映画批評④
なんだか、映画批評のブログになってしまった観がありますが、映画ばかり見ていると、他の事に興味が向かず、書くものも映画の感想ばかりになってしまうのは、致し方ないところ。 別に、手抜きしてるわけじゃないんですよ。 キーを叩くのがうんざりするほど、感想を書いているんですから。
見る本数の方が多いため、一回に10本分だと、いつまでたっても、紹介しきれません。 で、今回から、15本分にしようかと思ったんですが、一本当りの感想が、徐々に長くなる傾向があり、15本では、途中で読み飽きられてしまう危険性が高いので、やはり、10本にしておきました。
くれぐれも断っておきますが、私の映画評は、かなり辛いので、気に入っている映画を貶されたくない方は、ご遠慮下さい。
≪ゴースト・ライト≫ 2006年 ドイツ・イギリス
うーむ、これは、よく出来たホラーですわ。 軽薄な作品名だったので、期待していなかったんですが、思わぬ拾い物となりました。 原題は、≪ハーフ・ライト≫だそうで、なるほど、それなら、趣きがある。 誰だ、こんな邦題をつけたのは。
自分の不注意から幼い息子を死なせてしまった後、落ち着いた場所で執筆に専念しようと、海辺の一軒家を借りた女性小説家が、沖の小島に住む燈台守と慰めあうようになるものの、村人から、その燈台守はとうに死んでいると聞かされ、自分の正気を疑い始める話。
心霊物として見れば、そう見えるし、心霊場面は登場人物達の後ろめたさが見せた幻覚で、実は、現実的な犯罪物と見る事も可能なように、話が巧く組み立てられています。 心霊物特有の嘘臭さを回避できるので、この種の作品は、怖さとリアルさの二兎を獲られるケースが多いです。
話の出来もさる事ながら、ロケ地になっている、イギリスの海辺の景色が素晴らしいです。 岩場に草だけが生えた荒涼とした陸に、常に寒風が吹きつけ、白波が砕けているような荒れた海なのですが、撮りようによっては、こんなに美しく見えるんですねえ。
無理に難を挙げるなら、≪ゴースト・ニューヨークの幻≫のデミ・ムーアさんが主人公なのですが、すっかり、おばさんになってしまっていて、他の女優さんでも変わらない程度の存在感しかありません。
≪三銃士 王妃の首飾りとダ・ヴィンチの飛行船≫ 2011年 仏・米・英・独
≪バイオ・ハザード≫の監督が作ったというので、嫌~な予感がしていたのですが、その予感は外れました。 まずまず、良い出来ではありますまいか。 原作の前半を脚色した内容ですが、ストーリーが大きく逸脱する事はなく、≪三銃士≫のファンが文句を言わない程度に収まっています。
銃士隊に入るために、ガスコーニュからパリに出て来たダルタニアンが、三銃士と出会い、王と王妃のために、国政を壟断するリシュリュー枢機卿の陰謀を打ち砕かんと、女スパイ・ミレディーによって、イギリスに持ち去られた、王妃の首飾りを取り戻そうとする話。 ・・・といったところですが、結構ややこしいので、原作を読んでいない方には説明し難いです。
衣裳が凝り過ぎている事と、飛行船が出て来る点を除けば、時代考証も、そんなには、おかしくありません。 室内装飾などを大胆に創作しているため、実際の近世フランスより、明るくて華やかな雰囲気になっているのですが、見る側が創作だと承知していれば、問題無いと思います。
ミレディーを、ミラ・ジョボビッチさんがやっている他は、知っている俳優さんは見当たりません。 でも、ダルタニアンは美青年ですし、コンスタンスも、美少女とは言えませんが、そこそこ理知的な顔で、まあ、こんなもんなんじゃないでしょうか。 三銃士の面々は、外見は、原作のイメージ通りですが、ストーリー展開が駆け足なために、一人一人の個性を描ききれていないのは、ちょっと、残念なところ。
≪十七人の忍者≫ 1963年 日本
里見浩太郎さん主演の時代劇。 忍者なんですが、デンデロデンの忍術物ではなく、間者としての忍者の仕事を描いたもので、大人向けです。 二代将軍・秀忠の死に乗じて、次期将軍の座を狙う、徳川忠長一派が集めた謀反の連判状を、幕府が送り込んだ伊賀忍者17人が、駿府城から盗み出そうとする話。
冒頭から、決死の緊迫感が漲っていて、「こりゃあ、恐らく、全滅だな」と思っていたら、ほぼ、そんな結果になりました。 敵役の根来忍者が、恐るべき実力者で、たった一人で、伊賀忍者達を、ほぼ皆殺しにしてしまうのですが、いっそ、そちらを主役にして描けば、もっと面白くなったのではないかと思います。 確実に、主役より、キャラが立っている。
相手は、駿府城と駿河藩兵全員なので、実際には、17人でも全然足りないのですが、映画の登場人物としては、ちと多過ぎ。 ただの囮になるために、いとも簡単に殺されて行きますが、もう少し有効な命の捨て方があるのではないかと思ってしまいます。
この映画は、東映作品ですが、63年というと、東宝では、≪用心棒≫や、≪椿三十郎≫が作られていた頃ですな。 この映画も、モノクロです。 黒澤明作品と比較すると、見劣りするのは否めませんが、単独で評価するなら、充分に見応えがある映画だと思います。
≪ココニイルコト≫ 2001年 日本
真中瞳さん主演の、人生物。 一応、堺雅人さんが、相手役で出て来ますが、恋愛が発生するわけではないので、人生物としか分類できません。 東京の広告代理店で、上司と不倫して、大阪支社へ左遷されたコピー・ライターの女性が、そこで出会った、前向き志向の男性営業社員に勇気付けられ、立ち直っていく話。
問題は、真中瞳さんですな。 名前は聞いた事があるけれど、顔が思い浮かばず、映画を見て、「ああ、この人か」と思ったものの、依然として、何者なのかよく分からんという厄介さ。 別に、演技は下手ではなく、至って自然体ですが、もともと役者ではないせいか、表情の変化に乏しいのは、残念なところ。
ストーリーは落ち着いた展開で、各場面の描写も丁寧と、作り自体には、好感が持てます。 ただ、難病物まで絡めたのは、ちと欲張り過ぎの嫌いがあります。 男性営業社員を病気にしなくても、別に良かったんじゃないでしょうか。
主人公が、コピー・ライターなどという鼻持ちならない職業で、しかも上司と不倫して、正妻に追っ払われたという、しょーもない女なので、男性営業社員の難病が出て来てしまうと、前者が悪、後者が善に振れ過ぎて、バランスが崩れてしまうのです。 なんで、善人の男が不幸な目に遭うのと引き換えに、つまらん女が立ち直るのかと・・・。
バランスが崩れたままで終わるので、後に、もやもや感が残ります。 男性営業社員が元気になり、「きっと、この後、恋愛に発展していくんだろうなあ」と希望を持たせて終われば、いい映画になったと思うんですがね。
≪E.T. 20周年アニバーサリー特別版≫ 1982・2002年 アメリカ
私は、1982年の≪E.T.≫を見なかった珍しい男なのですが、その後のテレビ放送も、ことごとく見逃し続け、30年後の今日になって、ようやく、どんな映画か知る事になりました。 これは、2002年に作られた、リマスター版ですが、未公開場面を足して、5分長くなっただけなので、ほぼ、オリジナルと同じでしょう。
今更、あらすじを書くのもおこがましいですが・・・、地球に植物の調査に来て、一人だけ取り残された宇宙人と、彼を匿った少年、及び、その兄妹達が、拙いコミュニケーションを交わしながら、信頼と友情を育み、宇宙人が故郷に帰れるよう、協力する話。
知的生命体の宇宙人と言っても、片言の英語を覚えるところまでしか交流しないので、犬や猫を拾って来た子供の話と、基本的には大差ありません。 動物ものと異なるのは、宇宙人が、超能力を使える点でして、彼の力で自転車が空を飛ぶ場面は、あまりにも痛快で、思わず、胸が熱くなって来ます。 世界的な大ヒットは、この場面だけで稼いだと言っても過言ではないでしょう。
非常に分かり易い、シンプルなストーリーなのですが、こういう作品ほど、大当たりするのです。 頭を使うような映画は、評論家や映画ファンには好まれても、一般客には受けないんですな。
今の感覚だと、宇宙人の造形は、ちゃちく見えます。 歩き方も、オモチャみたいな感じ。 当時はまだ、CGが黎明期だったので、SFX技術では、こんなでも、最高レベルのものを使っていたんでしょう。 こういう所を批判するのは、酷か・・・。
妹役の幼い女の子が、可愛らしい顔をしていますが、なんと、後の、ドリュー・バリモアさんだとの事。 というか、当時から、ドリュー・バリモアという名前で出ていました。 たまげたな。 元子役だったとは、知りませんでした。
≪カナディアン・エクスプレス≫ 1990年 アメリカ
ジーン・ハックマンさん主演のアクション物。 この頃、すでに、結構な年齢なのですが、かなり激しいアクションをこなしています。 遠景では、スタントを使っているにしても、顔が見える場面もたくさんあるので、撮影は相当厳しかったんじゃないでしょうか。 役者は大変だわ。
ロスの判事補が、マフィアの殺人事件を目撃した女性を、証人として法廷に立たせる為に、カナダのバンクーバーへ向かう列車の中で、マフィアの殺し屋達と死闘を繰り広げる話。 たぶん、緊迫感を盛り上げる為に、閉鎖空間を作りたかったのでしょうが、なぜ、カナダなのか、なぜ、列車なのか、すんなり納得できないので、ちと、無理矢理な感じも漂っています。
とにかく、列車が狭い。 もそっと、通路が広い列車を探せなかったもんでしょうか。 この狭い列車の中で、三人の人間が、一人の人間を捜して、何時間も見つからないわけがないと思うのですが、いかがなものか。
アクションそのものは、体当りという感じで、そこそこ迫力がありますが、その点で名作になり得るようなレベルの映画ではないです。 主人公の判事補が、頼りになるのかならないのか、はっきりしないのも、マイナス。 力が強いか、頭が切れるか、どちらか一方は備えてもらわないと、安心してみていられません。
≪捜索者≫ 1956年 アメリカ
ジョン・フォード監督作品。 ジョン・ウェインさん主演。 この映画は、子供の頃に、≪○○洋画劇場≫で見た事があります。 「たぶん、それだろう」と思って、録画してみましたが、やはり、そうでした。 昔見た時には、面白かったんですが、今見ると、どうも・・・。
コマンチ人の襲撃で、弟夫婦を殺され、姪を攫われた男が、義理の甥と共に、何年もかけて、姪の行方を追う話。 姪をようやく捜し当てたら、すっかり、コマンチの人間になってしまっていたのですが、それを見て、主人公の態度が急変し、助けに来たくせに、逆に、殺そうとするところが怖いです。
この主人公、コマンチ人に対して、深い恨みがあるようなのですが、その因縁については、全く説明されていません。 見る側が想像で補うしかないわけですが、どんな解釈をするにしても、差別の臭いは消しきれないでしょう。
コマンチ側が、白人を襲う理由についても、若干触れられているものの、ほんの申し訳程度で、全体の98%くらいは、白人善玉、コマンチ悪玉を基本設定にして構想されたエピソードで埋まっています。 56年といえば、戦後11年も経った頃ですが、まだ、こんな差別意識が罷り通っていたとは、驚くやら、呆れるやら・・・。
商取引で、毛布と間違えて、コマンチ人の女性を妻として買ってしまう件りは、ジョークのノリで笑い飛ばしていますが、この女性が、その後辿った運命を見ると、全く笑えません。 この脚本を書いた人は、人の人生を、何だと思っているんでしょう? 攫われた姪などよりも、このコマンチ女性の方が、千倍気の毒です。
話は全く感心しませんが、テキサスの雄大な自然を、カラーで撮影している映像は、息を呑むような美しさです。 特に、真っ青な空を背景に、巨大な岩山の前を、小さな人間達が歩く様子は、神話の一場面を見ているかのように、圧倒的な迫力があります。
≪リオ・グランデの砦≫ 1950年 アメリカ
ジョン・フォード監督作品。 ジョン・ウェインさん主演。 メキシコ国境近くの砦に駐屯し、アパッチ人と攻防を続けている騎兵隊隊長の元に、入隊した息子と、それを連れ戻そうとする妻がやって来たり、アパッチ人に連れ去られた白人の子供達を取り戻したりする話。
≪捜索者≫同様、差別意識満載の映画なので、気を入れて見る気にならず、テケトーな梗概になってしまいましたが、隊長の身内の話と、子供達を取り戻す話は、一応関連していて、一つの物語として纏まっています。 ただし、全体的にエピソード間の結合が緩く、物語の出来は、お世辞にもよくありません。
アパッチ人との戦いは、エピソードの一種に過ぎず、この映画で監督が描きたかったのは、騎兵隊の砦における、兵士達の生活の様子であるように見受けられます。 訓練とか、喧嘩とか、合唱とか、洗濯とか、そんなもの、エトセトラ。 当然の事ながら、騎兵隊に興味が無ければ、全っ然、面白くありません。
特に指摘させてもらえば、隊長の奥さんの役は、必要無いと思うんですよ、ストーリー上ね。 隊長の息子を、危険だからと言って連れ戻しに来たら、隊内での、隊長の立場が無くなってしまうでしょうに。 ただ単に、映画会社から、「客ウケのために、ヒロインを一人出せ」と要求されて、それに従って、脚本に奥さん役を追加したという感じ。
戦いの場面は、そこそこ迫力があるものの、騎兵隊の撃つ弾ばかり当たり、アパッチ人の弾は当たらないのには、やはり、白けずにはいられません。 たまに、騎兵隊の方が死ぬと、なぜか、刺さっているのは、矢か槍・・・。 アパッチ人側も銃を撃っているのに、そんなのおかしいでしょうに。 野蛮な未開人のイメージを植えつけたくて仕方がないようです。
白黒なので、映像も、パッとしません。 ストーリーが面白くなく、テーマは分散し、映像も美しくないのでは、誉める所がありません。
≪ショコラ≫ 2000年 アメリカ
60年代頃のフランスの田舎の村で、他所から来てチョコレート店を始めた子連れ女性が、厳格なクリスチャンである村長の伯爵と対立しながら、村人と心を通わせて行く話。 有名どころでは、ジョニー・デップさんが出ていますが、ほんのちょい役でして、主人公も、伯爵も、主だった役柄は、知らない俳優さん達で占められています。
主人公の作るチョコレートには、マヤの秘法を受け継いだ、人の心を魅了する不思議な力があり、その点を取り上げて、ファンタジーに分類している映画評がありますが、それは、冒頭の掴みで騙された勘違いです。 チョコの力は、枝葉末節の設定に過ぎず、この話は、チョコが不思議であろうがなかろうが、成立します。
テーマは、「考え方を変えれば、人生をもっと良くできる」といった事でしょうか。 夫の暴力で精神を病んでいた女性や、祖母との関係がこじれていた母子、宗教的因習にとらわれていた伯爵、そして、主人公自身も、考え方を変える事で、いい結果を得ます。 よく考えてある話ですな。
ただ、映画として面白いかと言うと、話はまた違って来るわけでして、冒頭部のチョコの魔力の部分が過ぎると、中弛みを起こします。 主人公は、普通の、おせっかい焼きのおばさんになってしまい、エピソードも、ありふれた物が並んで、先を見たいと思う意欲が薄れて来ます。
中盤は、むしろ、敵役の伯爵の方が目立つ存在になります。 暴力亭主を再教育する件りで、伯爵の好感度が一気に上がるのは、面白いところ。 この伯爵、悪人のようでいて、実はそうでないという設定が、大変、巧み。 よく練られたキャラ設定ですなあ。
残念なのは、フランスの話なのに、言葉が英語だと言うこと。 出て来るフランス語は、「ボン・ジュール、マドモアゼル」だけ。 アメリカ映画なので、フランス語で撮れとは言いませんが、なぜ、英語圏の国を舞台にしなかったのか、そこが解せません。 別に、どこの国でも、問題無い話だと思いますが。
≪セカンド・バージン≫ 2011年 日本
つまらない物を見てしまった・・・。 これでも映画のつもりですか? NHKのドラマを、映画化したもの。 NHKの映画は、≪サラリーマンNEO≫だけではなかったんですねえ。 まあ、それはどうでも宜しい。
出版社で働く中年キャリア・ウーマンが、妻との生活に行き詰っていた17歳年下の男と関係を持つものの、その後、別れ、五年後にマレーシアで偶然再開した直後、男がマフィアに襲撃されて重態になってしまい、献身的に看病しながら、過去を思い出す話。
何だか、分かり難い話ですが、それもそのはずで、テレビ・シリーズの終わりの方だけを切り出し、そこに至った経緯を、回想場面で挟み込む形式を取っているので、本来、中心だった部分と、結末部分のウエイトが逆転してしまっているのです。 映画化に当たって、ストーリー展開を、相当悩んで、弄り回したのだと思いますが、ものの見事に失敗したというところ。
男の方は、最初から最後まで、ほとんど寝たきりですが、それはまだいいのです。 一番、割を喰った役は、男の妻で、出番がざっくり削られているせいで、夫の浮気相手を罵りに来た惨めな女にしか見えません。 また、これが、深田恭子さんなんだわ。 似合わねーのよ、こういう、暗い役が。
映画がどうこうという以前に、テレビ・シリーズの時点で、この主人公の役に、鈴木京香さんを持って来るというのは、センスが変なんじゃないですかね? 鈴木さんは、清純で真面目なイメージが強いので、およそ、不倫とは結びつきません。 まして、年下の男となど、話にならぬ。 もっと、相応しい役があると思うのですが・・・。
中国マフィアを悪役にしたり、マレーシアの病院にいるのに、「シンガポールの病院に運ぶ」などというセリフを主人公に言わせたり、外国に対して、随分と失礼な見方をしているのも、気にかかるところ。 映画としてのレベルが低い為に、そういう無神経な作りが、尚更、癇に障ります。
見る本数の方が多いため、一回に10本分だと、いつまでたっても、紹介しきれません。 で、今回から、15本分にしようかと思ったんですが、一本当りの感想が、徐々に長くなる傾向があり、15本では、途中で読み飽きられてしまう危険性が高いので、やはり、10本にしておきました。
くれぐれも断っておきますが、私の映画評は、かなり辛いので、気に入っている映画を貶されたくない方は、ご遠慮下さい。
≪ゴースト・ライト≫ 2006年 ドイツ・イギリス
うーむ、これは、よく出来たホラーですわ。 軽薄な作品名だったので、期待していなかったんですが、思わぬ拾い物となりました。 原題は、≪ハーフ・ライト≫だそうで、なるほど、それなら、趣きがある。 誰だ、こんな邦題をつけたのは。
自分の不注意から幼い息子を死なせてしまった後、落ち着いた場所で執筆に専念しようと、海辺の一軒家を借りた女性小説家が、沖の小島に住む燈台守と慰めあうようになるものの、村人から、その燈台守はとうに死んでいると聞かされ、自分の正気を疑い始める話。
心霊物として見れば、そう見えるし、心霊場面は登場人物達の後ろめたさが見せた幻覚で、実は、現実的な犯罪物と見る事も可能なように、話が巧く組み立てられています。 心霊物特有の嘘臭さを回避できるので、この種の作品は、怖さとリアルさの二兎を獲られるケースが多いです。
話の出来もさる事ながら、ロケ地になっている、イギリスの海辺の景色が素晴らしいです。 岩場に草だけが生えた荒涼とした陸に、常に寒風が吹きつけ、白波が砕けているような荒れた海なのですが、撮りようによっては、こんなに美しく見えるんですねえ。
無理に難を挙げるなら、≪ゴースト・ニューヨークの幻≫のデミ・ムーアさんが主人公なのですが、すっかり、おばさんになってしまっていて、他の女優さんでも変わらない程度の存在感しかありません。
≪三銃士 王妃の首飾りとダ・ヴィンチの飛行船≫ 2011年 仏・米・英・独
≪バイオ・ハザード≫の監督が作ったというので、嫌~な予感がしていたのですが、その予感は外れました。 まずまず、良い出来ではありますまいか。 原作の前半を脚色した内容ですが、ストーリーが大きく逸脱する事はなく、≪三銃士≫のファンが文句を言わない程度に収まっています。
銃士隊に入るために、ガスコーニュからパリに出て来たダルタニアンが、三銃士と出会い、王と王妃のために、国政を壟断するリシュリュー枢機卿の陰謀を打ち砕かんと、女スパイ・ミレディーによって、イギリスに持ち去られた、王妃の首飾りを取り戻そうとする話。 ・・・といったところですが、結構ややこしいので、原作を読んでいない方には説明し難いです。
衣裳が凝り過ぎている事と、飛行船が出て来る点を除けば、時代考証も、そんなには、おかしくありません。 室内装飾などを大胆に創作しているため、実際の近世フランスより、明るくて華やかな雰囲気になっているのですが、見る側が創作だと承知していれば、問題無いと思います。
ミレディーを、ミラ・ジョボビッチさんがやっている他は、知っている俳優さんは見当たりません。 でも、ダルタニアンは美青年ですし、コンスタンスも、美少女とは言えませんが、そこそこ理知的な顔で、まあ、こんなもんなんじゃないでしょうか。 三銃士の面々は、外見は、原作のイメージ通りですが、ストーリー展開が駆け足なために、一人一人の個性を描ききれていないのは、ちょっと、残念なところ。
≪十七人の忍者≫ 1963年 日本
里見浩太郎さん主演の時代劇。 忍者なんですが、デンデロデンの忍術物ではなく、間者としての忍者の仕事を描いたもので、大人向けです。 二代将軍・秀忠の死に乗じて、次期将軍の座を狙う、徳川忠長一派が集めた謀反の連判状を、幕府が送り込んだ伊賀忍者17人が、駿府城から盗み出そうとする話。
冒頭から、決死の緊迫感が漲っていて、「こりゃあ、恐らく、全滅だな」と思っていたら、ほぼ、そんな結果になりました。 敵役の根来忍者が、恐るべき実力者で、たった一人で、伊賀忍者達を、ほぼ皆殺しにしてしまうのですが、いっそ、そちらを主役にして描けば、もっと面白くなったのではないかと思います。 確実に、主役より、キャラが立っている。
相手は、駿府城と駿河藩兵全員なので、実際には、17人でも全然足りないのですが、映画の登場人物としては、ちと多過ぎ。 ただの囮になるために、いとも簡単に殺されて行きますが、もう少し有効な命の捨て方があるのではないかと思ってしまいます。
この映画は、東映作品ですが、63年というと、東宝では、≪用心棒≫や、≪椿三十郎≫が作られていた頃ですな。 この映画も、モノクロです。 黒澤明作品と比較すると、見劣りするのは否めませんが、単独で評価するなら、充分に見応えがある映画だと思います。
≪ココニイルコト≫ 2001年 日本
真中瞳さん主演の、人生物。 一応、堺雅人さんが、相手役で出て来ますが、恋愛が発生するわけではないので、人生物としか分類できません。 東京の広告代理店で、上司と不倫して、大阪支社へ左遷されたコピー・ライターの女性が、そこで出会った、前向き志向の男性営業社員に勇気付けられ、立ち直っていく話。
問題は、真中瞳さんですな。 名前は聞いた事があるけれど、顔が思い浮かばず、映画を見て、「ああ、この人か」と思ったものの、依然として、何者なのかよく分からんという厄介さ。 別に、演技は下手ではなく、至って自然体ですが、もともと役者ではないせいか、表情の変化に乏しいのは、残念なところ。
ストーリーは落ち着いた展開で、各場面の描写も丁寧と、作り自体には、好感が持てます。 ただ、難病物まで絡めたのは、ちと欲張り過ぎの嫌いがあります。 男性営業社員を病気にしなくても、別に良かったんじゃないでしょうか。
主人公が、コピー・ライターなどという鼻持ちならない職業で、しかも上司と不倫して、正妻に追っ払われたという、しょーもない女なので、男性営業社員の難病が出て来てしまうと、前者が悪、後者が善に振れ過ぎて、バランスが崩れてしまうのです。 なんで、善人の男が不幸な目に遭うのと引き換えに、つまらん女が立ち直るのかと・・・。
バランスが崩れたままで終わるので、後に、もやもや感が残ります。 男性営業社員が元気になり、「きっと、この後、恋愛に発展していくんだろうなあ」と希望を持たせて終われば、いい映画になったと思うんですがね。
≪E.T. 20周年アニバーサリー特別版≫ 1982・2002年 アメリカ
私は、1982年の≪E.T.≫を見なかった珍しい男なのですが、その後のテレビ放送も、ことごとく見逃し続け、30年後の今日になって、ようやく、どんな映画か知る事になりました。 これは、2002年に作られた、リマスター版ですが、未公開場面を足して、5分長くなっただけなので、ほぼ、オリジナルと同じでしょう。
今更、あらすじを書くのもおこがましいですが・・・、地球に植物の調査に来て、一人だけ取り残された宇宙人と、彼を匿った少年、及び、その兄妹達が、拙いコミュニケーションを交わしながら、信頼と友情を育み、宇宙人が故郷に帰れるよう、協力する話。
知的生命体の宇宙人と言っても、片言の英語を覚えるところまでしか交流しないので、犬や猫を拾って来た子供の話と、基本的には大差ありません。 動物ものと異なるのは、宇宙人が、超能力を使える点でして、彼の力で自転車が空を飛ぶ場面は、あまりにも痛快で、思わず、胸が熱くなって来ます。 世界的な大ヒットは、この場面だけで稼いだと言っても過言ではないでしょう。
非常に分かり易い、シンプルなストーリーなのですが、こういう作品ほど、大当たりするのです。 頭を使うような映画は、評論家や映画ファンには好まれても、一般客には受けないんですな。
今の感覚だと、宇宙人の造形は、ちゃちく見えます。 歩き方も、オモチャみたいな感じ。 当時はまだ、CGが黎明期だったので、SFX技術では、こんなでも、最高レベルのものを使っていたんでしょう。 こういう所を批判するのは、酷か・・・。
妹役の幼い女の子が、可愛らしい顔をしていますが、なんと、後の、ドリュー・バリモアさんだとの事。 というか、当時から、ドリュー・バリモアという名前で出ていました。 たまげたな。 元子役だったとは、知りませんでした。
≪カナディアン・エクスプレス≫ 1990年 アメリカ
ジーン・ハックマンさん主演のアクション物。 この頃、すでに、結構な年齢なのですが、かなり激しいアクションをこなしています。 遠景では、スタントを使っているにしても、顔が見える場面もたくさんあるので、撮影は相当厳しかったんじゃないでしょうか。 役者は大変だわ。
ロスの判事補が、マフィアの殺人事件を目撃した女性を、証人として法廷に立たせる為に、カナダのバンクーバーへ向かう列車の中で、マフィアの殺し屋達と死闘を繰り広げる話。 たぶん、緊迫感を盛り上げる為に、閉鎖空間を作りたかったのでしょうが、なぜ、カナダなのか、なぜ、列車なのか、すんなり納得できないので、ちと、無理矢理な感じも漂っています。
とにかく、列車が狭い。 もそっと、通路が広い列車を探せなかったもんでしょうか。 この狭い列車の中で、三人の人間が、一人の人間を捜して、何時間も見つからないわけがないと思うのですが、いかがなものか。
アクションそのものは、体当りという感じで、そこそこ迫力がありますが、その点で名作になり得るようなレベルの映画ではないです。 主人公の判事補が、頼りになるのかならないのか、はっきりしないのも、マイナス。 力が強いか、頭が切れるか、どちらか一方は備えてもらわないと、安心してみていられません。
≪捜索者≫ 1956年 アメリカ
ジョン・フォード監督作品。 ジョン・ウェインさん主演。 この映画は、子供の頃に、≪○○洋画劇場≫で見た事があります。 「たぶん、それだろう」と思って、録画してみましたが、やはり、そうでした。 昔見た時には、面白かったんですが、今見ると、どうも・・・。
コマンチ人の襲撃で、弟夫婦を殺され、姪を攫われた男が、義理の甥と共に、何年もかけて、姪の行方を追う話。 姪をようやく捜し当てたら、すっかり、コマンチの人間になってしまっていたのですが、それを見て、主人公の態度が急変し、助けに来たくせに、逆に、殺そうとするところが怖いです。
この主人公、コマンチ人に対して、深い恨みがあるようなのですが、その因縁については、全く説明されていません。 見る側が想像で補うしかないわけですが、どんな解釈をするにしても、差別の臭いは消しきれないでしょう。
コマンチ側が、白人を襲う理由についても、若干触れられているものの、ほんの申し訳程度で、全体の98%くらいは、白人善玉、コマンチ悪玉を基本設定にして構想されたエピソードで埋まっています。 56年といえば、戦後11年も経った頃ですが、まだ、こんな差別意識が罷り通っていたとは、驚くやら、呆れるやら・・・。
商取引で、毛布と間違えて、コマンチ人の女性を妻として買ってしまう件りは、ジョークのノリで笑い飛ばしていますが、この女性が、その後辿った運命を見ると、全く笑えません。 この脚本を書いた人は、人の人生を、何だと思っているんでしょう? 攫われた姪などよりも、このコマンチ女性の方が、千倍気の毒です。
話は全く感心しませんが、テキサスの雄大な自然を、カラーで撮影している映像は、息を呑むような美しさです。 特に、真っ青な空を背景に、巨大な岩山の前を、小さな人間達が歩く様子は、神話の一場面を見ているかのように、圧倒的な迫力があります。
≪リオ・グランデの砦≫ 1950年 アメリカ
ジョン・フォード監督作品。 ジョン・ウェインさん主演。 メキシコ国境近くの砦に駐屯し、アパッチ人と攻防を続けている騎兵隊隊長の元に、入隊した息子と、それを連れ戻そうとする妻がやって来たり、アパッチ人に連れ去られた白人の子供達を取り戻したりする話。
≪捜索者≫同様、差別意識満載の映画なので、気を入れて見る気にならず、テケトーな梗概になってしまいましたが、隊長の身内の話と、子供達を取り戻す話は、一応関連していて、一つの物語として纏まっています。 ただし、全体的にエピソード間の結合が緩く、物語の出来は、お世辞にもよくありません。
アパッチ人との戦いは、エピソードの一種に過ぎず、この映画で監督が描きたかったのは、騎兵隊の砦における、兵士達の生活の様子であるように見受けられます。 訓練とか、喧嘩とか、合唱とか、洗濯とか、そんなもの、エトセトラ。 当然の事ながら、騎兵隊に興味が無ければ、全っ然、面白くありません。
特に指摘させてもらえば、隊長の奥さんの役は、必要無いと思うんですよ、ストーリー上ね。 隊長の息子を、危険だからと言って連れ戻しに来たら、隊内での、隊長の立場が無くなってしまうでしょうに。 ただ単に、映画会社から、「客ウケのために、ヒロインを一人出せ」と要求されて、それに従って、脚本に奥さん役を追加したという感じ。
戦いの場面は、そこそこ迫力があるものの、騎兵隊の撃つ弾ばかり当たり、アパッチ人の弾は当たらないのには、やはり、白けずにはいられません。 たまに、騎兵隊の方が死ぬと、なぜか、刺さっているのは、矢か槍・・・。 アパッチ人側も銃を撃っているのに、そんなのおかしいでしょうに。 野蛮な未開人のイメージを植えつけたくて仕方がないようです。
白黒なので、映像も、パッとしません。 ストーリーが面白くなく、テーマは分散し、映像も美しくないのでは、誉める所がありません。
≪ショコラ≫ 2000年 アメリカ
60年代頃のフランスの田舎の村で、他所から来てチョコレート店を始めた子連れ女性が、厳格なクリスチャンである村長の伯爵と対立しながら、村人と心を通わせて行く話。 有名どころでは、ジョニー・デップさんが出ていますが、ほんのちょい役でして、主人公も、伯爵も、主だった役柄は、知らない俳優さん達で占められています。
主人公の作るチョコレートには、マヤの秘法を受け継いだ、人の心を魅了する不思議な力があり、その点を取り上げて、ファンタジーに分類している映画評がありますが、それは、冒頭の掴みで騙された勘違いです。 チョコの力は、枝葉末節の設定に過ぎず、この話は、チョコが不思議であろうがなかろうが、成立します。
テーマは、「考え方を変えれば、人生をもっと良くできる」といった事でしょうか。 夫の暴力で精神を病んでいた女性や、祖母との関係がこじれていた母子、宗教的因習にとらわれていた伯爵、そして、主人公自身も、考え方を変える事で、いい結果を得ます。 よく考えてある話ですな。
ただ、映画として面白いかと言うと、話はまた違って来るわけでして、冒頭部のチョコの魔力の部分が過ぎると、中弛みを起こします。 主人公は、普通の、おせっかい焼きのおばさんになってしまい、エピソードも、ありふれた物が並んで、先を見たいと思う意欲が薄れて来ます。
中盤は、むしろ、敵役の伯爵の方が目立つ存在になります。 暴力亭主を再教育する件りで、伯爵の好感度が一気に上がるのは、面白いところ。 この伯爵、悪人のようでいて、実はそうでないという設定が、大変、巧み。 よく練られたキャラ設定ですなあ。
残念なのは、フランスの話なのに、言葉が英語だと言うこと。 出て来るフランス語は、「ボン・ジュール、マドモアゼル」だけ。 アメリカ映画なので、フランス語で撮れとは言いませんが、なぜ、英語圏の国を舞台にしなかったのか、そこが解せません。 別に、どこの国でも、問題無い話だと思いますが。
≪セカンド・バージン≫ 2011年 日本
つまらない物を見てしまった・・・。 これでも映画のつもりですか? NHKのドラマを、映画化したもの。 NHKの映画は、≪サラリーマンNEO≫だけではなかったんですねえ。 まあ、それはどうでも宜しい。
出版社で働く中年キャリア・ウーマンが、妻との生活に行き詰っていた17歳年下の男と関係を持つものの、その後、別れ、五年後にマレーシアで偶然再開した直後、男がマフィアに襲撃されて重態になってしまい、献身的に看病しながら、過去を思い出す話。
何だか、分かり難い話ですが、それもそのはずで、テレビ・シリーズの終わりの方だけを切り出し、そこに至った経緯を、回想場面で挟み込む形式を取っているので、本来、中心だった部分と、結末部分のウエイトが逆転してしまっているのです。 映画化に当たって、ストーリー展開を、相当悩んで、弄り回したのだと思いますが、ものの見事に失敗したというところ。
男の方は、最初から最後まで、ほとんど寝たきりですが、それはまだいいのです。 一番、割を喰った役は、男の妻で、出番がざっくり削られているせいで、夫の浮気相手を罵りに来た惨めな女にしか見えません。 また、これが、深田恭子さんなんだわ。 似合わねーのよ、こういう、暗い役が。
映画がどうこうという以前に、テレビ・シリーズの時点で、この主人公の役に、鈴木京香さんを持って来るというのは、センスが変なんじゃないですかね? 鈴木さんは、清純で真面目なイメージが強いので、およそ、不倫とは結びつきません。 まして、年下の男となど、話にならぬ。 もっと、相応しい役があると思うのですが・・・。
中国マフィアを悪役にしたり、マレーシアの病院にいるのに、「シンガポールの病院に運ぶ」などというセリフを主人公に言わせたり、外国に対して、随分と失礼な見方をしているのも、気にかかるところ。 映画としてのレベルが低い為に、そういう無神経な作りが、尚更、癇に障ります。
<< Home