2020/08/16

読書感想文・蔵出し (65)

  読書感想文です。 この前文を書いているのは、8月10日ですが、とにかく、暑い。 今年のお盆は、新型肺炎の影響で、坊さんも、親戚も来ないのは、助かります。 不幸中の幸いというより、禍転じて福と言った方が、適切ですな。 ちなみに、坊さんは来なくても、お経料は、とられました。




≪松本清張全集 3 ゼロの焦点・Dの複合≫

松本清張全集 3
文藝春秋 1971年5月20日/初版 2008年4月25日/9版
松本清張 著

  沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。 二段組みで、長編2作を収録。  この本を借りている間に、新型肺炎の影響で、図書館が休館になってしまいました。 ホーム・ページの指示に従い、ブック・ポストに返しましたが、次を借りる事はできなくなりました。


【ゼロの焦点】 約204ページ
  1958年(昭和33年)5月から、1960年1月まで、「宝石」に連載されたもの。

  ある女が、相手の事をよく知らないまま、年上の男と結婚したが、新婚間もない内に、夫が能登で失踪してしまう。 現地に駆けつけた夫の兄や、東京へ調査に行った夫の同僚が、不幸な運命に見舞われる。 一人で調べを進める内に、夫の秘密や、夫に関わっていた二人の女の、暗い過去が明らかになってくる話。

  何度も、映像化されており、松本清張作品というと、この作品のタイトルを、真っ先に思いつく人も多いはず。 その割に、どういう話かと訊かれると、すぐに思い出せないないのは、発表当時はともかく、現在では、2時間サスペンスなどで、同類のパターンが良く見られる、ありふれた話になってしまっており、特徴が感じられないからでしょう。 それだけ、多くの推理作家に、大きな影響を与えたという事です。

  まず、ヒロインの夫に、妻には言えない秘密があり、更に、戦後間のない頃、夫が、一時期、警察官をしていた関係で、二人の女と関わりがあったという、二段構えの謎になっています。 話が進むにつれて、密林の奥地に入り込んでいくような感覚があり、大変、ゾクゾクします。

  敢えて難を言えば、後ろの方で、ヒロインの頭の中で推理が展開される部分が長く、読むのがつらくなる事でしょうか。 ただし、悪い推理小説によく見られるような、「間違った推理」が幾つも羅列されるような事はありません。 普通の推理小説と違うのは、純文学や一般小説の描写方法を取り入れている点で、良く言えば、濃密、悪く言えば、くどい。 読者によって、好みが分かれる所でしょう。


【Dの複合】 約246ページ
  1965年(昭和40年)10月から、1968年3月まで、「宝石」に連載されたもの。

  ある作家の元に、民俗学を取り入れた紀行文の仕事が持ち込まれる。 取材の為に、若い編集者と共に各地を訪れるが、ある土地で、殺人事件に関わった事をきっかけに、奇妙なファンが訪れて来たり、35、もしくは、135という数字が、取材先各地に関係してきたり、編集者の行方が分からなくなったりと、次第に、裏に隠されている事件がクローズ・アップされて来る話。

  2年半も、連載していたんですな。 その間、他の作品も並行して書いていたのだとしたら、よく、話の中身を忘れてしまわなかったものです。 「Dの複合」というタイトルは、作中に出て来る英文の中に使われている文字ですが、はっきり言って、こじつけたようなタイトルで、話の中身を、直接、表してはいません。 しかし、読後、時間が経ってから、どんな話だったかを思い出す手掛かりにはなります。

  民俗学の解説文のような文章が、前半を中心に、何ヵ所か出て来て、あまりにも硬いので、思わず、飛ばし読みしたくなりますが、民俗学に興味がある人なら、面白いと思います。 「たぶん、その内、殺人事件が関わって来るのだろう」と思っていると、ほんとに、早い段階で、そうなります。

  硬い解説文と、殺人事件に落差があるせいか、大変、ゾクゾクし、解説文が出て来なくなっても、そのゾクゾク感は続きます。 しかし、事件の方が面白いかというと、作家の目線で見ている書き方が、遠回し過ぎて、隔靴掻痒、何が進行しているのか分かり難く、興を殺がれます。 ゾクゾク感があるのに、興を殺がれるというのは、矛盾ですが、両者が同居しているわけです。

  終盤に至るまで、どんな事件が背景にあるのか、全く分からないというのは、推理物としては、ちと、ズルですな。 しかし、確実に読み応えはあるので、松本清張作品に興味があるなら、一度は読んでおくべき一作と思います。



≪青い外套を着た女≫

角川文庫
角川書店 1978年11月20日/初版
横溝正史 著

  2019年8月に、ヤフオクで、角川文庫の横溝作品を、24冊セットで買った内の一冊。 ≪青い外套を着た女≫は、角川文庫・旧版の発行順では、60番に当たります。 戦前、昭和10年から、13年にかけて書かれた、短編9作を収録。


【白い恋人】 約12ページ
  1937年(昭和12年)5月、「オール読物・増刊」に掲載されたもの。

  映画女優が、突然、特殊な体格の男を刺し殺して、自分も死んだ。 その女優に恨みを抱いていた撮影技師が、合成映像を作って、女優に見せ、殺人・自殺衝動を誘発したという話。

  アイデア一つだけで作った話で、小説作品というより、そのアイデアだけ聞かされているような感じです。 催眠術とも少し違っていて、その女優がもつ、病的な嫌悪感を利用した犯罪。 障碍者差別が根底にあり、今では、全く評価されない作品です。


【青い外套を着た女】 約28ページ
  1937年(昭和12年)7月1日、「サンデー毎日」に掲載されたもの。

  外国から帰って来た青年が、街角で貰ったチラシに書かれていた指示に従い、ある場所で、青い外套を着た女に声をかけたところ、その女は追われている身で、匿う事になる話。

  推理物ではなく、ちょっとだけミステリアスな、軽い青春物という感じです。 最後に、オチがついていますが、別に、面白くはありません。 いかにも、青春物という終わり方。 映画にすれば、後味がいいというところでしょうか。


【クリスマスの酒場】 約28ページ
  1938年(昭和13年)1月1日、「サンデー毎日」に掲載されたもの。

  交際相手が、金持ちの男と結婚する事になり、パリへ旅立つ事になった青年を、その友人が、酒場に誘ったところ、かつて、その青年が助けた花売りの娘が現れたり、他にも、昔の事件の関係者が現れたり、青年が船に乗るのを妨げようとするが、その目的は・・・、という話。

  オチがあり、ショートショートですが、戦前に、ショートショートというカテゴリーはなく、O・ヘンリー的な、ちょっと気が利いたオチがついている短編が、幅を利かせていたのだと思います。 ただし、人間ドラマというほど、人間を描けているわけではなく、O・ヘンリー的というと、O・ヘンリーに申し訳ないですな。

  横溝さんは、戦後には、ストーリー・テイラーとして有名になりますが、戦前は、それほどでもなく、むしろ、ストーリーやモチーフが月並みで、まずい作品が多いです。 雑誌の編集者・編集長時代に、穴埋め用に、軽い作品を書いていたのが、プロ作家としての始まりなので、その頃の癖が抜けなかったのではないかと思います。


【木乃伊の花嫁】 約38ページ
  1938年(昭和13年)2月、「富士・増刊」に掲載されたもの。

  ある医学博士の娘が、その弟子と結婚する事になったが、その婚礼の最中に、ライバルだった別の弟子と思われる男が、天井裏で自殺する。 その後も、花嫁の姿をした人形が湖面に浮き上がったり、骸骨のような顔をした人物が現われたり、奇怪な事が続く。 由利麟太郎が登場し、謎を解く話。

  由利先生が出て来ますが、別に本格トリック物ではないです。 顔が潰された男が出て来ますが、入れ代わり物というわけでもありません。 単なるサスペンスですな。 多分に、行き当たりばったりで書いて行って、謎が謎にならないまま、展開に窮して、由利先生でごまかした感あり。

  この作品、1983年に、古谷一行さん主演の2時間ドラマになっています。 由利先生が、金田一に代わってますけど。 そっちを先に見たのですが、どこが面白いのか、よく分からない話でした。 小説を後で読んだら、こちらも、どこが面白いのか、よく分からず、なるほど、原作に忠実な映像化だったのだなと、納得した次第。


【花嫁富籤】 約28ページ
  1938年(昭和13年)3月、「婦人倶楽部」に掲載されたもの。

  あるデパートが、宣伝の為に配った、婚礼衣装と大金が当たる宝くじ。 通りすがりの人に貰って、当たりくじの半分だけを持っていた女性が、もう半分を持っているはずの男性を捜すが、なかなか見つからない話。

  推理物ではなく、ちょっと、数奇なだけの話。 オチがあり、大団円となります。 未来に希望がある、若い世代向けの、明るい雰囲気の作品。 横溝さん自身も、若い頃だったから、こういう話を思いついたのであって、逆に言うと、すでに若いとは言えなくなった年代の読者は、「こんなうまい話が、あるわけがない」という枯れた感想しか出ないと思います。


【仮面舞踏会】 約26ページ
  1938年(昭和13年)6月、「オール読物・増刊」に掲載されたもの。 戦後に書かれた、長編の≪仮面舞踏会≫とは、全く別の作品です。

  年に一度、家族だけで、鹿鳴館風の衣装を着て、邸内の広間を歩くという、奇妙な習慣がもつ家があった。 その家にある、昔の写真に写っている人物に、そっくりな青年が現れ、儀式の裏に隠されていた、過去の犯罪の謎を解く話。

  些か、凝り過ぎか。 不思議な話を作ろうとして、あれこれ弄っている内に、込み入り過ぎてしまったという感じです。 また、奇妙な儀式も、謎というほどの謎ではないです。 娘の名前が、曾祖母と同じ、青年の名前が、曽祖父と同じ、というのは、明らかに、蛇足設定でして、別の名前にした方が、無理がなかったと思います。

  面白さよりも、無理を感じてしまうようでは、良い作品とは言えません。


【佝(イ婁)の木】 約40ページ
  1938年(昭和13年)6月5日、「サンデー毎日」に掲載されたもの。 「佝(イ婁)」は、「せむし」と読みます。 たぶん、今では、障碍者差別語。

  ある青年が、バスで乗り合わせた男性が、事故で死ぬ。 最後の頼みを聞いて、男性の婚約者の所へ届け物をしたが、その女性には、かつて、書生として家にいた男に、父親を殺された暗い過去があり・・・、という話。

  草双紙趣味。 元書生が犯人と思わせて、実は違うというパターン。 タイトルに、「木」が入っているのは、桜の花弁が小道具に使われるからですが、ストーリーとは、ほとんど関係ありません。 塑像の中の死体というのは、よく使われるモチーフですが、ちょっと、いろいろと、欲張り過ぎている観あり。


【飾り窓の中の姫君】 約22ページ
  1938年(昭和13年)8月、「モダン日本」に掲載されたもの。

  ある華族令嬢が、親の決めた結婚に不服で、家出する。 その令嬢にそっくりな、デパートの宣伝係と入れ代わって、身を隠していたところ、ひょんな事から、自分が、結婚相手について勘違いしていた事に気づき・・・、という話。

  探偵小説のモチーフを使った、青春物。 発想が、よく言えば、若々しく、悪く言えば、青臭いです。 前半と後半で、主人公が変わっていて、本来なら、もう一度、デパートの宣伝係を出して、話を纏めなければならないのですが、枚数が足りなかったのか、尻切れトンボになっています。 「ここまで書けば、大体分かるだろう」というのは、戦前の横溝作品に良く見られる特徴です。


【覗機械倫敦奇譚】 約34ページ
  1935年(昭和10年)2月、「新青年・増刊」に掲載されたもの。 「覗機械倫敦奇譚」は、「のぞきからくり・ろんどん・きだん」と読みます。

  無実の罪で服役し、出所して来た若い女が、ロンドン行きの列車の中で、オーストラリアから来た同年輩の令嬢と知り合うが、その直後に、令嬢が病死してしまう。 令嬢にすりかわって、令嬢の亡き親が資産を預けてあるという、ロンドンの知り合いの家に向かうが、そこには、令嬢といい仲の男が来ていて・・・、という話。

  トム・ガロンという作家の小説を、横溝さんが、講談調の文体で翻訳した物。 江戸川さんの翻案物もそうですが、特別に面白いから、翻訳しようと思うのてあって、こういうのは、ハズレがありません。 面白いです。 しかし、小説というよりは、お話に近く、近代をもろに引きずっています。 しかも、ヨーロッパ大陸に比べると周回遅れだった、イギリスの近代小説そのものという古臭さ。

  不幸な身の上のヒロインだから、令嬢とすりかわろうとするのは、まあ、許せるとしても、令嬢は、身元不明の遺体として、どことも分からない所へ運ばれて行ってしまったのであって、「おいおい、そのままでいいのかね?」と、ツッコミを入れたくなります。 あとで、遺体を引き取りに行ったとも何とも書いていないので。



≪夜光怪人≫

角川文庫
角川書店 1978年12月25日/初版 1980年12月20日/5版
横溝正史 著

  2019年8月に、ヤフオクで、角川文庫の横溝作品を、2冊セットで買った内の一冊。 ≪夜光怪人≫は、角川文庫・旧版の発行順では、82番に当たります。 80・90番台は、少年向け。 戦前、昭和11年から、戦後、昭和25年にかけて書かれた、長編1、短編2の、計3作を収録。 解説が、中島河太郎さんではないので、作品データが載っておらず、ネット情報で調べました。


【夜光怪人】 約194ページ
  1949年(昭和24年)5月から、翌年5月まで、「譚海」に連載されたもの。

  ある考古学者が、発見した財宝の隠し場所を、息子の体に特殊な刺青で記録した。 それを狙って、夜光怪人と呼ばれる、闇で光る衣装を着けた賊が跳梁跋扈し、御子柴進、三津木俊助、そして、金田一耕助まで登場して、宝探しに至る活劇を繰り広げる話。

  横溝さんの、戦後型の、少年向け長編の典型。 三津木俊助と、金田一耕助が同一作品に出ているのは、私が読んだ中では、初めてです。 御子柴進と金田一の組み合わせは、他でも見た事があります。 金田一は、個性が切り落とされて、単なる探偵役になっています。 別に、由利先生でも、問題なし。 三津木俊助は、失敗する為に出て来ているようなもので、全く、いいところなし。 御子柴進も、多少は見せ場がありますが、所詮、端役です。

  この作品、最大の問題点は、夜光怪人の夜光衣装が、ただ、不気味な雰囲気を醸し出しているというだけで、わざわざ、タイトルにするほどの意味がないという事。 薬品で浮かび上がる刺青のアイデアは面白いのですが、ゾクゾクするところまで行きません。 それ以外の部分は、特に、アイデアがあるわけではなく、少年向け作品の、定番モチーフを並べているだけ。

  そうそう、クライマックスで、「獄門島」が出て来ます。 これは、特筆物でしょう。 清水巡査も出て来ます。 ただし、金田一とは、初対面という事になっています。 少年向け作品ですから、さらっとした書き込みに過ぎませんけど。


【謎の五十銭銀貨】 約28ページ
  1950年(昭和25年)2月、「少年クラブ」に掲載されたもの。

  ある作家が、戦前に、街の占い師から、お釣りとして受け取った五十銭銀貨の中に、暗号を書いた紙が入っていた。 戦後になって、その事を、雑誌に紹介したところ、家に泥棒が入り、殺人事件にまで発展する話。

  江戸川さんの、【二銭銅貨】から、アイデアをパクっていますが、硬貨の中に暗号が隠されているというのは、たぶん、江戸川さんのオリジナルというわけでもないと思います。 また、ストーリーは、全く違っています。 こちらは、あくまで、少年向けの他愛ない話。 しかし、暗号物だから、そこそこ、ゾクゾク感があります。

  ダイヤを隠したピアノの持ち主の娘さんが、たまたま、作家の知り合いだったというのが不自然で、偶然が過ぎます。 偶然を通り越して、ありえない繋がりですな。 少年向けだから、そこまで考えずに書いたんでしょうか。

  面白い事に、等々力警部が登場します。 相変わらず、知能担当ではなく、体力担当ですけど。


【花びらの秘密】 約20ページ
  1936年(昭和11年)6月、「少女倶楽部」に掲載されたもの。 掲載時のタイトルは、【真鍮の花瓣】。

  ある少女が、退役軍人の祖父と住んでいた屋敷で、幻燈を使った脅迫事件が起こる。 ロケットの研究をしていたおじが亡くなったあと、機密設計図が行方知れずになっていたが、それを狙って、スパイが屋敷に入り込み・・・、という話。

  暗号らしき物が出てきますが、読者が解くタイプの話ではないので、暗号物とは言えません。 少女が、機転を利かせて、犯人逮捕に繋げるという、そこが、眼目。 他愛のない話で、面白いというところまで、行きません。



≪仮面城≫

角川文庫
角川書店 1978年12月30日/初版
横溝正史 著

  2019年8月に、ヤフオクで、角川文庫の横溝作品を、24冊セットで買った内の一冊。 ≪仮面城≫は、角川文庫・旧版の発行順では、84番に当たります。 80・90番台は、少年向け。 戦前・戦後にかけて書かれた、長編1、短編3の、計4作を収録。 作品データは、ネット情報で調べましたが、発表年が食い違っているものがあり、どちらとも判別できないので、大雑把な情報と思って下さい。 山村正夫さんの解説は、解説というより、あらすじと感想ですな。


【仮面城】 約156ページ
  1952年(昭和27年)4月から、翌年3月まで、「小学五年生」に連載されたもの。

  腕にダイヤ形の痣がある少年が、テレビの尋ね人コーナーで呼び出され、ある屋敷を訪ねて行き、そこの主人から、黄金の小箱を渡される。 その中には、大粒のダイヤがいくつも入っていた。 人工ダイヤの製造法を狙う、怪盗・銀仮面一味に対し、少年の知り合いとして事件に関わった金田一耕助が、活劇を繰り広げる話。

  秘密の通路がある屋敷とか、悪党一味が使っている汽船とか、山の中の地下に構築されたアジトとか、少年向け作品のモチーフが使われています。 横溝さんの少年向け作品は、ほとんど、こういう感じで、それらしいモチーフを組み換えて、作っていたに過ぎません。 大人の感覚で、評価するのは、大変、難しいです。 読んだ少年が、面白いと感じるかどうかで、全てが決まるわけだ。 

  金田一は、大人向け作品では、頭脳探偵ですが、少年向けになると、アクション探偵になります。 個性は、ほとんど、消されていますが、この作品では、袴が引っかかって、呪いの言葉を吐く、面白い場面があります。 等々力警部も出て来ますが、金田一以上に、いてもいなくてもいい役所。 しかし、それは、大人向け作品でも、あまり、変わりませんな。


【悪魔の画像】 約28ページ
  1952年(昭和27年)1月に、「少年クラブ」に掲載されたもの。

  「赤の画家」と言われるほど、赤色を多用し、後に自殺した画家の絵を、酔狂で買って来た小説家の住む家に、泥棒が入る。 絵は盗まれずに済んだが、少女が一人置いていかれていた。 二度目に泥棒が入った時に、赤いレンズを入れた眼鏡が落ちていて、その眼鏡で絵を見たら・・・、という話。

  小説家の甥に当たる少年が、名目上の主人公ですが、実際には、さほど、中心的な役所ではないです。 一応、少年を出しておかないと、少年向けにならないんでしょうな。 一応、科学的なトリックが使われていますが、本当に、そうなるのか、怪しい感じがします。 そもそも、赤いレンズの眼鏡なんて、かけた事がないからなあ。 一生、確かめられずじまいかもしれません。

  ストーリーとは関係ないですが、この作品の中に、「森美也子」という女性が出て来ます。 【八つ墓村】に出て来る人と同じ名前ですが、全く別人。


【ビーナスの星】 約26ページ
  1936年(昭和11年)11月に、「少女倶楽部」に連載されたもの。

  大学生時代の三津木俊助が、電車の中で、たまたま、助けた女性が、別れた直後に襲われ、マフラーを半分切り取られてしまう。 女性の家では、発明家の兄が襲われ、おばの遺品のフランス人形が壊されていた。 刑事の話によると、おばは、兄妹に、「ビーナスの星」というダイヤを遺したらしいのだが、さて、どこにあるのか分からず・・・という話。

  タイトルから、SFではないかと思ったのですが、そんな事はありませんでした。 宝石の名前だったんですな。 トリックはないですが、小さな謎はあり、三津木俊助が、割と鮮やかに、それを解きます。 三津木俊助は、大変、多様な役柄を背負い込まされているキャラクターですが、一人で短編に出て来た時だけ、頭脳派探偵になります。

  兄の発明の内容について、ジャンルすら書いていないのは、ちと、リアリティーを欠くきらいがあります。 たぶん、少女向けだから、細かい事は、端折ったんでしょうな。 どうせ、興味ないだろうと思って。


【怪盗どくろ指紋】 約31ページ
  1940年(昭和15年)1月に、「少年少女譚海」に連載されたもの。

  サーカスで曲芸をやっている少年の顔が、父親の書斎にある写真とそっくりな事に気づいた大学教授の娘が、サーカスで起こった騒ぎで、少年の逃走劇に巻き込まれる。 その後、父親から、少年との因縁を知らされるが、少年の三重指紋が、「怪盗どくろ指紋」のものだと分かり・・・、という話。

  少年向けのモチーフと、大人向け短編のストーリーを組み合わせたもの。 ヒロイン、少年の他に、三津木俊助ばかりか、等々力警部や由利先生まで登場しますが、そんなに大勢、顔を揃えなければならないようなボリュームは、全然ないです。

  「三重指紋」というのは、江戸川さんの、【悪魔の紋章】でも出て来ました。 こちらの方が、後出しなので、拝借したか、もしくは、欧米作品に、先例があるアイデアなのかもしれません。 そういや、「宗像博士」というのも、共通していますな。




  以上、四冊です。 読んだ期間は、今年、つまり、2020年の、

≪松本清張全集 3 ゼロの焦点・Dの複合≫が、4月4日から、14日。
≪青い外套を着た女≫が、4月15日から、25日まで。
≪夜光怪人≫が、4月26日から、5月6日。
≪仮面城≫が、5月7日から、15日にかけて。

  手持ちの横溝作品が、3冊続いたのは、新型肺炎の緊急事態宣言が出ていて、図書館が休みだったからです。 松本作品から、横溝作品に変わると、急に、読書が楽しく感じられますが、それは、より面白いからと言うより、より読み易いからでしょう。

  社会派ブームの後に、横溝大ブームが来て、社会派推理小説を、主座から追い落としてしまったのは、読者が、小難しい社会問題に頭を使うのにげんなりし、推理小説本来の姿を残す横溝作品に、安らぎを求めたからではないかと思います。