読書感想文・蔵出し (38)
読書感想文です。 それはそれとして、私の現況ですが、5月は、やらなければならない事が多くて、気が重いです。 まず、庭の松の緑摘み。 これは、ぎっちり、二日間かかります。 次に、車のオイル交換と、オイル・フィルターの交換。 オイル交換は、経験済みですが、フィルター交換は初めてで、うまく行くかどうか、大変、不安です。 引退生活になっても、気が重い事は、何かしら、あるものなんですな。
≪ローマ帽子の謎≫
創元推理文庫
東京創元社 1960年12月初版 1988年2月55版
エラリー・クイーン 著
井上勇 訳
沼津市立図書館にあった本。 これも、きったない本だのう。 水没痕こそないものの、汚れ、折れ、皺と、コンディションの三悪が揃っています。 有名どころの作品なのだから、新しい版に買い換えればいいのに。 こんなものを貸し出しているのは、図書館の恥と言っても良いのでは?
発表は、1929年。 エラリー・クイーンという作家は、アメリカ人の二人組で、ヴァン・ダインが、アメリカで推理小説を復興させたのを見て、自分達も書こうという気になり、最初に発表したのが、この作品です。 「国名シリーズ」と呼ばれている、初期の作品群の第一作。 昔の文庫本の文字サイズで、430ページもある、かなりの長編です。 読むのに、8日間もかかりました。 長いからというより、興が乗らないから。
活劇が大当たりしている、ニューヨークの≪ローマ劇場≫で、上演中に、弁護士が毒殺される事件が起こり、早速、部下の一団を連れて現場に乗り込んだクイーン警視と、その息子の推理作家、エラリーが、被害者のシルク・ハットがなくなっていた事を、最大の手掛かりとして、背景にある恐喝事件を探り出し、殺人犯を特定して行く話。
ややこしいですが、クイーン警視のフル・ネームは、「リチャード・クイーン」、息子の方は、「エラリー・クイーン」で、作中では、「クイーン」と言ったら父親の方、「エラリー」と言ったら、息子の方と、書き分けています。 作者の名前も、エラリー・クイーンなので、一人称かというと、そうではなく、三人称で、全然、違う人物が、小説体に記録したという設定になっています。 「ややこしいにも、限度がある!」と、机を叩きたくなるところですが、まあ、落ち着いてください。 実際に読んでみれば、混乱するほどではないです。
で、記念すべき第一作なんですが、どうにもこうにも、誉めようがありません。 推理小説としての、謎のアイデアは良いと思いますが、書き方に問題があり、ダラダラと、異様に長ったらしく、小説としては、明らかに失敗しています。 ヴァン・ダイン作品を踏み台にして、それ以上を狙った形跡がアリアリと見受けられるのですが、ただ、描写を細かくしただけでは、それ以上にはなり得ますまい。
それに、細かい描写をしても、アメリカが舞台だと、イギリスのような、濃密な感じが出ないのには、哀しいものがありますなあ。 冒頭から出て来る警官たちが、妙に粗暴に感じられるのは、いかにもアメリカンな印象です。 これだもの、アメリカのミステリー界が、ハード・ボイルドに流れて行ってしまうわけだ。
探偵役を、クイーン警視とエラリーの、二人にしてしまったのが、また、いけない。 一つの作品に、二人の探偵役を出すと、どうしても、どちらかが鋭くて、どちらかが鈍くになってしまうのですが、この作品では、クイーン警視の方が鈍くされており、それでいて、実質的な主人公が、クイーン警視なものだから、収まりが悪いというか、バランスが悪いというか、すっきりしない配役になっているのです。
更に、ヴァン・ダイン作品の真似方に事欠いて、ファイロ・ヴァンスの嫌味ったらしい性格を、エラリーに移植しているのが、顰蹙もの。 よりによって、どうして、最も評判の悪い要素を真似たのか、意図が分かりません。 古典知識のひけらかしなんて、気障なだけで、聞かされる方は、不愉快千万。 何の魅力にもならないと思うんですがねえ。
「ローマ帽子」という名前の帽子があるわけではなく、ローマ劇場で、シルク・ハットが消えたから、ただそれだけの関連で、こういうタイトルになっています。 国名シリーズとは言いながら、その国と必ず関係があるわけではないわけだ。 劇の内容も、ローマとは、何の関係もないです。
帽子がいくつも発見されるクライマックスには、多少、ゾクゾク感があますが、よく考えてみると、「警察で、家中隈なく捜した割には、そんな場所に気づかないのは、迂闊過ぎるんじゃないの?」と思わないでもないです。 クライマックスと、逮捕場面、謎解き場面がズレていて、逮捕場面は、ただの活劇、謎解き場面は、クイーン警視が喋るだけで、ちっとも面白くないです。
謎と、推理、捜査過程は、とことん、理詰めで、そういうのが好きな人なら、評価が高くなると思います。 アイデアに対して、ストーリーの語り方が、追い付いていない感じ。 ちなみに、理詰めが苦手な人でも、割と早い段階で、犯人の見当はつきます。 私は、犯人の最初の言動で、「ああ、こいつだろう」と思ったのですが、それが当たりでした。 そういうところを気取らせてしまうようでは、いい推理小説とは言えません。
トドメに、量的には、ほんのちょっとですが、肝腎要の、犯人の素性について語っている部分に、人種差別が出て来ます。 動機の根幹に関わるような事で、さらっと読み流せないところです。 ヴァン・ダインだけでなく、エラリー・クイーンも、結局、こういう作家なのか・・・。
≪雲なす証言≫
創元推理文庫
東京創元社 1994年4月初版
ドロシイ・L・セイヤーズ 著
浅羽莢子 訳
沼津市立図書館にあった本。 汚い上に、ボロボロ。 その上、水没痕あり。 いいとこなし。 あまりにも、状態が悪いので、除菌だけでは追いつかず、コピー用紙でカバーを作り、それをかけて、読みました。 ところで、どーでもいー豆知識ですが、文庫本や新書本の場合、A4の紙でカバーが作れます。
発表は、1926年。 セイヤーズの長編推理小説の第二作。 探偵役は、ピーター・ウィムジイ卿。 第一作から、第二作まで、三年も開いているんですねえ。 370ページくらいあり、結構な厚さです。 つまらない作品ではないのに、読み終えるのに、5日間もかかってしまいました。 その前に読んでいた、≪ローマ帽子の謎≫にもてこずったので、返却日ギリギリになってしまいましたよ。
ピーター卿の兄、デンヴァー公爵が、妹の婚約者を射殺した容疑で逮捕されてしまう。 ピーター卿が、パーカー警部と共に、捜査に乗り出すが、事件関係者が、ことごとく、何かを隠して、嘘の証言をしており、それらの裏事情を、一つ一つ解き明かして、事件の真相に迫って行く話。
面白いです。 というか、読み応えがあります。 いや、やはり、面白いと、素直に認めてしまうべきか。 推理小説の命、ゾクゾク感は、ほとんど覚えないのですが、ピーター卿が、捜査で精力的に動き回る様子が、冒険小説的な、ワクワク感を醸し出しているのです。 とりわけ、霧の中で、底なし沼に嵌まる場面は、ベタと言えばベタで、助かるに決まっていると分かっていながら、手に汗握らせます。
トリックと言えるような、トリックはありません。 謎は、大変、凝っていますが、偶然が過ぎるせいで、不自然な事件になっています。 こんな事は、確率的に、まず起こりえません。 という事は、つまり、読者側が、推理しながら読む事はできないという事ですが、それが瑕になってはいません。 いっそ、推理小説と思わずに、普通の小説だと思って読めば、サービスたっぷりで、完成度が高い作品と言えると思います。
強いて、難点を挙げるなら、ラスト近くの、弁護士による最終弁論は、長過ぎでしょうか。 事件の経緯を、一から解説し直すのですが、読者側からすると、すでに分かっている事が多いので、読むのが億劫になります。
うーむ、感想が、この程度しか出ないのは、どういうわけだろう? 面白いけれど、絶賛するほどではない作品の場合、貶すにも、誉めるにも、材料が少ないから、簡素な感想になってしまうのかもしれません。
≪フランス白粉の謎≫
創元推理文庫
東京創元社 1961年3月初版 1987年6月52版
エラリー・クイーン 著
井上勇 訳
沼津市立図書館にあった本。 きったない本ですなあ。 もし、古本屋に持ち込んだら、「こんなものに値段がつくと思うか!」 と、怒られてしまうくらいに、ひどい。 どうも、沼津図書館にあるエラリー・クイーンの文庫本は、ほとんどが、こんな状態のようなのですが、買い換えてくださいよ、いい加減。
発表は、1930年。 「国名シリーズ」の、第2作です。 ≪ローマ帽子の謎≫と同じく、タイトルの国名と、話の中身は、ほとんど関係ありません。 そもそも、口紅は出て来ますが、白粉は出て来ません。 原題は、≪The French Powder Mystery≫で、単に、「フランスの粉」。 もし、英語の隠語で、麻薬の事を、「French Powder」と呼ぶのなら、麻薬は出て来ます。 あくまで、「もし」で、推測に過ぎませんが。
サイラス・フレンチ氏が経営する、フレンチ百貨店の室内装飾展示室で、フレンチ氏の後妻の死体が発見される。 早速、ニューヨーク市警を引き連れて乗り込んだクイーン警視と、その息子エラリーが捜査を進める内に、殺害現場が、デパートの最上階にある、フレンチ氏の私室で、そこから、死体が階下に運ばれた事が分かる。 殺人事件と前後して行方不明になっている、後妻の連れ子が、麻薬中毒だった事や、デパートの書籍部門が、麻薬取引に関わっていた事が分かって、容疑者が絞り込まれて行く話。
借りて来たのは、この一冊だけで、2週間用意して読んだのですが、なかなか、興が乗らず、手こずりました。 ≪ローマ帽子の謎≫でも同じでしたが、ニューヨーク市警の面々が、嫌悪感を覚えるくらいに横柄で、人を人とも思わぬ態度で現場を仕切るせいで、ムカムカするばかりで、ページが先に進みません。
また、ヴァン・ダインの影響が、もろに出ていて、やたらと、関係者からの聞き取り場面が長いのも、うんざりさせられます。 エラリーが、経営者の私室を調べに行くと、急に動きが出て、小説っぽくなります。 その後、また、聞き取りに戻ってしまうのですが・・・。 この作品を書いていた時点では、まだ、作者が、自分のスタイルを確立していなかったのだと思います。
以下、ネタバレ含みます。 経営者の机の上に並んでいた、カテゴリーがバラバラの本から、デパートの書籍部門が、麻薬取引の連絡場所に使われていた事が判明する件りになると、俄然、面白くなり、ゾクゾク感が盛り上がってきます。 一定の暗号的法則で選ばれた本に、取引場所が書き込まれているというものなのですが、児戯に等しいと言えば言えるものの、それが面白いのだから、仕方がありません。 ポーの≪黄金虫≫から始まったものと思いますが、こういうパズル的な要素は、やはり、推理小説には必要だと思わされますねえ。
作者お得意の、理詰めに走って、不自然になっているところもあります。 ウィーヴァー秘書が、書籍部責任者の奇妙な行動に気づいて、同じ本を収集したのは良いとして、なぜ、それを、経営者の机の上に並べなければいけないのかが、分かりません。 普通、自分のロッカーとか、自宅とか、他人に知られない所に置くんじゃないですかね? 単に、「偶然、犯人の目に触れた」という流れにしたいが為に、御都合主義で、そんな所に並べさせたとしか思えません。
犯人の絞り込みですが、指紋検査の粉を使ったと分かった時点で、容疑者は、二人になってしまい、その内の一人は、最初に出て来た後、全く、出番がありませんから、残りは一人になって、もう、そいつ以外あり得ない事が、分かってしまいます。 「そう思わせておいて、別に犯人がいる」という誤誘導かと思いながら、読み進んだのですが、結局、そいつが犯人で、何の捻りもありませんでした。 1930年では、長編推理小説は、まだまだ、草創期の内ですから、完成度が高くないのも致し方ないのか・・・。
あと、この作品には、人種差別表現が出て来ます。 原作の問題なのか、翻訳の問題なのかは、不明。 同じ創元推理文庫で、訳者が、ヴァン・ダイン作品と同じ人ですから、出て来ても、不思議はないです。 ヴァン・ダイン作品の感想でも書きましたが、1961年の発行なら、この種の表現があっても、目くじら立てる人は、少なかったでしょう。 だけど、同じ版を、1987年まで刷っていたとなると、無神経と言わざるを得ません。
≪不自然な死≫
創元推理文庫
東京創元社 1994年11月初版
ドロシイ・L・セイヤーズ 著
浅羽莢子 訳
沼津市立図書館にあった本。 今までに読んだ、セイヤーズの他の本に比べれば、綺麗で、助かりました。 同じ時期に出版され、購入されているのに、なぜ、この本だけ、綺麗なのか、理由が分かりません。 二冊読んで、飽きてしまい、三冊目を読まない人が多いんでしょうか?
発表は、1927年。 セイヤーズの長編推理小説の第三作。 探偵役は、ピーター・ウィムジイ卿。 第一作から、第二作までは、三年も開いていたのに、この第三作は、第二作の翌年に出ています。 恐らく、作者が、長編推理小説の作り方・書き方について、何か、コツを掴んだのでしょう。
医者の予想よりも、遥かに早く死んでしまった癌患者の話を聞いて、不自然さを感じたピーター卿が、調査員のクリンプスン嬢を送り込んで、捜査を進めたところ、遺産相続人である若い女が、相続法の改定前に、被相続人を殺害した疑いが強まり、パーカー警部や地元警察も動き出すものの、予想以上に犯人が凶悪で、連続殺人を止められない話。
ネタバレのような梗概ですが、なに、大丈夫です。 犯人が誰かは、早い段階で、読者に分かってしまうので、バラしても、小説の面白さを損なう事はありません。 つまり、フー・ダニットというよりは、ハウ・ダニットなのですが、本当に面白いのは、外堀を埋めるように、容疑が固まっていく過程でして、どうやって殺したかも、さほど、重要ではないです。
話の作り方が巧みになっていて、第一作とは、雲泥の差。 第二作と比べても、かなり上です。 小説家の技量面の成長が、これだけ、はっきり出ているケースも珍しい。 漫画家なら、急に絵がうまくなっていく時期というのは、ありますけど。 第二作では、とってつけたような、コミカル場面がありましたが、この作品では、語る事が多いせいか、笑いを取ろうとしている部分は、ほとんど、ありません。
ピーター卿は、一応、探偵役ですが、あまり、活躍はしません。 話の方が、探偵の存在に頼らなくても、どんどん進むので、適当な役回りを当てられなかったのだと思います。 もともと、そんなに好感度の高い探偵役ではないから、活躍しなくても、ちっとも気になりません。
三人殺されるのですが、殺害方法の方は、三件とも、トリックというほどのトリックではなく、本格派としての資格は欠いています。 しかし、これだけ、面白ければ、本格に拘る方が愚かというものでしょう。 当然、作者は、それを承知で話を作っているわけで、そういう点も、第一作とは、天地の違いを感じるのです。
物語の面白さの本質を見抜き、小説に具現化させたといったら、ちょっと、誉め過ぎでしょうか。 とにかく、読んで、損はない作品です。 読み始めれば、すぐに引きこまれて、ページが勝手に進むと思います。
面白いだけに、こういう事は書きたくないのですが・・・、有色人種に対する差別表現が出て来ます。 原作レベルなのか、翻訳レベルなのかは、分かりません。 1994年の訳で、こういうのが入っているのは、違和感が強いですなあ。
以上、四作です。 読んだ期間は、今年、つまり、2018年の、
≪ローマ帽子の謎≫が、3月10日から、17日にかけて。
≪雲なす証言≫が、3月18日から、22日。
≪フランス白粉の謎≫が、3月23日から、4月3日。
≪不自然な死≫が、4月5日から、11日にかけて。
前回の最後に紹介した、≪誰の死体?≫以降、セイヤーズは、ピーター卿シリーズの最初から、クイーンは、国名シリーズの最初から、順に読んで行ったのですが、今回出した分で、早くも、行き詰まりました。 沼津の図書館に、続きの本がないのです。 クイーンは、後期作品なら、そこそこの数があるのですが、やはり、発表順に読んだ方がいいと思いまして。
三島図書館に行けば、もっと、数が揃っているのですが、遠いので、行きたくありません。 別に急ぐわけでもないですから、クイーンとセイヤーズは、一時休止して、今は、コリン・デクスターを読んでいます。
≪ローマ帽子の謎≫
創元推理文庫
東京創元社 1960年12月初版 1988年2月55版
エラリー・クイーン 著
井上勇 訳
沼津市立図書館にあった本。 これも、きったない本だのう。 水没痕こそないものの、汚れ、折れ、皺と、コンディションの三悪が揃っています。 有名どころの作品なのだから、新しい版に買い換えればいいのに。 こんなものを貸し出しているのは、図書館の恥と言っても良いのでは?
発表は、1929年。 エラリー・クイーンという作家は、アメリカ人の二人組で、ヴァン・ダインが、アメリカで推理小説を復興させたのを見て、自分達も書こうという気になり、最初に発表したのが、この作品です。 「国名シリーズ」と呼ばれている、初期の作品群の第一作。 昔の文庫本の文字サイズで、430ページもある、かなりの長編です。 読むのに、8日間もかかりました。 長いからというより、興が乗らないから。
活劇が大当たりしている、ニューヨークの≪ローマ劇場≫で、上演中に、弁護士が毒殺される事件が起こり、早速、部下の一団を連れて現場に乗り込んだクイーン警視と、その息子の推理作家、エラリーが、被害者のシルク・ハットがなくなっていた事を、最大の手掛かりとして、背景にある恐喝事件を探り出し、殺人犯を特定して行く話。
ややこしいですが、クイーン警視のフル・ネームは、「リチャード・クイーン」、息子の方は、「エラリー・クイーン」で、作中では、「クイーン」と言ったら父親の方、「エラリー」と言ったら、息子の方と、書き分けています。 作者の名前も、エラリー・クイーンなので、一人称かというと、そうではなく、三人称で、全然、違う人物が、小説体に記録したという設定になっています。 「ややこしいにも、限度がある!」と、机を叩きたくなるところですが、まあ、落ち着いてください。 実際に読んでみれば、混乱するほどではないです。
で、記念すべき第一作なんですが、どうにもこうにも、誉めようがありません。 推理小説としての、謎のアイデアは良いと思いますが、書き方に問題があり、ダラダラと、異様に長ったらしく、小説としては、明らかに失敗しています。 ヴァン・ダイン作品を踏み台にして、それ以上を狙った形跡がアリアリと見受けられるのですが、ただ、描写を細かくしただけでは、それ以上にはなり得ますまい。
それに、細かい描写をしても、アメリカが舞台だと、イギリスのような、濃密な感じが出ないのには、哀しいものがありますなあ。 冒頭から出て来る警官たちが、妙に粗暴に感じられるのは、いかにもアメリカンな印象です。 これだもの、アメリカのミステリー界が、ハード・ボイルドに流れて行ってしまうわけだ。
探偵役を、クイーン警視とエラリーの、二人にしてしまったのが、また、いけない。 一つの作品に、二人の探偵役を出すと、どうしても、どちらかが鋭くて、どちらかが鈍くになってしまうのですが、この作品では、クイーン警視の方が鈍くされており、それでいて、実質的な主人公が、クイーン警視なものだから、収まりが悪いというか、バランスが悪いというか、すっきりしない配役になっているのです。
更に、ヴァン・ダイン作品の真似方に事欠いて、ファイロ・ヴァンスの嫌味ったらしい性格を、エラリーに移植しているのが、顰蹙もの。 よりによって、どうして、最も評判の悪い要素を真似たのか、意図が分かりません。 古典知識のひけらかしなんて、気障なだけで、聞かされる方は、不愉快千万。 何の魅力にもならないと思うんですがねえ。
「ローマ帽子」という名前の帽子があるわけではなく、ローマ劇場で、シルク・ハットが消えたから、ただそれだけの関連で、こういうタイトルになっています。 国名シリーズとは言いながら、その国と必ず関係があるわけではないわけだ。 劇の内容も、ローマとは、何の関係もないです。
帽子がいくつも発見されるクライマックスには、多少、ゾクゾク感があますが、よく考えてみると、「警察で、家中隈なく捜した割には、そんな場所に気づかないのは、迂闊過ぎるんじゃないの?」と思わないでもないです。 クライマックスと、逮捕場面、謎解き場面がズレていて、逮捕場面は、ただの活劇、謎解き場面は、クイーン警視が喋るだけで、ちっとも面白くないです。
謎と、推理、捜査過程は、とことん、理詰めで、そういうのが好きな人なら、評価が高くなると思います。 アイデアに対して、ストーリーの語り方が、追い付いていない感じ。 ちなみに、理詰めが苦手な人でも、割と早い段階で、犯人の見当はつきます。 私は、犯人の最初の言動で、「ああ、こいつだろう」と思ったのですが、それが当たりでした。 そういうところを気取らせてしまうようでは、いい推理小説とは言えません。
トドメに、量的には、ほんのちょっとですが、肝腎要の、犯人の素性について語っている部分に、人種差別が出て来ます。 動機の根幹に関わるような事で、さらっと読み流せないところです。 ヴァン・ダインだけでなく、エラリー・クイーンも、結局、こういう作家なのか・・・。
≪雲なす証言≫
創元推理文庫
東京創元社 1994年4月初版
ドロシイ・L・セイヤーズ 著
浅羽莢子 訳
沼津市立図書館にあった本。 汚い上に、ボロボロ。 その上、水没痕あり。 いいとこなし。 あまりにも、状態が悪いので、除菌だけでは追いつかず、コピー用紙でカバーを作り、それをかけて、読みました。 ところで、どーでもいー豆知識ですが、文庫本や新書本の場合、A4の紙でカバーが作れます。
発表は、1926年。 セイヤーズの長編推理小説の第二作。 探偵役は、ピーター・ウィムジイ卿。 第一作から、第二作まで、三年も開いているんですねえ。 370ページくらいあり、結構な厚さです。 つまらない作品ではないのに、読み終えるのに、5日間もかかってしまいました。 その前に読んでいた、≪ローマ帽子の謎≫にもてこずったので、返却日ギリギリになってしまいましたよ。
ピーター卿の兄、デンヴァー公爵が、妹の婚約者を射殺した容疑で逮捕されてしまう。 ピーター卿が、パーカー警部と共に、捜査に乗り出すが、事件関係者が、ことごとく、何かを隠して、嘘の証言をしており、それらの裏事情を、一つ一つ解き明かして、事件の真相に迫って行く話。
面白いです。 というか、読み応えがあります。 いや、やはり、面白いと、素直に認めてしまうべきか。 推理小説の命、ゾクゾク感は、ほとんど覚えないのですが、ピーター卿が、捜査で精力的に動き回る様子が、冒険小説的な、ワクワク感を醸し出しているのです。 とりわけ、霧の中で、底なし沼に嵌まる場面は、ベタと言えばベタで、助かるに決まっていると分かっていながら、手に汗握らせます。
トリックと言えるような、トリックはありません。 謎は、大変、凝っていますが、偶然が過ぎるせいで、不自然な事件になっています。 こんな事は、確率的に、まず起こりえません。 という事は、つまり、読者側が、推理しながら読む事はできないという事ですが、それが瑕になってはいません。 いっそ、推理小説と思わずに、普通の小説だと思って読めば、サービスたっぷりで、完成度が高い作品と言えると思います。
強いて、難点を挙げるなら、ラスト近くの、弁護士による最終弁論は、長過ぎでしょうか。 事件の経緯を、一から解説し直すのですが、読者側からすると、すでに分かっている事が多いので、読むのが億劫になります。
うーむ、感想が、この程度しか出ないのは、どういうわけだろう? 面白いけれど、絶賛するほどではない作品の場合、貶すにも、誉めるにも、材料が少ないから、簡素な感想になってしまうのかもしれません。
≪フランス白粉の謎≫
創元推理文庫
東京創元社 1961年3月初版 1987年6月52版
エラリー・クイーン 著
井上勇 訳
沼津市立図書館にあった本。 きったない本ですなあ。 もし、古本屋に持ち込んだら、「こんなものに値段がつくと思うか!」 と、怒られてしまうくらいに、ひどい。 どうも、沼津図書館にあるエラリー・クイーンの文庫本は、ほとんどが、こんな状態のようなのですが、買い換えてくださいよ、いい加減。
発表は、1930年。 「国名シリーズ」の、第2作です。 ≪ローマ帽子の謎≫と同じく、タイトルの国名と、話の中身は、ほとんど関係ありません。 そもそも、口紅は出て来ますが、白粉は出て来ません。 原題は、≪The French Powder Mystery≫で、単に、「フランスの粉」。 もし、英語の隠語で、麻薬の事を、「French Powder」と呼ぶのなら、麻薬は出て来ます。 あくまで、「もし」で、推測に過ぎませんが。
サイラス・フレンチ氏が経営する、フレンチ百貨店の室内装飾展示室で、フレンチ氏の後妻の死体が発見される。 早速、ニューヨーク市警を引き連れて乗り込んだクイーン警視と、その息子エラリーが捜査を進める内に、殺害現場が、デパートの最上階にある、フレンチ氏の私室で、そこから、死体が階下に運ばれた事が分かる。 殺人事件と前後して行方不明になっている、後妻の連れ子が、麻薬中毒だった事や、デパートの書籍部門が、麻薬取引に関わっていた事が分かって、容疑者が絞り込まれて行く話。
借りて来たのは、この一冊だけで、2週間用意して読んだのですが、なかなか、興が乗らず、手こずりました。 ≪ローマ帽子の謎≫でも同じでしたが、ニューヨーク市警の面々が、嫌悪感を覚えるくらいに横柄で、人を人とも思わぬ態度で現場を仕切るせいで、ムカムカするばかりで、ページが先に進みません。
また、ヴァン・ダインの影響が、もろに出ていて、やたらと、関係者からの聞き取り場面が長いのも、うんざりさせられます。 エラリーが、経営者の私室を調べに行くと、急に動きが出て、小説っぽくなります。 その後、また、聞き取りに戻ってしまうのですが・・・。 この作品を書いていた時点では、まだ、作者が、自分のスタイルを確立していなかったのだと思います。
以下、ネタバレ含みます。 経営者の机の上に並んでいた、カテゴリーがバラバラの本から、デパートの書籍部門が、麻薬取引の連絡場所に使われていた事が判明する件りになると、俄然、面白くなり、ゾクゾク感が盛り上がってきます。 一定の暗号的法則で選ばれた本に、取引場所が書き込まれているというものなのですが、児戯に等しいと言えば言えるものの、それが面白いのだから、仕方がありません。 ポーの≪黄金虫≫から始まったものと思いますが、こういうパズル的な要素は、やはり、推理小説には必要だと思わされますねえ。
作者お得意の、理詰めに走って、不自然になっているところもあります。 ウィーヴァー秘書が、書籍部責任者の奇妙な行動に気づいて、同じ本を収集したのは良いとして、なぜ、それを、経営者の机の上に並べなければいけないのかが、分かりません。 普通、自分のロッカーとか、自宅とか、他人に知られない所に置くんじゃないですかね? 単に、「偶然、犯人の目に触れた」という流れにしたいが為に、御都合主義で、そんな所に並べさせたとしか思えません。
犯人の絞り込みですが、指紋検査の粉を使ったと分かった時点で、容疑者は、二人になってしまい、その内の一人は、最初に出て来た後、全く、出番がありませんから、残りは一人になって、もう、そいつ以外あり得ない事が、分かってしまいます。 「そう思わせておいて、別に犯人がいる」という誤誘導かと思いながら、読み進んだのですが、結局、そいつが犯人で、何の捻りもありませんでした。 1930年では、長編推理小説は、まだまだ、草創期の内ですから、完成度が高くないのも致し方ないのか・・・。
あと、この作品には、人種差別表現が出て来ます。 原作の問題なのか、翻訳の問題なのかは、不明。 同じ創元推理文庫で、訳者が、ヴァン・ダイン作品と同じ人ですから、出て来ても、不思議はないです。 ヴァン・ダイン作品の感想でも書きましたが、1961年の発行なら、この種の表現があっても、目くじら立てる人は、少なかったでしょう。 だけど、同じ版を、1987年まで刷っていたとなると、無神経と言わざるを得ません。
≪不自然な死≫
創元推理文庫
東京創元社 1994年11月初版
ドロシイ・L・セイヤーズ 著
浅羽莢子 訳
沼津市立図書館にあった本。 今までに読んだ、セイヤーズの他の本に比べれば、綺麗で、助かりました。 同じ時期に出版され、購入されているのに、なぜ、この本だけ、綺麗なのか、理由が分かりません。 二冊読んで、飽きてしまい、三冊目を読まない人が多いんでしょうか?
発表は、1927年。 セイヤーズの長編推理小説の第三作。 探偵役は、ピーター・ウィムジイ卿。 第一作から、第二作までは、三年も開いていたのに、この第三作は、第二作の翌年に出ています。 恐らく、作者が、長編推理小説の作り方・書き方について、何か、コツを掴んだのでしょう。
医者の予想よりも、遥かに早く死んでしまった癌患者の話を聞いて、不自然さを感じたピーター卿が、調査員のクリンプスン嬢を送り込んで、捜査を進めたところ、遺産相続人である若い女が、相続法の改定前に、被相続人を殺害した疑いが強まり、パーカー警部や地元警察も動き出すものの、予想以上に犯人が凶悪で、連続殺人を止められない話。
ネタバレのような梗概ですが、なに、大丈夫です。 犯人が誰かは、早い段階で、読者に分かってしまうので、バラしても、小説の面白さを損なう事はありません。 つまり、フー・ダニットというよりは、ハウ・ダニットなのですが、本当に面白いのは、外堀を埋めるように、容疑が固まっていく過程でして、どうやって殺したかも、さほど、重要ではないです。
話の作り方が巧みになっていて、第一作とは、雲泥の差。 第二作と比べても、かなり上です。 小説家の技量面の成長が、これだけ、はっきり出ているケースも珍しい。 漫画家なら、急に絵がうまくなっていく時期というのは、ありますけど。 第二作では、とってつけたような、コミカル場面がありましたが、この作品では、語る事が多いせいか、笑いを取ろうとしている部分は、ほとんど、ありません。
ピーター卿は、一応、探偵役ですが、あまり、活躍はしません。 話の方が、探偵の存在に頼らなくても、どんどん進むので、適当な役回りを当てられなかったのだと思います。 もともと、そんなに好感度の高い探偵役ではないから、活躍しなくても、ちっとも気になりません。
三人殺されるのですが、殺害方法の方は、三件とも、トリックというほどのトリックではなく、本格派としての資格は欠いています。 しかし、これだけ、面白ければ、本格に拘る方が愚かというものでしょう。 当然、作者は、それを承知で話を作っているわけで、そういう点も、第一作とは、天地の違いを感じるのです。
物語の面白さの本質を見抜き、小説に具現化させたといったら、ちょっと、誉め過ぎでしょうか。 とにかく、読んで、損はない作品です。 読み始めれば、すぐに引きこまれて、ページが勝手に進むと思います。
面白いだけに、こういう事は書きたくないのですが・・・、有色人種に対する差別表現が出て来ます。 原作レベルなのか、翻訳レベルなのかは、分かりません。 1994年の訳で、こういうのが入っているのは、違和感が強いですなあ。
以上、四作です。 読んだ期間は、今年、つまり、2018年の、
≪ローマ帽子の謎≫が、3月10日から、17日にかけて。
≪雲なす証言≫が、3月18日から、22日。
≪フランス白粉の謎≫が、3月23日から、4月3日。
≪不自然な死≫が、4月5日から、11日にかけて。
前回の最後に紹介した、≪誰の死体?≫以降、セイヤーズは、ピーター卿シリーズの最初から、クイーンは、国名シリーズの最初から、順に読んで行ったのですが、今回出した分で、早くも、行き詰まりました。 沼津の図書館に、続きの本がないのです。 クイーンは、後期作品なら、そこそこの数があるのですが、やはり、発表順に読んだ方がいいと思いまして。
三島図書館に行けば、もっと、数が揃っているのですが、遠いので、行きたくありません。 別に急ぐわけでもないですから、クイーンとセイヤーズは、一時休止して、今は、コリン・デクスターを読んでいます。
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