2009/03/15

CD八倒

  事の発端は、二週間ほど前、図書館で、かれこれ15年ぶりに、クラシックのCDを借りた事でした。 チャイコフスキーの、≪白鳥の湖≫です。 半年くらい前に、テレビで、チャイコフスキーの曲の特徴を紹介する番組をやったのを、たまたま見て、「ふ~ん」程度の興味を持ったんですが、二週間前のその日、ふとその気になって、図書館のCDコーナーへ行ってみたのです。

  私の住んでいる自治体の図書館は、クラシックは大抵の物が、その他のジャンルでも、名作に数えられているような曲なら、かなりの数が揃っています。 もちろん、無料。 15年くらい前に、「どうせタダだし、クラシック音楽も、聴いてみれば面白いのかもしれないな」と思って、有名どころの作曲家のものだけ、30枚くらい聴いた事があったのです。 30枚聴いて分かったのは、「モーツアルトは、確かに天才だ」という事と、「ショパンやドビュッシーの音楽は、現代に繋がっている」という二点だけ。 悪い印象が残る経験ではありませんでしたが、それ以降、耳が遠のいてしまい、今に至りました。

  んで、今回、つまり二週間前ですが、≪白鳥の湖≫を借りて来て聴いてみた所、ちっとも面白くないのです。 そればかりか、15年前にも同じCDを借りていて、「チャイコフスキーは、つまらないな」と切り捨ててしまった記憶まで蘇ってくる始末。 しかし、一曲で判断するのはサンプルが少な過ぎると思い直し、次の週には、≪くるみ割り人形≫を借りてみました。

  これが素晴らしかった! 特に後ろの方がグレイト! 聴いた事があるメロディーが、続々と出てくるのです。 作られたのは百年以上前ですが、以来現在に至るまで、映画・ドラマ・CMなどで延々と使われて続けて来たんですな。 なるほど、チャイコフスキーの偉大さが漸く分かりました。 本来の意味では、こういうのを世界遺産と呼ぶべきなのではありますまいか。 忘れ去られ、廃墟と化した遺跡などではなく。


  いや、別にチャイコフスキーを称賛するのが、今回のテーマではないのです。 問題はその後に発生したのです。 「うーむ、これはもしかすると、まだまだ知らない名曲があるのではなかろうか。 どうせタダなんだし、しばらくCDを借りまくって、聴き倒してみるか」などと、思いついてしまったのです。 ここの所、仕事は閑になるのに対し、あらゆる趣味に行き詰り、やる事が無くて困っていたので、ホイホイその気になってしまったんですな。 それが、地獄を招こうとは、お釈迦様でも気付くまいて。

  何かを始めようとする時の私によく起こるパターンですが、「家で聴くだけでは、時間が限られているから、通勤中や仕事中にも聴けないだろうか」と、欲を出してしまったのです。 「携帯用のプレーヤーを入手すれば、どこでも聴けるではないか。 いひひひ!」と。 たぶん、何かしら、道具を買いたかったんでしょう。 今時の若い者は、何をやるにも道具から入ろうとする。 私は若くありませんが、軽薄さに於いては、永遠の20代ですから、致し方ないといえば致し方ない。 ただの愚か者だといえば、愚か者です。


  まず考えたのは、フラッシュ・メモリー式の音楽プレーヤーを買おうという計画。 名前が一定しておらず、≪デジタル・オーディオ・プレーヤー≫とか、≪MP3プレーヤー≫とか呼ばれているようです。 代表格は、アップル社の≪iPod≫ですが、あれは私には高過ぎます。 ソニーの≪デジタル・ウォークマン≫でも、まだ高い。 メーカーに拘らず、安い物なら、ネットで千円台から売っています。 再生時間の長い乾電池式にしても、2000円くらい。 データ入れ替えは、パソコンを通して行なうらしいです。

  ところが、私のパソコンのCDドライブが壊れている事が分かって、いきなり躓きました。 前にデータ書き込みをしようとして失敗し、そのまま何年も放置して来たのですが、久しぶりに使おうとしたら、扉すら開かないのです。 二日間くらい、しつこく何度もトライしていたら、扉は開くようになりましたが、音楽CDを入れても、自動再生してくれません。 こりゃ駄目だわ。 内臓ドライブをそっくり替えるしかありませんが、何千円するか分かりません。 メモリー・プレーヤーも買わなければならないのに、そんな出費は出来ないと思い、一気にやる気が失せました。

  次に考えたのが、携帯用CDプレーヤーを買ってしまうという手。 この手なら、借りて来たCDを直接入れられるので、ダビングやデータ入れ替えの手間がかかりません。 値段は、安いものは1000円くらいからありますが、それらは乾電池式で重く、軽い充電式だと、8000円台になります。 重さよりも更に重大な欠点は、その大きさです。 若い頃、「CDプレーヤーは携帯するには大き過ぎる」と言って、バッグに入れて持ち歩いている人さえ小馬鹿にしていた私が、それを首に掛けるのはいかがなものか? オッサンの特権で開き直るにしても、人前で見せられるもんじゃないですわなあ。 進んで見せる予定もありませんが、たまたま見られてしまった時の軽蔑の視線が怖い。

  CDプレーヤーを台の上に置き、そこから電波を飛ばしたらどうかとも考えましたが、ワイヤレス・ヘッドホンという製品があるにはあるものの、そんなに小さな物ではない上に、一番安いものでも4000円近くするという事を知り、スパッと諦めました。 だから、私の今回の計画の予算は、大体5000円くらいなのですよ。 今までの経験からして、一つの趣味がそんなに長続きするはずがないのであって、大枚注ぎ込むわけにはいかんのです。 

  やむなく、メモリー・プレーヤー案に戻り、パソコンのCDドライブを交換する事を考えましたが、詳しく調べてみると、もはやCDドライブの時代ではなく、DVDのマルチ・ドライブでも大して値段が違わない様子。 一番安いので、4000円くらい。 DVDドライブが手に入れば、CDを再生する以外にも、いろいろと使い道があるのは事実ですが、パソコンの本体をバラさなければならないので、開けてみなければ、交換できるかどうか分かりません。 「買って来て付けたはいいが、作動しなかった」では、金をドブに捨てる事になります。 外付けなら安心だし、使い勝手もいいですが、その代わり、値段が高くなる、置く場所が無い、接続するにもパソコンのUSBポートに空きが無い、と障碍も多いです。


  と、ここで、根本的な問題点に気付きました。 「仕事中に音楽を聴くのは、やはりまずいのではなかろうか?」と・・・。 うーむ、あまりにも根本的ですな。 なんで今まで、それに気付かなかったんだろう。 不景気で、いつリストラされるか分からないのに、耳にヘッドホンを着けて、仕事なんてしてた日には、上司のお覚えがめでたいわけがありません。 バレなきゃいいかな? いや、両耳に着けていれば、やはり目立つでしょう。 インナー・イヤー型ならあまり目立ちませんが、動きが激しいと、簡単に外れてしまいそうです。

  仕事中、1日8時間聴きっ放しというのも、どういうものか。 電池がもっても、CDの中身に飽きてしまったらどうするのか? 毎日図書館に寄るわけにもいきますまい。 一週間に一度しか入れ替えをしないというなら、CDプレーヤーを使う利点は減り、メモリー・プレーヤーにダビングした方が、軽く小さくなります。 しかし、いずれにせよ、一週間それを繰り返し聴いていて、楽しいかどうかという疑問は残ります。

  通勤時、バイクに乗っている時だけ聴くようにした方が良いかもしれませんが、運転中は運転中で、事故の危険性が高まるのはまずいです。 また、ヘッドホンをしてヘルメットをかぶれるのかどうか、それも未確認の問題です。 眼鏡ですら外れる事があるのに、ヘッドホンが引っ掛からないはずがないという気もします。 ヘッドホン付きヘルメットというのがあるらしいですけど・・・、だーから、そんな物まで買うような大それた計画じゃないのよ。

  更に脱線し、「DVDドライブを買うなら、パソコンでDVDが見れるな~」と思ったのがまずかった。 いつのまにか、クラシック音楽を聴く計画など消し飛んで、「どの映画ソフトを買うか」などと、あさっての事を検討している自分を発見し、どっと噴き出す冷や汗。 映画ソフトなんて、安くても3000円以上するのであって、三枚も買えば、万冊が飛んでしまいます。 何を考えとんねん? 安く上げるつもりで、あれこれ調べていたのではなかったのか? やっている事が、ぐちゃぐちゃでんがな。


  でねー、この一週間、そんな事ばかり、ぐるぐる堂々巡りしながら、考え続けているわけですよ。 私は当人だから何とも思わないけど、この様子を傍から見たら、最初は爆笑し、やがて変質者を見る目に変わり、最後には病院に通報するでしょうな。 まったく、人間の執着というのは、恐ろしいものだて。

  煮詰まると、藁にもすがるようになります。 大昔に使っていた、携帯カセット・プレーヤーを引っ張り出して、電源を繋いでみましたが、モーターが全く回りませんでした。 20年も死蔵して来たのだから、無理もないか。 これで、最も安上がりな携帯プレーヤー獲得の道は断たれました。 それにしても、このアイワのカセット・プレーヤー、今売っているソニーのカセット・ウォークマンに比べると、実に緻密に作られています。 精密機械ですよ。 メカトロ技術が頂点を窮めたバブル時代の奇跡とでも言いましょうか。 その後、携帯カセット・プレーヤーの世界では、明らかに、技術の後退現象が起きたものと思われます。

  内臓ドライブ交換計画のために、パソコンもバラしてみました。 モニターの後ろから本体を取り出して、蓋を開け、ドライブを見てみました。 全く分からん。 分かったのは、「どうやら、接続方式がDVDドライブとは違うらしい」という事だけ。 ドライブそのものを分解するところまで行かず、埃だけ飛ばして、元に戻しました。 もちろん、そんな事で、直るわけはありません。

  それどころか、元に戻した後、パソコンを起動したら、ファンの辺りから、ガラガラという異音が発生! 埃を飛ばしたのがいけなかったに違いありません。 幸い、しばらくすると音は小さくなりましたが、入ってはいけない所に埃が入ってしまったのは疑いなく、もはや、いつ壊れるか分かったもんじゃありません。 冗談じゃねーっすよ。 余計な事して、パソコンを壊してしまったのでは、泣きっ面に蜂ではありませんか。 と言いつつ、新しいパソコンの吟味を始めてしまい、「マウス・コンピューターなら、4万円くらいで、同等性能のが買えるな~」などと算盤弾いているから、我ながら、何やっとんだか。 クラシック音楽はどこへ行った?

  結局、戻って来たのは、最も現実的な方法である、携帯CDプレーヤーを新たに買うこと。 仕事中に聴くか聴かぬかはさておくとして、工夫次第では、通勤中に聴けるかもしれないと思い直したのです。 耳たぶに引っ掛けるフックがついたヘッドホンなら、ヘルメットをかぶれるかもしれません。 ただし、眼鏡の蔓とフックが二重に掛かる事になるので、耳が相当痛くなる可能性あり。 このフック付きヘッドホンというのは、有名メーカーの製品だと千円以上しますが、実は100円ショップにも売っています。 使った事が無いので、どっちがいいのか、どっちも悪いのか、何も分かりません。

  そういえば、ヘッドホンの呼称ですが、私が若い頃には、ヘッドバンド式の大きな物を「ヘッドホン」、耳の穴の入口に納まるくらいの小さな物を「ミニホン」、と呼び分けていました。 ところが、今は、大きさに関係なく、みんなヘッドホンと言うらしいですな。 ≪インナー・イヤー式≫とか、≪カナル式≫とか、いろいろあって、いとをかし。 買っている方が、どこまで区別できているのか怪しいですが。

  内臓ドライブについて、その後、知った事があります。 内臓ドライブの接続方式には二種類があり、それぞれの機種に、シリアルATA用とATAPI用の2タイプが用意されているらしいのです。 私のパソコンの壊れたドライブは、ATAPIの方。 店で見てみると、確かに、ATAPI用のDVDマルチ・ドライブというのがありました。 そういう事情なら、交換できる可能性が高いですな。

  でも、この時点で既に、携帯CDプレーヤーの方に傾いていたので、今更ドライブの交換をする意味は無くなっていました。 用が無くても、壊れている物を直したくなるのは人情ですが、使わなければまた壊れるに決まっているので、やはりやめた方がいいでしょう。 とにかく、今回の計画の目的は、出先でクラシック音楽を聴く事なんだから、ドライブの件は、また別の機会に考えろっつーのよ。


  でねー、ここまで懊悩した結果、携帯CDプレーヤーを買ったのかというと、まだ買ってないんですよ。 ある事に気付いて、計画そのものにストップがかかってしまったのです。

  それは、クラシック音楽は、雑音の無い所で、それだけに集中して聴かないと、良さが分からないという事です。  草木も眠る丑三つ時、床に潜り、ヘッドホンをして聞いてこそ、その素晴らしさが伝わるんですな。 特に、オーケストラ曲のように、楽器によって音の大小に差がある場合、静かな環境で聴かないと、小さな楽器の繊細さが分かりません。 

  クラシック音楽は、BGMにはならないんですな。 無理やり、そうしてしまっている人も多いと思いますが、9割方の魅力を捨ててしまっているんじゃないでしょうか。 自分自身が演奏しているようなつもりになって、「どうやったら、こんなに巧く弾けるんだろう」といった具合に、積極的に鑑賞するようにしないと、面白さが分からないんですな。 ポップスなどは、BGMとして聞けますが、あれは、歌詞が存在するのが大きな理由でして、カラオケだけ聴くと、さほどいいと思わないでしょう。 しかし、演奏技術に興味を抱いていれば、カラオケだけでも充分聴けます。 クラシック音楽も、それと同じ理屈です。

  さて、それに気付いてしまうと、この計画の全てが、音を立てて崩壊していくわけですわ。 通勤中はもちろん、仕事中も、周囲は雑音の渦です。 しかも、通勤中は運転に気を取られますし、仕事中は仕事に気を取られますから、音楽に集中など出来るはずがありません。 また、≪ながら聴き≫をしても、鑑賞が出来ないので、どこが良いのか伝わらず、あれこれ準備して聴くだけ無駄だという事になります。 会社で聴くとしたら、休み時間と昼休みしかないですが、それでは読書も昼寝も出来なくなってしまいます。 駄目じゃん、それじゃー!


  とまあ、こんな具合に、ざんざん悩んだ挙句、ぽしゃったわけです。 笑ってやって下さいな。 何十年も生きて来て、まだこんな不様な醜態を曝すんですねえ。 もしかしたら、私は、最初から無理がある事に気付いていたのに、ただ単に、「何か新しい電気製品を買いたい」という欲望に突き動かされて、七転八倒を繰り返して来たのかもしれませんな。 それはそれで、やはり人間的な完成度の低さを露呈していますけど。

  これからは、つまらぬ考えは捨て、眠る前のひと時に集中して、こつこつと、クラシック音楽を聴いて行く事にします。