2023/09/17

実話風小説 ⑳ 【男らしさを求める女】

  「実話風小説」の20作目です。 今回、冒頭が、前々回、前回と同じですが、元が、「DVのきっかけ・三部作」だからです。 末尾は、違います。




【男らしさを求める女】

  言うまでもない事だが、家庭内暴力(DV)は、暴力を振るった側が、悪い。 暴行罪、傷害罪は、誰でも知っている、刑事犯罪である。 通報されれば、警官が駆けつけて、その場で手錠をかけられ、連行される。 そのくらい、明々白々な犯罪行為なのである。 それに関しては、異論を許すつもりはない。 手を上げてしまったら、「善良な一市民」の資格は、永久に失ってしまうのである。

  ただ、暴力を振るわれる側に、問題が全くないわけではないケースもある。 DVのきっかけを、被害者側が作ってしまっている場合があるわけだ。 くどいようだが、繰り返すと、それでも、そのきっかけ自体が、犯罪行為でなければ、暴力を振るう方が悪い事に、変わりはない。



  女Eは、男の好みにうるさかった。 学生時代から、友人達と、男の品定めになると、大抵の男に、駄目出しをした。 女Eが、男の良し悪しを判定する際に、基準にしていたのは、「男らしさ」だった。 それ自体、主観的なものであり、人によって、幅があるが、女Eの理想とする、「男らしさ」は、時代と全く合わぬ、古風なものであった。

  まず、「女に優しい男」などというのは、問題外である。 それ以前に、「女に気を使う男」などは、問題以前である。 男というのは、何事に対しても、全面的な決定権を持っているものであり、「女の意見を聞く男」なんぞ、判断力がないか、優柔不断か、その両方なのであって、「全く、頼りにならない」というのだ。

  昭和の頃なら、こういう男を探すのは、何の困難もなかったが、平成の30年間を経た今となっては、事情は、天地ほどにも変わっている。 友人達から、「あんたが理想にしている男なんか、普通じゃ、いない」と言われていたのも、無理もない事である。 周囲と意見が合わない事は、女Eも、承知していて、自分から、男の好みについて、話題にする事はなかった。

  しかし、結婚前の若い女が集まると、男の品定めになるのは、避けられない事であり、女Eが、その場にいて、意見を聞かれると、「あんなの、男の内に入らない」という、峻烈な批評が飛び出すのであった。 たとえば、職場で、同僚同士が結婚する事になったとする。 男の方について、誰かが、女Eに、「どう、思う?」と訊くと、女Eは、そこにいる面子が、結婚する二人と、ある程度、距離がある者達である事を確かめた上で、

「ああいう男じゃ、頼りにならないねえ。 まあ、女の方で、リードしてやるんなら、うまく行くかもしれないけど」

  と言うのである。 男が誰であっても、誉めた例しがない。 十人、評価すれば、十人とも、駄目である。 一度、二段上の上司、つまり、課長をやっていた男に、憧れているような事を言っていた事があったのだが、その課長が、愛妻家であり、妻の誕生日や、結婚記念日には、必ず、プレゼントを贈っていると知るや、女Eの熱は、瞬間的に冷めた。

「違うんだなあ。 そういうのって。 女の顔色を窺っているような男は、男じゃないねえ」

  同僚の女性達は、理解できなかった。 プレゼントをくれる夫に、何の不満があるのか、女Eの気が知れない。 何もくれない夫に比べたら、遥かにいいではないか。 有休で旅行に行った、同じ職場の男が、土産に箱菓子を買って来る事があったが、個別に配ったりすると、女Eは、あからさまに、迷惑そうな顔をした。 そういう事は、男がすべき事ではないと思っていたのだ。 後輩の男が、それをやった時には、不快気に、突き返したくらいだった。 一方、女の同僚が買って来た場合は、何の抵抗も見せずに、受け取った。


  そんな、女Eが、結婚する事になった。 相手の男の名前を聞いて、同僚や上司は、驚いた。 元、同じ会社の営業部にいた奴で、半年ほど前に、取引先の人物を殴って、傷害罪で逮捕・起訴され、執行猶予付きの判決が出て、退職した、男Fだったのだ。 元々が、粗暴な性格で、「いつか、何か、やらかすだろう」と噂されていたのが、案の定、やらかしたのであった。 殴られた人物にも、態度に問題があった事から、懲戒解雇だけは、辛うじて免れたが、前科がついてしまったのでは、その後の人生がやり難くなる事に、違いはない。

  女Eは、男Fの存在を、傷害事件が起きてから知った。 500人規模の、そこそこ大きな会社で、部署が違うので、そんな男がいる事を知らなかったのだ。 妙に、心引かれるものがあり、本来、自分の仕事でもないのに、「退職に関する書類を届けに行く」と志願し、男Fのアパートを訪ねた。 男Fは、玄関のドアを開けて、「あ、そう」と、書類だけ受け取った。 ちらっと見えたのは、だらしなく散らかった部屋の様子だった。

  「分からないところがあったら、連絡してください」と、名刺を渡した。 携帯番号が印刷されたもので、同僚が聞いたら、「前科者相手に、そんなものを渡すなんて・・・」と、ゾッと震え上がるような行為を、平然とやった。 

  女Eが予想した通り、三日後には、男Fから、電話があった。 退職後の手続きが、全く分からないと言うのである。

「ふふふ。 そうそう、男は、そうでなくっちゃ。 あんなチマチマした手続きを、スイスイ処理できるセコい奴なんて、男とは言えないものねえ」

  女Eは、男Fと、喫茶店で落ち合い、懇切丁寧に、手続きの仕方を説明した。 男Fの態度は、横柄で、とても、人様から、物事を教わる立場のそれとは、思えなかった。 説明が終わっても、礼も言わない。 挙句の果てに、「失業中で、金がないから」と言って、喫茶店の代金を、女Eに払わせた。 女Eからすると、そういった男Fの様子は、もーう、こたえられない魅力だった。

「ようやく、本物の男に出会えた!」

  女Eには、自分の指と、男Fの指を繋ぐ、赤い糸が、本当に見えていた。 糸の毛羽立ちまで見える。 明々白々な幻視だが、本人が見えていると認識している以上、他者には、どうにも、否定のしようがない。

  その後も、男Fから、二度、電話がかかって来た。 まだ、分からないところがあるというのだ。 もう一度、喫茶店で会い、そこを出た後、女Eから誘って、食事に行った。 もちろん、女Eの奢り。

  三度目には、直接、アパートを訪ねた。 取っ散らかっていて、足の踏み場もない。 「ちょっと、片付けてもいい?」と訊くと、「好きにすれば」と言うので、軽く片付けた。 洗い物をし、洗濯までやってやった。 男Fは、何も言わなかった。 もちろん、礼も言わない。

  女Eは、週に二度のペースで、男Fの部屋を訪ねるようになり、自然の流れとして、一ヵ月くらい経った頃から、性関係になった。 男Fは、何も言わずに、抱きすくめて来て、何も言わないまま、欲望を果たした。 女Eは、男Fが、何も言わない点が、こたえられなかった。 本心は、ただ、棒を筒に入れたいだけのくせ扱いて、「好きだ」とか、「愛してる」などという、取って付けたようなセリフには、虫唾が走る。 大学生の頃、初めての男が、そういう事を口にし、聞いた途端に、白けてしまったのだが、男Fには、その心配はなかった。

  半年、交際して、女Eが、「妊娠したんだけど」と言うと、男Fが、「じゃあ、結婚するしかないな」と言ったので、結婚する事になった。 男Fは、前科が響いて、再就職ができず、時々、アルバイトをする程度の生活だった。 そんな有様では、普通なら、女の親が反対するところだが、子供が出来ているのに、生木を裂くのも忍びないと思ったのか、両親は何も言わなかった。

  新郎の職は安定しなかったが、新婦の両親が、お金を出し、まずまず、人並みの結婚式を挙げ、国内ながら、新婚旅行にも行った。 女Eは、幸せだった。 当座は・・・。

  お金がなくて、男Fのアパートで暮らし始めたものだから、二人では、何かと手狭。 産休を取って、女Eが家にいるようになると、男Fの態度が、少し刺々しくなった。 元々、優しさなんぞ、微塵もないのだが、二人で狭い部屋にいると、窒息感を覚えるもので、男Fは、散歩に出る事が、多くなった。 バイトがない日には、午前と午後に、散歩に出かけ、パチンコをして帰って来る。 お金は、ジリ貧になって行った。

  女Eの腹が大きくなって、家事に支障を来すようになると、否が応でも、男Fが、家事をしなければならなくなるのだが、そもそも、家事なんか大嫌いな男である。 実家にいる間は、全て、母親がやってくれたし、独身独居の間は、外食やコンビに弁当に頼り、洗濯も、着る物がなくなってから、ようやく手をつけるというパターンだった。 結婚してからは、女Eがやっていたので、苦労はなかった。

  それが、二人分、やらなければならないとなると、もう、負担感で押し潰されそうになり、また、外へ逃げてしまうのである。 だが、女Eは、そんな男Fを恨めしいと思う事はなかった。 恨むどころの話ではない。 「それでこそ、男だ」と、うっとり、熱い眼差しを向けていたのである。 変だな、この女。

  男Fは、家事の負担に耐え切れずに、切れた。 実際には、家事なんか、ほとんど、やっていなかったのだが、やらなければならないという負担感だけで、追い詰められてしまったのだ。 男にしてみれば、原因は、女Eにある。 この女が、勝手に押しかけて来て、勝手に、子供なんか作ったもんだから、俺が、こんな目に遭わされる事になったのだ。 元が粗暴な性格だから、口で不満をぶちまけるだけでは、飽き足らず、女Eを殴るようになった。 ひどい男である。 しかし、それは、最初から書いている事なので、今更、驚かれても、困る。

  生々しい描写は、思い切って、割愛。 女Eは、流産した。 男Fの、エスカレートした暴力が原因だった。 母体の方も、重態で、一週間も、生死の境をさまよった。 呆れた事に、男Fは、どこかへ姿を晦ましてしまった。 後で分かった事だが、警察に追われているのではないかと、不安になり、辺鄙な土地へ移住した同級生の所へ、逃げ込んでいたらしい。 実際には、女Eも、その両親も、男Fを訴えたりはしていなかったのだが。

  一ヵ月後、男Fから電話があり、離婚届を送ると言って来た。 子供を失った事について、全く、男Fを恨んでいなかった女Eは、話し合いを提案したが、男Fは、「やり直しても、また、同じ事をしてしまいそうだから」と、怖い事を言って、離婚を押し通してしまった。 女Eは、泣く泣く、承諾した。 男が決めた事には、従わなければならないと思っていたのだ。 やっぱ、この女、変だよな。



  2年後、女Eが再婚した男Gは、体育会系だった。 陸上砲丸投げ。 ノン・プロで入社して、第一線で活躍していたのだが、30歳を過ぎて、引退する事になり、一般の職場へ配属されて来たのだ。 体育会系にも、いろいろ いるが、男Gは、大人になりきれていない、というか、頭の中が、ガキのまんまで、歳だけ取ったという、最も しょーもないタイプだった。 スポーツだけやっていれば、周囲がちやほやしてくれるので、「他人に気を使って、うまくやって行く」という意識が、全く発達しなかったのだ。 「人を人とも思わない」、「傍若無人」といった言葉が、ピッタリ来る性格だった。

  職場では、一般入社の社員達と、早速、衝突し始めた。 体育会系だけに、年上には、敬語を使うが、慇懃なだけで、却って、無礼。 礼儀正しく、他人を馬鹿にしているのが、誰の目にも明らかだった。

「自分は、選手である。 選ばれた人間である。 一般人より優れているのだから、偉いのは当たり前だ」

  そんな風に思っていたのである。 スポーツ界というのは、他者を蹴落として、のし上がるのが、通常のルールであり、それを、一般の職場でも、やろうとした。 配属された職場で、自分が平社員である事に気づくと、突然、いなくなった。 何かと思ったら、総務部の運動部担当者の所へ、「ヒラとは聞いてない」と苦情を言いに行ったのだった。

  担当者から、「仕事が分からないのに、いきなり、管理職にはさせられない」と、当然の説明をされて、しぶしぶ、職場へ戻って来たが、憤懣やる方ないといった表情だった。 どうも、この男、自分には、運動部での実績があるのだから、一般の職場でも、課長くらいの肩書きはもらえるだろうと、思っていたらしい。 仕事は、部下に任せて、自分は、同期入社の連中と、世間話でもしていればいいと思っていたのであろう。

  仕事なんか、全くできないのだが、教える者が、自分より年下だと、真面目に習おうとしない。 年上なら素直に聞くかというと、そうでもなく、10の説明が必要なところを、3くらい説明したところで、「あー、分かった、分かった! もう、いいっす!」と遮って、テキトーにやり、後で確認すると、間違いだらけ、というか、何の仕事なのか、全然分かっていないのが明らか、という、しょーもなさだった。

  そんな無能な男でも、半年もすると、ようやく、人並みの最低ライン程度の仕事ができるようになった。 一般入社なら、とっくに、クビになっていたのだが、スポーツ入社だったから、特別待遇で、長い目で見てもらえたわけだ。 歳を取って引退したスポーツ選手なんて、特別待遇してやるほどの価値はないのだが、すぐさま、放り出したりすると、新たな選手が来てくれなくなるから、会社としても、致し方ないのである。

  しかし、一応、仕事ができるようになったとはいえ、態度は、全く改まらなかったので、職場での評判は、最低だった。 たった一人を除いて。 それが、女Eだったのだ。 女Eにとって、男Gの、人を人とも思わない傍若無人ぶりは、たまらない魅力だった。 体育会系の逞しい肉体が、ますます、男Gの魅力を際立たせた。


  女Eの方から接近して、すぐに、いい仲になり、3ヵ月もしない内に、結婚した。 男Gの方は、女Eが、そんなに気に入ったわけではなかった。 最初は、家事をやってくれると言うから、マンションの部屋に入れ、食事の用意、洗濯、掃除と、便利に使っている内に、性関係になり、女Eが、泊まる事が多くなって、「じゃあ、結婚するか」となったのである。

  余談だが、女性の方から、男性に近づいて行く場合、大抵は、うまく行く。 ただし、男性が、イケメン、金持ちなど、モテるタイプではない場合に限る。 ライバルがいなければ、という話である。 男Gの場合、顔は人並み程度だし、性格に問題がある事が知れ渡っていたので、他にライバルはおらず、女Eの望んだ通りに、事が進んだわけだ。


  今度は、新婚後、すぐに、暴力が始まった。 一番大きな理由は、女Eが、前夫との間に、子供が出来ていた事を、隠していたせいで、男Gの信用を失ってしまった事だった。 再婚である事は言ってあったのだが、子供の事は、結婚してから、伝えた。 普通なら、前夫の暴力で、流産したのだから、気の毒がられて然るべきところなのだが、ほら、なにせ、男Gは、頭の中が、ガキのまんまだから、結婚前に、告げられなかった事で、騙された感に、猛烈に襲われてしまったわけだ。

  男Gの暴力は、男Fのそれより、見た目には、あっさりしたものだった。 ところが、打撃は、桁違いに大きかった。 なにせ、体育会系で、鍛え抜かれた肉体なのだ。 同じ、一発 殴るにしても、一般人に過ぎなかった男Fとは、比較にならぬ。

「俺を騙そうなんて、二度と思うなよ」

  そう言いながら、横っ面を、平手でポンと殴られただけで、女Eの体は、部屋の隅まで、すっ飛んだ。 しばらくは、声も出せない有様だった。 女Eは、初めて、「死」を覚悟したが、その表情は、うっとり、恍惚感に満たされていた。 やっぱり、変だな、この女。 

  男Gは、職場で、周囲から浮いていただけに、不満が多く、家に帰って、女Eに当たる事が多くなって行った。 理由は何でもいいのだ。 夕飯のおかずが気に入らないとか、男Gの部屋の物を、勝手に動かしたとか、女Eの体の事情で、性交渉を拒まれたとか、とにかく、気に入らない事があると、平手を振るい、女Eを、部屋の隅まで、すっ飛ばした。

  女Eは、みるみる、青痣だらけになって行った。 職場の同僚が、見かねて、上司に相談し、上司から、女Eの両親に連絡が行き、両親が、男Gのマンションを訪れた。 男Gは、暴力を認めたが、謝らなかった。 逆に、前夫との間に子供がいた事を、なぜ隠していたのかと、女Eの両親を責めた。 両親は、何も言えなかった。 結局、離婚という事になった。

  女Eは、別れる気がなかったが、母親が泣いて頼んだので、折れたのだった。 女Eは、男Gと結婚した時に、総務から、庶務へ異動しており、会社で顔を合わせる事はなかったが、やはり、気まずくなって、退職した。 実家に戻り、しばらくは、両親と共に、暮らしていた。



  2年後、女Eは、再々婚した。 相手は、中学時代の同級生で、今は、ヤクザの、男Hだった。 高校中退後、地元を離れ、都会で暴力団に入るや、めきめき頭角を現し、10年で、幹部になった。 そして、支部長になって、地元の街へ戻って来たのだ。 子分が、10人もいて、結構な羽振りの良さだった。

  女Eが、ヤクザと結婚すると聞いて、母親は、目眩がしたが、気を失うほどではなかった。 「いつかは、こうなるに違いない」と、予期していたからだ。 そして、すでに、60歳に近かったにも拘らず、夫と離婚して、自分の実家に戻ってしまった。 夫と娘を見限ったのである。

  母親が恐れていた通り、女Eは、結婚してから、男Hの暴力で、何度も入院する事になった。 暴力が始まった理由なんて、ありはしない。 男Hは、元から、そういう凶暴な人間だったのだ。 支部長になったのも、凶暴過ぎて、組長から敬遠されたのが、大きな理由だった。 中学の頃から、その傾向は、はっきり出ていて、女Eも知っていたが、むしろ、知っていたからこそ、男Hと結婚したがったのである。

  男Hにとって、女Eが、今までの暴力沙汰の相手と、全く違っていたのは、抵抗して来ない事であった。 殴り飛ばすと、蹲って、小刻みに震えながら、うっとり、恍惚としているのだ。 なんだ、こいつ、気持ち悪い。 恐怖を感じて、殴る蹴るの連打。 これでは、病院に担ぎ込まれるのも、無理はない。

  男Hによる、女Eに対する暴力は、4ヵ月で、終焉を迎えた。 女Eが、死んでしまったからだ。 蹴られて、折れた肋骨が、心臓に刺さったのである。 男Hは、狼狽し、子分達に命じて、死体を処分させようとしたが、子分の中で、男Hに不満を持っていた男が裏切って、警察に通報したので、バレてしまった。 男Hは、殺人罪で逮捕された。 今は、服役中である。



  女Eの母親が、実家に帰ってしまった事について、首を傾げている向きもあるだろう。 その理由は、彼女の夫、つまり、女Eの父親にあった。 この父親自身が、暴力亭主だったのだ。 女Eは、そんな父親を見て育った。 見ていただけではなく、自分も殴られて育った。 男が女を殴るのは、当たり前だと思っていた。 そんな考え方を、全身全霊に刷り込まれて、大きくなったのである。

  ただ、父親の暴力は、母親が家を出て行くほど、激しいものではなかった。 だから、60歳近くまで、一緒に暮らしていたのだ。 そんな母親も、自分たち夫婦を見て育った娘が、暴力を振るう男としか結婚できない事を知って、絶望的になり、つくづく、夫に愛想が尽きたのである。

  父親は、妻から責められて、言い返す言葉がなかった。 歳を取るに連れ、体力の衰えから、暴力は下火になっており、妻を殴る気力もなくなっていた。 娘の葬儀こそ、二人で営んだが、妻は、その後も、戻って来なかった。 父親は、65歳で、一人暮らしになり、5年もしない内に、死んだ。 晩年は、コンビニ弁当と、カップ麺ばかり、食べていたらしい。 惨めなものだが、暴力亭主に、同情する必要はない。 自業自得ではないか。 こんな奴の子孫が続いて、暴力が代々、継承される事の方が恐ろしい。 女Eは、死ぬ事で、それを止めたのである。