2020/08/02

読書感想文・蔵出し (63)

  読書感想文です。 まだまだ、続きます。 続くと言えば、とにかく、今年の梅雨は、しつこかった。 ただ長いだけでなく、台風並みの風雨になる日が多くて、外出は言うに及ばず、庭仕事など、屋外での活動に大きな制約を受けました。 これだけ、強烈な梅雨は、過去に記憶がないです。




≪江戸川乱歩全集⑮ 月と手袋≫

江戸川乱歩全集 第十五巻
講談社 1979年11月20日/初版
江戸川乱歩 著

  沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。 箱やカバーがあったものと思いますが、外されて、ビニール・コートされています。 二段組みで、長編2、中編2、短編2の、計6作を収録。 ちなみに、この全集は、二段組なので、長・中・短編の区別は、ページ数で判断できず、テキトーにやっています。


【十字路】 約112ページ
  1955年(昭和30年)10月に、講談社から、「書き下ろし長篇探偵小説全集」の第1巻として、刊行されたもの。

  愛人がいる男が、新興宗教を狂信している妻を殺してしまう。 ダムに沈む村の井戸に死体を埋める事を思いついたが、自家用車で運搬中、ある十字路で事故を起こし、しばらく車外にいて、戻って来たら、死体が一つ増えていた。 やむなく、二体とも井戸に埋めるが、二つの失踪事件が重なった事から、私立探偵の捜査に引っかかり・・・、という話。

  渡辺剣次さんという作家が筋立てを考えて、江戸川さんが書いたという、共作。 普通、大家が筋を考えて、若手が書くという分担が多いですが、これは、逆ですな。 そのせいで、ストーリーが、江戸川さんのカラーからは、大きく外れており、別人の作品のように感じられます。 戦後、うじゃうじゃ出て来た、一般人が登場人物の推理小説、そのものという感じ。

  当時は、割と好評だったらしいですが、このパターンの共作は、江戸川さんがその気にならず、続かなかったとの事。 その判断は、大正解で、こういう他人カラーの作品を多数残していたら、没後の江戸川さんの評価は、ずっと低いものになっていたでしょう。 ただし、江戸川さんらしくないというだけで、この作品自体が、つまらないというわけではないです。


【堀越捜査一課長殿】 約32ページ
  1956年(昭和31年)4月に、「オール読物」に、掲載されたもの。

  銀行から輸送車に運び込まれる現金を奪った犯人が、警官らに追われて、自分のアパートに逃げ込んだ直後、姿を消してしまう。 かなりの年月が経ってから、当時の捜査指揮をした人物の所へ、犯人のアパートの隣室に住んでいた男から、手紙が届き、事件の真相が明らかになる話。

  江戸川さんの作品では、よくある、一人の人間が、変装して別人に成りすまし、事件を起こした後、消えてしまうというパターンです。 メインのアイデアは、焼き直しですが、テレビを改造して、トリックに使うなど、新しいアイデアも盛り込まれています。 ラストが、変わっていて、犯罪を扱った小説としては珍しい、不思議な余韻が残ります。


【妻に失恋した男】 約8ページ
  1957年(昭和32年)10月6日から、11月3日まで、「産経時事」に、5回連載されたもの。

  妻を愛しているのに、妻からは嫌われていると嘆いていた男が、拳銃を口の中に発射して、死ぬ。 当然、自殺と思われたが、少し、引っ掛かった刑事が、根気良く調べを続けたところ、夫婦で通っていた歯科医院で、治療用の椅子のヘッド・レストが、最近、新しくなった事が分かり・・・、という話。

  ディクスン・カー作品のトリックを借用したとの事ですが、どの作品かは、分かりません。 借用と言っていますが、今の基準で言えば、盗用ですな。 しかし、推理小説のトリックは、出尽くしているので、アイデア盗用は、よほど露骨でない限り、目こぼしされているようです。 1957年なら、尚の事。

  盗用云々を責めないのであれば、推理小説の短編として、大変よく、纏まっています。 動機が明瞭で、腑に落ち易いのも、良いです。 こういう夫婦も少なくはないんでしょうな。 殺さないまでも、死んで欲しいと願っているだけならば、何割という数字で、存在するのでは?


【月と手袋】 約38ページ
  1955年(昭和30年)4月に、「オール読物」に、掲載されたもの。

  高利貸しの妻と不倫をしていた男が、話がこじれて、高利貸しを殺してしまう。 女に協力させて、窓際で芝居を打たせ、それを、自分が、パトロール中の警官と共に目撃するという方法で、アリバイを作る。 しかし、金を借りていた者の誰かが犯人と思わせるように、細工を施していたのが裏目に出て、警部に目をつけられ・・・、という話。

  警部が相談しているという形で、明智小五郎の名前が出て来ますが、当人は出て来ません。 明智が警部に授けた作戦は、確証がないので、犯人を心理的に追い込んで、自白させるというもの。 犯人達の留守中に、部屋にマイクを仕掛け、警官達が、隣の部屋で、犯人達の会話を聞いているというのも、当時としては、新しい小道具だったと思います。

  倒叙形式で、犯人側の視点で書かれているので、次第に追い込まれて行く過程に、緊迫感があります。 面白いんですが、江戸川さんらしい話ではないですねえ。 もっとも、そのお陰で、子供騙しっぽいところは、全くありません。 


【ペテン師と空気男】 約74ページ
  1959年(昭和34年)11月に、桃源社から、「書き下ろし推理小説全集」の第1巻として、刊行されたもの。

  他人にイタズラを仕掛けるのを趣味にしている男が、同好者を集めて、クラブを作っていた。 そこに新しく加わった青年が、男の妻と気安い関係になって行ったが、やがて、それが、男にバレ、男は妻を家に閉じ込めてしまう。 妻が殺されたと思った青年が、他の会員と共に駆けつけるが・・・、という話。

  以下、ネタバレ、あり。

  様々な仕掛けを駆使する点では、イタズラと計画犯罪は、同方向であるが、そうであればこそ、注意して、犯罪とは一線を画していたのが、妻の浮気に腹を立てた男が、その一線を超えてしまったのではないかと思わせるのが、話の味噌。 しかし、疑り深い読者なら、「これは、最後の最後まで、イタズラなのではないか?」と、思うのではないでしょうか。

  前半、イタズラの事例を、並べて行くところなど、【猟奇の果】に似たテンポで、面白いです。 しかし、実例集の類いが、最初は面白くても、その内、飽きてしまうのと同じで、この作品でも、飽きます。 飽きる頃合を見計らって、事件というヒネリが入るわけですが、むしろ、そのまま、本当の犯罪が行われた事にした方が、良かったのでは?

  事件が起こるところまでは、戦前・戦中の話で、男と妻が姿をくらました後、戦後になって、タネ明かしがされるわけですが、新興宗教の開祖にしてしまうなど、あまり、いい結末とは思えません。 話としての纏まりに欠けるのです。


【指】 約2ページ
  1960年(昭和35年)1月に、「ヒッチコック・マガジン」に、掲載されたもの。

  ピアニストが、通り魔に遭い、手首を切断されてしまう。 病院に運ばれて治療を受けたが、本人はまだ、手首を失った事を知らされていない。 彼が、包帯で巻かれた手の中で、指を動かしてみると、別室にある、ガラス壜に入れられた手首の指が・・・、という話。

  梗概で、ほぼ、ネタバレさせてしまいましたが、ごく短い話なので、大した罪にはなりますまい。 ホラーでして、推理物でもなければ、ショートショートでもないです。 



≪白仮面≫

論創海外ミステリー 224
論創社 2018年12月30日/初版
金来成 著 祖田律男 訳

  沼津市立図書館にあった本。 推薦図書コーナーに置いてあったのを見つけて、借りてきたもの。 論創海外ミステリーなので、単行本です。 まっさらの新刊ですが、日本支配化の朝鮮で、1930年代後半に発表されたもの。 作者は、1909年生、1957年没。 戦前は、探偵小説を、戦後は、大衆小説を書いていた人だそうです。 この本は、少年向けの探偵小説集で、長編2作を収録。


【白仮面】 約132ページ
  1937年6月から、翌年5月まで、朝鮮日報出版部の雑誌、「少年」に連載されたもの。

  世界各地を荒らしていた怪盗、「白仮面」が、ソウルに現れ、ある重大な発明を成し遂げた博士を誘拐する。 ところが、博士の研究ノートが手に入らなかった。 博士の息子と、その友人、二人の少年が、探偵小説家にして、朝鮮随一の探偵、劉不亂(ユ・ブラン)と共に、ノートを巡って、白仮面や、外国のスパイ達と争奪戦を繰り広げる話。

  探偵が出て来ますが、トリックや謎は希薄で、都会を舞台にした活劇です。 時代が同じなので、江戸川さんや、横溝さんの少年向け 作品と、大変、よく似ています。 いずれも、元になったのは、当時、世界中を席巻していた、アルセーヌ・ルパン・シリーズでしょう。 探偵の名前が、劉不亂(ユ・ブラン)ですが、モーリス・ルブランから来ているのは、疑いありません。

  話は、いかにも、少年向けという軽いものです。 白仮面の正体と、その目的が、相当には意外で、そこが、この物語の特徴といえば、特徴。 少年の一人の飼い犬が出て来ますが、気の毒な最期になります。 戦前の探偵小説は、どこの国でも、動物の命なんて、大した価値はないと見做している点で、共通しているようです。


【黄金窟】 約89ページ
  1937年11月1日から、12月31日まで、新聞、「東亜日報」に連載されたもの。

  孤児院で育った少年が、父親を亡くして入院して来た少女が持っていた仏像の中から、宝のありかを記した暗号文を見つけ出すが、その直後、インド人の拳闘家グループに、仏像を持ち去られてしまう。 名探偵・劉不亂(ユ・ブラン)が、暗号を解き、孤児院の少年達や院長と共に、汽船に乗って、インド洋の孤島へ向かうが、拳闘家グループも、ほぼ同時に島に着き、激しい戦いになる話。

  正統派の冒険小説。 暗号が出て来ますが、推理物に出て来る暗号とは、毛色が違っていて、そちらの方で、ゾクゾクするようなところはないです。 拳闘家グループを相手に、少年達が、拳銃を使って戦うのですが、少年と言っても、主役級の年齢は、16歳なので、まあ、そんなに変ではないかというところ。

  しかし、やはり、少年向けは、少年向けですな。 大人がワクワクするような話ではないです。 読者が、小学生なら、結構、手に汗握るかも知れません。 もちろん、ハッピー・エンド。 手に入れた宝も、大きな孤児院を作る為に、すぐ売ってしまうようなので、その後、拳闘家グループに、つけ狙われるという事もないでしょう。



≪江戸川乱歩全集(23) 少年探偵団≫

江戸川乱歩全集 第二十三巻
講談社 1979年4月20日/初版
江戸川乱歩 著

  沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。 この全集ですが、16巻から、22巻までは、随筆や評論でして、それは、読んでも眠くなりそうなので、端折りました。 江戸川さんの大人向け作品は、ほぼ、読み終わったわけですが、ファンになるほど、面白いとは思えず、江戸川さんの考えていた事に、あまり興味が湧かなかったのです。

  二段組みで、少年向けの長編、3作を収録。 少年向けなので、漢字で書くところを、多く、平仮名にしてある関係で、ページ数が増えています。


【怪人二十面相】 約106ページ
  1936年(昭和11年)1月から、12月まで、「少年倶楽部」に連載されたもの。

  変装の名人が、宝石や美術品などを専門に狙う怪盗団を率いて、巷を騒がせていた。 実業家が所有している、ロマノフ家由来の宝石や、伊豆山中に住む大地主が、城のような屋敷に蒐集していた古名画の数々、最後には、国立博物館の所蔵品を狙い、小林少年や、明智小五郎と、頭脳戦を繰り広げる話。

  探偵側の視点で語られますが、実質的主人公は、二十面相の方です。 そして、二十面相のモデルになったのは、アルセーヌ・ルパン。 江戸川さんの通俗長編は、大人向けでも、ルパン・シリーズからの影響が最も大きいですが、子供っぽいという指摘を受けていたようで、開き直って、少年向け作品にしてしまったら、大歓迎され、大成功したという次第。 

  大人向け作品で使ったアイデアを焼き直したり、外国の有名作品のアイデアを盗用したりして、使っています。 感心しませんが、少年向けと思えば、別に眉を顰めるほどの事でもないというところでしょうか。 アイデアが焼き直しである事と、エロ・グロを排してある事を除けば、大人向け作品と、さほど、変わりません。

  基本的に、明智が探偵役ですが、少年向けなので、小林少年や、少年探偵団に、出番を振り分けています。 特に、最初の事件で、留守にしている明智の代わりに、小林少年がやって来て、盗難を阻止する展開は、少年読者を、興奮させたでしょうねえ。 しかし、大人の立場で読むと、「子供に、こういう事をさせるのは、無理があるかな」と思ってしまいます。


【少年探偵団】 約96ページ
  1937年(昭和12年)1月から、12月まで、「少年倶楽部」に連載されたもの。

  少年探偵団のメンバーの周囲で、幼い子供が、不審なインド人に誘拐されかける事件が起こる。 狙われている女の子を保護しようとした小林少年が、女の子ともども、さらわれてしまうが、探偵団の活躍で、事なきを得る。 その後、明智小五郎によって、不審なインド人の正体が判明するが、犯人は、警察の想定外の方法で、逃げてしまう。 最後には、純金で作った五重塔の模型を巡って、明智と犯人の騙し合いが繰り広げられる。

  梗概がバラバラになってしまいましたが、私のせいではありません。 元の話がバラバラのエピソードを並べたものだから、こんな梗概にならざるを得ないのです。 【怪人二十面相】と同じで、大人向け作品や、海外作品のアイデアを焼き直し・盗用して、作った話。 少年向けだから、そちらはいいとしても、ストーリーがバラバラなのは、如何なものか。

  以下、ネタバレ、あり。

  何をネタバレさせるかと言うと、この作品の犯人も、二十面相です。 タイトルを、「少年探偵団」としていながら、別に、彼らの活躍が話の中心ではなく、明智と二十面相との対決が軸になっています。 小林少年は、相変わらず、助手に過ぎず、少年探偵団も、相変わらず、おこぼれ的に、出番を分けてもらっているという感じ。 小林少年が、女装するところは、面白いですが、小説だから、何とかごまかせるのであって、映像作品だったら、すぐに、バレると思います。


【妖怪博士】 約117ページ
  1938年(昭和13年)1月から、12月まで、「少年倶楽部」に連載されたもの。

  少年探偵団に所属する少年が、怪しい人物を見かけて、後を追うが、入った西洋館で捕えられ、催眠術をかけられて、自宅から父親の大事な書類を持ち出し、姿を消す。 その後も、探偵団の団員が罠にかけられて、消失する事件が続く。 最後には、山の中の鍾乳洞に、誘い込まれて、団員全員が捕まってしまい、明智小五郎が助けに行く話。

  以下、ネタバレ、あり。

  何をネタバレさせるかと言うと、この作品の犯人も、二十面相です。 もしや、江戸川さんの少年向け作品は、全て、二十面相が犯人なのでは? で、二十面相は、過去に、少年探偵団に仕事を邪魔された事に恨みを抱き、その復讐を思い立ったというのが、この作品の内容。 大変、大人気ないと思いますが、少年向けだから、それもアリなのでしょう。 ただし、大人が読むとなると、全く歯応えがありません。

  私が、子供の頃、最後に読んだ江戸川作品で、西洋館に入った少年が帰って来ないというのがあったのですが、もしかしたら、この作品がそれだったのかも知れません。 しかし、西洋館が出て来る話は、結構あると思われ、自信がありません。 部屋の床が開く落とし穴とか、天井が下がって来る部屋とか、出口が分からない洞窟とか、大人向け作品で使われたモチーフが、目白押しです。



≪江戸川乱歩全集(24) 青銅の魔人≫

江戸川乱歩全集 第二十四巻
講談社 1979年5月20日/初版
江戸川乱歩 著

  沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。 この全集、23・24・25の三巻に、少年向け作品を収録していますが各巻3作ずつですから、9作に過ぎず、江戸川さんの少年向け作品の全作ではありません。 もっと、あるはず。 読者に影響を与えたという点では、大人向け作品より、少年向け作品の方が、貢献度が高いのですから、全作網羅しても良いと思うのですが、少年向けを、全集で読む人は少なかろうと判断したんでしょうか。 二段組みで、少年向けの長編、3作を収録。


【大金塊】 約90ページ
  1939年(昭和14年)1月から、翌年2月まで、「少年倶楽部」に連載されたもの。

  富豪の家に泥棒が入り、先祖が隠した金塊のありかを記した暗号が盗まれる。 依頼を受けた明智小五郎の命で、その家の子息に化けた小林少年が、賊のアジトに連れ込まれたついでに、いろいろと役に立つ情報を仕入れて来る。 暗号を解いた明智小五郎が、小林少年と富豪親子の四人で、三重県の孤島に向かい、洞窟に入って、賊一味と金塊の発見競争をする話。

  ごく最近、読んだ、金来成さんの【黄金窟】に似ていますが、古今東西、こういう話は、よくあるのでしょう。 大人向け作品で使われたアイデアを流用していますが、ストーリー全体の作りがしっかりしていて、エピソードがバラバラという事は、全くないです。 その点、安心して読み進められます。

  少年向けなのに、ゾクゾクする場面があります。 小林少年が、賊のアジトに囚われている間に、万能鍵で、牢屋の錠を開けて、アジト内を調査して回る件り。 やたら、込み入った通路を抜けて、首領の部屋まで辿りつくのですが、その描写が手に汗握るほど、秀逸。 バレないように、一度戻って、次の晩にまた行くというのが、実に面白いです。 なぜ、これを、大人向け作品でやらなかったのか、不思議ですが、もしや、これも、外国作家からの借用(盗用)なんですかね?


【青銅の魔人】 約78ページ
  1949年(昭和24年)1月から、12月まで、「少年」に連載されたもの。

  青銅の鎧のようなものを纏い、ギシギシ歯車の音をさせながら、貴重な時計を盗んで回る怪人が現れる。 ある富豪のもつ時計が狙われ、明智小五郎に依頼が来る。 小林少年は、荒っぽい仕事をこなせるように、浮浪児達を集めて、少年探偵団の別働隊を作り、明智を助けて、犯人を追い詰める話。

  この作品、子供の頃、ポプラ社のシリーズで読んだと思っていたのですが、改めて読んだら、内容を全く覚えておらず、いくらなんでも、こんなに知らないという事はないと思うので、たぶん、タイトルだけ記憶していて、中身は読んでいなかったのだと思います。 まあ、それは、私事ですが。

  以下、ネタバレ、あり。

  戦後初めて書かれた、少年向け作品です。 戦時中、なりを潜めていた二十面相が、仕事を再開したという設定。 相変わらず、大人向け作品のアイデアを焼き直していますが、青銅の鎧というのが、ただ不気味なだけで、犯罪遂行上の必然性に欠けるせいか、安直なキャラでして、その点、手抜きのような感じがしないでもなし。 ストーリーの構成は、ちゃんとしていて、バラバラ感はないですが、話自体が、面白いというほどではないです。

  この作品で特徴的なのは、チンピラ別働隊です。 浮浪児は、戦後に街に溢れた存在で、戦前では、ありえなかった設定ですな。 しかし、「浮浪少年だから、危険な仕事も大丈夫だろう」というのは、ちと、違和感があります。 「少年探偵団の正規メンバーは、いいとこのお坊ちゃんが多いから、危険な事はさせられない」というのですが、そういう考え方は、差別なのでは?


【虎の牙】 約87ページ
  1950年(昭和25年)1月から、12月まで、「少年」に連載されたもの。

  魔法博士と名乗る人物が、小林少年の親戚の子供や、小林少年、少年探偵団のメンバーを、様々な仕掛けを施した屋敷に呼び込み、奇術を使って誘拐し、生きた虎を見張り番にして、脱出を阻む。 最後には、病に臥していた明智小五郎まで略取して来るが・・・、という話。

  以下、ネタバレ、あり。

  魔法博士は、髪の色まで、黄色と黒の縞模様にして、人間と虎のハーフのような印象を与えていますが、実は、ただの人間で、しかも、作者自身が、「読者のみなさんは、もう、お気づきと思いますが」と断るほど明白に、二十面相その人そのものです。 他に、こんな事する人、いないわ。

  二十面相の旦那、今回は、誘拐・略取だけが犯罪で、何も盗みません。 少年探偵団や明智を相手に、こんな、いやがらせレベルの遊びをやっているようでは、暮らしに困るのではないかと、他人事ながら、心配してしまいますな。 よっぽど、たくさん、盗み溜めた資産があるんでしょうかね。

  この作品、少年向けにしては珍しく、建物のすりかえや、密室のトリックが出て来ます。 建物のすりかえの方は、監禁されている小林少年が、窓から射す日で、家が違う事に気づく件りが面白くて、子供の読者なら、結構、ゾクゾクすると思います。




  以上、四作です。 読んだ期間は、今年、つまり、2020年の、

≪江戸川乱歩全集⑮ 月と手袋≫が、1月31日から、2月7日。
≪白仮面≫が、2月8日から、9日まで。
≪江戸川乱歩全集(23) 少年探偵団≫が、2月11日から、20日。
≪江戸川乱歩全集(24) 青銅の魔人≫が、2月21日から、27日にかけて。

  江戸川乱歩全集は、残り一冊なのですが、≪白仮面≫が挟まった関係で、今回は、出し切れませんでした。 もう、半年近く経っているので、江戸川乱歩全集も、遠くなった感じがします。

  江戸川さんの大人向け作品は、全集⑮が最後です。 戦後は、ほんの数作しか書かなかったわけですな。 横溝正史さん達が、本格トリック物の長編を、続々と発表しているのを見ながら、もう、自分の時代ではなくなった事をよく理解していたのだと思います。

  ちなみに、江戸川さんは、1965年(昭和40年)が没年です。 戦後、大人向けを書かなくなった一方で、少年向けは、戦前に書き始めた怪人二十面相のシリーズを、晩年まで書き続けます。