2020/03/15

読書感想文・蔵出し (58)

  読書感想文です。 今回で、横溝正史作品は、ほぼ、終了。 しかし、手持ちの本で、ヤフオクで買い集めた角川文庫・旧版の内、まだ読んでいないものがあり、それは、少しずつ、読んでいます。 図書館で借りてくる本は、その後、江戸川乱歩作品に移りました。




≪真珠郎≫

角川文庫
角川書店 1974年10月20日/初版 1978年7月30日/17版
横溝正史 著

  2019年5月に、ヤフオクで、角川文庫の横溝作品を、18冊セットで買った内の一冊。 そのセットを買った第一の理由は、≪蝶々殺人事件≫が含まれていたからですが、第二の理由は、この≪真珠郎≫が入っていたからです。 ≪真珠郎≫も、単品だと、安いのが、なかなか出て来ないのです。 

  私、このカバー絵の文庫を、1995年9月頃に、今はなき、三島の古本屋で見ているんですが、背表紙が、黒ではなく、白だったばかりに、買わなかったのです。 最近になって分かったのは、角川文庫の横溝作品は、最初の頃、背表紙が白だったようで、その本は、たぶん、ごく初期の発行だったのでしょう。

  とはいうものの、【真珠郎】は、割と最近、全集の方で読んで、感想も書いているので、割愛します。 もう一作収録されている短編の方だけ、感想を書きます。


【孔雀屏風】 約41ページ
  1940年(昭和15年)2月に、「新青年」に掲載されたもの。

  江戸時代に描かれ、二つに分割されて、遠く離れた二つの家で、別々に保存されていた屏風。 一方には、美しい娘と白い孔雀が、もう一方には、美しい青年が描かれていた。 一方の家の息子が、戦地から送ってきた手紙をきっかけに、互いに、屏風の片割れの所在が分かり、その後、屏風に隠された宝の在り処の手がかりを巡り、殺人事件まで起こるが、実は・・・という話。

  時局に合わせたような部分もあり、時局が気に入らなくて、江戸時代を発端にして、当局の目を晦ましたようなところもあります。 短い割に、あれもこれもと凝り過ぎていて、纏まりは良くありません。 アイデアは面白いのですが、先祖の因縁が子孫に表れたという話となると、これは、もはや、推理小説ではなく、伝奇ですな。

  ただ、読んでいる間は、ゾクゾクして、楽しいです。 時局の制約がなければ、もっと、のびのびした話になって、気楽にストーリーを満喫できたと思うのですがね。



≪髑髏検校≫

角川文庫
角川書店 1975年6月10日/初版 1976年3月10日/4版
横溝正史 著

  2019年5月に、ヤフオクで、角川文庫の横溝作品を、18冊セットで買った内の一冊。 角川文庫の横溝作品に、「髑髏検校」というタイトルの本が存在するのは、1995年頃から知っていたのですが、時代小説のようだったので、読む気になりませんでした。 漠然と、江戸時代の役人が探偵役を務める、推理小説だと思っていたのですが、読んでみたら、完全な勘違いでした。


【神変稲妻車】 約262ページ
  1938年(昭和13年)に、一年間、「譚海」に連載されたもの。

  田沼山城守が、信州高遠の新宮家に、家宝の名笛を譲るように強いた事から、互いに共鳴する三本の笛と、隠された財宝を巡って、新宮家の家臣と、かつて新宮家に滅ぼされた大和家の老姫一派が、相争う話。

  テキトーな梗概ですが、この程度で充分な内容です。 この作品自体が、テキトーに書き飛ばしたもので、まともな評論の対象とするようなものではないのです。 まず、主人公がはっきりしない。 話があっちに行ったり、こっちに飛んだり、およそ、落ち着きというものがありません。

  次に、ワン・パターン。 その時の中心人物が、危機に陥り、何とか乗り越え、の繰り返しばかりです。 最終的には、善玉が勝つというだけで、それまでは、悪玉がやりたい放題。 ムカムカするばかりで、面白さを感じません。 とどめが、妖術でして、妖術を出したら、何でもアリになってしまいます。

  「譚海」という雑誌は、元々は、少年向けだったようで、そのカテゴリーで書いたというのなら、なるほど、こうもなるかと頷けます。 そういえば、【神変竜巻組】も、少年向けでした。 テンポだけは、調子よく、中身が空っぽという点も、同類です。


【髑髏検校】 約147ページ
  1939年(昭和14年)1・2月に、「奇譚」に分載されたもの。 「どくろけんぎょう」と読みます。

  獲れた鯨の腹の中から、書付が出て来て、「不知火検校」と名乗る怪人物が、将軍家の姫を狙って、江戸へ向かった事が伝わる。 襲われて、血を吸われた人物が、また別の者を襲う連鎖が始まったのを、学者・鳥居蘭渓と、その一門が、ニンニクを武器に、必死に食い止めようとする話。

  ほぼ、「ドラキュラ」と同じアイデア。 翻案なんでしょう。 だけど、軽い場面転換ばかりがポンポンと進み、細部を描き込んでいないので、読み応えは、全然ありません。 推理小説的な部分は、皆無です。 草双紙的な要素を盛り込み過ぎて、吸血鬼のモチーフを活かしきれない感あり。

  とはいえ、「譚海」の後を継いだ「奇譚」という雑誌は、大人向けだったそうで、確かに、【神変稲妻車】に比べると、こちらの方が、まだ、読めるように思えます。 横溝さんは、とことん、少年向けと、大人向けを、書き分けていたようですな。



≪憑かれた女≫

角川文庫
角川書店 1977年6月10日/初版 1977年8月30日/3版
横溝正史 著

  2019年7月に、ヤフオクで、角川文庫の横溝作品を、10冊セットで買った内の一冊。 ≪憑かれた女≫は、角川文庫・旧版の発行順では、51番に当たり、この本から、本格的に、金田一物以外の中・短編の収録が始まります。


【憑かれた女】 約126ページ
  1933年(昭和8年)10月から12月まで、「大衆倶楽部」に連載されたもの。 角川文庫・新版、≪喘ぎ泣く死美人≫の中に、原型になった同題の作品が収録されていて、そちらの発表年月も、同じになっていますが、どちらが間違えているのか、分かりません。

  酒の飲み過ぎで、幻覚を見るようになった女が、顔を隠した外国人に、目隠しされて連れ込まれた屋敷で、他の女の死体を見せられた後、解放される。 僅かな手がかりを頼りに、その屋敷を捜す内、更に殺人事件が続き・・・、という話。

  海水浴場の場面から始まるからだと思いますが、大変、新しい感じがします。 とても、昭和8年とは思えない。 昭和30年代に書かれたと言われても、さほど、違和感がありません。 その事は、原形作品を読んだ時の感想でも書きましたけど。

  冒頭から、4分の3くらいは、原型作品と、ほとんど同じで、謎解きと犯人指名の部分だけ、由利・三津木コンビが登場する形に、書き改めたもの。 まさに、取って付けたような改変です。 恐らく、この頃、主だった作品を、由利・三津木コンビ物で統一したいと思っていたんでしょうな。 戦後、ノン・シリーズを、金田一物に書き改めて行ったように。

  原型の方の細部を忘れてしまったのですが、謎と犯人は、変えてあるような感じがします。 こちらでは、犯人がその人物である事が、ちと不自然な感じがするので。 ≪喘ぎ泣く死美人≫は、三島図書館の書庫にある本で読んだので、わざわざ、それを確認する為だけに、もう一度、借りに行く気になれません。


【首吊り船】 約78ページ
  1936年(昭和11年)、「富士」の、10月増刊号から11月号まで、連載されたもの。

  三津木俊助が、ある夫人から依頼を受け、満州で行方不明になった男の消息を探ろうとした矢先、二人組に略取・監禁されてしまう。 ところが、その二人組が、殺人事件に巻き込まれ、進退窮して、俊助に助けを求め、由利先生まで引っ張りだされて、夫人の所に送られて来た左腕の骨や、髑髏のような顔をした男、首吊り死体がぶら下がった船の謎などを解き明かして行く話。

  三津木俊助が、いとも容易くさらわれてしまい、さらった相手に頼まれて、事件捜査に乗り出すというところが、少し変わっていますが、それ以外は、典型的な、由利・三津木コンビ物の、草双紙趣味活劇です。 で、お約束的に、川の上での、モーター・ボートと汽船の追撃戦が出て来ます。 逃げられそうになった時に、水上警察が現れて、捕縛に成功するのですが、このパターン、どれだけの作品で読んだ事か。

  トリックや謎も、ない事はないのですが、それらが軸になっているのではなく、全て、小道具の一部に過ぎません。 由利・三津木コンビ物に於いては、同じようなモチーフ、同じようなストーリーを組み合わせ直して、何十作も、同じような作品を量産していたわけですが、そんなでも罷り通ってしまったというのが、戦前の日本のミステリー界のレベルの低さを物語っていると思います。


【幽霊騎手】 約119ページ
  1933年(昭和8年)6月から8月まで、「講談雑誌」に連載されたもの。

  幽霊騎手と呼ばれる、一種の義賊が巷で持て囃されている最中、その幽霊騎手を題材にした芝居がかけられる。 その日の舞台が終わった直後、主演俳優が、贔屓にされている夫人から、舞台衣装のままで、すぐに来てくれるように呼び出される。 屋敷では、夫人の夫が、殺されており、俳優の咄嗟の機転で、幽霊騎手が犯人のように工作するが、実は、その事件の背後には、その夫と仲間が満州から持ち帰った金塊の争奪戦が絡んでいて・・・、という話。

  主人公は、俳優で、その友人達を、アシスタントに配しています。 ノン・シリーズですが、たぶん、シリーズ化を狙っていたと思われるような、細かい役割分担の設定がなされています。 この作品の後、横溝さんは喀血して、療養生活に入ってしまうので、続かなかった模様。

  話の中身は、怪盗ルパンのパクリをベースに、草双紙趣味的な活劇に仕立てたもの。 一応、トリックはありますが、人間がすり変わっているという種類のものです。 本当の幽霊騎手が誰なのか、作者自身が、途中まで、方針を決め兼ねていたのではないかと思われるフシが見られ、その点で、辻褄が合わないところもあります。

  この作品にも、川の上での追撃戦が出て来ます。 もう、焼き直しの焼き直しもいいところ。 焼き直し以前に、川の上の追撃戦は、シャーロック・ホームズの【四つの署名】のパクリでして、パクったものを、何度も何度も焼き直し、それで通ってしまっていたわけですから、戦前日本のミステリー界のレベルが、ほとほと、思いやられようというもの。


  この本に収録されている三作の中では、【憑かれた女】が、ダントツに優れていて、本格トリック作品なので、もし、戦後に、金田一物に書き直されたとしても、普通に楽しめたと思います。 ただ、解説によると、これにも、元になった外国作家の作品があるとの事。 戦前の日本のミステリーは、オリジナルを尊ぶというレベルにすらなかったわけだ。



≪一寸法師≫

創作探偵小説集第七巻
春陽堂 1927年3月20日/初版
春陽堂書店 1993年11月30日/復刻初版
江戸川乱歩 著

  沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊で、復刻版である事を記した奥付が、1枚追加されている外は、昭和2年発行の本と、全く同じという、完璧に近い復刻版です。 文章は、旧仮名遣いで、活字もルビも、昔のまま。 しかし、慣れれば、さほど抵抗なく読めます。


【パノラマ島奇談】 約150ページ
  1926年(大正15年)10月から、途中休載を含み、1927年(昭和2年)4月まで、「新青年」に連載されたもの。 本に解説が付いていないので、以上、ネット情報。

  売れない小説家が、自分そっくりの資産家が死亡したのを利用して、土葬の墓から生き返ったという設定で、その人物に成りすまし、資産を売り払って、離れ小島に、かねてから夢想していた、理想郷を建設する。 しかし、資産家の妻だけは、騙しきれず・・・、という話。

  以下、ネタバレ、あり。 しかし、ネタバレしても、問題ないような内容です。

  「パノラマ」というのは、昔、見世物小屋にあった、景色がいろいろに変わる仕掛けの事らしいですが、仕組みは大体分かるものの、規模など、実際の雰囲気は、どんなものだったのか、想像するしかありません。 それを、離れ小島に、本物の景色として作ったという話。 錯覚を利用して、小さな島を広大な土地に見せかけているという説明が、くどいくらい、繰り返されています。

  成りすましそのものも、犯罪ですが、正体がバレないように、妻を殺してしまおうというのが、メインの事件。 しかし、この作品の読ませ所は、事件ではなく、島に作られた理想郷の細かな描写です。 理想郷と言っても、社会丸ごとのユートピアではなく、個人の妄想で捏ね上げた、見せかけだけのファンタジックな世界なんですが、よくも、想像だけで、ここまで考えたものと、感服するほど、緻密です。

  しかし、パノラマ島の描写が細かければ細かいほど、事件の方が、薄っぺらに感じられて、物語全体のバランスが悪くなります。 たとえば、純然たるファンタジー作品に、妻殺しの事件が出て来たら、なんか、そこだけ、妙にリアルで、変でしょ? 


【一寸法師】 約196ページ
  1926年(大正15年)12月8日から、途中休載を含み、1927年(昭和2年)2月20日まで、「東京朝日新聞」に連載されたもの。 「大阪朝日新聞」でも、当初、同時連載されていたけれど、その後、ズレて行ったらしいです。 以上、ネット情報。

  一寸法師と呼ばれる、顔と胴は大人なのに、手足が短い男が、実業家の娘の死体をバラバラにし、腕をデパートのマネキンに差し込んだり、実業家宅に送りつけて来たりと、奇怪な犯行を繰り返す。 実業家の後妻に岡惚れしている青年が、友人の明智小五郎に捜査を依頼し、明智の手腕で、一寸法師を追い詰めるが、実は犯人は・・・、という話。

  以下、ネタバレ、あり。

  私は、中学時代に、この作品のあらすじを、友人から聞いたと思っていたのですが、それは、短編、【芋虫】の間違いでした。 こちらは、トリックや謎、活劇場面を含む、草双紙的な作品でした。 トリックはあるにはありますが、ささやかなもので、本格物とは、とても言えません。

  横溝作品、【蝶々殺人事件】のメイキング譚で、「ピアノの中に死体を隠すなんて、無理」という音楽関係者のコメントが出て来ますが、たぶん、この作品を念頭に置いて言ったのだと思います。 つまり、江戸川さんは、ピアノの構造を、よく知らなかったわけだ。 まあ、私も知りませんけど。

  文章のタッチが秀逸で、恐らく、発表当時は、翻訳文体と言われたと思いますが、醒めた三人称で、淡々と語られ、そのせいか、ただ読んでいるだけで、ゾクゾクします。 しかし、一寸法師の特徴と、事件の中身に、必然的な関連が薄く、バラバラ感が強くて、お世辞にも、纏まりのいい話とは言えません。

  また、終わり方が、生ぬるくて、一寸法師を除き、「みんな、根はいい人」にしてしまったのは、最悪。 せっかく、ドライに語り進めてきたのに、最後で、これはないでしょう。 江戸川さん本人は、この作品に、大いに不満があったらしいですが、そりゃそうだろうと頷けます。 どうも、江戸川作品は、魅力的な部分と、しょーもない部分が、同居している感がありますな。

  言うまでもなく、障碍者を差別している作品なので、「昔だから、許された」という事を、前提にして読む作品です。




  以上、四作です。 読んだ期間は、去年、つまり、2019年の、

≪真珠郎≫の【孔雀屏風】が、8月9日。
≪髑髏検校≫が、8月10日から、18日まで。
≪憑かれた女≫が、8月19日から、25日。
≪一寸法師≫が、9月3日から、13日にかけて。

  新型肺炎の影響ですが、今回、紹介する本は、だいぶ前に借りたものだから、関係なし。 2020年3月上旬の現状ですが、まだ、外出規制はかかっていないので、図書館には通っています。 外出規制がかかっても、数日に一度は出かけられると思うので、図書館が閉鎖にならない限り、何とか通い続けられると思います。

  沼津の図書館は、1階と2階が書籍で、1階は、雑誌、新聞、実用書、現役作家の小説などがあり、結構、人が多いのですが、全集など、私が読むような本は、ほとんど、2階にあり、1階と同じ床面積のフロアに、10人以上いたのを見た事がないくらい、人が少ないです。 ここで感染する心配は、まず、ないでしょう。

  ちなみに、私は、借りて来た本も、買った本も関係なく、必ず、アルコール除菌してから、読み始めます。 新型肺炎対策というわけではなく、アルコール除菌液を買うようになった、2013年頃から、ずっと、そうしています。