2017/08/27

読書感想文・蔵出し (28)

  読書感想文です。 今回も、西村京太郎作品だけ。 すでに、人気作家になって以降の作品ばかりなので、パターンが決まってしまっていますが、「また、こんな話か」などと、嫌になる事は、全然ありません。 むしろ、似た内容である方が、読者としては、頭のフォーマットを書き換えずに、そのまま次の本に進めるので、多くの作品を読みこなし易いのだろうと思われます。




≪特急「あさしお3号」殺人事件≫

新潮文庫
新潮社 1991年初版
西村京太郎 著

  同じ新潮社から、単行本が出たのが、1988年。 3作が収録されていますが、いずれも、80ページくらいの長さがあり、短編というには長いです。 中編集とでも呼ぶべきなのか。 発表年とは、逆の並びになっています。


【特急「あさしお3号」殺人事件】 1988年
  十津川警部の学生時代の友人である作家が、長い下積み時代を経て、ようやく、新聞連載を始める事が決まった矢先に、京都発・城崎行きの列車の中で刺殺体で発見される。 動機がある容疑者が浮かぶが、その人物には、別の列車に乗っていたアリバイがあり、現地に出向いた十津川警部が、それを崩そうと知恵を絞る話。

  典型的な時刻表トリック作品で、つまり、「普通に行けば、これだけの時間がかかるところを、特殊なルートで乗り継いでいけば、もっと早く、到着できる」という、アレですな。 この作品では、鉄道だけが使われています。

  パターンが決まっているので、ワクワク・ドキドキは望むべくもありませんが、やはり、西村京太郎さんの語り口の巧さで救われていて、最後まで、興味を失わずに、読み終わる事ができます。 


【夜が殺意を運ぶ】 1987年
  深夜、女が運転する赤いベンツが、猫を撥ねたのを、十津川警部が目撃した翌日、その近くの多摩川で、別の女の水死体が発見され、後頭部の打撲痕から、殺人事件と断定される。 容疑者の男には、事件が起こった日、弘前にいたというアリバイがあったが、ベンツの女を共犯と考えて、アリバイを崩して行く話。

  鉄道と車を使ったトリックで、「なるほど、それなら、間に合うな」と思います。 ありふれたパターンとは分かっているものの、 やはり、引きこまれて、最後まで読んでしまいます。 西村京太郎さんの作品は、ある程度、数を読むと、読者を麻薬的にひきつけてしまう魅力があるようで、私も、すっかり、取り込まれていて、痘痕も笑窪になっているのでしょう。


【首相暗殺計画】 1981年
  これは、戦前が舞台。 かつて、満州で、ピストルの名手として名を売った男が、日本国内で服役していたのを、ある組織が出獄させる。 船で中国へ渡らせ、蒋介石総統を暗殺させると見せかけておいて、実は、鉄道で移動する近衛文麿首相の命を狙わせたのを、警視総監の命を受けた立花警視が阻止しようとする話。

  トリックや謎はなく、スパイ・アクション物的な見せ場になっています。 私は、この時代を取り上げた小説が嫌いでして、史実だけでも、ややこしいのに、フィクションを入れて、小説にされてしまうと、混乱していけません。 書く側は、時代背景を調べるのに、結構、エネルギーを使うと思うのですが、その割には、読者の受けが悪くて、骨折り損のくたびれ儲けに終わるのに、書きたがる人が多いのは、不思議ですな。



≪寝台特急「紀伊」殺人行≫

角川文庫
角川書店 1985年9月初版 同年11月3版
西村京太郎 著

  さすが、人気作家だけあって、一ヵ月に一回のペースで、増刷していた模様。 発表年は書いてありませんが、「列車ダイヤは、1982年5月号の『時刻表』によった」とあるので、その頃に書かれたものなのでしょう。 これも、母の蔵書ですが、85年というと、母は、市営老人ホームで調理師をしていた頃です。 というわけで、装丁は、コンビニ風ではないです。 書店で買ったんでしょう。


  高校時代に婦女暴行を働き、被害者を自殺に追いやってしまったせいで、故郷にいられなくなり、両親ともども、東京へ越した男が、27歳になって、他界した両親の骨を寺に収める為に、南紀の町へ久々に戻って来る。 ところが、「帰って来るな」という脅迫が続いた上に、後から南紀に向かっていた彼の婚約者が、列車から姿を消す事件が起こり、地元の刑事と、十津川班が協力して、謎を解明して行く話。

  300ページくらいの、長編です。 トラベル・ミステリーのカテゴリーに、完全に入りますが、時刻表トリックは使われておらず、列車内で発生した失踪事件の謎だけに、推理物の要素が限られています。 それ以外は、犯罪小説と言った方が、ピッタリ来る内容です。 三人称ですが、冒頭からしばらく、婦女暴行犯の男が、中心人物になっているせいで、倫理的な違和感があります。

  その後、刑事達に、スポット・ライトが移って、ようやく、安心して読めるようになるのですが、結局、その男が、婦女暴行犯である事に変わりはないので、読後感は、非常に悪いです。 被害者の自殺の原因でなかったとしても、彼がやった事が、許される事にはなりますまい。 婦女暴行犯が、結婚して幸福になる話なんて、おかしくないですかね? 結婚相手の女も女で、この事件のせいで、真相を知ってしまったわけですが、よく、そんな男と結婚するよなあ。 何か、変。



≪L特急やくも殺人事件≫

角川文庫
角川書店 1991年10月初版 1992年11月6版
西村京太郎 著

  おや、この作品は、列車名を「」で括っていませんな。 同じ角川文庫の他作品のタイトルに倣えば、≪L特急「やくも」殺人事件≫になるはずですが。 元は、実業之日本社から出た単行本らしいですが、それが、関係しているんでしょうか。 わざわざ、タイトルを変えるほどの事でもないと?

  表題作を含む、4作が収められています。 しかし、各作品の発表年が書かれておらず、解説やあとがきもないので、それ以上の情報が分かりません。 


【L特急やくも殺人事件】
  60ページ前後。 娘と一緒に旅に出て、吉備路から、出雲へ向かっていた元警視庁の刑事が、娘と別行動を取っている間に、列車に撥ねられて死ぬ。 愛用していた手帳がなくなっていた事から、自殺ではないと主張する娘と、元刑事が最後に追っていた事件について調べるよう特命を受けた十津川・亀井コンビが合流し、元刑事が立ち寄った所を、貸し自転車で巡って、真相を明らかにする話。

  旅情サスペンスですなあ。 トラベル・ミステリーと言っても、最初に事件が起こった所の地名だけ、タイトルに入れて、あとは、全然違う場所で進行する話もありますが、この作品は、本当に、吉備路をなめるように巡ります。 しかも、十津川警部と亀井刑事が、貸し自転車に乗るのだから、妙に凄い。 この作品、ドラマ化はされてないんですかね?

  犯人が、かつて泊まったのが、ホテルや旅館ではなく、寺の宿坊だったから、調べても分からなかったというところが、話の味噌になっています。 いろいろと、思いつくものですねえ。


【イベント列車を狙え】
  70ページ前後。 女に騙されて、一千万円を持ち逃げされ、エリート商社マンから、小さな運送会社の事務員に転落してしまった青年のもとに、「伊勢詣でのイベント列車に乗れば、その女に会える」という電話がかかって来る。 半信半疑で、その列車に乗り込んだところ、別の女の刺殺体が発見され、その容疑者として捕まってしまう。 東京での捜査を任された十津川警部と亀井刑事が、事件に興味を持ち、青年を陥った罠から救おうとする話。

  謎はありますが、トリックはないです。 以前、騙した男を、次の犯行でも利用しようという、女のふてぶてしさには、開いた口が塞がりませんな。 刺殺された女の、手の甲のキズが、物を言ってくるのですが、そのつけ方が、ちと、不自然です。 どんなに、不注意をやらかしても、果物を剥く時に、他の人の手の甲に傷をつけることはないんじゃないでしょうか。


【挽歌をのせて】
  40ページ前後。 妻から離婚を切り出された夫が、何とか気を変えさせようと、新婚旅行で行った北海道へ、妻と旅行に行くが、そこで、殺人事件に遭遇した事で、夫婦間の溝が更に広がってしまう話。

  一応、列車の中で事件が起こるものの、推理物でも犯罪物でもなくて、内容的には一般小説です。 関係が破綻した夫婦をモチーフにした短編小説は多いのですが、判で押したように、つまらないです。 正に、犬も食わない題材であるわけですな。 西村京太郎さんの作品でも、例外ではありません。


【青函連絡船から消えた】
  80ページ前後。 十津川班の西本刑事に、青函連絡船での航海中、喧嘩相手を海に突き落としたという容疑がかけられ、十津川警部と亀井刑事が捜査を進める内に、突き落とされたという男に、金銭面と、女性関係の両面で、裏がある事が分かり、真犯人の存在が浮かび上がって来る話。

  長めなだけあって、しっかりしたトリックと謎が用意されています。 捜査の展開に、地理的な動きがあり、しかも、アクション場面や因縁話でごまかさずに、淡々と話が進められて行くのが、トラベル・ミステリーの基本と見ました。 その視点で見ると、バランスが取れた、良い作品だと思います。

  西本刑事が関わっているものの、それは、青函連絡船で起こった事件を、警視庁の十津川班が捜査できるようにする為の仕掛けでして、本来なら、青森県警か北海道警の管轄でしょう。 トラベル・ミステリーは、事件の舞台が、全国津々浦々に散らばるので、捜査陣を警視庁所属にしてしまうと、いろいろと、不都合が起こるわけですな。



≪特急「有明」殺人事件≫

角川文庫
角川書店 1992年9月初版
西村京太郎 著

  これも、母がコンビニ・バイト時代に買ったもの。 昔聞いた話では、店で文庫本を買い、お客がいない閑な時に読んでいたらしいですが、本が読めるほど閑というのは、羨ましい職場ですな。 元酒屋で、街なかの店舗だったから、そんなに、お客が来ない時があったというのは、ちと、不思議なんですけど。 ちなみに、そのコンビニは、とっくになくなっています。

  240ページの、長編小説です。 「1990年に、カドカワノベルズとして、刊行された」とありますが、元の発表年は書いてありません。 解説もついていないので、手掛かりなし。 ネットで調べれば、分るかも知れませんが、それほどの興味がないです。 いずれにせよ、80年代後半に書かれた事は、間違いないと思います。 話の内容に、それ以上の古さを感じ取れませんから。


  「有明に行く」と言って出かけた画家が、有明海で、水死体で発見され、その後を追うように、友人の画家が国立の雑木林で、刺殺体で見つかる。 先に死んだ画家が残した祐徳稲荷神社のお守りと、不気味な女の絵を手掛かりに、十津川班が、画家の周辺の人物達を調べ、3年前に起きた交通事故を探り当てて、真犯人に迫って行く話。

  そこそこ長いので、それなりの読み応えはあります。 だけど、初期の長編と比べると、やっつけ感は否めませんなあ。 ただ、粗製乱造と呼ぶには、完成度が高過ぎます。 面白いというほどではないけれど、買って読んだ人に、損したと思わせないだけの内容はあるといったところでしょうか。 ちなみに、定価は、430円です。

  手掛かりですが、お守りの方は、アイテムとして、ありきたりな上に、謎が空回りしているような感じを受けます。 もう一つの、不気味な女の絵の方は、その存在そのものが不気味で、いい効果を出しています。 確かに、ゾッとするような絵というのは、ありますから。 犯人が、家庭の事情で、考え方に甘えがあり、それが、逮捕された後まで治らないというのが、人間の性格類型として興味深いです。

  やっつけ的な部分として、最初に殺された画家が、3年前に起こした交通事故で、たまたま、知り合いの別荘の近くを通り、その関係者を撥ねたというのは、偶然が過ぎる気がしないでもなし。 その知り合いを訪ねて来たのなら、自然ですが、そうではないのです。 西村京太郎さんほど、ミステリーを書き慣れた人でも、こういう、不自然な設定を、そのまま出してしまう事があるんですなあ。 カーの作品にも、そういうのはありましたけど。




  以上、四作です。 読んだ期間は、今年、つまり、2017年の

≪特急「あさしお3号」殺人事件≫が、5月30日から31日。
≪寝台特急「紀伊」殺人行≫が、6月3日から、6日。
≪L特急やくも殺人事件≫が、6月6日から、8日。
≪特急「有明」殺人事件≫が、6月8日から、11日。

  家にある本である事をいい事に、バタバタ読み倒していますな。 西村京太郎作品には、麻薬的な魅力があり、次から次へ読まないと、禁断症状が出て、不安になるような気分にさせられます。 人気推理作家と言われる人の作品は、大抵、そうですけど。 こんなにバタバタと、似たような内容の作品を読んだのでは、マメに感想を書いておかないと、みーんな忘れてしまうでしょうなあ。