2008/12/07

ビッグ3

  アメリカの自動車ビッグ3が、糞味噌に叩かれているようです。 経営難で、年内にも倒産しかねない窮地に陥り、公的資金の援助を取り付けようと政府に泣き付いたものの、議会も国民も冷淡で、「いっそ、潰してしまえ」という声も大っぴらに出ているとか。

  ビッグ3の社長達が最初に議会に呼ばれた時に、三人ともそれぞれ社用ジェット機でワシントンに乗りつけた事が問題になり、「普通の旅客機で出来れば2万円で済むものを、200万円もかかる社用ジェットで来やがって、政府に金をくれとは、太え了見だ!」と、滅多苦多に批判されたそうです。 無理も無い……。 更に、「てめーら三人の中で、今すぐ社用ジェットを売り払って、帰りは旅客機で帰るって野郎は手を挙げやがれ」と訊かれて、三人ともムスーッと押し黙ってしまったとか。 そんなに、旅客機で帰るのが嫌かね?

  糅てて加えて、「今支援してくれないと、もっとひどい事になる。 この支援策が一番コストが安いはずだ」などと高飛車な言い方をしたものだから、聞いている方に怒るなというのが無理難題。 借金しに来た奴が、「俺に金を貸さないと、自殺するぜ。 それでもいいのかい?」と脅しているのと同じです。 アメリカ社会では、謙虚さは必ずしも美徳とは見做されませんが、ふんぞり返って無心するのは、さすが非常識というものでしょう。

  で、議会だけでなく、この公聴会の映像をテレビで見た国民までが、「こりゃ、莫大な借金を頼みに来た人間の取る態度じゃねーな」と呆れ果ててしまい、雲行き大いに怪しくなったと見たビッグ3社長連は、デトロイトに帰るや、すぐさま社用ジェットを処分し、二回目の公聴会には、それぞれ自社製の低燃費車を自分で運転してやって来たとか。 何時間もかけて……。 極端だな。 普通に旅客機で来ればいいじゃん。 世間と感覚がズレて来ると、やる事なす事みな極端に振れ始めるものですが、完全にそのパターンに嵌まっていますな。

  衰えたといっても、自動車生産は未だにアメリカの基幹産業で、大量の労働者を養っていますから、潰れたりしたら、国中たちまち失業者の海となり、一気呵成に大恐慌へ落ち込んでいく可能性があります。 アメリカ政府としては、否でも応でも、公的資金で支えざるを得ないでしょう。 しかし、不景気が続く限り、自動車の売れ行きが回復する事は考えにくいですから、支援したところで、結局倒産して、投入した資金がパーになってしまう恐れも充分にあります。 前門の虎・後門の狼、生き残れるかどうかは運任せという所でしょうか。

  ビッグ3の言い分としては、「金融危機を引き起こした張本人である金融業界には公的資金を投入して助けてやるのに、実業に励んできた自動車業界を助けられないという法はあるまい」と考えたわけです。 これは、理屈が通っています。 しかし、それを言い出せば、潰れかけている企業は、すべて公的資金の支援を受けられるという事になり、どんな放漫経営をしようが、潰れる企業は一社もなくなってしまいます。 規模が違うというだけであって、GMだって、場末の零細工場だって、一民間企業である点に変わりはありませんから。

  問題の核は、「公的資金を民間企業の救済に使う」という、そこにあるのです。 金融機関を税金で救おうなどと考えたのが間違いです。 本来、資本主義の原則に則れば、経営が行き詰った企業は潰れるのが当然であって、政府が助けるなどルール違反もいい所です。 それが金融機関であれ自動車会社であれ、また、先に大恐慌が待っていようがいまいが、です。 資本主義の総本山とも言うべきアメリカで、今そのルール違反を犯しているのだから、奇妙といえば奇妙な光景ではありませんか。 それは、≪ニュー・ディール政策≫同様、社会主義のルールでしょうに。 金融機関に例外を認めてしまったから、自動車業界が、「俺も俺も!」と縋りついて来たのであって、ここで自動車業界を支援してしまったら、他の業種もみんな公的資金を当てにして押しかけて来るのは目に見えています。 蜘蛛の糸に群がる地獄の亡者だね。

  ビッグ3が公聴会で訴えた事の中に、「省エネ・カー開発に力を注いで、会社を建て直す方針」というのがありましたが、なーにを、テケトーな事を言ってるだか! それこそ、獲らぬ狸の皮算用の王道ではありませんか! 省エネ・カーが、そうホイホイと出来るわけがありません。 今までだって、少なからぬ資金を投入して省エネ・カー開発を行なって来たのに、出来た車といえば、まやかしハイブリッド・カーと、へろへろ電気自動車だけ。 これからは潰れかけて綱渡り状態になるというのに、もっといい省エネ・カーを開発できると思う方が異常です。

  飲む・打つ・買うで身上潰した遊び人が、借金を頼みに来て、「返済はきちんとします。 これからは、心を入れ替えて、真っ当な職に就くつもりですから」と言っているようなもの。 あくまで、「つもり」なのであって、まだ就職などしていないにも拘らず、金を借して欲しい一心で、相手の耳に聞こえがいいセリフをポンポン吐くのです。 金に困った奴の言う事は、みんな同じだねえ。

  とにかく、ビッグ3にとって厳しいのは、車が売れないという現況ですな。 なぜ、売れなくなったのか? 金融危機だからか? いや、それだけではないでしょう。 必要な物だったら、金融危機だろうが大恐慌だろうが、買わないでは暮らせますまい。 車が、≪い・ら・な・い≫物だから、金融危機で真っ先に、購入中止リストのトップに書き込まれてしまったのです。 いや、≪いらない≫というと語弊がありますか。 正確に言えば、≪買わなくてもよい≫物なんですな。 少なくとも、今現在、車を持っていれば、わざわざこの時期に買い換える必要は無いというわけです。

  ビッグ3だけでなく、日本メーカーなどの外車も、アメリカ国内での販売が激減しているのを見ると、アメリカ人が車の購入そのものを、「無駄!」と考えるようになった様相が覗えます。 今までは、「生活必需品」、「無くてはならない足」と見做していたのが、180度とは言わないまでも、90度くらい方向転換したんですな。 アメリカは自動車とともに発展してきた社会ですが、T型フォードからこっち、嗜好が変わった事はあっても、車の購入を無駄だと考えた事は一度も無かったのですから、今回は画期的転換点と言えます。

  今まで、不景気になったり、ガソリン代が値上がりしたりすると、燃費の悪いアメリカ車から、燃費の良い小型外国車に乗り換える需要が発生し、外国メーカーにはむしろ追い風になったものですが、今回は、その乗り換えすら起きていない点も注目に値します。 アメリカ車の不人気が度を越した為に、中古車市場で値崩れが起き、売りたくても売れなくなってしまった様子。 大型車を処分できなければ、小型車を買う事も出来ないわけだ。 また、高騰していたガソリン価格が、世界経済の縮小で急落した為に、燃費が悪い車でも、使い続けるのに抵抗が無くなった点も大きいです。

  日本メーカーは、円高で輸出車が利益を出せなくなってしまった上に、乗り換え需要の当てが外れてしまい、ダブル・パンチを喰らっています。 私としては、今までも経営が思わしくなかったビッグ3の危機より、飛ぶ鳥落す勢いでGMを追い上げていたトヨタが呆気なく失速した事の方が驚きです。 まあ、確かに、レクサスのような車は、不景気に出番は無いですわなあ。 ウォン安の韓国車はそれほどでもないと思うんですが、日本国内で報道されないので、よく分かりません。 中国やインドのメーカーは、アメリカ市場に出るなら、日本メーカーがコケている今がチャンスだと思いますが、車は販売網を構築しなければ売りようがないので、実際には難しいかもしれませんな。


  ビッグ3の事を随分ボロクソに書いて来ましたが、じつは私、アメリカ車は、嫌いではありません。 80年代頃には、嫌いな時期もありましたが、90年代以降は、おしなべて敬意を抱いています。 どこが良いのかというと、デザインです。 80年代のアメリカ車は、ヨーロッパ車を真似たような車が多かったんですが、90年代以降、独自性を取り戻し、アメリカらしいデザインが次々に登場して来ました。 GMの≪セビル≫、≪CTS≫、≪ポンティアックG8≫、フォードの≪トーラス≫、≪フォーカス≫、クライスラーの≪300M≫、≪クロス・ファイア≫、≪PTクルーザー≫等々、アメリカ人の感性がそのま形になっている所が素晴らしい。 日本車がいつまでたっても、ヨーロッパ車のデザイン要素を継ぎ接ぎしたキメラである事を思うと、「これが、自分達のデザインだ」と言えるものを持っているアメリカ人は大変羨ましいです。

  そういえば、ビッグ3を貶すのに、「燃費が悪い大型車ばかり作って来た」という言葉を使う人が多いですが、アメリカ人が自省して言うのならともかく、外国人にはそんな事を言う資格が無いので、口を慎むべきでしょう。 まるで、ビッグ3が、自国市場の需要を根本的に読み違えたかのような言い草ですが、今回の経営難は、専ら金融危機の影響によるもので、アメリカ車も外車も一緒くたにコケているのですから、大型車か小型車かという二択の問題ではありません。

  ちなみに言えば、ビッグ3も、小型車はちゃんと作っています。 しかも、80年代からずっとです。 しかし、それらの小型車は、決して販売の主流にならないのです。 なぜなら、アメリカ人は、大型車が好きだからです。 そうなんですよ、大きい方が好きなんですよ。 何かを作ろうとした時、好きか嫌いかという問題は、売れるか売れないかよりも優先されます。 嫌いな物を作っても、どうせいい物は出来ませんから。

  アメリカの映画やドラマを見れば分かるように、使われる車両は、ほとんどアメリカ車です。 金持ちの象徴としてヨーロッパ車が使われる事もありますが、アメリカは道路の幅も建物の敷地もだだっ広い為に、ベンツやBMWでもチンケに見えます。 広い所にポツンを置かれると、フェラーリなど、ミニカーのように感じられるから不思議なもの。 日本車なんぞ問題外で、女・子供の乗る車として買われているというのが実情です。 実際問題、アメリカ人の平均身長を考えれば、大人の男性が日本車に乗り込むのは、相当無理があるのは、ちょっと想像してみただけでも分かる事。

  アメリカ人は、収入が多くて、ガソリン価格が低ければ、なるべく大型車に乗りたいのです。 大きくて不便な事など何もありません。 広い道路では、むしろ小さい車の方が、運転していて不安を感じます。 そもそも、アメリカン・ドリームの辿り着く先が、チンケな小型車であろうはずがありますまい。 だから、ビッグ3は、昔から大型車の開発に力を入れて来たのです。 もし、小型車が好きなら、そちらにエネルギーを投入するはずで、日本車が入り込む余地なんか無かったでしょう。


  今回の世界的な自動車販売数の減少で、つくづく思いましたが、やっぱり、車というのは、人間生活の必需品ではなかったんですな。 無ければ無いで、どうにかなるんですよ。 「楽をしたい」とか、「金持ちぶりたい」とか、そういった下らない理由で買われていたわけだ、今までは。 家電製品が飽和してしまい、規格の変更で無理やり買い替えさせる以外に、販売量を増やす方法が無くなってから久しいですが、とうとう自動車も、限界点を超えたわけだ。 自動車が富の象徴から失墜した後、社会の価値観がどちらへ向かっていくのか、興味深くはありますが、そんなゆとりもなく、失業して生活に困窮する人々が世界中に溢れそうで、些かならず恐ろしいものがあります。