2007/08/19

濫読筒井作品 ⑦

  夏季連休は9日間あったのですが、前半4日間、毎日路上観察に出かけていたら、この猛暑で熱中症を貰ってしまい、後半の行動に制約が掛かる仕儀と相成りました。 やむなく、「読書でもするか・・・」という事で、図書館に行き、本を借りて来ました。 全部、筒井康隆さんの本です。 前にも書いたように、私は根っからの筒井ファンというわけではないのですが、もはや、読書で確実に楽しみたいと思ったら、筒井さんの本を読む以外、選択肢がないんですな。 最新刊の、≪巨船ベラス・レトラス≫があればよかったんですが、あいにく貸し出し中。 いつ戻ってくるか分かりませんが、一応、予約を入れておきました。 で、今までに、まだ読んでいなかった本を落穂拾いして来ました。


≪旅のラゴス≫ 86年
  実はこの本、前からある事を知っていたんですが、題名だけ見て、作者の旅行記だと思い込み、手を出さないでいたのです。 小説なら小説と背表紙に書いてくれればいいのに・・・・いや、それは理不尽な要望か。

  人類が移住した先の惑星で、数千年の間に衰退した文明を、保存されていた書物から得た知識で復元しようとする話。 と書くと、アメリカのSF映画のようなストーリーを連想するでしょうが、さにあらず。 主人公が、はるか遠い大陸にある書物の保存施設まで赴き、そこで何年もかけて本を読み、学んだ内容を伝える為に再び自分の故郷に帰るという長旅の描写が中心で、紀行小説とでも言うべき形式になっています。 これ、何かに似ていると思ったら、≪西遊記≫ですな。

  旅の部分も面白いのですが、やはり知的好奇心を最も刺激されるのは、故郷で知識を伝えるくだりです。 ≪虚航船団≫の第二章と通じるような文明概論になっていて、読んでいてワクワクします。 そういえば、書かれた時期は、ほぼ一致していますな。 たぶん、この時期の作者は、この種の考えで頭が満杯だったのでしょう。

  書物の保存施設で勉強を始める部分で、≪思想・哲学書から読み始めたが、まったく分からず、一度放り出して、歴史や科学史から入り直した≫という一文には、深く頷かずにはいられません。 実際に古人の名著を渉猟しようとすると、どうにも歯が立たない分野というのはあるものです。 分かる所から徐々に攻めて行くと、最終的には、分からなかった所まで分かるようになります。 知の仕組みは、何だか、ジグソー・パズルに似ていますな。


≪朝のガスパール≫ 92年
  16年前に朝日新聞に、新聞小説として連載されたもの。 読者の投書やパソコン通信の意見を取り入れながら話を進めるという企画で、当時は結構騒がれました。 私は連載当時に何回分か読んでいて、 その時あまり良い印象がなかった為に、単行本化されてからも、「なんだ、≪朝のガスパール≫か」という感じで敬遠してきたのですが、今回は腹を括って読んでみる事にしました。

  悪い印象があったのは、新聞小説のブツ切りが読みにくかったのと、パソコン通信の意見が過激且つ低劣で、不愉快になってしまったからですが、この度、通して読んでみた所、読まず嫌いであった事が分かりました。 この頃の筒井さんは、様々な実験小説を盛んに世に問うていたわけですが、事によったら、その中で確実に成功したといったら、この≪朝のガスパール≫だけなんじゃないでしょうか? 

  異星での戦闘場面から始まるので宇宙SFかと思いきや、それがPCゲームの中の話だったり、ゲームに嵌まっているのが企業の重役達だったり、その重役の妻達が株で儲けてパーティーに明け暮れていたりと、いくつもの交わらぬ世界が平行して物語が進みます。 この複雑さがとっつき難い印象を与えるんですが、よくよく読んでみれば、それほど複雑怪奇というわけではなく、物語の本筋は、サラリーマン小説のカテゴリーに属するもので、至っておとなしいものです。 筒井さんの短編に、≪ウイークエンド・シャッフル≫というのがありますが、あの世界を拡大した物が基本部分で、宇宙SFやゲーム・その他は、尾鰭だと思えば、構成がすっきり理解できます。

  問題は、やはり、パソコン通信の意見です。 所々に、楽屋落ちのような形で、読者の投書やパソコン通信の意見が紹介されるのですが、読者の投書の方は常識を弁えているのに対し、パソコン通信の書き込みの方は、罵詈雑言が荒れ狂っており、読んでいて胸が悪くなります。 ネット時代になってからも、公共掲示板などでは、人間のクズどもが勝手放題に他人を扱き下ろしていますが、パソコン通信の頃から、ろくでもない人間はうじゃうじゃいたんですねえ。 手紙と違って、気軽に書けるから、何を書いても許されると思ってるんでしょうな。 この部分、今回読み直しても、やはり気分が悪くなり、人間の理性の限界を見たような気になりました。

  ただ、この不愉快な部分も含めて、「読者の意見を取り入れながら、物語を進行させる」という実験は、見事に成功しています。 パソ通のキチガイどもに、これだけ不愉快な思いをさせられながらも、最後まで実験の方針を貫いているのはさすがです。 物語そのものの面白さより、実験の面白さの方が上回っているという点で、この実験は成功していると思うのです。 同じ実験小説でも、≪残像に口紅を≫とは次元が違う成果が得られたと見るべきでしょう。 こういう実験なら、またやって欲しいと思いますが、話に乗って来る新聞があったとしても、≪朝のガスパール≫を読んでいる読者の方が萎縮してしまって、優等生的な意見しか寄せて来ないかもしれませんな。


≪細菌人間≫ 00年
  この本は、1960年代に書かれた少年向けSFの内、単行本や文庫に未収録だった作品を集めて、2000年に発行された物です。 少年サンデーに掲載された物が二本ありますが、その頃の漫画誌は、小説も載せていたんですね。

  いずれも、アイデア、構成ともにしっかりしていて、読み始めると終わりまで一気に走り抜けてしまいます。 ただ、あくまで少年向けであり、作家としての勝負作品ではないので、筒井さんらしさはほとんどありません。 他のSF作家の作品集だといっても、分からないんじゃないかと思います。 もっとも、筒井さんの作品だからこそ、こういう形で纏め直して出版できるわけですが。


≪パプリカ アニメ版≫
  これは、小説ではないんですが、DVDを借りてきたので、ついでに感想を書いておきます。

  一言で言って、こりゃ良くないですな。 確か、去年の封切り前に、ベネチア映画祭に出品して、観客の受けは良かったものの、賞は取れなかったというニュースを読みましたが、いくらヨーロッパの映画人に変わり者が多いといっても、これに賞は出せないでしょう。

  原作は決してつまらない話ではなく、読み応えたっぷりの本格長編SFです。 しかし、それはあくまで小説の話。 アニメにすると聞いた時、「パプリカは、アニメのヒロインとしては、地味すぎるのではなかろうか?」と危惧したとおり、掴み所が無い不完全燃焼なヒロインになっていました。 物語は、原作より簡素化されていましたが、一番ゴチャゴチャした部分だけ抜き出してあるので、原作を読んでいない見手は、とうてい話の設定が呑み込めないと思います。

  ネット上の批評を見ると、アニメ・ファン達が涙ぐましい努力で必死の分析を試みていますが、このアニメだけ見て、≪パプリカ≫の世界を理解するのは不可能です。 しかし、アニメ・ファンの読書能力では、あの長い小説を読みきれないと思いますから、結局、「分からん話」で突き放されてしまう事でしょう。 原作を読んでいる者だけが、部分的に楽しめるというアニメなのです。

  このアニメを見ていると、今敏監督がいまひとつ乗り気でないのが、そこかしこに見て取れます。 パプリカがアニメ・ヒロイン向けでない為に、感情移入が出来ずじまいだったのではありますまいか? 時間は90分ですが、120分くらいまでゆとりを持って、パプリカが夢探偵をするエピソードを増やせば、もっと親しみ易いヒロインになったと思います。

  アニメ・ファンとして細かい事を言わせてもらえば、キャラクター・デザインも微妙。 デッサンは極上レベルにうまいのですが、些か写実的過ぎて、却って弊害が出ています。 パプリカが妖精になって飛ぶ場面がありますが、羽根が可愛らしいのに対し、体つきが大人の女そのもので、どうにもアンバランスなのです。 あくまで微妙な所で、おかしいと言われなければ気にしない人も多いと思いますが、もうちょっとデフォルメしてしまっても良かったんじゃないでしょうか。

  貶してばかりいますが、オープニングやパプリカが空を落下するシーン、それにエンディングの音楽などは大変宜しいです。 この音楽は、麻薬並の魅力がありますな。