2009/01/04

ガザ

  イスラエルのガザに対する攻撃が始まった時、「なんだってまた、こんな年末年始のおめでたい時期に戦争なんて・・・」と思った人も多かろうと思います。 しかし、それは極めて日本人的な発想でして、ユダヤ教でも、イスラム教でも、年末年始は単なる西暦年の切り替わりに過ぎず、宗教的・習俗的な意味は全くないです。 実は、世界中で、西暦の一月始めを正月として祝うのは、日本だけだという話もあります。 日本を除く東アジアでは正月は旧暦ですし、イスラム圏は独自の暦法を使っているから、一年の計り方からして違いますし、キリスト教圏では、祝うのはクリスマスであって、一月一日には、商業的な≪カウント・ダウン・パーティー≫くらいしかやりません。

  そんな話はどうでもいいとして、ガザ情勢ですな。 イスラエルの攻撃によって、日々続々と死者が増えており、アメリカ政府以外の外国からは、「即時停戦!」の呼びかけが引きも切りません。 「とにかく、イスラエルに攻撃をやめさせよう。 話はそれからだ」という、他人同士の喧嘩に出くわした通行人が示すような反応を見せています。

  しかし・・・、パレスチナ情勢に関する限り、「話はそれからだ」というのはまるで見当外れの発想です。 なぜというに、話し合いは、もう何十年もの間、散々行なわれて来たからです。 イスラエルにしてみれば、「話は終わった。 後は実行あるのみだ」と決断して攻撃を始めたに相違なく、外国に意見されてホイホイやめるような浅い覚悟ではありますまい。 アメリカ政府がイスラエル側についている関係で、またぞろ、フランス大統領が仲裁にしゃしゃり出て、どうにかして目立とうとしていますが、スケベ根性は大概にして、家で寝てろよ、猿誇示よ。 おまえのような部外者に何が出来るというのだね? 侵略国家の成れの果ての分際で、国際社会の御意見番を気取ろうなど、ぬけぬけ図々しいにも程がある。

  アメリカ政府は、「まず、ハマスがイスラエルに対するロケット弾攻撃をやめるべし」と言っています。 ああ、ハマスというのは、もとは団体の名前でしたが、今は実質的なガザ地区の政府を指します。 パレスチナ自治区は、2007年以降、急進派ハマスが支配するガザと、穏健派ファタハが支配するヨルダン川西岸の二つに分裂してしまい、互いに独立した政府を持つようになりました。 イスラエルが敵と見做しているのはハマスの方で、ファタハとは、まだ話し合いのパイプが保たれています。

  アメリカの言い分は、一見イスラエル寄りの偏った意見のように聞こえますが、今回の紛争の直接原因は、ハマスのロケット弾攻撃にあるので、冷静に考えれば、別に無茶な事を言っているわけではありません。 少なくとも、「とりあえずやめさせよう。 話はそれからだ」などという、全然事情が分かっていない通行人どもよりは、事の経緯に通じていると言うべきでしょう。

  ハマスが、なぜイスラエルに対してロケット弾攻撃を続けて来たのかというと、ハマスという組織が、イスラエルの生存権を認めていないからに外なりません。 「生存権を認めていない」という遠まわしな言い方だとピンと来ないかも知れませんが、つまり、最終目標をイスラエル殲滅に置いているという事です。 イスラエルという国が、パレスチナから消滅するまで軍事的な攻撃を続けるという事です。 ハマスは、パレスチナ人の間で民主的に選ばれた政権ですが、イスラエル殲滅をマニフェストに掲げて選挙に勝ったようなものなので、攻撃を続ける事が、パレスチナ民衆から与えられた使命なわけです。 イスラエルにしてみても、自分の国を滅ぼそうとしている組織が相手なのですから、話し合いの余地など全く無いわけです。

  一方、ヨルダン川西岸を治めているファタハは、「イスラエルと住み分けて、領土が半分でも、独立国家を持てればよい」という辺りに目標を置いています。 だから、イスラエルは、「ファタハとなら、話が出来る」と考えているわけですな。 ただし、ファタハは、2006年のパレスチナ立法評議会選挙で、ハマスに負けており、ヨルダン川西岸地区に限ったとしても、民主的に選ばれた政権とは言えません。 もし、今、ヨルダン川西岸だけで選挙をやっても、ファタハが勝てるどうか怪しいくらいです。

  ハマスのロケット弾攻撃に対して、イスラエルの反撃が段違いに激しいので、外から見ると、イスラエルがいじめているようにしか見えませんが、理由もなくいじめているのではないという事は頭に入れておかなければなりません。 ハマスは、国際社会に同情を求め、イスラエルを批難するように仕向けようとしていますが、それも対イスラエル戦の策略の一つであって、「私達は平和な暮らしを望んでいるのに、凶暴なイスラエルが攻めて来るのです」というわけでは全然ないので、よーく念頭に刻んでおくべきです。

  その辺の事情が分かっていれば、イスラエル大使館の前に集まって、「即時てーせーん!」なんてシュプレヒコールなんか上げる気になれないと思うんですが、ありゃ一体、どういう人達なんですかねえ。 「一般民衆に被害者を出すなーっ!」 はあ、そうですか。 でもねえ、ハマスを選んだのは、パレスチナの一般民衆だよ。 一般民衆が、「イスラエル滅ぼすべし!」と願っているんだから、戦闘が続くのは致し方ないでしょう。 現にハマス側も、ロケット弾攻撃をやめるつもりは一切無いようで、「何を差し置いても平和を望んでいる」というわけではないです。

  「子供達に罪は無ーい!」 ほほう、なるほど。 それはそうですが、子供はいつまでも子供じゃないですよ。 今回のイスラエルの攻撃で死亡した子供達が、もし生きていて大人になったとしても、やはり、ハマスを選ぶとは思いませんか。 そういう仮想の話はしないとしても、イスラエルが反撃して来るのが分かりきっているのに、ハマスを選んだ親達の責任はどうなるのか、シュプレヒコール隊に、そこの所を聞いてみたいものです。


  と、ここまでは、最近二三年の推移だけを分析した見方。 ここからは、ぐーっと遠い過去まで振り返って見た時の話になります。

  大義名分を遡って考えれば、イスラエルが現在の土地に建国したのは、間違いだったとしか言いようがありません。 元はといえば、同地域を植民地にしていたイギリスが、第一次大戦中、ユダヤ人からの資金支援を見返りに、ユダヤ人の中のシオニストと呼ばれる団体に対して、パレスチナでのユダヤ人国家建設を許したのが始まりです。 それ以前には、パレスチナにはユダヤ人が8万人くらいしかいなかったのですが、イスラエル建国後、欧米を中心に世界中から続々と集まって来て、数度の戦争を経て領土を拡大し、先住のパレスチナ人を駆逐、もしくは支配して、今に至ります。

  イスラエルの建国は、パレスチナ人の許可を得たわけではなく、パレスチナ人側からすれば、侵略以外の何ものでもありません。 原因を作ったイギリスも、よくもまあ、こんな勝手な事に見て見ぬふりが出来たものです。 侵略なのですから、自動的にパレスチナ側には、反撃してイスラエルを滅ぼす権利が生じます。 名分上は、パレスチナ側が土地の正当な持ち主なのですから。

  イスラエル側にも言い分はあり、「この土地はもともとは、ユダヤ人の王国だったのであって、イスラム教徒の方が後から入って来たのだ。 正当な持ち主はユダヤ人だ」と説きます。 しかし、古代国家まで遡るのなら、ユダヤ人王国が出来る前にも、他の民族が同地に住んでいたのであり、なぜユダヤ人だけが正当な持ち主なのか、筋が通りません。 ちなみに、古代にユダヤ人がこの地にやってきた時には、先住民を殺し捲り、ほとんどの民族を一人も残さず絶滅させています。 旧約聖書にうんざりするほどしつこく書いてあるので、ユダヤ人はみなそれを知っているはずですが、罪の意識は全く抱いていないようで、むしろ民族の栄光の一部と見做しているようです。

  そもそも、古代ユダヤ人国家を滅ぼしたのはイスラム教徒ではないのですから、パレスチナ人にしてみれば、ユダヤ人に圧迫される謂れなど全く無いのであって、イスラエルの建国は天から降ってきた災厄としか言いようがないのです。 ハマスがイスラエル殲滅を目標にしているのは、その点、正当な考え方だといえます。 イスラエル側が、それを納得して受け入れるわけはないですが。


  た・だ・ね・え・・・、物事には、方法や手順というものがありまして、ハマスが無計画、且つ準備不足のまま、イスラエルと戦っているのは否定できません。 イスラエル軍と比較した時、笑ってしまうような微々たる戦力しか持っていないのです。 武器らしい武器は、自動小銃、機関銃、迫撃砲、手榴弾までがせいぜいのところで、野砲や戦車などの重火器は皆無。 飛行機や艦船は拝むべくもありません。 以前一度、大量の爆薬を仕掛けて、イスラエルのメルカバ戦車を吹っ飛ばした事がありますが、そんな素人っぽい戦法を取っている所を見ると、対戦車ロケットすら、ほとんど持っていないと思われます。 イスラエルへ撃ち込んでいる長距離ロケット弾は、誘導ができるわけではないので、軍隊を相手にした時、戦力としてはゼロに近いです。

  この点、同じ急進派でも、レバノンのヒズボラとは天地の差があります。 金回りが違うんですな。 ヒズボラはシーア派である関係上、イランから資金援助を受けていて、イラン製の武器も持っています。 2006年にイスラエルが越境攻撃して来た時には、対戦車ミサイルをドカドカ撃って、戦車や戦闘兵車を何十両も破壊し、実質的に撃退してしまいました。 前にも書きましたが、現在の地上戦では、戦車を始めとする車両型兵器は、対戦車ミサイルや対戦車ロケットの、いい標的にされてしまうのです。 そういえば、ヒズボラは対艦ミサイルまで持っていて、イスラエルの駆逐艦に一発命中させて、引き上げざるを得なくさせたという実績もあります。

  ハマスも、イスラエルと戦う気なら、最低限、対戦車ミサイル/ロケットはふんだんに使えるくらい揃えておかなければ話になりますまい。 同じ歩兵兵器でも、自動小銃や手榴弾では戦車に全く敵いませんが、対戦車ミサイル/ロケットがあれば、戦車部隊を相手に互角以上の戦いが出来るのです。 いかに強力なイスラエル軍でも、戦車部隊を潰されてしまえば、後は歩兵しかいないわけで、歩兵同士ならどちらも同じ能力です。 一見些細な事のようですが、武器の種類は、戦争の形勢を確実に左右します。 ハマスのやり方を見ていると、どうも精神主義で勝とうとしているようですが、いかんなあ、もう百年以上前から、精神主義で勝てる戦争なんてないですぜ。

  とりあえず、ここは一旦、ロケット弾攻撃を中止して、イスラエル側から反撃の大義名分を奪うべきでしょう。 その後はどうするかとうと、イスラエル殲滅を目標に掲げている限り、見通しがあまりにもシビアなので、アドバイスのしようがないのですが、強いて言うなら、イスラエルとの軍事衝突を避けつつ、軍資金を溜めるしかないですな。 雌伏してイスラエル殲滅の機会を覗っているだけなら、イスラエルは攻撃してこないでしょう。 とにかく、金が無ければ何も出来ません。

  その上で、時間を味方につけるのが望ましいです。 本気でイスラエルを滅ぼすつもりなら、ハマスだけでは到底不可能で、アラブ諸国の力を結集しなければなりません。 第四次中東戦争以降、アラブ諸国が対イスラエル戦をやめてしまった最大の理由は、イスラエルが危機に陥るとアメリカが駆け付けるという構図がはっきりしてしまったからです。 「アラブ諸国全体で戦えば、イスラエルを滅ぼす事は可能だ。 だが、アメリカがイスラエルの支援に出て来るのでは、何回戦っても勝てない」と諦めてしまったのです。

  しかし、アメリカの軍事力はいつまでも世界一ではありません。 アメリカより強い国が一国でも出てくれば、アメリカが国外で軍事行動を起こす自由は著しく制限されます。 臥薪嘗胆して、その時を待てば、ハマスと、ハマスを支持するパレスチナ民衆の望みが叶う事も夢ではありません。 現状で戦っても、潰されるだけであって、民族の命をドブに捨てるようなものです。 そんな事は、誰も望んではいますまい。

  だけどねえ、こういう長期的な計画というのは、優れた指導者がいないと、なかなか民衆に浸透しないんですよねえ。 カリスマ性があって、民衆の絶大な支持を集めている人が、「今は戦う時ではない。 社会を安定させて力を貯えよう」と説けば、みんなついて来ます。 しかし、それほどの影響力を持ち合わせていない指導者だと、民衆の支持を失わないようにする為には、民衆の望む事を、そのまま実行するしかないのです。 たとえ、それが無謀であろうが、自殺行為であろうが……。 民主主義とは残酷なものですな。


  一方、イスラエル側へのアドバイスですが、ガザ地区の統治に未練が無いなら、エジプトと話し合って、エジプトとガザ地区の国境線を全面開放してしまうのが良いと思います。 つまり、実質的に、ガザ地区を、エジプトの一部にしてしまうのです。 国境が開いていれば、ガザの一般民衆は、徐々にエジプト社会に溶け込んで行って、イスラエル殲滅への意欲は減退していくものと思われます。

  エジプト人も、パレスチナ人も、同じアラブ民族なのですから、「生まれ育った土地でアラブ人として堂々と暮らせるなら、帰属する国がどこでも文句はない」という人も少なくないと思うのです。 本当なら、≪パレスチナのガザ地区≫であるのが望ましいけれど、それが駄目なら、≪イスラエルのガザ地区≫であるよりは、≪エジプトのガザ地区≫である方が、ずっとマシなのではありますまいか。

  イスラエルは、「国境を開くと、エジプト経由でガザに軍事物資が運び込まれ、ハマスを強化してしまうかもしれない」と警戒しているんでしょうが、たとえ、ハマスは折れなくても、民衆を生活に満足させてしまえば、急進派への支持は確実に減ります。 北風より太陽ですよ。


  もっとも、この種の他人の目線で見た解決策は、当事者からすると、「問題外」と片付けられてしまいがちなんですよねえ。 当事者には、そんな簡単に考え方を切り替えられない、深刻な事情があるのものです。 遠い国に住んでいる者が思いを致せるのは、このくらいが限度ですな。