2020/08/09

読書感想文・蔵出し (64)

  読書感想文です。 ようやく、梅雨が明けたと思ったら、スイッチを切り替えるかのように、猛暑になりました。 不快千万。 その上、新型肺炎の認定感染者が急増中と、ろくな事がない。




≪江戸川乱歩全集(25) 怪奇四十面相≫

江戸川乱歩全集 第二十五巻
講談社 1979年6月20日/初版
江戸川乱歩 著

  沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。  二段組みで、少年向けの長編、3作を収録。 いよい、この第二十五巻で、江戸川乱歩全集も、読み終わります。 正確に言うと、読んだのは、小説だけで、評論・随筆が残っていますが、そっちは、まあ、いいです。 借りて来ても、たぶん、面白いと感じないでしょう。 最後が、少年向け9作で終わったので、次は、少し硬いものが読みたいです。


【透明怪人】 約92ページ
  1951年(昭和26年)1月から、12月まで、「少年」に連載されたもの。

  透明人間としか思えない犯人による、奇妙な窃盗事件が続き、やがて、真珠で作った貴重な塔の置物が、鉄壁の防御も虚しく、盗まれてしまう。 東洋新聞の黒川記者を先頭に、小林少年や、少年探偵団が出動するが、団員までが、透明人間にされてしまう。 やがて、明智小五郎が乗り出すが、彼も、透明人間にされてしまいそうになり・・・、という話。

  以下、ネタバレ、あり。

  明智小五郎が出て来るのですから、SFやファンタジーではなく、透明人間にも、合理的な説明がつけられています。 大人の読者だと、読む前から、タイトルを見た時点で、それが分かるので、ラストで、一つ一つの謎を、いちいち解説されると、却って、面倒臭く感じられます。 まあ、少年向けだから、仕方ないか。

  クライマックスでは、明智小五郎が、3人、妻の文代さんが、2人、登場し、大変ややこしい展開になりますが、その部分の謎が、ただの替え玉や変装で、透明人間とは、何の関係もないので、いささか、バラバラ感を覚えます。 透明人間の話に相応しいクライマックスを思いつかなかったのでしょう。 これまた、子供の読者なら、その事に気づかないかもしれませんが、大人だと、すぐに分かってしまいます。


【怪奇四十面相】 約88ページ
  1952年(昭和27年)1月から、12月まで、「少年」に連載されたもの。

  二十面相が、獄中から新聞に投稿して、「これからは、四十面相と呼んで欲しい」と豪語し、自分を題材にした演劇を利用して、まんまと、脱獄に成功する。 金塊の隠し場所を示す、黄金の髑髏に刻まれた暗号が、明智小五郎によって解読されるが、一歩先に、四十面相にも知られてしまう。 金塊を隠した人物の子孫達と小林少年、そして、四十面相一味が、和歌山県にある髑髏島へ乗り込んで行く話。

  子供の頃、図書館の本で、「怪奇四十面相」というタイトルを見て、一文字違いで、「怪人二十面相」と対にならない事に不満を覚えた記憶があります。 タイトルだけ覚えていて、未読でした。 別に、二十でも、四十でも、やる事に大差なし。

  脱獄は、役者とすり替わった件りを端折ってあるので、具体的にどうやったのか、分かりません。 小林少年の尾行をまく為に、郵便ポストに化けるというのは、少年向けならではのアイデア。 小林少年が、対抗して、百科事典に化けるというのは、更に、その上を行ってますが、要は隠れられれば良かったわけで、何も、背中に百科事典の背表紙を貼り付ける必要はありますまい。

  暗号解読の部分だけ、面白くて、ゾクゾクします。 親戚同士なのに、なんで、骸骨の格好をして集まらねばならないのか、説明されていませんが、少年向けだから、何でもアリなんでしょう。 一応、不気味な雰囲気を醸し出すのには、成功しています。 最後には、島に渡って、洞窟の探検となるわけですが、そちらは、良くあるパターンで、ちっとも面白くありません。


【宇宙怪人】 約82ページ
  1953年(昭和28年)1月から、12月まで、「少年」に連載されたもの。

  空飛ぶ円盤が、世界各地で目撃され、トカゲの体に、コウモリの翼、手足に水掻きを持つ宇宙人が、金属の仮面をつけて、空を飛んだり、水中に潜ったり、様々な能力を見せつけつつ、人をさらったり、貴重な品を盗んだりし始める。 小林少年と、チンピラ別働隊が活躍し、最終的には、明智小五郎が、宇宙人の正体を明らかにする話。

  以下、ネタバレ、あり。

  明智小五郎が出てくるわけですから、どんなに、SFっぽい設定であっても、SFではありません。 推理物であって、全ての事に、合理的な謎解きがなされるわけですが、事が、あまりにも大掛かりなので、荒唐無稽の領域に入ってしまっていて、謎解きをされても、白けるばかりです。

  ところが、この作品、なんと、社会派なのです。 しかも、その目的が、大風呂敷にも、「世界平和」でして、それを、本来、怪盗で悪玉の四十面相がやろうというのですから、おそらく、混乱した少年読者もいた事でしょう。 あまりにも、推理小説から離れてしまっている、そこが、この作品の特徴と言えば、特徴ですな。



≪芙蓉屋敷の秘密≫

角川文庫
角川書店 1978年9月10日/初版
横溝正史 著

   2019年8月に、ヤフオクで、角川文庫の横溝作品を、24冊セットで買った内の一冊。 ≪芙蓉屋敷の秘密≫は、角川文庫・旧版の発行順では、58番に当たります。 戦前、昭和一桁前期に書かれた、長編1作、短編7作の、計8作を収録。 その内、【芙蓉屋敷の秘密】は、≪真珠郎 新版 横溝正史全集 1≫の時に、感想を書いているのですが、一作だけなので、同じ文章を入れておきます。 


【富籤紳士】 約24ページ
  1927年(昭和2年)3月、「朝日」に掲載されたもの。

  金がなくて、下宿を追い出された男が、友人夫婦の家に居候を始めたが、その内、友人夫婦の方が、夜逃げしてしまう。 取り残された男は、その家の大家に勧められて、独身女性限定・会員制宝籤のオマケに付いてくる夫として登録されるが・・・、という話。

  アイデアは出たが、それを嵌め込むストーリーが、うまく出来ずに、中途半端な状態で発表してしまったという感じ。 プロの作家の手というより、素人の習作に、こんなのが、よくありそうです。 後年、ストーリー・テラーと言われる横溝さんにも、こういう作品ばかり書いていた時代があったわけだ。


【生首事件】 約20ページ
  1928年(昭和3年)5月、「講談雑誌」に掲載されたもの。

  父親と娘でやっている質屋に、父親が面倒を見てやった青年が最近入れ上げている女のものらしき生首が送られて来る。 父娘と、青年が、容疑者として身柄を確保されるが、実は・・・、という話。

  アイデアというほどのアイデアはなくて、推理小説では良くある人物相関です。 生首の顔が潰されていたとなると、もう、犯人は、殺されたとされている本人に決まりですな。

  この作品も、ストーリー展開は、最低レベルの拙さで、終わりの方で、突然、名探偵刑事が出現して、取って付けたような謎解きと犯人指名をします。


【幽霊嬢(ミス・ゆうれい)】 約26ページ
  1929年(昭和4年)6月、「新青年」に掲載されたもの。

  ある映画監督の下に、その監督の作品に出た青年が、実は、さる華族の令嬢ではないかという問い合わせの手紙が届く。 関係者が、調査を進めると、令嬢どころか、銀座のバーのホステスだという説も出て来るが、その正体は、実は・・・、という話。

  雑誌掲載の時には、横溝さんの名前ではなく、実在の映画関係者の名前で発表されたとの事。 推理小説というわけではなく、ちょっと、謎めいた話という線を狙ったように感じられます。 推理小説だと思って読むと、ラストで、肩すかしを食らいます。


【寄木細工の家】 約24ページ
  1929年(昭和4年)10月、「改造」に掲載されたもの。

  不貞を働いている妻を殺害する為に、天蓋が下りて来て、眠っている者を押し潰すベッドを作った夫が、妻が死ぬ様子を見届けようと壁から覗いていたら、思わぬ事態の発生で、自分が死んでしまう話。

  タイトル通り、寄木細工の家も出て来ますが、それは、この夫が、大掛かりな仕掛けを作るのが好きという事を表しているだけで、あまり、意味はありません。 天蓋が下りて来るベッドで人を殺すというアイデアを元に、肉付けして、話を作ったと思われますが、肉付け部分が不自然で、バラバラ感が濃厚です。

  冒頭部分で押し潰される女優の正体を、後で明らかにする事によって、皮肉な結末にしているわけですが、別に、過去の事件と因果関係が説明されているわけではなく、単なる偶然でして、これでは、ホラーになってしまいます。


【舜吉の綱渡り】 約16ページ
  1930年(昭和5年)1月、「文学時代」に掲載されたもの。

  彼女を金持ちに取られてしまった青年が、人々の注目を集め、元彼女の関心を取り戻す為に、左前の遊園地に、落下防止ネットがない綱渡りをやってみせると、自分を売り込む。 ところが、いざ、綱渡りを始めようとした瞬間、ある事が起きて・・・、という話。

  推理物ではないです。 正直な感想、話になっていません。 「文学時代」が、どんな雑誌だったのか知りませんが、これを掲載するというのは、気が知れませんな。 特に、結末が悪い。 こんな結末なら、どんな話にもつけられます。


【三本の毛髪】 約32ページ
  1930年(昭和5年)3月、「朝日」に掲載されたもの。

  二人の青年が、殺人事件の現場に行き合わせる。 ある建物の階段で、二階から被害者が転げ落ちて来て、二階には他に出口がなかったが、二階に人はいなかった。 警官を呼びに走った一人が、現場に残っていた一人を疑うが、現場に残されていた三本の毛髪から、別の犯人が特定される。

  この青年二人の関係は、江戸川乱歩さんの初期の短編、【D坂の殺人事件】の二人に、よく似ています。 一人が、もう一人を疑うが、それは、間違いというパターン。 そして、疑われた方が、真犯人を見つけます。 本格トリック物で、まずまず、面白いのですが、ラストが悪くて、木に竹を継いだ観あり。 しも、継いだ竹が短すぎです。


【芙蓉屋敷の秘密】 約138ページ
  1930年(昭和5年)5月から、8月まで、「新青年」に連載されたもの。

  白鳥芙蓉という女性が、自分の屋敷で殺される。 犯人が落として行ったと思われる帽子を手がかりに、探偵・都筑欣哉が、謎を解いて行く様子を、その友人の小説家が書き留めた話。

  本格推理物。 解説によると、この頃に横溝さんが書いていた本格物は、大変、珍しいとの事。 探偵と小説家のコンビは、ホームズ物以来、定番化していたわけですが、この作品に出てくる二人は、ホームズとワトソンというより、ファイロ・ヴァンスと、ヴァン・ダインに、圧倒的に近いです。 ≪ベンスン殺人事件≫の発表が、1926年ですから、この作品が出た1930年は、ファイロ・ヴァンス物の黄金期 でして、もろに、影響を受けたものと思われます。

  ただ・・・、作品の出来は、あまり良くありません。 本格物をどう書いていいのか、どういう風に語れば面白くなるのかが、まだ掴みきれていなくて、謎の材料だけ並べて、終わってしまった感があります。 この頃には、横溝さん自身が、本格物を読むのに、あまり、面白さを感じていなかったのかも知れません。


【腕環】 約16ページ
  1930年(昭和5年)11月9日、「日報報知」に掲載されたもの。

  女性にプレゼントにするつもりで、中古の腕輪を買った男が、その腕輪に、飾り文字で、元の持ち主である、古峯博士の妻の名前が彫られている事に気づく。 夫人の宝飾品が、中古品店に売られていた事から、二週間前に起こった、古峯博士殺人事件の謎が解けて行く話。

  本格といえば本格ですが、トリックではなく、たまたま発生した謎を、解くだけの話。 中心人物が小説家で、その相棒が新聞記者と、作品の規模に比べて、設定が大袈裟過ぎ。 新聞記者が出て来ると、どうしても、活劇っぽくなってしまいますなあ。 それ以外は、まあまあ、楽しめます。 それにしても、この程度の枚数で、本格物は、厳しい。



≪松本清張全集 1 点と線・時間の習俗・影の車≫

松本清張全集 1
文藝春秋 1971年4月20日/初版 2008年4月25日/11版
松本清張 著

  沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。 松本清張さんの本は、作家別の現代作品の棚にあるだけだと思っていたのですが、全集の棚の間を見ていたら、松本清張全集があるじゃありませんか。 早速、第1巻から借りて来ました。 二段組みで、長編2、短編7作を収録。 【点と線】は、割と最近読んで、感想を出していますが、一作だけなので、同じ物を出しておきます。


【点と線】 約112ページ
  1957年(昭和年)2月から、翌年1月まで、「旅」に連載されたもの。

  福岡県の海岸で男女二人の死体が発見され、心中として処理されかけるが、死ぬ前に、男が一人で食事をしていた事を知った所割刑事が、心中説に疑問を抱く。 東京からやって来た警視庁の警部補が、その話を聞き、二人の仲や、背景を調べる内に、怪しい人物が浮かび上がるが、その男には、しっかりしたアリバイがあった。 公共交通機関を使った時刻表トリックを、一進一退しながら、突き崩して行く話。

  以下、ネタバレ、あり。

  面白いです。 ただし、時刻表トリックを使った推理小説が、まだ少ない時代に書かれた物であるという事を念頭に置いて読まないと、ピンと来ません。 つまり、正確に表現するなら、「おそらく、発表当時に読んだ人達は、これ以上ないくらい、面白かっただろうなあ」と思われる、という事になります。

  この作品、有名な割に、2回しか映像化されていないのですが、その理由は、簡単に見当がつきます。 この作品の後、いろんな作者が、時刻表トリックを使った推理小説を大量に書くようになり、新味がなくなってしまったんでしょう。 時刻表トリックだけで、全編埋められているような作品だから、そのまま映像化しても、「ああ、こういうのね・・・」という感想が出るだけ。

  だから、ドラマ化した時には、刑事側の人間ドラマまで盛り込んで、肉付けしたわけだ。 私は、それを、尾鰭と感じたのですが、原作にはないのだから、ほんとに、尾鰭だったわけです。 ドラマのクライマックスは、犯人が、鉄道だけでなく、飛行機も使った事に、刑事達が気づく場面でしたが、あまりにも大時代過ぎて、呆れてしまい、そこから後ろは、真面目に見るのをやめて、他の事をしながら、音声だけ聞いていました。

  一番、ゾクゾクするポイントは、東京駅のホームで、死んだ二人が九州行きの夜行列車に乗る様子を、他のホームから、二人の知り合いに目撃させるというところです。 間に、他行きの列車が停まっている事が多く、4分間しか見通せない事から、目撃者に、完全な偶然だと思わせられる、というのが、実によく考えてあります。 松本清張さんは、推理小説を書くに当たって、トリックよりも、謎よりも、ゾクゾクするシチュエーションを考案する事に、最もエネルギーを注いでいたと思われます。


【時間の習俗】 約164ページ
  1961年(昭和36年)5月から、翌11月まで、「旅」に連載されたもの。

  相模湖畔で、男が殺され、同行していた女が行方不明になる。 容疑者が浮上するが、その男には、犯行時刻、福岡県で、神社の伝統行事を見に行っていたアリバイがあり、その時に撮影した写真もあった。 やがて、福岡で、別の男の死体が発見される。 二つの事件に関連ありと見た、警視庁の三原警部補が、【点と線】の事件以来、昵懇の中になった福岡署の鳥飼刑事と協力し、容疑者の練りに練られたアリバイを、崩して行く話。

  アリバイ崩しだけで成立している作品で、その点では、【点と線】の上を行きます。 しかし、あまりにも、そちらへ偏り過ぎたせいで、理屈理屈の目白押しになってしまい、面白さよりも、堅苦しさを感じます。 捜査側の視点で語られているのですが、主な探偵役の二人ですら、血の通った人間というより、「捜査者」という記号のような、カサカサに乾いた印象を受けます。

  さもない日常的な事から、謎解きのヒントを得る場面が多過ぎ。 2時間サスペンスや刑事ドラマの、低レベルな作品で、よく、そういうのが出て来ますが、一作品の中で、何度も、「何々を見て、突然、何々を思いついた」を繰り返されると、嘘臭くて、馬鹿馬鹿しくなって来ます。 そんな偶然の閃きにばかり頼っていて、刑事が務まるものですか。 むしろ、「過去に、こういう事件があったが、今回のも、それに似ているから、こうなのではないか」といった、経験から来る判断の方が、刑事の発想らしいと思います。

  【点と線】も、この【時間の習俗】も、クロフツ作品の語り口を真似ていて、天才的な探偵役を出さず、普通の刑事が、地道な捜査を重ねて、真相に辿り着くタイプの話です。 うまく書かれていれば、面白くなるのですが、この作品は、潤いがなさ過ぎて、面白いというところまで、行きません。 ネット情報によると、ドラマ化されているようですが、私は未見。 この堅苦しい話を、どんな風に映像化したのか、そこだけに、興味があります。 


【影の車】(短編集のタイトル)
  1961年(昭和36年)に、「婦人公論」に掲載。


「潜在光景」 約20ページ 4月
  昔馴染みの、子持ちの未亡人と再会し、不倫関係になった男が、その子供がなつかなくて困っていたが、なつかないどころで済む話ではなく、男に対して、殺意を抱いているのではないかと思えて来て・・・、という話。

  未亡人が相手なのに、なぜ、不倫なのかというと、男の方に、妻がいるからです。 妻とは冷めた関係で、子供もいないという設定。 ページ数にしては、登場人物のキャラや心理を細かく描き込んでいて、読み応えがあります。

  それにしても、自分自身が、子供の頃に、伯父から嫌な思いをさせられているのに、同じ事を不倫相手の子にやるというのは、どういう神経なんでしょう?


「典雅な姉弟」 約21ページ 5月
  もう、50歳を超えているが、美形の姉と弟が、一緒に暮らしていた。 姉は、かつて、高貴な家に仕えていた事があり、独身。 弟も、結婚歴がなく、見合いの話が来ても、断っていた。 ある時、姉が殺されるが、弟には、アリバイがあり・・・、という話。

  この短さで、アリバイ・トリック物。 電話と電報を使ったものです。 前半は、お上品で、弟とは仲が良いけれど、他の家族を見下し、使用人を顎で使っている姉の人柄や、弟が、なぜ、結婚しないのかについて、細かい描写が続くのに対し、後半、姉の死を境に、突然、本格物に変わるので、唐突感が強いです。 しかし、前半と後半を分けて評価すれば、どちらも、面白いです。

  お上品な姉が、なぜか、爬虫類・両生類が好きで、庭の蜥蜴や蛙に食べさせる為に、蝿を集めているというのが、妙に面白い。


「万葉翡翠」 約23ページ 2月
  大学の教授から、万葉集の歌に詠まれている、翡翠が出る川を探してみるように薦められた学生数人が、新潟県に向かうが、その内の一人が、戻って来なくて・・・、という話。

  万葉集の歌の字句から、新潟県に翡翠が出る川があるはずだと推理するのが前半で、ちと、学術的過ぎて、硬いのですが、それでも、面白いです。 本当に、この歌について、そういう論争があるのかどうか、知りませんけど。

  後半では、帰って来ない学生を、仲間達が、何度、捜索しても見つからなかったのを、全く違った所から、手がかりが得られて、解決に向かいます。 その手掛かりというのが、いかにも、松本清張さんの好みそうなアイデアで、何となく、嬉しくなってしまいます。 このアイデアは、2時間サスペンスや刑事ドラマで、割とよく出て来ますが、松本さんの発案なんですかね?


「鉢植を買う女」 約18ページ 7月
  戦前に雇われて、戦後まで会社に残った女性社員がいた。 容貌が良くない事から、オールド・ミスとなり、社員に金を貸して、貯蓄に励んでいた。 ある時、金を借りに来た男性社員に襲われ、性関係を結ぶが、やがて、その男が、会社の金を持ち逃げしてしまう。 男が姿を消してから、女性社員が、鉢植えの植物を買い集め始めたのは、なぜか。 という話。

  梗概が分かり難いのは、そもそも、話の纏まりが悪いからです。 男が出来た事で、因業な女の人生が変わるというわけではなく、最後まで、お金だけを信望して突き進むので、心理の変化に乏しく、人間ドラマになっていないような気がします。 死体の隠し方が、謎になるわけですが、「なるほど。 それは、いいアイデアだ」と思うものの、これまた、ストーリーと関係が弱くて、取って付けたような感じがします。


「薄化粧の男」 約23ページ 3月
  若い頃、美男でならし、50歳を超えても、白髪を染めたり、薄化粧をしたり、色つき眼鏡をかけたりして、若作りに励んでいた男が、殺された。 妻と愛人が、しょっちゅう大喧嘩をするほど仲が悪く、二人とも容疑者になるが、二人ともアリバイがあり・・・、という話。

  アリバイ崩し物。 崩すというより、自然に崩れます。 なので、探偵役のような登場人物はいません。 男本人については、他者の証言で、その為人が語られて、人物描写で読ませます。 一方、事件の方は、容疑者達のアリバイが、どう仕組まれているかが、謎になっています。 話の焦点が、二つあり、いささか、バラバラ感があります。

  ドラマ化されたのを見た事がありますが、「こんな話だったかなあ?」という感じ。 映像化するとしたら、やはり、男の方を中心人物にするでしょうねえ。 だけど、性格に問題があったから、殺されたというだけでは、薄化粧云々に、大きな意味はなくなってしまいます。 読後に覚える、この妙な違和感は、「薄化粧の男」というタイトルと、話の中身に、ズレがあるところから来ているんでしょうか。  こういうタイトルなのに、薄化粧が、トリックに関わって来ないのが、不満なのです。


「確証」 約19ページ 1月
  暗い性格の夫が、明るい性格の妻の浮気を疑い始めるが、証拠が掴めない。 それを確かめる為に、恐ろしい方法を使うが、想像していなかった結果に終わる話。

  ネタバレさせてしまいますと、夫が使った手というのは、自分が淋病になり、それを妻にうつして、更に、妻から、浮気相手と思われる男にうつさせて、証拠と得るというもの。 眉を潜めたくなるような話で、よく、これを、「婦人公論」に掲載したなと、驚きます。 相当な割合の読者から、顰蹙を買ったのではないでしょうか。

  ラストは、皮肉な結末というより、少し、ピントがズレている感じ。 浮気相手について、伏線は張ってありますが、別に、意外性で、あっと驚くような事はないです。

  いっそ、「妻の浮気の確証を掴み、相手も想像通りの人物だったので、決然と離婚したが、その直後、夫自身の病気が悪化して、死んでしまい、妻と浮気相手は結婚して、幸せに暮らした」という話にすれば、皮肉な結末になったのに。


「田舎医師」 約19ページ 6月
  死んだ父親から話だけ聞かされていた、父の故郷へ、近縁者である医師を訪ねて行った男が、その医師が、往診中に、乗った馬ごと、崖から転落死した一件に関わり、事故ではなく、事件ではなかったかと疑う話。

  面白いです。 やはり、推理小説の舞台は、都よりも、鄙に限る。 雪深い山奥で、夜中に、転落事故の一報が入り、現場へ出かけて行く件りなど、ゾクゾクせずにはいられません。 謎の部分が、本格物なので、舞台の雰囲気に比べて、少し子供騙しっぽいのが残念ですが、それが気にならないくらい、面白い印象の方が強いです。



≪松本清張全集 2 眼の壁・絢爛たる流離≫

松本清張全集 2
文藝春秋 1971年6月20日/初版 2008年4月25日/9版
松本清張 著

  沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。 二段組みで、長編2作を収録。


【眼の壁】 約236ページ
  1957年(昭和32年)4月から、12月まで、「週刊読売」に連載されたもの。

  手形詐欺で大金を騙し取られ、会社に損害を与えてしまった課長が、責任を感じて、自殺する。 その部下だった男が、仇を取ろうと、友人の新聞記者と共に、捜査を進めたところ、戦後右翼の頭目が絡んでいるらしいと分かる。 別働で捜査を進めていた、会社の顧問弁護士の助手が殺され、やがて、弁護士も行方不明になり・・・、という話。

  冒頭からしばらくは、ビジネス小説のような雰囲気ですが、最初の殺人に至る件りから、刑事ドラマ風の速いテンポになり、その後は、割と落ち着いた、松本清張さんらしい作風に変わります。 分類すれば、素人探偵ものですが、新聞記者が、新聞社ごと加勢しているので、純然たる素人捜査とは言えません。

  殺人事件が起きてからは、警察も加わり、警察式の組織捜査も描かれますが、どちらかというと、そちらの方が、松本清張さんらしくて、面白いです。 実質的主人公は、ただの会社員でして、インスピレーションで、謎パズルのピースを揃えて行くのですが、ちと、閃きが多すぎるような気がします。

  結構、長い小説ですが、テンポが速いから、ページは、どんどん進みます。 連載小説らしく、会話だけが続く部分が多いですが、そこは、飛ばし読みしても、問題ありません。 毎回、指定された枚数を埋める為に、そうしているのは明らかで、ストーリーに関わる情報が少ないからです。


【絢爛たる流離】 約219ページ
  1963年(昭和38年)1月から、12月まで、「婦人公論」に連載されたもの。 ちなみに、「流離」とは、「故郷を離れて、さすらう事」。

  指輪に仕立てられた、3カラットのダイヤモンドが、戦前から、戦後にかけて、様々な人々の手に渡るが、関わった者達が、ことごとく、殺人事件に巻き込まれる話。

  大体、2回で、一話になる組み合わせ。 部分的に、登場人物が重なっていますが、指輪がリレーされるだけで、全体で一つの話というわけではないです。 「呪いの宝石」の持ち主が、次々と死んで行くというアイデアは、良く使われるものですが、この作品の場合、指輪は、バトンに過ぎず、指輪に直接、関係するエピソードは、凶器を作る為に、ダイヤでガラスを切ったという、一つだけです。

  一話一話に、謎やトリックが用意されていますし、設定や描写も細かくて、読み応えはあります。 だけど、約20ページごとに、途切れてしまうので、やはり、普通の長編と比べると、読書のノリは悪いです。




  以上、四作です。 読んだ期間は、

≪江戸川乱歩全集(25) 怪奇四十面相≫が、2020年の、2月28日から、3月4日。
≪芙蓉屋敷の秘密≫が、2019年の12月16日から、2020年の、3月6日まで。
≪松本清張全集 1 点と線・時間の習俗・影の車≫が、2020年3月6日から、18日。
≪松本清張全集 2 眼の壁・絢爛たる流離≫が、3月20日から、31日にかけて。

  例によって、≪芙蓉屋敷の秘密≫の期間が長いのは、図書館で借りた本の合間に、手持ちの本を、ちょぼちょぼと読んでいるからです。 松本清張全集に入ってから、読むスピードが、ガクンと落ちました。 2週間の貸し出し期間が、一冊で終わってしまいます。 内容が、みっちりしているから、無理もないんですが。