読書感想文・蔵出し (114)
読書感想文です。 今回は、4冊です。 筒井作品を挟んだお陰で、ゆとりができた次第。
≪山荘の死≫
鮎川哲也コレクション 〈挑戦編〉Ⅰ
株式会社 出版芸術社 2006年6月20日 第1刷
鮎川哲也 著
沼津図書館にあった、ハード・カバーの単行本です。 二段組みで、約246ページ。 火サス、≪鬼貫警部シリーズ≫の原作者、鮎川哲也さんの作品。 短編、14作を収録。 各話、「問題編」と、「解決編」に分かれており、読者に謎解きを求める体裁になっています。 1956年から、1970年にかけて、発表されたもの。 巻末に、作者による、「作品ノート」が付いていますが、作品を書いていた当時の思い出話が書いてあるだけで、作品の詳しい解説というわけではないです。
【達也が嗤う】 問題編・約27ページ 解決編・約10ページ
遺産相続の話で、箱根のホテルに、兄を訪ねた語り手。 まず、兄が死に、続いて、他の宿泊者が何人か死ぬ。 犯人が、女だという事だけは分かっていたが・・・、という話。
作者本人は、解決編で、「アンフェアではない」と言っていますが、いわゆる、アンフェア論争の中心になった問題に関して言えば、充分、アンフェアです。 もっとも、私は、アンフェアでも、面白ければ、それでいいと思ってますが。 解決編での、読者を小馬鹿にした謎解きが、面白いです。
叙述トリック物でして、問題編で推理しようと思ったら、一文字も見逃さずに読んで、全ての内容を、疑ってかからなければなりません。 小説というより、パズルに近いです。 こういうのが、たまらなく好きな人もいるんでしょうなあ。
この作品、日本探偵作家クラブの例会で、朗読され、会員による犯人当てが行われたとの事。 完全な正解はいなかったそうですが、一部であっても、当てた人はいたようで、大したものだと思います。 毎日、トリックを捏ね繰り回して暮らしている推理作家よりも、海外小説の翻訳家の方が、正解率が高かったというのは、興味深いところ。
【ファラオの壷】 問題編・約4ページ 解決編・約2ページ
金持ちの男が自宅で襲われ、エジプトのファラオの壺が盗まれた。 「頬に、絆創膏を貼っていた」と、娘に求婚していた青年を、犯人と指し示す証言をするが・・・、という話。
ページ数を見ても分かる通り、ごく、シンプルなもの。 被害者と加害者の関係を弄ったアイデアで、どうも、鮎川さんは、そういうのが好みだったようですな。 シンプル過ぎて、逆に、推理が利きません。 問題編、解決編と分けるのなら、もっと、細かい所まで書き込んでもらわなければ。 もっとも、漫然と雰囲気を楽しむタイプの私としては、シンプルな方が、好みなのですが。
【ヴィーナスの心臓】 問題編・約22ページ 解決編・約3ページ
吝嗇家の金持ちが、屋敷に招いた客に、晩餐後、「ヴィーナスの心臓」という大きなダイヤモンドを披露する。 その夜、何者かが侵入し、金庫に入っていたダイヤが盗まれる。 晩餐の前に、客の女性のイヤリングがなくなっていたのだが、金庫の傍らに、そのイヤリングが落ちていて・・・、という話。
【ファラオの壷】と似たような設定ですが、こちらは、細かい所まで、書き込まれています。 短編推理小説としては、平均をクリアしている出来栄え。 謎のアイデアも、【ファラオの壷】と似ていますが、幾分、複雑で、子供騙しっぽい、陳腐さはありません。
【実験室の悲劇】 問題編・約4ページ 解決編・約2ページ
個人宅にある実験室で、白昼に、火事があり、主人が焼死する。 上半身は、骨になるほど焼けていたのに、身元の特定ができたのは、片目に義眼が残っていたからだったのだが・・・、という話。
死体すりかえ物。 横溝さんの初期短編で、こういうのがありましたが、世界的に見れば、昔からあるアイデアなのかも知れません。
【山荘の死】 問題編・約12ページ 解決編・約3ページ
麻雀を楽しむ為に、山荘に集まった、映画関係者6人。 バタバタと、二人が殺され、一人が、自分がやったという遺書を置いて、自殺する。 事件は解決したかに見えたが、警察の目はごまかせず・・・、という話。
登場人物を映画関係者にしたのは、金持ち一族よりは、新しい設定ですが、今となると、古典的ですなあ。 実際、戦後間もない頃の作品だから、古いんですが。
ページ数の割には、登場人物が多過ぎで、話も複雑過ぎ。 【ABC殺人事件】を12ページに纏めたら、こうなるという事ですな。 犯人がミスをする事で、発覚するのですが、そのミスが、単純過ぎて、説得力が今一つです。 どっちの手が悪いかくらい、毎日、顔を合わせているんだから、気づかないわけがないです。
【伯父を殺す】 問題編・約11ページ 解決編・約2ページ
金欠で結婚もできない、若い恋人同士が、男の方の伯父を殺して、遺産を手に入れる計画を練る。 便箋に手紙を書いていた伯父を訪ねて、ストーブを使って中毒死させ、事故死に見せかける。 何とか成功し、入る遺産の皮算用で、はしゃいでいたところへ、刑事が来て・・・、という話。
現場に残っていなければならないものが、なかったせいで、他殺と発覚するパターン。 いかにも、本格物という、トリックです。 このページ数なので、特に、印象に残るという点はなし。
【Nホテル・六〇六号室】 問題編・約11ページ 解決編・約4ページ
推理作家の鯉川哲也氏が、編集者を相手に、作品の構想を語る形式で、ホテルの一室で起こった、会社部長の殺害事件が展開する。 死亡推定時刻は、割れたブランデーのビンの残量から割り出され、容疑者には、その時刻のアリバイがあったが・・・、という話。
犯人の性別をごまかす為に、ネックレスから外れた真珠が出て来たり、犯人のイニシャルをごまかす為に、ダイイング・メッセージのローマ字が出て来たりしますが、この短さでは、明らかに、盛り込み過ぎで、作者自身が、本格トリックのパロディーを楽しんでいるように見えます。
死亡推定時刻は、被害者の体温が基準になるはずで、この作品のトリックだけでは、ごまかせません。 「推理小説では、無粋な指摘」と取られてしまうかも知れませんが、リアリティーを欠くのは、否定できません。 たとえば、雪に閉じ込められた列車の中とか、外洋を走る船の中とか、外界と隔絶した条件があれば、こういう推定方法も、ありえるのですが。
【非常口】 問題編・約11ページ 解決編・約1ページ
いい縁談が持ち上がり、2年間、交際していた女と、別れる必要に迫られた男。 女に話すと、猛然と反対されてしまい、女を、自殺に見せかけて、殺害する事を決意する。 女の家に、父親の遺品の陸軍拳銃があると知っていた男は、訪ねて行って、見せてくれと言い、ズドンと一発・・・、という話。
女の方に、全く警戒心がないのは、些か、不自然か。 もっとも、男女の中は、分からないもの、と言われてしまえば、それまでですが。 犯行は、解決編で露見するわけですが、その理由が、かなり、テキトーなもの。 こんな初歩的ミスを犯すようでは、推理小説の犯人として、失格ですな。
【月形半平の死】 問題編・約12ページ 解決編・約1ページ
駆け出しの漫画家の女。 思うように売り出せないので、漫画家のグループに入るが、そこで、好きになった男が、急に人気が出て、女も応募していた賞の一等になってしまう。 男さえいなくなれば、二等だった自分が、一等に繰り上がると思い、男を、服毒自殺に見せかけて殺そうとする話。
一度は好きになった男を、自分が受賞する為に、殺すというのだから、呆れた話。 しかし、こういう人間がいても、別に不思議ではありません。
自殺に見せかけたのに、なぜ、殺人とバレたかが、話の肝になりますが、そのアイデアは、【伯父を殺す】と同趣向です。 こちらでは、残っていた物が、多過ぎたのですが。
【夜の散歩者】 問題編・約33ページ 解決編・約2ページ
横浜の住宅地にある、ロシア人邸宅。 主人亡き後、故人の意向で、ロシア語に関係がある者達だけに、部屋が貸されていた。 住人の中には、仲が良くない者もいて、殴り合いの喧嘩が起こる事もあった。 ある時、夜中に、銃声が4発聞こえ、その後、図書室で、評判の悪い男の住人が、扼殺されているのが発見される。 銃弾は、全て外れていて、どうやら、被害者が撃ったもののようだ。 事件は、迷宮入りになるが、一人だけ、真相を見抜いたものがいて・・・、という話。
視覚障碍者、肩腕がない人物、夢遊病を装う人物など、本格トリック物特有の怪しさをプンプンさせた登場人物が、何人も出て来ます。 フー・ダニットなんですな。 しかし、「誰が犯人でも、話を纏められる」というわけではなく、解決編での犯人当ては、「なるほど、そうか」と納得させられるものがあります。
元ロシア人の屋敷で、ロシア語ができる者しか入居させない、という設定は、異化効果を醸し出しているだけで、謎とは関係して来ません。 ストーリー上は、不要な設定ですが、この非日常的な設定のお陰で、記憶に残る作品になっていると言えば、言えます。
【赤は死の色】 問題編・約25ページ 解決編・約5ページ
男一人、女二人で、山に登りに来たパーティーが、大雨に遭い、吊り橋の先の山荘に、逃げ込む。 その家には、妻の看病をしている主人と、先に逃げ込んでいた、中年の男がいた。 麓で聞いた話で、この山には、「赤い服を来ている女が、頭のおかしい男に殺される」という噂があり、どうやら、この家の主人が、その男らしい。 翌朝、女の一人が殺害され、赤い服が・・・、という話。
山荘にいたのは、全部で、5人で、被害者を除く、4人全てに、動機があります。 フー・ダニットですな。 消去法で、犯人が絞り込まれていきます。 しかし、中年男や、生きている女の動機は、解決編にならないと知らされないので、問題編だけで推理するのは、不可能です。 その点、作家本人はもちろん、編集者が、なぜ、気づかなかったのかが、不思議。
【新赤毛連盟】 問題編・約16ページ 解決編・約4ページ
三人の学生が、ある会社の秘書から、社長の伝記を纏める、報酬のいい仕事に誘われ、三人から一人を選抜する為の試験を、別々に受ける事になる。 ところが、一人が選ばれた後、仕事が中止になったと言われ、それきりになってしまう。 会社に問い合わせると、そもそも、そんな計画はないとの事。 三人の内、一人が、試験場所の窓から見たネオン・サインを記憶していた事から、場所が判明し・・・、という話。
ホームズ物の、【赤毛連盟】のアイデアを使った話。 本当の目的を隠す為に、わざわざ、報酬を払って、別の事をやらせるというもの。 作者が、姪のホステスから聞いた話という形式になっていますが、その設定は、あまり、意味がありません。 謎を解くのも、作者ではなく、同業の推理作家になっています。
ロシア語の、キリル文字を使った謎が、この作品で使われています。 なぜ、【夜の散歩者】で使わなかったのか、首を傾げるところ。 ネオン・サインを裏から見る、というのは、今では、ピンと来ませんが、昔は、壁面ではなく、屋上に骨組みを組んで、ネオン・サインが裏側からでも見えるようにしていたのです。
【不完全犯罪】 問題編・約10ページ 解決編・約2ページ
結婚するつもりで交際していた女が、他の男と結婚するという。 しかも、勤め先で、自分とライバル関係にある男だというから、許し難い。 ライバルを、事故死に見せかけて殺す事を計画し、ライバルの家へ訪ねて行って、持って来た石で撲殺。 死体を車で、石を拾った場所へ捨てて来たが・・・、という話。
梗概で、ほぼ全部、書いてしまいましたが、この作品の肝は、主人公の犯罪が、どこで、不完全になってしまったかにあるので、問題ないと思います。 で、どこかというと、殺害現場で、自分がいた証拠を消そうとして、やり過ぎたわけですな。 後年の、2サス・ドラマでも、大変よく使われた、犯人のミスです。
【魚眠荘殺人事件】 問題編・約12ページ 解決編・約2ページ
主人が他界した屋敷に、三人の相続人がよばれる。 男二人に、女一人。 男の一人は、実は女で、男装している事が分かる。 夜中に来る予定だった弁護士が、時刻を過ぎても到着せず、捜しに行くと、門の所で、刺殺死体となって横たわっていた。 胸に刺された凶器は、遺言状が入った封筒を貫いていたが、中を見てみると、封筒の穴と、遺言状の穴がズレており・・、という話。
この短さだと、わざわざ、屋敷に固有名詞をつけるのは、無駄な労力に思えてしまいますな。 話は、封筒の謎から思いついて、膨らませたのだと思います。 遺言書の中身を見たにも拘らず、律儀に戻してしまったのが、命取りになったわけで、凶行直後の犯人の動顛ぶりが伺えます。
≪鉄仮面 上・下≫
講談社文芸文庫
株式会社 講談社
上巻 2002年5月10日 第1刷発行
下巻 2002年6月10日 第1刷発行
ボアゴベ 著
長島良三 訳
沼津図書館にあった、文庫本です。 上巻は、序を含めて、660ページ。 下巻は、エピローグを含めて、595ページ。 計、1255ページ。 ムチャクチャな長さですが、7日間で読み終えており、いかに、読み易い小説であったかが、分かろうというものです。 筒井康隆さんの、≪漂流≫で紹介されていたのを、今頃、調べ直して、借りて来たもの。
作者は、フル・ネームだと、「フォルチュネ・デュ・ボアゴベ」という人で、1821年から、1891年まで生きた、フランスの作家です。 本作は、1879年に発表されたもの。 日本では、明治時代に入っていて、黒岩涙香さんが、英訳本から日本語訳して、古くから、≪鉄仮面≫として、広く知られた模様。
この文庫本は、フランス語の原書から訳し直され、1984年に、上・中・下、三巻本として発行された単行本を元にして、2002年に、二巻本に編み直されたものだそうです。 1984年当時、フランスの古本屋で、原書が見つけられず、国立図書館にあった本を、全ページ、コピーしてもらって、それから、訳したのだそうです。 つまり、フランスでは、読みたくても読めないわけですな。 出回っていないのだから。 完全に忘れられているのでしょう。
太陽王、ルイ14世の時代。 王を誘拐する反乱計画を立てた一味があった。 傭兵を雇い、準備万端整えて、スイスから、フランス領内に入ったものの、加わったばかりであるにも拘らず、隊長の篤い信頼を得ていた青年将校が、敵方のスパイだったせいで、渡河中に襲撃され、一人は捕えられ、5人だけ、辛うじて生き延びる。 捕えられたのが、隊長なのか、青年将校なのか分からないまま、隊長の内縁の妻と、忠誠心に篤い3人の部下が、30年に渡り、各地の牢獄を転々とさせられる囚人を追って、救出の努力を続ける話。
原題は、≪サン・マール氏の二羽のツグミ≫で、サン・マールというのは、刑務所長の名前。 この所長が、出世に伴って、転勤するせいで、主な囚人達も、一緒に連れ回されるという事情です。 ツグミは、特に重要な囚人の象徴で、その内の一羽が、問題の人物。 誰なのか分からなくする為に、人目に曝される危険がある時には、仮面を被らされていますが、別に、鉄製ではない様子。
さて、この囚人、最終的には、獄死する事が、冒頭で記されています。 問題は、一度でも、脱獄に成功するかどうかですな。 長い作品なので、一度 逃げ出したが、また捕まったという事も考えられ、読む前から、脱獄が成功するか失敗するかを知らなくてもよくなっています。 これも、作者の、読者に対する配慮なのかも。
囚人の正体が、隊長なのか、青年将校なのか、知りたがっている人物が、もう一人います。 かつて、ルイ14世の寵愛を受けたものの、今は、疎んじられている貴婦人。 この人が、青年将校に惚れていたものだから、彼がどうなったか、知りたくて仕方ない。 青年将校の方は、貴婦人の事を何とも思っていないのですが、貴婦人は、入って来る情報を、自分に都合よく解釈して、愛を貫こうとします。 この貴婦人について割かれているページ数が、3分の1くらいあるでしょうか。
他に、貴婦人に近い、占い師の女がいて、その義理の娘と、娘の求婚者である判事の青年も、出番が多く、全体の5分の1くらいは、中心になって、ストーリーを引っ張ります。 こうなって来ると、誰が主人公なのか決められません。 人数が少なめの、群像劇とでも言いましょうか。 「神視点三人称」でして、作者は、何でも知っています。 敵方である、刑務所長の心理まで知っているのだから、ほんとに、神レベル。
これだけ長いにも拘らず、見せ場の配分が、驚くほど巧みで、全く、飽きさせません。 他に用事がなかったら、寝食を忘れて、読み耽ってしまう可能性が大。 ある意味、健康に悪い本ですな。 話の作り方は、大デュマそのもので、大デュマが書いたと言っても、かなりの人が、すんなり、騙されるのでは? ちなみに、大デュマは、1802年から、1870年まで生きた人で、ボアゴベさんより、少し前の世代です。 ボアゴベさんは、大デュマの影響にどっぷり浸かっていた世代なんでしょう。
逆に言うと、見せ場の配分が良いだけで、後のロシア文学に見られるような、人間性の本質を追い求めるような、深みはありません。 しかし、この時代のフランス人作家に、それを求めるのは、酷というもので、ボアゴベさんが、当時のフランス文壇では、トップ・クラスにいた事は、間違いないと思います。 実力、人気、共になければ、こんな大長編、書けませんし、発表もできませんから。
この作品、今の感覚で見ると、おかしなところもあります。 いくら、愛情が強いからと言って、30年も、救出に尽力する、内縁の妻がいますかねえ? また、その、内縁の夫である、隊長というのが、あまり、魅力がない男なのです。 大事の直前だというのに、近づいて来たばかりの青年将校と意気投合して、全幅の信頼を寄せてしまうというのは、あまりに、軽率。 生きているとしても、あっさり捕まってしまう点も、自力で脱獄しようとしない点も、ヒーロー性に欠けます。
救出する側のドラマを描きたかったから、こうなったんでしょうが、バタバタと計画が進んだかと思うと、7年も、何の進展もなかったりで、ストーリー上の御都合主義が過ぎる感じもありますねえ。 つまり、作者としては、「30年もの間、大変な努力を続けた人達がいたんだよ」と、それが言いたいだけなのでしょう。 囚人の方は、外に出られないものの、上げ膳据え膳ですから、苦労と言っても、知れています。 この本を読み終わって、同情したくなるのは、救出側であって、囚人では、全くないです。
内縁の妻は、愛に半生を捧げたわけだから、まあ、分かるとしても、気の毒なのは、隊長の部下、3人でして、期間が長いですから、当然、死ぬ者も出て来るわけですが、「他にも、人生の送りようがあったろうに」と思わずにはいられません。 内縁の妻が、お金には不自由しない身の上だったから、報酬で釣られていたという解釈もできないではないですが、そう解釈した方が、まだ、彼らの人生を、評価し易いです。 大した人物でもない隊長の為に、30年を捧げるなんて、あまりにも、つまらないではありませんか。
この小説は、「鉄仮面伝説」を元にしてはいますが、鉄仮面の真相は今に至るも、諸説紛々で、はっきりした事は、何も分かっておらず、ボアゴベさん本人が組み立てた、一つの仮説を小説化したに過ぎません。 大デュマの、≪ダルタニヤン物語≫の、【ブラジュロンヌ子爵】にも、鉄仮面が出て来ますが、元ネタが同じだけで、全く違う話です。
総括しますと、ある程度、読書力があると自認している人なら、読んでおいて、損はないです。 面白いです。 長さで恐れ戦かなくても、時間を無駄にする事はないと、請け合います。 ただ、先に、ロシア文学を多く読んでしまった方々は、この作品を読んでも、古典としか思えないかも知れません。
≪死美人≫
株式会社 河出書房新社
2011年11月30日 初版発行
フォルチュネ・デュ・ボアゴベー 原作
黒岩涙香 翻案
江戸川乱歩 現代語訳
沼津図書館にあった、ハード・カバーの単行本です。 本文は、408ページ。 江戸川乱歩さんによる、あとがきと、小森健太郎さんによる、解説が付いています。 原作は、≪鉄仮面≫の、フォルチュネ・デュ・ボアゴベさんで、原題は、≪ルコック氏の晩年≫。 その英訳本から、明治時代に、黒岩涙香さんが、日本語に翻案し、1956年に、江戸川乱歩さんが、現代語訳したもののようです。 ややこしい。
黒岩さんも、江戸川さんも、大筋だけ頭に入れて、自分の文体で書き換えてしまっているらしく、原作とは、随分、懸け離れてしまっているようです。 原作から、直接 訳してくれれば、それが一番いいのですが、そもそも、この本、ボアゴベさんの作品を紹介するのが目的ではなく、黒岩さんの事跡を、江戸川さんを通して、紹介するのが目的で企画されたようので、致し方ありません。 どうも、企画の発想自体が、内向きですな。
聾唖者の男が担いだトランクの中から、胸に、トランプ・カードを貫いて、ナイフを刺された美女の死体が発見される。 男の主人が殺人犯のようだが、男は、手話も通じず、文字も読めず、手ががりが得られない。 警察署長は、引退した名探偵、ルコックに、協力を求めるが、断られ、若い英国人探偵を頼る。 警察の捜査が進むと、人もあろうに、ルコックの息子に、嫌疑がかけられるようになる。 ルコックが、何とか、息子の無実を証明しようと、本格的に、探偵捜査に乗り出す話。
舞台は、フランスのパリと、その近郊で、地名は、そのままですが、登場人物の名前だけが、日本風の名前に変えられています。 これは、黒岩翻案の時点で、そうしたようですが、新聞連載だったから、当時の日本の新聞読者にとって、フランス人の名前は、カタカナで書いてあっても、発音するだけでも難しかったと思われ、記憶するのは、尚、ハードルが高い。 それで、この工夫となった模様。 最初は、違和感マックスですが、その内、慣れます。 こちらの方がいいとは、決して、言いませんが。
探偵ルコックは、ガボリオさんが作り出したキャラで、ガボリオ・ファンだった、ボアゴベさんが、それを借りたもの。 モーリス・ルブランさんが書いたルパン物に、ホームズが登場する作品がありますが、昔は、こういう事は、普通に行なわれていたようです。 許可を得ていたかどうかも、怪しい。
ボアゴベさんは、本業の探偵小説作家ではなく、「探偵小説も書く」程度の関わりだったようで、そういう門外漢の作品にありがちな事ですが、あまり、いい出来ではないです。 謎はあるが、トリックはなし。 本格物では、全く、ないです。 強いて指摘するなら、なりすまし物と言えないでもないですが、どうも、イギリス推理小説的な分類に当て嵌まらない、中途半端さがありますねえ。
何がまずいと言って、描写が、くどい。 本筋と関係しない、どうでもいいような場面を、細々と書いていますが、こういうのは、クリスティー作品以降では、読者が、受け付けてくれません。 その場の雰囲気を描き込むのは、問題ないですが、枚数を稼ぐような描写をしていると、すぐに、眉間に皺を寄せられてしまいます。 この作品を、推理小説の新人賞に応募したら、一次選考で、にべもなく落とされるのは、必至。
次にまずいのが、意外性よりも、ストーリーの切迫感を、読みどころにしている点です。 ルコック探偵は、息子の処刑が迫っているので、大詰めの捜査が、時間との勝負になるのですが、作者の意図が、見え見え過ぎて、逆に白けてしまいます。 駄~目だって、こういう手は。 推理小説として、勝負するやり方を、間違えているのです。
最後に、事件が解決した後、因縁話が長いところが、まずい。 日本の2時間サスペンスが、なぜ、世界的に評価されなかったかというと、終わりの4分の1くらい、つまり、30分くらいが、謎解きと見せかけて、実は、「なぜ、犯人が、そういう罪を犯すに至ったか」という、因縁話の説明に明け暮れるからなのですが、この作品は、それと同じ欠点をもっているのです。
2サスに於いて、なぜ、因縁話が必要かというと、犯人の切実な動機を語る事で、「この人は、本当は、悪い人じゃないんだよ。 やむなく、犯行に及んだんだよ」と言いたいからなのですが、それが甘いと言うのです。 視聴者に対し、罪を犯した者に同情させていて、どうする? 2サスの特徴的な欠点ですな。 原作の犯人が悪党でも、脚本段階で、「ほんとは、善人」にしてしまうのだから、救いようがない。
この作品の場合、真犯人は、悪党だから、そちらについては、因縁話はないのですが、嫌疑をかけらている、ルコックの息子が、自分が殺人を犯したと思い込んでいるせいで、2サスと同じ、因縁話が繰り広げられてしまうのです。 もう、くどいくどい。 駄目ですよ、こんなの。
原作から直接、日本語訳する企画が出ないのも、むべなるかな。 ストーリーが、ほぼ同じだとすると、こんな話を、わざわざ訳しても、推理小説ファンが、読んでくれないでしょう。
≪火星探検≫
株式会社 小学館クリエイティブ
2005年3月20日 初版第1刷発行
中村書店
1940年5月30日 発行
旭太郎 作
大城のぼる 画
沼津図書館にあった、ハード・カバーの単行です。 本体は、160ページ。 元は、昭和15年に発行された漫画で、この本は、2回目の復刻版だそうです。 話を作ったのは、詩人の、旭太郎さん。 漫画にしたのは、大城のぼるさん。 漫画の場合、普通、原作者の方が、先に名前が出るものですが、この作品の場合、作者を代表するのは、大城のぼるさんになっているようです。
小松左京さんや、松本零士さんによる、紹介文が、別冊子で付いています。 まず、そちらを読んでから、漫画本体を読み始めた方がいいと思います。 手塚治虫さんなど、戦後のSF界をリードした人達が、子供の頃に夢中になった漫画らしいです。 私が、この作品の存在を知ったのも、筒井康隆さんの、≪漂流≫に載っていたからです。
天文台に勤める天文学者を父に持つ少年。 喋る猫と犬を連れて、天文台に行くと、父親が同僚と、火星に火星人がいるかいないで、激しい議論を戦わせている。 父親から、火星の運河について、科学的説明を受けた少年は、猫・犬と共に、突然、火星に来てしまい、火星人の歓待を受ける。 火星のトマトを食べて、病気になり、千年もかかるという療養に耐え兼ねて、火星人が作った宇宙船に乗り込んで、地球に帰ろうとするが・・、という話。
長編ストーリー漫画、と言えば、確かにそうなんですが、印象からすると、娯楽作品ではなく、小学館の子供向け雑誌、「科学」に載っていた、科学啓蒙漫画が、一番近いです。 火星に対する知見は、科学的そのもの。 しかし、あくまで、当時のレベルです。 今の小学校低学年以下に読ませても、面白がると思いますが、間違った知識まで覚えてしまうから、お薦めではないです。
以下、ネタバレ、あり。
突然、火星に来てしまう展開で、「たぶん、これは、少年の夢だな」と、漫画慣れした現代の人間なら、大抵は気づくはず。 しかし、戦前は、ストーリー漫画自体が、出始めたばかりで、しかも、SFですから、当時の子供達が、心底、ワクワクしながら、この作品のページをめくっていたのは、想像に難くないところ。 小松左京さんの紹介文によると、当時は、世界中探しても、長編ストーリー漫画そのものが存在しなかったそうですから、この作品の衝撃は大きかった事でしょう。
とはいえ、戦後生まれ・戦後育ちの者が読んでも、同じ感動は得られません。 つまらない事を、知り過ぎているからですかね? 火星に、生物がいない事が分かるのは、1980年代以降ですが、そういう知識を持った者が読んで、「植物はある」と書いてあると、白けてしまうのです。 ≪ドラえもん≫に、火星に生えている苔を進化させて、火星人を作り出す話がありますが、あの時点ですら、まだ、生物がいない事が、分かっていなかったわけだ。
少年の夢が覚めても、話は終わらないのですが、クライマックスの後に、まだ先を続けるのは、作劇技法としては、感心しないもので、長編漫画の話の作り方に苦心していた事が覗われます。 これまた、後世から見た評価ですが、お世辞にも、よく出来た話とは言えません。 先に、火星についての科学的説明や、火星環境体験を済ませてしまい、その後、夢での火星旅行にして、目覚めて、おしまいにすれば、纏まりが良かったのに。
猫と犬ですが、何の説明もなく、最初から、喋りまくります。 服も着ています。 猫ならでは、犬ならではの言動もありますが、動物の特殊能力を活かすような場面は、ほとんど、ありません。 人間に代えて、少年の、妹・弟にしても、話が成り立たないわけではありません。 なぜ、猫・犬にしたのか、ちと、分からないところです。 ちなみに、動物だからといって、ひどい目に遭わされたりはしないので、ご安心を。
重箱の隅を突つくようですが、火星人が作ったロケットを盗んで、火星から逃げ出すのは、いかがなものか。 外国なんか、荒しまくっても構わないというのは、帝国主義的発想そのものでして、戦後感覚からすると、ちと、引いてしまいます。 別に、火星人から迫害されていたわけではないのですから、盗まなくても、頼めば、帰る手段を講じてくれたと思うのですがねえ。 もっとも、全て、夢の中の話なのですが・・・。
小松左京さんは、初期に漫画も描いていて、何かの本に収録されていたのを、少し読んだ事がありますが、絵のタッチは、この作品のそれに、よく似ていました。 もろ、影響を受けていたんでしょうねえ。 手塚治虫さんのタッチも、通じるところがあるかなあ。 松本零士さんは、全く違います。 筒井さんも、漫画を描いていますが、ヘタウマ・タイプで、全く違います。 そもそも、この四方を、同列に論じるのに、無理がありますが。
以上、4冊です。 読んだ期間は、2024年の、
≪山荘の死≫が、3月23日から、25日。
≪鉄仮面 上・下≫が、4月4日から、10日。
≪死美人≫が、4月14日から、16日。
≪火星探検≫が、4月27日と、30日。
≪山荘の死≫は、違いますし、≪死美人≫は、≪鉄仮面≫と同じ作者というだけで借りたものですが、≪鉄仮面≫と、≪火星探検≫は、筒井さんの、≪漂流≫で紹介されていたもの。 何年か前に、≪漂流≫を読んだ時に、紹介されている作品を書き出しておいたのですが、それに従って、図書館にある本を借りるようにしたら、読書意欲が、少し持ち直しました。 筒井さん、様様ですな。
≪山荘の死≫
鮎川哲也コレクション 〈挑戦編〉Ⅰ
株式会社 出版芸術社 2006年6月20日 第1刷
鮎川哲也 著
沼津図書館にあった、ハード・カバーの単行本です。 二段組みで、約246ページ。 火サス、≪鬼貫警部シリーズ≫の原作者、鮎川哲也さんの作品。 短編、14作を収録。 各話、「問題編」と、「解決編」に分かれており、読者に謎解きを求める体裁になっています。 1956年から、1970年にかけて、発表されたもの。 巻末に、作者による、「作品ノート」が付いていますが、作品を書いていた当時の思い出話が書いてあるだけで、作品の詳しい解説というわけではないです。
【達也が嗤う】 問題編・約27ページ 解決編・約10ページ
遺産相続の話で、箱根のホテルに、兄を訪ねた語り手。 まず、兄が死に、続いて、他の宿泊者が何人か死ぬ。 犯人が、女だという事だけは分かっていたが・・・、という話。
作者本人は、解決編で、「アンフェアではない」と言っていますが、いわゆる、アンフェア論争の中心になった問題に関して言えば、充分、アンフェアです。 もっとも、私は、アンフェアでも、面白ければ、それでいいと思ってますが。 解決編での、読者を小馬鹿にした謎解きが、面白いです。
叙述トリック物でして、問題編で推理しようと思ったら、一文字も見逃さずに読んで、全ての内容を、疑ってかからなければなりません。 小説というより、パズルに近いです。 こういうのが、たまらなく好きな人もいるんでしょうなあ。
この作品、日本探偵作家クラブの例会で、朗読され、会員による犯人当てが行われたとの事。 完全な正解はいなかったそうですが、一部であっても、当てた人はいたようで、大したものだと思います。 毎日、トリックを捏ね繰り回して暮らしている推理作家よりも、海外小説の翻訳家の方が、正解率が高かったというのは、興味深いところ。
【ファラオの壷】 問題編・約4ページ 解決編・約2ページ
金持ちの男が自宅で襲われ、エジプトのファラオの壺が盗まれた。 「頬に、絆創膏を貼っていた」と、娘に求婚していた青年を、犯人と指し示す証言をするが・・・、という話。
ページ数を見ても分かる通り、ごく、シンプルなもの。 被害者と加害者の関係を弄ったアイデアで、どうも、鮎川さんは、そういうのが好みだったようですな。 シンプル過ぎて、逆に、推理が利きません。 問題編、解決編と分けるのなら、もっと、細かい所まで書き込んでもらわなければ。 もっとも、漫然と雰囲気を楽しむタイプの私としては、シンプルな方が、好みなのですが。
【ヴィーナスの心臓】 問題編・約22ページ 解決編・約3ページ
吝嗇家の金持ちが、屋敷に招いた客に、晩餐後、「ヴィーナスの心臓」という大きなダイヤモンドを披露する。 その夜、何者かが侵入し、金庫に入っていたダイヤが盗まれる。 晩餐の前に、客の女性のイヤリングがなくなっていたのだが、金庫の傍らに、そのイヤリングが落ちていて・・・、という話。
【ファラオの壷】と似たような設定ですが、こちらは、細かい所まで、書き込まれています。 短編推理小説としては、平均をクリアしている出来栄え。 謎のアイデアも、【ファラオの壷】と似ていますが、幾分、複雑で、子供騙しっぽい、陳腐さはありません。
【実験室の悲劇】 問題編・約4ページ 解決編・約2ページ
個人宅にある実験室で、白昼に、火事があり、主人が焼死する。 上半身は、骨になるほど焼けていたのに、身元の特定ができたのは、片目に義眼が残っていたからだったのだが・・・、という話。
死体すりかえ物。 横溝さんの初期短編で、こういうのがありましたが、世界的に見れば、昔からあるアイデアなのかも知れません。
【山荘の死】 問題編・約12ページ 解決編・約3ページ
麻雀を楽しむ為に、山荘に集まった、映画関係者6人。 バタバタと、二人が殺され、一人が、自分がやったという遺書を置いて、自殺する。 事件は解決したかに見えたが、警察の目はごまかせず・・・、という話。
登場人物を映画関係者にしたのは、金持ち一族よりは、新しい設定ですが、今となると、古典的ですなあ。 実際、戦後間もない頃の作品だから、古いんですが。
ページ数の割には、登場人物が多過ぎで、話も複雑過ぎ。 【ABC殺人事件】を12ページに纏めたら、こうなるという事ですな。 犯人がミスをする事で、発覚するのですが、そのミスが、単純過ぎて、説得力が今一つです。 どっちの手が悪いかくらい、毎日、顔を合わせているんだから、気づかないわけがないです。
【伯父を殺す】 問題編・約11ページ 解決編・約2ページ
金欠で結婚もできない、若い恋人同士が、男の方の伯父を殺して、遺産を手に入れる計画を練る。 便箋に手紙を書いていた伯父を訪ねて、ストーブを使って中毒死させ、事故死に見せかける。 何とか成功し、入る遺産の皮算用で、はしゃいでいたところへ、刑事が来て・・・、という話。
現場に残っていなければならないものが、なかったせいで、他殺と発覚するパターン。 いかにも、本格物という、トリックです。 このページ数なので、特に、印象に残るという点はなし。
【Nホテル・六〇六号室】 問題編・約11ページ 解決編・約4ページ
推理作家の鯉川哲也氏が、編集者を相手に、作品の構想を語る形式で、ホテルの一室で起こった、会社部長の殺害事件が展開する。 死亡推定時刻は、割れたブランデーのビンの残量から割り出され、容疑者には、その時刻のアリバイがあったが・・・、という話。
犯人の性別をごまかす為に、ネックレスから外れた真珠が出て来たり、犯人のイニシャルをごまかす為に、ダイイング・メッセージのローマ字が出て来たりしますが、この短さでは、明らかに、盛り込み過ぎで、作者自身が、本格トリックのパロディーを楽しんでいるように見えます。
死亡推定時刻は、被害者の体温が基準になるはずで、この作品のトリックだけでは、ごまかせません。 「推理小説では、無粋な指摘」と取られてしまうかも知れませんが、リアリティーを欠くのは、否定できません。 たとえば、雪に閉じ込められた列車の中とか、外洋を走る船の中とか、外界と隔絶した条件があれば、こういう推定方法も、ありえるのですが。
【非常口】 問題編・約11ページ 解決編・約1ページ
いい縁談が持ち上がり、2年間、交際していた女と、別れる必要に迫られた男。 女に話すと、猛然と反対されてしまい、女を、自殺に見せかけて、殺害する事を決意する。 女の家に、父親の遺品の陸軍拳銃があると知っていた男は、訪ねて行って、見せてくれと言い、ズドンと一発・・・、という話。
女の方に、全く警戒心がないのは、些か、不自然か。 もっとも、男女の中は、分からないもの、と言われてしまえば、それまでですが。 犯行は、解決編で露見するわけですが、その理由が、かなり、テキトーなもの。 こんな初歩的ミスを犯すようでは、推理小説の犯人として、失格ですな。
【月形半平の死】 問題編・約12ページ 解決編・約1ページ
駆け出しの漫画家の女。 思うように売り出せないので、漫画家のグループに入るが、そこで、好きになった男が、急に人気が出て、女も応募していた賞の一等になってしまう。 男さえいなくなれば、二等だった自分が、一等に繰り上がると思い、男を、服毒自殺に見せかけて殺そうとする話。
一度は好きになった男を、自分が受賞する為に、殺すというのだから、呆れた話。 しかし、こういう人間がいても、別に不思議ではありません。
自殺に見せかけたのに、なぜ、殺人とバレたかが、話の肝になりますが、そのアイデアは、【伯父を殺す】と同趣向です。 こちらでは、残っていた物が、多過ぎたのですが。
【夜の散歩者】 問題編・約33ページ 解決編・約2ページ
横浜の住宅地にある、ロシア人邸宅。 主人亡き後、故人の意向で、ロシア語に関係がある者達だけに、部屋が貸されていた。 住人の中には、仲が良くない者もいて、殴り合いの喧嘩が起こる事もあった。 ある時、夜中に、銃声が4発聞こえ、その後、図書室で、評判の悪い男の住人が、扼殺されているのが発見される。 銃弾は、全て外れていて、どうやら、被害者が撃ったもののようだ。 事件は、迷宮入りになるが、一人だけ、真相を見抜いたものがいて・・・、という話。
視覚障碍者、肩腕がない人物、夢遊病を装う人物など、本格トリック物特有の怪しさをプンプンさせた登場人物が、何人も出て来ます。 フー・ダニットなんですな。 しかし、「誰が犯人でも、話を纏められる」というわけではなく、解決編での犯人当ては、「なるほど、そうか」と納得させられるものがあります。
元ロシア人の屋敷で、ロシア語ができる者しか入居させない、という設定は、異化効果を醸し出しているだけで、謎とは関係して来ません。 ストーリー上は、不要な設定ですが、この非日常的な設定のお陰で、記憶に残る作品になっていると言えば、言えます。
【赤は死の色】 問題編・約25ページ 解決編・約5ページ
男一人、女二人で、山に登りに来たパーティーが、大雨に遭い、吊り橋の先の山荘に、逃げ込む。 その家には、妻の看病をしている主人と、先に逃げ込んでいた、中年の男がいた。 麓で聞いた話で、この山には、「赤い服を来ている女が、頭のおかしい男に殺される」という噂があり、どうやら、この家の主人が、その男らしい。 翌朝、女の一人が殺害され、赤い服が・・・、という話。
山荘にいたのは、全部で、5人で、被害者を除く、4人全てに、動機があります。 フー・ダニットですな。 消去法で、犯人が絞り込まれていきます。 しかし、中年男や、生きている女の動機は、解決編にならないと知らされないので、問題編だけで推理するのは、不可能です。 その点、作家本人はもちろん、編集者が、なぜ、気づかなかったのかが、不思議。
【新赤毛連盟】 問題編・約16ページ 解決編・約4ページ
三人の学生が、ある会社の秘書から、社長の伝記を纏める、報酬のいい仕事に誘われ、三人から一人を選抜する為の試験を、別々に受ける事になる。 ところが、一人が選ばれた後、仕事が中止になったと言われ、それきりになってしまう。 会社に問い合わせると、そもそも、そんな計画はないとの事。 三人の内、一人が、試験場所の窓から見たネオン・サインを記憶していた事から、場所が判明し・・・、という話。
ホームズ物の、【赤毛連盟】のアイデアを使った話。 本当の目的を隠す為に、わざわざ、報酬を払って、別の事をやらせるというもの。 作者が、姪のホステスから聞いた話という形式になっていますが、その設定は、あまり、意味がありません。 謎を解くのも、作者ではなく、同業の推理作家になっています。
ロシア語の、キリル文字を使った謎が、この作品で使われています。 なぜ、【夜の散歩者】で使わなかったのか、首を傾げるところ。 ネオン・サインを裏から見る、というのは、今では、ピンと来ませんが、昔は、壁面ではなく、屋上に骨組みを組んで、ネオン・サインが裏側からでも見えるようにしていたのです。
【不完全犯罪】 問題編・約10ページ 解決編・約2ページ
結婚するつもりで交際していた女が、他の男と結婚するという。 しかも、勤め先で、自分とライバル関係にある男だというから、許し難い。 ライバルを、事故死に見せかけて殺す事を計画し、ライバルの家へ訪ねて行って、持って来た石で撲殺。 死体を車で、石を拾った場所へ捨てて来たが・・・、という話。
梗概で、ほぼ全部、書いてしまいましたが、この作品の肝は、主人公の犯罪が、どこで、不完全になってしまったかにあるので、問題ないと思います。 で、どこかというと、殺害現場で、自分がいた証拠を消そうとして、やり過ぎたわけですな。 後年の、2サス・ドラマでも、大変よく使われた、犯人のミスです。
【魚眠荘殺人事件】 問題編・約12ページ 解決編・約2ページ
主人が他界した屋敷に、三人の相続人がよばれる。 男二人に、女一人。 男の一人は、実は女で、男装している事が分かる。 夜中に来る予定だった弁護士が、時刻を過ぎても到着せず、捜しに行くと、門の所で、刺殺死体となって横たわっていた。 胸に刺された凶器は、遺言状が入った封筒を貫いていたが、中を見てみると、封筒の穴と、遺言状の穴がズレており・・、という話。
この短さだと、わざわざ、屋敷に固有名詞をつけるのは、無駄な労力に思えてしまいますな。 話は、封筒の謎から思いついて、膨らませたのだと思います。 遺言書の中身を見たにも拘らず、律儀に戻してしまったのが、命取りになったわけで、凶行直後の犯人の動顛ぶりが伺えます。
≪鉄仮面 上・下≫
講談社文芸文庫
株式会社 講談社
上巻 2002年5月10日 第1刷発行
下巻 2002年6月10日 第1刷発行
ボアゴベ 著
長島良三 訳
沼津図書館にあった、文庫本です。 上巻は、序を含めて、660ページ。 下巻は、エピローグを含めて、595ページ。 計、1255ページ。 ムチャクチャな長さですが、7日間で読み終えており、いかに、読み易い小説であったかが、分かろうというものです。 筒井康隆さんの、≪漂流≫で紹介されていたのを、今頃、調べ直して、借りて来たもの。
作者は、フル・ネームだと、「フォルチュネ・デュ・ボアゴベ」という人で、1821年から、1891年まで生きた、フランスの作家です。 本作は、1879年に発表されたもの。 日本では、明治時代に入っていて、黒岩涙香さんが、英訳本から日本語訳して、古くから、≪鉄仮面≫として、広く知られた模様。
この文庫本は、フランス語の原書から訳し直され、1984年に、上・中・下、三巻本として発行された単行本を元にして、2002年に、二巻本に編み直されたものだそうです。 1984年当時、フランスの古本屋で、原書が見つけられず、国立図書館にあった本を、全ページ、コピーしてもらって、それから、訳したのだそうです。 つまり、フランスでは、読みたくても読めないわけですな。 出回っていないのだから。 完全に忘れられているのでしょう。
太陽王、ルイ14世の時代。 王を誘拐する反乱計画を立てた一味があった。 傭兵を雇い、準備万端整えて、スイスから、フランス領内に入ったものの、加わったばかりであるにも拘らず、隊長の篤い信頼を得ていた青年将校が、敵方のスパイだったせいで、渡河中に襲撃され、一人は捕えられ、5人だけ、辛うじて生き延びる。 捕えられたのが、隊長なのか、青年将校なのか分からないまま、隊長の内縁の妻と、忠誠心に篤い3人の部下が、30年に渡り、各地の牢獄を転々とさせられる囚人を追って、救出の努力を続ける話。
原題は、≪サン・マール氏の二羽のツグミ≫で、サン・マールというのは、刑務所長の名前。 この所長が、出世に伴って、転勤するせいで、主な囚人達も、一緒に連れ回されるという事情です。 ツグミは、特に重要な囚人の象徴で、その内の一羽が、問題の人物。 誰なのか分からなくする為に、人目に曝される危険がある時には、仮面を被らされていますが、別に、鉄製ではない様子。
さて、この囚人、最終的には、獄死する事が、冒頭で記されています。 問題は、一度でも、脱獄に成功するかどうかですな。 長い作品なので、一度 逃げ出したが、また捕まったという事も考えられ、読む前から、脱獄が成功するか失敗するかを知らなくてもよくなっています。 これも、作者の、読者に対する配慮なのかも。
囚人の正体が、隊長なのか、青年将校なのか、知りたがっている人物が、もう一人います。 かつて、ルイ14世の寵愛を受けたものの、今は、疎んじられている貴婦人。 この人が、青年将校に惚れていたものだから、彼がどうなったか、知りたくて仕方ない。 青年将校の方は、貴婦人の事を何とも思っていないのですが、貴婦人は、入って来る情報を、自分に都合よく解釈して、愛を貫こうとします。 この貴婦人について割かれているページ数が、3分の1くらいあるでしょうか。
他に、貴婦人に近い、占い師の女がいて、その義理の娘と、娘の求婚者である判事の青年も、出番が多く、全体の5分の1くらいは、中心になって、ストーリーを引っ張ります。 こうなって来ると、誰が主人公なのか決められません。 人数が少なめの、群像劇とでも言いましょうか。 「神視点三人称」でして、作者は、何でも知っています。 敵方である、刑務所長の心理まで知っているのだから、ほんとに、神レベル。
これだけ長いにも拘らず、見せ場の配分が、驚くほど巧みで、全く、飽きさせません。 他に用事がなかったら、寝食を忘れて、読み耽ってしまう可能性が大。 ある意味、健康に悪い本ですな。 話の作り方は、大デュマそのもので、大デュマが書いたと言っても、かなりの人が、すんなり、騙されるのでは? ちなみに、大デュマは、1802年から、1870年まで生きた人で、ボアゴベさんより、少し前の世代です。 ボアゴベさんは、大デュマの影響にどっぷり浸かっていた世代なんでしょう。
逆に言うと、見せ場の配分が良いだけで、後のロシア文学に見られるような、人間性の本質を追い求めるような、深みはありません。 しかし、この時代のフランス人作家に、それを求めるのは、酷というもので、ボアゴベさんが、当時のフランス文壇では、トップ・クラスにいた事は、間違いないと思います。 実力、人気、共になければ、こんな大長編、書けませんし、発表もできませんから。
この作品、今の感覚で見ると、おかしなところもあります。 いくら、愛情が強いからと言って、30年も、救出に尽力する、内縁の妻がいますかねえ? また、その、内縁の夫である、隊長というのが、あまり、魅力がない男なのです。 大事の直前だというのに、近づいて来たばかりの青年将校と意気投合して、全幅の信頼を寄せてしまうというのは、あまりに、軽率。 生きているとしても、あっさり捕まってしまう点も、自力で脱獄しようとしない点も、ヒーロー性に欠けます。
救出する側のドラマを描きたかったから、こうなったんでしょうが、バタバタと計画が進んだかと思うと、7年も、何の進展もなかったりで、ストーリー上の御都合主義が過ぎる感じもありますねえ。 つまり、作者としては、「30年もの間、大変な努力を続けた人達がいたんだよ」と、それが言いたいだけなのでしょう。 囚人の方は、外に出られないものの、上げ膳据え膳ですから、苦労と言っても、知れています。 この本を読み終わって、同情したくなるのは、救出側であって、囚人では、全くないです。
内縁の妻は、愛に半生を捧げたわけだから、まあ、分かるとしても、気の毒なのは、隊長の部下、3人でして、期間が長いですから、当然、死ぬ者も出て来るわけですが、「他にも、人生の送りようがあったろうに」と思わずにはいられません。 内縁の妻が、お金には不自由しない身の上だったから、報酬で釣られていたという解釈もできないではないですが、そう解釈した方が、まだ、彼らの人生を、評価し易いです。 大した人物でもない隊長の為に、30年を捧げるなんて、あまりにも、つまらないではありませんか。
この小説は、「鉄仮面伝説」を元にしてはいますが、鉄仮面の真相は今に至るも、諸説紛々で、はっきりした事は、何も分かっておらず、ボアゴベさん本人が組み立てた、一つの仮説を小説化したに過ぎません。 大デュマの、≪ダルタニヤン物語≫の、【ブラジュロンヌ子爵】にも、鉄仮面が出て来ますが、元ネタが同じだけで、全く違う話です。
総括しますと、ある程度、読書力があると自認している人なら、読んでおいて、損はないです。 面白いです。 長さで恐れ戦かなくても、時間を無駄にする事はないと、請け合います。 ただ、先に、ロシア文学を多く読んでしまった方々は、この作品を読んでも、古典としか思えないかも知れません。
≪死美人≫
株式会社 河出書房新社
2011年11月30日 初版発行
フォルチュネ・デュ・ボアゴベー 原作
黒岩涙香 翻案
江戸川乱歩 現代語訳
沼津図書館にあった、ハード・カバーの単行本です。 本文は、408ページ。 江戸川乱歩さんによる、あとがきと、小森健太郎さんによる、解説が付いています。 原作は、≪鉄仮面≫の、フォルチュネ・デュ・ボアゴベさんで、原題は、≪ルコック氏の晩年≫。 その英訳本から、明治時代に、黒岩涙香さんが、日本語に翻案し、1956年に、江戸川乱歩さんが、現代語訳したもののようです。 ややこしい。
黒岩さんも、江戸川さんも、大筋だけ頭に入れて、自分の文体で書き換えてしまっているらしく、原作とは、随分、懸け離れてしまっているようです。 原作から、直接 訳してくれれば、それが一番いいのですが、そもそも、この本、ボアゴベさんの作品を紹介するのが目的ではなく、黒岩さんの事跡を、江戸川さんを通して、紹介するのが目的で企画されたようので、致し方ありません。 どうも、企画の発想自体が、内向きですな。
聾唖者の男が担いだトランクの中から、胸に、トランプ・カードを貫いて、ナイフを刺された美女の死体が発見される。 男の主人が殺人犯のようだが、男は、手話も通じず、文字も読めず、手ががりが得られない。 警察署長は、引退した名探偵、ルコックに、協力を求めるが、断られ、若い英国人探偵を頼る。 警察の捜査が進むと、人もあろうに、ルコックの息子に、嫌疑がかけられるようになる。 ルコックが、何とか、息子の無実を証明しようと、本格的に、探偵捜査に乗り出す話。
舞台は、フランスのパリと、その近郊で、地名は、そのままですが、登場人物の名前だけが、日本風の名前に変えられています。 これは、黒岩翻案の時点で、そうしたようですが、新聞連載だったから、当時の日本の新聞読者にとって、フランス人の名前は、カタカナで書いてあっても、発音するだけでも難しかったと思われ、記憶するのは、尚、ハードルが高い。 それで、この工夫となった模様。 最初は、違和感マックスですが、その内、慣れます。 こちらの方がいいとは、決して、言いませんが。
探偵ルコックは、ガボリオさんが作り出したキャラで、ガボリオ・ファンだった、ボアゴベさんが、それを借りたもの。 モーリス・ルブランさんが書いたルパン物に、ホームズが登場する作品がありますが、昔は、こういう事は、普通に行なわれていたようです。 許可を得ていたかどうかも、怪しい。
ボアゴベさんは、本業の探偵小説作家ではなく、「探偵小説も書く」程度の関わりだったようで、そういう門外漢の作品にありがちな事ですが、あまり、いい出来ではないです。 謎はあるが、トリックはなし。 本格物では、全く、ないです。 強いて指摘するなら、なりすまし物と言えないでもないですが、どうも、イギリス推理小説的な分類に当て嵌まらない、中途半端さがありますねえ。
何がまずいと言って、描写が、くどい。 本筋と関係しない、どうでもいいような場面を、細々と書いていますが、こういうのは、クリスティー作品以降では、読者が、受け付けてくれません。 その場の雰囲気を描き込むのは、問題ないですが、枚数を稼ぐような描写をしていると、すぐに、眉間に皺を寄せられてしまいます。 この作品を、推理小説の新人賞に応募したら、一次選考で、にべもなく落とされるのは、必至。
次にまずいのが、意外性よりも、ストーリーの切迫感を、読みどころにしている点です。 ルコック探偵は、息子の処刑が迫っているので、大詰めの捜査が、時間との勝負になるのですが、作者の意図が、見え見え過ぎて、逆に白けてしまいます。 駄~目だって、こういう手は。 推理小説として、勝負するやり方を、間違えているのです。
最後に、事件が解決した後、因縁話が長いところが、まずい。 日本の2時間サスペンスが、なぜ、世界的に評価されなかったかというと、終わりの4分の1くらい、つまり、30分くらいが、謎解きと見せかけて、実は、「なぜ、犯人が、そういう罪を犯すに至ったか」という、因縁話の説明に明け暮れるからなのですが、この作品は、それと同じ欠点をもっているのです。
2サスに於いて、なぜ、因縁話が必要かというと、犯人の切実な動機を語る事で、「この人は、本当は、悪い人じゃないんだよ。 やむなく、犯行に及んだんだよ」と言いたいからなのですが、それが甘いと言うのです。 視聴者に対し、罪を犯した者に同情させていて、どうする? 2サスの特徴的な欠点ですな。 原作の犯人が悪党でも、脚本段階で、「ほんとは、善人」にしてしまうのだから、救いようがない。
この作品の場合、真犯人は、悪党だから、そちらについては、因縁話はないのですが、嫌疑をかけらている、ルコックの息子が、自分が殺人を犯したと思い込んでいるせいで、2サスと同じ、因縁話が繰り広げられてしまうのです。 もう、くどいくどい。 駄目ですよ、こんなの。
原作から直接、日本語訳する企画が出ないのも、むべなるかな。 ストーリーが、ほぼ同じだとすると、こんな話を、わざわざ訳しても、推理小説ファンが、読んでくれないでしょう。
≪火星探検≫
株式会社 小学館クリエイティブ
2005年3月20日 初版第1刷発行
中村書店
1940年5月30日 発行
旭太郎 作
大城のぼる 画
沼津図書館にあった、ハード・カバーの単行です。 本体は、160ページ。 元は、昭和15年に発行された漫画で、この本は、2回目の復刻版だそうです。 話を作ったのは、詩人の、旭太郎さん。 漫画にしたのは、大城のぼるさん。 漫画の場合、普通、原作者の方が、先に名前が出るものですが、この作品の場合、作者を代表するのは、大城のぼるさんになっているようです。
小松左京さんや、松本零士さんによる、紹介文が、別冊子で付いています。 まず、そちらを読んでから、漫画本体を読み始めた方がいいと思います。 手塚治虫さんなど、戦後のSF界をリードした人達が、子供の頃に夢中になった漫画らしいです。 私が、この作品の存在を知ったのも、筒井康隆さんの、≪漂流≫に載っていたからです。
天文台に勤める天文学者を父に持つ少年。 喋る猫と犬を連れて、天文台に行くと、父親が同僚と、火星に火星人がいるかいないで、激しい議論を戦わせている。 父親から、火星の運河について、科学的説明を受けた少年は、猫・犬と共に、突然、火星に来てしまい、火星人の歓待を受ける。 火星のトマトを食べて、病気になり、千年もかかるという療養に耐え兼ねて、火星人が作った宇宙船に乗り込んで、地球に帰ろうとするが・・、という話。
長編ストーリー漫画、と言えば、確かにそうなんですが、印象からすると、娯楽作品ではなく、小学館の子供向け雑誌、「科学」に載っていた、科学啓蒙漫画が、一番近いです。 火星に対する知見は、科学的そのもの。 しかし、あくまで、当時のレベルです。 今の小学校低学年以下に読ませても、面白がると思いますが、間違った知識まで覚えてしまうから、お薦めではないです。
以下、ネタバレ、あり。
突然、火星に来てしまう展開で、「たぶん、これは、少年の夢だな」と、漫画慣れした現代の人間なら、大抵は気づくはず。 しかし、戦前は、ストーリー漫画自体が、出始めたばかりで、しかも、SFですから、当時の子供達が、心底、ワクワクしながら、この作品のページをめくっていたのは、想像に難くないところ。 小松左京さんの紹介文によると、当時は、世界中探しても、長編ストーリー漫画そのものが存在しなかったそうですから、この作品の衝撃は大きかった事でしょう。
とはいえ、戦後生まれ・戦後育ちの者が読んでも、同じ感動は得られません。 つまらない事を、知り過ぎているからですかね? 火星に、生物がいない事が分かるのは、1980年代以降ですが、そういう知識を持った者が読んで、「植物はある」と書いてあると、白けてしまうのです。 ≪ドラえもん≫に、火星に生えている苔を進化させて、火星人を作り出す話がありますが、あの時点ですら、まだ、生物がいない事が、分かっていなかったわけだ。
少年の夢が覚めても、話は終わらないのですが、クライマックスの後に、まだ先を続けるのは、作劇技法としては、感心しないもので、長編漫画の話の作り方に苦心していた事が覗われます。 これまた、後世から見た評価ですが、お世辞にも、よく出来た話とは言えません。 先に、火星についての科学的説明や、火星環境体験を済ませてしまい、その後、夢での火星旅行にして、目覚めて、おしまいにすれば、纏まりが良かったのに。
猫と犬ですが、何の説明もなく、最初から、喋りまくります。 服も着ています。 猫ならでは、犬ならではの言動もありますが、動物の特殊能力を活かすような場面は、ほとんど、ありません。 人間に代えて、少年の、妹・弟にしても、話が成り立たないわけではありません。 なぜ、猫・犬にしたのか、ちと、分からないところです。 ちなみに、動物だからといって、ひどい目に遭わされたりはしないので、ご安心を。
重箱の隅を突つくようですが、火星人が作ったロケットを盗んで、火星から逃げ出すのは、いかがなものか。 外国なんか、荒しまくっても構わないというのは、帝国主義的発想そのものでして、戦後感覚からすると、ちと、引いてしまいます。 別に、火星人から迫害されていたわけではないのですから、盗まなくても、頼めば、帰る手段を講じてくれたと思うのですがねえ。 もっとも、全て、夢の中の話なのですが・・・。
小松左京さんは、初期に漫画も描いていて、何かの本に収録されていたのを、少し読んだ事がありますが、絵のタッチは、この作品のそれに、よく似ていました。 もろ、影響を受けていたんでしょうねえ。 手塚治虫さんのタッチも、通じるところがあるかなあ。 松本零士さんは、全く違います。 筒井さんも、漫画を描いていますが、ヘタウマ・タイプで、全く違います。 そもそも、この四方を、同列に論じるのに、無理がありますが。
以上、4冊です。 読んだ期間は、2024年の、
≪山荘の死≫が、3月23日から、25日。
≪鉄仮面 上・下≫が、4月4日から、10日。
≪死美人≫が、4月14日から、16日。
≪火星探検≫が、4月27日と、30日。
≪山荘の死≫は、違いますし、≪死美人≫は、≪鉄仮面≫と同じ作者というだけで借りたものですが、≪鉄仮面≫と、≪火星探検≫は、筒井さんの、≪漂流≫で紹介されていたもの。 何年か前に、≪漂流≫を読んだ時に、紹介されている作品を書き出しておいたのですが、それに従って、図書館にある本を借りるようにしたら、読書意欲が、少し持ち直しました。 筒井さん、様様ですな。
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