2010/09/26

ツッパリ・ハイリスク

  岩手応援が近づいていて、対応しなければならない事柄が無数にあったので、時事問題などにかかずらわっている余裕など無いと思っていたのですが、ようやく釈放されたようなので、ちょっと書いておきましょう。 目下 最大のニュース、中国漁船拿捕、船長拘留事件の事です。


  この件について、私が第一報を知ったのは、中国のポータル・サイトで、「釣魚島近海で、日本の海上保安庁の巡視船が、中国の漁船に体当たりして来た」 というニュースでした。 それを読んでも、「ほう」 としか思わなかったのですが、なぜ驚かなかったかというと、以前、日本のある報道番組で、「海保は、玄界灘で韓国の密漁船を取り締まるのに、巡視船で漁船に体当たりをしている」 という特集をやっているのを見ていたからです。 別にスクープ扱いでも何でもなく、日常的にそういうやり方をしているという、単なる業務内容の紹介でした。

  漁船が損傷するのはもちろんですが、巡視船の方も、船体に裂け目が出来ている様子が映され、海保の人間が、「仕方が無い」 とコメントしていました。 私は、「恐ろしい取り締まり方もあったもんだ」 と呆れたのを覚えています。 漁船も巡視船も、沈没したら、船内にいる者は確実に脱出できるとは限りません。 下手をすれば死者が出かねない、極めて危険な取り締まり方です。

  たぶん、銃撃すると問題になるので、「ならば、ぶつけて捕まえよう」 という発想なのでしょうが、何とも、子供っぽいというか、野蛮というか、そんな事をするくらいなら、いっそ取り締りなどやめた方が良いと思わせるような、低劣さを感じました。 もし、自分の乗っている巡視船の方が沈没してしまったら、どうするつもりなんでしょうねえ? そこまで、考えてないんでしょうか。

  そもそも、巡視船を役所の物品だと思っているから、そんな乱暴な扱いができるのであって、もし、自分が買った船だったら、体当たりなんか絶対しないでしょう。 接舷するのでさえ、疵をつけないように気を使うと思います。 穴が開いた船体は、当然、修理が必要なわけですが、一体いくらかかる事やら。 でも、役所の経費で直すから、ぶつけている当人は、痛くも痒くも無いわけだ。

  また、別の番組ですが、こんなのもありました。 韓国に興味があって韓国語を習った青年が、身につけた語学を活かす為に海保に就職し、拿捕した密漁船の乗組員を、日夜 韓国語で尋問しているという内容。 その取り調べの様子が映されていましたが、まあ、今にも殴り掛からんばかりの剣幕で、背筋が凍るような光景でした。 そういう仕事と言ってしまえば、それまでですが、正直感じたのは、「この男、こんな事をするために、わざわざ外国語を習ったのか・・・」 という、呆れでした。

  ちなみに、私が、映画、≪海猿≫を見たのは、それらの番組を見たのより後になりますが、海保に対して、漠然と、「粗野な連中」 というイメージがあったので、映画のヒーロー的描き方には、苦笑してしまいました。 確かに、「あつい奴ら」 ではあると思いますが、≪篤い≫ではなく、単に≪熱い≫の方でしょう。 海保というのは、一般人には馴染みが薄くて、どういう人間がいるのか想像しにくいですが、業務の内容から考えて、自衛隊よりは、警察に近いと思います。 交通違反で捕まった時に見られる、警官の態度を思い起こしてみれば、大体、感じが掴めるんじゃないでしょうか。


  さて、今回の事件に話を戻しますが、中国では、「海保の巡視船が、中国漁船に体当たりして来た」 と報道され、日本では、「中国漁船が、海保の巡視船に衝突して来た」 と報道していました。 言っている事が、全く逆ですな。 ちなみに、≪衝突する≫は、自動詞なので、「衝突して来た」 という言い方はおかしいです。 他動詞を使った上で目的語を補い、「船をぶつけて来た」 にするか、どうしても、≪衝突≫という言葉を使いたいなら、「船を衝突させて来た」 と言うべき。 しかし、それはこの際、どうでも宜しい。

  日本のマスコミは、海保の発表を伝えたわけですが、中国のマスコミが、どうやって事件の経緯を知ったかは不明です。 しかし、日本経由の情報だとしたら、内容の逆転が起こる理由が考えにくいので、もしかしたら、当の漁船か、その僚船から、無線連絡を受けたのかも知れません。 中国のマスコミだけでなく、中国政府も、最後まで、「日本側が体当たりして来た」 という見解を貫いていたので、その点に関しては、自信があったのでしょう。

  翻って、日本側です。 日本のマスコミは、独自の検証能力が無いので、海保の発表をそのまま伝えたに過ぎません。 日本政府も、同様です。 海保の言い分を信じるしかないわけです。 しかし、上述したように、海保では、体当たりによる取り締まりを日常業務にしている所もあるわけでして、果たして、「漁船の方が衝突して来た」 という報告を鵜呑みにできるものかどうか、大いに疑問です。

  たとえば、学校で、年中 クラスメートを突き飛ばしてばかりいる生徒がいたとします。 突き飛ばすのが挨拶のようなもので、悪い事だとは、ちっとも思っていないのです。 その生徒が、第三者が見ていない所で喧嘩を起こし、「先に、向こうが突き飛ばして来た」 と主張したとして、果たして、信じて貰えるでしょうか。 もし、私が裁定するとしたら、限りなく黒に近い灰色、つまり、その生徒が嘘を言っていると考えます。 証明する方法が無いので、処罰はできませんが、心象は、ほとんど黒です。

  海保側は、「証拠のビデオが録れたので、逮捕に踏み切った」 と言っていますが、陸上の交通事故と違って、タイヤ痕が残るわけではありませんし、二隻の船以外に対象物がありませんから、どちらがどちらにぶつけたかを、ビデオ映像から判断するのは、無理があると思います。 素人目には、自船の舳先を相手の船の舷側に当てている方がぶつけているように見えますが、ぶつけるつもりが無いのに、相手側が進行方向を塞いだために、そういう形になって衝突したとも考えられ、やはり、判定はできません。 ちなみに、GPSは、海上では誤差が大きいですし、データの改竄も可能です。

  海保は、漁船を拿捕して来てすぐに、港の沖で巡視船と漁船を使って、事件の再現検証をやっていましたが、どうもタイミングが早過ぎて、胡散臭いです。 現場で撮影したビデオ映像の説得力が低いと思って、撮り直しをしていたとも疑えます。 こう言うと、些か糞味噌っぽいですが、海保でも、警察でも、検察でも、今の日本の捜査関係者を、どこまで信用できるものですかねえ。 何をやっているか、分かったものではありません。 未だに、証拠ビデオは公表されていませんが、船長の拘留を引き伸ばしていたのは、映像の捏造や、GPSデータの改竄をする時間を稼いでいたとも疑えます。 少なくとも、例の改竄検事なら、涼しい顔でそんな工作をやってのけそうですな。


  ここまで書いて来て、今頃 言うのもなんですが、この事件の中心点は、「どちらがぶつけたか」 ではありません。 「どこで起こったか」 が重大で、更に言えば、「係争地域で起こった、外交上 非常にデリケートな事件であるにも拘わらず、海保が外国漁船を拿捕して来てしまった」 という点が最も重要です。

  「漁船が衝突して来たから」 といのが、その判断の決め手だったと言っていますが、たとえ、漁船側がぶつけて来たという海保の主張が事実だとしても、漁船側からでは、見方が異なります。 「自分の国の領海内で操業をしていたのに、外国の巡視船が接近・肉薄して来たので、逃げようとしたら、追いかけて来た。 その間の縺れ合いで、船同士がぶつかった」 という認識ではないでしょうか。

  ほとんどの日本人が理解できていないと思われるのは、中国側から見れば、「漁船が操業していたのは、中国の領海であり、日本の海保の取り締まりを受ける謂れは、全く無い」 という点です。 この事を、何回 説明しても、日本では、理解されないでしょう。 「犯罪者は捕まって当然だ」 と思っていますから。 密漁船や海賊と一緒くたにしている人も、存外 多いんじゃないでしょうか。 しかし、漁船の船長は、中国の国内法に対しては何ら違反をしていないのです。 「(領海侵犯して)接近して来た外国の巡視船から、自分の船を守っただけ」 なんですな。

  日本側から見れば、現場を自国の領海と捉えているので、「取り締まるのは当然」 という事になりますが、今回初めて こういう事件が起きたという事は、今までは、それをやって来なかったという事です。 なぜやって来なかったか? 言わずと知れた事、現場が係争地域だという認識があり、「拿捕するのは、まずい」 という判断が働いていたからでしょう。

  ところが、今回は、それをしてしまった。 最終的な逮捕の判断は、内閣改造前の国交相が下したらしいですが、まさか、こんな大事になるとは、思いもしなかったのでしょう。 自分の判断に自信を持っていたはずです。 たとえ、その時、頭がカッと熱くなって、冷静さなどどこかへ吹っ飛んでいたとしても、「自分の判断は正しいに決まってる」 と思っていたに違いありません。 しかし、正しくなかったんですな。 正しい判断だったのなら、こんな恐ろしい情況を招くはずがありませんから。

  どちらがぶつけたか云々は問題の焦点にならず、結果的に残ったのは、「日本の官憲が、中国人の船長を逮捕し、拘留し続けている」 という事実だけ。 この問題は、正しい正しくない、ではなく、双方の主張がぶつかっている点に根があるわけで、それぞれの立場に立てば、どちらも正しいという事になり、永遠に解決しません。


「国内法に則って、粛々と対処する」

  うーむ・・・、「毅然とした態度で」 以来の、反吐が出るようなセリフですな。 日本政府は、この説明を壊れたレコードのように繰り返しましたが、今回ほど、政府の無能さを痛感した事はありません。 正直に言いなさいよ。 つまり、何にも考えてなかったんでしょう? 前半は、民主党の総裁選挙で、外交問題など眼中に無かったのは、否定のしようがない事実。 後半になって、中国政府に引く気が全く無い事が分かってからも同じコメントを繰り返していたのは、どうしていいか分からず、他に言う言葉が無かっただけでしょう。 

「国内法に則って、粛々と対処する」

  あのねえ、国内法が通用しない事件だから、問題が起こっているのよ。 それを、「国内法に則って」 なんて言ったって、解決するわけないでしょうが。 むしろ、「国際法に則って」 と言った方が、まだ説得力があります。 もっとも、二国間の係争地での事件に適用できる、国際法があればの話ですが。

  マスコミもマスコミで、今に始まった事ではないとはいえ、頓珍漢な見方ばかりして、まあ、笑ってしまいましたよ。 最初の頃、新聞に出ていた解説記事が、印象深くて、忘れられないね。 その記事の執筆者に言わせると、「両国ともに、国民に対する面子でツッパリあっているが、本音はどちらも、経済関係に影響が出ないように、早期の収拾を願っている」 というものでした。 いかにも、客観的な観察者が皮肉を利かせたという感じの穿った見方でした。

  白状すると、私も一瞬、その楽観論に便乗したいと思いました。 しかし、事件発生からそれまでの中国側の反応の敏感さを見て、「こんな事は今までになかった事だ。 軽く見ていると、どえらい大問題になるぞ」 と、動揺するほど心配していたので、とても、本気で信じる気にはなれませんでした。 案の定、事態は悪化の一方。 こういう時は、自分の予測が中るのが恨めしい。

  その後も、マスコミは、民主党総裁選や、内閣改造、検察特捜部の証拠改竄事件などをトップ・ニュースにしていましたが、そんな事件は、対中関係の悪化に比べたら、日本社会に及ぼす影響は、ゼロに等しいです。 「恐ろしい事態が進行している」 とは誰もが感じていたものの、下手にコメントすると、非国民扱いされて吊るし上げられるので、言えなかったんでしょう。 物言えば、唇寒し。 まったく、戦争にでもなれば、挙って御用マスコミ化するのは、請け合いですな。


  感覚的には分かっていても、理屈では分かってない人が多いようですが、日本経済の対中依存度は、非常に高いのであって、もし、経済関係が断絶するような事になったら、日本経済は、一瞬で崩壊します。 そうですなあ、譬えて言えば、大きな刃物で、縦でも横でも、体の半分をザクッと切り取られるようなものですかねえ。 対する中国側は、日本との関係が全て切れても、せいぜい、片手の肘から先を失うくらいのものです。 成長力の違いから見て、その手も、すぐに再生するでしょう。 一方、日本が即死なのは、言うまでもありません。 日本側は、まだまだ対等のつもりでいますが、経済力の差は歴然と存在します。

「中国側も、日本の技術を必要としている」

  このセリフも、耳にタコが出来るくらい聞かされましたが・・・・、馬っ鹿だねえ。 もう、そんな時代ではないですよ。 「日本には、外国にない高度技術がある」 と思っているのは、今や、日本人だけです。 一体、何を根拠に言っているのやら、とんと分かりません。 どの分野の話ですか? 教えて下さいな。 私は、一応、工業関係者ですが、そんな分野、見当もつきませんよ。 そんな凄い技術があったら、世界シェアがどんどん落ちるなんて事態は起きていないと思いますがねえ。 せいぜい、井の中の蛙的学者・技術者が言っているか、さもなければ、文系の技術音痴どもの妄想でしょう。


  話を戻しましょう。 今回の、船長釈放決定に対して、「筋を通せ」 だの、「外交的敗北だ」 だの、考え足らずな戯言を口にしている者がうようよいますが、そういう連中には、この間の日中関係の緊張で失われた経済的損失を、全額 弁償して貰えばいいと思います。 一体、何十億消えた事やら。 今後のぎくしゃくの余韻を考えると、最終的には、数百億の損害になるんじゃないでしょうか。

  わははは! 信じられんな。 海保と前国交相の判断一つで、数百億円が露と消えたんですよ。 全く、信じられん。 当人達に弁償させましょうか。 いや、政府に判断力があれば、中国が抗議し始めた時点で、すぐに釈放するという対応もありえたわけだから、政府全体の責任か。

  だからねー、夜中に大使を呼び出すなんて、その時点で、もう、腹の底から激怒している証拠なんですよ。 それを伝えたいから、夜中に呼び出したんですよ。 ところが、日本側は、依然として、「国内法に則って粛々と」 です。 正に、話にならん。 寝ていたようなものです。 無視していれば、中国側が引くと思ってたんですかね? 船長を人質に取られた格好になっている中国側が、引くわけないでしょうが。

  ワイド・ショーに巣食う、自称 識者のコメンテーターどもがまた、「大使を夜中に呼び出すのは屈辱的だ」 なんてほざいてましたが、アホらしいから、彼らの事は無視しましょう。 勝手に言っとれ。 大方、戦争がしたくて、うずうずしているんでしょう。 そうなったら、彼らが先頭に立って、弾除けになってくれるに違いありません。 期待しているぞ、君達!


  今回の釈放は、恐らく、経済界から与党に対して、「いいかげんにしてくれ」 と強い抗議が行った結果だと思います。 中国に進出している企業にしてみれば、追い出される可能性が日増しに高まり、生きた心地がしなかったでしょう。 政府が単独で判断できたとは思えません。 むしろ、延々とツッパリ続けるつもりだったんじゃないでしょうか。 政府に要求を出せるとしたら、政治家の財布を握っている経済界か、アメリカだけですが、もしかしたら、両方から、「いいかげんにせい」 と言われたのかも知れませんな。 アメリカも、いろいろと問題を抱えていて、こんな下らない事件で、中国と事を構えるわけにはいかんのですよ。

  政府は、「那覇地検の判断」 と言っていて、またぞろ、そこを突付いて、「地検が外交判断をするのは、越権行為だ」 とか、「政府は説明責任を果たせ」 とか非難している者がうじゃうじゃいますが、どーでもいいわ、そんな立前。 大体、検察特捜部が証拠を改竄する国で、越権行為がナンボのもんじゃい。 とりあえず、釈放してしまえば、日中関係に突き刺さった最大の棘が抜けます。 その方が一億倍 重要です。 棘を抜かなきゃ、傷を治す事もできません。

  だけど、日本政府の対応の、異常なまでの遅さは、今後も悪影響をひきずると思いますぜ。 中国政府が日本に対して、これだけ怒ったというのは、私の知る限り、初めてです。 事件前の状態に戻るのには、相当な努力が必要なんじゃないでしょうか。 もちろん、日本側の努力です。 今回の一件で、中国はもはや日本を必要としていない事がはっきりしてしまったので、中国側が積極的に努力して対日関係を修復するとは思えないからです。

  もっとも、今の日本の政権の判断能力から見て、そういう努力をするとは、とても思えず、日中関係は、冷え込み続ける一方なのではないかという暗い予感もチラチラしています。 だからといって、他の政党が政権をとってもねえ・・・。 ここ10年くらいの日本の政府には、努力して政策を実現したという例が見当たりません。 舵取りをしているのではなく、流れのままに漂っている感じがします。 もはや、政治には、何もできる事が無くなったという事でしょうか。