妻子がいる身で、愛人を何人も作り、彼女らから貢がせた金で、病院をやりくりしていたが、本気で結婚したい女が出来た事で、ますます、金繰りが厳しくなる。 愛人の一人の夫が病死したのをきっかけに、殺人で問題を解決する事に抵抗がなくなって、邪魔になった者達を次々と消して行くが、金蔓として最も頼っていた愛人が行方を晦ましてしまい・・・、という話。
【強き蟻】(1970年)の、男版。 といっても、こちらの方が先に書かれていますから、この作品の女版が、【強き蟻】になるわけですが。 こちらでは、殺人を厭わない分、凶悪度が高いです。 三人称で、終始、犯人である主人公の視点で話が語られます。 読者が推理しながら読む要素が、ないではないですが、推理が当っても、それで面白くなるような重要な要素ではないです。
二段組みで、473ページもあるのですから、大長編ですが、そこは、週刊誌連載作品でして、文章は平易で、会話も多いですし、ページは、どんどん進みます。 根を詰めて読めば、2日くらいで、読み終えられるかもしれません。 一文字一文字、じっくり読む事もできますが、そもそも、作者が、一回分の枚数を埋める為に、計算しながら書いている事が分かるので、そういう事をしても、あまり、意味はないです。
思い切って刈り込めば、半分の長さでも書ける話。 特に、主人公が、他の男と逃げた金蔓の愛人を追って、東北方面へ旅をする件りは、長ったらしいだけで、中身が薄いです。 歴史絡みの作品と比べると、同じ作者が書いた物とは思えないくらい、水増し感、ダラダラ感が凄まじい。 しかし、週刊誌連載の小説というのは、みな、こういうものなのでしょう。 それが、この作品の瑕というわけではありません。
以下、ネタバレ、あり。
ピカレスク(悪漢小説)といえば、ピカレスク。 しかし、ピカレスクに必須の、背徳的爽快感はありません。 どうも、松本さんは、善悪バランスを律儀に取り過ぎる嫌いがあります。 最終的に、主人公が罰を受けてしまうのでは、主人公の立場で、事の成り行きを見ている読者まで、罰を受けたような気分になり、読後感が悪くなるのは、避けられません。
といって、何人も殺しているのに、全く反省していない主人公に、罰を与えずに終わらせるわけにも行かなかったんでしょうなあ。 この主人公、欲望の趣くままに、やりたい放題やった結果、窮迫して、別に、これといった心理的葛藤もなく、殺人に手を染めるわけで、よくよく考えると、同情に値する点など、全くありません。 そもそも、こういう人間を主人公にして、小説を書く事に問題があると思います。 それを言っては、実も蓋もありませんが。
最後には、社会的に破滅して、刑務所行きになった上に、親友と仮の婚約者に、まんまと騙されていた事に気づくわけですが、騙した方が、主人公以上の悪人という感じはしません。 そもそも、主人公の行状に、大問題があったから、お灸を据えられただけなのであって、据えた方は、むしろ、正義を実行したと取れるからです。 人殺しを、ためらわなくなくなった時点で、主人公は、親友に見限られたわけですな。
この作品、1980年に、松竹で映画化されていて、私は、テレビ放送された時に見ています。 片岡孝夫さんが、主人公、松坂慶子さんが、仮婚約者役なのは知っていましたが、最初に殺される愛人役が、藤真利子さんだったとは、すっかり忘れていました。 藤真利子さんが愛人だったら、殺す男はおらんじゃろ。 もったいないではないか。
もし、また、テレビ放送されたら、是非、見直したいと思いますが、なかなか、やらんのですわ、この頃の映画は。 デジタル・リマスターにお金がかかるからかも知れませんが、別に、ザラザラ・褪色画面でも構わないんですがねえ。
≪松本清張全集 15 けものみち≫
松本清張全集 15
文藝春秋 1972年4月20日/初版 2008年6月15日/8版
松本清張 著
沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。 二段組みで、長編1作を収録。
【けものみち】 約429ページ
1962年(昭和37年)1月8日号から、1963年12月30日号まで、「週刊新潮」に連載されたもの。
寝たきりの夫を養う為に、料亭で働いていた女が、有名ホテルの支配人の目にとまり、身軽になる為に、自宅で火事を起こして、夫を始末してしまう。 その後、支配人から、更に、ある弁護士を介して、政財界の闇のボスの下に、世話係として、送り込まれる。 火事に不審を抱いた刑事が、捜査を続け、女をおびやかすが・・・、という話。
以下、ネタバレ、あり。
犯罪が出て来ますが、推理を逞しくするような要素は希薄です。 一番近いのは、陰謀渦巻くタイプのサラリーマン小説。 性行為の場面も、何度か出て来ますが、松本作品なので、大人だと、別に、興奮するような事はないです。 中高生なら、食いつくかも知れませんが、そういう年齢帯に読ませるには、全体の内容が、不健全過ぎます。
主人公は、見た目は民子ですが、途中、刑事が視点人物になる部分が挟まり、その間に限り、読者は、刑事の分身のようなつもりで、ストーリーを追う事になります。 この刑事、闇のボスについて、調べ過ぎたせいで、さんざんな目に遭った上に、殺されてしまうのですが、最後まで読むと、仇がとられた形になっており、つまり、実質的な主人公は、この刑事という事になるのでしょう。
民子は、冒頭からしばらくの間は、運命に翻弄される気の毒な女のように見えるのですが、大樹の陰に寄るや、次第に、ふてぶてしくなり、【強き蟻】の主人公のキャラに近づいていきます。 最終的には、とんだバチが当るのですが、どうも、始めと終わりで、キャラの違いが大き過ぎるような気がしますねえ。 これは、構想段階での、計算ミスなのではありますまいか。 ピカレスクとして読むにしても、民子は毒が中途半端で、主人公に相応しくありません。
痛快なのは、闇のボスが病死した後でして、それまで、へこへこ頭を下げ、ボスの命令なら、人殺しも厭わなかった面々が、掌を返したように、裏切って行く様子が、大変、小気味良いです。 どんな実力者も、一人でやっている限り、死ねば、それまでなんですな。 この件りを描く為に、この長い小説が書かれたといっても、そう的外れではないでしょう。
1965年に、映画になっているようですが、そちらは、未見。 1982年に、NHKで制作・放送されたドラマは、見ました。 名取裕子さんが民子で、山崎努さんが、ホテル支配人、西村晃さんが、闇のボス、伊東四郎さんが、刑事。 ラストは、原作とは違っていましたが、民子の人格に一貫性を持たせようとすると、ドラマの方が、まともな終わらせ方と思えます。
以上、四冊です。 読んだ期間は、去年、つまり、2020年の、
≪松本清張全集 12 連環・彩霧≫が、10月20日から、22日。
≪松本清張全集 13 黒い福音・他≫が、10月24日から、29日まで。
≪松本清張全集 14 わるいやつら≫が、11月5日から、7日まで。
≪松本清張全集 15 けものみち≫が、11月9日から、12日まで。
かれこれ、一年以上、松本清張全集を読んでいますが、まだ、終わりません。 時代物や、ドキュメンタリーを除いてもです。 まあ、他に、読みたい物もないから、別に、いいんですけど。 ちなみに、この全集、松本作品を網羅しているわけではなく、収録されていない作品は、たくさん、あるようです。 気が遠くなりますが、それらを探してまで、読む気はないから、まあ、いいか。
≪松本清張全集 12 連環・彩霧≫
松本清張全集 12
文藝春秋 1972年3月20日/初版 2008年5月30日/8版
松本清張 著
沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。 二段組みで、長編2作を収録。
【連環】 約294ページ
1961年(昭和36年)1月から、1962年8月まで、「日本」に連載されたもの。
大学卒業後に就職した東京の会社で使い込みをやり、解雇された男。 九州の地方都市に行って、印刷屋の事務員として糊口を凌いでいたが、あまりの薄給と過酷な労働にうんざりし、社長の妻や愛人をたらしこんで、社長を殺し、財産を手に入れようとする。 その後、、東京に戻って、エロ小説の出版社を立ち上げるが、金蔓にしていた社長未亡人が、子連れで上京して来て、またぞろ、邪魔者を殺さなければならなくなる話。
以下、ネタバレ、あり。 というか、梗概ですでに、一部、ネタバレさせてしまっていますが。
いやあ、気が滅入る話だなあ。 主人公が犯人なので、読者としては、どうしても、主人公に共感しながら読む事になりますが、最終的には、善悪バランスが取られるので、主人公と一緒に、破滅の絶望感を味わう事になります。 犯人がやる事は、心理描写も含めて、すべて、読者に知らされるので、推理小説にならないわけですが、クライマックスで、主人公が罠にかけられる流れは、少し、推理小説っぽいです。
もう一捻りして、主人公が、ラストで、大逆転し、自分を追い詰めた連中を、みんな、始末してしまう話にすれば、純粋なピカレスクになって、面白かったのに。 もっとも、それでは、読者に犯罪を推奨するようなものだから、松本さんほどの大家の作品として、問題ありになってしまいますか。
なにせ、主人公に共感しながら読んでいるので、出版社の仕事が当って、大金が転げ込む場面では、嬉しくなります。 ところが、第二弾では、もっと大きな儲けを狙っていたのが、警察に密告されて、売り捌く前に、没収。 投じた金すべてがフイになってしまい、読者も、がっかりします。 失敗する話より、成功する話の方が、ワクワクするから、この展開は、残念至極。
しかし、そうしないと、推理小説にならないから、致し方なし。 執筆した作家は、印税がパーになったわけで、主人公より残念だったと思うのですが、作品そのものは、他の出版社で出す事もできるわけだから、そんなに気の毒がる事もないか。 それにしても、そんな際どいエロ小説を、警察の手入れがある前に、大急ぎで買う読者の生態というのが、ちと、想像できませんな。
面白い事は、面白くて、ページがどんどん進みます。 構成の完成度も高く、取って付けたような部分もありません。 主人公が出版する、第二弾の本に、いつのまにか、主人公の過去の殺人行為を仄めかす文章が差し込まれている件りは、不気味で、ゾクゾクします。 まあ、誰がやったかは、すぐに、見当がつきますけど。
この主人公、強欲過ぎて、金か女か、どちらかだけにしておけばいいものを、両方に手を出して、どんどん、まずい方向へ流れて行ってしまいます。 問題解決の方法に、殺人の選択をためらわない点は致命的で、こんな人間が、長生きできるはずはありません。 青少年が、反面教師にするには、適当だと思います。
【彩霧】 約168ページ
1963年(昭和38年)1月から、12月まで、「オール読物」に連載されたもの。
銀行に勤めていた友人が、金を持ち逃げし、同時に持ち出した、融資先の脱税帳簿と引きかえに、告訴を取り下げて貰うように頼まれた証券マンの男が、銀行へ交渉しに行くが、騙されて、友人は逮捕されてしまう。 腹に据えかねて、金融の裏世界に名を知られた高利貸しに頼んだところ、また騙されて、うやむやにされてしまう。 自力で、裏事情を調査する内、高利貸しの金主が、静岡権利相互銀行である事が分かるが、そこから、殺人事件に発展し・・・、という話。
面白いんですが、話の軸が途中で変わるので、一つの話としての纏まりには欠けます。 まず、最初に出て来る銀行員は、すぐに引っ込んでしまい、後のほとんどを、友人の証券マンが主人公として、引き継ぎます。 ストーリーも、最初は、持ち逃げ事件だったのに、その後、銀行員と、その女の行方を捜す話になり、更に、相互銀行の息子の話になり、二転三転。 実に、落ち着きが悪い。
相互銀行の息子の話になってから、推理小説的な内容になりますが、トリックも謎も、あっと驚くような種類のものではなく、ゾクゾクするようなところはありません。 証券マンが、たまたま逗留した温泉宿に、たまたま、相互銀行の息子一行が泊まっていたというのはも、偶然が過ぎます。 推理小説部分自体が、取って付けたように感じられます。 松本作品は、こういうパターンが多い。
銀行と、融資先企業の不正について、裏事情が詳しく書かれていて、その点は、社会派。 しかし、推理小説部分と融合しておらず、どっちにしても、中途半端な感じがします。 証券マンの素人探偵による捜査は、クロフツ的な、コツコツ地道タイプで、その過程を読み進めるのは、麻薬的に面白いです。
≪松本清張全集 13 黒い福音・他≫
松本清張全集 13
文藝春秋 1972年2月20日/初版 2008年6月15日/8版
松本清張 著
沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。 二段組みで、長編3作、ドキュメンタリー1作の、計4作を収録。
【黒い福音】 約322ページ
1959年(昭和34年)11月3日号から、1960年10月25日号まで、「週刊コウロン」に連載されたもの。
ヨーロッパの本部から派遣された神父たちによって運営されている、カトリック系の宗派で、戦後、資金の窮迫から、闇物資の取引に手を出し、逮捕者まで出してしまう。 しばらく経ってから、若い神父が、信者の女性と深い関係になる。 上の命令で、彼女をスチュワーデスにして、香港から麻薬を運ばせようとするが、断られてしまい、教団の秘密を守る為に、口を塞がなければならなくなる話。
以下、ネタバレ、あり。
実話が元だそうです。 この若い神父、殺人容疑がかけられて、警察で事情を聴かれたものの、教団関係者全てが、口裏を合わせて、アリバイを証言したおかげで、何とか切り抜けて釈放され、短期間、入院した後、出国してしまいます。 外国人で、しかも、カトリックの神父だったから、特別扱いされ、罪に問われずに出国できたわけで、当時、腹に据えかねると感じた日本人が多かったようです。
第一部は、教団側や、若い神父側の目線で見た、事件が起こるまでの経緯。 第二部は、警察や新聞記者の側から、捜査の流れを追っています。 殺人事件そのものよりも、容疑者に、海外へ逃げられてしまった事が、この事件の肝でして、逃げられた所で、話は終わり。 その後がないから、読後感は、大変、もやもやしたものになります。
教団内の人間ではない、密輸業者を出して、それを黒幕にしているのは、教団を直接、攻撃しないように、配慮したのでしょう。 なにせ、問題の若い神父は、出国したけれど、教団そのものは、それ以降も、日本で活動を続けたわけですから、こういう作品で吊るし上げ過ぎるとまずいわけですな。 配慮しても尚、問題があるような気がしますが。
結局、警察が、証拠を挙げられなかったところに、最大の問題があるのであって、裁判はおろか、起訴すらされなかったのですから、若い神父を、犯罪者扱いする事には、問題があります。 文壇の大家が、こういう小説を発表すれば、それだけで、犯罪者扱いになってしまいますから、「疑わしきは罰せず」という、大原則に背いてしまっているわけだ。
あくまで、フィクションとして読んだ場合、黒幕の密輸業者が、中途半端な指示を出している点が、不自然です。 教団内で、都合の悪い信者を一人、消そうとする場合、教会の中で殺して、墓地にでも埋めてしまえば、そもそも、殺人事件にすらならず、大変、安全なのですが、なぜ、そう指示しなかったのか。 死体を川に放置するなど、下策中の下策ではないですか。
【アムステルダム運河殺人事件】 約82ページ
1969年(昭和44年)4月、「週刊朝日カラー別冊1」に掲載されたもの。
1965年、アムステルダム運河で引き揚げられたトランクの中から、男性の胴体と両腕が出て来た。 首、脚、手首はなかった。 やがて、ベルギーに住んでいる日本人商社マンではないかとの情報があり、オランダから敏腕刑事が派遣されて、捜査が行なわれるが、最も容疑が濃厚だった、別の日本人商社マンが、交通事故で死亡して、迷宮入りしてしまう。 被害者の遺族から調査依頼された雑誌記者が、推理好きの医師と共に、現地に渡り、互いの推理を競う話。
前半は、ほぼ、ドキュメンタリー。 実際に起こった未解決事件を元に、後半で、小説上の探偵に推理させるという趣向で、エドガー・アラン・ポー作の【マリー・ロジェの謎】に倣ったとあります。 ちなみに、【マリー・ロジェの謎】は、デュパン物三作の中では、最も、退屈な話。
この作品ですが、ドキュメンタリー部分は、興味深いです。 しかし、未解決で終わっているので、謎解きや因縁話が、そっくり欠けているわけで、それだけでは、読み物として、物足りません。 そこで、探偵役を出して、後半で、謎解きをするわけですが、実在の人物を容疑者にする事になり、いささか、問題があるように感じられます。 もしかしたら、犯人と指名された人物は、実在しないのかもしれませんが、それでは、実際に起こった事件の謎解きにはなりません。 痛し痒し。
どこまでがドキュメンタリーで、どこからが創作かを気にせずに、全体を小説だと思って読んだ方が、楽しめるかも知れませんな。 しかし、そういう読み方をすると、今度は、実話部分の地味さが足を引っ張るので、元々、全てが創作として考えられた小説より、見劣りがします。 痛し痒し。
【セント・アンドリュースの事件】 約52ページ
1969年(昭和44年)10月に、「週刊朝日カラー別冊3」に掲載されたもの。 原題【セント・アンドリュースの殺人】
常日頃、「ゴルフ発祥の地、セント・アンドリュースでプレーできたら、死んでもいい」と言っていた男が、仲間4人を誘って、現地に趣く。 滞在中、男一人だけ、仕事の都合で、ロンドンに戻って行ったが、翌朝、なぜか、セント・アンドリュース近くの海で、転落死体として発見される。 仲間たちが、「彼は、イギリスに着いてから、見知らぬ東洋人につけられていると言っていた」と証言したせいで、自殺ではなく殺人事件として捜査されるが、未解決に終わった。 一年後、仲間の一人が、謎を解く話。
全体の8割くらいが、ただの旅行記。 「このまま終わるのでは?」と、不安になりかけた辺りで、急に殺人事件が起こり、残り2割で、時刻表トリックを含む、本格推理小説になります。 バランスは悪いですが、推理小説部分は、面白いです。 セント・アンドリュースとは、スコットランドにある、地名。 ゴルフは、そこから始まったのだそうです。
以下、ネタバレ、あり。
「見知らぬ東洋人」の存在が、話の肝で、「中国人かタイ人風で、日本人ではないようだ」という、いさかか、あやふやな証言が出て来るのですが、まあ、変装で、そういう外見に化ける事なら、一行中の男、誰にでもできるわけですな。 命を狙われていた人間と、殺された人間が異なる点も、味噌。 旅行記部分がなくても、面白いくらい、推理小説部分が、凝っています。
【「スチュワーデス殺し」論】 約18ページ
1959年(昭和34年)8月、「婦人公論臨時増刊『美しき人生読本』」に掲載されたもの。
【黒い福音】の元になった事件を紹介し、分析したもの。 だけど、教団側の裏の事情などは書いていないので、この作品だけ読んでも、事件の経緯が分かり難いです。 そこで、小説、【黒い福音】が書かれたわけですが、そちらは、裏事情のほとんどを、想像で埋めており、事実と混同するのは、問題があります。 つまりその、実際の事件で、教団内部で何が起こったかは、誰も分からないわけだ。
わざわざ、ドキュメンタリーと、それを元にした長編小説まで書いたのだから、松本さんが、この事件に、いかに興味津津だったかは、容易に想像できますが、書く事で、「疑わしきは罰せず」の大原則を蔑ろにしてしまったのは、残念至極。 どうも、実際に起こった未解決事件を、ドキュメンタリーや、小説にするのは、危なっかしいですな。
≪松本清張全集 14 わるいやつら≫
松本清張全集 14
文藝春秋 1971年11月20日/初版 2008年6月15日/8版
松本清張 著
沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。 二段組みで、長編1作を収録。
【わるいやら】 約473ページ
1960年(昭和35年)1月11日号から、1961年6月5日号まで、「週刊新潮」に連載されたもの。
経営が苦しい病院の院長。 別居中の妻子がいる身で、愛人を何人も作り、彼女らから貢がせた金で、病院をやりくりしていたが、本気で結婚したい女が出来た事で、ますます、金繰りが厳しくなる。 愛人の一人の夫が病死したのをきっかけに、殺人で問題を解決する事に抵抗がなくなって、邪魔になった者達を次々と消して行くが、金蔓として最も頼っていた愛人が行方を晦ましてしまい・・・、という話。
【強き蟻】(1970年)の、男版。 といっても、こちらの方が先に書かれていますから、この作品の女版が、【強き蟻】になるわけですが。 こちらでは、殺人を厭わない分、凶悪度が高いです。 三人称で、終始、犯人である主人公の視点で話が語られます。 読者が推理しながら読む要素が、ないではないですが、推理が当っても、それで面白くなるような重要な要素ではないです。
二段組みで、473ページもあるのですから、大長編ですが、そこは、週刊誌連載作品でして、文章は平易で、会話も多いですし、ページは、どんどん進みます。 根を詰めて読めば、2日くらいで、読み終えられるかもしれません。 一文字一文字、じっくり読む事もできますが、そもそも、作者が、一回分の枚数を埋める為に、計算しながら書いている事が分かるので、そういう事をしても、あまり、意味はないです。
思い切って刈り込めば、半分の長さでも書ける話。 特に、主人公が、他の男と逃げた金蔓の愛人を追って、東北方面へ旅をする件りは、長ったらしいだけで、中身が薄いです。 歴史絡みの作品と比べると、同じ作者が書いた物とは思えないくらい、水増し感、ダラダラ感が凄まじい。 しかし、週刊誌連載の小説というのは、みな、こういうものなのでしょう。 それが、この作品の瑕というわけではありません。
以下、ネタバレ、あり。
ピカレスク(悪漢小説)といえば、ピカレスク。 しかし、ピカレスクに必須の、背徳的爽快感はありません。 どうも、松本さんは、善悪バランスを律儀に取り過ぎる嫌いがあります。 最終的に、主人公が罰を受けてしまうのでは、主人公の立場で、事の成り行きを見ている読者まで、罰を受けたような気分になり、読後感が悪くなるのは、避けられません。
といって、何人も殺しているのに、全く反省していない主人公に、罰を与えずに終わらせるわけにも行かなかったんでしょうなあ。 この主人公、欲望の趣くままに、やりたい放題やった結果、窮迫して、別に、これといった心理的葛藤もなく、殺人に手を染めるわけで、よくよく考えると、同情に値する点など、全くありません。 そもそも、こういう人間を主人公にして、小説を書く事に問題があると思います。 それを言っては、実も蓋もありませんが。
最後には、社会的に破滅して、刑務所行きになった上に、親友と仮の婚約者に、まんまと騙されていた事に気づくわけですが、騙した方が、主人公以上の悪人という感じはしません。 そもそも、主人公の行状に、大問題があったから、お灸を据えられただけなのであって、据えた方は、むしろ、正義を実行したと取れるからです。 人殺しを、ためらわなくなくなった時点で、主人公は、親友に見限られたわけですな。
この作品、1980年に、松竹で映画化されていて、私は、テレビ放送された時に見ています。 片岡孝夫さんが、主人公、松坂慶子さんが、仮婚約者役なのは知っていましたが、最初に殺される愛人役が、藤真利子さんだったとは、すっかり忘れていました。 藤真利子さんが愛人だったら、殺す男はおらんじゃろ。 もったいないではないか。
もし、また、テレビ放送されたら、是非、見直したいと思いますが、なかなか、やらんのですわ、この頃の映画は。 デジタル・リマスターにお金がかかるからかも知れませんが、別に、ザラザラ・褪色画面でも構わないんですがねえ。
≪松本清張全集 15 けものみち≫
松本清張全集 15
文藝春秋 1972年4月20日/初版 2008年6月15日/8版
松本清張 著
沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。 二段組みで、長編1作を収録。
【けものみち】 約429ページ
1962年(昭和37年)1月8日号から、1963年12月30日号まで、「週刊新潮」に連載されたもの。
寝たきりの夫を養う為に、料亭で働いていた女が、有名ホテルの支配人の目にとまり、身軽になる為に、自宅で火事を起こして、夫を始末してしまう。 その後、支配人から、更に、ある弁護士を介して、政財界の闇のボスの下に、世話係として、送り込まれる。 火事に不審を抱いた刑事が、捜査を続け、女をおびやかすが・・・、という話。
以下、ネタバレ、あり。
犯罪が出て来ますが、推理を逞しくするような要素は希薄です。 一番近いのは、陰謀渦巻くタイプのサラリーマン小説。 性行為の場面も、何度か出て来ますが、松本作品なので、大人だと、別に、興奮するような事はないです。 中高生なら、食いつくかも知れませんが、そういう年齢帯に読ませるには、全体の内容が、不健全過ぎます。
主人公は、見た目は民子ですが、途中、刑事が視点人物になる部分が挟まり、その間に限り、読者は、刑事の分身のようなつもりで、ストーリーを追う事になります。 この刑事、闇のボスについて、調べ過ぎたせいで、さんざんな目に遭った上に、殺されてしまうのですが、最後まで読むと、仇がとられた形になっており、つまり、実質的な主人公は、この刑事という事になるのでしょう。
民子は、冒頭からしばらくの間は、運命に翻弄される気の毒な女のように見えるのですが、大樹の陰に寄るや、次第に、ふてぶてしくなり、【強き蟻】の主人公のキャラに近づいていきます。 最終的には、とんだバチが当るのですが、どうも、始めと終わりで、キャラの違いが大き過ぎるような気がしますねえ。 これは、構想段階での、計算ミスなのではありますまいか。 ピカレスクとして読むにしても、民子は毒が中途半端で、主人公に相応しくありません。
痛快なのは、闇のボスが病死した後でして、それまで、へこへこ頭を下げ、ボスの命令なら、人殺しも厭わなかった面々が、掌を返したように、裏切って行く様子が、大変、小気味良いです。 どんな実力者も、一人でやっている限り、死ねば、それまでなんですな。 この件りを描く為に、この長い小説が書かれたといっても、そう的外れではないでしょう。
1965年に、映画になっているようですが、そちらは、未見。 1982年に、NHKで制作・放送されたドラマは、見ました。 名取裕子さんが民子で、山崎努さんが、ホテル支配人、西村晃さんが、闇のボス、伊東四郎さんが、刑事。 ラストは、原作とは違っていましたが、民子の人格に一貫性を持たせようとすると、ドラマの方が、まともな終わらせ方と思えます。
以上、四冊です。 読んだ期間は、去年、つまり、2020年の、
≪松本清張全集 12 連環・彩霧≫が、10月20日から、22日。
≪松本清張全集 13 黒い福音・他≫が、10月24日から、29日まで。
≪松本清張全集 14 わるいやつら≫が、11月5日から、7日まで。
≪松本清張全集 15 けものみち≫が、11月9日から、12日まで。
かれこれ、一年以上、松本清張全集を読んでいますが、まだ、終わりません。 時代物や、ドキュメンタリーを除いてもです。 まあ、他に、読みたい物もないから、別に、いいんですけど。 ちなみに、この全集、松本作品を網羅しているわけではなく、収録されていない作品は、たくさん、あるようです。 気が遠くなりますが、それらを探してまで、読む気はないから、まあ、いいか。
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