読書感想文・蔵出し (29)
読書感想文です。 今回の途中で、西村京太郎作品は終わり。 母の蔵書の中にある西村作品が、これだけだからです。 図書館へ行けば、読んでいない本が、5・60冊並んでいる事は確認済みなのですが、読めば面白いと分かってはいるものの、「人生の時間は有限なのだし、他の本を読んだ方がいいかなあ」と思えて、なかなか、手を出す気になれません。
≪尾道に消えた女≫
NON POCHETTE
祥伝社 1995年初版 1996年5版
西村京太郎 著
母の蔵書。 コンビニ・バイト時代に買ったもの。 コンビニっぽい装丁ですが、なんと、カバーの表紙は、写真です。 やっつけとるのう。 「祥伝社」という社名も、「NON POCHETTE シリーズ」も、初耳です。 ほんとに、いろんな出版社があるんですねえ。 書店だと、大手出版社以外の文庫は、なかなか、場所を割いて貰えないと思うのですが、コンビニなら、新規参入できるといった事情があったのかも知れません。 1991年に、同社の「ノン・ノベル」から、新書判で刊行されたとあります。
十津川班の日下刑事の妹が、行方不明になった女友達を捜しに行った尾道で、船から突き落とされて溺れかける事件が起こる。 日下刑事が現地に赴いて調べたところ、妹の友人がいなくなった夜に、海岸でキャンプをしていたグループが、騒ぎを起こしていた事が分かり、それをきっかけに、奇妙な活動方針を持つ強盗団の存在が明らかになる話。
この奇妙な強盗団というアイデアが、シュールで、面白いです。 「こんなやつら、いないだろう」と、常識的には思うのですが、そもそも、犯罪者グループというのは、非常識な人間の集まりですから、あながち、ありえなくもないかも知れません。 ただし、殺人もたらわない、冷血なリーダーに率いられており、ロマンのようなものは、微塵も感じさせません。
警視庁の十津川班を、地方で起きた事件に絡ませる為に、わざわざ、日下刑事の妹の友人を行方不明にしているわけですが、無理に、関係者繋がりにしなくても、単に、行方不明者が、東京の人間だったから、警視庁に捜査協力依頼が来たという事でいいんじゃないですかね? どうも、この年代の作品になると、2時間サスペンス的な、分かり易いけど、嘘っぽい設定が、原作者の方に、逆流する形で、悪影響を与えている嫌いがあります。
その点を除けば、十二分に、面白い話です。 奇妙な強盗団と、変わった目的意識を持つ首領というアイデアだけでも、しっかり、記憶に残ります。
≪五能線誘拐ルート≫
講談社文庫
講談社 1995年初版
西村京太郎 著
1992年7月に、講談社ノベルズとして刊行された、とあります。 これも、母の蔵書で、コンビニ・バイト時代に買ったもの。 私は、母が、この本を買って間もない頃に、一度読んでいるんですが、95年というと、もう、バイク通勤を始めていた頃ですから、別に、電車の中で読んだわけではなかったんですな。 もはや、記憶が曖昧です。
青森県の五能線・十二湖駅で、若い女性タレントと、そのマネージャー、カメラマンの三人が誘拐され、タレントの実家から身代金が支払われて、無事に返される。 同様の事件が、東京のフランス料理店でも起こり、会社社長夫妻が誘拐され、これも、身代金が支払われて、返される。 被害者が、事件の存在すら認めようとしない中、十津川班が、次の標的を推測し、奇妙な目的意識で集まった誘拐犯グループを捕まえようとする話。
これも、≪尾道に消えた女≫と同じく、誘拐犯グループの目的が変わっていて、シュールな雰囲気が漂っています。 殺人をためらわない点も、同じ。 笑えないんですが、金や恨みといった、普通の犯罪者の目的とは掛け離れているので、不思議な面白さを感じさせるんですな。
被害届が出ていないのに、捜査を始めざるを得ない十津川班ですが、割と早い段階で、犯人グループの目星がつきます。 彼らを監視して、次の誘拐事件を起こした時に、捕えようとするわけですが、その捜査方法が、彼らが読んでいる雑誌の内容を調べるという、気が遠くなるようなもので、警察組織でなければできないやり方だと、思わされます。
私が、これまでに読んだ、十津川班の捜査方法は、実に地味なもので、たまに、十津川警部が、閃きで解いてしまう場合もありますが、ほとんどのケースでは、地道な、警察的捜査方法を採ります。 何かに似ていると思ったんですが、クロフツの、フレンチ警部シリーズが、ほぼ、同類の捜査手法ですな。 参考にしているのかも知れません。
ちなみに、タイトルの、「五能線」ですが、最初の事件が起こった所というだけで、別に、五能線沿線で、捜査が進むというわけではありません。 トラベル・ミステリーのファンで、旅情を求めている方は、肩すかしを食わないように。 その手の羊頭狗肉は、トラベル・ミステリーでは、珍しくないですけど。
≪天の橋立殺人事件≫
講談社文庫
講談社 1993年初版
山村美紗 著
山村美紗さんの小説は、今までに、一冊しか読んだ事がなくて、長い事、家にある母の蔵書を読んだと思い込んでいたのですが、このたび、改めて記憶を探ってみたところ、高校生の時に、学校の図書室にあった本を読んだのではないかと思えて来ました。 しかし、もう、35・6年も前の事ですから、自信はないです。 本格トリックが使ってあって、「ああ、山村美紗さんというのは、しっかりした話を作る人なんだな」という印象を受けたのが、記憶に残っていますが、作品のタイトルは、全く覚えていません。
この、≪天の橋立殺人事件≫は、母の蔵書。 たぶん、親戚のコンビニでバイトをしていた頃に買った文庫の一冊だと思います。 いかにも、コンビニの本棚に似合いそうな、装丁の本ですわ。 今でも、コンビニには、文庫本が置いてあるんですかね? 滅多に行かないので、さっぱり分かりません。 もう、活字の本なんて買う客は、いないような気がするんですけど。 つまり、90年代は、今と比べれば、まだ、文化レベルが高かったと言いたいわけです。
京都から、天の橋立へ向かう列車の中で、東京の証券マンが刺殺された事件をきっかけに、連鎖的に、いくつかの殺人事件が起こる。 それらの事件の容疑者達が、キャサリンが入院していた病院の関係者だった事から、キャサリンと浜口が、事件に首を突っ込み、時刻表トリックと共犯関係の複雑な組み合わせに、いくつもの推理を繰り広げて行く話。
私が、昔読んだ本が、この作品でなかった事は確かです。 すっごい、理屈っぽい話。 推理小説だから、推理する場面が出て来るのは当たり前ですが、こんなにたくさん出て来るのは、初めて読みました。 主に推理するのは、日本好きの金髪アメリカ人女性であるキャサリン、その恋人の浜口、そして、狩矢警部の部下、橋口の三人ですが、その三人だけで、十回以上、推理仮説を立てます。
当然の事ながら、最後の一つだけが、当たっているわけで、それ以外の推理は、全て、外れです。 外れ推理と分かっていて、読んで頭に入れなければならないのは、大変、苦痛です。 正直に白状しますと、私は、外れ推理は、ほとんど、読み飛ばしました。 しかし、推理小説の読者には、いろいろな趣味の人がいるから、中には、こういうのが好きな人もいるのかも知れません。 外れ推理と分かっていても、細かく検証して、当たっている部分を拾い出し、当たり推理を予測する趣味を持つ人が。
この作品が、キャサリン・シリーズの何作目なのか分からないのですが、すでに、キャラクターを使い切っていて、キャサリンにも、浜口にも、人間的魅力は、ほとんど感じられません。 事件と無関係に、ベタベタしているのが、不快なだけ。 食事をする場面がやたら多いですが、事件とは関係なし。 狩矢警部は、出ては来るものの、個性を出すような事はないです。
登場人物に、誰一人として、個性を感じられないのが、この作品の最大の欠点でしょうか。 あと、主要登場人物の距離的な移動が激しいですが、それが、全く、面白さに繋がっていないのも、無駄を感じさせます。 タイトルになっている天の橋立も出て来ますが、そこがメインの舞台になるわけではないので、要注意。
≪百人一首殺人事件≫
光文社文庫
光文社 1984年初版
山村美紗 著
母の蔵書。 私が昔、一冊だけ読んだ、山村美紗作品は、これだったんですかねえ? 84年だと、すでに、ひきこもり時代ですから、高校の図書室で読んだものではない事になります。 しかし、そもそも、家にあった本を読んだのか、図書室の本を読んだのか、記憶が定かでないので、年代で決めるわけには行きません。 また、私が図書室で読んだのと同じ本を、偶然、母が後から買ったという可能性もある。 もう、つきとめるのは無理かも知れませんなあ。
280ページくらいの長編推理小説。 発表は、1978年で、書き下ろし作品だそうです。 いやー、それは、昔ですな。 キャサリン・シリーズとしては、まだ、初めの頃。 そのせいか、 情景描写が細かくて、勝負作品として書かれた事が分かります。 特に、冒頭の、八坂神社の、おけら詣りの場面は、推理小説には似つかわしくないほど、活き活きしています。
大晦日、おけら詣りで賑わう京都八坂神社で、若い女が、破魔矢で刺し殺される事件が起こり、たまたま、現場に来ていたキャサリンと浜口が、捜査に首を突っ込む事になる。 キャサリンが、偶然、撮った写真と、被害者が持っていた百人一首の字札から、ある百人一首研究者の名前が上がるが、その人物も、自宅の二重密室で殺されてしまい、やはり、百人一首の字札が残される。 キャサリンと狩矢警部が、協力しつつ、事件の謎を解いて行く話。
先に書いたように、出だしは、超一級。 続く、二重密室の場面も、いい雰囲気で、ゾクゾクします。 ところが、百人一首の大会まで進むと、マニアック過ぎて、白け始め、続いて、突然、大津の病院が出てくると、どっと白けて、あとはただ、ダラダラと筋を追うだけの読書になってしまいます。 惜しいなあ。
トリックは、二重密室や、電話のダイヤル方法など、幾つか使われています。 いずれも、本格トリックですが、説明されると、「なーんだ」と言ってしまいそうなもので、たぶん、現代の読者なら、子供騙しっぽく、感じてしまうでしょう。 しかし、機械仕掛けトリックは、複雑過ぎて分かり難いのは、最悪なので、私としては、こういう、すっきりしたものの方が、ありがたいです。
百人一首の世界と、問題病院の世界が、水と油で、そこが、致命的な欠点になっています。 百人一首の世界一本で通せば、ずっと良い作品になったと思うのですがねえ。 犯人の動機が、問題病院による被害と、血縁者が恋人に裏切られた事への復讐なのですが、二つの動機が、たまたま、重なったというのは、不自然でして、そこも、リアリティーを欠いています。
キャサリンには、いくつも見せ場が用意されていますが、狩矢警部の露出も多くて、ダブル探偵物になっています。 普通、探偵役を二人出すと、どちらかに、間違い推理をさせなければならないから、いい話にならないんですが、この作品は、充分に長いおかげで、どちらにも花を持たせる事に成功しています。
誉めたいんだか、貶したいんだか、自分でも分からなくなってしまいましたが、人様から、「読む価値があるか?」と訊かれたら、「ある」と答えたい作品です。
以上、四作です。 読んだ期間は、今年、つまり、2017年の
≪尾道に消えた女≫が、6月12日から、13日。
≪五能線誘拐ルート≫が、6月14日から、16日。
≪天の橋立殺人事件≫が、6月17日から、22日。
≪百人一首殺人事件≫が、6月22日から、28日。
山村美紗作品になった途端に、読むスピードが遅くなっていますが、これは、山村作品の方が読み難いというわけではなく、西村京太郎作品とは、作風や文体が違うので、読者側で、脳のフォーマットを切り替えなければならず、それに手こずったからだと思います。 母の蔵書の山村作品は、3冊しかなくて、切り替えが完全に終わらない内に、読み終わってしまいました。
≪尾道に消えた女≫
NON POCHETTE
祥伝社 1995年初版 1996年5版
西村京太郎 著
母の蔵書。 コンビニ・バイト時代に買ったもの。 コンビニっぽい装丁ですが、なんと、カバーの表紙は、写真です。 やっつけとるのう。 「祥伝社」という社名も、「NON POCHETTE シリーズ」も、初耳です。 ほんとに、いろんな出版社があるんですねえ。 書店だと、大手出版社以外の文庫は、なかなか、場所を割いて貰えないと思うのですが、コンビニなら、新規参入できるといった事情があったのかも知れません。 1991年に、同社の「ノン・ノベル」から、新書判で刊行されたとあります。
十津川班の日下刑事の妹が、行方不明になった女友達を捜しに行った尾道で、船から突き落とされて溺れかける事件が起こる。 日下刑事が現地に赴いて調べたところ、妹の友人がいなくなった夜に、海岸でキャンプをしていたグループが、騒ぎを起こしていた事が分かり、それをきっかけに、奇妙な活動方針を持つ強盗団の存在が明らかになる話。
この奇妙な強盗団というアイデアが、シュールで、面白いです。 「こんなやつら、いないだろう」と、常識的には思うのですが、そもそも、犯罪者グループというのは、非常識な人間の集まりですから、あながち、ありえなくもないかも知れません。 ただし、殺人もたらわない、冷血なリーダーに率いられており、ロマンのようなものは、微塵も感じさせません。
警視庁の十津川班を、地方で起きた事件に絡ませる為に、わざわざ、日下刑事の妹の友人を行方不明にしているわけですが、無理に、関係者繋がりにしなくても、単に、行方不明者が、東京の人間だったから、警視庁に捜査協力依頼が来たという事でいいんじゃないですかね? どうも、この年代の作品になると、2時間サスペンス的な、分かり易いけど、嘘っぽい設定が、原作者の方に、逆流する形で、悪影響を与えている嫌いがあります。
その点を除けば、十二分に、面白い話です。 奇妙な強盗団と、変わった目的意識を持つ首領というアイデアだけでも、しっかり、記憶に残ります。
≪五能線誘拐ルート≫
講談社文庫
講談社 1995年初版
西村京太郎 著
1992年7月に、講談社ノベルズとして刊行された、とあります。 これも、母の蔵書で、コンビニ・バイト時代に買ったもの。 私は、母が、この本を買って間もない頃に、一度読んでいるんですが、95年というと、もう、バイク通勤を始めていた頃ですから、別に、電車の中で読んだわけではなかったんですな。 もはや、記憶が曖昧です。
青森県の五能線・十二湖駅で、若い女性タレントと、そのマネージャー、カメラマンの三人が誘拐され、タレントの実家から身代金が支払われて、無事に返される。 同様の事件が、東京のフランス料理店でも起こり、会社社長夫妻が誘拐され、これも、身代金が支払われて、返される。 被害者が、事件の存在すら認めようとしない中、十津川班が、次の標的を推測し、奇妙な目的意識で集まった誘拐犯グループを捕まえようとする話。
これも、≪尾道に消えた女≫と同じく、誘拐犯グループの目的が変わっていて、シュールな雰囲気が漂っています。 殺人をためらわない点も、同じ。 笑えないんですが、金や恨みといった、普通の犯罪者の目的とは掛け離れているので、不思議な面白さを感じさせるんですな。
被害届が出ていないのに、捜査を始めざるを得ない十津川班ですが、割と早い段階で、犯人グループの目星がつきます。 彼らを監視して、次の誘拐事件を起こした時に、捕えようとするわけですが、その捜査方法が、彼らが読んでいる雑誌の内容を調べるという、気が遠くなるようなもので、警察組織でなければできないやり方だと、思わされます。
私が、これまでに読んだ、十津川班の捜査方法は、実に地味なもので、たまに、十津川警部が、閃きで解いてしまう場合もありますが、ほとんどのケースでは、地道な、警察的捜査方法を採ります。 何かに似ていると思ったんですが、クロフツの、フレンチ警部シリーズが、ほぼ、同類の捜査手法ですな。 参考にしているのかも知れません。
ちなみに、タイトルの、「五能線」ですが、最初の事件が起こった所というだけで、別に、五能線沿線で、捜査が進むというわけではありません。 トラベル・ミステリーのファンで、旅情を求めている方は、肩すかしを食わないように。 その手の羊頭狗肉は、トラベル・ミステリーでは、珍しくないですけど。
≪天の橋立殺人事件≫
講談社文庫
講談社 1993年初版
山村美紗 著
山村美紗さんの小説は、今までに、一冊しか読んだ事がなくて、長い事、家にある母の蔵書を読んだと思い込んでいたのですが、このたび、改めて記憶を探ってみたところ、高校生の時に、学校の図書室にあった本を読んだのではないかと思えて来ました。 しかし、もう、35・6年も前の事ですから、自信はないです。 本格トリックが使ってあって、「ああ、山村美紗さんというのは、しっかりした話を作る人なんだな」という印象を受けたのが、記憶に残っていますが、作品のタイトルは、全く覚えていません。
この、≪天の橋立殺人事件≫は、母の蔵書。 たぶん、親戚のコンビニでバイトをしていた頃に買った文庫の一冊だと思います。 いかにも、コンビニの本棚に似合いそうな、装丁の本ですわ。 今でも、コンビニには、文庫本が置いてあるんですかね? 滅多に行かないので、さっぱり分かりません。 もう、活字の本なんて買う客は、いないような気がするんですけど。 つまり、90年代は、今と比べれば、まだ、文化レベルが高かったと言いたいわけです。
京都から、天の橋立へ向かう列車の中で、東京の証券マンが刺殺された事件をきっかけに、連鎖的に、いくつかの殺人事件が起こる。 それらの事件の容疑者達が、キャサリンが入院していた病院の関係者だった事から、キャサリンと浜口が、事件に首を突っ込み、時刻表トリックと共犯関係の複雑な組み合わせに、いくつもの推理を繰り広げて行く話。
私が、昔読んだ本が、この作品でなかった事は確かです。 すっごい、理屈っぽい話。 推理小説だから、推理する場面が出て来るのは当たり前ですが、こんなにたくさん出て来るのは、初めて読みました。 主に推理するのは、日本好きの金髪アメリカ人女性であるキャサリン、その恋人の浜口、そして、狩矢警部の部下、橋口の三人ですが、その三人だけで、十回以上、推理仮説を立てます。
当然の事ながら、最後の一つだけが、当たっているわけで、それ以外の推理は、全て、外れです。 外れ推理と分かっていて、読んで頭に入れなければならないのは、大変、苦痛です。 正直に白状しますと、私は、外れ推理は、ほとんど、読み飛ばしました。 しかし、推理小説の読者には、いろいろな趣味の人がいるから、中には、こういうのが好きな人もいるのかも知れません。 外れ推理と分かっていても、細かく検証して、当たっている部分を拾い出し、当たり推理を予測する趣味を持つ人が。
この作品が、キャサリン・シリーズの何作目なのか分からないのですが、すでに、キャラクターを使い切っていて、キャサリンにも、浜口にも、人間的魅力は、ほとんど感じられません。 事件と無関係に、ベタベタしているのが、不快なだけ。 食事をする場面がやたら多いですが、事件とは関係なし。 狩矢警部は、出ては来るものの、個性を出すような事はないです。
登場人物に、誰一人として、個性を感じられないのが、この作品の最大の欠点でしょうか。 あと、主要登場人物の距離的な移動が激しいですが、それが、全く、面白さに繋がっていないのも、無駄を感じさせます。 タイトルになっている天の橋立も出て来ますが、そこがメインの舞台になるわけではないので、要注意。
≪百人一首殺人事件≫
光文社文庫
光文社 1984年初版
山村美紗 著
母の蔵書。 私が昔、一冊だけ読んだ、山村美紗作品は、これだったんですかねえ? 84年だと、すでに、ひきこもり時代ですから、高校の図書室で読んだものではない事になります。 しかし、そもそも、家にあった本を読んだのか、図書室の本を読んだのか、記憶が定かでないので、年代で決めるわけには行きません。 また、私が図書室で読んだのと同じ本を、偶然、母が後から買ったという可能性もある。 もう、つきとめるのは無理かも知れませんなあ。
280ページくらいの長編推理小説。 発表は、1978年で、書き下ろし作品だそうです。 いやー、それは、昔ですな。 キャサリン・シリーズとしては、まだ、初めの頃。 そのせいか、 情景描写が細かくて、勝負作品として書かれた事が分かります。 特に、冒頭の、八坂神社の、おけら詣りの場面は、推理小説には似つかわしくないほど、活き活きしています。
大晦日、おけら詣りで賑わう京都八坂神社で、若い女が、破魔矢で刺し殺される事件が起こり、たまたま、現場に来ていたキャサリンと浜口が、捜査に首を突っ込む事になる。 キャサリンが、偶然、撮った写真と、被害者が持っていた百人一首の字札から、ある百人一首研究者の名前が上がるが、その人物も、自宅の二重密室で殺されてしまい、やはり、百人一首の字札が残される。 キャサリンと狩矢警部が、協力しつつ、事件の謎を解いて行く話。
先に書いたように、出だしは、超一級。 続く、二重密室の場面も、いい雰囲気で、ゾクゾクします。 ところが、百人一首の大会まで進むと、マニアック過ぎて、白け始め、続いて、突然、大津の病院が出てくると、どっと白けて、あとはただ、ダラダラと筋を追うだけの読書になってしまいます。 惜しいなあ。
トリックは、二重密室や、電話のダイヤル方法など、幾つか使われています。 いずれも、本格トリックですが、説明されると、「なーんだ」と言ってしまいそうなもので、たぶん、現代の読者なら、子供騙しっぽく、感じてしまうでしょう。 しかし、機械仕掛けトリックは、複雑過ぎて分かり難いのは、最悪なので、私としては、こういう、すっきりしたものの方が、ありがたいです。
百人一首の世界と、問題病院の世界が、水と油で、そこが、致命的な欠点になっています。 百人一首の世界一本で通せば、ずっと良い作品になったと思うのですがねえ。 犯人の動機が、問題病院による被害と、血縁者が恋人に裏切られた事への復讐なのですが、二つの動機が、たまたま、重なったというのは、不自然でして、そこも、リアリティーを欠いています。
キャサリンには、いくつも見せ場が用意されていますが、狩矢警部の露出も多くて、ダブル探偵物になっています。 普通、探偵役を二人出すと、どちらかに、間違い推理をさせなければならないから、いい話にならないんですが、この作品は、充分に長いおかげで、どちらにも花を持たせる事に成功しています。
誉めたいんだか、貶したいんだか、自分でも分からなくなってしまいましたが、人様から、「読む価値があるか?」と訊かれたら、「ある」と答えたい作品です。
以上、四作です。 読んだ期間は、今年、つまり、2017年の
≪尾道に消えた女≫が、6月12日から、13日。
≪五能線誘拐ルート≫が、6月14日から、16日。
≪天の橋立殺人事件≫が、6月17日から、22日。
≪百人一首殺人事件≫が、6月22日から、28日。
山村美紗作品になった途端に、読むスピードが遅くなっていますが、これは、山村作品の方が読み難いというわけではなく、西村京太郎作品とは、作風や文体が違うので、読者側で、脳のフォーマットを切り替えなければならず、それに手こずったからだと思います。 母の蔵書の山村作品は、3冊しかなくて、切り替えが完全に終わらない内に、読み終わってしまいました。
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