2020/05/10

読書感想文・蔵出し (59)

  新型肺炎に関する日記からの移植は、リアル・タイムに追いついてしまったので、また、いずれ。 今回は、読書感想文です。 




≪江戸川乱歩全集④ 孤島の鬼≫

江戸川乱歩全集 第四巻
講談社 1978年11月20日/初版
江戸川乱歩 著

  沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。 箱やカバーがあったものと思いますが、外されて、ビニール・コートされています。 なぜ、第四巻から借りて来たかというと、一二三巻がなかったからという事もありますが、【孤島の鬼】が名作だという話を何かで読んだ事があったから。 二段組です。


【孤島の鬼】 約168ページ
  1929年(昭和4年)1月から、翌年2月まで、雑誌「朝日」に連載されたもの。 

  何者かに婚約者を殺されてしまった美青年が、婚約者が遺した系図や、彼女が幼い頃に見た景色の記憶を手掛かりに、素人探偵の友人と共に、密室殺人の謎を解こうとするが、その友人までが、衆人環視の中で殺されてしまう。 青年に同性愛的な感情を抱いている、もう一人の友人が、探偵役を引き継ぐが、婚約者が幼い頃に見た景色というのが、その友人の実家がある孤島から見える景色とそっくりで・・・、という話。

  以下、ネタバレ、あり。

  密室殺人、衆人環視殺人の辺りは、本格トリック。 しかし、江戸川乱歩さんは、物理的な本格トリックを馬鹿にしていたところがあり、それが文章に出てしまうので、読者側も、ゾクゾクしきれないものがあります。 壺を利用するアイデアは面白いですが、そんな頼みを引き受けるほど馬鹿な子供が、殺人などという、強固な意志を必要とする任務を遂行できるのかという、疑念が湧いてしまうのです。

  中ほどで出て来る、シャム双生児の告白文は、【アルジャーノンに花束を】的な面白さがありますが、モチーフとしての、シャム双生児のアイデアは、今から見ると、白けるだけです。 横溝作品にも、さんざん出て来ましたから。 しかし、当時は、読者をゾクゾクさせるのに、充分なインパクトを持っていたのでしょう。

  で、最終的な舞台である、孤島ですが、どうにも、良くありません。 前半を読んでいた時には、孤島というのは、犯人の精神的な孤独を意味しているのではないかと思っていたのですが、そうではなく、本当に、孤島に行くんですな。 シャム双生児が閉じ込められた蔵とか、洞窟とか、これまた、横溝作品で見慣れたものばかり。 もっとも、先に、その種の道具立てを使ったのは、江戸川さんだと思いますけど。

  「発表当時は、」という限定をつけるのなら、傑作と認めるのに吝かではないです。 そうでない場合、やはり、江戸川さんらしい、子供騙し的な、「お話」としか言いようがありません。 作者本人も、子供騙しになっている事が分かっていながら、戦前日本の怪奇小説界のリーダーとして、立場的に書かざるを得ずに書いていたというところが、痛々しい。

  特に問題なのは、シャム双生児を、人為的に作ったという設定になっている点でして、馬鹿も休み休み・・・、そんな簡単に、くっつけられるわけがないではありませんか。 拒絶反応とか、知らなかったんですかね? 科学を無視していたのでは、近代以後の小説は成り立たないと思うのですがねえ。


【猟奇の果】 約124ページ
  1930年(昭和5年)1月から、12月まで、「文芸倶楽部」に連載されたもの。

  金に困っていない男が、閑に飽かせて、奇妙な体験ばかりを漁っていた。 ある時、友人の科学雑誌編集長に、顔も体つきも、そっくり瓜二つな人物を目撃し、最初は面白がっていたものの、その後、その人物が、男の妻と不倫を働いている疑いが持ち上がって、次第に翻弄されて行く。 一方、総理大臣の娘や、総理大臣本人が、外見そっくりの別人に成り代わられてしまう事件が発生し、明智小五郎が出張るものの・・・、という話。

  以下、ネタバレ、あり。

  前半から、ダラダラという感じ。 顔形がそっくりな二人の人間というのは、確かに奇妙な事なんですが、劇的なエピソードを用意せずに、描写を細かくするだけで、書き綴ろうとしているので、緊張感がない展開が続いて、読む気がなくなって来ます。 それもそのはず、解説によると、江戸川さん自身が、どんなストーリー展開にするか見失っていたらしいのです。 道理で、こんな文章になるわけだ。

  途中で、完全に行き詰ってしまい、編集者からの要望で、明智小五郎を出し、「国家乗っ取りの陰謀」という方向に、強引に持って行ってしまうのですが、そちらも、何のアイデアもなしに書いているので、全く面白くありません。 大体、最初、主人公だった人物は、どこから、友人の一味になったのか、何も書いていないから、読者側は、さっぱり分かりません。

  最終的に、そっくりというのは、整形手術で作られたものと分かるのですが、それは別に、アイデアというほどのアイデアではないのでは? どうも、医学知識を、生半可に齧って、テキトーに書き飛ばしたようなところがあり、感心しません。



≪江戸川乱歩全集⑤ 蜘蛛男≫

江戸川乱歩全集 第五巻
講談社 1978年12月20日/初版
江戸川乱歩 著

  沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。 箱やカバーがあったものと思いますが、外されて、ビニール・コートされています。 第四巻を借りた次だから、第五巻。 【芋虫】が含まれており、ちと、敬遠したい気持ちもあったのですが、短編だから、読み始めれば、すぐに終わるだろうと思って、借りて来ました。 二段組みです。


【芋虫】 約16ページ
  1929年(昭和4年)1月、雑誌「新青年」に掲載されたもの。 

  戦争で、手足を失い、耳が聞こえず、声も出せなくなった夫を、復員以来、世話し続けていた妻が、次第に夫を、性的欲求の捌け口として扱うようになり、世間から隔絶された環境の中で、病的な夫婦関係が混迷して行く話。

  これは、傑作だわ。 誰が、どんなに誉めても、誉めたりないくらいの傑作。 江戸川さんは、この短編を書く為に、生まれてきたのではないかと思うほどの傑作。 この作品一作と、それ以外の作品全てを秤に掛けても、この作品の方が価値が高いと思います。 更に言えば、日本で書かれた短編小説で、これ以上のものはないでしょう。 世界レベルでも、十指に入るのでは?

  いやいや、こんな私の感想なんかで判断するより、この作品は、自身で読んだ方がいいと思います。 ページ数が少ないですから、30分もあれば、誰でも読み終えられますし。 これを読まずして死んだのでは、読書人として生きた甲斐がないというもの。

  ところで、この作品を、反戦小説として評価する人もいるようですが、それは、読み方がズレているというもの。 夫が手足その他を失った原因が、戦争ではなく、事故や犯罪であっても、成立する話だからです。


【蜘蛛男】 約156ページ
  1929年(昭和4年)8月から、翌年6月まで、雑誌「講談倶楽部」に連載されたもの。 

  自分の好みのタイプの女性ばかりを狙い、次々に、惨殺して行く、「蜘蛛男」と名付けられた犯人を捕えようと、素人名探偵の畔柳博士が、警視庁の波越警部らと共に、様々な知略を戦わせるが、ことごとく、蜘蛛男にしてやられてしまう。 外遊から戻った明智小五郎が、蜘蛛男の正体を、立ち所に看破し、形勢逆転して行く話。

  以下、ネタバレ、あり。

  求人広告で集めた女性達の中から、好みのタイプを選び出し、その日の内に殺して、バラバラにしてしまうという出だしは、大変、ショッキングで、あまりにも簡単に人が殺されてしまう事に、背筋が凍る思いがします。 また、江戸川さんは、そういうドライな情景を描写するのが巧みなんだわ。

  畔柳博士と、蜘蛛男の戦いは、トリックや謎を含んだアクション活劇で、江戸川作品としては、ありふれたもの。 【黒蜥蜴】は、5年後の1934年ですが、この作品の時点で、すでに、スタイルが確立しており、延々と、似たような話を書き続けていた事が分かります。 問題は、この作品、発表されるや、大ウケしたという事でして、当時の日本では、読者の方も、その程度だったわけです。

  「蜘蛛男」というのは、蜘蛛が、メスがオスを食べてしまう、血も涙もない生き物だという意味合いで使われているだけで、蜘蛛に関係した技を使うとか、犯人が女だとか、そういう意味ではないです。 その事は、作者自身が断っていますが、蜘蛛の性質が、他の生き物と比べて、特別、酷薄だとは思えず、このタイトルは、ちと考えが足りないのではないでしょうか。


【魔術師】 約134ページ
  1930年(昭和5年)7月から、翌年5月まで、雑誌「講談倶楽部」に連載されたもの。 

  ある宝石商の一族に恨みを持つ男が、魔術的なトリックを用いて、殺人予告を行なう。 捜査を依頼された明智小五郎が、犯人の策に嵌まり、誘拐されている間に、一族の一人が殺されてしまう。 明智小五郎の恋を絡めて、犯人である魔術師との戦いを描く話。

  以下、ネタバレ、あり。

  これも、トリックや謎を含んだアクション活劇。 くるくると場面が展開する、同じパターンの話なので、真面目に梗概を書く気になりませんな。 当時の怪奇小説界のリーダーだった、江戸川さんが、こういう話を書いていたから、その後に続いた、横溝正史さんたちが、似たようなパターンの作品を粗製乱造して行ったんですな。

  当時の世界的な流れとして、ホームズ物はすでに古典となり、アルセーヌ・ルパン物が流行っていて、ルパン物の冒険小説的な性格から大きな影響を受け、この種の作品が書かれたのだと思います。 江戸川さんが、アガサ・クリスティーらの長編本格推理小説の存在を知らなかったはずはないですが、発表の場が、雑誌の連載しかない日本では、受け入れられないと思っていたんでしょうな。 その点、冒険物は、アクション活劇的な見せ場で、毎回、クライマックスを作れるから、都合が良かったんでしょう。

  この作品の感想に戻します。 地下室の水攻めが出て来ます。 これは、後に、横溝作品で、何度も使われるネタでして、戦後になると、少年向け作品で使い回されるようになります。 先にそちらを読んでいると、安っぽくて、アホらしくなってしまいますが、この作品で最初に読んだ人達は、結構には、手に汗握ったかも知れませんな。

  酔っ払いを地下の穴倉に押し込んで、それから、入口に煉瓦を積んで、出られなくするという、随分と悠長な殺し方が出て来ますが、セメントだろうが、漆喰だろうが、地下で、そう早く乾くわけがないのであって、足で蹴飛ばせば、崩れると思うのですがね。 しかし、こういう細かいツッコミは、活劇調の江戸川作品を読む場合、封じ手にしておかないと、科学的・技術的におかしなところは、無数と言っていいほど、出て来てしまいます。

  それにつけても、気の毒なのは、宝石商の次男の婚約者だった、花園洋子さんでして、別に、魔術師の恨みの対象でもないのに、無残極まりない殺され方をしてしまいます。 また、明智小五郎が、それを止める気もなかった様子なのは、大いに解せないところ。 宝石商一族以外の者は、守る気がなかったわけだ。 人間の命が、あまりにも、軽い。



≪江戸川乱歩全集⑥ 押絵と旅する男≫

江戸川乱歩全集 第六巻
講談社 1979年4月20日/初版
江戸川乱歩 著

  沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。 箱やカバーがあったものと思いますが、外されて、ビニール・コートされています。 第五巻に続き、第六巻を借りて来ました。 二段組みです。 短編1、中編2、長編1の、4作収録。


【押絵と旅する男】 約18ページ
  1929年(昭和4年)6月、雑誌「新青年」に掲載されたもの。

  魚津へ蜃気楼を見に行った帰りの列車内で、押絵を窓枠に立てかけている男と会話をする事になり、押絵の世界に閉じ込められた人間の、不思議な顛末を聞く事になる話。

  ファンタジーという言葉を使うと、ちと、ズレてしまいますが、幻想小説ですな。 オチがあるわけでもなく、物語としては、別に、面白くはないです。 「こういうのが好きな人なら、評価するかも知れぬ」と思う程度。


【盲獣】 約78ページ
  1931年(昭和6年)2月から、3月まで、「朝日」に連載されたもの。 「朝日」は、たぶん、雑誌だと思います。

  盲人の按摩師が、触感的に美しい女性をたらしこんで、触感的快楽の世界に引き込み、飽きては殺し、バラバラにして、世間に曝すという犯罪を繰り返していた。 やがて、彼は、「触感芸術」を提唱し、批評家から高い評価を得るが・・・、という話。

  以下、ネタバレ、あり。

  江戸川さん十八番の、変体趣味が、全開。 後年になって、自薦全集を作る事になり、読み返したところ、「大変な変態趣味だ!」と自身でも驚いたというから、筋金入りです。 しかし、別に、官能的なところがあるわけではなく、やはり、犯罪小説の一類です。

  推理小説になっていないのは、事件を解決する人物が出て来ないから。 犯人が、やりたい放題やって、最後は、触感芸術を創始しておしまいという、ストーリー的には、楽しみようがない展開になっています。 解説にある通り、触感芸術というアイデアだけ、面白いです。


【何者】 約40ページ
  1929年(昭和4年)11月から、12月まで、新聞「時事新報 夕刊」に、30回前後、連載されたもの。 

  ある軍人の屋敷に、泥棒が入り、その家の息子の足を、ピストルで撃って逃げた。 ところが、庭の先にある井戸まで往復した足跡はあるものの、そこから先の足取りが全く掴めない。 金製品だけ盗まれていた事から、近所に住む金製品収集狂が疑われる。 撃たれた本人が推理を働かせ、他に犯人がいる事を証明するが、実は・・・、という話。

  コチコチというか、ガリガリというか、トリックと謎解きだけで出来た、本格物としか言いようがない本格物です。 2段組みとはいえ、このページ数ですから、小説的肉付けは、ほとんどなくて、推理遊びみたいな趣きになっています。 横溝作品に、【かめれおん】というのがありますが、それと同類。 だけど、私は、こういうのは、結構、好きです。

  真犯人の動機が、最初、隠蔽されていたのが、後で分かると、「ああ、なるほど」と思います。 息子が撃たれた箇所が、なぜ、足だったのかにも、理由があり、よく考えられていると思います。 明智小五郎が出てくるのは、ちと、詰め込みすぎか。 江戸川さんは、明智小五郎を、大変、便利に使っていたようで、こんな短い話でも、強引に出していた模様。


【黄金仮面】 約141ページ
  1930年(昭和5年)9月から、翌年10月まで、雑誌「キング」に掲載されたもの。

  黄金の仮面をつけた怪盗が、有名な古美術品ばかりを狙い、日本各地に出没していた。 明智小五郎や、警視庁の波越警部が、黄金仮面を相手に、丁々発止の知恵比べや、追いかけっこを繰り広げた挙句、相手の正体が明らかになり、あっと驚く話。

  以下、ネタバレ、あり。

  黄金仮面の正体は、中ほどで明らかになりますが、マジで、あっと驚きます。 驚くと同時に、「こんな人、勝手に登場させてしまって、著作権的に、いいのかいな?」と、心配するより先に、笑ってしまいます。 まあ、バラしてしまうと、アルセーヌ・ルパンなんですがね。

  モーリス・ルブランさんに許可を得て書いたわけでないのは疑いないところで、戦前の日本では、海外作品のパクリなんて、珍しくもなかったんですな。 「どうせ、日本の作品なんて、外国で読む人はいない」と高を括っていて、しかも、それが、事実、実情だったわけだ。 もっとも、ルブラン作品にも、【ルパン対ホームズ】という、たぶん、無許可で書いたであろうと思われるものがあります。

  後半は、明智小五郎とルパンが、騙し騙され合い、出し抜き出し抜かれ合うわけですが、アクション活劇でして、推理小説が目当てで読むと、全然、面白くありません。 ただただ、連載用に、毎回、見せ場を作って、次回に送っているだけ。 どう考えても、子供騙しですなあ。 これが、大人向けの国民的雑誌に連載されていたというのだから、戦前日本の読書人のレベルが、窺い知れようというもの。

  ちなみに、ルパンにたらし込まれてしまう日本女性で、「大鳥不二子」という人物が出て来ます。 もしかしたら、≪ルパン三世≫の峰不二子は、ここから取ったんじゃないでしょうか?



≪刺青された男≫

角川文庫
角川書店 1977年6月10日/初版 1977年8月30日/3版
横溝正史 著

  2019年8月に、ヤフオクで、角川文庫の横溝作品を、24冊セットで買った内の一冊。 ≪刺青された男≫は、角川文庫・旧版の発行順では、52番に当たります。 戦後間もない頃に書かれた、金田一物以外の短編、10作を収録。 その内、【神楽太夫】、【靨】、【蝋の首】は、≪横溝正史探偵小説コレクション⑤ 消すな蝋燭≫の時に、感想を書いているので、外します。 


【刺青された男】 約28ページ
  1946年(昭和21年)4月、雑誌「ロック」に掲載されたもの。

  神戸や上海で、刺青師に関連する人物が殺害される。 歳月が経ち、戦時中、船乗り仲間の間で、どんな時にも、シャツを脱がない男の事が、たびたび話題に上っていた。 インドネシアの山奥で、その男を診察した医師が、刺青を見て、なぜ、シャツを脱げなかったのかを知る話。

  事件が起こったのは大昔なのに、刺青を見られると、犯行がバレてしまうから、死ぬ寸前まで、シャツを脱げなかったという、長い時間の経過で、ゾクゾク感を出そうという狙い。 しかし、刺青の秘密に捻りが足りないせいで、無残に失敗しています。


【明治の殺人】 約32ページ
  1946年(昭和21年)7月、雑誌「新青年」に掲載されたもの。

  かつて、秘かに、政府要人の暗殺を実行した男が、後年になって、殺した相手の息子と、自分の娘の縁談が持ち上がり、理由を話せないまま、反対している内に、病死してしまう。 縁談について、後事を託された友人の医師が、暗殺事件の事を調査する内に、意外な真実が分かって来る話。

  以下、ネタバレ、あり。

  実は、暗殺が成功したと思っていたのは当人だけで、政府要人が死んだのは、別の原因だったというのが真相。 では、暗殺事件の時に、ピストルで撃たれた相手は誰だったのか? というのが、結末になります。

  これも、遥か昔の事件が事の起こりで、長い時間の経過で、ゾクゾク感を出そうという狙いです。 しかし、またもや、無残に失敗しています。 一番良くないのが、暗殺事件の時に、実際に撃たれた人物が、存命だったという事ですな。 それでは、話が、ぬるいではありませんか。 死んでしまった事にして、その息子にでも後を継がせ、何十年かしたら、真相を話すように、言い残してあったという事にすれば、もっと、劇的になったのに。


【かめれおん】 約26ページ
  1946年(昭和21年)8月、「モダン日本」に掲載されたもの。 「モダン日本」は、たぶん、雑誌。

  学校前の横丁で起こった、女が殺されている傍らで、男が首を吊っていた事件について、犯人と、首を吊った男が着ていたレイン・コートの色の解釈を巡り、探偵小説ファン2人が、それぞれ、違った推理を披露し、一方の推理が正しいと思われつつあったが、意外なところで、逆転して行く話。

  コチコチの本格物。 みな、顔が分からず、違う色のレイン・コートを着ていた男が、3人登場して、コートは着替える事も、重ねて着る事もできるので、誰が何を着ていたか分からない、というトリック・謎です。 ややこしくて、推理しながら読むなんて事はできません。 謎解きをされて、「ああ、そういう事か」と思うだけ。 だけど、私は、こういう話は、好きな方です。 本格物は、雰囲気だけでも、面白いです。


【探偵小説】 約43ページ
  1946年(昭和21年)10月、雑誌「新青年」に掲載されたもの。 この作品、横溝さんが、戦後最初に書いたもので、本来は、仙台の「河北新報社」の依頼されたものだったのを、長くなり過ぎたので、そちらには、【神楽太夫】を送り、後に、「新青年」に、こちらを送ったという曰く付き。

  雪国の町で起こった、若い女性が犠牲になった殺人事件を題材に、その地を訪れていた探偵小説家と、その連れ達が、駅の待合室で、推理を繰り広げる話。

  舞台が、駅の待合室というのが、変わっていて、面白いです。 こういうのは、新人作家が思いつき易いアイデアですな。 もう、戦後第一作の時点で、戦前まで書いていた作品とは、全く毛色が違っていて、戦争を境に、横溝正史という小説家が、完全に変身した事が、よく分かります。 一から出直したから、こういう柔軟なアイデアが出て来たのではないでしょうか。

  事件の推理の方は、そんなに複雑なものではなく、漫然と読んでいても、分かり易いです。 読者が見抜けるという意味ではなく、理解し易い、つまり、無理がないという意味ですが。 アリバイ崩しがメイン。 サブに、死体の移動トリック。 後者は、ホームズ物から戴いていて、その事も書いてあります。


【花粉】 約26ページ
  1946年(昭和21年)10月、雑誌「ロック」に掲載されたもの。

  大学教授の妻が、近所で起こった殺人事件に首を突っ込み、容疑者にされた知人を助けたいばかりに、謎を解くものの、そのせいで、別の知人が犯人である事を証明してしまう話。

  2時間サスペンスに多い、素人探偵物ですが、この作品の時代が古いとはいえ、別に、横溝さんが創始者というわけではなく、イギリスの推理小説界には、いくらも、前例があります。 ただ、ノリのいい奥様が探偵役だと、どうしても、コミカルなタイプの2時間サスペンスっぽい感じになりますねえ。 この作品自体は、そんなに、コミカルではないですけど。

  謎は、時計と鏡が出てくるもので、横溝作品では、何度も焼き直されています。 こんなネタを使ったという事は、注文が立て込んで、新しいアイデアを練っている暇がなかったのかも知れませんな。


【アトリエの殺人】 約22ページ
  1946年(昭和21年)10月、雑誌「オール読物」に掲載されたもの。

  同じ女性モデルで描かれた、何枚もの絵が飾られた部屋で、画家が殺されていた。 1枚の絵と、陶器の像がなくなっており、死体の上には、天井灯の電球の破片がちらばっていた。 殺された画家の友人であり、モデルになった女性の婚約者でもある男が、謎を解く話。

  以下、ネタバレ、あり。

  なぜ、電球が割られていたのかは、腕時計の蓋が割れてしまったのを、ごまかす為で、これは、よく使われるアイデアですな。 こんな短編で使っているところを見ると、横溝さんが思いついたわけではなく、過去の作家の作品からの戴き物ではないでしょうか。 絵が1枚だけ持ち去られていたところが、この作品に特徴的な謎になっています。

  暗い雰囲気ですが、長さの割には、人物設定がしっかりしていて、バランスが良い作品だと思います。


【女写真師】 約25ページ
  1946年(昭和21年)10月、「にっぽん」に掲載されたもの。 「にっぽん」は、たぶん、雑誌。

  信州S湖畔に、女写真師が経営している写真館があった。 そこで、夜な夜な、元レビュー女優が、煽情的な写真を撮られている様子を、スタジオの天窓を通して、隣の病院の屋上から覗き見していた、薬剤師の青年がいた。 ある朝、S湖に、元女優が、心臓を刺された死体となって浮かび、青年は、覗き見していた顛末を、警察に語らざるを得なくなるが・・・、という話。

  これだけでは分かりませんが、ややこしくなるので、犯人の事は書かないでおきます。 軽い話で、犯人は、割と、つまらない人物です。 殺人事件は、平凡な人間の、ごく身近でも起こっているという事を言いたいのが、作品のテーマ。

  S湖というのはたぶん、諏訪湖でしょう。 横溝作品では、諏訪湖が、よく出てきます。




  以上、四作です。 読んだ期間は、去年、つまり、2019年の、

≪江戸川乱歩全集④ 孤島の鬼≫が、9月16日から、25日。
≪江戸川乱歩全集⑤ 蜘蛛男≫が、9月29日から、10月6日まで。
≪江戸川乱歩全集⑥ 押絵と旅する男≫が、10月8日から、19日。
≪刺青された男≫が、9月27日から、10月21日にかけて。

  ≪刺青された男≫の期間が開いているのは、図書館から借りて来た、≪江戸川乱歩全集≫の借り換えの合間に、手持ちの本を、ちょこちょこと読んでいたからです。

  去年、読んだ本なのですが、今振り返ると、新型肺炎騒ぎが挟まっているので、もう、大昔のような感じがします。 確かに、世界は変わったな。