2020/06/21

EN125-2Aでプチ・ツーリング ⑧

  週に一度、「スズキ(大長江集団) EN125-2A・鋭爽」で出かけている、プチ・ツーリングの記録。 8回目です。 今回で、緊急事態宣言前までの分は終わります。 プチ・ツーの記事が少ないので、バイクを眠らせた記事も添えておきます。




【バイクで拓南神社①】

  4月10日に、バイクを出し、沼津市の、東名インター・チェンジの少し北側にある、拓南神社へ行って来ました。

≪写真1左≫
  インターから北側へ延びる道を進み、新東名と交差して、更に少し行くと、左側に案内標識があります。 その道を入って行くと、短い住宅街を抜けて、杉・檜林を下る坂道になります。

≪写真1右≫
  杉・檜に、俳句の短冊が縛りつけてあります。 神社を管理している人が、俳句の会に入っているのでしょうか。

≪写真2≫
  下りきる手前に、神社がありました。 名前からして、古くからの神社ではあるまいと思っていたのですが、解説板を読んだら、案の定、戦時中、この辺りに、東南アジア侵攻に備えて、人材を育成する訓練所があり、そのOBが、戦後、付近に住み着いて、かつての仲間の霊を鎮める為に造った神社との事。 神ではなく、人を祀ってあるわけだ。 神道というのは、元々は、死者の鎮魂から始まったのかも知れませんな。

  私は、昔は、この手の戦争絡みの施設は、大嫌いで、怖気を振るっていたのですが、今は、自分自身、人生が残り少なくなったせいか、何とも思わなくなりました。 別に、好きになったわけではないですけど。

≪写真3左≫
  訓練所があった頃の、訓練生と近所の住人との逸話を書いたもの。 微笑ましいと言えば、微笑ましいのですが、若い男ばかり集めた施設があると、近所の人達は、怖かっただろうなあ、とも思います。

≪写真3右≫
  手水舎。 大きな石鉢が使われていました。 窪みは、彫ったものだと思います。

≪写真4左≫
  参道の石段。 ごく新しいもの。 そんなに、長くありません。 狛犬(獅子)の奉納年は、平成3年(1991年)とありました。

≪写真4右≫
  社殿。 これも、新しいです。 神社自体が造られたのは、1974年だそうですが、もっと新しく見えます。 サイズ的には、祠でして、人が中には入れるような建物ではないです。

≪写真5≫
  神社の前に停めた、EN125-2A・鋭爽。 この角度だと、ちと、もさいですな。 オフロード車に比べると、オンロード車は、やはり、ボテッとした印象になりますねえ。



【バイクで拓南神社②】

≪写真1左≫
  不思議な形の椅子。 生き物のようです。 境内には、なぜか、椅子がたくさんありました。 行事で、人が集まるのかも知れません。 しかし、元訓練生だけが集まっているのだとしたら、もう相当、人数が減っている事でしょう。 元からあった神社ではないから、手入れをする人がいなくなったら、荒廃して行くのかも知れません。

≪写真1右≫
  去年の夏、バイク吟味をしていた頃の事。 「バイクを買ったら、観光地や、美術館、博物館などへ乗り付けて、バイクをさりげなく停めておき、興味がある奴等に見せつけてやろう」と目論んでいたものですが、いざ、手に入れてみると、行くのは、人がいない所ばかりになりました。 悪戯されないから、その方が安心ですけど。

≪写真2≫
  神社から、徒歩で、少し下ると、自然公園に出ました。 「もみじ平」というそうです。 公園と言うより、広場程度の大きさですが、大変、気持ちがいい所でした。

≪写真3左≫
  妙に急な角度の堰堤。 地図を見ると、この上に、「愛鷹運動公園」があるようなのですが、確かめてきませんでした。 もみじ平から、上がれるようになっているかどうかも、不明。

≪写真3右上≫
  タンポポ。 いくつも咲いていました。 最も形がいいのを撮影。

≪写真3右下≫
  これは、花韮(ハナニラ)。 群生する性質があります。 特に、山の中でなくても、あちこちで見られます。 ユリ科。

≪写真4≫
  新緑の楓。 楓は、紅葉も、新緑も、美しいですな。


  この後、元来た道で帰りました。 通勤時代に通っていた道なので、懐かしかったです。 車時代、バイク時代を合わせると、22年も通っていたわけで、思い出すと、泣けて来ます。 好きでもない仕事を、よく頑張ったな、そんなに長く・・・。 誰も誉めてくれないから、自分で自分を誉めるしかありません。



【バイクで弘法大師堂①】

  4月16日、バイクで、愛鷹山の裾野にある、「弘法大師堂」に行って来ました。 地図によると、「八畳石公園」と、「赤野観音堂」の中間地点にある様子。

≪写真1≫
  途中、沼津市立図書館に寄り、ブック・ポストに、≪松本清張全集 3 ゼロの焦点・Dの複合≫を返しました。 緊急事態宣言が静岡県に発令される前から、臨時休館中。 5月6日まで。

≪写真2≫
  図書館の駐輪場。 左は、私のバイクですが、右は、たぶん、図書館職員のバイクだと思います。 いつも、停めてあるので。 ホンダの「CBR250R(MC41型)」(2011-2017年)。 見ただけで分かるわけではなく、車種名が書いてあったので、テキトーに覚えておいて、帰ってから、ネットで確認した次第。

  カウル付きである事を別にしても、リヤ・フェンダーが跳ね上がった、今風のデザインです。 125と250では、排気量に、2倍の差がありますが、車体サイズは、ほとんど変わりません。 しかし、人が乗った様子を傍から見ると、やはり、125は、小さく感じられると思います。

≪写真3≫
  ここが、「弘法大師堂」。 「八畳石公園」の寸前から分岐した、急勾配の隘路を登って、エンジンを唸らせながら、どうにかこうにか、着きました。 道は、一応、舗装されていますが、車だとかなり厳しい幅員です。 

≪写真4左≫
  これが、お堂。 弘法大師の石像が収まっています。 コンクリート製なのは、もちがいいからでしょう。 人里離れた山の中なので、木造で壊れたら、なかなか、直しに来れません。 元は、別の場所にあったのを、東名高速道路の建設に伴い、ここへ移転したと書いてありました。 昭和41年(1966年)というと、半世紀以上、前になりますな。

≪写真4右≫
  隣接している、祠。 「琴ノ平神社」という名前だそうです。 祠でも、神社は神社。 鳥居は、コンクリート製のがありました。

≪写真5左≫
  祠の方の鳥居脇にあった、椅子と机。 コンクリートと石で出来ています。 一貫して、朽ち果てない材料だけで作ったわけだ。 森が鬱蒼とし過ぎていて、ここに座って、飲み食いするという気分にはなりませんが。

≪写真5右≫
  お堂の前に、バイクを停められる平地がなくて、50メートルくらい、上へ行って、路肩に停めました。 誰も来ないから、悪戯される心配はありません。



【バイクで弘法大師堂②】

≪写真1≫
  「赤野観音堂」まで登りました。 ここには、今年の1月にも来ています。

  門前に停めた、EN125-2A・鋭爽。 何度も書くようですが、このバイク、荷台が付いている方が、外した場合よりも、圧倒的にシャープな印象に見えます。 もはや、ドレス・アップ用アクセサリーと言っても良い。 何でも、外せばいいってもんじゃないんだわ。

  ネットで見ると、トランクを付ける人も多いのですが、この荷台を隠してしまうのは、惜しいなあ。

≪写真2≫
  赤野観音堂の門前から見下ろした、南側の景色。 愛鷹山の裾野には、茶畑がたくさん、あります。 遠くに見えるのは、伊豆半島北西部の山並み。 左の方のボコボコッとしたのは、沼津アルプス。 駿河湾の海面も、少しだけ、見えています。

≪写真3≫
  茶畑の隅で咲いていた、平戸躑躅。 うちにもありますが、どこで見ても、大きくて、華やかで、気持ちがいい花です。

≪写真4左≫
  赤野観音堂から、少し上へ上った所に、私有地らしき森があり、そこに鳥居がありました。 という事は、奥に神社があるわけだ。

≪写真4右≫
  森に入って行ったら、こんな祠がありました。 基礎もしっかり打ってあって、個人で建てたにしては、立派な祠です。 名前が確認できなかったのが、残念。 燈篭、狛犬、手水舎など、他の設備はなかったです。


  この後、西へ向かい、地図で調べた神社二つを探したんですが、見つかりませんでした。 新東名が出来る前の地図なので、どうも、別の場所を探していたような気がします。 緊急事態宣言が解除されたら、また、行ってみようと思っています。



【バイクを眠らせる①】

≪写真1左≫
  新型肺炎の緊急事態宣言が、静岡県にも出たので、週一のペースで続けていたプチ・ツーリングは、打ち切りにし、4月19日に、バイクを眠らせました。

  本当なら、燃料タンク内が錆びないように、満タンにすべきなのですが、何かと面倒なので、それは、端折りました。

≪写真1右≫
  まず、燃料コックを閉めます。 燃料タンクから、キャブレーターに向かう途中にあります。 ここを遮断しておいて、エンジンをかけ、2分間くらい、アイドリングしたら、エンジンが止まりました。 キャブレーター内を空にするのは、中に溜まったガソリンが固着するのを防ぐ為です。

≪写真2左≫
  シートを外します。 EN125-2A・鋭爽は、ヘルメット・ホルダーのキー・シリンダーを、逆方向に回すだけで、簡単に、シートを外せます。 外したシートを置く時には、表皮を傷つける物がない場所を選びます。 地面や、コンクリート面に置くなど、以ての外。 立てかけるのも、倒れる恐れがあるので、危険。

≪写真2右≫
  右側のサイド・カバーを外します。 爪一ヵ所、ボス2ヵ所で留まっているだけ。 ボスを抜く時に、カバーを割ってしまう事があるので、カバーを引っ張るよりも、ボス穴の反対側から、棒のような物で押し出した方が、無難です。 ただ、そういう事ができない車種も多いです。 普通は、サイド・カバーを外さないと、シートを外せないので。

≪写真3≫
  右側のサイド・カバーを外すと、バッテリーが見えます。 まず、スパナで、端子を外します。 外す時には、「-→+」の順。 取り付けるときには、「+→-」の順になります。

≪写真4≫
  ゴム・バンドを外すと、バッテリーが外れます。 ゴム・バンドは、割と切れ易いので、慎重に扱います。 ただ、切れてしまっても、ゴム糊や、当てゴムなどで、直せない事はないと思います。



【バイクを眠らせる②】

≪写真1≫
  EN125-2A・鋭爽の標準バッテリーは、開放型ですが、このバイクは、前の持ち主が、密閉型(メンテナンス・フリー型)に交換してありました。 もちろん、メンテ・フリーの方が、もちがいいです。 「SUPER NATTO  SB7-A」ですが、アマゾンで調べたら、3850円(送料無料)でした。 結構な値段ですな。

≪写真2≫
  外したバッテリーは、濡れ雑巾で埃を拭き取り、ビニール袋に入れて、口を縛り、玄関の靴箱にしまいました。 室内の冷暗所なら、どこでもいいのですが、取り出し易い所がいいと思って。 死ぬなよ、バッテリー。

≪写真3≫
  サイド・カバーと、シートを戻しました。 これに、バイク・カバーをかけて、冬眠ならぬ、初夏眠に入らせました。 乗りませんが、錆びないように、定期的に、手入れはします。

≪写真4≫
  眠らせる作業とは関係ないのですが、後輪タイヤの山が減って来たので、撮影しました。 中央の溝は、もうそろそろ、消えそうですが、まだ、一年くらいは、走れるかも知れません。

  タイヤというのは、晴れた日、つまり、乾いた路面でだけ乗るのなら、ツルツルでも、滑る事はありません。 というか、ツルツルの方が、接地面が多くなるので、滑らなくなります。 それは、サーキット用のタイヤを見ても分かる事。 溝が必要になるのは、濡れた路面を走る場合ですな。

  私は、晴れた日にしか乗らないから、ツルツルでも、当面は、問題ないです。 注意すべきは、更に減って、繊維が出てしまったら、即、アウトだという事。 普通に、交差点で曲がるだけでも、滑って転倒します。 若い頃、スクーターで、やった経験あり。 ツルツルになったら、乗る度に目視して、繊維が出ていないか確認しようと思っています。

  ちなみに、このタイヤは、「ダンロップ ロード・マスター 90/90-18 M/G 51H チューブレス」で、アマゾンで買うと、7000円台です。 高いな! いずれ、交換するにしても、もっと安いタイヤにすると思います。




  今回は、ここまで。

  ちなみに、眠らせた記事はあるのですが、起こした記事はありません。 起こしたのは、5月20日でしたが、その時、写真を撮らなかったのです。 ただ、バッテリーを積み直して、燃料コックを捻っただけですから。 エンジンをかけたら、一ヵ月の眠りなどなかったかのように、一発始動しました。

  そういえば、2010年の岩手応援や、2013・14年の北海道応援の時、セロー225WEを3ヵ月くらい、眠らせましたが、その後も、何事もなかったかのように、一発始動しました。 メンテナンス・フリーのバッテリーなら、その程度の期間は、難なく乗り越えられるものと思われます。