通学自転車
毎年、3月の末になると、自転車店の店頭から、軽快車やシティー・サイクルなど、一般車の数が、ごそっと減ります。 量販店では、数十台も一遍に無くなって、仕入れが追いつかず、しばらく、陳列場所がガラガラになってしまう所もあります。
その原因は、言わずと知れていて、高校の新入生が通学に使う自転車の需要が、この時期に集中する事にあります。 車が年度末に売れるのは、決算セールで安くなるからですが、自転車では、時期は同じでも、理由が違うんですな。
で、店の方も、一年で一番、自転車が売れる時期なので、3月に入ると、新聞の折り込み広告を入れて来るわけですが、普通の大人がそれを見て、「ほう、安いのが出てるじゃないか。 見るだけ見に行ってみるか」などと思いつき、休日の午後に、のんびり出かけて行ったりすると、がっかりさせられる事になります。 午後では遅いのです。 特価品は、広告が出た日の午前中には、売切れてしまうのです。
通学に使う一般車と言っても、値段はピンキリで、高いのは、5万円台から、安いのは、7千円台までありますが、観察していると、やはり、安い方から売れて行くようですな。 新品では、外見上、全く区別がつきませんから、経済原則に従って、少しでも安い物を買いたくなるのは、当然の事です。
この時期になると、新聞の生活面に、新入学高校生の親向けに、「通学自転車の選び方」と言った記事が、必ず出ます。 そして、なぜか決まって、自転車店を営む人物が、専門家として登場し、選び方について、薀蓄を垂れます。
この人達が、開口一番、必ず言うのが、「外見が同じでも、高い物と安い物とでは、中身に雲泥の差がある。 後々損をしたくなかったら、高い物を買って置いた方がいい」という断定的意見です。 毎年のように、似たような記事を読んでいますが、未だ嘗て、例外無し。
「三年間もたせたかったら、国内メーカーの、最低でも3万円はする品がお薦め」
うーむ・・・、よく、こういう事を、臆面も無く、言えるなあ。 いや、それ以前に、新聞記者が、訊ねる相手を間違えているんですよ。 自転車店の店主は、一円でも多く儲けたいんだから、高い物を薦めるのは、経済原則に従って、当然の事です。 また、個人経営の自転車店には、国内メーカーの特約店になっている所が多いですから、国内メーカー品を薦めるのも、当然の事。
あくまでも、店の都合で薦めているのですから、客側としては、それを鵜呑みにする必要はありません。 私ならば、「どうせ、三年しか乗らないのだから、一番安いので充分」と薦めます。 それでなくても、高校生の通学は、雨の日も乗らなければならぬ荒行なのですから、高い物では、勿体無いではありませんか。
「高い物を買っておけば、一生使える」
というのは、全文的に間違いでして、普通、高校通学に使っていた自転車を、卒業後も乗り続ける人はいません。 車に乗り始めると、自転車なんて触りもしなくなりますし、通勤に自転車を使う場合でも、「就職の記念に」とか言って、新しいのを買い直すのが普通です。 あの、リヤ・フェンダーに貼る高校のステッカーが、異様に粘着力が強くて、綺麗に剥がれないので、嫌になって、買い直すケースもあります。
また、別に高い物でなくても、長く乗るつもりで大切にすれば、7千円台の自転車でも、一生もつと思いますよ。 車と違って、自転車の場合、交換部品が手に入らなくなるという事も無いですし、フレームが割れるなんて事は、一般自転車では、非常に稀ですから、壊れても、直せない所が無いのです。
「高い物に比べて、安い物は、パンクし易い」
そんな事は無いです。 私は、買い物用に、7千円台の軽快車を使っていますが、今まで、パンクした事がありません。 こまめに空気の量を確認し、ゴミの多い路肩を避けて走り、舗装されていない道では下りて押す、といった使い方をしていれば、パンクとは、ほぼ無縁で過ごせます。
「最初から、パンクしている」
アホか? 無茶苦茶、言うな。 そんな商品は、そもそも売れんではないですか。 仕入れた自転車が、軒並みパンクしてたら、小売店は、仕入先を変えるに決まってるでしょうが。 いつまでも、そんな物売ってるものかね。 ネットにはびこるキチガイ・レビューの読み過ぎです。
大体、原始人じゃないんだから、最初からパンクしてたら、直せば? 自分でやれば、100円もかかりません。 7千円台の品に100円足して、3万円台の品と同等になるなら、そっちの方が、断然、得ではないですか。 経済原則ですよ、非常に単純な。
「安い物は、錆び易い」
ああ、それはあるかもしれませんな。 理由も無く、安いわけではないので、防錆処理を省いていたり、簡単に済ませていたりしている品はあるかもしれません。 だけど、どうせ三年しか乗らないなら、錆びても、どうという事はありますまい。 鉄部品で、確実に強度が必要なのは、フレームとクランクくらいのものですが、どちらも、強度不足で折れるほど錆びるには、野晒し雨曝しでも、10年以上かかると思います。
ちなみに、物置に入れるか、カバーをかけるかし、雨の日に乗った後には、ウエスでこまめに水滴を拭き取っておけば、安い物でも錆びません。 556で磨いておけば、尚良し。 ただ、高校生に、そういう地道なメンテを要求するのは、無理な相談かもしれませんなあ。 自転車の事を気にしているのは、買ってから、せいぜい半月くらいで、後は、ただの道具になってしまいますから。
「安い物は、ロックが一つしかついていないから、盗まれ易い」
いやいや、紛らわしい事を言っちゃいけません。 高い方が、盗まれ易いに決まってるじゃありませんか。 盗む方の心理になってみなさい。 盗んで、自分で乗るのであれば、安い物より、高い物の方がいいでしょうが。 盗んで、売る場合なら、尚の事。 元が高くなければ、高く売れません。
ちなみに、学校の駐輪場から自転車を盗む奴には、何種類かいますが、他校の生徒が絡んでいる場合が多いです。 同じ学校の生徒だと、盗んで自分で乗る場合、同じ駐輪場に停める事になりますから、バレる危険性が高い。 そこで、他校に行って盗んだ来たり、自分の学校で盗んだ自転車を、他校の知り合いに売ったりするのです。
防犯登録は、義務化されていますが、盗まれた自転車を見つけるのは、非常に難しいです。 特に、他市町村など、遠くへ持って行かれてしまった場合、もう絶望的。 当然の事ながら、警察の能力には限度があり、防犯登録ステッカーを剥がされてしまえば、一台一台の車台番号を調べて回るなど、手間的に不可能に近いです。
ダブル・ロック機構は、確かに盗まれ難いですが、それなら、安い自転車でも、100円ショップで、ワイヤー・ロックを買って来て、前輪側に追加すれば、同じ防犯レベルになります。 ダブル・ロック機構のためだけに、高い物を買うのは、あまりにも馬鹿馬鹿しい。
また、盗まれてしまった時、高い物と安い物とでは、精神的ショックの度合いが違います。 特に、お金を出した親にとって、3万円と7千円の違いは、甚大。 通学自転車は、無しでは済まされないので、否が応でも買い直す事になりますが、最初、高い物を買ってくれた親でも、次も、3万円は出そうとしないでしょう。 それなら、最初から、安い物にしておいた方が損失が少ないではありませんか。
「ハブ・ダイナモのオート・ライトがあった方が良い」
おお、これは、その通りですな。 ただし、部活や塾通いで、暗くなってから乗る人に限ります。 朝出かけて、明るい内に帰って来るなら、ライトの心配は無用。 基本的に、自転車は、暗くなったら乗らない方が無難です。 それに、オート・ライト付きでも、1万円ちょっとくらいで買える品はあります。 ライトのために、3万円の自転車を買うのは、やはり、馬鹿な話です。
「通学路に坂道があるから、電動アシストの方が良い」
ざけんなよ! てめーら、それでも、高校生か! 漕いで上がれないなら、下りて押せ! 第一、高校に電動アシストなんか持っていた日には、いの一番に盗まれるぞ。
こう見て来ると、通学自転車に高い物を買うのが、いかに不合理かが分かります。 実際に、安い物の方から売れて行くわけで、新高校生の親達が、存外、合理的な判断を下しているのは、興味深いです。
7千円台の品をゲットしたかったら、3月になる前に買ってしまった方が、確実です。 入学に合わせて使い始めるとしても、屋内に置いておけば、腐る物でもないですから。 新品なのですから、タイヤだけ拭いて、座敷に上げておいても問題無いでしょう。
買う前に、本人の希望を聞くのもいいですが、聞き過ぎるのは禁物。 子供は、自分でお金を稼いだ事が無いので、コスト・パフォーマンスや費用対効果について、決定的に考えが足りません。 大人ぶって見栄を張り、どんどん高い物へと、要求が上がっていく危険性があります。
そういう流れになりそうだったら、家の経済事情を話して、「高い物は、買えないから」と、きっぱり言い渡してしまった方がいいと思います。 下手に説得しようとするより、お金の問題を突きつけてしまった方が、子供には効果があります。
もし、「クロス・バイクが欲しい」などと言い出したら、ニコリともせず、改まって、膝詰めで正対し、子供の愚かな心得違いを正してやらなければなりますまい。 「通学用自転車は、実用品であって、趣味の品ではないのだ」と。
大体、学校にスポ自なんか乗って行ったら、盗まれるに決まっています。 どうしても、スポ自が欲しいと言うなら、通学用とは別に買ってやるか、自分でバイトして買わせるかすべきでしょう。 親には、子供に、スポ自を買ってやる義務はありません。
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