EN125-2Aでプチ・ツーリング ⑬
週に一度、「スズキ(大長江集団) EN125-2A・鋭爽」で出かけている、プチ・ツーリングの記録。 今回は、13回目です。 また、組み写真が、7枚になってしまいました。 一回に出かけた先で、組み写真1枚に収まるように、写真を撮ってくればいいのですが、せっかく来たのだから、なるべく多く撮っておこうという欲が抑えられないのです。 写真をたくさん撮ってきても、使わなければいいのですから、減らそうと思えば、思いのままに減らせるわけですが、それでは、写真に解説を付ける形式の紀行になりません。
【門池 / 天王宮】
2020年9月11日に、バイクで、門池の近くにある、「天王宮」という神社に行って来ました。
≪写真1≫
門池の横を通ったので、バイクを停めて、撮影。 久しぶりに来たのですが、駐車場の方は、車も人も多く、とても、寄る気になれませんでした。 門池(かどいけ)は、沼津市内で、最も大きな池沼湖。 桜の名所にもなっています。
≪写真2左≫
天王宮の参道側入り口。 南の方にあります。 住宅に挟まれた参道には、独特の趣きがあります。
≪写真2右≫
バイクは、西側の入口から入れました。 車でも停められる空間があります。 問題は、境内が幹線道路に面していないので、どこから入ればいいのか、ぐるっと一周回らないと、分からない事ですな。
5分以上いるような場所でもなさそうなので、ヘルメットは被ったまま、見学しました。
≪写真3≫
拝殿と本殿。 村社クラスとしては、立派なものです。 拝殿の前にある赤い物は、消火器ケースです。
≪写真4左≫
手水舎はなし。 漱盤もなし。 これは、ただの流しでしょう。 ハンドルが外してあるので、ここで、手や口を洗うのは、不可能です。
≪写真4≫
境内の大型プランターで咲いていた、マリー・ゴールド。 もちろん、栽培されているもの。 つまり、手入れをしている人がいるわけですな。
【沼津西友 / マックスバリュ沼津南店】
天王宮の帰り、母に頼まれた手帳日記を買う為に、セリアが入っている店、2軒に寄りました。
≪写真1≫
ここは、沼津の西友。 屋上駐車場です。 広いです。 満杯になる事は、まず、ないと思います。 雲が凄い。 東の方角を見ており、雲の下の山は、南箱根です。
≪写真2≫
同じく、西友の屋上駐車場から、北を見た景色。 山は、愛鷹山です。 雲がなければ、その上に、富士山が見えると思います。
≪写真3≫
西友のセリアには、探していた品がなくて、マックスバリュ沼津南店まで来ました。 ここは、立体駐車場の屋上。 後ろの山は、香貫山です。
この立体駐車場は、最初に、ここに郊外型大型店が造られた、ヤオハンの時代からあります。 店本体は、その後、セイフーになり、ダイエーになり、更に、建て替えられて、マックスバリュに代わりました。 経営会社は、セイフーとダイエーは同じですが、他は、全部、別。
≪写真4≫
北側を見た景色。 愛鷹山の上の富士山は、雲に隠れて、やはり、見えません。 二輪車置き場は、たっぷりありますが、時間にゆとりがある時なら、立体駐車場の方を選びます。 イタズラされる危険がありませんから。
≪写真5≫
東南側の景色。 山は、象山(徳倉山)と、鷲頭山。 やはり、雲が凄い。
母に頼まれた手帳日記ですが、ここに入っているセリアで見つけられました。 同じセリアでも、店によって、品揃えが違うんですな。
【清水柳北1号墳】
2020年9月18日に、バイクで、東名沼津インターの北の方にある、「清水柳北1号墳」へ行って来ました。 迷わずに到着。
≪写真1≫
駐車場、なし。 歩道を走って、古墳の隣の草原に乗り入れ、バイクを停めました。 歩道の縁石に切れ目がなくて、ここへ車で入るのは、無理があります。 その点、バイクは、やはり、融通が利きます。
≪写真2≫
清水柳北1号墳。 上円下方墳という、変わった形のもの。 元は、他の場所にあったのを、工業団地の造成に伴い、調査後に、ここへ石を移し、復元したとの事。 4基まであったようですが、移設復元されたのは、これだけです。 この辺り、旧石器時代から、古墳時代にかけての遺跡だというから、随分、長い事、人が住んでいたんですな。
≪写真3左≫
正面から。 階段がついていて、上へ登れます。 こういう古墳は多いですが、元々の形としては、上に登れるようにはなっていなかったでしょう。 何せ、お墓ですから。
≪写真3右≫
頂上部に置いてある、石。 周辺部の溝の中から、火葬骨を収める石櫃が出たらしいのですが、これは、復元というより、大体の形だけ、似せたものだと思います。 本物は、どこかに保存してあるんじゃないでしょうか。
≪写真4≫
古墳の上から、東の方を見た景色。 新東名が見えます。 周囲は、工業団地ですが、山の中なので、どの工場も、ゆったり敷地を取っており、ゴミゴミした雰囲気はないです。
≪写真4左下≫
古墳の階段で咲いていた、タンポポ。 組み写真に、少し、色が欲しくて、撮ったんですが、ブレボケしてまいました。 小さくすれば、ボケが目立たないから、この程度の大きさで添えておきます。
【門池・八幡神社】
2020年9月22日に、バイクで、門池の少し東にある、「八幡神社」へ行って来ました。 住所としては、大岡になるのかも知れません。 でも、大岡は広いので、門池の近くと言った方が、分かり易いです。
≪写真1左≫
正面。 参道らしきものはなく、道路から、いきなり、石段です。
≪写真1右≫
レイアウトの都合で、ここに持って来ましたが、社殿を斜め後ろから見た様子。 本殿と拝殿が別の建物で、短い廊下で繋がっている形式。
≪写真2≫
拝殿の正面。 境内が、妙に広いです。 これは、もしかしたら、鎮守の森を切ってしまって、広場を作ったのかも知れませんな。 祭りなど、行事の都合で。
≪写真3左≫
漱盤。 「奉納」と彫ってあります。 蛇口が付いていますが、ハンドルが外されていて、使えません。 おそらく、祭りや初詣の時だけ、つけられるのでしょう。
≪写真3右≫
社殿の隣にあった、併社。 「八幡天満宮」という標札がかかっていました。 八幡様と、天満宮が一緒になるケースもあるんですなあ。
≪写真4左上≫
瓦屋根という事は、昭和初期頃の建築なんでしょうか。 古い神社や、戦後の神社では、瓦屋根というのは、ほとんど、見られませんから。 花や、魚を象った瓦が載っています。 凝っている。
≪写真4左下≫
社殿の横に、石碑が集められていました。 こういうのは、元々、境内にあったわけではなく、町辻にあったものを、区画整理などで移動せざるを得なくなり、移し場所がなくて、神社に持って来たという経緯が多いのだと思います。 なぜか、石燈篭もあります。
≪写真4右≫
境内に停めた、EN125-2A・鋭爽。 石段は登れませんが、横手から入れたので、ここまで乗り入れました。 本来なら、「下乗」の領域でしょうな。 誰もいなかったから、問題になりませんでしたが。
ここに来る前に、図書館に寄ったので、荷台に、本を入れたバッグを括り付けてあります。 やはり、荷台は役に立つ。 重い本の場合、ナップ・ザックに入れて背負っていると、腰が痛くなってしまいますから。
滞在時間、5分くらいだったので、ヘルメットは脱がずに、写真だけ撮って、引き揚げました。
ちなみに、後ろの車は、ルノーの2代目トゥインゴ(2007年-2014年)の前期型。 調べたところ、「ルノー・スポール・ゴルディーニ」という、スポーツ・バージョンのようですが、詳しい事は分かりません。 フランスの小型車は、日本車とデザインに大差がないので、気をつけて見ないと、外国車である事が分かりませんな。 パッと見は、トヨタ・パッソか、マツダ・初代アクセラかと思いました。
【門池・牧堰】
八幡神社の後、北の方にある、池田明神というところへ行ったのですが、バイクを停める場所がなくて、遠くから、赤い鳥居だけ見て、良しとしました。 そこには、以前、折自で来た事がありました。 その時に撮った写真があるのですが、あまり、いい写真ではないので、出しません。
≪写真1≫
黄瀬川に向かい、「牧堰(まきせき)」を再訪しました。 ここにも、以前、折自で来た事があるのです。 この堰堤の所で、取水して、田畑に水を引いているわけです。 昔は、水争いが多かったと、沼津市のホーム・ページに載っていますが、この場所には、歴史を説明した解説板はないです。
≪写真2左≫
解説板がないにも拘らず、駐車場があります。 単なる空き地なのかも知れませんが。 3台くらいは、楽に停められます。
≪写真2右≫
近くで咲いていた、黄花コスモス。 道端に、群生していました。 虫がとまっていますが、この写真のサイズでは分かり難いですな。
≪写真3左≫
潅木状態に育って、道路に枝を垂らしていた、百日紅(サルスベリ)の花。 9月下旬は、まだ、夏か。
≪写真3右≫
穂が出揃った、ススキか、荻。 放射状に生えているし、河が近いから、荻なのかもしれません。
≪写真4≫
土手から見た、牧堰橋。 黄瀬川の向こうは、長泉町で、近くに、車検場があります。 「鮎壺の滝」も、すぐ近くです。
【西浦木負・鮑玉白珠比咩命神社】
2020年9月30日、バイクで、西浦の木負地区に行って来ました。 「木負」は、「きしょう」と読みます。
≪写真1左≫
三津(みと)から見た、淡島。 水族館やリゾート・ホテルがあります。 行くには、船で渡ります。
≪写真1右≫
三津の交差点。 この写真では分かりませんが、車が停まっている所に、信号交差点があるのです。 直進すると、西浦へ。 左折すると、山を越えて、伊豆長岡へ至ります。 私は、直進します。
≪写真2左≫
第一目的地の「鮑玉白珠比咩命神社」。 木負地区にある半島の、先の方、少し坂を登った所にあります。 「あわびたま・しらたま・ひめみこと・じんじゃ」と読むようです。 そういう名前の神様がいるという事ですな。
≪写真2右≫
漱盤。 なぜか、二つ並んでいます。 どちらも、蛇口付きで、ハンドル付き。 実は、この向かい側に、もう一つあったのですが、それには、蛇口がありませんでした。 どうしてまた、漱盤ばかり、たくさん、寄進されたものだか。
≪写真3左≫
石段。 手すりは、ステンレス製。 手すりを後付けしてある神社は多いです。 高齢者でも安心して上れるようにという配慮なのでしょうが、手すりがなければ上れないような健康状態の人は、そもそも、神社に来ようと思わないと思います。
それはそれとして、こうやって、中央に付ければ、転倒した時に、下まで一気に落ちずに、途中で止まり易くなるかも知れませんな。
≪写真3右≫
拝殿。 立派なもの。 瓦屋根という事は、昭和初期頃の建物でしょうか。
≪写真4左≫
燈篭も、立派。 脚が付いていて、しかも、台座の上に載っています。
≪写真4右≫
左の写真の、狛犬のアップ。 昭和19年4月に奉納された物。 もろ、戦時中ですな。 幾分、戦後の主流になる、唐獅子タイプに近づいている観あり。
≪写真5左≫
こちらは、たぶん、先代の狛犬。 非常に単純な造形で、石彫の技術が、素朴なレベルで留まっていた事が分かります。 明治か、江戸か・・・。 その頃でも、垂れ耳の犬がいたわけですな。
≪写真5右≫
拝殿に下がっていた、鈴。 かなりの大きさで、大変、立派。 こういうのも、安くはないでしょうに、漁師町というのは、お金があったようですな。
私は、神社見学はしても、お参りはしない主義なので、もちろん、鈴を鳴らす事はありません。 そもそも、村社の鈴というのは、氏子の人達が使うもので、よそ者が鳴らす為に吊ってあるわけではないです。 それに、こういうのは、いい音をさせようと、調子に乗ってガラガラやっていると、落っこちて来る事もあり、そうなりゃ、弁償ですから、大ごとになってしまいます。 触らぬ鈴に払いなし。
≪写真6左≫
境内別社。 二つありました。 個別に何の神様かまでは、見て来ませんでした。
≪写真6右≫
境内の隅で咲いていた、彼岸花。 彼岸が過ぎたからと言って、咲かなくなるわけではないわけだ。
≪写真7左≫
ブロック塀の外に停めた、EN125-2A・鋭爽。 道路なのですが、ここだけ、少し広くなっていたので、停めました。 ヘルメットは脱ぎませんでした。 車も、停められない事はないですが、長時間は、まずいでしょうねえ。 境内には、車・バイクは、全くは入れません。 そもそも、よそ者が来るような神社ではないのです。
≪写真7右≫
バイクを停めた場所から、北側を見た景色。 駿河湾の向こうに、夏の黒富士が見えます。 この辺の人は、いい所に住んでいますねえ。 手前の木は、西浦の名産である、蜜柑です。
【西浦木負・消波堤・本因坊丈和出生の地】
≪写真1≫
鮑玉白珠比咩命神社がある半島の、突端から突き出している、「西浦木負消波堤」。 ここが、第二目的地ですが、すぐ近くでした。 地図で見た時には、「随分と長い突堤だな」と思っていたのですが、現物は、驚くほどの長さではなかったです。 釣り人がいるという事は、立ち入り可能なわけですが、バイクを離れるのが不安なのと、他人に近づいて、感染のリスクを高める事もないと思い、行きませんでした。
≪写真2左≫
駿河湾と、夏の黒富士。 冬に、雪を被っても、いい景色になるでしょうねえ。 富士山は、南から見ると、左右対称度が高いのですが、手前に、愛鷹山があって、下半分を隠してしまっているのが、玉に瑕。 しかし、ここまで離れると、愛鷹山が、だいぶ、目立たなくなります。
≪写真2右≫
海。 綺麗だ。 近くに、大きな川がないから、ゴミが流れてこないのでしょう。 沼津の海で泳ぎたかったら、この辺りまで来ないと、駄目ですな。
≪写真3左≫
消波堤の付け根に、小山あり。 岩かも知れません。 名前があるのでしょうが、地図には載っていません。 登れるような感じでしたが、縄で登り口を塞いであったので、行きませんでした。
≪写真3右≫
道路を挟んで、向かい側に、石碑あり。 囲碁の本因坊戦で有名な、「十二世本因坊・丈和」という人が、この辺りの出身だとの事。 ごく最近作った石碑のようで、鏡のようにピカピカに輝いていました。 光り過ぎて、読み難いくらいに。
≪写真4≫
湾岸の道路に停めた、EN125-2A・鋭爽。 125ccなので、山へ行くと、登りが非力ですが、海岸のワインディング・ロードを走る分には、充分な性能です。 軽いから、ヒラリヒラリと曲がります。
バイク歴27年目にして、オン・ロード・バイクの楽しさを知って、驚いた次第。 ただ単に、Rに沿って曲がるだけで、こんなに楽しいものだとは、乗った人でなければ、分かりますまい。
今回は、ここまで。 近況ですが、別に、特筆するような事はありません。 バイクでのプチ・ツーリングは、週一回。 車での買い出しは、十日に二回。 折自でのポタリングは、月一回。 旧母自(軽快車)や、母自(電動アシスト車)では、二週間に一度、図書館へ行く外、近場の買い物などにも、出かけています。
徒歩での外出は、全くしなくなっています。 自分一人ならともかく、ほとんど、外出しない母と同居している以上、私だけ感染リスクが高まる行動を取れないからです。
不思議な事に、運動登山をやめて、散歩すらせずに、かれこれ一年近く経ちますが、太っていません。 腹の出具合を見ると、むしろ、痩せているくらい。 別に、食事制限はしていないのですが、太らないという事は、つまり、食べた以上に出ているんでしょうな。
【門池 / 天王宮】
2020年9月11日に、バイクで、門池の近くにある、「天王宮」という神社に行って来ました。
≪写真1≫
門池の横を通ったので、バイクを停めて、撮影。 久しぶりに来たのですが、駐車場の方は、車も人も多く、とても、寄る気になれませんでした。 門池(かどいけ)は、沼津市内で、最も大きな池沼湖。 桜の名所にもなっています。
≪写真2左≫
天王宮の参道側入り口。 南の方にあります。 住宅に挟まれた参道には、独特の趣きがあります。
≪写真2右≫
バイクは、西側の入口から入れました。 車でも停められる空間があります。 問題は、境内が幹線道路に面していないので、どこから入ればいいのか、ぐるっと一周回らないと、分からない事ですな。
5分以上いるような場所でもなさそうなので、ヘルメットは被ったまま、見学しました。
≪写真3≫
拝殿と本殿。 村社クラスとしては、立派なものです。 拝殿の前にある赤い物は、消火器ケースです。
≪写真4左≫
手水舎はなし。 漱盤もなし。 これは、ただの流しでしょう。 ハンドルが外してあるので、ここで、手や口を洗うのは、不可能です。
≪写真4≫
境内の大型プランターで咲いていた、マリー・ゴールド。 もちろん、栽培されているもの。 つまり、手入れをしている人がいるわけですな。
【沼津西友 / マックスバリュ沼津南店】
天王宮の帰り、母に頼まれた手帳日記を買う為に、セリアが入っている店、2軒に寄りました。
≪写真1≫
ここは、沼津の西友。 屋上駐車場です。 広いです。 満杯になる事は、まず、ないと思います。 雲が凄い。 東の方角を見ており、雲の下の山は、南箱根です。
≪写真2≫
同じく、西友の屋上駐車場から、北を見た景色。 山は、愛鷹山です。 雲がなければ、その上に、富士山が見えると思います。
≪写真3≫
西友のセリアには、探していた品がなくて、マックスバリュ沼津南店まで来ました。 ここは、立体駐車場の屋上。 後ろの山は、香貫山です。
この立体駐車場は、最初に、ここに郊外型大型店が造られた、ヤオハンの時代からあります。 店本体は、その後、セイフーになり、ダイエーになり、更に、建て替えられて、マックスバリュに代わりました。 経営会社は、セイフーとダイエーは同じですが、他は、全部、別。
≪写真4≫
北側を見た景色。 愛鷹山の上の富士山は、雲に隠れて、やはり、見えません。 二輪車置き場は、たっぷりありますが、時間にゆとりがある時なら、立体駐車場の方を選びます。 イタズラされる危険がありませんから。
≪写真5≫
東南側の景色。 山は、象山(徳倉山)と、鷲頭山。 やはり、雲が凄い。
母に頼まれた手帳日記ですが、ここに入っているセリアで見つけられました。 同じセリアでも、店によって、品揃えが違うんですな。
【清水柳北1号墳】
2020年9月18日に、バイクで、東名沼津インターの北の方にある、「清水柳北1号墳」へ行って来ました。 迷わずに到着。
≪写真1≫
駐車場、なし。 歩道を走って、古墳の隣の草原に乗り入れ、バイクを停めました。 歩道の縁石に切れ目がなくて、ここへ車で入るのは、無理があります。 その点、バイクは、やはり、融通が利きます。
≪写真2≫
清水柳北1号墳。 上円下方墳という、変わった形のもの。 元は、他の場所にあったのを、工業団地の造成に伴い、調査後に、ここへ石を移し、復元したとの事。 4基まであったようですが、移設復元されたのは、これだけです。 この辺り、旧石器時代から、古墳時代にかけての遺跡だというから、随分、長い事、人が住んでいたんですな。
≪写真3左≫
正面から。 階段がついていて、上へ登れます。 こういう古墳は多いですが、元々の形としては、上に登れるようにはなっていなかったでしょう。 何せ、お墓ですから。
≪写真3右≫
頂上部に置いてある、石。 周辺部の溝の中から、火葬骨を収める石櫃が出たらしいのですが、これは、復元というより、大体の形だけ、似せたものだと思います。 本物は、どこかに保存してあるんじゃないでしょうか。
≪写真4≫
古墳の上から、東の方を見た景色。 新東名が見えます。 周囲は、工業団地ですが、山の中なので、どの工場も、ゆったり敷地を取っており、ゴミゴミした雰囲気はないです。
≪写真4左下≫
古墳の階段で咲いていた、タンポポ。 組み写真に、少し、色が欲しくて、撮ったんですが、ブレボケしてまいました。 小さくすれば、ボケが目立たないから、この程度の大きさで添えておきます。
【門池・八幡神社】
2020年9月22日に、バイクで、門池の少し東にある、「八幡神社」へ行って来ました。 住所としては、大岡になるのかも知れません。 でも、大岡は広いので、門池の近くと言った方が、分かり易いです。
≪写真1左≫
正面。 参道らしきものはなく、道路から、いきなり、石段です。
≪写真1右≫
レイアウトの都合で、ここに持って来ましたが、社殿を斜め後ろから見た様子。 本殿と拝殿が別の建物で、短い廊下で繋がっている形式。
≪写真2≫
拝殿の正面。 境内が、妙に広いです。 これは、もしかしたら、鎮守の森を切ってしまって、広場を作ったのかも知れませんな。 祭りなど、行事の都合で。
≪写真3左≫
漱盤。 「奉納」と彫ってあります。 蛇口が付いていますが、ハンドルが外されていて、使えません。 おそらく、祭りや初詣の時だけ、つけられるのでしょう。
≪写真3右≫
社殿の隣にあった、併社。 「八幡天満宮」という標札がかかっていました。 八幡様と、天満宮が一緒になるケースもあるんですなあ。
≪写真4左上≫
瓦屋根という事は、昭和初期頃の建築なんでしょうか。 古い神社や、戦後の神社では、瓦屋根というのは、ほとんど、見られませんから。 花や、魚を象った瓦が載っています。 凝っている。
≪写真4左下≫
社殿の横に、石碑が集められていました。 こういうのは、元々、境内にあったわけではなく、町辻にあったものを、区画整理などで移動せざるを得なくなり、移し場所がなくて、神社に持って来たという経緯が多いのだと思います。 なぜか、石燈篭もあります。
≪写真4右≫
境内に停めた、EN125-2A・鋭爽。 石段は登れませんが、横手から入れたので、ここまで乗り入れました。 本来なら、「下乗」の領域でしょうな。 誰もいなかったから、問題になりませんでしたが。
ここに来る前に、図書館に寄ったので、荷台に、本を入れたバッグを括り付けてあります。 やはり、荷台は役に立つ。 重い本の場合、ナップ・ザックに入れて背負っていると、腰が痛くなってしまいますから。
滞在時間、5分くらいだったので、ヘルメットは脱がずに、写真だけ撮って、引き揚げました。
ちなみに、後ろの車は、ルノーの2代目トゥインゴ(2007年-2014年)の前期型。 調べたところ、「ルノー・スポール・ゴルディーニ」という、スポーツ・バージョンのようですが、詳しい事は分かりません。 フランスの小型車は、日本車とデザインに大差がないので、気をつけて見ないと、外国車である事が分かりませんな。 パッと見は、トヨタ・パッソか、マツダ・初代アクセラかと思いました。
【門池・牧堰】
八幡神社の後、北の方にある、池田明神というところへ行ったのですが、バイクを停める場所がなくて、遠くから、赤い鳥居だけ見て、良しとしました。 そこには、以前、折自で来た事がありました。 その時に撮った写真があるのですが、あまり、いい写真ではないので、出しません。
≪写真1≫
黄瀬川に向かい、「牧堰(まきせき)」を再訪しました。 ここにも、以前、折自で来た事があるのです。 この堰堤の所で、取水して、田畑に水を引いているわけです。 昔は、水争いが多かったと、沼津市のホーム・ページに載っていますが、この場所には、歴史を説明した解説板はないです。
≪写真2左≫
解説板がないにも拘らず、駐車場があります。 単なる空き地なのかも知れませんが。 3台くらいは、楽に停められます。
≪写真2右≫
近くで咲いていた、黄花コスモス。 道端に、群生していました。 虫がとまっていますが、この写真のサイズでは分かり難いですな。
≪写真3左≫
潅木状態に育って、道路に枝を垂らしていた、百日紅(サルスベリ)の花。 9月下旬は、まだ、夏か。
≪写真3右≫
穂が出揃った、ススキか、荻。 放射状に生えているし、河が近いから、荻なのかもしれません。
≪写真4≫
土手から見た、牧堰橋。 黄瀬川の向こうは、長泉町で、近くに、車検場があります。 「鮎壺の滝」も、すぐ近くです。
【西浦木負・鮑玉白珠比咩命神社】
2020年9月30日、バイクで、西浦の木負地区に行って来ました。 「木負」は、「きしょう」と読みます。
≪写真1左≫
三津(みと)から見た、淡島。 水族館やリゾート・ホテルがあります。 行くには、船で渡ります。
≪写真1右≫
三津の交差点。 この写真では分かりませんが、車が停まっている所に、信号交差点があるのです。 直進すると、西浦へ。 左折すると、山を越えて、伊豆長岡へ至ります。 私は、直進します。
≪写真2左≫
第一目的地の「鮑玉白珠比咩命神社」。 木負地区にある半島の、先の方、少し坂を登った所にあります。 「あわびたま・しらたま・ひめみこと・じんじゃ」と読むようです。 そういう名前の神様がいるという事ですな。
≪写真2右≫
漱盤。 なぜか、二つ並んでいます。 どちらも、蛇口付きで、ハンドル付き。 実は、この向かい側に、もう一つあったのですが、それには、蛇口がありませんでした。 どうしてまた、漱盤ばかり、たくさん、寄進されたものだか。
≪写真3左≫
石段。 手すりは、ステンレス製。 手すりを後付けしてある神社は多いです。 高齢者でも安心して上れるようにという配慮なのでしょうが、手すりがなければ上れないような健康状態の人は、そもそも、神社に来ようと思わないと思います。
それはそれとして、こうやって、中央に付ければ、転倒した時に、下まで一気に落ちずに、途中で止まり易くなるかも知れませんな。
≪写真3右≫
拝殿。 立派なもの。 瓦屋根という事は、昭和初期頃の建物でしょうか。
≪写真4左≫
燈篭も、立派。 脚が付いていて、しかも、台座の上に載っています。
≪写真4右≫
左の写真の、狛犬のアップ。 昭和19年4月に奉納された物。 もろ、戦時中ですな。 幾分、戦後の主流になる、唐獅子タイプに近づいている観あり。
≪写真5左≫
こちらは、たぶん、先代の狛犬。 非常に単純な造形で、石彫の技術が、素朴なレベルで留まっていた事が分かります。 明治か、江戸か・・・。 その頃でも、垂れ耳の犬がいたわけですな。
≪写真5右≫
拝殿に下がっていた、鈴。 かなりの大きさで、大変、立派。 こういうのも、安くはないでしょうに、漁師町というのは、お金があったようですな。
私は、神社見学はしても、お参りはしない主義なので、もちろん、鈴を鳴らす事はありません。 そもそも、村社の鈴というのは、氏子の人達が使うもので、よそ者が鳴らす為に吊ってあるわけではないです。 それに、こういうのは、いい音をさせようと、調子に乗ってガラガラやっていると、落っこちて来る事もあり、そうなりゃ、弁償ですから、大ごとになってしまいます。 触らぬ鈴に払いなし。
≪写真6左≫
境内別社。 二つありました。 個別に何の神様かまでは、見て来ませんでした。
≪写真6右≫
境内の隅で咲いていた、彼岸花。 彼岸が過ぎたからと言って、咲かなくなるわけではないわけだ。
≪写真7左≫
ブロック塀の外に停めた、EN125-2A・鋭爽。 道路なのですが、ここだけ、少し広くなっていたので、停めました。 ヘルメットは脱ぎませんでした。 車も、停められない事はないですが、長時間は、まずいでしょうねえ。 境内には、車・バイクは、全くは入れません。 そもそも、よそ者が来るような神社ではないのです。
≪写真7右≫
バイクを停めた場所から、北側を見た景色。 駿河湾の向こうに、夏の黒富士が見えます。 この辺の人は、いい所に住んでいますねえ。 手前の木は、西浦の名産である、蜜柑です。
【西浦木負・消波堤・本因坊丈和出生の地】
≪写真1≫
鮑玉白珠比咩命神社がある半島の、突端から突き出している、「西浦木負消波堤」。 ここが、第二目的地ですが、すぐ近くでした。 地図で見た時には、「随分と長い突堤だな」と思っていたのですが、現物は、驚くほどの長さではなかったです。 釣り人がいるという事は、立ち入り可能なわけですが、バイクを離れるのが不安なのと、他人に近づいて、感染のリスクを高める事もないと思い、行きませんでした。
≪写真2左≫
駿河湾と、夏の黒富士。 冬に、雪を被っても、いい景色になるでしょうねえ。 富士山は、南から見ると、左右対称度が高いのですが、手前に、愛鷹山があって、下半分を隠してしまっているのが、玉に瑕。 しかし、ここまで離れると、愛鷹山が、だいぶ、目立たなくなります。
≪写真2右≫
海。 綺麗だ。 近くに、大きな川がないから、ゴミが流れてこないのでしょう。 沼津の海で泳ぎたかったら、この辺りまで来ないと、駄目ですな。
≪写真3左≫
消波堤の付け根に、小山あり。 岩かも知れません。 名前があるのでしょうが、地図には載っていません。 登れるような感じでしたが、縄で登り口を塞いであったので、行きませんでした。
≪写真3右≫
道路を挟んで、向かい側に、石碑あり。 囲碁の本因坊戦で有名な、「十二世本因坊・丈和」という人が、この辺りの出身だとの事。 ごく最近作った石碑のようで、鏡のようにピカピカに輝いていました。 光り過ぎて、読み難いくらいに。
≪写真4≫
湾岸の道路に停めた、EN125-2A・鋭爽。 125ccなので、山へ行くと、登りが非力ですが、海岸のワインディング・ロードを走る分には、充分な性能です。 軽いから、ヒラリヒラリと曲がります。
バイク歴27年目にして、オン・ロード・バイクの楽しさを知って、驚いた次第。 ただ単に、Rに沿って曲がるだけで、こんなに楽しいものだとは、乗った人でなければ、分かりますまい。
今回は、ここまで。 近況ですが、別に、特筆するような事はありません。 バイクでのプチ・ツーリングは、週一回。 車での買い出しは、十日に二回。 折自でのポタリングは、月一回。 旧母自(軽快車)や、母自(電動アシスト車)では、二週間に一度、図書館へ行く外、近場の買い物などにも、出かけています。
徒歩での外出は、全くしなくなっています。 自分一人ならともかく、ほとんど、外出しない母と同居している以上、私だけ感染リスクが高まる行動を取れないからです。
不思議な事に、運動登山をやめて、散歩すらせずに、かれこれ一年近く経ちますが、太っていません。 腹の出具合を見ると、むしろ、痩せているくらい。 別に、食事制限はしていないのですが、太らないという事は、つまり、食べた以上に出ているんでしょうな。
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