2009/04/26

あぶれ組

  景気悪化の影響が身辺に及ぶこと着々たるものがあり、いつの間にか私も、世界不況の桧舞台に躍り出てしまいました。 しかも、主役ですよ、主役! もっとも、この場合、主役は世界中に何億人といるわけですが。

  私の勤め先は、典型的な製造業の工場なのですが、今まで、早番と遅番の二直体制で操業していたのが、四月半ばから、一直になってしまいました。 よく、テレビ・ニュースや新聞記事で、「○○メーカーは、生産量の減少に伴い、国内の全工場で一直化を進め・・・」などと、お気楽に表現してくれちゃっていますが、ほんとに意味分かって言っとるんかいのう?

  二直が一直になるという事は、単純に計算して、工場の人員が、半分要らなくなるという事です。  実際には、ライン・タクト、つまり、生産ラインが流れるスピードの事ですが、それを速くして、その分、工程数を増やし、あぶれた人員を吸収しますが、それでも、全体の三割近くは仕事を失います。 大きい工場だと、三千人とか五千人とか働いているのも珍しくありませんから、その三割が遊休人員になるという事が、どれだけ重大な異変か、門外漢でも想像できようというもの。

  家電メーカーなどは、二直の一直化に留まらず、工場の統廃合まで、ザクザクと進めてしまいましたが、話に聞くのは他人事、実際に体験するのは大ごとでして、単に働き口が確保できればいいというものではなく、勤め先が変わるとなれば、生活のほぼ全てが激変します。 家から通えるのか、寮に入らなければならないのか、場合によってはビジネス・ホテル暮らしか、下手すればアパートに雑魚寝か。 住居一つとっても、膨大な量の難題が一挙に押し寄せてくる事になります。

  また、別工場に移れば、今までして来たのと同じ仕事があるわけは無いので、新しい仕事を一から覚えなければなりません。 役付きだった人達も、ヒラからやり直し。 十歳以上若い上司の下に付き、「君(クン)」付けで呼ばれて、手取り足取り、仕事を教えてもらわなければなりません。 とりわけ、出世コースをひた走っていた人達は、プライドが高いので、こういう過去のキャリアを無視されるような扱いには耐えられません。 会社から、「辞めてくれ」と言われなくても、環境の変化に対応しきれずに、半分近くが自ら辞表を書きます。

  機械設備ですら、買い手が現れなければ、移設先が無いまま朽ち果てるのみですが、私生活を引きずって生きている人間が、「ほい、あっち行け」、「やれ、こっちに来い」などと言われても、そうそう身軽に対応できるものではありません。 飛行機に乗らなければ帰って来れないような遠くの工場に行かされた日には、目も当てられないです。 家族とも離れ離れで、満足な食事も取れず、健康状態は悪化、気分も落ち込んで、いとも容易に鬱病にかかります。 挙句の果ては、自殺者予備軍。 人生が変わってしまうのですよ。 工場が閉鎖されるというのは、そういう事なんですな。


  一般論はこのくらいにして、現在の私の状況ですが、一直化に伴い、ラインから外され、あぶれ組に入ってしまいした。 やばいで、こりゃ・・・。 最初は、「外れるといっても、工程を担当しなくなるだけで、ラインの中で検査のような仕事をやり、一ヶ月交代で工程に戻れる」という話だったんですが、いざ一直になってみると、完全にラインから引き剥がされて、≪品質改善部門≫という全く別の部署に組み入れられてしまいました。 話が違うじゃん! まったく、いい加減な!

  この品質改善部門、私の所属部署だけでも、百人くらいいるんですが、それが全員、あぶれ組です。 全社では、千人近くに上るに違いありません。 その内の半分くらいがヒラで、残りの半分が管理職。 ライン作業に必要なのはヒラの作業者でして、管理職は最も多くあぶれているため、こういう比率になるようです。 ≪品質改善部門≫という名前は付いていますが、実際には、あぶれ組に格好ばかりの仕事を与えるのが目的の、≪容れ物≫部署に過ぎません。 

  品質改善部門は、いくつかの班に分かれており、私が入れられたのは、製品に付く汚れを減らす、≪汚れ班≫です。 そんな仕事、やった事ないっすよ! そもそも、二直体制の時には、そんな班は存在しなかったわけで、本来は必要ない仕事なんですな。 それが証拠に、活動開始以来、二週間経ちましたが、何の成果も上げていないにも拘らず、どこからも文句が来ません。

  特に今週の後半など、私の日課と言ったら、詰め所に籠もって、他の人がやっているパソコンの入力作業を、傍から見ているだけでした。 時折、あからさまに居眠り扱いていましたが、それを見ている周りの人達も、仕事をやっているフリをしている者ばかりだったので、注意一つ受けませんでした。 もし、「こら、おまえ! 何しに会社に来ているんだ! 仕事をしろ!」と言われたら、「じゃあ、ラインに戻して下さい」と答えるだけです。 みんな。それが分かっているから、何も言わないのです。

  むしろ、あぶれ組にバリバリ仕事をやられては困るのですよ。 たとえば、汚れ班だったら、最終的な成果は、ライン作業者に汚れを出さないような作業方法を指導する事ですが、作業者というのは、汚れだけに気をつけて働いているのではないのであって、まず、製品を作るのが第一、次いで、その速さ、作業忘れをなくす事、キズをつけない事などが続き、汚れなどは、ずーっと重要度が低くなります。 だって、汚れは、拭けばとれるものね。 それを、「作業内容を変更してでも、汚れを無くしてくれ」なんて、強く言えないでしょう? そう考えて来ると、汚れ対策専従班なんてものが存在する事自体がおかしいのですよ。

  この班は8人ほどいるんですが、ヒラと管理職の比率は、やはり半々。 管理職が一つの班の中に4人もいると、どうなるか? 「船頭多くして船山に登る」とは、よく言ったもので、何をするか決める時に、方針が決まりません。 めいめい勝手に意見を述べて、人の言う事など聞かず、バラバラに動きます。 各工程に出向いて、作業を観察し、チェック表を作るのですが、これがまた、人によって書き方が全部違うと来たもんだ。 「まず、書式を統一してから、調査を始めたらどんなもんですかね?」というような、至極当然の事を、遠回しに匂わせても、もちろん、耳を貸す人はいません。 お山の大将だった人というのは、とにかく、自分の意見が一番正しいと思っているので、他人の指図では動きたくないのです。

  更に凄いのが、メンバー間の陰口です。 ほとんどが互いに面識が無かった人達なんですが、おとなしくしていたのは最初の三日くらいで、人間関係に慣れて来ると、休んでいる人や、その場にいない人を魚にして、悪口を並べ立てるようになりました。 自分があぶれ組に堕ちた惨めさを、より惨めな者を貶める事で紛らわせよとしているのでしょう。 もう、ボロクソな人格攻撃を繰り広げます。 一応、その場にいる人優先という事で割り切って、私も適当に相槌を打ってますが、正直言わせてもらうと、別段遺恨も無い人の陰口なんざ、やめた方がいいですぜ。 そんな事をしていたら、自分がより惨めになるだけなんじゃないの?


  会社のカレンダーでは、ゴールデン・ウイークの前に、来週、月火と出勤日あるのですが、あまりにもやる事が少ないので、その二日間、有休を取ってしまう事にしました。 つまり、この土日から5月5日まで、11日連休という事になります。 家にいても、やる事は無いんですが、会社に行って遊んでいるよりはマシでしょう。 私は、どちらかというと怠け者の方ですが、さすがに、喜々として給料泥棒するほど性根が腐ってはいません。 こういう境遇になってしまった以上、「なるようになれ」とは思っていますが、「遊んでいて給料貰えるなら、その方がおいしいではないか」と考えるようになったら、人間失格してしまいそうではありませんか。

  一直化した直後、5月中旬から二直に戻る話や、社内の別工場へ応援に行く話などが出ましたが、いずれも噂の域を出ず、二週間経った現在、両方とも否定されて、今度は6月下旬からの親会社への応援話が浮上して来ました。 二直に戻る方に期待を掛けていた人が多かったので、ガックリという感じです。 他工場への応援なんて、できれば行きたくないのです。 一時的にせよ、人一人が住居を変えるというのは、本当に大変な事だからです。 親会社への応援の場合、年齢や健康状態の制限があるので、私は行かないで済む可能性が高いのですが、それはそれで、まだ数ヶ月間、このあぶれ状態が続く事を意味するわけで、やはり歓迎できる事ではありません。 やれやれ・・・。


  テレビを見ていると、「景気は底を打ちつつある」などと軽々しく口にしている人がいますが、何を根拠にそういう事を言っているのか、見当も付きません。 輸出産業の現場感覚では、事態は悪くなる一方です。 景気底打ちの証拠として、「在庫調整が進み、休業日の数が減っている」などと報じている番組もありましたが、調査不足から来る、的外れな分析ですな。 五月以降は、確かに休業日が減りますが、代わりに時短で毎日早引けするのであって、実働時間は変わらないのです。 輸出が回復しないのに、生産量が増えるわけねーだろ、バカタレ! 作った物をどこへ捌くんじゃい? 埠頭に雨曝しで並べとくのか?

  G7にしてからがそうですが、現段階では景気が回復するはずがないのに、「もう回復する。 その内、回復する」って言わない方がいいと思いますぜ。 日本のバブル崩壊の後が、全く同じだったではありませんか。 大勢のエコノミストが、機会さえあれば、同じセリフを口にしていました。 でも、10年以上、回復しなかったのです。

  「市場経済は信用で動くものだから、人々に希望を感じさせれば、それが呼び水となって、実際の景気も回復してくる」という計算で、民衆を導こうとしているのでしょうが、バブルというのは、本来、≪無い≫ものを、人々が、≪ある≫と思い込んでいたのが、結局、≪無い≫と分かった為に、崩壊したわけですから、今更、≪ある≫かのように吹聴しても、実際には、≪無い≫事をみんな知ってしまっているわけで、いくら言葉で唆しても、もう騙せないでしょう。