読書感想文・蔵出し (61)
先週に引き続き、読書感想文です。 というか、在庫がなくなるまで、これから、しばらく、読書感想文です。 毎週、見に来てくださっている方々で、読書に興味がない向きには、申し訳ない。 こういうのは、本の書名や、作品のタイトルで検索すると、引っ掛かるので、ざっと、内容を知りたい人が読みに来たりするのです。 私が読んで感想を書く本は、みんな、古典になっている類いだから、多くはありませんが。
≪江戸川乱歩全集⑨ 黒蜥蜴≫
江戸川乱歩全集 第九巻
講談社 1979年6月20日/初版
江戸川乱歩 著
沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。 箱やカバーがあったものと思いますが、外されて、ビニール・コートされています。 第二巻の次に、第三巻を借りようと思ったら、出払っていて、やむなく、第九巻を借りて来ました。 二段組みで、長編3作を収録。 ただし、その一つは、途中で終わっています。
【黒蜥蜴】に関しては、割と最近、家にある本で読んでいて、感想も書いているので、読み直しませんでしたが、その時は、作品データを書かなかったので、データと梗概と、あと、簡単に、感想を追加しておきます。
【悪霊】 約34ページ
1933年(昭和8年)11月から、翌年1月まで、「新青年」に連載されたもの。
降霊会メンバーの一人である未亡人が、密室の蔵の中で惨殺される。 次の降霊会でも、また女が殺されるという、霊の言葉があり・・・、という話ですが、そこで終わっています。
横溝さんの場合、病気が悪化して、連載打ち切りというのが多いですが、江戸川さんの場合、アイデアが出ていない内に、仕事を引き受けてしまい、テキトーに書き始めたものの、話を纏められなくなって、お手上げというパターンが、多かった模様。 この作品の場合、まだ、始まったばかりのところで、見通しが立たなくなっており、かなりの重症です。
面白そうな出だしなんですけどねえ。 残念だ。 この作品の続きを、募集したら良かったんじゃないでしょうか。 他人が途中まで書いた作品の、後を続けて書くのが得意という才能もあると思うのですが、編集者が、そちらの発掘をしようとしないのは、不思議です。
【黒蜥蜴】 約104ページ
1934年(昭和9年)1月から、11月まで、「日の出」に連載されたもの。
有名なダイヤを狙い、宝石商の娘の略取を企てる女盗賊と、明智小五郎が戦う話。
【黒蜥蜴】は、子供っぽい話であるにも拘らず、何度も映像化されているのですが、それは、こういう、女性のダーク・ヒーロー的な悪玉が、男性以上の能力を発揮して、名探偵相手に、知略を尽くした熾烈な戦いを繰り広げるという設定に、魅力を感じる男性が多いからでしょう。
しかし、女性の女性的性格特徴を観察した事がある人なら分かると思いますが、こういう、頭も回り、構想も雄大、アクションもお手の物といった、何でもできる、スーパー・ヒーロー的な女性は、現実には、非常に少ないです。 少ないというか、ほぼ、いないと言っても過言ではないです。 外見が美女で、性格が男という、創作上の組み合わせに過ぎないんですな。
女性には女性の、特徴的性格や、考え方があるのですが、そういう現実から目を背けて、この世に存在しないようなキャラクターを作り出してしまったのは、罪深いです。 もっとも、女傑伝の類は、多くはないものの、古くから、世界中にあり、江戸川さん一人に、責任があるわけではないですけど。 ちなみに、女傑伝に出て来る女性達は、やはり、「外見は美女で、性格は男」のパターンに嵌まっています。
【大暗室】 約173ページ
1936年(昭和11年)12月から、翌年6月まで、「キング」に連載されたもの。
弟の父親が、兄の父親を殺し、妻を奪って、子を設けた上、その妻も殺してしまったという事情で、母を同じくする二人の青年がいた。 長じて、弟は、世の中を破壊してやろうというほどの悪人になり、兄は、それを阻止する為に立ち上がる。 弟が、東京の地底に作った帝国に、兄の一派と警察が戦いを挑む話。
うーむ、【仮面ライダー】ですな。 というか、変身ヒーロー物全てが、この作品から、悪の組織のヒントを得ているのでは? エロ・グロを含むので、子供向けとは言えませんが、話の内容は、少年向け以上の何ものでもないです。 料理をする時、塩を入れ過ぎたのを、砂糖の追加で調整するのは、不可能ですが、江戸川さんは、子供っぽい話でも、エロ・グロを追加すれば、大人向けになると勘違いしていたのではないかと疑いたくなります。
地底帝国の描写は、【パノラマ島奇譚】の焼き直し。 地獄の部分は、この作品のオリジナルだと思いますが、露悪の限りを尽くしており、真面目に読む気になれません。
≪誘蛾燈≫
角川文庫
角川書店 1978年2月25日/初版
横溝正史 著
2019年8月に、ヤフオクで、角川文庫の横溝作品を、24冊セットで買った内の一冊。 ≪誘蛾燈≫は、角川文庫・旧版の発行順では、56番に当たります。 戦前、昭和10年代初頭に書かれた短編、10作を収録。 その内、【ある戦死】は、≪横溝正史探偵小説コレクション① 赤い水泳着≫の時に、感想を書いているのですが、一作だけなので、同じ文章を入れておきます。
【妖説血屋敷】 約38ページ
1936年(昭和11年)4月、雑誌「富士・増刊」に掲載されたもの。
踊りの家元の屋敷には、お染様という幽霊が出る言い伝えがあった。 家元が殺される事件があり、お染様の幽霊が絡む事件が続く話。
梗概が書き難いですな。 ネタバレさせてしまいますと、幽霊は、真犯人を庇う為に、他の人物が仕掛けたもので、本当に幽霊が出るわけではありません。 メインの殺人の原因は、真犯人の夢遊病でして、夢遊病が、この頃の探偵小説に於いて、大変、便利なアイテムとして使われていた事を再確認させてくれます。
語り調で書かれた文体が、怪談めいていて、特徴があり、雰囲気だけで、少しゾクゾクしますが、最後まで読んで、謎が解けると、「なあんだ、そんな事か」と、白けるタイプの話。
【面(マスク)】 約24ページ
1936年(昭和11年)6月、雑誌「週刊朝日・増刊」に掲載されたもの。
ある夫人が描く、絵のモデルになっていた青年が、その夫の医学博士によって、監禁される。 夫人の正体を聞かされて驚くが、意識を失っている間に、博士が自分に施した改造を知って、もっと驚く話。
入れ子式の書き方がされていて、漫然と読んでいると、時間の前後を見失ってしまうので、注意。 面白さを感じるような内容ではないから、入れ子式にして、語り方で深みを出そうとしたのだと思いますが、あまり、効果が出ていません。
【身替わり花婿】 約18ページ
1936年(昭和11年)6月、雑誌「新青年」に掲載されたもの。
イギリス・ロンドンで、浮浪者がスカウトされて、インド駐留軍の大尉に化け、さる高貴な令嬢と結婚する事になる。 やがて、本物が現れて、元浮浪者は、逮捕され、服役。 ところが、出所してきたら、結婚した妻が快く迎えてくれて、ビックリする、という話。
この梗概では分からないと思いますが、意外な結末がつけてあります。 O・ヘンリーというほど、深みはなくて、軽いショートショートという感じ。 話が、うま過ぎて、リアリティーは全くなく、小説というよりは、お話に近いです。
【噴水のほとり】 約22ページ
1936年(昭和11年)7月、雑誌「明朗」に掲載されたもの。
人並外れて、聴覚の鋭い少年が、公園の噴水の裏手で休んでいたところ、彼の位置からは見えない所へ、二人の女性が来て、痴話喧嘩を始め、一方がもう一方を刺し殺して逃げてしまった。 死んだのは、有名な男装女優だった。 事件の発覚後、少年は、現場に張り込んでいて、靴音の特徴から、花を供えに来た女性ファンの一人を犯人だと見抜く話。
推理物といえば推理物なのですが、悲哀を感じさせる乙女チックな雰囲気でして、そちらの方に力点が置かれています。 聴覚の鋭い少年が、耳で聴いた音だけで、何が行なわれているかを描写しているところが、大変、秀逸。 犯人の断定にも、聴覚が関係して来ます。
解説によると、横溝さんの親戚に、実際、そういう少年がいたとの事。 夭折したそうですが、そちらの話も、印象に強く残りますな。
【舌】 約8ページ
1936年(昭和11年)7月、雑誌「新青年」に掲載されたもの。
不気味な物ばかり並べている露店で、壜に入った、人間の舌を売っていた。 かつて、主人に手籠めにされた小間使いが、奥様に、窃盗の濡れ衣を着せられて、半年、服役した後、ホテルの一室で、元主人の舌を噛み切って殺す事件があったのが、一週間前。 奥様が、露店へ、夫の舌を買い戻しに来る話。
梗概に書いた事が、全てです。 ネタバレも何もなく、陰惨な事件と、不気味な露店の雰囲気を楽しむ趣向の話。
【三十の顔を持った男】 約42ページ
1937年(昭和12年)5月、雑誌「新青年」に掲載されたもの。
一人の俳優が、毎日、顔や服装を換え、東京の旧市街各所に出没し、それを見抜く事ができたら、賞金を出すという企画を、ある新聞社が始め、大人気となった。 ところが、途中で、その俳優の死体が、箱詰めにされて、新聞社に送りつけられてくる。 企画を中止したくない新聞社は、たまたま見つけた、俳優そっくりの、元船乗りをスカウトし、替え玉に仕立てるが・・・、という話。
妙に面白い。 誤解を恐れずに言うなら、あまり、横溝さんらしくない方向で、面白いです。 もしや、別人の作品なのでは? いや、そんな感じがするというだけの話ですが。 ページ数も、結構あり、読み応え十分。 意外な結末がつけられていて、良く出来たショートショートと言ってもいいです。
【風見鶏の下で】 約26ページ
1937年(昭和12年)5月、雑誌「モダン日本」に掲載されたもの。
神戸の異人館の隣に、家を買ってもらった妾が、使っていない部屋の押入れで、異人館の風見鶏が見える小さな窓と、押入れの壁に落書きされた、男女の名前を見つける。 その、名前の男が近所に現れ、名前の女との関係を聞かされるが・・・という話。
意外なラストがついていますが、いささか、無理があります。 妾の生活が寂しいからと言って、逃げるとか、別れるとかなら分かりますが、そんな事を頼む人がいるでしょうか? 主人公が、精神的におかしくなっていたと言うのなら、それについて、もっと書き込みが必要です。
【音頭流行】 約28ページ
1937年(昭和12年)7月、雑誌「婦人倶楽部」に掲載されたもの。
レコード会社の企画で、ある音頭を流行らせる為に、賞金付きの踊りのコンテストが催される事になり、十羽一絡げのダンサーをしていた女が、優勝が最初から決まっているサクラの仕事を引き受ける。 ところが、会場で、地方から出て来た新婚夫婦が、都会の魅力に翻弄されて、別れの危機に陥っているのを見て、義侠心を発揮し・・・、という話。
よく出来た話のように見えて、ラストは、明らかにおかしいです。 隣村の出身なら、その事を、前以て、書いておいてもらわなければ、後だしになってしまいます。 新婚の妻の方が優勝して、スカウトされ、有名人になってしまい、面目丸潰れの夫が、一人で村に帰って行った、というラストにすれば、皮肉な話で纏まったのに。
【ある戦死】 約22ページ
1937年(昭和12年)10月、雑誌「新青年」に掲載されたもの。
新聞を読んでいて、かつて、友人の妻を奪って逃げた男が戦死した事を知った主人公が、病身の友人から、雑誌に出ていた映画女優のしている指輪の出所を調べてくれるように頼まれる。 その指輪は、友人が妻に贈った物だった。 ある青年が指輪を手に入れた経緯を語り、真相が明らかになる話。
面白いです。 この短編集の中だけでなく、私が今までに読んだ横溝さんの短編の中で、最も面白かったです。 書き方が巧みで、事件の様子が、少しずつ分って来るところが、秀逸。
【誘蛾燈】 約13ページ
1937年(昭和12年)12月、雑誌「オール読物」に掲載されたもの。
亭主の留守に、部屋の灯りの色を変える事で合図し、間男を引き込んでいる女がいた。 ある青年が、その女に殺された弟の仇をとる為に乗り込んで行くが・・・、という話。
ラストが変わっていて、意外な結末になっています。 しかし、ショートショート的な「意外な結末」ではなく、想像したのと違うという意味で、意外なのです。 実際に、青年がどういう目に遭ったのか、細かい事は書いてないので、もやもやした読後感が残ります。
≪江戸川乱歩全集③ パノラマ島奇談≫
江戸川乱歩全集 第三巻
講談社 1978年10月12日/初版
江戸川乱歩 著
沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。 箱やカバーがあったものと思いますが、外されて、ビニール・コートされています。 ようやく、第三巻を借りる事ができました。 今でも、私以外に、江戸川さんの本を借りて読む人がいるんですな。 二段組みで、長編3、短編3の、計6作を収録。
6作の内、【パノラマ島奇談】と、【一寸法師】は、ごく最近、復刻版で読んで、感想を書いているので、割愛。
【鏡地獄】 約14ページ
1926年(大正15年)10月に、「大衆文芸」に掲載されたもの。
家産を蕩尽する勢いで、鏡やレンズを使った工作に、異常な情熱を燃やしていた男が、内側が鏡になった球体に入って、気が触れる話。
梗概が、ネタバレになってしまいましたが、ネタバレしても、別段、問題がない作品です。 どれだけ深く、自分の世界に執着したかを、じっくり描き込んであるだけの作品。 鏡やレンズを使った工作に興味がない人には、ちっとも面白くないと思います。 私も、その一人。
【木馬は廻る】 約12ページ
1926年(大正15年)10月に、「探偵趣味」に掲載されたもの。
浅草の回転木馬で、音楽の演奏係を務めている年配の男が、切符切りをしている遥かに歳の若い女の為に、新しいショールを買ってやりたいと思うが、そんなお金はない。 そこへ、たまたま、ある事件が起こって、お金が手に入る話。
推理小説でも、ファンタジーでもなく、純文学に近い小説です。 というか、純文学作家が書いていれば、純文学と見做される内容。 哀愁があるものの、倫理観が狂っており、ネコババを正当化してしまっています。 これは、まずいでしょう。 警察に届ければ、確実に、持ち主の下に戻ると分かっているのに、それを使ってしまったら、立派な窃盗犯です。
【陰獣】 約66ページ
1928年(昭和3年)8月から、10月まで、「新青年」に連載されたもの。
ある実業家と結婚した女の下に、昔、交際していた男で、露悪的な作品を書く事で名を売った探偵小説家から、脅迫状が送られて来る。 その件について、本格派探偵作家に相談したところ、悪戯に違いないから、心配するなと言われるが、その内、女の夫が殺されてしまう。 本格派探偵作家は、ある大胆な推理をして、一応、事件を解決するが、実は、もう一つの可能性があり、更にもう一つの可能性も・・・、という話。
読み応えはあります。 飛ばし読みをする気にならないくらい、内容が濃いです。 その上、子供騙しっぽい感じが、ほとんど、ありせん。 露悪作家のモデルになっているのが、名前は変えてあるものの、江戸川さん本人なので、セルフ・パロディー的な面もありますが、そういう要素がなくても、充分に面白いです。
惜しむらく、ラストで、もう一度、ドンデン返しを匂わせており、それは、蛇足ですな。 読者は、はっきりした解決を望んでいるのであって、「一応、こういう推理をしたが、実は、別の推理も成り立つ」といった、曖昧な終わり方をされると、とても嫌~な、もやもやした気分が残るのです。
【虫】 約36ページ
1929年(昭和4年)6・7月に、「改造」に分載されたもの。
学生時代の片思いの相手で、女優になった女性と、自分の友人が深い仲になっているのを知り、復讐を誓った男が、綿密な計画を立てて、女性の殺害に成功するが、その死体を、美しいまま保存したいと思ってしまったばかりに、醜く足掻く事になる話。
主人公の生い立ちが、かなりの部分を占めていて、そこは、もっと短くした方が、読み易くなると思います。 主人公の性格を描く必要があるにせよ、生い立ちから、みっちり書く必要はなかろうと思うのですよ。 殺害計画の段階では、結構、ゾクゾクするのですが、実際の犯行は、何の障碍もなく、あっさり済んでしまい、肩透かし気分を味わいます。 その後、徐々に様子が変わっていく死体を、どうやって保存するかで悩む、その様子を描くのが、この作品の眼目。 私も、肉親やペットを失った事があるので、そういう気持ちは分かるのですが、この主人公のそれは、ちと、変態趣味っぽいですねえ。 結末も悲惨だし。
内容のある作品だとは思いますが、趣味が悪過ぎて、絶賛するようなものではないです。
≪江戸川乱歩全集⑩ 幽霊塔≫
江戸川乱歩全集 第十巻
講談社 1979年2月20日/初版
江戸川乱歩 著
沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。 箱やカバーがあったものと思いますが、外されて、ビニール・コートされています。 全集も、10巻目になると、借りて読む人が滅多にいないようで、ページに、指の折れ痕や、汚れ、ゴミなどが、全く入っていませんでした。 年末年始にかかるので、⑩と⑪の二冊を借りて来ました。 二段組みで、長編2作を収録。
【人間豹】 約148ページ
1934年(昭和9年)5月から、翌年5月まで、「講談倶楽部」に連載されたもの。
人間と豹の中間的な特徴をもつ男が、ある青年の恋人の女性をさらって、惨殺する。 その青年が次に恋した女優も、同じようにさらわれ、惨殺される。 青年が事件を、明智小五郎の所へ持ち込むが、殺された二人の顔の特徴が、明智の妻、文代にそっくりで、今度は、文代が窮地に陥り・・・、という話。
単なるアクション活劇。 これは、ひどい。 変態趣味というより、残虐趣味で、ただ、残虐な場面を書きたいばかりに思いついた設定という疑いが濃厚です。 人間と豹のハーフなんて、いるものですか。 その辺の医学的・科学的な説明は、一切、なされていません。 江戸川さんの弱い部分が、もろ出しになっていますな。
文代さんは、作品に関係なく、犯人から、ひどい目に遭わされる為だけに、作られたキャラのように見えます。 明智も明智で、危険な仕事だと分かっているのだから、不用意に結婚なんか、しなければ良かったのに。 そう考えると、横溝さんが、金田一耕助を結婚させなかったのは、明智小五郎の轍を踏ませなかったからかと思えて来ますなあ。
【幽霊塔】 約177ページ
1937年(昭和12年)1月から、翌年4月まで、「講談倶楽部」に連載されたもの。
長崎県の山中の町の郊外に、時計塔を持つ古い屋敷があり、それを建てた豪商が、幕末の騒乱から財産を守る為に作った地下迷宮で、自らが迷い、出て来られなくなったという伝説があった。 その屋敷を買った元判事の甥が、屋敷を下見に来ると、見知らぬ美女が待っていて、一目惚れするが、彼女には様々な謎があり・・・、という話。
解題によると、元は、アメリカの小説で、黒岩涙香さんが翻訳したのを、江戸川さんが少年時代に読んで嵌まり、大人になってから、翻案する為に、原作者を調べたが、ベンディスンという名前以外、分からなかったとの事。 つまり、翻案作品なのですが、かなり弄ってあるようです。
同じような経緯で翻案された作品に、【白髪鬼】があり、なるほど、【白髪鬼】も、この作品も、江戸川さんのオリジナル作品のストーリーとは、だいぶ、毛色が違っていて、19世紀のイギリス小説に似た、妙に良く纏まったお話という感じがします。 変態趣味が、皆無とは言わないものの、抑えられているお陰で、ストーリー展開の面白さが、充分に発揮されている観あり。
謎の美女が、美容整形で顔を変え、生まれ変わったというのは、江戸川さんの好むアイデアで、他の作品でも使われています。 美容整形が普通の事になっている現代の感覚で見ると、そこだけ、ありきたりで、つまらないです。 しかし、発表当時は、まだまだ、未来の技術だったんでしょうな。
以上、四作です。 読んだ期間は、去年、つまり、2019年の、
≪江戸川乱歩全集⑨ 黒蜥蜴≫が、12月2日から、8日。
≪誘蛾燈≫が、11月21日から、12月10日まで。
≪江戸川乱歩全集③ パノラマ島奇談≫が、12月10日から、15日。
≪江戸川乱歩全集⑩ 幽霊塔≫が、12月17日から、30日にかけて。
途中に挟まっている、≪誘蛾燈≫を読み始めた日付が、その前の本より遡っているのは、図書館の本を借り返る合間に、手持ちの本を少しずつ読んでいるからです。
これを書いているのは、7月12日なのですが、梅雨の晴れ間で、布団を干したり、車検から帰って来た車に、物を積み直したり、忙しいのなんのって。 バイクにも乗らなければならないし。
まーあ、今年の梅雨は、しつこい上に、根性があり過ぎで、ほとほと、参っています。 こーんなに、降ってくれなくてもいいんだわ。 弱く長く降るか、強く短く降るか、どちらかにしていただきたい。 毎日・毎晩、台風並みに荒れまくって、それが、2週間も続いたのでは、生活が滅茶苦茶になってしまうんだわ。
≪江戸川乱歩全集⑨ 黒蜥蜴≫
江戸川乱歩全集 第九巻
講談社 1979年6月20日/初版
江戸川乱歩 著
沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。 箱やカバーがあったものと思いますが、外されて、ビニール・コートされています。 第二巻の次に、第三巻を借りようと思ったら、出払っていて、やむなく、第九巻を借りて来ました。 二段組みで、長編3作を収録。 ただし、その一つは、途中で終わっています。
【黒蜥蜴】に関しては、割と最近、家にある本で読んでいて、感想も書いているので、読み直しませんでしたが、その時は、作品データを書かなかったので、データと梗概と、あと、簡単に、感想を追加しておきます。
【悪霊】 約34ページ
1933年(昭和8年)11月から、翌年1月まで、「新青年」に連載されたもの。
降霊会メンバーの一人である未亡人が、密室の蔵の中で惨殺される。 次の降霊会でも、また女が殺されるという、霊の言葉があり・・・、という話ですが、そこで終わっています。
横溝さんの場合、病気が悪化して、連載打ち切りというのが多いですが、江戸川さんの場合、アイデアが出ていない内に、仕事を引き受けてしまい、テキトーに書き始めたものの、話を纏められなくなって、お手上げというパターンが、多かった模様。 この作品の場合、まだ、始まったばかりのところで、見通しが立たなくなっており、かなりの重症です。
面白そうな出だしなんですけどねえ。 残念だ。 この作品の続きを、募集したら良かったんじゃないでしょうか。 他人が途中まで書いた作品の、後を続けて書くのが得意という才能もあると思うのですが、編集者が、そちらの発掘をしようとしないのは、不思議です。
【黒蜥蜴】 約104ページ
1934年(昭和9年)1月から、11月まで、「日の出」に連載されたもの。
有名なダイヤを狙い、宝石商の娘の略取を企てる女盗賊と、明智小五郎が戦う話。
【黒蜥蜴】は、子供っぽい話であるにも拘らず、何度も映像化されているのですが、それは、こういう、女性のダーク・ヒーロー的な悪玉が、男性以上の能力を発揮して、名探偵相手に、知略を尽くした熾烈な戦いを繰り広げるという設定に、魅力を感じる男性が多いからでしょう。
しかし、女性の女性的性格特徴を観察した事がある人なら分かると思いますが、こういう、頭も回り、構想も雄大、アクションもお手の物といった、何でもできる、スーパー・ヒーロー的な女性は、現実には、非常に少ないです。 少ないというか、ほぼ、いないと言っても過言ではないです。 外見が美女で、性格が男という、創作上の組み合わせに過ぎないんですな。
女性には女性の、特徴的性格や、考え方があるのですが、そういう現実から目を背けて、この世に存在しないようなキャラクターを作り出してしまったのは、罪深いです。 もっとも、女傑伝の類は、多くはないものの、古くから、世界中にあり、江戸川さん一人に、責任があるわけではないですけど。 ちなみに、女傑伝に出て来る女性達は、やはり、「外見は美女で、性格は男」のパターンに嵌まっています。
【大暗室】 約173ページ
1936年(昭和11年)12月から、翌年6月まで、「キング」に連載されたもの。
弟の父親が、兄の父親を殺し、妻を奪って、子を設けた上、その妻も殺してしまったという事情で、母を同じくする二人の青年がいた。 長じて、弟は、世の中を破壊してやろうというほどの悪人になり、兄は、それを阻止する為に立ち上がる。 弟が、東京の地底に作った帝国に、兄の一派と警察が戦いを挑む話。
うーむ、【仮面ライダー】ですな。 というか、変身ヒーロー物全てが、この作品から、悪の組織のヒントを得ているのでは? エロ・グロを含むので、子供向けとは言えませんが、話の内容は、少年向け以上の何ものでもないです。 料理をする時、塩を入れ過ぎたのを、砂糖の追加で調整するのは、不可能ですが、江戸川さんは、子供っぽい話でも、エロ・グロを追加すれば、大人向けになると勘違いしていたのではないかと疑いたくなります。
地底帝国の描写は、【パノラマ島奇譚】の焼き直し。 地獄の部分は、この作品のオリジナルだと思いますが、露悪の限りを尽くしており、真面目に読む気になれません。
≪誘蛾燈≫
角川文庫
角川書店 1978年2月25日/初版
横溝正史 著
2019年8月に、ヤフオクで、角川文庫の横溝作品を、24冊セットで買った内の一冊。 ≪誘蛾燈≫は、角川文庫・旧版の発行順では、56番に当たります。 戦前、昭和10年代初頭に書かれた短編、10作を収録。 その内、【ある戦死】は、≪横溝正史探偵小説コレクション① 赤い水泳着≫の時に、感想を書いているのですが、一作だけなので、同じ文章を入れておきます。
【妖説血屋敷】 約38ページ
1936年(昭和11年)4月、雑誌「富士・増刊」に掲載されたもの。
踊りの家元の屋敷には、お染様という幽霊が出る言い伝えがあった。 家元が殺される事件があり、お染様の幽霊が絡む事件が続く話。
梗概が書き難いですな。 ネタバレさせてしまいますと、幽霊は、真犯人を庇う為に、他の人物が仕掛けたもので、本当に幽霊が出るわけではありません。 メインの殺人の原因は、真犯人の夢遊病でして、夢遊病が、この頃の探偵小説に於いて、大変、便利なアイテムとして使われていた事を再確認させてくれます。
語り調で書かれた文体が、怪談めいていて、特徴があり、雰囲気だけで、少しゾクゾクしますが、最後まで読んで、謎が解けると、「なあんだ、そんな事か」と、白けるタイプの話。
【面(マスク)】 約24ページ
1936年(昭和11年)6月、雑誌「週刊朝日・増刊」に掲載されたもの。
ある夫人が描く、絵のモデルになっていた青年が、その夫の医学博士によって、監禁される。 夫人の正体を聞かされて驚くが、意識を失っている間に、博士が自分に施した改造を知って、もっと驚く話。
入れ子式の書き方がされていて、漫然と読んでいると、時間の前後を見失ってしまうので、注意。 面白さを感じるような内容ではないから、入れ子式にして、語り方で深みを出そうとしたのだと思いますが、あまり、効果が出ていません。
【身替わり花婿】 約18ページ
1936年(昭和11年)6月、雑誌「新青年」に掲載されたもの。
イギリス・ロンドンで、浮浪者がスカウトされて、インド駐留軍の大尉に化け、さる高貴な令嬢と結婚する事になる。 やがて、本物が現れて、元浮浪者は、逮捕され、服役。 ところが、出所してきたら、結婚した妻が快く迎えてくれて、ビックリする、という話。
この梗概では分からないと思いますが、意外な結末がつけてあります。 O・ヘンリーというほど、深みはなくて、軽いショートショートという感じ。 話が、うま過ぎて、リアリティーは全くなく、小説というよりは、お話に近いです。
【噴水のほとり】 約22ページ
1936年(昭和11年)7月、雑誌「明朗」に掲載されたもの。
人並外れて、聴覚の鋭い少年が、公園の噴水の裏手で休んでいたところ、彼の位置からは見えない所へ、二人の女性が来て、痴話喧嘩を始め、一方がもう一方を刺し殺して逃げてしまった。 死んだのは、有名な男装女優だった。 事件の発覚後、少年は、現場に張り込んでいて、靴音の特徴から、花を供えに来た女性ファンの一人を犯人だと見抜く話。
推理物といえば推理物なのですが、悲哀を感じさせる乙女チックな雰囲気でして、そちらの方に力点が置かれています。 聴覚の鋭い少年が、耳で聴いた音だけで、何が行なわれているかを描写しているところが、大変、秀逸。 犯人の断定にも、聴覚が関係して来ます。
解説によると、横溝さんの親戚に、実際、そういう少年がいたとの事。 夭折したそうですが、そちらの話も、印象に強く残りますな。
【舌】 約8ページ
1936年(昭和11年)7月、雑誌「新青年」に掲載されたもの。
不気味な物ばかり並べている露店で、壜に入った、人間の舌を売っていた。 かつて、主人に手籠めにされた小間使いが、奥様に、窃盗の濡れ衣を着せられて、半年、服役した後、ホテルの一室で、元主人の舌を噛み切って殺す事件があったのが、一週間前。 奥様が、露店へ、夫の舌を買い戻しに来る話。
梗概に書いた事が、全てです。 ネタバレも何もなく、陰惨な事件と、不気味な露店の雰囲気を楽しむ趣向の話。
【三十の顔を持った男】 約42ページ
1937年(昭和12年)5月、雑誌「新青年」に掲載されたもの。
一人の俳優が、毎日、顔や服装を換え、東京の旧市街各所に出没し、それを見抜く事ができたら、賞金を出すという企画を、ある新聞社が始め、大人気となった。 ところが、途中で、その俳優の死体が、箱詰めにされて、新聞社に送りつけられてくる。 企画を中止したくない新聞社は、たまたま見つけた、俳優そっくりの、元船乗りをスカウトし、替え玉に仕立てるが・・・、という話。
妙に面白い。 誤解を恐れずに言うなら、あまり、横溝さんらしくない方向で、面白いです。 もしや、別人の作品なのでは? いや、そんな感じがするというだけの話ですが。 ページ数も、結構あり、読み応え十分。 意外な結末がつけられていて、良く出来たショートショートと言ってもいいです。
【風見鶏の下で】 約26ページ
1937年(昭和12年)5月、雑誌「モダン日本」に掲載されたもの。
神戸の異人館の隣に、家を買ってもらった妾が、使っていない部屋の押入れで、異人館の風見鶏が見える小さな窓と、押入れの壁に落書きされた、男女の名前を見つける。 その、名前の男が近所に現れ、名前の女との関係を聞かされるが・・・という話。
意外なラストがついていますが、いささか、無理があります。 妾の生活が寂しいからと言って、逃げるとか、別れるとかなら分かりますが、そんな事を頼む人がいるでしょうか? 主人公が、精神的におかしくなっていたと言うのなら、それについて、もっと書き込みが必要です。
【音頭流行】 約28ページ
1937年(昭和12年)7月、雑誌「婦人倶楽部」に掲載されたもの。
レコード会社の企画で、ある音頭を流行らせる為に、賞金付きの踊りのコンテストが催される事になり、十羽一絡げのダンサーをしていた女が、優勝が最初から決まっているサクラの仕事を引き受ける。 ところが、会場で、地方から出て来た新婚夫婦が、都会の魅力に翻弄されて、別れの危機に陥っているのを見て、義侠心を発揮し・・・、という話。
よく出来た話のように見えて、ラストは、明らかにおかしいです。 隣村の出身なら、その事を、前以て、書いておいてもらわなければ、後だしになってしまいます。 新婚の妻の方が優勝して、スカウトされ、有名人になってしまい、面目丸潰れの夫が、一人で村に帰って行った、というラストにすれば、皮肉な話で纏まったのに。
【ある戦死】 約22ページ
1937年(昭和12年)10月、雑誌「新青年」に掲載されたもの。
新聞を読んでいて、かつて、友人の妻を奪って逃げた男が戦死した事を知った主人公が、病身の友人から、雑誌に出ていた映画女優のしている指輪の出所を調べてくれるように頼まれる。 その指輪は、友人が妻に贈った物だった。 ある青年が指輪を手に入れた経緯を語り、真相が明らかになる話。
面白いです。 この短編集の中だけでなく、私が今までに読んだ横溝さんの短編の中で、最も面白かったです。 書き方が巧みで、事件の様子が、少しずつ分って来るところが、秀逸。
【誘蛾燈】 約13ページ
1937年(昭和12年)12月、雑誌「オール読物」に掲載されたもの。
亭主の留守に、部屋の灯りの色を変える事で合図し、間男を引き込んでいる女がいた。 ある青年が、その女に殺された弟の仇をとる為に乗り込んで行くが・・・、という話。
ラストが変わっていて、意外な結末になっています。 しかし、ショートショート的な「意外な結末」ではなく、想像したのと違うという意味で、意外なのです。 実際に、青年がどういう目に遭ったのか、細かい事は書いてないので、もやもやした読後感が残ります。
≪江戸川乱歩全集③ パノラマ島奇談≫
江戸川乱歩全集 第三巻
講談社 1978年10月12日/初版
江戸川乱歩 著
沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。 箱やカバーがあったものと思いますが、外されて、ビニール・コートされています。 ようやく、第三巻を借りる事ができました。 今でも、私以外に、江戸川さんの本を借りて読む人がいるんですな。 二段組みで、長編3、短編3の、計6作を収録。
6作の内、【パノラマ島奇談】と、【一寸法師】は、ごく最近、復刻版で読んで、感想を書いているので、割愛。
【鏡地獄】 約14ページ
1926年(大正15年)10月に、「大衆文芸」に掲載されたもの。
家産を蕩尽する勢いで、鏡やレンズを使った工作に、異常な情熱を燃やしていた男が、内側が鏡になった球体に入って、気が触れる話。
梗概が、ネタバレになってしまいましたが、ネタバレしても、別段、問題がない作品です。 どれだけ深く、自分の世界に執着したかを、じっくり描き込んであるだけの作品。 鏡やレンズを使った工作に興味がない人には、ちっとも面白くないと思います。 私も、その一人。
【木馬は廻る】 約12ページ
1926年(大正15年)10月に、「探偵趣味」に掲載されたもの。
浅草の回転木馬で、音楽の演奏係を務めている年配の男が、切符切りをしている遥かに歳の若い女の為に、新しいショールを買ってやりたいと思うが、そんなお金はない。 そこへ、たまたま、ある事件が起こって、お金が手に入る話。
推理小説でも、ファンタジーでもなく、純文学に近い小説です。 というか、純文学作家が書いていれば、純文学と見做される内容。 哀愁があるものの、倫理観が狂っており、ネコババを正当化してしまっています。 これは、まずいでしょう。 警察に届ければ、確実に、持ち主の下に戻ると分かっているのに、それを使ってしまったら、立派な窃盗犯です。
【陰獣】 約66ページ
1928年(昭和3年)8月から、10月まで、「新青年」に連載されたもの。
ある実業家と結婚した女の下に、昔、交際していた男で、露悪的な作品を書く事で名を売った探偵小説家から、脅迫状が送られて来る。 その件について、本格派探偵作家に相談したところ、悪戯に違いないから、心配するなと言われるが、その内、女の夫が殺されてしまう。 本格派探偵作家は、ある大胆な推理をして、一応、事件を解決するが、実は、もう一つの可能性があり、更にもう一つの可能性も・・・、という話。
読み応えはあります。 飛ばし読みをする気にならないくらい、内容が濃いです。 その上、子供騙しっぽい感じが、ほとんど、ありせん。 露悪作家のモデルになっているのが、名前は変えてあるものの、江戸川さん本人なので、セルフ・パロディー的な面もありますが、そういう要素がなくても、充分に面白いです。
惜しむらく、ラストで、もう一度、ドンデン返しを匂わせており、それは、蛇足ですな。 読者は、はっきりした解決を望んでいるのであって、「一応、こういう推理をしたが、実は、別の推理も成り立つ」といった、曖昧な終わり方をされると、とても嫌~な、もやもやした気分が残るのです。
【虫】 約36ページ
1929年(昭和4年)6・7月に、「改造」に分載されたもの。
学生時代の片思いの相手で、女優になった女性と、自分の友人が深い仲になっているのを知り、復讐を誓った男が、綿密な計画を立てて、女性の殺害に成功するが、その死体を、美しいまま保存したいと思ってしまったばかりに、醜く足掻く事になる話。
主人公の生い立ちが、かなりの部分を占めていて、そこは、もっと短くした方が、読み易くなると思います。 主人公の性格を描く必要があるにせよ、生い立ちから、みっちり書く必要はなかろうと思うのですよ。 殺害計画の段階では、結構、ゾクゾクするのですが、実際の犯行は、何の障碍もなく、あっさり済んでしまい、肩透かし気分を味わいます。 その後、徐々に様子が変わっていく死体を、どうやって保存するかで悩む、その様子を描くのが、この作品の眼目。 私も、肉親やペットを失った事があるので、そういう気持ちは分かるのですが、この主人公のそれは、ちと、変態趣味っぽいですねえ。 結末も悲惨だし。
内容のある作品だとは思いますが、趣味が悪過ぎて、絶賛するようなものではないです。
≪江戸川乱歩全集⑩ 幽霊塔≫
江戸川乱歩全集 第十巻
講談社 1979年2月20日/初版
江戸川乱歩 著
沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。 箱やカバーがあったものと思いますが、外されて、ビニール・コートされています。 全集も、10巻目になると、借りて読む人が滅多にいないようで、ページに、指の折れ痕や、汚れ、ゴミなどが、全く入っていませんでした。 年末年始にかかるので、⑩と⑪の二冊を借りて来ました。 二段組みで、長編2作を収録。
【人間豹】 約148ページ
1934年(昭和9年)5月から、翌年5月まで、「講談倶楽部」に連載されたもの。
人間と豹の中間的な特徴をもつ男が、ある青年の恋人の女性をさらって、惨殺する。 その青年が次に恋した女優も、同じようにさらわれ、惨殺される。 青年が事件を、明智小五郎の所へ持ち込むが、殺された二人の顔の特徴が、明智の妻、文代にそっくりで、今度は、文代が窮地に陥り・・・、という話。
単なるアクション活劇。 これは、ひどい。 変態趣味というより、残虐趣味で、ただ、残虐な場面を書きたいばかりに思いついた設定という疑いが濃厚です。 人間と豹のハーフなんて、いるものですか。 その辺の医学的・科学的な説明は、一切、なされていません。 江戸川さんの弱い部分が、もろ出しになっていますな。
文代さんは、作品に関係なく、犯人から、ひどい目に遭わされる為だけに、作られたキャラのように見えます。 明智も明智で、危険な仕事だと分かっているのだから、不用意に結婚なんか、しなければ良かったのに。 そう考えると、横溝さんが、金田一耕助を結婚させなかったのは、明智小五郎の轍を踏ませなかったからかと思えて来ますなあ。
【幽霊塔】 約177ページ
1937年(昭和12年)1月から、翌年4月まで、「講談倶楽部」に連載されたもの。
長崎県の山中の町の郊外に、時計塔を持つ古い屋敷があり、それを建てた豪商が、幕末の騒乱から財産を守る為に作った地下迷宮で、自らが迷い、出て来られなくなったという伝説があった。 その屋敷を買った元判事の甥が、屋敷を下見に来ると、見知らぬ美女が待っていて、一目惚れするが、彼女には様々な謎があり・・・、という話。
解題によると、元は、アメリカの小説で、黒岩涙香さんが翻訳したのを、江戸川さんが少年時代に読んで嵌まり、大人になってから、翻案する為に、原作者を調べたが、ベンディスンという名前以外、分からなかったとの事。 つまり、翻案作品なのですが、かなり弄ってあるようです。
同じような経緯で翻案された作品に、【白髪鬼】があり、なるほど、【白髪鬼】も、この作品も、江戸川さんのオリジナル作品のストーリーとは、だいぶ、毛色が違っていて、19世紀のイギリス小説に似た、妙に良く纏まったお話という感じがします。 変態趣味が、皆無とは言わないものの、抑えられているお陰で、ストーリー展開の面白さが、充分に発揮されている観あり。
謎の美女が、美容整形で顔を変え、生まれ変わったというのは、江戸川さんの好むアイデアで、他の作品でも使われています。 美容整形が普通の事になっている現代の感覚で見ると、そこだけ、ありきたりで、つまらないです。 しかし、発表当時は、まだまだ、未来の技術だったんでしょうな。
以上、四作です。 読んだ期間は、去年、つまり、2019年の、
≪江戸川乱歩全集⑨ 黒蜥蜴≫が、12月2日から、8日。
≪誘蛾燈≫が、11月21日から、12月10日まで。
≪江戸川乱歩全集③ パノラマ島奇談≫が、12月10日から、15日。
≪江戸川乱歩全集⑩ 幽霊塔≫が、12月17日から、30日にかけて。
途中に挟まっている、≪誘蛾燈≫を読み始めた日付が、その前の本より遡っているのは、図書館の本を借り返る合間に、手持ちの本を少しずつ読んでいるからです。
これを書いているのは、7月12日なのですが、梅雨の晴れ間で、布団を干したり、車検から帰って来た車に、物を積み直したり、忙しいのなんのって。 バイクにも乗らなければならないし。
まーあ、今年の梅雨は、しつこい上に、根性があり過ぎで、ほとほと、参っています。 こーんなに、降ってくれなくてもいいんだわ。 弱く長く降るか、強く短く降るか、どちらかにしていただきたい。 毎日・毎晩、台風並みに荒れまくって、それが、2週間も続いたのでは、生活が滅茶苦茶になってしまうんだわ。
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