読書感想文・蔵出し (31)
読書感想文です。 今回は、和久峻三作品だけで、しかも、今回で、和久作品は終わりです。 最後の一作品は、下巻が手に入ったのが、9月13日で、読んだばかりなのですが、今回分を和久作品で纏める為に、大急ぎで、感想文を書きました。 私の場合、大急ぎで書いても、ゆっくり書いても、感想文の内容に変わりはありませんけど。
≪仮面法廷≫
角川文庫
角川書店 1980年初版
和久峻三 著
母の蔵書。 製本所に勤めていた父方の叔父から、貰ったもの。 文庫で、380ページくらいの長編。 1972年に江戸川乱歩賞を受賞し、和久峻三さんが有名作家になるきっかけになった作品だそうです。 解説情報によると、和久峻三さんは、最初、新聞社に勤めていたのが、推理小説を書く為に、司法試験を受けて、弁護士になり、その後、作家になったのだとか。
大手の不動産会社から引き抜かれて、共同経営の不動産屋を始めた男が、10億円の土地売買に関わるが、取引が終わった後で、売り手の妻と名乗っていた女が、偽者だった事が分かり、真の土地所有者が、買い手を訴える事になる。 ところが、その訴訟を依頼されていた老弁護士が殺され、彼がしつこく求婚していた、主人公の元妻が、殺人犯として裁判にかけられる。 元妻の容疑を晴らし、詐欺事件で失った信用を取り戻す為に、主人公が、刑事と協力して、謎を解いて行く話。
殺人も、二件起こりますが、中心は、詐欺事件の方です。 不動産登記の盲点を突いたアイデアで、その点は、大変、興味深いです。 かなり、複雑な手口なので、しっかりした法律知識がないと、とても、思いつかないでしょう。 後年の、赤かぶ検事シリーズと違って、作者が世に出る為に書いた勝負作品ですから、力の入れ方が、数段、上を行っています。
詐欺事件の犯人が誰か、次第に明らかになって行く、その流れが面白い反面、二件起こる殺人事件の方は、ありきたりなアイデアで、発表された時代の古さを考慮に入れても、尚、パッとしません。 特に、密室の方は、凝った機械式トリックを期待させておいて、実は、大変よくあるトリックが使われていまして、見事に肩透かしを喰らわされます。 地図や、部屋の見取り図、窓サッシの断面図などが付いている割には、それが、実際のトリックと、まるで関係ないというのは、読者への目晦ましなんでしょうか?
解説に紹介されている、乱歩賞授賞の時の選評に、「冗漫な感じ」という指摘があり、確かに、そんな感じはします。 決して、小難しい内容ではないのに、読むのに、えらい手間取りまして、12日間もかかってしまいました。 つまり、先が気になって仕方ないという話じゃないんですな。 「たぶん、終わりの方で、一気に、殺人事件の謎が解かれるんだろうなあ」と予測していたら、案の定、そうなりました。
赤かぶ検事シリーズ同様、会話部分が多すぎるような印象があります。 会話にすると、平易になりますが、一つの事を説明するのに、地の文章よりも、行数がかかるのは、避けられないところ。 そういう形式を取っている上に、結構には、理屈っぽい推理が展開されるので、なかなか、ページが進まず、まどろっこしい思いをするのです。 真面目に、全ての行を読む読者ほど、冗漫さを感じるんじゃないでしょうか。
≪蛇淫の精≫
角川文庫
角川書店 1985年初版
和久峻三 著
母の蔵書。 総ページ数、280ページくらいの、5編収められた、短編集です。 この本、うちに、二冊あります。 製本所に勤めていた父方の叔父から貰った本なのですが、叔父が、一度、持って来た事を忘れて、また、同じ本を持って来てしまったのだと思います。
5作品とも、主に民事事件を扱う、イソ弁の、日下弁護士が、主人公になっています。 民事なので、殺人とは無関係な訴訟が多く、それが、日下弁護士シリーズの特徴になっているらしいです。 ちなみに、タイトルや、カバー・イラストから想像されるような、淫靡な話ではないのですが、そちらを期待して買って、ガッカリした読者も多かった事でしょう。
【蛇淫の精】
ある男から、3年間、行方不明になっている妻との離婚訴訟を依頼された日下弁護士が、訴訟資料を集める為に赴いた丹後半島で、蛇に咬まれてしまい、介抱してくれた美女と、数日を過ごすが、実は、その女の正体は・・・、という話。
蛇に咬まれてから、気がつくまでの間に見た夢、という解釈ができるようになっていますが、話の中心部分は、オカルトでして、推理小説とも、犯罪小説とも言い難いです。 雰囲気が一番近いのは、≪唐宋伝奇集≫や、≪雨月物語≫ですかね。
【処刑執行人】
妻の不倫が原因で離婚した男が、元妻を寝取った有名な陶芸家から、慰謝料を取ろうと、日下弁護士に依頼して訴訟を起こしたが、相手側から逆に、男の元妻に貸した金の請求訴訟を起こされ、二つの裁判が平行して進む話。
推理小説では全然なく、ほとんどの場面が法廷で行なわれるものの、法廷小説というわけでもなく、強いて分類するなら、法律小説とでも言いましょうか。 例によって、会話体で、話が進行するせいで、まどろっこしい感じがするのですが、民法509条の「相殺禁止」という考え方が出て来ると、法律の非日常性が興味を引き、最後まで、引っ張って行かれます。
こういう小説が成り立つと発想する事自体が、一般人は言うに及ばず、トリックや因縁話命の推理作家達には、到底、叶わない事でして、やはり、作者が弁護士ならでは、と思わされます。
【女の意地】
クラブやスナックを経営する会社に商品を納入していた酒屋の主人が、五百万円の小切手のつもりで、五百円の小切手を受け取ってしまい、相手の社長が払い直しに応じないので、日下弁護士に依頼して、訴訟を起こすが、法律の壁に阻まれて、苦戦を強いられる話。
これも、法律小説です。 実際に、手形のやりとりで起こった事件を元に、それを小切手に変えて、架空の話を作ったのだそうです。 小説として、凄く面白いというわけではないですが、法律の盲点が紹介されているところが、興味を引きます。 また、あまり、気分の良いストーリーではないものの、最後に、オチがついていて、善悪バランスは、何とか取れています。
【骨肉の争い】
妻が若い男と出て行ってしまい、慰謝料や離婚を請求して来た、という夫が、日下弁護士のところへ、法律相談にやってくる。 対策を教えて帰したが、その後、その夫が行方不明になるや、妻が、若い男を連れて、夫が先祖から受け継いだ家に住み着いてしまった事から、娘が母親を訴えて・・・、という話。
短い作品ですが、展開が速くて、面白いです。 これは、法律小説ではなく、推理小説として読めます。 少々、ネタバレになってしまいますが、やはり、殺人が出て来ると、興味が一段階、跳ね上がりますなあ。 ドロドロした人間関係の話ですが、小説としては、あっさりしていて、大変、読み易いです。
【離婚願望】
結婚してから、2年も経っていないのに、性関係が途絶えている妻と離婚しようと、夫が日下弁護士に依頼して訴訟を起こすが、妻の方は、新婚当初住んでいた洋館を貰えないのなら、離婚しないと言い張る。 興信所の調査で、妻が洋館に執着する理由が分かり、夫に案内されて、洋館に潜んだ日下弁護士が、深夜に、妻の奇妙な行動を目撃する話。
法廷場面から始まりますが、後半は、洋館に出向く事になり、動きのある話になっています。 依頼主である夫と、日下弁護士が、洋館に潜んで、妻を待ち受ける展開は、ホームズ物に似た、ゾクゾク感があります。 ただ、劇的というほどの真相ではないです。 オカルトっぽいですが、あくまで、精神異常で説明されており、超常現象を描いているわけではないです。
≪あなたの夜と引きかえに≫
角川文庫
角川書店 1987年初版
和久峻三 著
母の蔵書。 父方の叔父から、手土産として貰ったもの。 総ページ数、250ページくらいの、5編収められた、短編集です。 どういうわけか、性描写に拘った作品が多いです。 法律知識を売りにしている推理作家に、こういう作品の注文を出すというのは、どういう狙いなんですかねえ? 角川文庫には珍しく、巻末に、各作品の、発表雑誌と、発表年月が出ていたので、書き写しておきます。
【妖精の指輪】 (小説現代 1985年11月号)
名目、娘の家庭教師、実質、母親の愛人として、ある屋敷の離屋に住みこんだ20歳の青年が、12歳の娘と愛し合うようになり、性関係まで持ってしまった事で、「強姦罪」で訴えられる話。
強姦罪は、双方の合意があっても、一方が、12歳以下だと、成立してしまうそうです。 法律的なところは、そこだけ。 他は、ほぼ、官能小説です。 歳を取って来ると、逆に、恥ずかしくなって、こういうのは、楽しめませんなあ。 ラストだけ、オカルトになっていますが、何せ、メインが官能小説なので、取って付けたような終わり方で、不思議な感じは、全然しません。
【法廷結婚】 (問題小説 1986年9月号)
未成年の男と性関係を持った26歳の女が、青少年保護育成条例違反で起訴されるが、「淫行」の基準が、都道府県によって異なる点を根拠に、弁護士が、「結婚を前提にしていれば、淫行はなかった事になる」と、主張して、法廷で争う話。
冒頭の、刑事による取り調べ部分に、官能描写が入っていて、そういう小説なのかと思わせるのですが、裁判が始まると、法律小説に変わって行きます。 法律の盲点が突かれていて、その点は興味深いのですが、惜しむらく、中心人物がはっきりせず、あっちもこっちもになってしまっていて、物語としては、纏まりを欠きます。
【レイプ・ザ・トライアル】 (小説春秋 1987年1月号)
合意の上で性関係を持ったホステスから、強姦致傷罪で訴えられた会社員が、腕のいい国選弁護人のお陰で、有利に裁判を進めた上に、裁判終了後、事件の真相が分かると共に、意外な結末が待っている話。
「意外な結末」と言っても、ショートショートのように、読者にとって意外なのではなく、主人公にとって、意外という意味でして、結末がオチになっているわけではないです。 法律小説としては成り立っていますが、語り方がやっつけで、物語としては、とても、面白いと感じられるところまで行きません。
【あなたの夜と引きかえに】 (小説宝石 1987年7月号)
貢いでいた男が、女名義のクレジット・カードで高額の買い物をした後、行方を晦ましてしまい、クレジット会社から書留で送られてくる督促状をどうすればいいか、弁護士に相談したところ、ほっとけといわれて、そのまま捨てていたら、その中に、裁判所からの出頭命令が混じっており、いつのまにか、裁判が進んでいて・・・、という話。
もっと、複雑なんですが、話がバラけているので、一段落の梗概では、書ききれません。 さりとて、二段落使って、詳細に書くほどの話でもないのです。 50ページくらいの短編ですから。 タイトルから分かるように、性描写をメインにするつもりで書き始めたのが、法律関係の部分が多くなってしまって、書ききれずに終わったという感じ。
そちらを期待して読んだ人は、肩透かしだったわけですが、法律の方だけでも、動きがあって、まずまず、面白いです。 ただし、いろんな点が中途半端で、本来なら、もっと細部を書き込んで、中編か長編にすべきアイデアだったのではないかと思います。
【裁く女】 (オール読物 1987年8月号)
ヨットの練習中に転覆し、その際、同乗していた友人を、故意に助けずに死なせたとして、殺人罪で訴えられた青年が、実は、死んだ友人の妻と関係があり、謀殺を疑われないかと、ヒヤヒヤしながら、裁判を乗りきろうとする話。
【レイプ・ザ・トライアル】と同じように、裁判の後に、別の展開があります。 そこが、恐ろしく、2時間サスペンス的で、額に脂汗が浮きそうです。 タイトルを直接的に捉えると、女、つまり、被害者の妻が、何か、凄い奥の手を繰り出すかのようなイメージがあるんですが、実際には、恐ろしく、ありきたりな手しか使いません。
裁判の場面で、ヨットの操船に関する説明が詳しく展開され、専門的な内容なので、そこが、興味を引くといえば引きます。 しかし、その専門知識と、謎やトリックが絡んでいるわけではなく、推理小説のモチーフにはなっていません。 推理小説でもなければ、法律小説でもなく、カテゴリー不明な作品です。
≪鬼太鼓は殺しのリズム 【にっぽん殺人案内】(上・下) ≫
角川文庫
角川書店 1985年初版
和久峻三 著
上巻は、母の蔵書。 父方の叔父から、手土産に貰った本です。 叔父が勤めていた製本所で、その時、扱っていた本以外、持って来れなかったので、上巻だけだったのだと思われます。 母が、自腹で下巻を買わなかったのは、上巻だけで、飽きてしまったんでしょうか。 今、それを母に聞いても、たぶん、覚えていないと思います。
図書館の静岡県内ネットワークで調べてみたら、長泉町民図書館にだけ、下巻がある事が分かり、上巻を読み始める前に、沼津市立図書館へ行って、相互貸借を頼んで来ました。 長泉町民図書館は、うちから、自転車でも行ける距離にあるのですが、初めてだと、貸し出しカードを作らなければならないので、面倒だと思ったのです。
ところが、折り悪く、下巻は貸し出し中で、沼津の図書館に取り寄せられるまでに、2週間と4日もかかってしまいました。 上巻の方は、とっくに読み終わっていたので、パラパラ読み返して、ある程度、思い出してから、下巻を読まなければなりませんでした。
宝塚市にある屋敷で、資産30億円をもつ証券会社会長が、その息子とともに殺される。 遺言書により、会長の妾が遺産を相続し、息子の妻が、死亡保険金1億5千万円を受け取る事になる。 一方、妻のオートクチュール店の専務になる為に、警察を辞めた元刑事が、妻と二人で、新潟・佐渡旅行に出発し、その旅先で、宝塚市の殺人事件の捜査陣と関わる事になる。 夫婦で、観光地や穴場を巡りつつ、謎解きを進める話。
推理小説の骨格が使われていますが、実体は、紀行小説です。 内容と関係がない、観光案内のような文章が入っている点は、後に書かれる、≪安珍清姫殺人事件≫と、よく似ていますが、この作品では、全編に渡って、観光案内が散りばめられていて、紀行小説として、より、徹底しています。
解説によると、1982年に、2時間サスペンス、≪じゅく年夫婦探偵 新婚旅行は殺人旅行 【佐渡のたらい舟に死体をのせたのは誰?】≫の原作として書かれたそうで、なるほど、それならば、納得。 和久峻三さんは、自作のテレビ・ドラマ化に、並々ならぬ興味があったようで、わざわざ、映像化し易い原作を書いたりするのですが、この紀行推理小説も、その類だったわけですな。 ちなみに、ドラマの主演は、藤田まことさんだったとの事。
法律知識としては、親子が同時に殺されてしまって、その順番が分からない場合、遺産相続の優先順位がどうなるか、という問題が出て来ます。 だけど、上下巻に分けるほど長い作品なのに、それだけでは、とても、法律小説とは言えません。 推理小説の部分も、終わりの方で、新しい人物が出て来たリして、アリバイ・トリック物としては、かなり、ズルい感じがします。
とにかく、ほとんどが、新潟と佐渡の観光案内でして、それを物語風に書いた、というのが、この作品の本質です。 推理小説だと思うから、邪道に見えてしまいますが、最初から、こういう狙いなのだと思えば、観光案内書としては、最高クラスではないかと思えます。 各名所に纏わる、伝説の類が満載されていますから。 これから、佐渡旅行に行くという人は、これを読んでおけば、全く見方が変わって来るでしょう。
ただ、私としては、推理小説だと思ったから、読んだのでして、思い切り、肩透かしを喰らわされた格好です。 上巻を読んでから、下巻の相互貸借を頼めばよかった。 わざわざ、取り寄せてまで読むような作品ではなかったです。 佐渡に行く予定が全くないのでは、完璧な観光案内を読んでも、意味はないですし。
以上、四作です。 読んだ期間は、今年、つまり、2017年の
≪仮面法廷≫が、7月25日から、8月6日。
≪蛇淫の精≫が、8月6日から、16日。
≪あなたの夜と引きかえに≫が、8月20日から、23日。
≪鬼太鼓は殺しのリズム≫は、上巻が、8月26日から、9月1日。 下巻が、9月13日から、14日。
一冊読むのに時間がかかっているだけでなく、次の本に移る時にも、間が開いていますが、つまりその、一冊読み終わったら、すぐ次を読みたいという気にならなかったわけですな。 それは、とりもなおさず、和久峻三さんの作風が、私の好みから遠い事の証明なのです。 たぶん、もう、和久作品を私が読む事はないでしょう。
和久峻三さんは、弁護士として、正確な法律知識を持つ作家という特徴があるわけですが、小説家として、どうかとなると、物語を作るのは、決して、うまいわけではないと思います。 語り方に至っては、平均を割ってしまうのでは? それでも、人気作家になったのですから、法律知識が、推理小説や犯罪小説にとって、いかに大きなウエイトを占めているかが分かります。
↓ これは、オマケ写真。
≪写真上≫
≪鬼太鼓は殺しのリズム≫ですが、うちにあった上巻と、長泉町民図書館の下巻を比べると、発行年月日が同じであるにも拘らず、背表紙の色が、まるで違っているのに、驚きます。 角川文庫の、この頃の和久作品は、背表紙が薄茶色ですから、うちにあった上巻の方が、元の色で、下巻の方は、色が褪せてしまったんですな。 それにしても、こんな色になるもんですかねえ。
≪写真下≫
うちにあった、≪鬼太鼓は殺しのリズム≫の上巻に、こういうものが挟まっていました。 角川映画、≪早春物語≫と、≪二代目はクリスチャン≫の、広告チラシと、映画優待券付きの栞。 ≪鬼太鼓は殺しのリズム≫そのものは、読んでも、そんなに古い感じがしませんが、当時の映画は、恐ろしくなるほど、昔の作品という感じがしますねえ。
私は、この2作とも、テレビ放送で見ていますが、いずれも、名作はおろか、佳作とも言い難い出来で、訊かれれば、覚えている人はいても、自分から思い出す人は少ないでしょう。 そう思うと、尚更、古く感じられます。
≪仮面法廷≫
角川文庫
角川書店 1980年初版
和久峻三 著
母の蔵書。 製本所に勤めていた父方の叔父から、貰ったもの。 文庫で、380ページくらいの長編。 1972年に江戸川乱歩賞を受賞し、和久峻三さんが有名作家になるきっかけになった作品だそうです。 解説情報によると、和久峻三さんは、最初、新聞社に勤めていたのが、推理小説を書く為に、司法試験を受けて、弁護士になり、その後、作家になったのだとか。
大手の不動産会社から引き抜かれて、共同経営の不動産屋を始めた男が、10億円の土地売買に関わるが、取引が終わった後で、売り手の妻と名乗っていた女が、偽者だった事が分かり、真の土地所有者が、買い手を訴える事になる。 ところが、その訴訟を依頼されていた老弁護士が殺され、彼がしつこく求婚していた、主人公の元妻が、殺人犯として裁判にかけられる。 元妻の容疑を晴らし、詐欺事件で失った信用を取り戻す為に、主人公が、刑事と協力して、謎を解いて行く話。
殺人も、二件起こりますが、中心は、詐欺事件の方です。 不動産登記の盲点を突いたアイデアで、その点は、大変、興味深いです。 かなり、複雑な手口なので、しっかりした法律知識がないと、とても、思いつかないでしょう。 後年の、赤かぶ検事シリーズと違って、作者が世に出る為に書いた勝負作品ですから、力の入れ方が、数段、上を行っています。
詐欺事件の犯人が誰か、次第に明らかになって行く、その流れが面白い反面、二件起こる殺人事件の方は、ありきたりなアイデアで、発表された時代の古さを考慮に入れても、尚、パッとしません。 特に、密室の方は、凝った機械式トリックを期待させておいて、実は、大変よくあるトリックが使われていまして、見事に肩透かしを喰らわされます。 地図や、部屋の見取り図、窓サッシの断面図などが付いている割には、それが、実際のトリックと、まるで関係ないというのは、読者への目晦ましなんでしょうか?
解説に紹介されている、乱歩賞授賞の時の選評に、「冗漫な感じ」という指摘があり、確かに、そんな感じはします。 決して、小難しい内容ではないのに、読むのに、えらい手間取りまして、12日間もかかってしまいました。 つまり、先が気になって仕方ないという話じゃないんですな。 「たぶん、終わりの方で、一気に、殺人事件の謎が解かれるんだろうなあ」と予測していたら、案の定、そうなりました。
赤かぶ検事シリーズ同様、会話部分が多すぎるような印象があります。 会話にすると、平易になりますが、一つの事を説明するのに、地の文章よりも、行数がかかるのは、避けられないところ。 そういう形式を取っている上に、結構には、理屈っぽい推理が展開されるので、なかなか、ページが進まず、まどろっこしい思いをするのです。 真面目に、全ての行を読む読者ほど、冗漫さを感じるんじゃないでしょうか。
≪蛇淫の精≫
角川文庫
角川書店 1985年初版
和久峻三 著
母の蔵書。 総ページ数、280ページくらいの、5編収められた、短編集です。 この本、うちに、二冊あります。 製本所に勤めていた父方の叔父から貰った本なのですが、叔父が、一度、持って来た事を忘れて、また、同じ本を持って来てしまったのだと思います。
5作品とも、主に民事事件を扱う、イソ弁の、日下弁護士が、主人公になっています。 民事なので、殺人とは無関係な訴訟が多く、それが、日下弁護士シリーズの特徴になっているらしいです。 ちなみに、タイトルや、カバー・イラストから想像されるような、淫靡な話ではないのですが、そちらを期待して買って、ガッカリした読者も多かった事でしょう。
【蛇淫の精】
ある男から、3年間、行方不明になっている妻との離婚訴訟を依頼された日下弁護士が、訴訟資料を集める為に赴いた丹後半島で、蛇に咬まれてしまい、介抱してくれた美女と、数日を過ごすが、実は、その女の正体は・・・、という話。
蛇に咬まれてから、気がつくまでの間に見た夢、という解釈ができるようになっていますが、話の中心部分は、オカルトでして、推理小説とも、犯罪小説とも言い難いです。 雰囲気が一番近いのは、≪唐宋伝奇集≫や、≪雨月物語≫ですかね。
【処刑執行人】
妻の不倫が原因で離婚した男が、元妻を寝取った有名な陶芸家から、慰謝料を取ろうと、日下弁護士に依頼して訴訟を起こしたが、相手側から逆に、男の元妻に貸した金の請求訴訟を起こされ、二つの裁判が平行して進む話。
推理小説では全然なく、ほとんどの場面が法廷で行なわれるものの、法廷小説というわけでもなく、強いて分類するなら、法律小説とでも言いましょうか。 例によって、会話体で、話が進行するせいで、まどろっこしい感じがするのですが、民法509条の「相殺禁止」という考え方が出て来ると、法律の非日常性が興味を引き、最後まで、引っ張って行かれます。
こういう小説が成り立つと発想する事自体が、一般人は言うに及ばず、トリックや因縁話命の推理作家達には、到底、叶わない事でして、やはり、作者が弁護士ならでは、と思わされます。
【女の意地】
クラブやスナックを経営する会社に商品を納入していた酒屋の主人が、五百万円の小切手のつもりで、五百円の小切手を受け取ってしまい、相手の社長が払い直しに応じないので、日下弁護士に依頼して、訴訟を起こすが、法律の壁に阻まれて、苦戦を強いられる話。
これも、法律小説です。 実際に、手形のやりとりで起こった事件を元に、それを小切手に変えて、架空の話を作ったのだそうです。 小説として、凄く面白いというわけではないですが、法律の盲点が紹介されているところが、興味を引きます。 また、あまり、気分の良いストーリーではないものの、最後に、オチがついていて、善悪バランスは、何とか取れています。
【骨肉の争い】
妻が若い男と出て行ってしまい、慰謝料や離婚を請求して来た、という夫が、日下弁護士のところへ、法律相談にやってくる。 対策を教えて帰したが、その後、その夫が行方不明になるや、妻が、若い男を連れて、夫が先祖から受け継いだ家に住み着いてしまった事から、娘が母親を訴えて・・・、という話。
短い作品ですが、展開が速くて、面白いです。 これは、法律小説ではなく、推理小説として読めます。 少々、ネタバレになってしまいますが、やはり、殺人が出て来ると、興味が一段階、跳ね上がりますなあ。 ドロドロした人間関係の話ですが、小説としては、あっさりしていて、大変、読み易いです。
【離婚願望】
結婚してから、2年も経っていないのに、性関係が途絶えている妻と離婚しようと、夫が日下弁護士に依頼して訴訟を起こすが、妻の方は、新婚当初住んでいた洋館を貰えないのなら、離婚しないと言い張る。 興信所の調査で、妻が洋館に執着する理由が分かり、夫に案内されて、洋館に潜んだ日下弁護士が、深夜に、妻の奇妙な行動を目撃する話。
法廷場面から始まりますが、後半は、洋館に出向く事になり、動きのある話になっています。 依頼主である夫と、日下弁護士が、洋館に潜んで、妻を待ち受ける展開は、ホームズ物に似た、ゾクゾク感があります。 ただ、劇的というほどの真相ではないです。 オカルトっぽいですが、あくまで、精神異常で説明されており、超常現象を描いているわけではないです。
≪あなたの夜と引きかえに≫
角川文庫
角川書店 1987年初版
和久峻三 著
母の蔵書。 父方の叔父から、手土産として貰ったもの。 総ページ数、250ページくらいの、5編収められた、短編集です。 どういうわけか、性描写に拘った作品が多いです。 法律知識を売りにしている推理作家に、こういう作品の注文を出すというのは、どういう狙いなんですかねえ? 角川文庫には珍しく、巻末に、各作品の、発表雑誌と、発表年月が出ていたので、書き写しておきます。
【妖精の指輪】 (小説現代 1985年11月号)
名目、娘の家庭教師、実質、母親の愛人として、ある屋敷の離屋に住みこんだ20歳の青年が、12歳の娘と愛し合うようになり、性関係まで持ってしまった事で、「強姦罪」で訴えられる話。
強姦罪は、双方の合意があっても、一方が、12歳以下だと、成立してしまうそうです。 法律的なところは、そこだけ。 他は、ほぼ、官能小説です。 歳を取って来ると、逆に、恥ずかしくなって、こういうのは、楽しめませんなあ。 ラストだけ、オカルトになっていますが、何せ、メインが官能小説なので、取って付けたような終わり方で、不思議な感じは、全然しません。
【法廷結婚】 (問題小説 1986年9月号)
未成年の男と性関係を持った26歳の女が、青少年保護育成条例違反で起訴されるが、「淫行」の基準が、都道府県によって異なる点を根拠に、弁護士が、「結婚を前提にしていれば、淫行はなかった事になる」と、主張して、法廷で争う話。
冒頭の、刑事による取り調べ部分に、官能描写が入っていて、そういう小説なのかと思わせるのですが、裁判が始まると、法律小説に変わって行きます。 法律の盲点が突かれていて、その点は興味深いのですが、惜しむらく、中心人物がはっきりせず、あっちもこっちもになってしまっていて、物語としては、纏まりを欠きます。
【レイプ・ザ・トライアル】 (小説春秋 1987年1月号)
合意の上で性関係を持ったホステスから、強姦致傷罪で訴えられた会社員が、腕のいい国選弁護人のお陰で、有利に裁判を進めた上に、裁判終了後、事件の真相が分かると共に、意外な結末が待っている話。
「意外な結末」と言っても、ショートショートのように、読者にとって意外なのではなく、主人公にとって、意外という意味でして、結末がオチになっているわけではないです。 法律小説としては成り立っていますが、語り方がやっつけで、物語としては、とても、面白いと感じられるところまで行きません。
【あなたの夜と引きかえに】 (小説宝石 1987年7月号)
貢いでいた男が、女名義のクレジット・カードで高額の買い物をした後、行方を晦ましてしまい、クレジット会社から書留で送られてくる督促状をどうすればいいか、弁護士に相談したところ、ほっとけといわれて、そのまま捨てていたら、その中に、裁判所からの出頭命令が混じっており、いつのまにか、裁判が進んでいて・・・、という話。
もっと、複雑なんですが、話がバラけているので、一段落の梗概では、書ききれません。 さりとて、二段落使って、詳細に書くほどの話でもないのです。 50ページくらいの短編ですから。 タイトルから分かるように、性描写をメインにするつもりで書き始めたのが、法律関係の部分が多くなってしまって、書ききれずに終わったという感じ。
そちらを期待して読んだ人は、肩透かしだったわけですが、法律の方だけでも、動きがあって、まずまず、面白いです。 ただし、いろんな点が中途半端で、本来なら、もっと細部を書き込んで、中編か長編にすべきアイデアだったのではないかと思います。
【裁く女】 (オール読物 1987年8月号)
ヨットの練習中に転覆し、その際、同乗していた友人を、故意に助けずに死なせたとして、殺人罪で訴えられた青年が、実は、死んだ友人の妻と関係があり、謀殺を疑われないかと、ヒヤヒヤしながら、裁判を乗りきろうとする話。
【レイプ・ザ・トライアル】と同じように、裁判の後に、別の展開があります。 そこが、恐ろしく、2時間サスペンス的で、額に脂汗が浮きそうです。 タイトルを直接的に捉えると、女、つまり、被害者の妻が、何か、凄い奥の手を繰り出すかのようなイメージがあるんですが、実際には、恐ろしく、ありきたりな手しか使いません。
裁判の場面で、ヨットの操船に関する説明が詳しく展開され、専門的な内容なので、そこが、興味を引くといえば引きます。 しかし、その専門知識と、謎やトリックが絡んでいるわけではなく、推理小説のモチーフにはなっていません。 推理小説でもなければ、法律小説でもなく、カテゴリー不明な作品です。
≪鬼太鼓は殺しのリズム 【にっぽん殺人案内】(上・下) ≫
角川文庫
角川書店 1985年初版
和久峻三 著
上巻は、母の蔵書。 父方の叔父から、手土産に貰った本です。 叔父が勤めていた製本所で、その時、扱っていた本以外、持って来れなかったので、上巻だけだったのだと思われます。 母が、自腹で下巻を買わなかったのは、上巻だけで、飽きてしまったんでしょうか。 今、それを母に聞いても、たぶん、覚えていないと思います。
図書館の静岡県内ネットワークで調べてみたら、長泉町民図書館にだけ、下巻がある事が分かり、上巻を読み始める前に、沼津市立図書館へ行って、相互貸借を頼んで来ました。 長泉町民図書館は、うちから、自転車でも行ける距離にあるのですが、初めてだと、貸し出しカードを作らなければならないので、面倒だと思ったのです。
ところが、折り悪く、下巻は貸し出し中で、沼津の図書館に取り寄せられるまでに、2週間と4日もかかってしまいました。 上巻の方は、とっくに読み終わっていたので、パラパラ読み返して、ある程度、思い出してから、下巻を読まなければなりませんでした。
宝塚市にある屋敷で、資産30億円をもつ証券会社会長が、その息子とともに殺される。 遺言書により、会長の妾が遺産を相続し、息子の妻が、死亡保険金1億5千万円を受け取る事になる。 一方、妻のオートクチュール店の専務になる為に、警察を辞めた元刑事が、妻と二人で、新潟・佐渡旅行に出発し、その旅先で、宝塚市の殺人事件の捜査陣と関わる事になる。 夫婦で、観光地や穴場を巡りつつ、謎解きを進める話。
推理小説の骨格が使われていますが、実体は、紀行小説です。 内容と関係がない、観光案内のような文章が入っている点は、後に書かれる、≪安珍清姫殺人事件≫と、よく似ていますが、この作品では、全編に渡って、観光案内が散りばめられていて、紀行小説として、より、徹底しています。
解説によると、1982年に、2時間サスペンス、≪じゅく年夫婦探偵 新婚旅行は殺人旅行 【佐渡のたらい舟に死体をのせたのは誰?】≫の原作として書かれたそうで、なるほど、それならば、納得。 和久峻三さんは、自作のテレビ・ドラマ化に、並々ならぬ興味があったようで、わざわざ、映像化し易い原作を書いたりするのですが、この紀行推理小説も、その類だったわけですな。 ちなみに、ドラマの主演は、藤田まことさんだったとの事。
法律知識としては、親子が同時に殺されてしまって、その順番が分からない場合、遺産相続の優先順位がどうなるか、という問題が出て来ます。 だけど、上下巻に分けるほど長い作品なのに、それだけでは、とても、法律小説とは言えません。 推理小説の部分も、終わりの方で、新しい人物が出て来たリして、アリバイ・トリック物としては、かなり、ズルい感じがします。
とにかく、ほとんどが、新潟と佐渡の観光案内でして、それを物語風に書いた、というのが、この作品の本質です。 推理小説だと思うから、邪道に見えてしまいますが、最初から、こういう狙いなのだと思えば、観光案内書としては、最高クラスではないかと思えます。 各名所に纏わる、伝説の類が満載されていますから。 これから、佐渡旅行に行くという人は、これを読んでおけば、全く見方が変わって来るでしょう。
ただ、私としては、推理小説だと思ったから、読んだのでして、思い切り、肩透かしを喰らわされた格好です。 上巻を読んでから、下巻の相互貸借を頼めばよかった。 わざわざ、取り寄せてまで読むような作品ではなかったです。 佐渡に行く予定が全くないのでは、完璧な観光案内を読んでも、意味はないですし。
以上、四作です。 読んだ期間は、今年、つまり、2017年の
≪仮面法廷≫が、7月25日から、8月6日。
≪蛇淫の精≫が、8月6日から、16日。
≪あなたの夜と引きかえに≫が、8月20日から、23日。
≪鬼太鼓は殺しのリズム≫は、上巻が、8月26日から、9月1日。 下巻が、9月13日から、14日。
一冊読むのに時間がかかっているだけでなく、次の本に移る時にも、間が開いていますが、つまりその、一冊読み終わったら、すぐ次を読みたいという気にならなかったわけですな。 それは、とりもなおさず、和久峻三さんの作風が、私の好みから遠い事の証明なのです。 たぶん、もう、和久作品を私が読む事はないでしょう。
和久峻三さんは、弁護士として、正確な法律知識を持つ作家という特徴があるわけですが、小説家として、どうかとなると、物語を作るのは、決して、うまいわけではないと思います。 語り方に至っては、平均を割ってしまうのでは? それでも、人気作家になったのですから、法律知識が、推理小説や犯罪小説にとって、いかに大きなウエイトを占めているかが分かります。
↓ これは、オマケ写真。
≪写真上≫
≪鬼太鼓は殺しのリズム≫ですが、うちにあった上巻と、長泉町民図書館の下巻を比べると、発行年月日が同じであるにも拘らず、背表紙の色が、まるで違っているのに、驚きます。 角川文庫の、この頃の和久作品は、背表紙が薄茶色ですから、うちにあった上巻の方が、元の色で、下巻の方は、色が褪せてしまったんですな。 それにしても、こんな色になるもんですかねえ。
≪写真下≫
うちにあった、≪鬼太鼓は殺しのリズム≫の上巻に、こういうものが挟まっていました。 角川映画、≪早春物語≫と、≪二代目はクリスチャン≫の、広告チラシと、映画優待券付きの栞。 ≪鬼太鼓は殺しのリズム≫そのものは、読んでも、そんなに古い感じがしませんが、当時の映画は、恐ろしくなるほど、昔の作品という感じがしますねえ。
私は、この2作とも、テレビ放送で見ていますが、いずれも、名作はおろか、佳作とも言い難い出来で、訊かれれば、覚えている人はいても、自分から思い出す人は少ないでしょう。 そう思うと、尚更、古く感じられます。
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