読書感想文・蔵出し (113)
読書感想文です。 今回も、2冊です。 次の月から、≪濫読筒井作品シリーズ≫になるので、冊数が増える予定。
≪ガニメデの少年≫
ハヤカワ文庫
早川書房 1987年8月15日 発行
R・A・ハインライン 著
矢野徹 訳
沼津図書館にあった、文庫です。 長編1作を収録。 コピー・ライトは、1950年になっています。 300ページ。 これも、薄さで、選んで来ました。 植木手入れやら、お歳暮の受け取りやら、何かと忙しい時期なので、読書に割いている時間がないのです。
テラ・フォーミングされた、木星の第三衛星、ガニメデへ、父親と、その後妻と、連れ子の少女と一緒に植民した少年。 宇宙旅行を経て、到着。 想像していたよりも、過酷、且つ、劣悪な環境で、土地を開墾し、農場を作っていく様子を描いた話。
アメリカの開拓移民の苦労話を、そのまま、別天体に移し変えたもの。 【月は無慈悲な夜の女王】が、アメリカ独立戦争を、月に置き換えたのと、同じパターンです。 こちらの方が、書かれたのが早いですが。
移民というのは、みんな、そういうものらしいですが、事前に聞いていたうまい話と、実際に行ってから見る現地の様子には、天地ほども、違いがあるようですな。 テラ・フォーミングしているとはいえ、つい、数十年前まで、溶岩と氷しかなかったような天体で、農業をやるというのですから、どれだけ、大雑把な設定かと思いきや、さすが、SF作家の考えた話だけあって、科学的な説明は、ちゃんと、用意されています。
実際には、とても、そんなにうまくは行かないと思いますし、そもそも、農業をやる為に、他の天体を、莫大なお金をかけて、テラ・フォーミングするというのがナンセンス。 その上、そもそも、たかが、自然発生型生物に過ぎない人間を、人口が増えたからというだけの理由で、他天体に移民させるというのが、もっと、ナンセンス。 下らん。 数だけ増やしても、何の意味もない。
宇宙移民物は、ガンダムも、マクロスも、みんな同じですが、地球の人口が、無際限に増え続けるという事を前提にしています。 しかし、今現在の状況を見れば分かるように、ピークを超えたら、減り始めるのですから、宇宙移民の前提そのものが、成り立ちません。 とはいえ、1950年では、そこまで、先が読めなくても、無理もないか。
少年の一人称で語られるので、ジュブナイルか?と思ったのですが、それにしては、内容のレベルが高いです。 科学技術の解説も、高校生以上向けです。 今の若者では、大学生でも、理解できないところがあるかも。 大人が読んでも、特段、子供っぽいところはありません。 だから、ジュブナイル扱いになっていないんでしょう。
天体整列が原因で、動力源をやられ、ガニメデ全球が、急激に低温化して、植民地全体が、存続の危機に陥る件りは、圧巻。 こういう悲惨な場面は、よほど、歴史を読み込んでいないと、書けません。 ハインラインさんは、さぞや、歴史が好きだったんでしょうな。 科学技術にも興味がある、文系なんでしょう。
危機の後、話のカラーが変わります。 探検物になり、異星人の遺物まで出て来て、開拓物から、逸脱します。 これは、ない方が、良かったのでは? 明らかに、テーマが変わってしまっているのです。 危機を、更に大きくさせて、結局、全面撤退に追い込まれ、しかも、帰還途中に事故が起こり、地球に辿り着いたのが、ほんの数人、といった終わり方にすれば、面白かったのに。 開拓を、神聖な行為と思っているアメリカ人の作家では、そういうラストは、問題外かな?
≪1984≫
角川文庫
株式会社KADOKAWA 2021年3月25日 初版 2022年9月5日 12版
ジョージ・オーウェル 著
田内志文 訳
沼津図書館にあった、文庫です。 長編1作を収録。 コピー・ライトは、1949年になっています。 475ページ。 作中言語の解説、【ニュースピークの諸原理】を抜いた、小説部分の正味は、454ページ。 以下、ネタバレ、あり。
世界は、オセアニア、ユーラシア、イースタシアの三国に分割され、戦争と同盟を繰り返していた。 オセアニアに属するロンドンに住み、役所に勤めて、歴史の改竄作業を担当していた男が、徹底した監視社会に疑念を感じ、反政府地下組織に入ろうとするが、信じ切っていた人物が、実は監視機構の上級幹部で、捕えられ、拷問され、洗脳されてしまう話。
梗概で、ネタバレさせてしまいましたが、読んでみて、ストーリー展開を楽しむような作品ではないと分かったから、敢えて、そうしました。 この小説の言わんとするところは、この梗概に尽きます。 ページ数は多いですが、それ以上の何も書いてないといっても、宜しい。
未来世界が舞台なので、一応、SF小説という事になっているようですが、SF小説の読者なら、この作品が、SFでない事は、感覚的に分かるはず。 SFらしい、ゾクゾク感が、微塵も感じられないからです。 全く違う内容ですが、【家畜人ヤプー】を読んで、「これは、SFなのか?」と首を傾げた人は、【1984】を読んでも、同じ事を感じるのでは? SFの設定を借りた、風刺小説と見るべきでしょう。 どちらであろうが、作品の評価に影響しませんが。
全編に渡って、既視感を覚えてしまうのは、この作品をベースにして、全体主義批判を展開する論者が、無数にいて、どこかで、似たようなものを、いくつも読んだり、見たり、聞いたりしているからでしょう。 すでに、書かれてから、74年も経っており、影響の広がりは、想像に余りあります。
私の感想を一口で言えば、「気分が悪くなる小説」です。 作者自身が、読者を悪い気分にさせて、全体主義を、嫌悪、憎悪するように誘導しているから、そうなるのは、当たり前。 逆手に取って言えば、小説表現を使って、読者を洗脳しているといってもいいです。 若い頃に、読んでしまった人は、一人残らず、骨の髄まで、この小説の影響を受けたと思いますが、私としては、分別が完全につくまで、読まなくて良かったと、ホッとしている次第。
それにしても、緻密に描き込んだ拷問場面を、どんな読者が、喜んで、読むんですかね? 露悪趣味としか、思えませんが。 ちなみに、この種の拷問は、特に、全体主義社会でなくても、どこでも、やっています。 グアンタナモとか、日本の入管とか、例を挙げれば、切りがない。 最終的に、死ぬまで続けるのですから、程度の差すら、ありません。 人間社会というのは、そういうものなんだわ。
こういう目に遭わない為には、反政府活動などに関わらないのが、一番。 大多数の人は、そうやって生きているのであって、別に、反政府活動をしないからと言って、全体主義に屈した事にはなりません。 その辺りを勘違いして、政治から距離を置いている者を、腰抜け・腑抜け扱いしている輩は多そうですが、そんな事言ってるから、拷問されるような窮地に追い込まれてしまうんだわ。
ところで、ロンドンが、オセアニアに含まれているのは、真っ先に、不可解さを感じるところですが、これは、1949年時点での、イギリスの植民地と、南北アメリカ大陸、オーストラリアなどを合わせたのが、オセアニアとされているからです。 世界認識が、植民地独立前で停まっていた人物が書いた話である事が、窺われる一面です。 多くの批評家が指摘しているように、未来を予見している部分もあるのですが、あまり、ベタ誉めすると、買い被りになってしまうので、要注意。
この小説、21世紀に入ってから、また、読む人間が増えたそうですが、この作品に影響されて、ネット上で、黴臭い論陣を張っているようでは、AIの時代を、迎えられんでしょうなあ。 作者に、「人間なんか、何の価値もなくなる時代が、すぐそこまで、迫ってますよ」と教えてやったら、草葉の陰で、どう思うでしょう?
巻末に付いている、作中言語の解説、【ニュースピークの諸原理】ですが、言語学的には、寝言に近いので、わざわざ、読む必要はないです。 時間の無駄。
以上、2冊です。 読んだ期間は、2023年の、
≪ガニメデの少年≫が、11月24日から、25日。
≪1984≫が、12月7日から、9日。
推理小説に満腹した後、少し、SFに回帰したのですが、読書意欲が減退してしまい、今回紹介した2冊で、一旦、打ち切った次第。 どうも、読みたいシャンルが、見つかりません。 別に、≪1984≫が、不愉快な作品だったから、読書意欲が減退したわけではなく、順序的に逆です。
≪ガニメデの少年≫
ハヤカワ文庫
早川書房 1987年8月15日 発行
R・A・ハインライン 著
矢野徹 訳
沼津図書館にあった、文庫です。 長編1作を収録。 コピー・ライトは、1950年になっています。 300ページ。 これも、薄さで、選んで来ました。 植木手入れやら、お歳暮の受け取りやら、何かと忙しい時期なので、読書に割いている時間がないのです。
テラ・フォーミングされた、木星の第三衛星、ガニメデへ、父親と、その後妻と、連れ子の少女と一緒に植民した少年。 宇宙旅行を経て、到着。 想像していたよりも、過酷、且つ、劣悪な環境で、土地を開墾し、農場を作っていく様子を描いた話。
アメリカの開拓移民の苦労話を、そのまま、別天体に移し変えたもの。 【月は無慈悲な夜の女王】が、アメリカ独立戦争を、月に置き換えたのと、同じパターンです。 こちらの方が、書かれたのが早いですが。
移民というのは、みんな、そういうものらしいですが、事前に聞いていたうまい話と、実際に行ってから見る現地の様子には、天地ほども、違いがあるようですな。 テラ・フォーミングしているとはいえ、つい、数十年前まで、溶岩と氷しかなかったような天体で、農業をやるというのですから、どれだけ、大雑把な設定かと思いきや、さすが、SF作家の考えた話だけあって、科学的な説明は、ちゃんと、用意されています。
実際には、とても、そんなにうまくは行かないと思いますし、そもそも、農業をやる為に、他の天体を、莫大なお金をかけて、テラ・フォーミングするというのがナンセンス。 その上、そもそも、たかが、自然発生型生物に過ぎない人間を、人口が増えたからというだけの理由で、他天体に移民させるというのが、もっと、ナンセンス。 下らん。 数だけ増やしても、何の意味もない。
宇宙移民物は、ガンダムも、マクロスも、みんな同じですが、地球の人口が、無際限に増え続けるという事を前提にしています。 しかし、今現在の状況を見れば分かるように、ピークを超えたら、減り始めるのですから、宇宙移民の前提そのものが、成り立ちません。 とはいえ、1950年では、そこまで、先が読めなくても、無理もないか。
少年の一人称で語られるので、ジュブナイルか?と思ったのですが、それにしては、内容のレベルが高いです。 科学技術の解説も、高校生以上向けです。 今の若者では、大学生でも、理解できないところがあるかも。 大人が読んでも、特段、子供っぽいところはありません。 だから、ジュブナイル扱いになっていないんでしょう。
天体整列が原因で、動力源をやられ、ガニメデ全球が、急激に低温化して、植民地全体が、存続の危機に陥る件りは、圧巻。 こういう悲惨な場面は、よほど、歴史を読み込んでいないと、書けません。 ハインラインさんは、さぞや、歴史が好きだったんでしょうな。 科学技術にも興味がある、文系なんでしょう。
危機の後、話のカラーが変わります。 探検物になり、異星人の遺物まで出て来て、開拓物から、逸脱します。 これは、ない方が、良かったのでは? 明らかに、テーマが変わってしまっているのです。 危機を、更に大きくさせて、結局、全面撤退に追い込まれ、しかも、帰還途中に事故が起こり、地球に辿り着いたのが、ほんの数人、といった終わり方にすれば、面白かったのに。 開拓を、神聖な行為と思っているアメリカ人の作家では、そういうラストは、問題外かな?
≪1984≫
角川文庫
株式会社KADOKAWA 2021年3月25日 初版 2022年9月5日 12版
ジョージ・オーウェル 著
田内志文 訳
沼津図書館にあった、文庫です。 長編1作を収録。 コピー・ライトは、1949年になっています。 475ページ。 作中言語の解説、【ニュースピークの諸原理】を抜いた、小説部分の正味は、454ページ。 以下、ネタバレ、あり。
世界は、オセアニア、ユーラシア、イースタシアの三国に分割され、戦争と同盟を繰り返していた。 オセアニアに属するロンドンに住み、役所に勤めて、歴史の改竄作業を担当していた男が、徹底した監視社会に疑念を感じ、反政府地下組織に入ろうとするが、信じ切っていた人物が、実は監視機構の上級幹部で、捕えられ、拷問され、洗脳されてしまう話。
梗概で、ネタバレさせてしまいましたが、読んでみて、ストーリー展開を楽しむような作品ではないと分かったから、敢えて、そうしました。 この小説の言わんとするところは、この梗概に尽きます。 ページ数は多いですが、それ以上の何も書いてないといっても、宜しい。
未来世界が舞台なので、一応、SF小説という事になっているようですが、SF小説の読者なら、この作品が、SFでない事は、感覚的に分かるはず。 SFらしい、ゾクゾク感が、微塵も感じられないからです。 全く違う内容ですが、【家畜人ヤプー】を読んで、「これは、SFなのか?」と首を傾げた人は、【1984】を読んでも、同じ事を感じるのでは? SFの設定を借りた、風刺小説と見るべきでしょう。 どちらであろうが、作品の評価に影響しませんが。
全編に渡って、既視感を覚えてしまうのは、この作品をベースにして、全体主義批判を展開する論者が、無数にいて、どこかで、似たようなものを、いくつも読んだり、見たり、聞いたりしているからでしょう。 すでに、書かれてから、74年も経っており、影響の広がりは、想像に余りあります。
私の感想を一口で言えば、「気分が悪くなる小説」です。 作者自身が、読者を悪い気分にさせて、全体主義を、嫌悪、憎悪するように誘導しているから、そうなるのは、当たり前。 逆手に取って言えば、小説表現を使って、読者を洗脳しているといってもいいです。 若い頃に、読んでしまった人は、一人残らず、骨の髄まで、この小説の影響を受けたと思いますが、私としては、分別が完全につくまで、読まなくて良かったと、ホッとしている次第。
それにしても、緻密に描き込んだ拷問場面を、どんな読者が、喜んで、読むんですかね? 露悪趣味としか、思えませんが。 ちなみに、この種の拷問は、特に、全体主義社会でなくても、どこでも、やっています。 グアンタナモとか、日本の入管とか、例を挙げれば、切りがない。 最終的に、死ぬまで続けるのですから、程度の差すら、ありません。 人間社会というのは、そういうものなんだわ。
こういう目に遭わない為には、反政府活動などに関わらないのが、一番。 大多数の人は、そうやって生きているのであって、別に、反政府活動をしないからと言って、全体主義に屈した事にはなりません。 その辺りを勘違いして、政治から距離を置いている者を、腰抜け・腑抜け扱いしている輩は多そうですが、そんな事言ってるから、拷問されるような窮地に追い込まれてしまうんだわ。
ところで、ロンドンが、オセアニアに含まれているのは、真っ先に、不可解さを感じるところですが、これは、1949年時点での、イギリスの植民地と、南北アメリカ大陸、オーストラリアなどを合わせたのが、オセアニアとされているからです。 世界認識が、植民地独立前で停まっていた人物が書いた話である事が、窺われる一面です。 多くの批評家が指摘しているように、未来を予見している部分もあるのですが、あまり、ベタ誉めすると、買い被りになってしまうので、要注意。
この小説、21世紀に入ってから、また、読む人間が増えたそうですが、この作品に影響されて、ネット上で、黴臭い論陣を張っているようでは、AIの時代を、迎えられんでしょうなあ。 作者に、「人間なんか、何の価値もなくなる時代が、すぐそこまで、迫ってますよ」と教えてやったら、草葉の陰で、どう思うでしょう?
巻末に付いている、作中言語の解説、【ニュースピークの諸原理】ですが、言語学的には、寝言に近いので、わざわざ、読む必要はないです。 時間の無駄。
以上、2冊です。 読んだ期間は、2023年の、
≪ガニメデの少年≫が、11月24日から、25日。
≪1984≫が、12月7日から、9日。
推理小説に満腹した後、少し、SFに回帰したのですが、読書意欲が減退してしまい、今回紹介した2冊で、一旦、打ち切った次第。 どうも、読みたいシャンルが、見つかりません。 別に、≪1984≫が、不愉快な作品だったから、読書意欲が減退したわけではなく、順序的に逆です。
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