2023/09/10

読書感想文・蔵出し (107)

  読書感想文です。 クリスティー文庫の短編集が続きます。 長くて、心底、申し訳ない。 だいぶ、在庫が減って、今月の蔵出しは、一回だけなので、御容赦あれ。





≪リスタデール卿の謎≫

クリスティー文庫 56
早川書房 2003年12月15日/初版
アガサ・クリスティー 著
田村隆一 訳

  沼津図書館にあった文庫本です。 短編、12作を収録。 【リスタデール卿の謎】は、コピー・ライトが、1934年になっています。 本全体のページ数は、約418ページ。


【リスタデール卿の謎】 約40ページ

  上流階級だが、生活に困っていた夫人が、住む所を探していた。 使用人をそのまま雇うのなら、格安の賃貸物件があり、子供達と共に、そこに、移り住む。 貸主のリスタデール卿は、外国へ行っており、執事に訊いても、悪い事しか言わない。 その執事が、奇妙な人物である事に、夫人の息子が気づいて・・・とい話。

  これ以上書くと、ネタバレになってしまうので、やめておきます。 逆のパターンならば、横溝正史さんの初期短編で、よく出て来ましたがね。 こういう事をする人がいても、おかしくはないです。 最後に、ロマンスをくっつけているのは、ちと、木に竹か。


【ナイチンゲール荘】 約48ページ

  ある若い女性。 遺産を相続し、金持ちになった。 なかなか求婚してくれない青年と交際していたが、彼は彼女が金持ちになると、ますます、求婚を避けるようになった。 そこへ、別の男が現れて、たちまち、彼女の心を捉えてしまい、二人は結婚したが・・・、という話。

  このパターンなら、結婚相手の男は、財産狙いに決まっています。 男に騙されて、家まで買ってしまうところが、大変、愚かしい。 しかし、現実に、こういう女性は、いくらでもいるようですな。

  このラストは、許されるのかな? という感じがしますねえ。 夫の方は、まだ未遂なわけで、これでは、妻の方が、犯罪者になってしまうのでは?


【車中の娘】 約42ページ

  ヘマをやらかし、伯父から見放されて、一族の故地へ引っ込もうと、列車に乗った青年。 そこに、若い女性が飛び込んできて、助けを求められる。 追手を追い払ってやり、預けられた荷物を守って、彼女の指示に従っていたが、その後、警察関係者から聞かされた話では、外国の皇女が絡んでいるようで・・・、という話。

  ほぼ、「トミーとタペンス」の世界です。 この長さで、国際スパイ物は、厳しいものがありますねえ。 長編の一部分を切り出したような、雑な感じがします。 ロマンスで締め括っているから、尚の事、やっつけ感が強いです。 


【六ペンスのうた】 約40ページ

  引退した高名な元弁護士の所に、若い女性がやって来る。 彼女が子供の頃に、弁護士が言った社交辞令を真に受けて、彼女の家で起こった殺人事件の謎を解いてくれと言うのだ。 弁護士は、彼女の家に出かけて行って、被害者が、新しい6ペンス硬貨を嫌っていたという話を、メイドから聞き・・・、という話。

  童歌の文句が、ヒントになるタイプのアイデア。 しかし、見立て殺人ではありません。 アイデアが、ストーリーと、うまく噛み合っていないように感じられます。 ヴァン・ダインの二十則に違反していますが、そもそも、目くじら立てるほど、面白い作品ではないです。


【エドワード・ロビンソンは男なのだ】 約32ページ

  しまり屋の女性と婚約し、窒息感を覚えていた青年が、懸賞で当てた賞金で、新車を買ってしまう。 出かけた先で、車を他人のものと間違えてしまい、車の中から、高価な宝石が出て来て、仰天する。 間違えた車の持ち主は分かったが、宝石は盗品で・・・、という話。

  しまり屋の婚約者が、どう関わって来るかというと、この青年が、結婚前に、すでに尻に敷かれかかっていたのが、この事件をきっかけに、自信がついて、積極的な男に変貌したと、そういう話なのです。 事件の方は、オマケみたいなものですが、結構、ハラハラさせてくれます。


【事故】 約22ページ

  過去に、夫を殺した嫌疑をかけられ、無罪になった女が、また、別の男と結婚しているのを知った元警部。 何とか、次なる悲劇を食い止めようと、思いきった行動に出るが・・・、という話。

  この元警部、アホとまでは言いませんが、考えが足りなさ過ぎます。 そりゃあ、そういう状況に追い込まれれば、女が優先的に始末しなければならなくなるのは、夫ではなく、自分の犯罪計画に気づいている者でしょうよ。

  話全体に、やっつけ感 あり。 ページ数が少な過ぎて、ストーリーを練る余地がなかったか、アイデアが出ずに、短くなってしまったかの、どちらかなのでは?


【ジェインの求職】 約44ページ

  新聞の求職欄を見ていたジェインが、とても受かりそうにない求人に目を留め、駄目元で訪ねてみると、通ってしまった。 雇い主は、外国の王女の影武者役を捜していたのだ。 ジェインが王女の代わりを務めている時、何者かに略取されてしまい・・・、という話。

  国際スパイ物のようでいて、実際には、冒険物。 しかも、犯罪絡みと、結構、複雑です。 ただし、それは、後半の話。 前半は、ジェインが、王女に似ている事で、雇われるまでの経緯を、くどいくらいに、細かく書いており、前半と後半のバランスが、良くありません。 ここまで、細かく設定したら、せめて、200ページくらいの長編にすべきでしょう。


【日曜日にはくだものを】 約22ページ

  安く買ったポンコツ車で、デートに出かけた、若い二人。 果物を買ったら、籠の底から、ルビーのネックレスが出て来た。 換金してしまうべきか、警察ヘ持って行くべきか、悩むが・・・、という話。

  悪の道へ足を踏み入れるか、正しく生きるか、貧しい二人が葛藤するところが、この作品の肝。 オチがありますが、この展開は、ちと、残念です。 あくまで、高価な宝石を、どう処置するか、という話にしてもらいたかった。


【イーストウッド君の冒険】 約36ページ

  推理作家の青年。 新作のタイトルだけ決まったが、中身が全く書けない。 そこへ間違い電話がかかって来て、知らない女性から助けを求められる。 行ってみると、そこへ警察が踏み込んで来て、逮捕されてしまう。 人違いである事を説明する為に、自分の家に連れて行って、作家である事を証明しようとするが・・・、という話。

  善良ではあるが、一般平均より頭のいい青年が、手もなく、ペテンに引っ掛かるという内容。 このペテンが、凝っていて、面白いです。 しかし、このアイデアが、クリスティーさんのオリジナルなのか、当時、様々な作家に、よく使われていたものなのかは、不詳。 ちょっと、鮮やか過ぎて、オリジナルだとしたら、短編に使ってしまうのが、勿体ないと感じられるからです。


【黄金の玉】 約24ページ

  休みの取り過ぎで、伯父の会社から追い出されてしまった青年。 突然現れた女性の車に乗せられ、連れて行かれた先の家で、拳銃を持った男に襲われる。 階段を二階へ追い立てられる時に、脚で、後ろにいる男を蹴飛ばしてやったら・・・、という話。

  そういう抵抗をしたのが、その青年一人だけだった、というところから、話が切り替わり、青年と女性、どっちが求婚するかという話になって行きます。 前半と後半で、別の話を、接合したもの。 この長さで、話の内容が二分割ですから、どちらも、軽いですが、「軽妙」という誉め言葉も、ないではないですな。


【ラジャのエメラルド】 約36ページ

  遊びに来た海辺で、恋人が、上流階層の人々と交際しているのに、自分は、階層の違いで、仲間に入れてもらえない青年。 着替える場所がなくて、開いていた個人用の小屋を使ってしまうが、そこで間違えたズボンに、外国君主の物として有名なエメラルドが入っていた。 こっそり返しに行こうとして、待ち構えていた警部に捕まってしまうが・・・、という話。

  宝石がどうこうは、モチーフに過ぎず、階層の違いで、惨めな思いをしていた青年が、一発逆転、恋人を見返すような大ヒットを放つという落差が、読ませどころ。


【白鳥の歌】 約32ページ

  女性オペラ歌手が、ある城での講演を依頼され、演目を指定する事で、承諾する。 当日になって、相手役が食中毒で歌えなくなり、城の近くで、引退生活を送っている、フランス人の男性オペラ歌手に代役を頼む。 オペラは、素晴らしいものになったが、途中で、事故が起こり・・・、という話。

  事故ではなく、事件なんですが、まあ、それはいいとして。 推理物とは言えませんが、それに似た雰囲気があります。 復讐譚として、かなり、よく出来ているのではないでしょうか。 この作品だけ、話が重くて、他の作品とは、異質です。



  短編集、【リスタデール卿の謎】を総括しますと、軽妙な話が多いですね。 横溝正史さんの、初期短編に、似たような雰囲気の話が多いですが、戦間期というのは、こういう短編の需要が多かった時期なのかもしれません。 それらと比べると、ホームズ物の短編が、推理小説として、いかによく出来ているかが分かります。




≪パーカー・パイン登場≫

クリスティー文庫 57
早川書房 2004年1月15日/初版
アガサ・クリスティー 著
乾信一郎 訳

  沼津図書館にあった文庫本です。 短編、12作を収録。 【パーカー・パイン登場】は、コピー・ライトが、1934年になっています。 本全体のページ数は、約368ページ。


【中年夫人の事件】 約30ページ

  夫の浮気で悩んでいた夫人が、新聞広告を見て、パイン氏の事務所に相談に来る。 パイン氏は、高額の報酬を前払いさせた上で、夫人を今風の魅力ある女性に変身させ、遊び相手の男までつけてやり、夫に見せつけてやると・・・、という話。

  パイン氏は、探偵ではなく、仕掛け屋のようですな。 役所で長年、統計を扱っていた経歴があり、統計を元に、人格のパターンを知り尽くしているという設定。 作戦の結果は、想像通りになります。


【退屈している軍人の事件】 約38ページ

  退役してから、退屈を持て余していた少佐が、パイン氏の事務所に相談に来る。 パイン氏は、まず、スタッフの女性を同伴させて、食事に行かせ、少佐の好みのタイプの女性を探り出す。 数日後、パイン氏からの指示で、ある人物に会いに出かけた少佐は、行く途中でで、悲鳴を聞き、暴漢から助けた女性が、自分の好みにピッタリで・・・、という話。

  これも、パイン氏の仕掛けが、まんまと成功し、想像通りの結果になります。 意外なのは、用意された相手の女性も、事務所の相談者の一人だったという事。 この方式だと、自分にピッタリの相手が相談に来るまで、待たされる人が多くなりそうですな。


【困りはてた婦人の事件】 約24ページ

  台座を修理する為に、ダイヤの指輪を、友人から預かった婦人が、お金に困っていた事で、こっそり模造品を作り、すりかえてしまう。 その後、金回りが良くなり、本物の指輪も質屋から請け出した。 それを、気取られないように、友人に返す方法はないかと相談されたパイン氏は、ダンス・パーティーを利用して・・・、という話。

  梗概に書いた部分だけでも、鮮やかな展開ですが、その後に、もう ひと捻りしてあります。 捻ってはあると言えば、聞こえはいいですが、せっかくの鮮やかな仕事を、結末で、否定してしまっているわけで、些か、勿体ないと思わないでもなし。 


【不満な夫の事件】 約30ページ

  愛している妻に、男が出来、離婚を求められた夫が相談に来る。 パイン氏は、女性スタッフを、仮の愛人に仕立て、夫と接近させる事で、妻の嫉妬心を掻き立てて・・・、という話。

  【中年夫人の事件】の、性別を引っ繰り返したもので、ちと、安直に過ぎるか。 やり過ぎて、失敗するのですが、たとえ、作戦であった事をバラしてしまっても、夫婦の方は、うまく、元の鞘に収まるんじゃないでしょうか。


【サラリーマンの事件】 約32ページ

  そこそこ、幸福なのだが、安定しきった人生に不満を感じている男性が、相談に来る。 5ポンドしか出せないというが、パイン氏は、請け負った。 当人には知らせずに、国際スパイの運び屋をやらせ、オマケに、外国王女とのロマンスまで味わわせてやる話。

  これは、怖い。 知らぬが仏なのであって、もし知っていたら、5ポンド払って、こんな危険な役をやらされたのでは、割に合いません。 最終的に、50ポンドが返って来ますが、それでも、割に合わぬ。 危険な事にならないように、パイン氏のスタッフが隠れて警護していたと思うのですが、それはそれで、事務所の経理が、出超もいいところなのでは?


【大金持ちの婦人の事件】 約32ページ

  若い頃は、貧農で、苦労の末に、金持ちになった夫婦。 夫の死後、妻は、豪遊に飽きて、金の使い方に困ってしまい、相談に来る。 パイン氏から、ある博士を紹介され、何か飲まされて、眠りに落ち、目覚めた時には、農家のベッドの上にいた。 周囲の人間は、自分を別の名前で呼び、おかしいとも思っていない。 新聞で、そっくりな容姿の人間の、魂だけ入れ換える方法があるという記事を読み、それをやられたに違いないと思った。 やむなく、農家で働き始めるが・・・、という話。

  「魂を入れ換える」というのは、嘘臭いですが、短編ですから、多少の御都合主義は許されます。 そんな技術が実在しなくても、この婦人が信じさえすればいいわけですから。

  「幸福とは、結果ではなく、過程で得られるものである」という事ですな。 しかし、この婦人、下手をすると、また、大成功して、金持ちになってしまいそうですな。 いわゆる、「あげまん」なのかも知れません。


【あなたは欲しいものをすべて手に入れましたか?】 約30ページ

  パイン氏と、列車に乗り合わせた女性。 夫に会いに行くのだが、夫が書いたメモを、吸い取り紙に写った文字から読んでしまい、何やら企んでいるらしいと知っていたので、それを相談する。 メモに書かれた場所で、車内に煙が充満する事件が起こり、女性の宝石が盗まれる。 怪しい女がいたが、身体検査をしても、何も出て来なかった。 パイン氏は、面目を失ったかに見えたが・・・。

  パイン氏の本業は、仕掛け屋ですが、この作品から、割と普通の探偵に変わります。 人の心が分かっていれば、探偵業もこなせるわけだ。 本物の宝石と、贋物の宝石が、この作品でも出て来ます。 本物を隠すのは大変だが、贋物なら、どうにでもなる、というのは、推理物のモチーフとして、面白いです。

  最後は、パイン氏と、夫が、謎解きと因縁話を繰り広げますが、短編にしては、ちと、くどいです。 


【バグダッドの門】 約34ページ

  六輪自動車に乗り、ダマスカスから、バグッダッドに向かっていた一行。 その中には、パイン氏も含まれていた。 途中、大きな揺れの後に、乗客の一人が死んでいるのが発見される。 頭をぶつけたのではないかという意見も出たが、頭の傷は、砂袋で殴られたものだった。 靴下を荷物に入れていた男が疑われるが、パイン氏が異議を唱え・・・、という話。

  問題の靴下には、砂がついていたが、だからこそ、その持ち主が犯人ではありえない、という捻り方。 パイン氏は、完全に、探偵になっています。 旅先では、仕掛け屋をやりようがないわけですが、それを承知で、旅に出させたのは、仕掛け屋業のネタが枯渇してしまったからもかも知れません。


【シーラーズにある家】 約30ページ

  シーラーズに住んでいる、若いイギリス人女性は、頭がおかしいという噂があり、同国人とは縁を切って暮らしていた。 かつては、同じ歳頃の若い女性の使用人と暮らしていたが、そちらは、死亡していた。 その話をパイン氏にしてくれた小型旅客機のパイロットは、死んだ女性の事が好きで、頭のおかしい女に殺されたのではと、疑っていたが・・・、という話。

  シーラーズは、イランの古都。 パイン氏は、欧州文化の影響を受けていない場所が好きだった模様。 同国人に会わないように暮らしている、という段階で、この女性の秘密がピンと来たら、クリスティー作品のファンと言えるでしょう。 短編なので、アイデアの焼き直しは、普通にやっていたようです。


【高価な真珠】 約28ページ

  ヨルダンのペトラ遺跡を、現地泊で観光していた一行。 若い女性が、真珠のイヤリングを落とし、女性が結婚しようと思っている、窃盗の前科がある青年に、嫌疑がかかりそうになる。 相談をうけたパイン氏は、一行に加わっていた考古学者に目をつけ・・・、という話。

  ペトラ遺跡というのは、≪インディ・ジョーンズ 最後の聖戦≫のクライマックスで出て来た、あの岩壁の中の遺跡。 この頃から、有名な観光地だったんですな。

  短編であるにも拘らず、「一度、悪事に手を染めた者は、正道に立ち戻れるか?」という、テーマがあります。 ただし、それに対する答えは、書かれていません。 大金持ちである、女性の父親の懐事情を、パイン氏が言い当てるところで、驚かされます。


【ナイル河の殺人】 約32ページ

  ナイル河を船で移動中、同乗の夫人から、「夫が私に毒を盛っているかどうか知りたい」、という相談を受けたパイン氏。 夫人は病気がちだったが、夫が不在の時だけ、体調が良くなるとの事だった。 そして、夫人は、実際に死んでしまうが・・・、という話。

  出だしの設定はいいんですが、犯人が、意外な人物で、その意外さが、取って付けたようなものなので、あまり、出来がいいとは言えません。 「わざわざ、殺すほどの事でもないのでは?」と言ったら、犯人は怒るでしょうか。


【デルファイの信託】 約28ページ

  行く先々で、事件に巻き込まれてしまうパイン氏。 今度こそ、正体を隠して休暇を楽しもうと決心して、ギリシャにやって来た。 ところが、息子を溺愛している女性から、誘拐された息子を助けて欲しいと頼まれ、事件に巻き込まれて行く話。

  いわゆる、気の利いたラストが付いています。 休暇を楽しむつもりで、正体を隠していた割には、相談されて、抵抗もなく、引き受けてしまうところに、違和感を覚えた人なら、このラストは、見抜けると思います。 私も分かりました。



  短編集、【パーカー・パイン登場】の総括ですが、前半6作は、推理物とは違っていて、新鮮な印象があり、面白いです。 実際には、こう、うまくは行かないと思いますが、それを言い出せば、推理物のトリックなども、実際にやってみれば、ほとんどが、不発でしょう。

  後半6作は、やはり、仕掛け屋業のアイデアが尽きてしまい、トラベル・ミステリーに逃げたようですな。 前半6作の中でさえ、焼き直しに近いものがあり、致し方なかったのかも。 しかし、腰を落ち着けて、アイデアを探せば、仕掛け屋業で、あと6作、捻り出すくらい、クリスティーさんなら、出来たはず。 諸般の事情で、そのゆとりがなかったんでしょうか。

  ちなみに、パイン事務所のスタッフとして、ミス・レモンと、オリバー夫人が登場します。 職種は、後年、ポワロ物に登場する時と、同じで、ミス・レモンは、有能な事務員。 オリバー夫人は、推理作家で、パイン氏が仕掛けをする時の、脚本担当です。 明らかに、こちらでの登場が先で、ポワロ物で、再利用したわけだ。




≪黄色いアイリス≫

クリスティー文庫 59
早川書房 2004年6月15日/初版
アガサ・クリスティー 著
中村妙子 訳

  沼津図書館にあった文庫本です。 短編、9作を収録。 【黄色いアイリス】は、コピー・ライトが、1932年、1934年、1935年、1936年、1937年、1939年になっています。 元は、別の短編集だったものを、早川書房で、組み直したようです。 ポワロ物、マープル物、パーカー・パイン物などを、寄せ集めたもの。 本全体のページ数は、約310ページ。


【レガッタ・デーの事件】 約36ページ

  客の娘の高校生から、挑戦されて、自分のダイヤモンドを盗めるか賭けをした、主。 密室で、数人の客の間に回し見させている間に、ダイヤがなくなってしまう。 高校生の勝ちかと思われたが、彼女が隠した場所からも、なくなっていた。 客全員の身体検査をしたが、出て来ない。 疑われた青年が、パイン氏へ相談に来たところ、三日後には、解決すると言われ・・・、という話。  

  鮮やかと言えば、鮮やかな、お手並みです。 この手管、どこかで読んだような気もしますが、思い出せません。 割と、ありふれたものなのかも知れませんな。 パイン氏だけでなく、窃盗犯専門の警察関係者なら、みんな、ピンと来るわけだ。

  驚くのは、高校生の正体で、安達祐実さんあたりを念頭に置けば、「そういう人もいるかなあ」と思わないでもないです。


【バグダッド大櫃の謎】 約34ページ

  ある夫妻が、パーティーに招かれたが、夫が急に行けなくなり、妻だけが出席した。 翌朝、夫が、パーティーがあった家の客間に置かれた、大櫃の中で、刺し殺されているのが発見され、その家の主が逮捕された。 主は、被害者の妻と、いい仲になっていた。 ポワロが、ヘイスティングと共に、解決に当たる話。

  デビット・スーシェさん主演のドラマで、フェンシングの決闘場面で印象に残っている話。 原作の方は、決闘場面はなく、謎も分かり難いです。 大した話ではない、というのが、適当な感想でしょうか。

  ポワロが、なぜ、謙遜しないのかについて、本人の口から詳しく語っていますが、つまり、自分を飾らず、正直なわけだ。 飾らないけど、自慢はするわけですが、


【あなたの庭はどんな庭?】 約38ページ

  ポワロが、老婦人から受け取った相談の手紙には、具体的な事が書いてなかった。 依頼を受けると返事を書いたが、それっきりになった。 その後、新聞記事で、老婦人が亡くなっていた事が分かる。 ポワロが気になって調べ始めると、遺産を受け取る事になっていたロシア人娘の使用人が、ストリキニーネを盛ったとして逮捕されてしまった。 他に、親族の夫婦がいて、妻の方は、庭弄りが好きだったが、花壇を取り巻く貝殻を見たポワロは・・・、という話。

  この作品も、ドラマ版で、印象に残っています。 原作が短編の場合、映像作品の方が出来が良くなるものですが、この作品に関しては、原作も、この長さとは思えないほど、内容が濃いです。 バランスも良い。 依頼された相手が、会う前に亡くなってしまう、というのは、長編、【杉の棺】(1940年)でも、使われています。

  事件とは関係ないところで、ポワロの秘書である、ミス・レモンの性格について、説明していますが、大変、分かり易いです。


【ポリェンサ海岸の事件】 約38ページ

   休養を取る為に、地中海の島を訪れたパイン氏。 仕事を持ち込まれないように、素性を隠していたが、知り合いに会った事で、バレてしまう。 早速、相談を持ち込んできたのは、息子と来ている夫人で、息子が、今風の若い女と、勝手に婚約してしまったのを、どうにかしてくれという。 パイン氏は、一旦、他へ出かけ、戻ってみると、状況が一変して、夫人の息子は、また別の女に現を抜かしていた、という話。

  パイン氏ものらしいストーリー。 「甘過ぎる食べ物でも、しょっぱ過ぎる食べ物の後なら、甘過ぎると感じない」という理論。 しかし、相変わらず、パイン氏の作戦は、ちと、危なっかしい感じがします。 書く方も、読む方も、気軽な短編だから、さらっと読み流せるわけですな。


【黄色いアイリス】 約38ページ

  あるレストランの、黄色いアイリスが飾られているテーブルに、呼び出されたポワロ。 アメリカ人男性が設けた席で、4年前に妻が死んだ場面を再現すると言い、4年前の面子を集めてあった。 その席で、若い女性が毒を盛られて死んでしまい、青酸カリの包みが、ある男のポケットから発見されるが・・・、という話。

  ノン・シリーズの長編、【忘られぬ死】(1945年)は、この短編を膨らませたものですが、こちらの方が、ずっと、分かり易いです。 ちなみに、「アイリス」とは、「アヤメ」の事。 死んだ妻の名前であって、花そのものは、事件と関係ありません。 「酒を注いで回る係は、いくら被害者に接近しても、疑われる事はない」というのは、【三幕の殺人】(1934年)でも、使われていましたな。


【ミス・マープルの思い出話】 約22ページ

  妻を殺された上に、容疑者にされた男性が、弁護士に伴われて、マープルに相談に来る。 現場は、ホテルの部屋で、密室状態にあり、続き部屋にいた夫以外に殺せる者がいなかったという理由で、疑われていたのだが、マープルは、話を聞いただけで、他の容疑者を言い当て・・・、という話。

  マープルが、甥達に向かって、思い出話を語るという形式。 ちと、自慢話臭いですが、マープルのキャラクターが分かっていれば、さほど、違和感はありません。 クリスティー作品には珍しい、本格トリックの密室物です。 この短さですが、読み応えはあります。 マープルが挙げた容疑者二人の内、どちらがより怪しいかを決める要素に、マープルらしい推理手法が見られます。


【仄暗い鏡の中に】 約16ページ

  招かれて、友人の家に泊まりに行った青年。 あてがわれた部屋で、着替えをしていると、幻を見た。 背後で、首の左に傷がある男が、女の首を絞めている姿が、鏡に映ったのだ。 女の方は、友人の妹そっくりで、その婚約者には、首の左に傷があった。 青年が、その事を告げた後、友人の妹は、婚約を解消してしまった。 戦争があり、友人と、妹の元婚約者が戦死。 青年は、首の右に傷を負っただけで、復員した。 友人の妹と結婚したが、青年の嫉妬心が強かったせいで、夫婦仲が冷え切って・・・、という話。

  未来が見えたという時点で、オカルトでして、推理物ではないです。 幻で見た男が誰なのか、首の傷でしか分からないというところが、味噌ですが、鏡が出て来れば、右と左を間違えたという謎になるのは、お定まりなので、書かれた時代を考慮しても、陳腐の謗りを免れますまい。 幻想小説としても、瑕がつくところ。


【船上の怪事件】 約36ページ

  エジプトへ向かう船。 妻に虐げられている男が、若い女性二人に気に入られ、アレキサンドリアで、一緒に上陸している間に、船に残っていた妻が殺される。 男は、かつて、手品師だったと言って、手並みを披露して見せたが、ポワロは、彼のもつ他の技芸に注目していて・・・、という話。

  密室トリック。 だけど、クリスティーさんの場合、密室を使っても、トリック・アイデアの新味で勝負する事はないです。 容疑者のアリバイが、下船する前に、被害者と、ドア越しに会話をしていたというものなので、ある方法を使えば、アリバイを捏造できるという趣向。 子供騙しっぽくて、ちょっと、ポワロが似つかわしくないくらいです。 


【二度目のゴング】 約52ページ

  変人の資産家。 食事時間に厳格であるにも拘らず、合図の銅鑼が鳴っても、部屋から出て来ない。 客達は、銃声のような音を聞いていた。 そこへ、資産家から、横領事件の捜査を依頼されていたポワロが訪ねて来て、状況を見て取り、急いで、部屋の扉を破れと言う。 中では、拳銃自殺と思える状態で、資産家が死んでおり、警察の見立ても、自殺だった。 しかし、ポワロは、そうは考えず・・・、という話。

  デビッド・スーシェさんのドラマで見た事がある話ですが、そちらは、後年、中編に書き直された、【死人の鏡】が、原作のようです。 ストーリーは、ほとんど、同じですが。

  銅鑼が、2回鳴るとか、窓の錠が、外からでもかけられるとか、鏡が割られていたとか、花壇の土がならされていたとか、細かい謎がゴチャゴチャと詰め込まれていて、メインのトリックが、分かり難いです。 短編に、こんなに、いろいろと詰め込むのは、悪い例ですな。 中編に書き改めたくなる気持ちも分かろうと言うもの。




≪ヘラクレスの冒険≫

クリスティー文庫 60
早川書房 2004年9月15日/初版 2020年1月15日/6刷
アガサ・クリスティー 著
田中一江 訳

  沼津図書館にあった文庫本です。 短編、12作を収録。 【ヘラクレスの冒険】は、コピー・ライトが、1947年になっています。 全作ポワロ物。 寄せ集めではなく、短編の連作です。 1939年から、1947年にかけて、書かれたもの。 本全体のページ数は、約554ページ。 前置きとして、【ことの起こり】がついています。


【ことの起こり】 約14ページ

  引退を考えていたポワロは、探偵業の締め括りに、自分の名前に因んだ、「ヘラクレスの難業」に擬えて、12の事件を解決しようと決心する。 ちなみに、引退後の目標は、カボチャの品種改良。


【ネメアのライオン】 約54ページ

  ペキニーズ犬が誘拐されたので、犯人を捜してくれという依頼がある。 依頼者の夫人の犬で、夫人の、話し相手として雇われている女性が、散歩に連れて行った時、よその赤ん坊に気を取られた僅かの時間に、引き紐を切って、連れて行かれたという。 身代金を払って、すでに、犬は取り戻されていた。 全く同じ手口で誘拐された別件があったが、そちらも、犬種は、ペキニーズで・・・、という話。

  犬は戻っているが、身代金に、200ポンドも取られたのが癪に障るので、犯人を捜して、取り戻して欲しい、という依頼なわけで、別に、ポワロに、犬捜しを頼んだわけではないです。 ポワロは、犬嫌いではありませんが、そういう依頼なら、たぶん、断るでしょう。

  犯人は、推理小説の読者なら、すぐに分かるような人物。 この話の肝は、犯人当てではなく、その後の、ポワロの大岡裁きです。 粋と言えば、粋ですが、些か、ポワロらしさに欠けるでしょうか。 職業探偵が、こういう事をやっていては、食っていけません。


【レルネーのヒドラ】 約52ページ

  最近、妻が病死した医師。 若い看護師といい仲になっていた事で、近隣住民から、妻殺しを疑われ、ポワロの元に、助けを求めに来る。 現地に乗り込んで行ったポワロは、噂の根を絶つというより、むしろ、広げるような事をする。 墓を掘り起こして、解剖した結果、大量の毒物が盛られていた事が分かり・・・、という話。

  疑われている人物達が犯人でないとすれば、消去法で、この人しかいない、という人物が犯人です。 フー・ダニットにするには、容疑者の面子が少な過ぎるのです。 推理物としては、面白くないですが、犯人の心理が、興味深いです。 気持ちは分かるが、人殺しは、よくないですなあ。


【アルカディアの鹿】 約38ページ

  雪の中の宿で、エンコした車の修理を待っていたポワロ。 修理工の青年から、消えてしまった女性を捜して欲しいと依頼される。 彼女は、有名な女優のメイドだったが、すでに退職しており、ヨーロッパ中を捜し回った挙句、死んでいた事が分かる。 しかし、ポワロは、彼女が死んだとは思えず・・・、という話。

  これも、推理物を読み込んでいれば、すり替わり物である事が、容易に分かります。 それでなくても、クリスティーさんは、すり替わり物を多用しますから。 ラストを、いい話にしようとしていますが、少々、安直か。 元有名女優が、ポワロが提案するような生活に馴染めるとは、とても思えません。


【エルマントスのイノシシ】 約44ページ

  スイスの高山にあるホテルへ、ケーブル・カーで向かうポワロは、知り合いの警視からの手紙を渡される。 ホテルに来ている犯罪者を、潜入している警部と協力して逮捕してくれという内容だった。 ホテルに着くと、給仕に化けた警部から、ケーブル・カーが雪で破損して、数日間、外部と連絡が取れないと聞かされ・・・、という話。

  雰囲気的には、冒険物っぽいです。 ページ数の割には、内容がみっちり詰まっていて、面白いです。 警部が化けた給仕の前に、無能でクビになった給仕がいた、というところが、肝腎。 ストーリー上、意味のない設定が出て来たら、それは、何かの伏線なんですな。

  ポワロ物には珍しく、アクション場面もありますが、もちろん、ポワロが、格闘や発砲をするわけではありません。 それ担当の人物が、別に用意されています。


【アウゲイアス王の大牛舎】 約40ページ

  前首相が隠していた悪事を、ゴシップ雑誌に暴露されそうになっている、娘婿の現首相が、ポワロの元に相談に来る。 やがて、前首相の娘で、現首相の妻である人物が、外国へ行って、放蕩を尽くしているという記事が、そのゴシップ誌に掲載され、名誉毀損裁判に発展するが・・・、という話。

  「政治家の不正よりも、色恋沙汰の方が、世間の注目を浴びる」というのは、些か、微妙な分析ですが、この話では、まんまと、うまく運びます。 雑誌社を、一つ潰してしまうというのは、そこで働いていた人達の生活を考えると、これまた、微妙な結末。 前首相の不正は、事実だったわけですから、ますます、微妙です。


【スチュムパロスの鳥】 約44ページ

  政治家として、将来を嘱望された青年が、休暇で来ていた外国で、イギリス人の母娘と知り合いになる。 娘の方は、悪い夫に苦しめられているという話だった。 ある時、その夫が押しかけて来て、青年も巻き込まれる形で、諍いになる。 娘は、夫を殺してしまい、母親の発案で、現地警察や関係者を買収して、事件を揉み消そうとするが・・、という話。

  母娘の他に、「猛禽のような顔をした、ポーランド人の女性二人」が出て来ますが、ちょっとした役割しか担ってません。 目晦ましですな。 実際に、どういう顔なのか、想像ができませんが。

  事件は二つの部屋で起こり、娘が夫を殺した現場を、青年が見ていない、というのが、味噌。 そこで、話の趣きが、大体、分かります。 ポワロは、後半で、ポンと出て来て、バタバタッと解決してしまいます。 あまり、ヒネていない読者なら、相当には、面白いと感じると思います。


【クレタ島の雄牛】 約58ページ

  婚約者から、「自分は、精神異常だから」と言われて、婚約を破棄されてしまった若い女性から、相談を受けたポワロ。 青年の家に行くと、確かに、血筋として、精神異常者が、たまに出るらしい。 眠っている間に、夢遊して、動物を殺し、目覚めると、血塗れの体になっているというものだった。 ポワロは、ある実験を試みて・・・、という話。

  実際には、精神異常ではない事は、分かっています。 読んで行って、真っ先に、容疑者として浮かぶのは、青年の父親の友人ですが、その人物が企んでいる事だとすると、動機が分かり難いので、保留にしておいたら、果たして、犯人は、別人でした。 意外と言えば、意外な人物。 ポワロの解説を聞くと、なるほど、そういう事かと、納得しますが。

  精神異常は、必ずしも、遺伝に因るわけではないので、誤解してしまう読者もいるかもしれませんなあ。 この作品が書かれた頃には、遺伝が最も大きな因子だと思われていたんでしょう。 実際には、遺伝と関係なく、おかしくなる奴は、うじゃらうじゃら、いるのですが。


【ディオメーデスの馬】 約42ページ

  知り合いの若い医師に呼び出されて、「薬物パーティーの、宴の後」にやって来た、ポワロ。 若い女性が、薬物依存の入口にいるのを見て、彼女の父親の家を訪ねる。 彼には、4人の娘がいて、その友人の男が、薬物を売り捌いているかに見えたが・・・、という話。

  若い女性を薬物依存の道から引き戻すのが、直接的な目的ですが、それ即ち、薬物を広めている元締めを捜す事になります。 意外な人物が犯人です。 そして、4人の娘達の正体も、大いに意外です。 こんなに多く、意外な要素を盛り込むのは、勿体ない。 中編にした方が、読み応えがあったかもしれません。


【ヒッポリュテの帯】 約34ページ

  画廊から盗み出されたルーベンスの絵は、フランスに運ばれたと思われた。 頼み込まれて、しぶしぶ、フランスへ出かけようとしていた、ポワロの元に、ジャップ警部がやって来て、少女の失踪事件も調べてくれと、頼まれる。 フランスの学校へ行こうとしていた少女は、列車内から姿を消し、線路沿いで、意識朦朧としているところを発見された。 警察は、事件が解決したと考えたが、ポワロは、おかしな点に気づき・・・、という話。

  絵が盗まれた事件と、少女が失踪した事件は、当然の事ながら、関係しています。 短編で、全く無関係の二つの事件を扱うなんて、ありえませんから。 少女の方は、ごくありきたりの人物で、略取しても、意味がないような存在。 となれば、目的は、絵の方という事になります。

  留学生の荷物は、中を開けて調べられる事がなかったようですな。 ポワロ物の長編、【ヒッコリー・ロードの殺人】(1955年)のアイデアは、この作品から、膨らませたんでしょうな。


【ゲリュオンの牛たち】 約42ページ

  かつて、罪を帳消しにしてやった婦人が、ポワロを訪ねて来て、友人が怪しい宗教に嵌まっているのを、どうにかしてくれと頼む。 その教団では、遺産による多額の寄付を約束した女性達が、何人も、それぞれ、別の原因で、病死していた。 ポワロは、婦人自身に、教団に加わって、囮になるように命じたが、潜入して日が経つに連れ、婦人はすっかり、洗脳されてしまって・・・、という話。

  関係した者達が、それぞれ、別の病気で死んで行く、というのは、ノン・シリーズの長編、【蒼ざめた馬】(1961年)でも、使われました。 医学知識や医療技能がある者なら、割と簡単にできる方法ですな。 ただし、それぞれ別の病気だから、司直から疑われ難いかというと、そうでもなくて、逆に、疑われ易いのではないかとも思います。

  この囮捜査をする婦人ですが、犯罪者的な才能があると、自分で言っており、クリスティー作品に出て来るキャラとしては、珍しいタイプです。 この作品でも、ポワロが驚くような機転の良さを見せてくれます。


【ヘスペリスたちのリンゴ】 約36ページ

  高名な美術品蒐集家が、10年も前に落札したが、手元に来る前に盗まれてしまった金の酒盃を、探してくれと依頼して来た。 ポワロは、世界のあちこちを調べた末に、ある修道院に、それがある事を突き止める。 すでに死んでいた窃盗一味の一人には、娘がいて、その修道院にいたというのだ。 ポワロは、地元の人間を雇って、二人で、修道院に盗みに入り・・・、という話。

  金の酒盃が、どこにあったか、ポワロが、どうやって手に入れたかには、大した意味がなく、依頼主の元に返った後が、この作品の眼目になります。 こんな話に乗る蒐集家が、ほんとにいるかどうか分かりませんが。

  ポワロは、たまに、泥棒をやるんですな。 いや、ホント。 もちろん、最終的には、悪事にならないのですが。 それにしても、泥棒は泥棒でして、修道院側が許さなかったら、ポワロと協力者は、間違いなく、裁判にかけられたでしょうな。


【ケルベロスの捕獲】 約56ページ

  ポワロが、20年ぶりに会った、元ロシア貴族の女性は、「地獄」という名のバーを経営していた。 警察は、そのバーで、宝石を代金に使った麻薬取引が行なわれていると見て、捜索もしていたが、尻尾を掴めなかった。 バーの入口には、主人に忠実な番犬がいたが、主人以外にも、命令を出せる人間が一人いて・・・、という話。

  犬を使ったトリックですが、果たして、実際に、こういう事ができるのかどうかは、不明です。 こういう芸は、聞いた事がないので。 怪しそうな人間が何人か出て来て、ごくシンプルな、フー・ダニット物になっていますが、一番、奇妙な人間が、犯人です。 その人物の描写は、一際、凝っているので、それで、犯人と気づく読者もいる事でしょう。



  短編集、【ヘラクレスの冒険】の総括ですが、これまでに読んだ、ポワロ物の短編と比べると、安直さが感じられず、クリスティーさんが、真面目に、短編に取り組んでいる様子が伺えます。 後に、長編に使われるトリックが、多く出て来るのも、それと関係があると思います。

  作品の出来とは関係ないですが、「ヘラクレスの冒険」に擬えた、各作品のタイトルは、話の中身を直接 表していないので、非常に、覚え難いです。 たとえば、この短編集を読んだ者同士で、感想を述べ合う場面を想像すると、タイトルから、どんな話だったかを思い起こすのは、ほとんど、不可能でしょう。 煩雑なようでも、タイトルは、内容に合ったものを付けて、「ヘラクレスの冒険」の各タイトルは、( )に入れて、添えた方が良かったんじゃないかと思います。




  以上、四冊です。 読んだ期間は、2023年の、

≪リスタデール卿の謎≫が、6月22日から、25日。
≪パーカー・パイン登場≫が、6月26日から、28日。
≪黄色いアイリス≫が、7月5日から、7日。
≪ヘラクレスの冒険≫が、7月8日から、10日。

  読んだ期間が、2冊ごとに、固まっているのは、早く読み終わった場合でも、2週間の貸し出し期間、ギリギリまで待って、借り換えに行っているからです。 読むものがないと、禁断症状が出るほど、読書好きではないのです。