読書感想文・蔵出し (122)

≪タイタンのゲーム・プレーヤー≫
ハヤカワ文庫 SF 2274
早川書房 2020年3月15日 発行
フィリップ・K・ディック 著
大森望 訳
沼津図書館にあった、文庫本です。 長編、1作を収録。 397ページ。 コピー・ライトは、1963年。 ディックさんの長編としては、10作目で、この作品以降、乱造が始まるとの事。 必ずしも、粗製ではないようですが。
中国の人工衛星から発射された兵器で、人類の出生率が激減したところへ、土星の衛星タイタンに住む、知的生命体との戦争に敗れ、タイタン人の支配を受け入れている地球。 主人公を始めとする、土地持ち達が、グループを作り、土地を賭けて、ゲームに興じていたが、ある時、よそから来た、凄腕のゲーム・プレイヤーが殺される事件が起こり、それをきっかけに、タイタン人急進派の目論見が露顕して、地球人類の未来を賭けたゲームに、挑む事になる話。
殺人事件が起こりますが、推理物SFと言えるほどではなく、トリックは使われていませんし、謎解きも、別段、興味を引くような形で示されてはいません。 殺した側の記憶が消えているので、謎解きのしようがないと言うべきか。 推理物のパターンを借りて、部分的に、ゾクゾク感を盛り上げてみただけ、という感じ。
全体を見渡すと、バラバラ感が強く、深いテーマのようなものは、なし。 SFのモチーフを、テキトーに寄せ集め、テキトーに繋げて、デッチ上げただけのように見えます。 ディックさんは、そういう書き方も得意なようです。 一番多く使われているモチーフは、超能力でして、他人の思考を読める、テレパスや、未来予知能力者が、ゲームに参加したら、どんな事になるか、そこだけ、よく考えられています。 確かに、こんな事になりそうですな。
ゲームのルールは簡単なもので、解説の中で要約されていますから、先に、そちらを読めば、理解し易いです。 しかし、そんな事を知らないままでも、ストーリーを追うのに、不便はありません。 ゲームの経過を、読ませどころにしているわけではありませんから。
バラバラ感が、主な理由で、面白いというところまで、行きません。 もし、新人が書いたら、編集者に、「直しようがないから、一から書き直せ」と言われるでしょうな。 ディックさんは、すでに名前が売れていたから、このままでも、出版されたのでしょう。
≪フロリクス8から来た友人≫
ハヤカワ文庫 SF 2245
早川書房 2019年8月25日 発行
フィリップ・K・ディック 著
大森望 訳
沼津図書館にあった、文庫本です。 長編、1作を収録。 435ページ。 コピー・ライトは、1970年。 ディックさんの長編としては、27作目だそうです。
知能の高い「新人」と、超能力者の「異人」という、少数の者達が、60億の「旧人」を支配する、22世紀の地球。 この政治体制を打破する為に、外宇宙へ異星人の助けを求めに行った人物が、フロリスク8という星の知的生命体を連れて、戻って来る。 地球側は、パニックに陥って、あらゆる兵器で迎え撃つが、効果がなく、・・・、という話。
【三体】を読んでいる人なら、「似たような話だな」と思うこと、疑いなし。 もちろん、こちらの方が発表が早いので、【三体】の方が、話の骨格を真似たんでしょうな。 ただし、ディックさんが嚆矢というわけではなく、他にも前例があると思われます。 【宇宙戦争】などと違うのは、圧倒的な力を持った異星人が、突如 攻めて来るのではなくて、遠い宇宙から、じわじわと近づいて来る点でして、そこが、大変、怖いです。
主人公は、意外にも、「タイヤの溝彫り職人」という、一般人。 溝がなくなったタイヤに、もう一度、溝を彫り込むという、違法ではないが、安全上、感心しない事を、生業にしています。 宇宙スケールの話に、わざと、しょーもない職業の主人公を持って来るというのは、ディックさん流の、「落差狙い」なのでしょう。 ただし、ストーリー上、彼の職業は、彼の行動に、ほとんど、関係して来ません。
この主人公が、たまたま出会った、16歳の少女に、反政府活動に引きこまれてしまい、警察に追われる身になる、というのが、ストーリーの中心軸で、異星人の到来は、サブ・ストーリーとして進みます。 しかし、読み終わってから、「さて、どんな話だったかな?」と思い返すと、主人公や少女など、ほとんど、印象に残っておらず、「異星人到来の話」という事になってしまうのです。
主人公の中年男と、少女のやりとりは、ディック作品では、よく見られるもので、ディックさん本人の願望が、そのまま出ている観があります。 そして、決まって、会話の中身が、ペラッペラに薄っぺらい。 世代が違うのだから、会話が弾むわけがなく、ディックさん本人も、それが分かっているのに、まだ、少女の価値を見限りきれないでいるという感じ。 中年男の悲哀ですな。
異星人が、地球に到着するまでは、そちらの興味で、ゾクゾクします。 到着後は、一転して、主人公と少女の話だけになってしまい、ガクンと、つまらなくなります。 たぶん、異星人と地球政府のやり取りを、細かく描写するのが、億劫になったんでしょうな。 実に、ディックさんらしい。
≪ジョーンズの世界≫
創元SF文庫
東京創元社 1990年11月9日 初版 1991年11月1日 3版
フィリップ・K・ディック 著
白石朗 訳
沼津図書館にあった、文庫本です。 長編、1作を収録。 327ページ。 コピー・ライトは、1956年。 図書館にある、ディック作品の内、早川文庫の方は、粗方 読んでしまったので、創元文庫の方へ移りました。
宇宙から、大量の異星発祥生物が流れて来始めた頃、地球に、一年先までの未来を予知できる男が現れ、宗教的に支持者を集めて、警察国家の政権を打ち倒そうとする。 一方、金星で人類を繁殖させる為に、金星の環境に適応した改変人間が作られていた。 ・・・という話。
異星発祥生物の話と、金星移民の話で、見事なくらい、話が二つに分裂しています。 というか、全然違う二つの話を、無理やり、一つの小説に合わせようとしたと見るべきか。 結合に完全に失敗しているところが、却って、珍しくて、興味深い。 おそらく、締め切りに追われて、話を煮詰められないまま、中編用のアイデアを二つくっつけて、長編にしようと試み、無残に失敗したのでしょう。
異星発祥生物の方は、フィニイ作、【盗まれた街】が、この作品の前年の、1955年発表なので、そちらから、影響を受けたものと思われます。 ただし、この作品の生物は、【盗まれた街】のそれほど、積極的に、人間を脅かすものではなく、迫力に欠けます。 確かに、大量にやってくれば、脅威かも知れませんが、それは、理屈上の話で、読者に恐怖を感じさせるほどではないんですな。
金星移民の方は、今の知識と突き合わせると、噴飯物。 金星が生物の住める星だと、1956年頃には想像されていたようで、金星独自の生物も何種類か出て来ますが、現実には、とてもとても・・・。 金星に生物がいる可能性は、火星のそれよりも、桁違いに低いです。 人間が住むなど、話になりません。 当時は、金星に関する知識・情報が、ほとんど なかったのだから、致し方ないですが。
というわけで、読むに値するような内容が、ほとんど、ないです。 SFとしてではなく、主人公夫妻の、夫婦間の心の問題を扱っている一般小説としてなら、参考になる事もあるでしょうか。 他人と一緒に住むというのは、大きな困難が伴う事なんですなあ。 この時点で、それが分かっていながら、その後のディックさんは、結婚生活に失敗し続けるわけですが、一人で暮らした方が、精神的に、ずっと健康で過ごせるとは、思わなかったんですかね? 不思議な事です。
≪ヴァルカンの鉄鎚≫
創元SF文庫
東京創元社 2015年5月29日 初版
フィリップ・K・ディック 著
佐藤龍雄 訳
沼津図書館にあった、文庫本です。 長編、1作を収録。 251ページ。 コピー・ライトは、1960年。 創元文庫の方でも、割と新しい発行年のものがあるんですな。 日本で訳されたディック作品の中では、最も遅いものだそうです。
地球規模の核戦争の後、世界連邦政府が作られ、「ヴァルカン3号」という人工知能が、政策を決定するようになった。 その場所は、統括弁務官一人しか知らない。 「癒しの道」という反政府団体が出現して、勢力を広げていたが、なぜか、ヴァルカン3号は、対策を指示しようとしない。 不審に思った、地域弁務官の一人が、統括弁務官に接触しようとするが・・・、という話。
人類を統治する人工知能が出て来ますが、≪ターミネーター≫や、≪マトリックス≫など、後年のSF映画に出て来るそれとは、だいぶ、趣きが異なっています。 ハインライン作、【月は無慈悲な夜の女王】(1966年)よりも、更に前の発表なので、人工知能のイメージが、アメリカのSF界全体で、熟していなかったのではないかと思われます。 この作品に出て来るのは、人工知能と言うよりは、大規模・複雑なコンピューターですな。
「ヴァルカン」は、バルカン半島とは関係なくて、神の名前から来たもの。 「鉄鎚」は、ヴァルカン3号が使う兵器で、本当に鉄鎚(金鎚・ハンマー)の形をしています。 「鉄鎚を下す」という言葉が英語にあるのか不詳ですが、解説にもある通り、日本語では、そのまんまですな。 飛行し、ビームを放ち、爆弾も落としますが、スタンド・アローンではなく、ヴァルカン3号に、遠隔操作されています。
3号の前に、2号が作られていて、それが、まだ、稼動しているというのが、ストーリーの鍵。 この、3号と2号の力関係のアイデアは、作劇技法としては、面白いです。 しかし、人工知能を出しておいて、その、人類文明に対する意義を考察するのではなく、作劇技法の方に使ってしまったのは、些か、残念です。
クライマックスは、戦闘場面でして、これが、ディック作品の中では、大変、長い。 戦争物かと思うくらい、長い。 スパイ物や、戦争小説なら、それもアリですが、SFで、それをやると、どうしても、邪道に走っている観が否めませんねえ。 そういった、細かい事を言わないのなら、ディックさんは、こういう描写がうまいので、迫力はあります。
一つだけ、ツッコませてもらいますと、「手榴弾サイズの核爆弾」が出て来て、主人公が、それを、「投げる」のですが・・・、おいおい、核爆弾なんでしょ? アメリカ人が、放射線について無知なのは知っているので、そこは、スルーするとしても、小さいとはいえ、核爆弾が、投げられる距離で爆発したら、投げた本人は、とても、生きてはいられますまい。 普通の手榴弾で良かったんじゃないですかね?
以上、4冊です。 読んだ期間は、2024年の、
≪タイタンのゲーム・プレーヤー≫が、11月18日から、20日。
≪フロリクス8から来た友人≫が、11月25日から、27日。
≪ジョーンズの世界≫が、12月1・2日。
≪ヴァルカンの鉄鎚≫が、12月3・4日。
ディック作品は、とりあえず、これで、一段落です。 早川文庫の方に、まだ読んでいない作品があったものの、どうも、宗教系の話のようなので、それらは避けて、創元文庫の方へ行きました。
【アンドロイドは電気羊の夢を見るか?】、【ユービック】、【高い城の男】など、有名な作品の感想が入っていないのを、奇妙に思われる人もいるでしょうが、それらは、20年以上前、現役で働いていた頃に読んでいまして、今回、読み返すのを見送ったのです。 何せ、読書意欲が減退しているので。
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